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萌え系はいかが?
1.
「ツインテール・メガネ・妹…萌え系といわれる数ある属性。
しかし、今もっともブームなのが『ツンデレ』なのデ〜ス!」
「ちょっと待たんか! それとこれとがどういった関係にあるかと聞いているんだ!」
いつものごとく閑古鳥の鳴く草間興信所で、草間武彦は話の進まないこの状況に苛立ちを隠しきれなかった。
だが、目の前の相手・マドモアゼル都井(とーい)はそんなことお構い無しに話を進める。
「『ツンデレ』…ツンツンとした態度が好感度を高めることによってその態度を軟化させデレデレ状態になる、すンばらしい萌え属性…」
「だから! その話とこの目の前にある俺の形をした人形とどういう関係があるのかを説明しろといっているんだ!」
そう。確かに今草間の目の前には草間武彦をそのまま模した等身大の人形が静かに立っている。
それは人形といわれる物の中でも最高級な出来のよさで、草間本人が見ても鏡を見ているようにそっくりである。
「オォ! こちらご紹介が遅れマ〜したが、萌え系ツンデレ人形のプロトタイプ・クサ〜マ君デ〜ス!」
「!!??!」
草間の表情が一気に凍りついた。
しかし、そんなことはお構い無しにマドモアゼルは話を一気に進めだす。
「こちらの萌え系ツンデレ人形を試運転させていただこうと思って持ってまいったのデ〜ス! オォウ! そんな感謝の言葉は要りまセ〜ン。アタクシと草間サンの熱い友情の前にそのようなお礼は無意味デ〜ス!」
「待て! 誰がいつおまえと友情を交わした!? って、それよりも試運転って何だ!?」
「明日、クサ〜マ君をお迎えにあがりますので、皆様でお試しいただいて感想をくだサ〜イ。もし、評判がよいようなら量産しなくてはなりまセ〜ン♪」
「ま、待て! 待てって!!! おい!! ………」
そして取り残されたのは、萌え系ツンデレ人形プロトタイプ・クサ〜マ君と呆然と立ちすくむ草間の姿であった…。
2.
シュライン・エマは、実はこの話を最初から最後まで静かに自分の席で聞いていた。
静かに聞いていたからこそ、ふつふつとした怒りがその体内に蓄積されしまっていたに違いなかった。
だから、マドモアゼルが出て行った後に爽やかに入ってきた唐島灰師(からしまはいじ)が「ちわ! 遊びに来たぜ〜」と言っても、ちっとも愛想を振りまくことができなかった。
「唐島さん。…今取り込み中なのだけど…」
「まぁまぁ、そう言うなって。話は全部聞かせてもらったからさ」
「おまえが関わると話がややこしくなりそうなんだが…」
天使の微笑みで灰師は、クサ〜マ君へと近づいて観察し始めた。
犯罪じゃない本人の了承も得ず姿を模倣するなんて。
…試作品ってことは量産される可能性もあるってことよね…。
武彦さんと同じ顔と性格した人が誰とも知らない購入者に触れられるの想像するだけでも気分最悪だわ…気持ち悪い…。
鬱々と「どうしよう、どうしよう」と考えてみるが、明日にならなければマドモアゼルは来ないのだ。
このまま起動させないでおくというのも手かもしれないが…。
と、そこに興信所の扉を開けたものがいた。
梅海鷹(めい・はいいん)と郡司沙月(ぐんじさつき)であった。
「ん? 草間さんが2人?」
海鷹が酒瓶とおつまみが見え隠れする袋を手にそう呟いた。
「…どうなってんの? これ」
沙月はぱちぱちと目を瞬かせて、いぶかしげにエマに問いかけた。
が、当のエマはそんなことに親切に答えられるような気分ではない。
「奥に立っているのは人形よ。…それ以上聞かないで頂戴」
眉間にしわを寄せてそう言ったとたん、クサ〜マ君と戯れていた灰師の声が聞こえた。
「スイッチ、オン!」
ウィーン…カチカチカチ
パソコンのような起動音とともに、ビクッとクサ〜マ君が身じろいだ。
「あぁ!? 唐島さん、スイッチ入れたんですか!?」
エマは半ば怒りのこもった声でそう言ったが、灰師はにっこりと笑ってその声を受け流したのだった…。
3.
