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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


やってきました学園祭!

◆かくて学園祭の幕は開く◆

 学園祭。それは入学式や卒業式と並ぶ学園生活最大のイベント。
 幼稚舎から大学までを備え、総生徒数一万人を誇る神聖都学園の学園祭ともなれば、その規模はそんじょそこらの祭りの比ではない。
 しかし、そんな祭りを前にして頭を抱える教師がひとり。
「……はぁ」
 言わずと知れた神聖都学園の誇る音楽教師、響カスミその人である。
「いったいどうしろって言うのよ……この書類の山……」
 職員室にあるカスミの机には、文字どおり山と積まれた書類の束。ゆうに百を超えるその全てが、今回の学園祭に際して提出されたイベント出展希望の申請書類である。
 学園祭のイベント出展監督を任されたカスミの仕事は、この書類一つ一つに目を通しその合否判定を出すこと……だったのだが、まさかこれほどの申請が出されるとは予想だにしていなかった。
「しかも明日までに全部なんて……絶対無理だわ」
 そう呟いて書類の山に突っ伏すカスミ。
 ふと時計に目をやれば下校時刻はとうに過ぎ、辺りを見回せば職員室に残っている教師はカスミただひとり。
 俗に言うところの残業と言うヤツだが、当然ながら残業手当などという制度はこの神聖都学園にはない。

 ……なんだか泣きたくなってきた。

「いいわよ、やってやるわよ!」
 突然、突っ伏した机から勢いよく跳ね起きたカスミは、半ばヤケクソ気味にそう叫び懐から『許可』の印を取り出し……
「大丈夫! 私はみんなを信じてるから! おほほほほ……」
 書類の束を手にとると、ロクにチェックも入れずに手当たり次第に判を押しはじめる。
 無論、それを見咎めるものは誰もいなかった……。

◆楽屋裏の風景 その1◆

「きゃー! これすごいカワイイー!」
「ねぇねぇ、今度はこっちの服着てみて。ぜったい似合うからさッ!」
 隣のクラスまでも響きそうな黄色い声に、色はゲンナリした様子で溜息を吐く。
「なぁ、もうすぐ本番だってのに……良いのかよ? こんなコトしてて」
 今日から三日間の日程で行われる神聖都学園・学園祭。
 色たちのクラスは、学園祭の目玉のひとつである大演劇会に出ることになっていた。
 演目は『Alice in Wonderland』かの有名な『不思議の国のアリス』である。
「いーの、いーの! 舞台の準備とか大道具はクラスの男子がやってるから……あっ、このリボン可愛いかも!」
 しかし、そんな色の言葉にも周囲の女子は全く動じない。それどころか、アレやコレやと色を相手に、まるで着せ替えを楽しむかのようにそのテンションを上げてゆく。
「……ハァ」
 淡い青のエプロンドレスにブロンドのかつら。鏡に映る自分の姿にまた溜息ひとつ。
 そう、誰あろう色こそが今日の主役『アリス』なのだ。
「俺ァどーなっても知らねェからな!」
 自分は何故こんな役を引き受けてしまったのか……。今となっては後の祭りでしかないのだが、それでも色は考えずにはいられなかった。

