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CAPRICCIO −天上の唄
「さんしたくん。此処の空白は何、」
月刊アトラス編集部の編集長、碇・麗香が提出された草案を見て三下・忠雄を呼び附けた。
「ぁ、嗚呼、其処は広告が入る予定で……。」
三下は示された場処を見て答える。
「広告、」
「ぇ、ええっと、……宝探し、らしいです。」
何かのメモを見乍喋る三下を見て、と云うより其の言葉に碇は眉を顰めた。
「宝ですって、」
碇は三下の手から其のメモを取り上げてざっと目を通した。
「何でも、一部で有名な作曲家の未発表曲の総譜らしくてですね……、」
――出す処に出せば億は下らないとかで。
「ふぅん。」
メモには必要最低限の走り書きしか無かった。多分未だデザイナが広告を作っているのだろう。
場処は件の作曲家で有るローディア・V・カイザー氏が生前所有していた孤島。
期間は二泊三日。
「スコアの所有権は発見者に……か。」
そう呟いて碇は笑った。
「面白そうじゃない。」
* * *
「……叫び囁くは幾万の聲。天上に捧ぐ鎮魂歌。地上に響け子守唄。」
孤島の森の中。一際高い木の上枝に少女が一人ぽつんと坐っている。
巨大な黒い本を膝の上で開き、ぽつりぽつりと言葉を漏らす。
彼女が人間で無いと云う事は姿を見れば明らかで、髪の色より濃い漆黒の毛に覆われた犬科の耳と尻尾が附いていた。
「そろそろ動き出す。――でも其れもほんの些細な事。」
作り物めいた其れ等は然し、本物の様に滑らかに動く。
バサバサとした豊かな尾の動きがはたと止まる。
「偶には遊ばないと、ねぇ。」
そう云うと、ぱたん、と巨大な本を閉じて。
口の端が僅かに上がり、笑みの形を作る。
――さぁ、総譜は貴方のモノだ。
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たった一人創りしモノが、星の数程の人を突き動かす。
込められた想いは如何様か。
望まれし願いは如何様か。
たった一人の記憶は、たった一人に渡される。
其の手に受けしは――、
* * *
応募多数の中、運良く抽選に当選した参加者達は件の孤島に連れて来られ、屋敷のホールで主催の挨拶と簡単な説明を聞いた。
其の中に、紛れ込んだ人影一人。
――思ったより簡単に忍び込めて仕舞いましたねぇ。
顎に手を当てて、ふむ、と考え込む仕草をする男性。
加藤・忍と云う此の男性は、目的こそ同じであるが“正規の参加者”ではない。
作曲家が最後に残した心。
其れに興味を引かれた、所謂怪盗、と云うヤツである。
スタッフが島内の施設をプロジェクタで案内している時に、忍は辺りを見廻して、他の参加者を見た。
老若男女、様々なヒト達が食い入る様にスクリーンを凝視している。……そう云う人達が求めているモノは明白だ。
忍は短く溜息を吐いて視線を動かす。
すると、其処に一人の少年を見附けた。中学生位だろうか。彼もじっとスクリーンを見ているが、他の者と違うのは……其の眼が輝いていた事だ。
忍は不図、興味を引かれて少年に近附く。
「……やぁ、君も総譜を探しに来たんですか、」
状況が状況だけに、落とした声でやんわりと問う。
すると、画面に集中していた少年は少し驚いた様に忍の方を向き、然し直ぐに笑った。
「や。うーん……其れはそうなんだけど……総譜は割と如何でも良くて、宝探しってのが愉しそうだな、って。」
そう、屈託無く云う少年に、忍も笑い返した。
其処で少年は、不図思い附いた様に持ち掛ける。
「ぁ、そうだ。如何せなら一緒に探しません、一人で黙々探すよりは誰かと何か喋ってる方が愉しそうだし。」
――其れで若し総譜が見附かったらオニーサンに上げるし。
其の提案に忍は暫く考えてから、承諾した。
特にデメリットも無いし、少年の云う通り、其の方が愉しいかと思ったからだ。
「良いですよ。私は加藤忍と云います、宜しく御願いしますね。」
「おう、俺は草摩色って云います。こっちこそ宜しく。」
* * *
「一日目は島の中見て廻るだけで、触っちゃ駄目だってさ。」
長時間の説明から解放された色と忍は島内の散策に出た。
「大体のアタリを附けて、明日から全力で探せって事でしょうね。」
確かに、もう陽は南中を越えているし、モノの配置も解らない侭手当たり次第に漁られて荒らされては主催者も困るだろう。
「何処から廻る、」
与えられた配置図を見乍、色が忍に訊く。
「そうですね……。先ずは、作曲家の冥福を祈りに礼拝堂へ行きましょうか。」
忍はそう云って、森の中に造られた小径を辿る。
二人は森の中にも目を向け乍、他愛もない話をして進んだ。
すると現れたのは白亜の建物。
何十年も雨風に晒されただろうに、其の色は不思議と白く見る者の眼を奪う。
「うっわ、キレー……。」
其の建物を見上げた色は思わず感嘆の声を零す。
大きさも、装飾も個人で持つにしては充分過ぎる程で、此だけで充分観光名処に出来そうだった。
「取り敢えず、中に入りましょうか。」
観音開きの重厚な扉を開けて、忍が色を促す。
中に入れば此亦見事なステンドグラスとパイプオルガンが二人を出迎える。
オルガンは可也大型の物で、パイプが、丸で此の建物の血管の様に一面を埋めて伸びていた。
