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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【月森奇譚〜迷子〜】


 序.


 一人になりたかった。
 誰もいない、騒音のない、静かな場所に行きたかった。
 どうしてかはわからない。何か取り立てて嫌なことがあったとか、そういうわけでもない。

 ――家にも、帰りたいと思わないなんて。

 いつもなら、家には帰りたいと思った。
 大好きな家族。お父さんとお母さんに、少し生意気だけど可愛い弟。
 家に帰ったら落ち着いた。ほっとして、のんびりできた。
 家はいつも、帰りたいと思う場所だったのに。

 ――なんでだろう。何もかもが嫌に思えてしまう。

 どこにも行きたくなくて、でもどこかに行きたくて。
 無心に歩いた。歩いて歩いて歩いたら、見知らぬ神社に着いていた。



壱.


 「こんにちはっ」
 鳥居近くで掃き掃除をしていた月瀬が、元気な声にそちらの方を振り向くと、水鏡・千剣破(みかがみ・ちはや)が軽い足取りでこちらへとやって来ていた。
 「こんにちは、千剣破さん」
 彼女の実家である神社と月森神社とに繋がりがあり、何度かここに足を運んでいた千剣破は、当主である淡巳沙霧とは年も近く、親しい間柄だった。
 「学校がちょっと早く終わったから、寄ってみたんだけど…沙霧は森の方かな?」
 「ええ、そちらにいらっしゃいますよ」
 ほとんど神社から離れることのない沙霧を気遣って、千剣破は時折こうして彼女に会いに来ていた。
 「そっか。じゃぁ森に――」
 「あの……すみません」
 千剣破が鎮めの森へ行こうとすると、遠慮がちな声が二人の背後にかけられた。
 二人が振り向いた先には落ち着かない様子の女性が立っていた。
 「はい、なんでしょう?」
 月瀬が穏やかに応えると、女性は両手をきゅっと胸の前で合わせて話し出した。
 「娘を探しているんです。中学生の女の子を見かけませんでしたか?」
 「娘さんですか?」
 「はい…今日学校は午前中で終わるって…すぐ帰るって言っていたのにまだ帰らなくて。今までこんなことなくて、心配で。家や学校の近くを探したんですけど見つからなくて、ずっと歩いていたらここに着いて…」
 段々と声が上ずってきた女性を宥めるように月瀬は微笑みかける。
 「落ち着いてください。娘さんは中学生なんですね…制服は、紺のセーラー服ですか?」
 「…は、はい!そうです、見かけられました?」
 勢い込んで問いかける女性に、月瀬は「はい」と頷く。
 「先ほど…こちらに来て、暫く境内にいらっしゃいましたが、その後はあちらの…森の方へ行かれました」
 「そうなんだ?」
 女性の話が気になり、月瀬と共に聞いていた千剣破が月瀬に聞く。
 「ええ、千剣破さんがいらっしゃる少し前、ですね」
 「森に…ですか」
 社を通り過ぎた所に、鎮めの森の入り口はある。鬱蒼と生茂る木々に囲まれた森を見て、女性は不安そうに眉を寄せた。
 「あたしが探してきましょうか?丁度森に行くところだったし」
 にっこりと女性を安心させるように笑って申し出た千剣破に、女性は「でも…」と口ごもる。
 「お母様は少々お疲れのようですし…向こうの森は、不慣れな方は迷ってしまわれますから。彼女に任せた方が娘さんも早く見つかると思いますよ」
 恐らく長い時間歩いて探し回っていたのだろう、女性の顔には疲労の色が滲んでいた。月瀬の言葉に、女性は少しの逡巡のあと「…すみません、それではお願いします」と言って頭を下げた。
 「きっと娘さんを見つけて、連れてきますから。お母さんはゆっくりして待ってて下さい」
 千剣破が顔を上げた女性に優しく微笑むと、彼女も表情を和らげて微笑んだ。
 「あ、娘さんのお名前は?」
 「…遥子、です」
 「遥子ちゃんですね。わかりました」
 にこっと笑って頷き、千剣破は月瀬に向き直る。
 「それじゃ、月瀬はお母さんをよろしくね?」
 「はい。ここでお待ちしております。千剣破さん、よろしくお願いしますね」
 ぺこりとお辞儀をする月瀬に「うん」と頷くと、千剣破は鎮めの森へと走って行った。



弐.