◆もうひとりのアリス◆

 色がクラスの女子たちに着せ替え人形よろしく遊ばれていたのとほぼ同時刻。
「いやだ、俺は絶対そんな服着ないからなッ!」
 ラビウス・デッドリーフは迫り来る脅威の前に教室の端へと追い込まれていた。
「なんでよぉ、1度は納得したじゃない。この服だってラビちゃんに合わせてわざわざ被服科の子に作って貰ったのよ?」
 エプロンドレスを手に迫るハートの女王とトランプの兵隊……に扮したクラスメートたち。半円陣を組んでジリジリと包囲網を狭めていくその様からは、何か異様な熱気が感じられた。
「そうそう、誰もラビだなんて気付かないから大丈夫だってば。なんてったって……こーんなに可愛いんだから」
 包囲網の外で状況を眺めていたチェシャ猫……に扮した女子が、そう言って懐から一枚の写真を取り出しニヤリと笑う。
「可愛いとか言うなッ……って、そんな写真いつの間に撮ったんだよ!」
 写真に写っていたのは淡い青のエプロンドレスに身を包んだ水色の髪が映える美少女。先日の衣装合わせの際に密かに撮られたラビウスの姿である。
 ラビウスが所属する中等部2−Fが企画・出展するのは、『不思議の国のアリス』の世界を模した店内と、その登場人物に扮した店員による喫茶店『Catch Alice』。
 そして店内広告や宣伝チラシに躍る『水色アリスを探せ! 学園内で隠れている水色アリスを見つけ、ウサギのスタンプを貰えたあなたにはドリンクとお菓子が50%OFF♪』の文字。
「さぁ、この写真をバラ撒かれたくなかったら、おとなしく『アリス』をやんなさいッ!」
「ちっくしょぉぉぉぉ!!」
 チェシャ猫の半ば脅迫じみた説得に泣く泣く首を縦に振るラビウス。
 しかし、こんなものはほんの序章に過ぎないということを彼はまだ知らない……。

◆楽屋裏の風景 その2◆

「ね、ねぇ……ホントにこんなの着るの?」
 数時間後に自分が着せられるであろう衣装を前に、智恵子は顔を真っ赤にしてそう尋ねる。
「ダメよ。みんな気合入れてくるんだから、このくらいインパクトのある衣装じゃないと到底勝ちは狙えないわッ!」
 しかし、目の前に居並ぶ友人’sのひとりが、そんな智恵子を鼓舞するかのようにグッと拳を握り力説する。
「そんな心配しなくても大丈夫よ。アンタ自分が思ってるよりずっとカワイイんだから、もっと自分に自信を持ちなさいよ」
 まるで智恵子に気合を入れるかのように背中をバンバンと叩く友人の言葉に、「そんな、私ぜんぜん可愛くなんか……」と消え入りそうな返事を返す。
 大演劇会と並ぶ学園祭の目玉のひとつ『ミス・神聖都学園コンテスト』。
 智恵子自身はそんなものに出る気は全くなかったのだが、友人のひとりが勝手にエントリー書類を提出し、それが書類選考を通過してしまったもんだからさあ大変。
「あ、あのヤッパリ私……出場辞退……」
「ナニ言ってんの! ココまで来ちゃったんだから、あとは根性よ。シャンとしなさい!」
 おずおずと手を挙げ辞意を表そうとする智恵子を友人のひとりがすかさず一喝する。
 常からその内気な性格ゆえに何をするにも他人の後に隠れて損をすることの多かった智恵子。
 今回のことは、それを見かねた友人たちが智恵子をミス・コンのような大きな舞台に立たせ自信をつけさせることで、その損な性格を克服してもらおうと一計を案じたものだった。
「でも、さすがにこれは……」
 そんな友人たちの気持ちが智恵子は嬉しかった。だが、それとこれとは別の話。
 智恵子は目の前に置かれた『衣装』を両手に掲げて、
「……恥ずかしいよ」
 ソレを着た自分の姿を想像して顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
 友人たちが用意した『衣装』。それは、殆ど裸といっても差し支えない露出度の狐の毛皮に耳と尻尾がセットされた、色んな意味で際どい衣装だった。

