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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


怪奇探偵・殺人事件?!



●事の始まりはこうだった



被害者:草間武彦
日時:9月23日 午後2時31分
事件現場:草間興信所内

状況:
事件発生当時、被疑者(以下Kとする)は事務所内にて、一人でいた。
事務所入り口の扉、ならびにすべての窓には鍵がかかっていた。
Kはその状況下において、東側、通りに面した窓の下に置かれたソファで仰向けになり寝ていた。
そして、Kは鈍器のようなもので後頭部を殴られた。

Kは、一瞬意識を失うがすぐに回復。容疑者を追う態勢に入ったが、すでに容疑者の姿は事務所内になし。
出て行った者の足音などは聞いていない(K証言)

なお事件発生よりすぐに近親者が帰宅するが、その際も入り口扉ならびに窓には鍵がかかったままだった。(容疑者は扉に鍵をかけ出て行った?)



「……というところでしょうか」
「お、おい零……冷静に状況まとめてないで、早く湿布持ってきてくれ……」
 昼下がりの草間興信所である。
「今日は天気がいいから、仕事は休みにする」と呟きながら、窓際のソファで午睡を貪っていた草間武彦。
 助手であり、妹でもある草間零が、そんな兄にかまってはいられぬとばかりに買い物に出て――それが、つい30分前のことだ。
 そうして帰宅し、目にした光景が――この有様である。
「兄さん、どうしたんですか? 誰かに襲われたんですか?」
「ううむ、よく分からん……俺が横になってたら、いきなりガツンとやられた」
 零が、湿布を彼の後頭部のたんこぶに当てると、しみるしみると草間は泣き面になる。

「クソッ、犯人のヤツを絶対捕まえてやる。どこに逃げやがった!」
「ねえ兄さん、それよりもその『犯人』……どこから来たのでしょう?」
「ああ? そんなの興信所の外からに決まってるだろうが!」
「でも、私が帰って来た時、事務所には誰もいませんでしたし、ドアには鍵もかかっていましたよ? それに……」
 零は赤い目を細め、その思考回路を急激に働かせ始める。
「おい、どうした零」
「……事務所内に、ほんのわずかですが霊力が感じられます」

 ――多分、『犯人』は人ならざる存在だと思います。
 零の言葉に、草間はさも嫌そうに、重い重いため息をつく。
「だから、怪奇の類にはもう関わりたくないんだよ俺は……」



●一方その頃……



「どうかしたのか?」
 傍らから、心配気な彼に顔を覗きこまれて、初めて自分がうつむいていた事に気がつく。
 日和は慌てて、ぱ、っと顔を上げると、なんでもない、と微笑んだ。
「ごめんね、ちょっと……考え事してたから」
「そうか? ならいいけどさ。お前、あんまり身体が丈夫じゃないんだから、こういう季節の変わり目は風邪とか引かないように注意しろよ?」
 うん、と小さく頷いた日和に、ニッ、と笑顔をひらめかせる悠宇。
 そうして、また並んで歩き出す。

 今日は秋分。
 休日を共に過ごしていた2人。身にまとう葉を赤や黄色に変えつつある広葉樹の下を歩き、ボートに乗り――そんなありふれた時間を過ごした最後、2人が立ち寄るのは、いつだってあの怪奇探偵の事務所だった。
 いつだって人が集い、にぎやかなあの場所に出向けば、甘さとは程遠い時間を過ごすことになることは目に見えていたが、二人にとってあの場所はすでに大切なものになりつつあったのだ。

 青い空は高く、点々と浮いている白い雲は薄い。背に受ける風は夏の頃より確かに涼しくなっていて、季節が変わり行く事を2人に雄弁に告げていた。
「夏の暑い中散歩したのも楽しかったけど……散歩するなら今ぐらいが一番いいな」
「そうだね」
 交わす言葉少ないまま、顔を見合わせて笑う瞬間が、お互いにとっては何よりも満ち足りたもの。


 と。
 あのね、と日和は悠宇におずおずと切り出した。
「草間さんのところに行ったあとね。……少し、一人で行きたいところがあるの」
 いい? と小首を傾げる日和に、悠宇はああ、とひとまず頷いてから、ふとその目を覗き込んだ。
「俺が一緒にいない方がいいのか?」
「……ごめんね、邪魔にしてるつもりはないの。でも、出来れば一人で行きたいから」
「じゃあ、俺先に帰ろうか? 他の奴に会ったりするんだろ。俺が待ってたりしたら、お前気になるだろうし」
「ううん、あのね。すぐ帰ってくるから……悠宇くんに、待っててほしいの」

