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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


相思華の想い。


 ――葉は花を思い、花は葉を思う。
 
 風が秋の空気を運んでくる季節に、真紅の花を咲かせるのは彼岸花。
 別名がいくつかあり、有名どころでは『曼珠沙華』だろうか。
 韓国ではそんな彼岸花を『相思華』と呼ぶ。
 彼岸花は花と葉を同時に見ることはできない。葉のあるときには花はなく、花のときには葉がない。
 逢いたいのに、逢うことが叶わない。お互いを強く思い合うという意味合いで『相思華』と言うらしい。

 逢いたい。
 逢いたい。
 貴方に逢いたい――。

 デスクの上に飾られた彼岸花から聞こえてくる哀しい声音。
 それを黙って見つめているのは司令室に一人残されている槻哉だった。
「……君の想いを、望みを…叶えてあげられるといいんだけどね」
 そう言いながら小さく笑う彼の表情は、少しだけ悲しい色をしている。
 一瞬だけでも構わない。
 『彼女』の願いを叶えてやりたい。例えそれが、自然の理を壊すことになろうとも。
 槻哉は珍しく、心を揺るがした。彼岸花の想いにシンクロでもしてしまったかのように。
「叶えてやってほしい……どうか」
 祈るような言葉は、司令室に悲しい響きとして広がった。