◆中華屋台『黄龍』本日開店!◆

「ねぇ、叔父さーん、桃包(タォパオ:桃まん)の追加まだー? あと油条(ヤウティウ:揚げパン)も豆沙包子(ドゥシャパオズ:あんまん)も全然たりないよー!」
 熱気渦巻く厨房に響く明るく元気な少女の声。朝が早かったせいだろう、口には朝食がわりの包子(パオズ:肉まん)をくわえている。
「わかっとるわ! こっちも急いでやっとるんじゃ、そう急かすな!」
 そんな少女の声に、厨房の奥で鍋を振る大柄な男が応える。
 荒れ狂う炎、沸き立つスープ、もうもうと煙を上げる蒸篭、そして宙を舞う食材。厨房は、まさに戦場さながらの様相を呈していた。
「あー、忙しい忙しい。でも年に一度のイベントだかんね、気合入れてババーンと派手にやんないと勿体無いよね」
 次から次へと厨房から運ばれてくる料理と点心の山を荷台に積み込みながら、その少女……梢・飛鈴は満面の笑みを浮かべる。
 出前迅速、お値段格安、誰の挑戦でも受ける、がモットーの中華飯店『黄龍』。学園のすぐ脇に店を構えるこの店は、今日から行われる神聖都学園・学園祭で中華屋台を出展することとなっていた。
「おし、飛鈴。『熊殺し』上がったぞ〜」
「待ってましたッ!」
 厨房から響く声に飛鈴は歓声を上げる。
 何とも物騒な名前ではあるが、その実は高級食材である熊の手や肉の炙り焼きと、ときに漢方としても珍重される熊の肝を使ったスープのセット。作るのに間違いなく熊を1匹は殺している訳だから『熊殺し』とは良い得て妙である。
「ふっふーん、これで『ロシアン饅頭』の準備もオッケーね」
 今日の目玉料理である『熊殺し』、そして『ロシアン饅頭』を荷台に積み終えた飛鈴が、そう呟いて時計にチラリと眼を向ける。
 時計の指し示す時間は午前7:45、学園祭開場まであと15分。申し分ない頃合だ。
「よぉ〜し、それじゃあ中華屋台『黄龍』……しゅっぱ〜つ!」
 荷物の固定具合を確認した飛鈴は、意気揚々そう宣言すると荷台を繋いだ自転車へと飛び乗り、祭りの舞台へとこぎ出した。

◆楽屋裏の風景 その3◆

 学園祭の目玉のひとつ大演劇会の催される学園講堂。
「違うって、そこはそうじゃなくて……こう! もっとアクロバティックに!」
 会場を数時間後に控えたにも拘らず、舞台の上には熱の入った指導を行う暁の姿があった。
「そんなコト言ったってよぉ暁、俺らカポエィラなんて初めてなんだぜ。オマエみたく上手くは出来ねぇよ」
 長い足を器用に振り回し手本を示す暁に、指導を受けていた1人が愚痴をこぼす。
「弱音はいてんじゃねぇって、カポエィラとブレイクダンス、親戚みたいなモンなんだぜ。あんたらも一端のブレイカーならビッとクールに決めて見せてよ」
 そんな愚痴をこぼす仲間を嗜めながら、なおも演技指導を続ける暁。外面こそいつもの軽薄さを装ってはいたが、その目はいつになく真剣だった。

 暁を発起人とするグループが大演劇会で演じる演目。それは暁自らが原案を書いたブラジルの逃亡奴隷(キロンボ)たちを題材にしたミュージカル仕立ての物語。劇名はまだない。
 学園の友人はもとより、所属する劇団の仲間やバンド・ダンス仲間に至るまで、幅広く声を掛けメンバーを集めた結果、予想以上の面子が集まった。
 これには暁も驚きを隠せなかった様だが、考えてみれば一般的な学科のみならず各種専門学校をも内包する神聖都学園である。音楽家や劇作家はもとより、映像・音響技術などその道のプロを目指す人材には事欠かなかった。
 結果、暁たちの演目にプロの映画監督やその道のスカウトまで観に来るんじゃないか、そんな無責任な噂まで囁かれる学園祭の目玉となったのだった。

「ふぅ、こんなんでホント大丈夫かなぁ……」
 開場準備のため舞台を追われ楽屋へと引っ込んできた暁たちのグループのひとりが、搾り出すような溜息とともにそんな言葉を漏らす。
「だいじょ〜ぶだって、精一杯練習したんだし、後は当たって砕けろってヤツ?」
 その言葉が楽屋内の皆に伝播し生まれた不安という空気を、暁はいつもの明るさで笑い飛ばす。
 もちろん暁とて不安が無いわけではない。今回の劇のキモとなるカポエィラに関して言えば、日頃から慣れ親しんでいる暁と違って、皆の練習不足は否めない。だが、それでも、
「大事なのは振りや演技じゃないさ、大事なのはハートよハート。笑われたって良いさ」
 暁はそう言って笑う。
 例え演技が拙いと笑われようとも、彼がこの劇に込めた想いは何よりも本物なのだから……。