 我がまま言って、ごめんね。
 そう言って、日和がわずかに目を伏せると、傍らの彼はわずかに迷った後、そっと黒髪を撫でてくれた。
「何言ってんだ、今更。……俺とお前の仲だろ」
 彼の頬は、わずかに赤い。


 悠宇は、日和の意図を聞いてこなかった。
 そんな彼の優しさに応えるため、日和は口を開く代わりに、そっと腕を伸ばして彼の手に己のそれを絡めた。
 すると彼は前を向いたまま、その手をぎゅっと握りかえしてくれる。
「……じゃ、早いとこ草間さんとこ行くか」
「うん」


 2人の間を抜ける一陣の風は、涼しくそして軽やかだった。




◇怪奇探偵・殺人事件?!



「で? 要は草間さんが寝ぼけてたって話?」
「えーっ! 違うよ、寝ぼけたんじゃなくて、草間さんはいっつもボケてるんだよね!」
 羽角悠宇と往方映子が顔を見合わせつつ、そうばっさり切って捨てると、草間はさも渋い顔をし、くわえていた煙草にぎりぎりと歯を立てた。
「……お前ら、この俺が懇切丁寧にしてやった今までの説明、ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてたってば。草間さんを殴るなんて、なんて面白そ……ごほごほ。おーっと、日和! お茶お代わりくれる?」
「あ、ボクも! 今度は出がらしじゃないほうがいいんだよね」
 かなりわざとらしく話を断ち切る二人。しかし、声が合った瞬間に互いを見やり、にぃ、と可笑しそうに笑ったのは、おそらく草間に見せ付けるためだろう。


 ――不可思議な出来事より数刻後。夕暮れにはまだ早い頃合だ。
 今日も今日とて、収集をかけた覚えもないのに人が集う興信所。金になる仕事はさっぱり寄ってこないというのに、暇な人種ばかりに事欠かないのはなぜだろう、と草間が常々思っているのは内緒だ。
 ところどころスプリングがむき出しになったソファに窮屈そうに座る一同を、草間はぐるり見回す。やれお茶が薄いだの、やれ茶菓子が足りないだの、みな好き勝手に騒ぐばかりで……どいつもこいつも、たまには手土産のひとつぐらい持って来い、とこっそり独り言ちると、途端真正面に座っていた綾和泉汐耶と目が合う。
「……草間さん」
 メガネの奥から投げかけられる視線は、相変わらずの冷静さだ。思わず草間が「な、なんだよ」とたじろぐと、まさか呟きを聞いたわけでもあるまいに、彼女はわずかに肩をすくめ、静かに笑う。
「私が持ってきたおはぎのお味、どうかしら」
「……あ、ああ、まあまあ、かな」
「お彼岸だから、今日はきなことあんこと2種類買ってきたけど」
「ねぇ、もしかして、これ『おかめ』の? 私もここの好きなのよ」
 と、二人の間に割り込んできたのは、流しの方(とても『キッチン』と呼べるようなちゃんとした造りではない)で人数分のお茶を入れていたシュライン・エマだ。彼女を手伝っていた初瀬日和も、その後ろからひょこっと顔を出し、はにかんだように笑う。
「私もここの、好きです。学校帰りにこっそり寄って、友達とあんみつ食べたりもしますよ」
「あ、シュラインさんと日和さんも? あんこって、時々すごく食べたくなりますよね」
 途端に、女同士で盛り上がりだす3人。きゃらきゃらと甘いもの談義に花を咲かせる様は、とてもとても男には入れない雰囲気だ。
 しかし、なぜ女というものはたいがい甘いものに目がないのだろう――などと口にしたら、途端シュラインや零などに「武彦さん、そういうのを男女差別っていうのよ」「お兄さん、偏見というものはいけないことです!」などとややこしくされそうだったので、草間はあえて何も言わなかったが。
 まぁ、確かに俺だって甘いものは嫌いじゃないけどな。
 ん? ということは、零もこういう甘いものは好きなのか? ――っていうか、あいつどこ行った?


