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時空間旅行者 -guardian-
どこかのスーパーの袋等などを抱え、歓喜に打ち震えているのは、我らが怪奇探偵・草間 武彦が妹・草間 零。
その隣には、日本人離れした茶色の髪に、灰色とも言える銀の瞳の少年こと、柊 秋杜。
「いつもと同じだけお金を使ったのに、凄い量です!」
最近草間興信所のお茶酌み担当(?)として顔を出していた秋杜と、今週の食材の買出しに出た零は、にっこり笑顔でスパスパ値切っていく秋杜に圧倒されつつも、最終的手にした食材の量にかなりの嬉しさを感じていた。
これならば、冷凍して当分もちそうだ。
「零…さん」
ニコニコと道を歩いていた秋杜の足がピタッと止まり、ビルとビルの間に視線を向けて零を呼ぶ。そして、路地へとタッタと駆け出した。
「どうかしましたか?」
袋の中の荷物を落とさないようにその後を追いかけると、太陽の光がビルによってうまくあたらず黒い影を落とした奥まった路地に、それに紛れてしまいそうな黒い服を着た人が一人、倒れていた。
☆ ☆ ☆
硬いソファーの上でタバコを乱暴に噴かせながら草間は眉間にしわを寄せる。
犬や猫を拾ってきたのならば「元あった場所に戻して来い」と、簡単に言ってしまうのだが、流石に人を拾ってきてしまってはそれも言えない。
この目の前の捨て人は、秋杜が入れたお茶を飲み、零が用意したお茶菓子をほお張りながら、完全に溶け込んでいる。
「ありがとねー。お腹空いて倒れちゃったんだ」
あぁありがちな展開ありがとう。
と、男泣きに虚空を見上げてしまいそうになったが、草間は口元をひくつかせながら我を保つと、
「で、あんたは?」
「ボクはーアクラ=ジンク・ホワイト(ACRA・Zinc White)」
湯のみを口につけ、にーっと笑う。白という名前でありながら、アクラの着ている服は真っ黒だ。一番上に着ているコートがロングだからなのか、へそ出し短パン、ハイソックスにブーツ。全てが黒。やっぱり黒いせいかよく形の分からない帽子を被り、瞳の色までも真っ黒。
ここまで黒いくせに名前は白とは、詐欺もいいところだ。
「大丈夫だよー武彦。直ぐに出てくからー」
俺がいつ自己紹介した…? と、考えつつ固まる草間に苦笑していた秋杜が、何かを感じたようにぴくっと顔を上げる。
ドゴンッ!!!
一瞬で夜になったかのような闇に襲われ、思わず草間は頭を抱える。
何か局地的直下地震が起きたかのような一瞬のゆれが止むと、草間は怪訝そうに眉を寄せて顔を上げた。
「あちゃー。やっぱ追ってきたかー」
一人肩を竦めてアクラは仕方ないとばかりに笑う。
「ねぇ武彦、ちょっと守って」
お願い♪ と、ぶりっこで頼んでくるアクラに、草間はずるりと肩をずり落とした。
【美しきかなその眼差しよ】
「事情はお察し致しました」
この今にも崩れそうな草間興信所の中で、余りにも不釣合いな風貌で佇み微笑んだのは、セレスティー・カーニンガム。
此処へ向かう途中、そしてこの建物の現在セレスティが座しているテーブルの端に向かうまで、この辺り一帯を得体の知れない“何か”が地震でも起こしているかのように小刻みな揺れを繰り返していた。
どうやらこの局地的地震は草間興信所を中心として、極々狭い地域――目算直径10メートルとか言う狭さのみで起こっている事が此処へ向かう途中で分かった。
とりあえずアクラを現在守ること=地震を止ませる事であるのは間違いないだろうとセレスティは目星をつけ、そしてその方法はいかにして行うべきかを、顎に手を当てて顔を上げる。
見上げて見えた天井から細かく煤が零れ、この古いビルがよく持っているな等と呑気に考えてしまいながら、セレスティはアクラをそっと見た。
そこにはこの騒動が引き起こされるきっかけでありながら、セレスティと同じように呑気を通り越して陽気に微笑んでいるアクラの姿。