◆マッド・ティーパーティー◆

「まことに失礼では御座いますが、どうしてお宅の猫は、ニヤニヤ笑っているんですか?」
「それはチェシャ猫だからだよ、ブタめ!」
 ついに幕を開けた大演劇会。
 色は淡い青色のエプロンドレスに身を包み、意外にも逃げずに『アリス』を演じていた。
「どーなっても知らねェ、なんて言ってたワリには色くん、ちゃんとやってくれてるよね」
「ま、アウトローに見えて、実はナカナカ協調性あったりするのがアイツの良いトコだな」
 舞台袖で出番を待つトランプ兵に扮した仲間たちがそんな事を口にする。だが……
『だりィ〜、早く終わんねェかなぁ〜』
 当の色本人は、劇もまだ中盤だと言うのに完全にダラけきっていた。
『ったく、なんで俺こんなコトしてんだ? ホントなら屋台でウマイもん食ったり、ミス・コンでウヒョーな予定だったのによぉ……』
 とりあえず台本どおりに役を演じながらも、色は今ごろ大いに盛り上がっているであろう学園祭の様に思いを馳せ……
 そんな『心ここにあらず』の色に、ソレは起こるべくして起こった。
「これじゃ、お気に入りのスカートが濡れちゃうわ。もう何があってもこんなトコに来るもん……」
 デタラメ茶会。ミルクをこぼしたイスに座らされたアリスが怒って席を立ってその場を立ち去るシーン。
「ですか……って、おわぁぁぁぁッ!!!!!」
 舞台にこぼれたミルクに足を滑らせ、とっさにテーブルクロスを引っ掴むも、当然そんなものでは重力に抗しきれるワケもなく……

 ガシャーン! 「あちぃぃぃぃ!」 「どべッ……!」

 卓上のティーセットは空を飛び、まるで狙ったかのように帽子屋の顔を直撃。卓に身を預けて眠っていた眠りネズミは、テーブルクロスに引き摺られ哀れ地面とこんにちは。辛うじて無傷であった三月ウサギは、その様子を赤いカラコンの目を白黒させて見つめるのみ。
 あまりに突然の出来事に沈黙する舞台、沈黙する観客席。
「……終わったな」
 観客かスタッフか、はたまた舞台袖に控えた出演者いずれかか。
 時計の秒針がたっぷり一周するほどの沈黙を破って誰かが呟いたその声が、静寂の舞台に重々しく響き渡った。