 「遥子ちゃーん。いるー?」
 女性から聞いた娘の名前を呼びながら、千剣破は森の中を歩いた。
 いつ来ても、不思議な場所だと思う。巫女という性質から霊魂などの気配に敏感な千剣破は、森の中を彷徨う多くのそれらの存在を肌に感じる。嘆き、惑う声も聞こえるものの、森の大部分は穏やかな空気に包まれている。
 さくさくと地面の草を踏む足音が静かに響く。少女を探しながら、千剣破は以前沙霧と話をした時のことを思い出した。


*……


 『この森を包む力は、私だけのものではないんです。代々の巫女たちが残してきた、思いや祈り…それらが、力として、結界のようになって森を守ってくれているんです』
 自分自身の力は、まだまだ未熟なのだと言っていた沙霧。いつも穏やかに優しく霊たちを鎮める仕事に努める彼女は、その一生のほぼ全てをこの神社で過ごすという。
 『寂しくないの?外に出たいとは思わない?』
 そう千剣破が問うと、沙霧は少し笑って、外に出たいと思うこともあったけど、それがしきたりだから構わないと答えた。
 『千花や月瀬も側にいてくれますし…こうして、千剣破さんも来てお話してくださいますから、寂しくはないです』
 『…ふ、ふーん。そっかぁ…』
 そう言って微笑んだ沙霧の隣で、照れた千剣破はそれを隠すために、視線をずらした。
 『あ、お茶淹れ直そうか』
 『では私が…』
 『いいのいいの、あたしが淹れるから』
 姉のようにぴしっと指を立ててそう言った千剣破に、沙霧はおかしそうにくすくすと笑って頷いた。


*………


 神社から離れられない沙霧の、友達でありたいと思うのと同時に支えてやれればと千剣破は思っていた。
 (……と、いけない。呑気に回想してる場合じゃなかった)
 探し出して数分が過ぎていたが、まだ少女は見つからなかった。どれほどこの森が広いのかはわからないが、入り口からは結構離れているように思えた。名前を呼びつつ、木の後ろや上、低木の繁みの中…など地道に探していた千剣破だったが、また少しずつ 暗くなってきた周囲の様子に、焦りを感じ始めていた。
 (他に探す方法もあるけど……あんまりやりたくないんだよね)
 竜王の血を引く姫巫女としての力を持つ千剣破は、水を操ることができた。雨を降らせ、その水を媒介に少女の気配を探知することもできるのだが…。
 (傘なんか持ってないだろうし…濡れちゃったら可哀想だもんね)
 どうするか迷いながら森の中を見回しつつ歩いていると、近くに馴染んだ気配を感じた。
 柔らかな性格が滲み出ている、温かなその気配の主に近づくために千剣破は足早に歩を進めた。
 「沙霧!」
 視界に入った後姿に千剣破は声をかけた。何かに話しかけていたのか、少し身を屈めていた沙霧はその声に膝を伸ばし、周囲をきょろきょろと見た。
 「こっちこっち」
 沙霧のすぐ側まで来た千剣破は、彼女の肩にぽん、と手を乗せてこちらに気づかせた。
 千剣破の顔を見た沙霧は、嬉しそうに顔を綻ばせる。
 「千剣破さん。こんにちは…どうかされました?」
 少々息をはずませている千剣破に、沙霧は小首を傾げて問いかけた。
 「えーと、ちょっと人を探して森の中を歩き回ってて…」
 「人を?」
 「うん。中学生の女の子を……って、あれその子…」
 沙霧の影になって初めは気づかなかったが、先ほど彼女が屈んでいた木の根元の所に制服姿の少女が膝を抱えてうずくまっていた。
 「千剣破さん、この方を探してらしたのですか?」
 「う、うん…多分この子だと思うんだけど…」
 声かけてもいいかな、と沙霧に問うと彼女は「どうぞ」と一歩下がって場所を千剣破に譲った。
 「えと、…遥子ちゃん?かな」
 千剣破がしゃがみこんで少女に声をかけると、一瞬びくりとして、ゆるゆると顔をあげた。
 「遥子ちゃん、なのね?」
 優しい声でそう問いかけると、少女―遥子はこっくりと頷いた。
 「よかった。探してたんだよ」
 「どうして…?」
 「あなたのお母さんに話を聞いて、あなたを探してたの。お母さん、心配してたよ」
 「お母さん…」
 「そう。神社の方で待ってるよ…帰ろう?」
 千剣破が手を差し伸べると、遥子は再び顔を俯かせた。
 「帰りたくない……けど、帰りたい……よくわからない」
 泣き出しそうな声でそう呟く遥子に、千剣破はうーん、と眉を寄せた。無理矢理連れていくのは気が引ける。
 「…あ、そうだ」
 何か思いついたのか、手を合わせて顔を明るくした千剣破は立ち上がり、沙霧にぼそぼそと耳打ちをする。「いいかな?」と言う千剣破に、沙霧は笑顔で「構いませんよ」と頷いた。
 「よし。それじゃぁ遥子ちゃん」
 また遥子の隣にしゃがみこみ、千剣破はにっこりと微笑んで話しかけた。
 「寒くて暗くてこんな時にあれこれ考えたって仕方ないし、まずはお風呂にでも入って温まらない?」
 意外だったのか、千剣破の提案に遥子はきょとんとして顔をあげた。
 「お風呂…?」
 「そう。…お風呂入ったら、ちょっとは気持ちもすっきりするかもよ?」
 ね、そうしよ?
 優しい微笑みと声に安心したのか、遥子は張り詰めていた様子の顔をゆるゆると緩めて、「うん」と頷いた。



参.