「……、」
忍は其のオルガンを見上げた後、聖体の前で黙祷を捧げた。
色も慌てて其れに習う。
「カイザー氏は余程信心深い方だったんですね。」
忍は呟くと、踵を返す。
「さて、草摩君。次は何処を見たいですか、」
「矢っ張り森の中は他の人居無いなぁ。」
「総譜を保存するには適してないですからね。屹度皆そう思って除外してるんでしょう。」
礼拝堂を出た後、二人は音楽堂、庭園、温室等、屋敷外を見て廻った。
そして、其の侭ぐるりと森を散策していた時に、“其れ”と出会う。
「――歯車の噛み合う音。」
「……ッ、」
小さく聞こえた声に、色の視線が一点に留まる。其れに気附いて忍も視線を其方に遣った。
「……ん。誰も来ないと思っていたらとうとう見附かったか。」
通常の目線より僅かに上。其処には、木の枝に坐って二人を見下ろす少女が居た。
然し、其れが普通の人間でない事は明らかで。犬科の、黒い耳と尾を持って居た。
こんな特徴的な人物が、先の参加者の中に居れば気附かない筈が無い。
忍は微笑んで話し掛ける。
「おや、個性的な姿の御嬢さん。作曲家の心の在処と、届け先を知って居るなら教えて下さいませんか、」
――私は、私の仕事をさせて貰います。
若しや、何かの手掛かりを持って居るのでは無いかと踏んで少女を見遣る。
少女はぱたり、と尻尾を振って肩を竦めた。
「残念。知っては居るが俺からは教えられない。……凡ては、世界の流れる侭に。」
そう云って口の端を上げる少女に、忍も肩を竦めて返した。
まぁ確かに、こんな簡単に答えが聞けるとは元より思っては居ない。
「そうですか、有難う御座います。」
微かに笑って、此の場を去ろうとした其の時。
今迄黙っていた色が、突然“跳んだ”。
「ぇ……、」
忍も、其の少女も驚いた様に声を漏らす。
色は、一っ飛びで少女の腰掛けていた枝に辿り着き、目を輝かせて少女に詰め寄った。
「なぁなぁ。あんた名前何てーの、つか其の耳と尻尾って本物っ、」
其の不思議なイキモノは、見事に色の興味を捕らえて仕舞った様だ。
「……ぇー……あー……。」
少女は眉根を寄せ、如何したモノかと考える様に唸り。
「……御機嫌ようっ。」
軽く、枝から飛び降りると、逃走を試みた。
「あ、待てってばっ、」
色も負けじと其れを追い掛ける。
「…………。」
唐突に始められた鬼ごっこを、そして去っていく二人の背中を見つつ忍はぽつりと呟いた。
「若い子は元気ですねぇ。」
* * *
其の晩、寝る前に色が部屋を訪ねて来た。
「後もう一寸の処で逃げられてさ……。」
先程森で会った少女の事らしい。
「明日、何とかして探し出そうと思ってんだ。」
「ほう。」
「其れでさ、宝探しの方は忍さんに任すよって、其れだけ。」
そう云うと色は踵を返して自分の部屋に戻ろうとする。
「だってさ、忍さん……もう見附けてるんだろ、」
扉を閉める直前。
小さくそう云って笑う色を見て、忍は苦笑した。
「何だ、結構侮れない仔でしたね。」
* * *
翌日。
と云っても未だ夜の明ける前。
忍はそっと、礼拝堂に訪れた。
パイプオルガンの演奏者台へ音も無く上がる。
「貴方の残した心……確かに。」
席を除けて、奥の板を外すとボロボロの緑のリボンで巻かれた羊皮紙の束が見附かった。
其れを見て忍はそっと微笑む。
――さぁ、後は此の想い、誰に届けるべきか……。
束を開いて中に眼を通す。
記されていない標題。
「…………。」
そんなに長くは無い作品。
さて、如何するか。そんな事を思って何気無く裏返した。
「……っ、……そう、ですか。解りました、届けましょう、其の方へ。」
忍は笑む。
夜が明ける前には此処を御邪魔する。
色の事が頭に過ぎったが、屹度彼は心配無い。
立ち上がって、早速出発する。
残された走り書き。
――Dear, My Dear.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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[ 5745:加藤・忍 / 男性 / 25歳 / 泥棒 ]
[ 2675:草摩・色 / 男性 / 15歳 / 中学生 ]
[ NPC:琉架 / 女性 / 不明 / 全体把握記録者 ]
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■ ライター通信 ■
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初めまして、徒野です。
此の度は『CAPRICCIO』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
義賊怪盗と云う設定に何とも云えず遣る気を出しておりました。
忍氏格好良いですね……っ。
御話としてはこんな感じで纏めてみましたが如何でしょうか。
此の作品の一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。
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