「綺麗ですね」
 と槻哉の目の前にいつもの茶を差し出したのは秘書の真だった。
「……ああ、ありがとう」
 彼女の笑顔を見上げながら、槻哉は努めて明るく微笑む。
「――さて、今日はどんな人が尋ねてくるのかしら? 槻哉さんの『お願い』なんて珍しいもの、協力しないわけにはいかないわ。だからきっと……槻哉さんの声と、彼岸花の想いを受け止めた人が来てくれます」
 真はいつもどおり、にっこりと笑って槻哉の傍にいてくれる。
 だから槻哉は、妙な安心感に包まれてしまうのかもしれない。
「こんにちは、お邪魔します」
 コンコン、と小さく扉の叩かれた音。すぐ後にその扉はゆっくりと開かれ、姿を見せたのは一人の青年だった。槻哉と同い年くらいだろうか。
「……ほら、ね?」
 真は槻哉にウィンクしてみせながら、彼より先に来客を出迎えるために歩みを進めた。
「………………」
 面白いことに、真が言うことは大抵の事は当たる。彼女が雨が降るといえば天候が怪しくなるし、雪が降るときも同様に。今回もそれと似たような現象なのだろう。
「……こんにちは、ようこそ。僕がここの代表の槻哉と言います。今日は、どういったご用件で?」
 気を取り直して、槻哉は来客用のソファに通された青年の前に座り、挨拶をする。
「あ、ええと……何と言っていいのか……」
「――もしかして、呼ばれちゃいました? あの花に」
 青年が槻哉への返答に困っているところに、真が助け舟を出すような形でそう言いながら、茶を差し出してくる。そして青年の視線を導くかのように槻哉のデスクの上に置かれた彼岸花へと指を刺した。
「はい、実はそうなのです。
 声のようなものが聞えて……つい、ふらりと。あ、僕は槻島 綾と言います」
 真に軽く頭を下げながら、続けて槻哉にも名を名乗り頭を下げる綾。穏やかで優しそうな印象の彼は、普段はエッセイストという立場いる。
「なるほど、そうでしたか。……やっぱり真君は凄いな」
 槻哉は小さく笑いながら、デスクから持ってきた茶を片手に呟くようにそう言った。
 綾は不思議そうな表情をして、僅かに首をかしげている。
「――あら、もうひとり、お客様」
 真が顔を上げると、扉の傍に一人の気配があった。
 槻哉も綾も彼女に釣られて扉のほうを見やる。
「…………声が、聞こえましたので……訪ねてみました。柳月 瑠羽、と申します」
 さらさら、と奏でるのは瑠羽と名乗った女性の長い黒髪。ゆっくりと槻哉に向かい頭を下げた為に、その黒髪が肩から滑り落ちたのだ。
 黒の和服姿の瑠羽は、どこか浮世離れした雰囲気の女性だった。
「ようこそ、柳月さん。今お茶を出しますから、どうぞお掛けになってください」
「……どうぞ、お構いなく」
 笑顔で接してくる槻哉に対し、瑠羽は表情豊かな感じは見受けられない。今も伏目がちにそう応えた後は、静かに彼岸花のほうへと歩みを進める。
「あなた、だったのね……」
 花へと手をやり、ぽつりと独り言を漏らすと瑠羽はゆっくりと溜息を吐いた。
 その姿に、綾も真も……そして槻哉も呼び寄せられるかのように足を向け始める。
「彼岸花は、天蓋花、天上花……沢山の呼び名がありますよね。天の道行きに咲き、進む歩を照らす花。想思華も導きの名ですよ」
 そう言うのは綾。文字を書く者らしい言い回しに、瑠羽も振り向き興味を示したようだ。
「導きの、名……」
「誰かを想う事は、相手へ繋がる道となる……。想う事、想われる事で『私』や『貴方』という『存在の証』が出来るのですから。どんな暗闇でも見失う事のない、導きの灯りです」
 綾は自分を見つめる瑠羽に、にこりと微笑みながら言葉を続けた。
「………………」
 心に沁み渡るかのような彼の言葉に感銘を受けたのは瑠羽と――言葉の無い槻哉だった。
 綾と瑠羽を見つめながら、彼は口元を押さえて俯く。
 そんな彼の様子に気がついていたのは、真のみ。
 気づかぬふりを決め込んで彼女も口を開いた。
「――魔詞曼陀羅華、曼珠沙華……天上の花、赤い花。逢いたい貴方……。己が半身に逢えぬ哀しみは分からなくはないわ。けれど……難しいわね」
 真の言葉に二人の意識も自然と彼女に向いた。槻哉は真をちらりと見て申し訳なさそうに笑っている。
「私には……花の希望に添えるような力はないのですが、貴女には何か……方法が…?」
 瑠羽が真を見やり、小さな声でそう問いかけてきた。
「花の命は一週間程度……葉が現れるのはその後。花の時を止める、もしくは遡らせでもしない限り出会うことは叶わない。……時の流れを狂わせる…私にそれが許されるのかしら」
 悲しい色の微笑みを見せた真の言葉には、重さがあった。瑠羽はそれを感じ取ったのか、ゆっくりと瞳を閉じる。彼女も自分と同じで、永きを生きるものなのか、と。
「………………」
 それぞれの言葉を受けてか、彼岸花がゆらり、と揺れる。
「……ところで、槻哉サン。
 この花は何処から? 咲いていた場所で無いと彼女の逢いたい『貴女』には逢えないでしょ?」
 少しの間を作り上げてから。
 真は槻哉にそう声をかけた。皆が彼を見やると何事も無かったのようないつもの完璧な表情で、一度軽く笑った。
「ああ、そう言えばそうだね。実はこの彼岸花は特別に届けてもらっているんだが……場所が遠いんだ」
 槻哉の言葉に陰りがある。場所を言うのに躊躇いがあるようだ。
「遠いって……どれくらいですか?」
 綾が問いかけてくる。
「……広島」
「あら、本当に遠いのね……どうしようかしら」
 槻哉は申し訳なさ気にそう答えると、真も綾も、本気で驚いているのか一瞬瞳を見開いた。
「――それでしたら、私が」
 殆ど表情を変えずにいた瑠羽が、口を開く。
「時間を遡る力を応用して、私がその場まで皆さんをお連れします」
 皆の返事を待たずに、瑠羽はすらりと腕を上げた。手のひらの上に出るは、薄紫の炎。
 その炎に皆の意識を集中させ、彼女はその場の自由を歪めた。
「炎が消えるまで――目を逸らしてはなりません」
 瑠羽がそう言うと、司令室はじわじわと形を変えていく。
 そして次の瞬間には、視界が全く別のものへと変容していった。