◆アリスとアリス◆

 色アリスが大演劇会の舞台に静寂を巻き起こしていた、ちょうどその時。
「ふぅ、ココなら誰も来ないよな……」
 もう1人のアリス、ラビウス・デッドリーフは人気の乏しい場所に身を隠そうと学園講堂の裏にやってきていた。
 結局、チェシャ猫の説得(脅迫?)に屈し『水色アリス』として学園に放り出されたラビウス。
 素体が良いのかそれともメイクの腕によるものか。会場からまだ数時間足らずだと言うのに、男子学生にナンパされること11回、カワイイ物好きの女子学生に絡まれること5回、なんか見た感じヌルヌルしてそうなオタク系一般客に追われること2回。
 そんな状況にほとほと疲れ果て、関係者以外立ち入り禁止の立て札のあった講堂の裏へと逃げ込んだのだった。
「くっそ、ナニが哀しくて同姓に追い回されなきゃなんねーんだよ……」
 そんなコトを呟くと、腰を下ろしてホッと一息。
 こと色事に関して極めて疎く、現在の自分の容姿がどれほど人を惹きつけるモノなのかが全く分かっていない、実にラビウスらしい発言だった。
「あれ? あんた……関係者のヒト……じゃないよね?」
 しかし、天はそんなラビウスの気持ちなんざ知らねーよとばかりに、彼に次の苦難を投げてよこした。
「えっ!?」
 ラビウスが振り返ったその先に、無造作に遊ばせた金髪に赤い瞳が映える細身の男子学生……桐生・暁の姿があった。
「こんなトコでなにしてんのかは知らないけどさ、ココ一応関係者以外立ち入り禁止だぜ」
「す、すいません! チョッと人気の無い所でゆっくり休みたかったもので、つい……」
 暁は本番を数時間後に控え、少し気分を落ち着けようと裏口から外へ出たのだったが、まさかアリスの扮装をした美少女が居ようとは思いもよらない。だが、適当な話し相手になってくれそうな相手がいたことは、ある意味ちょうど良い。
「ま、そんなコトはどーでもいいよ。で、静かな場所でゆっくりしたいんだっけ? それじゃあ、俺と一緒に……」
 お茶でもどうかな? そう言葉をかけようとした……その時だった。
「コラァッ、ちょっと待ちやがれ色ィィィィッ!!!」
「ひえぇぇぇぇッ!!」
 2人の背後の非常扉が突然、バンッと勢いよく開け放たれ、そこからアリスの衣装を着たまま逃げ回る色と、それを追い立てるクラスメート達が一斉に飛び出してきた。
「お、よし……あんたチョッと付き合え!」
「え……って、うわぁぁぁぁっ!」
 突然飛び出してきた人の波。その中の誰かにすれ違いざま腕を掴まれ引っ張られ、引き摺られるようにして遥か彼方へ去ってゆくラビウス。
「お茶でもどうかな……って、アレ?」
 そして、人の波が去ったあと。講堂の裏路地には、1人寂しく佇む暁の姿があった。

◆誰が包子を盗んだか?◆

「……撒いたか?」
「……撒いたね」
「ハーイ、熊殺し一丁お待ち〜。あ、ソッチのお客さんは?」
 屋台の影から身を乗り出し人ごみの通りを左右に窺い、互いに小声でささやきあう色とラビウス。どうやら追手は撒いたらしかった。
「……で、ひとつ訊いて良いか?」
「なんだ? 事態は切迫してるからな、手短に話せよ」
「ほい、春巻(チュンヂュアン)と春餅(チュンベィ:中華風クレープ)お待ち! え、杏仁豆腐(シンレンドゥフ)? おっけー、チョッとまってネー」
 いったいドコから持ってきたのか。湯気の立つ肉まんをほお張りながら周囲を窺う色に、ラビウスは先程から言いたくて堪らなかった疑問を投げつけた。即ち、
「何で俺がアンタと一緒に逃げ回らなくちゃなんないんだよ!」
「しーしーッ! 大声出すんじゃねェよ、ココに隠れてるのがバレるじゃねぇか。それと、俺の名前はアンタ、じゃなくて色ってんだ」
「お、お客さんイイ度胸してるね、はいはい、ロシアン饅頭10個お待ち! オマケに一個サービスしちゃうよ〜」
 事の理不尽さを思い返し声を荒げてしまったラビウスを、どうどうと、まるで暴れ牛でもなだめる様な手つきでいなす色。
「ほら、どうやら俺たちゃ似たような境遇みたいじゃねーか? ココはお互いの輝かしい未来のために共闘するのがイイかなーとか思ったワケよ、俺は」
 そして、お互いの着ている服。淡い青色のエプロンドレスと交互に指差しそう言った。
「そんなコト言って……実は俺のことスケープゴートにしようなんて思ったんじゃないだろうな?」
『ギクッ』
 図星だった。が、顔に出ないよう、表情に出ないよう、細心の注意を払いながらラビウスの方に顔を向けると、
「ジーッ……」
 そこには、剣呑な雰囲気を身に纏いジト目で色を見つめる水色の髪の美少女の姿があった。

