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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ハッピーバレット(上)

 草間・武彦、凶弾に倒れる。


 一瞬にして東京全域に広まった噂は、彼がどれ程までに慕われているのかを示していたが、その大半がどうにも一般人ではないならば、彼は今際の際にあっても顔を顰めただろう。
 さておき、事件は白昼堂々、通行人の目の前で起きた。
 昨日、武彦は久しく入ってこなかった普通の依頼をこなすために意気揚々と出かけた。夫の浮気調査をして欲しいと頼まれたらしいが、これまた簡単な依頼である。彼にしてみれば一般人の依頼なら難易度は関係ないが、それでも楽に終わる仕事は歓迎である。
 零が見送り、武彦が事務所から出る。通りに出て、さて夫の会社には右と左とどちらから行くべきか、と詮無い迷いを抱いた時、まさしく眼前の男が懐から銃を抜き、撃った。それが真実、武彦を狙ったものかどうか……それは未だ不明であるが、兎に角も銃弾は彼へと命中し、男はそれを確認する前に身を翻していた。
 誰もが動けなかった。地面へと倒れ込んだ武彦の腹部からじわじわと広がる血痕、あまりに衝撃的な発砲シーン、映画やドラマでしか見ない殺人現場。果たして誰が動けたと言うのか。
「お兄さん!」
 一際大きく響いた声を発端に、場は一気に騒然となった。銃声を聞きつけた零が武彦へと駆け寄り、何人かの通行人が携帯を取り出す。明らかに面白がって撮影している若者もいたが、その殆どは警察、あるいは消防へと電話しているようだった。
 やがて救急車のサイレンが遠くに聞こえ……。
 
「状態は安定しています。峠も越えましたので、ひとまずは安心して良いと思います。大きな血管を傷つけていたので出血は酷いですが、幸い臓器には当たっていませんでした。後遺症もないでしょう」
 病院で医師から説明を受ける零の顔は暗い。助かったと知っても、銃撃されたという事実が重くのしかかってくる。警察は武彦の意識回復を待って事情聴取をするという。
「よう嬢ちゃん。暗いなぁ」
「……健吾さん、に祐二さん?」
「……俺が先に声かけたのに後に呼ばれるってのはどういう訳だ……?」
 小さな文句は完璧に無視された。
「武彦が撃たれたと聞いてな」
「はい、命に別状はないそうですが、意識はまだ……」
「ま、助かったんだろ? もっと明るい顔してないと、幸運はやってこないぜ」
「しかし、昼間の銃撃か……。無差別の可能性が高いな」
「だな。ま、顔見てる奴くらいいるだろうし、まずはそこからか」
 自分を通り越して交わされる会話に、零は思わず声を上げた。
「あの、何の話ですか? もしかして……?」
「おう、俺達『完全なる球体』は―――」
「いつでも希望を求める人間の味方だ」
 

 何者かに銃撃され、病院へと運ばれた武彦。報せを聞いてシュライン・エマが駆けつけた時には、既に2人の先客がいた。武彦の身を案じ落ち着かない零と、その傍らで何事かを話す男達。仕事柄、以前に顔をあわせた程度の関係であるが、彼らの名前はすぐに思い浮かんだ。
「健吾さんに祐二さんも?」
「……だからなんで俺はいつも後なんだ……?」
「無意識のうちに嫌われているだけだ。―――で、俺達は今から武彦を撃った犯人を捜しに行くんだが、シュライン、お前はどうする?」
 聞かれて迷う訳もなく。
「行くわ。もちろん」
「決まりだな。じゃ、行くか!」


 まず思うのが、犯人が誰を狙ったかである。武彦が狙われたのか、撃った先に武彦がいただけなのか。取り合えず、病院には警察がついているので、再度命を狙われる心配はないと思うが。
 今度の方針を決めるため、そして事件の情報を得るために興信所に戻ろうとしたら、カメラがいた。白昼の銃撃事件の被害者の家を撮るためにメディアが出張ってきたらしい。それにつられた野次馬も多い。
「まあ、好都合ではあるな……人が多すぎて逆に邪魔だと言う点を除けば、だが」
「じゃあ私は周辺の情報から犯人を追ってみるわ。結構、手掛かりは残されているみたいだし」
「……良し、二手に分かれよう。シュラインはそれで頼む。俺は犯人を追う。祐二、お前はシュラインを手伝え」
 このメンバーで犯人探しをする上で一番危険なのはシュライン・エマ。犯人にとっても、自分を嗅ぎ回る存在は疎ましいに違いない。捜査に関わる者がいつ、誰が撃たれるかは分からないのだ。荒事に慣れた祐二をそばに置けば、ある程度は大丈夫だろう。
「頼んだぞ」
 それだけ言って、人込みに紛れるように健吾はふいっと消えた。
「あら……健吾さんは?」
「行ったよ。なにしろ環境に合わせた歩き方の出来る男。気配消すのも上手なんだな」
「そう。私達もゆっくりしてられないわね。でもその前に少しだけ、良いかしら?」
「何なりと、お姫様」