 すっかりくたびれた短い煙草を、不機嫌極まりない態度でぺっと吐き出す草間。
「まぁまぁ、女性の前でそんな不機嫌なツラしてたら愛想つかされるぜ、武彦」
 と、彼の傍らにどっかと腰をおろしていた藍原和馬が、訳知ったる態度で悠々と肩をすくめて見せた。
「まあ、そうだが。……まぁいい。お前だけでも話を聞いてくれてたなら……」
 知らずすがる口調になりつつ草間が顔を上げると、和馬は力強くうなずき、まかせろ、と胸を叩いた。 
「というわけで、まあ豚まんでも食えや」
「……は?」
 草間は目前に突き出された、ほかほかと美味しそうな湯気が立っている『それ』に、目が点になる。
「……和馬、なんだそれは」
「だから豚まん」
「いや、そういう意味じゃなく」
「なんだよ、つれねえ態度だなぁ、武彦。せっかくこの俺がバイト先から大量に豚まんを仕入れてやったっていうのに。つまりはあれだろ? お前は、『もっと腹に溜まるもんをもってこい!』って不機嫌になってるわけだろ? いやぁ、分かるぜその気持ち。ま、俺はおはぎ大好きだけどな」
「……おい」
「はいはい、食わねぇなら別に無理とは言わないって。俺とお前の仲だ。今日のところは勘弁してやろう。……というわけで、俺が持ってきた豚まん、誰か食うか?」
「あ、はいはい! 和馬さん、俺食う!」
「ボクもー!」
「お、かわいい返事だな。てなわけで、往方には羽角の分もやろう!」
「あ、ずりぃよ! なんだよ不公平だろ!」
「うるせぇ、俺は野郎には厳しいんだよ!」


 ――もはやすでに言葉もなく、草間はただ深々とため息をつく。
「お兄さん」
 と、聞き覚えのある声。
 草間が振り向くと、いつの間にか零が彼の背後に立っていた。
「今、お客様が見えました」
「……客? 客か! それはあれか、こんなヒマなやつらじゃなくて、金を落としてくれる客だな? もちろん怪奇の類以外の!」
 一同の非難じみた視線など、彼は意にも介さない。喜びに打ち震えながら立ち上がる草間、それに応えて零はにっこりと笑う。
「いえ、電気料金の徴収にいらした方です。ちょうどよかったです、残高ギリギリでセーフでしたから」
「……は?」
「そういうわけで、今月はもう余裕ありませんから」
 がんばってお仕事しましょうね、お兄さん!


 ね! とぎゅっとこぶしを固めてみせる零とは対照的に、草間は今度こそがっくりと肩を落とした。
「……俺の話をまともに聞いてくれるやつは、誰一人いないのか……?」



●つまりのつまりは



「……で、結局どういうことなのかしら?」
 しばしの賑わいの後、ようやく草間が望んでいた方向へと、一同の話題は移りだす。
 壁に軽く背を触れさせるようにして、シュラインはすっくと立っている。彼女を話の中心として、一同はそれぞれに首を捻った。
 ちなみに、事の発端であるはずの草間はすっかりふて腐れてしまい、ソファに横たわって背もたれ側に顔を向けたまま、狸寝入りを決め込んでいる。
「怪奇探偵ってのは大変だなぁ? ま、こんなことは日常茶飯事か」
 和馬の皮肉な一言には振り向かないまま、「日常茶飯事でたまるか」とのくぐもった声を返す。
 
「まあいいさ。……でも、零ちゃんのカンが確かなら、ここには確かに霊力が残ってたんだろ? てことは、能力者が霊力を使ったか、もしくは例の類の仕業ってところだなァ。……例えば、『そいつ』は瞬間移動でここに入ってきたとか、もしくは鈍器そのものを能力で遠隔操作したとか。……どうだ?」
 和馬のその言葉に、ふっと顔を上げたのは、悠宇の横に寄り添うようにして座っていた日和だ。
「あの……シュラインさん? ここ数日に、興信所へ届いた新しいものとかってありませんか?」
「どうして?」
「いえ、元から在る物へ新たに力を込めるより、予め力を『仕込ませた』物をここに置いて……そう、それを和馬さんが言うように遠隔操作した方が、事を起こしやすいかなって思ったんです。だから、もしそんなものが届いてたら、その送り主さんが怪しいんじゃないかって思ったんですけど……」
「なるほど、さっすが日和!」
 大げさな程の仕草で、傍らの悠宇が日和に頷いてみせる。