 あのハプニングのあと、デタラメ茶会の場面を大慌てで切り上げて何とか事態を収拾した色たちだったが、その後の劇の内容はまさに惨憺たるものだった。
 あのハプニングのせいで頭の中が真っ白になった出演者たち……特に色の演じるアリスのアドリブに次ぐアドリブによって、本来のシナリオとは240度くらいひん曲がった方向進み始め……クロッケーはアメフトさながらの肉弾戦と化し、冗長な喋りのウミガメモドキに業を煮やして蹴り飛ばし、ハートの女王はハートの王様に絶縁状を叩きつけられ、劇が終わったときにはこれが一体なんの劇だったのか、それが判るものは誰一人としていなかった。
 そして劇の幕が下りたその瞬間に、色は主役と言う輝かしい座から転落し、哀れな逃亡者へと身を落としたのである。

「ちょっとキミたち、一体いつまでそこにいるつもりなの? いいかげん商売の邪魔なんだけど!」
『へ?』
 しかし、屈みこむ2人の上方から降り注いだその声に、今にも色に詰め寄らんとするラビウスはその動きを止めた。
「さっきっから、人の足元でゴチャゴチャってウルサイよ……って、ああーッ! なに勝手に食べてるのよ!」
 色がくわえた肉まんを指差して声を荒げるのは、もちろんこの屋台の売り子にして看板娘、梢・飛鈴。そして色とラビウスが追っ手から逃げるために身を隠した屋台こそ中華屋台『黄龍』であった。
「あ〜、ゴメンゴメン。あまりにもウマそうだったんでつい……な。俺もコイツも腹減っちまってよ」
「なんだよコイツって……勝手に食べてたのは色だけ……ええっ!?」
 ラビウスが驚くのも無理は無い。いったい何時の間に握らされたのか、その手には肉まんを山と詰め込んだ袋が、まるで事のはじめからそこにあったかのように湯気と立てて鎮座している。
 これではどう弁明したところで共犯の疑いは免れない。
「まぁ、前後逆になっちゃったけど、あたしはお金さえ払ってくれれば何も言わないよ」
 色の「あまりにもウマそうだった」と言う言葉に気を良くしたのか、飛鈴はこれ以上ことを荒げる気は無い様で、ふたりの前にスッと手を差し出す。
 無論、それは握手を求めたものなどではなく、商品の対価としての金銭を求めるもの。要約すると、ぎぶみーまねー。
「ああ、お代ね……っと、いくらだっけ?」
「……1200円」
 金額を告げられ、財布を捜してみてはたと気が付く。色もラビウスも、いま着ている服はアリスを模したエプロンドレス。飛んでも跳ねても叩いても、小銭のチャリという音すらしない。
「こ、この……」
 そんな2人の様子に、差し出した手を徐々に握り拳へと変えながら小刻みに震える飛鈴。商売の邪魔をしたうえに無銭飲食となれば、彼女が怒るのも無理は無いと言うものだ。
「肉まん泥棒ォォォォッ!!!」
「おい、みんな居たぞ、こっちだ〜!」
 怒声を張り上げる飛鈴に、その騒ぎの中に色がいる事を目敏く見つけ集まってくる追っ手たち。
「やっべぇ……オイ、逃げるぞ!」
「な、なんで俺までぇ〜!」
「あ、コラ、逃げるな〜!」
 ラビウスの手をとって一目散に逃げ出す色。逃がすものかと自転車に跨り屋台ごと2人を追う飛鈴。その後に続く色のクラスメートの面々。
 追いかけっこは、まだまだ終わりそうに無かった。