エマと草間、海鷹と沙月が見守る中、クサ〜マ君は灰師の傍らで静かにその双眸を開いた。
[…どこだ、ココ?]
声は少し違っていたが、変声機を使った草間の声もきっとこんな感じだろうと思われた。
「ここは草間興信所よ。…武彦さんの記憶を移されているわけではないのね?」
エマは、少しホッとした。
どうやら、草間の記憶や環境までコピーされているわけではないようだ。
まぁ、だからといって不愉快なことにかわりはないのだが。
エマはクサ〜マ君を草間の隣のソファに座らせた。
人形に罪があるわけじゃないものね。
きちんとお世話はしないと…。
そういえば、まだ来訪者たちにお茶すら出していなかった。
ついでといっては何だが用意してこよう、とエマは台所へと移動した。
移動先には、草間の妹・零がいた。
「あ、お客様がおいでですか?」
にこにこと笑顔の零に一瞬説明するべきか否かを考えて、エマは説明することにした。
兄の一大事だ、妹には知る権利があるだろう。
「お兄さんの…お人形ですか…」
お茶を入れるのを手伝いながら、零はう〜んと考え込んだ。
「…お茶、持っていくの手伝いますね」
零はそういうと、にっこり笑った。
どうやら見てみないとわからないと判断したらしい零に、エマは苦笑いした。
台所からお茶と草間・クサ〜マ用コーヒーをお盆に乗せて戻ると、エマの目には信じられない姿が飛び込んできた。
灰師がクサ〜マ君に握り締めたこぶしを振り上げ、避けたところだった。
[うわ!! な、なにするんだ…!]
こぶしを受け流し、クサ〜マ君が灰師をにらみつける。
「なるほど。身体能力的には同等…ってことか」
「唐島さん! 何をしているんですか!」
反射的にそう叫び、エマはテーブルにお茶を置くと灰師とクサ〜マ君の間に割って入る。
「一応姿形は武彦さんなんですよ!? もう少し丁寧に応対していただきたいわ」
そう言いながら、エマはテーブルに戻ると手際よく人数分のお茶を並べていく。
「はいはい」
灰師はそう言って、草間とクサ〜マ君を見比べている。
彼がもともと『反省』という言葉と縁遠い人間であることを、エマは思い出した。
人形でも、タバコは吸うのだろうか?
そう思いながらも、エマはクサ〜マ君の前に灰皿を置いた。
「はい、どうぞ」
[あぁ、ありがとう]
何気ない会話も、声色が少し違うだけで確かにいつも草間と交わしているものだ…と不思議な気分になった。
横で、やきもきしている草間の視線には気がつかなかった…。
4.
「やめろよ! 鬱陶しい!」
どこから持ってきたのか、いつの間に被せたのか。
クサ〜マ君の頭には猫耳カチューシャが被せられていた。
クサ〜マ君も不服そうな顔だが、その台詞を吐いたのは他ならぬ草間自身であった。
自分の姿をしたものがそのような仕打ち(?)を受けることに不愉快さを覚えているようだ。
草間は猫耳を剥ぎ取ると、ポイっとゴミ箱に投げ入れた。
エマも、誰がやったのか知らないその仕打ちにこれ以上被害を広げないためにも、目を光らせることにした。
…傍目にみたら、睨んでいるとしか思えない厳しい眼差しである。
そんなエマの視線に気がついたのか、海鷹と沙月は焦ったように少しだけクサ〜マ君から距離をとった。
唐突に、カツーーーン といい音が響いた。
それは零に抱かれていたお盆が落ちた音だった。
反射的に振り向いたエマは、また信じられない光景を目にした。
零の頬にキスをする灰師の姿。
「………」
突然の出来事に、零の表情が笑顔のままで固まいる。
草間は青ざめて灰師を見つめている。
しかし、草間よりもさらに青ざめたのはエマだ。
なにがどうしたらそういう状況になるのか、皆目見当もつかない。
海鷹と沙月は状況がよくわからないらしい。
クサ〜マ君は怪訝な顔で灰師を見つめている。
言葉が思うように出てこないエマ。
頭の中は真っ白である。
「かかかか…唐島ぁああぁ〜!!!」
突然、我に返った草間がすごい勢いで灰師の胸倉をつかんだ。
「零になんてことをするんだ!? 仮にも嫁入り前の娘なんだぞ!?」
気分は花婿のパパといったところなのか、草間は怒り心頭といった形相だ。
「あはは! その反応いいねぇ! そういうのとってもいいよ、草間さん」
草間の腕をスルリとかいくぐり、灰師は満足気に笑った。
そんな灰師を草間は執拗に追い掛け回す。
余裕のない草間に対し、終始笑顔の灰師。
その笑顔は実に爽やかであった…。
5.