 何が起こったのかよく解らないまま、歪みが収まったその場を見ればそこは彼岸花の群生地だった。
 静かな片田舎と言った場所だ。
「……凄いですね」
 最初に言葉を漏らしたのは綾。
 見渡す限りの彼岸花の群生に、感嘆しているようだ。
 真も足元にもある彼岸花を見やり
「綺麗ね……」
 と声をかけてやるかのように呟いていた。
「――――」
 槻哉の傍には、デスクの上に置いてあったはずの花瓶。その花瓶には先ほどまで活けられていたはずの彼岸花は姿を消していた。
 彼はその花を探すかのように、辺りを見渡している。
「ここに居られるのは、僅かな間だけです。後は……真さん、お願いします」
 瑠羽は淡々とそう言い、一歩下がるかのような姿勢をとった。此処から先の役目は自分には無いと解り切っているからだ。
 真は彼女の言葉を受け止め、ゆっくりと頷いてみせる。
「……花と茎根を別々の結界へと閉じ込めるわ。それぞれの時の流れを違えて……けれど、自然の理を乱す事は相応の痛みも伴うのだと……覚悟して頂戴ね」
 真のすぐ傍の一輪が、一際紅く目立っているような気がして彼女はその花に声をかける。
 おそらくは間違いない。
 槻哉もそれを認めて、視線を投げかけてくる真に言葉なく頷いて見せた。
 瑠羽と綾、そして槻哉が見守る中で、真は己の力を引き出した。
 彼女の身体を纏うのは柔らかい風だ。
 長い髪を掬いあげるかのような……生き物のような風に、綾も瑠羽も目を瞠った。
 すると目の前の一輪からゆらりと現れたのは、和服の少女。
 その一輪に呼応するかのように、周りの花々も真の風に乗りさわさわと揺れ始めた。
「………………」
 綾はその光景に何かを言いかけたが、言葉が見当たらないようだ。
 瑠羽は無表情のままに、真を見つめている。
 風が導く――彼岸花の想いを。それを受け止めたものはまた一つの、魂だ。
 彼らが目にしたのは花と葉が一斉に出会い、そして僅かの逢瀬の後散り行く光景。その中で葉から姿を見せたのは一人の青年。
 少女と青年は静かに手を取り合い、抱き合いながらゆらゆらと煙が天を目指すかのように消えてゆく。
 それを見上げていた瑠羽が、再び腕を上げた。すると彼女の手のひらの上には二つの小さな命が呼び寄せられたかのように集まった。
「お往きなさい、己の定められた道へと。――お疲れ様でした……」
 彼女は魂の導き手。
 手のひらにあるものは『彼女』と『彼』の魂なのだろう。やがてそれは緑色の炎へと姿を変え、ゆらりと瑠羽の手を離れていく。
 真も綾も、そこで言葉なく自然と祈りの気持ちが湧き上がる。
 来世では、幸せでありますように――と。
 二つの炎は、天高く登った位置で静かに消えていった。それをきちんと見届けた瑠羽は、今度は薄紫の炎を再び浮かべ、皆を『移動』させるのだった。



