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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


黄昏は叫ぶ〜夢〜


●序

 最初に気付いたのはなんだったのだろう。声を、姿を、心を。ああ、ああ。如何して一瞬の内に、全てを壊すか壊れるかしなかったのだろうか。


 現夢世についてのスレッドが、山のように飛び交っていた。
 ある者は、ログアウトしようとしたら、ログアウトが中々出来なかった。キリが悪い所で無理矢理やめようとしていたから別に良かったが、何となく気持ちが悪かったという。
 ある者は、ログイン時にログインできなくなった。たまたま模擬試験が近いのに気分転換という名目でログインしようとしていたから仕方ないと諦められたが、何となく不気味だったという。
 そのような、所謂「不具合」が連日数多く報告されていた。
 今までに現夢世における「不具合」は時折不可解な形を持って報告されていたが、このような事態は初めてともいえた。
 そんな中、ゴーストネットのスレッドに一つの発言が投じられていた。
「題名:ログアウトできない 名前:ヒカル
 さっきから、ログアウトが出来ないの。ログアウトしようとしても出来なくて、強制終了させようとしても電源が落ちないの。コンセントを抜いても落ちないのよ!どうしたらいいの?」
 それに対し、様々なレスが付けられていく。その中にぽつりと、あの文字が浮かぶ。
 キョウ。
「題名:Re:ログアウトできない 名前:キョウ
 望んだからだよ。君はずっと遊びたいって言ったから。どうしても出たいなら、助けを呼んでもいいよ。君は、捕われているだけだから」
 それに対し、ヒカルからのレスが付けられる。案の定、助けて欲しいという内容だ。
「題名:助けて 名前:ヒカル
 お願い、助けて!私、このままどうなっちゃうのかが分からなくて怖い」
 そのレスが投じられると、キョウに対する疑問が飛び交う。何故、どうしてこのようなことをするのか。また、どうすれば助けられるのかと。
「題名:Re:助けて 名前:キョウ
 簡単だよ。僕が鍵を持っているから、それを奪えばいい。ただ、それはマスターキーだから世界を根本から揺るがすかも。それでもよければ、来ればいいさ。その為の入り口を開いておくから」
 キョウのレスに対して、再び様々な言葉が飛び交う。ゲームを根本から揺るがすマスターキーだなんて、どう扱えば良いというのだろうかというのが主流である。
 最後に、キョウからの書き込みがあった。本日3時に、専用の入り口を開くという書き込みが。


●再

 遭遇したものは仕方がなく、そしてまたそれは必然だったのだろうと思うようになってきた。こうして在る我が身を呪う事になっているとしても。


 梧・北斗(あおぎり ほくと)は、険しい顔をしたままディスプレイ画面を見つめていた。
「本当に、書き込みがあるんだ」
 ぽつり、と呟きながらディスプレイ画面に写っているスレッドを見つめ続ける。草間から「ゴーストネットに、キョウからの書き込みがある」と電話で教わったのである。
(この前は、何も分からなかったけど……今度こそ)
 ぐっと拳を握り締め、北斗はスレッドを辿っていく。スレッドを見ていくと、現夢世は前々からおかしな事件が起こっていたらしい。それでも内容の面白さや無料だという事で、結構な人数が遊んでいるらしい。
「マスターキーってのが、曲者だよな。根本から揺るがすっていっても……ゲーム自体を壊しても、キョウにとっては意味がねーだろうし」
 北斗は「ううむ」と唸る。それから、何かに気付いてはっとする。
(もしかして、現実に影響を及ぼす何かとか?)
 もしそうだとすれば、放っておく訳には行かない。否、放っておけるはずが無い。
「大体、キョウって言うのは何者なんだ?」
 北斗は呟き、スレッドに書き込まれているキョウの文章を見つめる。
(何かを求めて寂しがっている子どもにも見えるんだよな。でも、求めているというよりも、望みを叶えてるとか言ってたし)
 キョウの正体は、全く掴めない。彼の口ぶりから言えば、プレイヤーの心や欲望、願いといったものが集まって出来たとも考えられる。
 北斗はそこまで考え「だー!」と叫ぶ。
「とにかく、俺にできることから始める!これだ」
 考えるのは性に合わないとばかりに言い、にやりと笑った。3時まで、後少しといったところであった。