ちょこんとソファに座ってニコニコと微笑んでいる様は、草間から聞いたように「守って」欲しいという風貌には程遠い。
(仕方ありませんね)
どんな事情であれど頼みを断るという事は草間興信所にとってマイナスイメージにしかならないし、貧乏暇なしの草間がこのまま宿無しになってしまっては些か不憫である。
「水道の水をお貸ししてもよろしいですか?」
心配そうにお茶を出したお盆を手にしたまま立っていた零に断りをいれ、セレスティは狭い興信所内で器用に車椅子を動かしてキッチンへと向かった。
「何してるの?」
蛇口を捻るセレスティを興味津々と言った表情で覗き込み、瞳をぱちくりさせている。
「お守りしますよ」
アクラに向けて、問いには答える事無くセレスティはにっこりと微笑み、蛇口から流れ出た水の音を聞くや、その水たちはまるで生き物のように草間興信所から外へと流れ出ると、綺麗な結界を築き上げた。
「うわぁ」
古ビルきっちりに展開された結界は、窓を開けると水の膜に手を触れる事が出来そうだった。
その瞬間小刻みに揺れていた草間興信所の地震がピタリと止む。
やはりどうやら“何か”による“上”からの振動による地震であったらしい。
「助かったセレスティ」
ロッカーが倒れないように必死になって支えていた草間が、服の袖で汗を拭きつつ一息つく。
「いえ、終っていませんよ?」
今は草間興信所に及ぶ何かしらの衝撃を食い止めただけで、それを発生させた張本人の対応は終っていない。
要するにこの水の結界を解けば、草間興信所はまたあの小刻みの揺れに苛まれるという事。
「きゃっ!」
水の膜を興味津々に見つめていた零が小さく悲鳴を漏らす。
開けた窓の方へ視線を向ければ、何か生き物のような黒い影が水に反射して歪んで映っていた。
どうやらあれがこの地震の原因らしい。
「さて…どうしましょうか?」
本来ならばウォーターカッターでも使って簡単に切り刻む事は可能だが、セレスティはわざとらしくこれ以上の手はないかのように深刻な面持ちで俯き、小さく呟く。
「んー。ボクが出て行けば一番早いんだけどさ〜。ほら、ボクか弱いじゃん?」
両手で顔を押さえてぶりっこする様に、草間も零も思わず脱力に肩を落とす。
確かに見た目の年の頃は16歳ほどだし、体型も細身で筋肉が付いているようには見えない。
しかし――――
「おかしいですね」
セレスティは小さく呟き、誰かに気が付かれないほど薄らと笑みを浮かべた。
彼は草間(正確には零)に拾われ、“追ってきた”と口にした。
ならば前々からこの怪現象に襲われていたと言う事。そして今まで無事と言う事は、もしかしたら草間と出会う前にも守ってくれた人が居たのかもしれないが、だとしてもここまでは自力で逃げおおせて来たと言えるのではないか。
この仮説が正しいとするならば、アクラは守って欲しいというほども弱くないという事になる。
上手い事アクラを動かして、この局地的地震発生源を除去する事になったとして、目下の心配はこの古いビルの耐久度と、巻き込まれる地域周辺の被害度である。
(とりあえずは…)
セレスティは携帯電話を取り出すと、リンスター財閥系列の建設会社にもし何かあった場合の修復要請を整え、くるりとアクラに振り返った。
「確かにホワイト君が目的ならば、キミが居なくなればここは安全に戻るでしょう。しかし、それではまた他の場所でここと同じような被害が出てしまいますよね?」
「まぁ、そうだね」
「でしたら、ここでアレを倒す事が一番賢明である事はホワイト君も理解していると考えてよろしいですか?」
「うーん。別にそこまでは考えてないよ。確かに、倒せれば楽になる事は確かだけど」
要するに、自分よければ他は如何でもいいというらしい。
「仕方ありませんね……」