 瞬き一つで、その場は元の司令室に戻っていた。
 慌しい行動となったが、結果的には花の願いは叶えられたのだ。
 ゆっくりと深呼吸した後、槻哉は瑠羽の姿を探したが彼女は既に司令室から姿を消していた。自分の役目を完全に終えたと言うことで、帰っていったのだろう。
「……あら、綾サン。それは?」
「はい、先ほどの彼岸花と……葉です。空間が歪む前に頂いてきました。押し花にしてあげようかと。ずっと一緒にいられるように」
 そう言う心優しい綾の思いやりに、真は微笑む。
「花の紅は想ひの色……だからこんなにも深く鮮やかなのでしょうね。……槻哉さんにも、深い想いがあったのかしら…?」
 真はやや呆け気味の槻哉に、言葉を投げかける。
 すると槻哉は弾かれたかのように顔を上げて真と綾を振り向いた。
「……すまない、今日はどうしても…調子がおかしいみたいで。
 隠しているつもりもないし、こうして願いを叶えてもらったのだから……話すよ。どうぞ、座ってください」
 槻哉はそう言いながら、二人をソファへと座らせる。
「――昔、そう……僕が学生の頃だ。
 僕へ好意を示してくれる子がいた。その彼女がね、やはり少しだけ特殊な力を持っていて……ある日、彼岸花の願いを聞いてしまった。だから僕に……その願いを叶えてやってくれと言ってきたんだ」
 槻哉はそこで、一旦話を止めた。
 そして綾の手にしている花を見やり、自嘲気味に笑う。
「僕は未熟だった。彼女の願いをかなえてやりたくても、どうする事も出来なかった。花の願いを受け止めるだけで、何も出来ないと嘆く彼女を、見ているだけしか出来なかった。……悔しかったよ」
 君の笑顔を――取り戻したかった。
 槻哉はそこで、瞳を閉じる。
「何年も、彼女は苦しんだ。花の願いが強すぎたんだろうね。そして彼女はとうとう、心を病んでしまった。
 その次の年……彼女は死んでしまったんだ。五年前の、今日に――」
 槻哉はそこで、右手のひらで自分の顔を覆ってしまう。
 そんな彼に駆け寄ったのは、真だった。
「槻哉さん、後悔しているの?」
 彼女は言う。
「そう、かも……しれない。僕は……」
「――槻哉さん、彼女はそんな貴方を悲しんでいるかもしれないわ。だって、彼女はきっと『今日』を見ていた筈だもの」
「………………」
 真の言葉に、槻哉は一瞬顔を強張らせた。
 そして支えてくれる彼女を見ると、真は静かに微笑んでくれている。
「槻哉さんを好きだったんでしょう。だったら……見ていたはずよ、貴方の後ろで。そしてきっと、こう言ったのよ。『ありがとう』そして『ごめんなさい』って」
 真の微笑みは、本当に優しいものだった。
 槻哉は彼女を見つめたままで、静かに涙を一筋零す。
「……大丈夫、きっとまた逢えるわ。だって、人は花は……生まれ変われるんだもの……」
 子供をあやすかのように、真は困り顔で笑いながら槻哉の涙を拭ってやった。
 綾へと視線を移すと、彼は真の言葉を心に刻み込むかのように胸に手を当てていた。
「凄いですね、真さんの言葉は。文壇の片隅にいる僕も『言葉』には特別の思い入れがあります。だから……また学べたように思います。今日は、場に居合わせることが出来て良かった」
 綾は手元の彼岸花を見やると、それを持ち合わせていた本へと静かに仕舞い込む。閉じた本を数回撫でて、ふわりと微笑んだ。
「……すまない、すっかり場を乱してしまったね。有難う、真君」
 落ち着きを取り戻したのか、槻哉は姿勢を戻して顔を上げた。少しだけ気恥ずかしそうにしているのは涙を見せてしまった事の羞恥なのかもしれない。
「どういたしまして。……斎月さんや早畝くんに見られたら、大変でしたね」
「……真君、彼らにはどうか秘密に……」
「え〜、どうしましょう? 滅多に見られない槻哉さんの泣き顔なんて、そうそう忘れられませんよ〜」
 真は少しだけ悪戯っぽい笑顔でそう答える。
 すると槻哉の顔が見る間に青ざめていくのが解り、真も綾もくすくすと笑った。
「――槻哉さん、お酒は平気ですか?」
 綾が思いついたかのように、笑い顔のままでそう問いかけてくる。
 槻哉は一瞬不思議そうな顔をするが、すぐさま『ええ、平気です』と答えた。
「どうですか? これから予定がないのでしたら……呑みに行きませんか?」
 それは、綾なりの気遣い。
 槻哉はその彼の思い遣りに素直に従い、笑顔を作り上げた。
「いいですね。では僕の奢りで……真君も一緒に行こう」
「あら、いいんですか? じゃあご一緒させてください」
 こういった人の思いやりが、今の槻哉には何よりの救い。どうしようもない自分の背中を押してくれる彼らに、心から感謝する。
 そして三人は談笑を続け、司令室を後にするのだった。


 その、槻哉たちが去っていくのを見送るものがいる。
「……永き事、お疲れ様でした」
 人の気配が消えた空間で、先に姿を消していた魂の導き手は槻哉の傍に居て離れなかった一人の魂を今――天へと導いていた。
 ゆらゆらと登っていく緑色の炎。
 そしてその場に残されたのは、ひとひらの紅い花びらであった。




-了-




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            登場人物  
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2226 : 槻島・綾 : 男性 : 27歳 : エッセイスト】

【1891 : 風祭・真 : 女性 : 987歳 : 特捜本部司令室付秘書/古神】

【4728 : 柳月・瑠羽 : 女性 : 800歳 : 魂の守人】

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            ライター通信          
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ライターの朱園です。
この度は『相思華の想い。』にご参加くださり有難うございました。
そして納品が遅くなってしまい申し訳ありません(汗

今回は少しだけしんみり系なお話でしたが如何でしたでしょうか。
皆さんそれぞれ、彼岸花のお願いを叶える為にご協力してくださり嬉しかったです。
そして槻哉にも構ってくださって有難うございました。
後半、彼が目立つ形になってしまい申し訳ありません(滝汗

少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。
今回は本当に有難うございました。

朱園ハルヒ。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。