 3時になった途端、現夢世のトップページに妙なリンクが現れた。そこをクリックすると、突如目の前が真っ暗になったかと思うと、次の瞬間には大きな門の前に立っていた。
 門には大きな文字で「現夢世」と書いてある。
 そして、門の前には合計6人が同じように佇んでいた。
「皆、同じように来たみたいね」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)が苦笑しながら言うと、「そのようですね」とセレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)が頷く。
「ここが、入り口のようですからね」
「この門をくぐれば、キョウと鬼ごっこ開始ってやつか?」
 北斗は手をひらひらさせ、苦笑しながら言った。
「ま、そういう事だろうな。ご丁寧に、門の前だもんな」
 コンコンと、未だ閉じられたままの門を叩きながら、梅・成功(めい ちぇんごん)が言った。
「でも、現夢世は広いのです。キョウが隠れるに適した所なんて、沢山あるのです」
 マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)はそう言って、門の中を覗きこむようにした。当然のように、中の様子は窺えない。
「マスターキーを奪えと言ってきているのですから、隠れてばかりはいないと思いますよ」
 露樹・故(つゆき ゆえ)はそう言って、皆を見回した。確かに、奪えと言ってきたのに隠れているのでは、せっかく書き込みをした意味が無い。
「ま、そういう事だよね」
 突如声がし、皆がその方を見る。門の上にキョウが立っていた。相変わらずの虚ろな目に、全身に纏った黒。
「もう3時になったのです。なのに、何故門を閉めてるのですか?」
 マリオンが尋ねると、キョウは「ごめんね」と言って笑う。
「プレイヤーを、一箇所に固めてる作業が難航していてね」
「一箇所に固めているって……どういう事?」
 シュラインが尋ねると、キョウは「そのまま」と言って肩を竦める。
「これから行う事を、他のプレイヤーに邪魔されたくないでしょ?だから、一時的に固まっていて貰おうかと」
「そうするくらいなら、強制ログアウトでもさせればいいだろうが」
 成功が言うと、キョウは「嫌だな」と言ってくすくすと笑う。
「それじゃあ、僕が鍵を持って逃げる意味が無いじゃないか」
「別に、そんな事をしなくたって俺たちは逃げないぜ?」
 北斗が言うと、キョウは「知ってるよ」といい、じっと6人を見つめる。
「そんな事は今までで知ってるよ。だけど、それじゃあまり面白くないでしょ?」
「面白い、面白くないという問題ではないと思うんですが」
 セレスティが言うと、キョウは「そうかな?」と言って皆を見回す。
「結構重要な事だと思うよ。やる気というのは、在れば在るほどいいものだから」
「相変わらず、くだらない事には頭が回るようですね、キョウ」
 故が言うと、キョウは初めて虚ろではない目で微笑んだ。たった一瞬の出来事だった為、見間違いだったかもしれないという気になったのだが。
「……さあ、始めようか」
 キョウはそう言い、がん、と足で門を蹴った。すると、門がギギギという重苦しい音をさせながらゆっくりと開いていく。
「カーニヴァルの始まりだ……」
 ぽつりとキョウは呟き、門の中へと消えていった。6人は顔を見合わせた後、門の中へと足を踏み入れるのだった。


●惑

 それが必然となってしまったのならば、喜んで全てを差し出そう。この身体も、心も、世界の全ても。この瞬間の為に在るのならば、惜しくなど無い。


 門の中に入ると、そこは広大な公園となっていた。入ったところにすぐ案内板があり、大きく三つのエリアに分かれていた。
「ええと……カンジョウ公園?」
 成功が案内板に書かれている公園名を読むと、上空から「その通り」と声がかかる。そして6人の後ろにあった門がギギギと再び重い音をさせ、閉まっていった。
「君ら6人だけに、権利を与えるって事で」
 キョウはそう言い、皆よりも少し高い上空に立っていた。今、捕まらないようにしているのかもしれない。
「まるで、本当にゲームの制約がかかっているみたいね」
 シュラインが言うと、キョウは「そうだね」と言って頷いた。
「ここは現夢世というゲーム内だ。ゲーム内にいるならば、制約をつけて当然じゃないか」
「それで、次はお前から鍵を奪う為の条件を掲示するって?」
 北斗が言うと、キョウは「その通り」と言って微笑んだ。
「ここが三つのエリアに分かれているのは分かったでしょ?だからさ、その三つそれぞれで条件を満たしてきてよ」
「条件?更に条件をつけると言うんですか?」
 セレスティが尋ねると、キョウは「簡単だよ」と言って手から透明な玉を生み出す。水晶のような玉だ。
「僕のいるところには特別製の鍵がかかっていてね。各エリアにある玉をはめ込まなければ、開かないようになってるんだ」
「随分と、回りくどいじゃないですか」
 故が言うと、キョウは「仕方ないよ」と言って皆を見回した。
「簡単だと、ゲームバランスが崩れるからね」
「既に、あなたがいる時点で崩れている気がするのですが」
 マリオンが言うが、キョウは何も答えなかった。それを見かねたように成功が「仕方ねぇって」と声をかける。
「ともかく、やるしか手は無いんだろう?なら乗ってやろうじゃないか」
 成功の言葉に頷く皆を見、キョウはふっと消えた。
「三つのエリアだから、二人ずつに分かれましょうか」
 シュラインの提案に、皆が頷く。そうしてくじ引きによる組み分けの結果、一のエリア「キ」にはマリオンと北斗が、二のエリア「ド」には故と成功が、三のエリア「アイ」にはシュラインとセレスティが行く事となった。
 皆はエリアの先にあるであろう合流地点にて再会を約束し、それぞれのエリアへと進んでいくのだった。