◆ミス・神聖都学園コンテスト!◆

『さぁ、盛り上がってまいりました! この熱気が冷めないうちに次の……』
 その頃、ミス・神聖都学園コンテストの会場となっている野外特設ステージは、押し寄せる野郎どもの熱気で異様な盛り上がりを見せていた。
 そして、その舞台袖には……
「うぅ〜、やっぱり恥ずかしいです……人前でこんな格好……」
 件の衣装に着替え、いつもは三つ編みにしている髪を下ろし、顔を真っ赤にしてうつむく智恵子の姿があった。
「なに言ってんの、今更あとには引けないわ! 清水の舞台から飛び降りるような気持ちでババーンとやっちゃいなさい!」
 友人のひとりが、智恵子の耳や尻尾(もちろん衣装の)を整えながら、励ましの言葉をかける。
 実を言うと、この衣装を選んだ彼女自身、チョッとやりすぎたかな……なんて事を思ったりもしたが、すべてはあとの祭り。今更あとには引けない、と言うのは彼女自身に向けられた言葉でもあった。
『さぁ、いよいよ次で最後です! エントリー45、斉藤智恵子さん、どうぞ〜!』
 そして遂に智恵子の番。ステージ上でマイクを握る司会者が智恵子の名を呼び、会場の視線が一気に舞台袖へと集中する。
「さ、智恵子の番よ!」
「え、でも……だって、私……」
 しかし事ここに至ってなお、智恵子は羞恥に震えステージに出るのをためらう。彼女の性格からすれば無理もない事ではあったが……
『あれ? えーと……エントリー45、斉藤智恵子さ〜ん?』
 いつまでたっても舞台袖から出てこない智恵子に、会場がにわかにどよめき始める。
「えぇ〜い! デモもダッテもカカシもあるかぁ〜! とにかく行ってこーい!」
 ここまで来たらやるしかない。そう意を決したのは智恵子よりも友人の方が先だった。彼女は、あろうことか智恵子からメガネを奪い取り背中を押した。
「わわッ!」
 慣れないヒールと、メガネを失いほとんど何も見えない状態の智恵子が、たたらを踏んで舞台袖から躍り出る。
『…………』
 先ほどまでの熱気と喧騒がまるでウソのように静まり返る。ただステージ中央へと歩み出る、コツコツという智恵子のヒールの音だけが辺りに響き……
「えっと……あの……斉藤、智恵子……です」
 そして、差し出されたマイクに向かって智恵子が自己紹介をした……次の瞬間。
『ワァァァァァァァァァッッッ!!!!!』
 割れんばかりの歓声が秋の空に響き渡る。
 それが自分に向けられたものなのだと理解するのに、智恵子は些かの時間を要した。それほどまでの大歓声。
 後に審査員の1人は語る。『大胆な衣装やバレエで鍛えたと言う脚線美もモチロンですが、何よりも観客や審査員の心を惹き付けたのは、あの恥らうような飾らない仕草と表情ですよ』と。
 割れんばかりの歓声に、今年のミス・神聖都学園は決まった……誰もがそう思った。だが……

「まてまてまて〜、こンの肉まん泥棒〜!!」
「俺は無実だぁァァァァッ!!!」

 何処からともなく響いてくるその叫び声に歓声がピタリと止み、ざわめきがそれに取って代わる。
 そして、突然の嵐のようにそれはやってきた……。
『うわぁぁぁぁぁッ!!!』
 観客席の一角から悲鳴と同時に巻き上がる土煙。
「邪魔だ邪魔だ邪魔だ、どけどけどけぇ〜!」
「何でお前はそんなに楽しそうなんだ、ちくしょ〜!」
 居並ぶ観客達を、まるで案山子か何かのように跳ね飛ばしながら、群衆の中を突き進む異様な集団。
 先頭の2人は、お揃いの淡い青が特徴的なエプロンドレス。その後を猛スピードで追いかけるのは、自転車屋台に乗った闊達そうなチャイナドレスの女の子。
 ステージに向かって突き進むその様を詩的な才能のあるものが見たならば、きっとこう評したことだろう。『まるでモーセの十戒のようだ……』と。
 そして、遂にステージに辿り着いた3人を迎えたのは……
『おおっと、ここで飛び入り参加者の登場です! アリスに扮した謎の美少女とチャイナドレスに身を包んだオリエンタルな美少女が、ミスの座は渡さんとばかりに、エントリー45、斉藤智恵子の前に立ちはだかりましたァァァァッ!!』
「え、ええッ!?」
「おおッ、もしかして……ココはミス・コンの会場か!?」
「……もうカンベンしてくれよ」
「お〜、お客さんがいっぱいだね〜」
『ワァァァァァァァァァッッッ!!!!!』
 煽る司会者に応える観客。そして巻き起こる大歓声。
 こうして、2005年度ミス神聖都学園コンテストは、学園の歴史に残る大盛況と大混乱の中で幕を閉じたのだった。