 ただ足を使い調べるだけでは非効率的だとシュラインは言った。その時間にも情報は集められるのだと。彼女はまずネットを入り、こういった血生臭い事件を扱う数多の掲示板に情報を求める書き込みを入れた。なにぶん時間が経ってないので、返信は早いだろう。数もそれなりに見込める。
「なるほどね。帰って来た時には、勝手に情報が増えてるって寸法だ」
「そういうこと。さあ、行きましょう」
 人を撃つ、と言う行為がどれ程のことなのかは誰にも分からないだろう。膨らんだ風船に針を刺すように、一瞬で命を奪う拳銃。躊躇い無く撃ち、躊躇い無く逃げられる人間は少ない。シュラインはそこに手掛かりを垣間見る。
 或いは銃刀店。或いはサバイバルゲームの同好会。人を撃てる環境にある者が集う所。人を殺せるだけの者が集う所。
「ただの殺し屋なんじゃねぇの?」
「その可能性もあるわ。でも、ゼロでない限りは調べないと」
 押されるように幾つもの店を回り訪ねる。
 ―――まさか。サバゲーって言うのはそんなものじゃなくてですね―――
 ―――よく誤解されるんですけど、僕らは人を殺したくて―――
 ―――さあねぇ。うちは狩猟用の銃を取り扱ってますけど、人を殺すような―――
 ―――まったく迷惑な話ですよ、真っ当な商売しててもこれじゃ―――
 幾度目かの落胆の息とともに、腰を下ろす。
「やっぱただの殺し屋じゃないか? ま、どんな素人だって人殺そうと思ってても表に出さないだろうけど」
「分かりきった結末?」
「これで見つかるくらいなら銃を手に入れた時点で捕まってると思うね」
「……言えてるわ」
「さてと、これからどうするお姫様? 銃っていうキーワードは行き詰ったが」
「こうなったら足で稼ぐしかないわね」
 大げさに肩を竦めて、白馬の騎士は言った。
「そりゃまた結構なことで……」


 現場に居合わせた人間が限られる、閉じられた空間での事件ではない。いま、目の前を歩いている人間も目撃者かも知れない。こればかりはひたすら聞いて回る以外ない。体力勝負だ。
 ようやくそれらしい話を聞けたのは、始めてから2時間も経つ頃だった。なにやら威勢の良いオッサンが、友人と思しき人と事件の話をしているのを見て、すぐさま駆け寄った。これまでは多くの人間が事件の興奮を話すだけで、参考にもならないようなものばかりだったが、彼はどうも、武彦のすぐ隣に立っていたらしい。
「おお、あれだろ、あれ! いやビックリしたよ。そうそう、俺も撃たれた人の…草間さんっての? すぐ横にいてさ、驚いたのなんのって。背は高くてな、けっこうガッチリした体格の男だったよ。つっても、俺も後姿しか見てないんだけどな。でもなんか、髪黒くなかったし日本人って感じでもなかったなぁ。髪は染めてただけかも知れないけどな」
 丁寧に礼を言ってから男と別れると、二人は顔を見合わせた。偶然にも大きな前進だ。犯人の特徴をしっかりと記憶する人物から話を聞けたことで、犯人をかなり追い詰める事ができる。
 健吾の異能とは追跡する事であるが、犬も匂いを覚えればより正確に追えるように、彼もまた情報が多ければ多い程より正確に追えるのだ。
「いったん集まろう。興信所は何とも言えないし、俺らの店にパソコンはない……ネカフェで良いか?」
「OK」


 ネットカフェに入り、健吾を呼ぶ。どうせ自分の能力ですぐにでも現れるだろう。シュラインは慣れた手つきでパソコンを立ち上げ、事前に書き込みしておいたサイトを開いた。
 折りよく健吾が姿を見せたが、トイレの方向から来た所を見ると、いきなり店の中に出てきたようだ。眉を寄せた表情は、彼が特に不審な匂いを感じている時に見せるもの。追跡の途中で何事か起きたらしい。それもかなり重大な何かが。
「どうした相棒、顔が暗いと余計に不細工だぞ?」
「お前よりはマシだ。―――収穫はあったか?」
 後半はシュラインに向けられた言葉。一つ頷いて、男から得た犯人の特徴を伝える。
「背の高い、がっちりした体格の男。雰囲気は日本人らしくなく、髪の色は……何色だと?」
「灰色、と言っていたけど……でも、今の感覚で言うなら白か、銀と言うべき色だと思うわ」
 ふむ、と健吾は少し考えた。
「……実は、俺の追跡は失敗した」
「顔みりゃ分かる」
「それで、だ。失敗した、と言うのは痕跡が少なく追えなかったわけじゃない。追いかけていくと、必ず途中で分断されるんだ。それもかなり上の方からの、強い力で無理やり、な」
「ほー。世界でも屈指の猟犬、力に屈しイヌになる……か」
「サイトの書き込みは残念ながら、あまりあてにできないわね。……やっぱり人が撃たれるって意識のない日本では、誰かが銃撃されても咄嗟には反応できないみたい」
 今度は3人で唸り声を上げる。どこもかしこも行き詰った感のあるこの事件。何か突破口を探そうと暗闇の中で思考を続ける。それぞれがあれやこれやと意見を言うものの、そのどれもが残った2人に否定される。
 打開策を見つけ出せずにいる中で、祐二の携帯が派手なロックを奏でた。周囲の目を気にしながら素早く取り、小声で応答する。
「もしもし……あ、嬢ちゃん? どうし―――はぁ!?」
 素っ頓狂な叫び声。既に彼は周りの事など目に入っていない。注目を浴びながら、シュラインと健吾を驚かせる一言が放たれた。




「なに……武彦が、いなくなったぁ!?」




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】


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■         ライター通信          ■
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 二度目の窓開け、二度目のご依頼。
 ハッピーバレット(下)、なるべく早くお届けします。