「はいはい、悠宇くんは相変わらず日和ちゃんびいきね」
「違うって! ……なぁシュラインさん、あ、零ちゃんでもいいけどさ。出かける前と後で何かが置き場所変わってるとか、覚えのないものがあるとか、ない?」
「ないぞ、そんなものは」
「いや、草間さんには聞いてないって。そもそも草間さん、この部屋に何がどれだけあるか、全ッ然分かってないだろ」
「あはは、やっぱり草間さんってそうなんだー☆」
 明るく笑う往方に、草間は肩越しにちらりと情けない視線をやる。サングラスの下の眉は、心細げな八の字だ。
「何が『やっぱり』なんだ、往方……」
「ほら武彦さん、いい加減こっちを向いて話をしましょ、ね?」
 シュラインのとりなしも、ますますつむじを曲げてしまった草間には効果がないようだ。彼方を向いたまま、横になっている彼はますます背を丸めていくばかり。
「まあいいわ。それより……そうね、悠宇くんと日和ちゃんの考えは悪くないと思うわ、でも……」
 シュラインは零と顔を見合わせてから、小さく首を振る。
「残念ね、ここ最近でうちに届いた荷物はないわ」
「そうですか……」
 思わず落胆にうなだれる日和。

 と、その顔を傍らから悠宇が覗き込む。そしてこそっと、日和に耳打ちをした。
「な? もしかして……こいつの仕業だったりして」
 彼の指差す先は――日和の胸ポケットを真っ直ぐ指している。
 その中に入っているのは、もちろん銀のピルケース。
「え? 末葉?」
「そうそう、俺んとこの白露なんてさ、結構好き勝手出かけたりするし。ホント、参っちまうぐらいだぜ? だから、末葉も」
「違うわ、悠宇くん」
 ささやき声のまま、日和は悠宇に言い返す。
「あのね悠宇くん。イヅナって、本来なら私たち術者が命令しなければ、勝手に出てきたりしないのよ? ……悠宇くん、白露のことすぐいじめるでしょう? だから」
「お、おいおい日和! 俺は悪くないぞ! だいたい白露のやつが……」
 汚名を雪がんとばかりに、悠宇が声が大きくした途端。
「こら、そこの2人! ……とりあえず、後にしてね?」
「……あ! ごめんなさい」
「す、すんませんでした、シュラインさん……」
 まるで授業中のように、共にシュラインに怒られてしまった2人だった。


 と、それまで一人沈黙したまま思案顔だった汐耶がふと顔を上げた。
「シュラインさん、ちょっといいですか?」
 生真面目に軽く右手を挙げ、一同の注目を集めてから彼女は発言する。
「さっき状況聞いて、軽く違和感を覚えたんです。仰向けに寝ていた草間さんの後頭部を殴るだなんって、普通出来ませんよね」
「……ええ。そうなのよね、実は、私もそれが気になってたの」
「ああそうそう、それ俺も変だなあと思ってた」
 シュラインの同意へ重ねるようにして、共に声をあげたのは悠宇だ。
「草間さん、やっぱりそのおんぼろソファのせいじゃないのー? スプリングがいかれてて、それで頭を打ったとか」
「……お前なぁ、さっきからそんなことばかり」
 髪に寝癖をつけて、草間がむくりと起き上がる。
 と、その首をがっしりホールドした零。彼が身じろぐ隙すらなかった。
「はーい武彦さん、そのまま動かないでねー。零ちゃん、離しちゃだめよ?」
「はい、シュラインさん!」
「……れ、零……息が……いき、が……」
 だんだん青ざめていく草間をよそに、シュラインはソファの後ろにまわって彼の頭を覗き込む。
「うん……でもやっぱり、武彦さんってば頭のうしろにたんこぶ作ってるわね。器用なのね、武彦さん」
「じゃあ、人じゃないとして、幽霊とか……まぁそれしかないと思いますけど。あとは変わったところで精霊とか妖怪とか」
「妖怪ぃ?! なんでまた」
 和馬の驚きの声に、汐耶はキラリとメガネを光らせる。
「そうですね……嫌がらせとか、悪戯とか、あとは草間さんへの恨みつらみとか、約束を反故にされたから仕返しとか」
「まさか武彦さん、意識飛んでるのに、そのことに自分では気がついてないとか……?」
 あくまで真剣な表情のまま、額を寄せ合う才女たち。
 