 一人になりたかった。
 どうしてだろう、わからないけど、突然沸いてきた不安に押し潰されそうになったのだ。
 静かで、誰もいない所に行ったら落ち着くんじゃないかと。
 そう、思って。
 湯船につかりながら、遥子はゆっくりと考えを巡らす。
 (でも……)
 長い時間外にいたせいで冷えていた身体がじわじわと温まっていく。
 (静かな場所は初めは落ち着いたけど…段々、寂しくなって)
 一人になりたかったはずなのに…思い浮かぶのは家族や友達の顔で。
 不安はいつしか自分の気持ちへの戸惑いへと変わり。
 どうしたらいいかわからなくて、身動きが取れなくなったのだった。
 (なんであんなにぐるぐると考えちゃったのかな…)
 手足をゆっくりと伸ばしたりして身体をほぐしていくと、強張っていた胸の内も和らいでいった。


*……


 「ごめんね、突然お風呂借りていいだなんて」
 沙霧たちが生活する離れに遥子を伴って来た千剣破は、隣で湯呑みの用意をしている沙霧に言った。沙霧はいいえ、と微笑みを返す。
 「あの方にとって…良いことだと思いますわ。あのままの状態でいたら…周りから、よくない影響も受けたでしょうし」
 「うん…そうだね」
 (お母さんごめんなさい、もうちょっと待ってて下さい…)
 神社で待っている母親に内心で謝りながら、千剣破は遥子があがってくるのを待った。


*……


 「あの…」
 遠慮がちに居間の障子を開けて、遥子が顔を覗かせた。
 十分温まったのか、頬がピンク色に染まり表情も随分柔らかくなっていた。
 「あ、温まったみたいだね」
 「はい、ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げた遥子に、座るよう促すと、ちょこんと二人の側に腰を下ろした。
 「落ち着きましたか?」
 ふんわりと微笑んで沙霧が問いかけると、遥子は少し気恥ずかしそうに目を伏せて頷いた。そんな彼女に、沙霧は穏やかに言葉をかける。
 「…もう、大丈夫みたいですね」
 「……うん。お風呂に入ってたら…頭の中でぐるぐるしてたことが段々消えてって…なんであんなに不安だったのか…」
 ぽつぽつと話して微かに微笑んだ遥子を見て、千剣破と沙霧は顔を見合わせて微笑んだ。
 「…お姉さん、ありがとう」
 自分に向かって礼を言う遥子に、千剣破は「元気になってよかったね」と笑いかけながら、沙霧が用意した湯呑みに入れた甘酒を勧めた。
 「甘い物を飲むのも、心を落ち着かせるにはいいんだよ」
 ちょっとだけなら大丈夫、と悪戯っぽく笑う千剣破につられるように口元を綻ばせた遥子は、恐る恐る甘酒に口をつけ「…甘い」と言って微笑んだ。


結.


 「お母さん」
 月瀬と共に神社の入り口で待っていた母親は、千剣破と沙霧に伴われて来た娘の顔を見て、顔を輝かせて駆け寄った。
 「遥子!もう、心配したのよ」
 「ごめんなさいお母さん」
 「なんともないの?怪我とかしてない?」
 「大丈夫、元気」
 安堵して遥子を抱きしめる母親を千剣破たちは穏やかに微笑んで見つめた。
 「あの…本当にありがとうございました」
 深々と頭を下げる母親に、いいえ、と千剣破は笑顔を返した。


 仲良く手を繋いで神社から出て行く母子二人を見送りながら、沙霧は千剣破に話しかける。
 「千剣破さん、ありがとうございました」
 「え、なんで?」
 「あの方の迷いが晴れたのは、千剣破さんのお陰ですわ」
 「やだそんな…あたしは大したことしてないよ」
 そんなことないです、と沙霧は首を振って笑顔を向ける。
 千剣破は照れくさく感じ、話題を変えようと、今日話そうと思っていたことを話し出す。
 「あっ、そういえば今日学校でね……」
 明るい声で話す千剣破と、それを楽しそうに聞く沙霧の後ろで、夕陽が優しく空を染めていた。



 終.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3446 / 水鏡・千剣破 / 女性 / 17歳 / 女子高生(竜の姫巫女) 】


NPC:淡巳・沙霧
NPC:月瀬

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの佳崎翠と申します。今回はご参加くださりありがとうございました!
ご指定のあった沙霧との関係が微笑ましくて、嬉しく書かせて頂きました(^^)
明るく優しい千剣破さんに、迷っていた少女の心もほぐされました。
話し方など、PL様のイメージと違っていなければよいのですが…(><
宜しければご意見ご感想などお聞かせください。今後の参考にさせて頂きます。

それでは、これにて…またお会いできますと嬉しいです。