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<東京怪談ノベル(シングル)>


Klinge des Elements

 空には満点の星が輝き、夜の闇を照らしている。けれど、月夜のそれには遠く及ばない――今夜は、新月。
 フィーアはとある組織が秘密裏に持つ施設へとやってきていた。
「あそこに、マスターの剣が……」
 研究施設が目に入った瞬間、思わず、言葉が口をついて出た。
 ずっとずっと、探していた……。
 マスターの最期の言葉の答えとともに、マスターが大切にしていた数々の作品を。
 あの戦。マスターが死にその研究所が崩壊したあの時に攻めてきた者たちが、自分たちの研究のためにと、マスターの作品や研究資料のほとんどを持ち出してしまったのだ。
「待っていてください、マスター」
 ――何を?
 呟いた言葉の真の意味は、フィーア自身にもわからなかった。
 答えを、なのか。すべての作品を取り戻す日を、なのか。
 一瞬過ぎった自分への疑問を、フィーアはすぐに追い払った。
 今大切なのは、目の前の目的を遂行すること。
 光のほとんどない闇の中。
 フィーアは、足音もなくすべるように、駆け出していった。


* * *


 突如、視界が赤に染まった。
 潜入してから三十分ほど。ここまでは、順調だった。
 事前に手に入れた情報から罠を綺麗に回避し、警備員も出し抜いて。だが、奥の方はセキュリティのレベルもそれなりに上がっているらしい。
 事前情報になかったセンサーに引っかかってしまったらしいのだ。
 細い廊下を駆け抜けるフィーアの耳にバタバタといくつもの足音が続き、後方から、前方から、そこらの横道から。
 次々とマシンガンを持った男たちが現われる。
「っ……!」
 囲まれた!! ――思った瞬間、狭い廊下に銃撃音が響き渡った。
 乱射される銃弾が奏でる音は通路を硝煙で満たし、彼らの視界を奪う。
 それは、フィーアにとっては都合の良いことだった。
 ……煙が晴れる。
 男たちは、フィーアを倒したと思って油断していることだろう。
 だが。違う!
 煙が晴れた時、フィーアはまったくの無傷だった。
 左手の手甲から光が広がり、盾の形を作っている。その盾が、フィーアの身を守ったのだ。
「なっ……」
「化け物……」
 茫然とした男たちの隙を、フィーアは見逃さなかった。素早く盾を消し、同時に高速移動をしながら右手に意識を向ける。
 右手に、雷(いかずち)が生まれる。
 瞬時に広がった雷が、群がっていた男たちを次々と打ち倒した。
 床に崩れ落ちる男たちを振り返ることなく、フィーアは奥へ奥へと駆けていく。
 どのくらい、走っていただろうか。
 行き止まりとなった通路の奥に、扉がひとつ。頑丈な鍵がついていそうなその扉を、フィーアは一撃の元に切り裂いた。
「ノックもできないのかい? 近頃の女性はずいぶんと乱暴なんだね」
 穏やかな口調だが、殺気に満ちている、その男の手に――見覚えのある剣があった。
「それは……」
「これが目的なのか」
「……ええ。その剣は――Klinge des Elementsは、あなたの持つべきものではありません。返してもらいます」
 男の解答を待つことなく、フィーアは一直線に駆けた。
 だが全力で振るった剣は、男の持つKlinge des Elementsにあっさりと止められてしまう。
 ただの人間にはあり得ない、力。一旦距離をとって改めて見るに、どうやら男の装備がかなり特殊なものであるらしいことに気がついた。
 今度は、力任せではなく。技術を以って男に斬りかかる。
 しかし男も相当の手練れのようで、しかも特殊装備のせいでダメージがなかなか通らない。一進一退の攻防の攻防が続いていたが、剣が、勝敗を分けた。
 そこそこに良い物を使ってはいたのだが、マスターが作ったものとそこらの武器屋でそこそこの値段で売っているものとではその出来に雲泥の差があったのだ。
 フィーアの持つ剣が折れ、宙を舞う。
 男が、勝利を確信した笑みを浮かべる。
 それは、フィーアの勝利の瞬間だった。
 フィーアの剣が失われたことで油断したのだろう男の懐に接近し、拳で一撃を加える。
 さすがに倒れはしなかったものの、拳の勢いで剣が吹き飛ぶ。男の手を離れて床に落ちた剣を、フィーアは素早く拾い上げた。
「……この剣は、誰にでも扱えるわけではない……」
 告げて、構えなおす。
「Vulkan」
 呟いたその瞬間。
 剣が、刀身に炎を纏った。
 一閃のもとに男の身体を切裂き――男が、倒れる。
 倒した男には、フィーアはもう、視線さえも向けなかった。
 ぐるりと辺りを見まわして、もうひとつの目的を探す――フィーアは、彼らがマスターの使っていた武器の行方を知っている可能性が高いとふんでいたのだ。
 しばし探した末に、部屋の片隅に資料を見つけ、フィーアはその内容に目を通す。
「もうここには用はないようですね」
 覚えた資料を床に放り投げ、フィーアは研究所をあとにする。
 背を向けた研究所からは、熱気と灯が空気を流れてくる――研究所は、燃えていた。フィーアが火をつけたのだ。
「日本……」
 すでに建物としての形を失いつつある研究所には目もくれず、フィーアはただ、日本のある方角を見つめていた。
 そこに、マスターの剣があるのだ……。