 そしてその横では、和馬が胸から取り出したハンカチをよよよと目元に当てている。
「……武彦ぉ、お前、苦労してんだなぁ……ちゃんと骨は拾ってやるからな?」
「……和馬ぁ、嘘泣きする、ぐらいなら、たす、けろ……」
 ごふ、と零の腕の中で、危なっかしい息を漏らす草間。
「そうそう、骨は拾うってば。あ、こっち向いてこっち向いて! うんうん、顔はもうちょっと下に向けてくれると……うん、いい感じ! 死体の演技はバッチリだね!」
 機逃さず、とばかりに、彼の傍らで映子がビデオカメラを回し始める。泡を噴き出す草間とは反対に、レンズを覗き込む彼女の表情は恍惚そのものだ。
「ああ……ッ、すっごい、ボクってばなんっていい『画』撮っちゃってるんだろう……ッ!」
「……おい、やめろやめろ……! 零、こら、ロープだロープ……ッ!」



 ――その時だった。
 あ、という声を最初に漏らしたのは誰だっただろうか。
 煙だとか光だとか、予兆のようなものは何ひとつなかった。一同が注目していたはずなのに、誰もがその瞬間を見逃した。
 時間にしたら、瞬きするわずかな合間にも満たなかったに違いない。
 零の細腕を首に回され、気を失っているのは草間武彦――その傍ら、彼と同じソファに腰掛けつつ、現れた男は視線の真ん中で不敵な笑みを浮かべて見せたのだ。



 もう一人の、草間武彦が。
 ――りぃん、と、どこかで鈴が鳴った。



「……やれやれ、バレたか。結構早かったな」
「あなた……武彦さん? 本当に?」
 一同の疑問を代表したようなシュラインの言葉に、もう一人の「草間武彦」は横を見やってから肩をすくめてみせる。
「ああ。正真正銘、俺は草間武彦だ。ま、正確に言うとこいつの影分身ってやつさ。……んで、こいつのケガの犯人も、もちろんこの俺だ」
 身を乗り出そうとする一同に、ああ悪かったよ、と彼は手を振ってみせる。

「別に何をしようってつもりで俺は出てきたんじゃない。……ただ、同じ顔のヤツが幸せそうな顔してぐうたら寝てたから、なんとなく腹が立って頭を殴ってやっただけで」
「……確かに、その言い草は武彦だな」
 和馬の言葉に「お前も大概だな」と彼は笑う。
 

 と。
 あ、と小さく声をあげた汐耶が、傍らに抱えていた本をおもむろに広げた。
 そして、みなさん、と一同をぐるり見回す。
「今日は彼岸ですが……彼岸という日の意味合いをご存知ですか?」
「ん?」
 首を傾げる一同の中で、「草間武彦」だけが可笑しそうに煙草をくゆらせている。その煙草はもちろん、横でのびている草間のポケットから勝手に取り出したもの。
「彼岸というのは、昼と夜の長さが同じ日です。……そして、その影響により『こちら』と『あちら』の境界線があいまいになる日でもあるとか」
 そして、広げた本の表紙を軽く持ち上げてみせる。
「この本に書いてあります。……『彼岸とは、融和である。陰に陽が溶け、陽は陰を飲む。全ての境界があいまいとなり、全てが瓦解する。全てが終わり、また新たに始まる。それすなわち、昼と夜、明と暗、そして自己と他者……』」

 汐耶は顔を上げ、彼を真正面から見据えた。
「そういうことさ」
 だがその視線を受けた彼が呟いたのはそれだけ。
 シニカルな笑顔を浮かべたまま、「草間武彦」は汐耶の語を継ごうとしない。



 ――りぃん。
 またどこかで、鈴が鳴った。
 沈黙が支配する空間の中、彼が吐き出す紫煙だけが、宙に浮いては消えていった。



●ことのおわりに



 びゅう、と強い風が吹きぬけて、日和はわずかに目を閉じる。
 そして恐る恐る目をあけながら、乱れた黒髪を整えた。
 
 ――静かな、郊外の丘の上の墓地。見回す限り、たくさんの白い十字が立ち並ぶその場所に、日和はそこに一人立っていた。
 腕に抱えていたのは白いカサブランカの花束。丘の上から見える街は、沈み行く太陽に染められたかのように黄昏に染まっている。
 目の前にあるのは白い十字架だ。強い風が吹き抜け、かけられた花輪からはらりと花びらが散っていく。
 日が暮れていくにつれ、墓地へ留まっている人影は一つ、また一つと去っていく。
 だが日和は周りを見回すことなく、だから自分だけがこの場所に一人立ち尽くしているにも、また気づかなかった。
 吹きぬける風が物寂しい。