―― 翌朝。
「ご希望通りにマドモアゼル参上でございマ〜ス!」
バン!! と何の空気も読まずに草間興信所の扉を開け放ったマドモアゼル。
「…お前なんか呼んでない」
と草間が嫌味ったらしく言ったのをサラリと無視して、居合わせた一堂へと会釈した。
「それでは、萌え系ツンデレ人形のご感想をお願いしマ〜ス!」
「良い訳ないでしょう!? そもそも、何故男性である武彦さんで作ったのかしら? 普通は女性なのではないの!?」
「それは、アタクシが草間さんとベストフレンドだからなのデ〜ス!」
大きく胸を反らしたマドモアゼルに、エマは冷ややかな視線を浴びせる。
「いつあんたと武彦さんが友達になったと? …って、それだけの理由なの?」
「もちろんデ〜ス!!」
自信満々にそう答えたマドモアゼルにエマは二の句が告げなかった。
「では、製品化のあかつきには…?」
「…買うわけないでしょう?」
ため息混じりにそう言うと、マドモアゼルは実に悲しそうな顔をした。
「おぉ! それは予想外の予定外デ〜ス!」
「何の予想で、何の予定なのかしら?」
じろりと睨まれ、マドモアゼルもそれ以上は言葉をしゃべらなかった…。
そうして、萌え系ツンデレ人形の試運転は無事に終了した。
いつもの日々が戻ってくると、次第にそのツンデレ人形のことはすっかり失念していた。
6.
そんなある日、草間興信所に小ぶりな箱が届いた。
差出人は…『マドモアゼル・都井』と書いてあった。
「またアイツか…」
草間が嫌そうな顔をしたので、エマも一つため息をついて開封にかかった。
と、一枚の手紙がひらりと落ちた。
『拝啓・前略 シュライン・エマ様
残念ながら、萌え系ツンデレ人形・クサ〜マ君は世に出すことができませんデ〜シた。
ですが、更なる試作を重ね[萌え系ツンデレ人形・オーダーメイド]として新たに商品化することに成功したのデ〜ス!
今回のご協力感謝感激雨あられデ〜スので、お礼を送付いたしますデ〜ス!
See You!!××× 』
「…なんで俺の名前がないんだ?」
「まぁまぁ」
フルフルと震えるその草間の肩をポンッと叩いて、エマは箱の中身を確認した。
中からは、小さな箱に入った申し込み用紙が出てきた。
「どうやらこれに必要事項を書いて郵送すると、世界に1体の萌え系ツンデレ人形が送られてくる…ということみたいね」
その時、草間が突然くしゃみをした。
「大丈夫? 風邪?」
「いや、なんか突然悪寒が…」
自分でも、なぜくしゃみが出たのかよくわからないらしい草間。
ふと、エマの脳裏に不安がよぎる。
クサ〜マ君は量産されなかった。
だけど、プロトタイプであるクサ〜マ君は確かに存在した。
あれは、今、どこにあるのだろうか……?
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医
4697 / 唐島・灰師 / 男 / 29 / 暇人
2364 / 郡司・沙月 / 男 / 17 / 高校生(2年)/見習イヅナ使い?
■□ ライター通信 □■
シュライン・エマ 様
お久しぶりです。お届けが大変遅くなりまして申し訳ありません。
この度は『萌え系はいかが?』へのご参加ありがとうございました。
えー…クサ〜マ君が活躍しておりません。
エマ様、終始眉間にしわ寄せております。(すいません、すいません)
微妙に嫌な終わり方ですが、少しでも心穏やかに戻っていただければ幸いです。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。
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