水で作った結界のおかげか平穏を取り戻し、やけに静かな興信所の中で、セレスティはまたもわざと考え込むように顔を俯かせる。
「では、行きましょうか」
何かを思いついたように顔を上げ、セレスティはアクラの手にそっと自分の手を沿わせた。
「行くって?」
「ホワイト君は、追われているならばあのモンスターの事を良く知っているのでしょう? 私たちがあれを相手にするにも情報がなければよい対処ができません」
じっと真摯な瞳で見上げられ、アクラはうっと言葉を飲み込む。
「ちゃんと守ってよ〜」
どうやらこの手には弱いようだ。
しかし実質、草間興信所を包み込みアレの行動を止めるほどの結界の力を持っている事が、アクラが了承した本当の理由であった。
興信所のある古ビルの1階出入り口で、まだ真上で体当たりしているモンスターを見上げる。
アクラの気配に気が付いたのか、粉塵を撒き散らして、まん前の道路に着地するモンスター。
その姿は、黒い影に金色に光る瞳をしたモグラのよう。
「うわ、きたっ!」
足元に微かに揺れる感覚が走る。ビルよりは道路の方が他への被害も少なくて済むだろう。
「さてどうしましょうか?」
セレスティは顎に手を当てると、お伺いを立てるようにアクラを見上げる。
「どうって、倒してくれるんじゃないの?」
しれっと答えた口調の中に、自分は何もする気はありませんと言わんかのような声音がある。
影モグラは地面を走るようにして体当たりを繰り返し、水の結界には波紋が創る。
セレスティは気が付かれない様に指先を軽く動かして、わざと水の結界を薄くした。
「うわっ!」
その瞬間、びくともしない事に業を煮やしていたらしい影モグラの全力攻撃で、ガクンっと膝が折れるような揺れが復活する。
手ごたえを感じたらしい影モグラの二度目の体当たりは、その振動を如実に足元に伝え、一度宙に浮いたセレスティの車椅子はバランスを崩して倒れた。
「セレスティ!?」
影モグラは薄くなった水の結界を突き破らんばかりに体当たりを繰り返す。
「あぁ、すいません。少し油断したようです」
地面に手を付いてゆっくりと立ち上がる。
その後で、水の結界はキラキラと光を反射して四散していった。
まるでその光景がスローモーションのようにアクラの瞳に映る。
行動を妨害された影響からか、影モグラは一直線に倒れたセレスティに向かってその巨体を振り上げた。
「ちょ…待っ……」
本当ならば自分が標的のはずの敵が、他の誰かに向かっていく。
この時アクラは初めて焦りを見せ、両手を突き出し何かを叫んだ。
突き出した掌から噴出した虹色に光る細い線がセレスティの目の前で幾何学模様の方陣を描く。
方陣はセレスティを守る透明の壁となって、影モグラの進行を阻んだ。
「ありがとうございます。ホワイト君」
ふわりと微笑んで振り返ったセレスティの顔に、アクラはきょとんと瞳を瞬かせぺたんとその場に座り込む。
そう、影モグラは、アクラが放った結界に阻まれた後、セレスティの水に絡み取られていた。
「あ…あはは……」
完全に一本取られた。
きっと水の結界を築いていた時には気が付かなかったが、あの間に影モグラにちょっかいを出してわざと自分が標的になるように仕向けたのだろう。
アクラはゆらりと立ち上がり、その口元を吊り上げ、ゆらりとセレスティの元へと歩み寄る。
「好きになっちゃいそうだよ? セレスティサン」
セレスティの顔を覗き込み、くすっと妖艶な微笑を浮かべてその肩に手を回す。
すっと一度瞳を伏せ、回された腕を振り払う事もせず、セレスティはアクラとは対照的に穏やかな微笑で顔を上げた。
「それは光栄ですね」
お互いの腹のうちを探りながら、ふふ…と、笑いあう。
しかし、今だ影モグラは水の中でもがいたままだった。
☆ ☆ ☆
どうやらあの影のようなモグラ型モンスターにも呼吸と言うものが必要らしく、セレスティの水の中で徐々に動きを止めると、まるで煙のように消えてしまった。