◆それぞれの後夜祭 〜智恵子編〜◆

 騒がしかった三日間がもうすぐ終わる。
 ステージ上で繰り広げられるアクロバティックな演技を見ながら、智恵子はボーっとそんな事を考えていた。
「ね、ねぇ……チョッと智恵子。もしかして……まだ怒ってる? そりゃ、確かに色々あったけどさ……」
 隣の席に座る友人が、そんな智恵子の様子を心配して声を掛ける。
 確かに。彼女の言うとおり、この三日間は本当に色々なことがあった。
 笑ったり、泣いたり、恥ずかしがったり、ビックリしたり……そして、コンテストが終わったあと、ほんのチョッとだけ怒ってみたり。
 こんなに短い期間で、こんなにも多くの感情を外に出したのは、もしかすると初めてかもしれなかった。
「ううん……確かに色々あったけど……私、ぜんぜん怒ったりしてないわ」
「そっかぁ、良かったぁ……」
 智恵子のその言葉に、友人はホッと胸をなでおろす。
「私ね……あんな大勢の人の前に自分が立てるなんて、いままで思ってもみなかった。そりゃあ確かに恥ずかしかったけど……」
 そう言って、智恵子は胸に抱えた銀色のトロフィーに目を落とす。
『ミス・神聖都学園コンテスト 審査員特別賞』
 トロフィーの根元に張られた銀版には、確かにそう彫り込まれていた。
 結局、あの衣装のまま学園祭の3日間を過ごすことになった智恵子。もちろんその間は顔から火が出るほど恥ずかしかったが、不思議と最初ほどのイヤな気分ではなかった。
 友人たちに連れまわされて色々なイベントを見たり屋台を楽しんだりしたことは、掛け値なしに楽しいと言える時間だったから。
「また来年も……こんな風にみんなで楽しめたらいいね」
 満天の星空を見上げながら……智恵子はそう言って、笑った。
 それは智恵子と付き合いの長い友人の彼女でも見たことのない、今までで最高の笑顔だった。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:4782
 PC名 :桐生 暁
 性別 :男性
 年齢 :17歳
 職業 :高校生アルバイター、トランスのギター担当

整理番号:4567
 PC名 :斉藤 智恵子
 性別 :女性
 年齢 :16歳
 職業 :高校生

整理番号:2675
 PC名 :草摩 色
 性別 :男性
 年齢 :15歳
 職業 :都立某所の私立中学二年生。運動部所属。

整理番号:5578
 PC名 :ラビウス デッドリーフ
 性別 :男性
 年齢 :14歳
 職業 :召喚士/留学生

整理番号:5282
 PC名 :梢 飛鈴
 性別 :女性
 年齢 :17歳
 職業 :高校生兼中華飯店店員


■□■ ライターあとがき ■□■

 斉藤様、はじめまして。この度は『神聖都学園 やってきました学園祭!』へのご参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。

 学園生活最大のお祭りといっても過言ではない学園祭でのドタバタ劇、楽しんで頂けましたでしょうか?
 内気で優しい智恵子さんが、まさかまさかのミスコン出場。
 惜しくも大賞こそ逃しましたが、見事に審査員と観客のハートを射止め『審査員特別賞』受賞しちゃいました。
 得意のバレエを披露するシーンや、男性陣垂涎の水着審査のシーンが書けなかった事が悔やまれますが、この結果を楽しんで頂けたのなら幸いです。

 それでは、またいつの日かお会いできることを願って、有難う御座いました。