 日和は十字の前に膝をつくと、抱えていた花束をそっと置いた。
「……お久しぶりです」
 迷い、わずかに目を伏せ――それから顔を上げると、日和は微笑んだ。
「ご無沙汰してて、すみませんでした。……私は元気です。チェロも、毎日頑張って練習しています。もっともっと上手になって……あなたに胸をはって、聴かせてあげられるくらいになりたいです」

 ささやきに、もちろん答えはない。
 ひゅう、と風が吹き、彼女の黒髪をなびかせた。

 
 と。
 胸のポケットから、かたかた、と何かが音を立てた。そして、そこから飛び出したあやかしが一匹。
「末葉」
 呼びかけに答えたかのように、姿を現したもののけは、ピルケースから飛び出すと腕を伝い、彼女に寄り添うように首筋にその身体を摺り寄せた。
「……もう。術者が呼ばない限り、本当は出てきたりしないのよ?」
 先ほど悠宇に対して言った言葉を、日和はめっ、としかめ面で繰り返し――そして笑った。
「でも、ありがとう、末葉。……元気でた」



 日和は立ち上がる。
「じゃ、帰ろっか、末葉。悠宇くん、待ってるものね」
 ぱっと身をひるがえし、1歩、2歩――そして3歩目にくるりと身を返し、再び白い十字に向かって頭を下げた。
「また来ます。……今度は、今度は多分」
 ――私の大切な人と一緒に来ます。


 そして日和は駆け出した。今度はもう振り向く事はない。
 長い影を引き連れて、日和は丘を駆けていく。
 彼女を待っている人の元へと向かって。

 丘の斜面では、真っ赤な彼岸花が風に揺れていた。
 
 


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【0086 / シュライン・エマ / しゅらいん・えま / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1533 / 藍原和馬 / あいはら・かずま / 男 / 920歳 / フリーター(何でも屋)】
【3525 / 羽角悠宇 / はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【3524 / 初瀬日和 / はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【5623 / 往方映子 / いくかた・えいこ / 女 / 16歳 / 神聖都学園高校第3映画部、デーモン使い】
【1449 / 綾和泉汐耶 / あやいずみ・せきや / 女 / 23歳 / 都立図書館司書】

(受注順)

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          ライター通信           
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こんにちは、つなみりょうです。この度はご発注いただき、誠にありがとうございました。

大変お待たせいたしました!ご期待に沿えたものをお届けしていればよいのですが。
さて今回、オープニングに二つのポイントがありました。
一つは「寝ていたはずの草間氏が、後頭部をやられた」こと、もう一つは「9月23日」という日付……そう、2005年のこの日は秋分の日です。(日付の意味は本文中をご覧ください)

プレイング中でこの一点、もしくは両方指摘くださったPCさんは、その英知により戦利品ゲット! ……です。おめでとうございました。
(あらかじめヒントは提示していたとはいえ、スルーされるかなーと思っていたので、皆様のプレイングを拝見したときはかなり驚きました。いやいやどうして、上記の点以外の指摘もかなり鋭いものばかりで)


日和さん、今回もご参加ありがとうございます! またお会いできて嬉しいです。
さて、今回はお彼岸の物語ということで、すこしばかりシリアスなお話をご用意させていただきました。
とはいっても、決して暗いお話ではないことを補足させていただきます。何より、今回は悠宇さんが明るく励ましてくれてますので!
きっとこの後は、お2人で仲良く帰ったんじゃないかなーなんて思ってます。またぜひ、悠宇さんのお話とあわせてお読みくださいね。


今後は今以上ののんびりペースな活動になってしまう気配なのですが、OMCではまだまだ活動していくつもりですので、もしまた興味をお持ちくださったら、その時はぜひご参加くださると嬉しいです。お待ちしておりますね!

マイペースで頑張る所存です。それでは、つなみりょうでした。