実質被害は、草間興信所目の前の道路の陥没のみで済ます事が出来た事に、ほっと息を漏らす。
だがこれも早々にセレスティが手配していた修復要請の一団が、修理を開始していた。
「さて、ホワイト君」
すっかり態勢を整え草間興信所内に戻ったセレスティは、麦茶をストローで飲みながらずずーと音を立てているアクラに視線を向ける。
「どうして追われていたんですか?」
そう、助けてと言いながら、何から助けて欲しいのかも、どうして追われているのかもアクラは口にしていない。
「ほら僕って恋多き男だから、ちょーっと嫉妬されちゃったりもするわけ」
「あの影のようなモグラと恋をしたとは思えませんが」
それにあの影モグラ、挑発に簡単に乗ってしまう辺り、知能が余り高くないように思う。
「アレを送り込んでる奴が居るわけ」
あの影モンスターを創れるような能力を持った人物に狙われているらしい。
「影を操る能力は聞いた事がありますが、まさか影で生物を創っているわけではないのでしょう?」
「そうだねー。創り出す生物が影の方が正しいかな」
「退魔の方々が使う式神のようなものでしょうか」
「シキガミって?」
アクラは現在何杯目か分からない麦茶を飲む手を止めて、首をかしげてセレスティを見る。
実際知り合いにも使う人間が多いし、昨今の陰陽師ブームで誰もが知る異能だと思っていたのだが、違うのだろうか。
逆にきょとんと瞳を瞬かせてしまったセレスティを見て、アクラは麦茶に視線を戻すと、その視線に思い当たる事でもあったらしく、
「んー。僕この世界の人間っていうか、生物じゃないしね〜」
と、さらりと口にした。
「ここって結構便利だよね。セレスティみたいな人にも簡単に会えるしさ」
そして気が付けばまた空になっているグラスを見つめ、物欲しそうに瞳をそわそわさせる。
「生物じゃ、ない?」
異界という同軸でありながら違う世界が存在しているのだから、アクラがまったく別の世界から来たとしても不思議ではない。
しかし、
「零ちゃーん。お茶菓子欲しいよ〜」
セレスティの疑問を遮るようにアクラは立ち上がると、零の名前を呼びながらキッチンへと消えていく。
セレスティはその背を見つめながら、車椅子の背もたれに深く凭れかかる。
「どうします? 草間さん」
アクラの言葉を思い返してみれば、当分ここに居座るつもりである事は簡単に予想が付いた。
「どうもこうも…」
零が取り出したお菓子に無邪気に喜ぶ様を見ながら、草間はがくりと肩を落とす。
そして徐にキッチンへ向かうと、お菓子の袋を不機嫌そうな顔で取り上げている様を見て、セレスティはただ苦笑を浮かべたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【NPC/アクラ=ジンク ホワイト/無性別/?/時空間旅行者】
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■ ライター通信 ■
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時空間旅行者 -guardian-にご参加ありがとうございました。ライターの紺碧 乃空です。
はてさて、突発的に開けてみた時空間旅行者でしたが、当方のミスで当初NPC全身図の方が参照できませんでした。そのせいかキャラクターイメージが半減してしまったようにも感じていたのですが、セレスティ様はよくアクラのキャラクターを掴んでいたように思います。結構オープニングで感じが出ていたかもしれませんね(笑)次回オープニングまではかなり間が開いてしまうかと思いますが、覚えていただける事を祈ります。
それではまた、セレスティ様に出会える事を祈って……
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