 一のエリア「キ」の入り口は、黄色で彩られていた。
「うわ、目に悪いな」
 北斗が言うと、マリオンはこっくりと頷く。
「黄色は、持続性を持った興奮作用を引き起こす色なのです」
「そうなのか。ったく、なんだってこんな色にしたんだろうな?」
 北斗はそう言って、中に足を踏み入れる。中も、見事なまでの黄色が広がっている。
「目がちかちかするみたいだな」
「……もしかして」
 黄色い周りを見回す北斗に、マリオンはぽつりと呟く。
「もしかして、キの部屋というのは黄色の事なのでしょうか」
「あー、そうかもしんねーけど……。俺はもう一個理由があると思うぜ」
 北斗の言葉に、マリオンは「え?」と尋ね返す。北斗は後頭部をがしがしとかきながら「エリア名だよ」という。
「キ、ド、アイ。この三つってさ、喜怒哀楽から取っている気がしねぇ?」
 北斗に言われ、マリオンは「あ」と言って頷く。
「確かにそうなのです。そう考えると、キは元々喜から取っていて、黄色というのは後から取ったって感じなのです」
 二人が話しながら進んでいくと、目の前に大きな彫刻が現れた。白い鍵の形をした、巨大な彫刻だ。ごつごつとした触感は、岩で作られているような印象を持たせる。
「マスターキーの鍵ですよーっていう、意思表示か?」
「そうでしょうね。この現夢世は、キョウが願い事を叶えるという形を取ってますから」
 巨大な鍵を見上げ、北斗の言葉に頷きながらマリオンは言った。上の方を見ていると、鍵の頂点に黄色の玉が見えた。
「あれ、キョウが言っていた鍵となる玉じゃねーか?」
「その可能性は高いのです。ただし……ある場所も高い位置にあるのですが」
「洒落か?」
「洒落にしたくて、した訳じゃないのです」
 悪戯っぽく言う北斗に、マリオンは少しだけ拗ねたように言った。北斗は「ごめんごめん」と笑いながら謝り、そして一つ息を吐き出す。
「どうやって取る?」
「登ります?」
「ゲーム内部にいるとはいっても、落ちたらいたそうなんだよな」
 マリオンと北斗が二人して悩んでいると、二人同時にはっと気付く。
「願えばいいんじゃねーか?」
「願えば叶えてくれるはずなのです」
 二人の声が重なり、顔を見合わせて笑う。考えが同じだと言う事が、妙におかしく感じたのだ。
「あの玉が欲しい、と願えばいいんだよな?」
「キョウは願いを叶える為にいるのですから、きっとあの玉についても同じ事が言えると思うのです」
 マリオンが言うと鍵の彫像の根元が光って、文字が浮かんできた。二人ともそれに気付き、しゃがみ込んで文字を読む。
『エリアに基づく思いを受け取りたいか、否か』
 文字を読んだ後、二人は顔を見合わせる。
「エリアに基づく思いって言う事は……喜びに関する事か?」
 北斗の言葉に、マリオンは「おそらく」と言って頷く。
「それにしても、徹底しているのです」
「何を?」
「だから、物事を進めるに当たって。鍵が欲しいのならば、エリアでそれぞれの玉を手に入れたいと願わせる。今も玉が欲しいのならば、思いを受け取りたいと願わせる」
 マリオンの言葉に、北斗は「なるほど」と言って頷く。
「そういわれれば、そうかもしれねーな。ったく、回りくどい事をするな」
 北斗はそう言い、にやりと笑う。マリオンも笑い、頷く。
「願いますか」
「だな」
 二人がそう言うと、彫刻が光り輝いてあたりを包んだ。そして玉が彫刻から外れ、ゆっくりと二人の前に降りてくるのだった。


●受

 近付いてくる、と感じている。初めて出会った時の歓喜から、途中で思った苦しさから、だんだん溜まっていったフラストレーションから。
 ようやく終わりが近づいてくるのだと。


 喜。
 その感情を知ったのは、出会った瞬間だった。いつも何事もなく過ごし、怠惰な時間を過ごしていた。それなのに、突如それは訪れた。
 美しい、美しい存在。
 自分に課せられていた存在意義は、皆の望む世界を保つ事。この制約により、その美しい存在は拘束するしかなかった。
 それは、皆が望まぬ破壊を呼び込むものだったからだ。
 そのようなものが舞い込んできた場合、やってきた方へ戻すのが役目だった。その時も最初は、戻そうとした。
 だが、できなかった。
 美しい存在を戻す為に触れた瞬間、僕は手放す事が出来なかったのだ。拘束をしてしまったものの、送り返す事をやりたくは無かった。
 何故そのように思ったのか、理解は出来なかった。そして、その拘束された美しい存在を見ているうちに、衝動に駆られる事となった。
 美しい存在を、解放すると言う事。
 それをした瞬間、多大な喜びが得られるだろう事が何となく分かった。分かったからこそ、目的はその美しい存在の解放となっていた。
 自らの存在意義である『皆の望む世界を保つ事』という制約を、出来る限りに保ちながら。


 赤の玉を握り締め、マリオンと北斗は黙り込んでしまっていた。
「あいつ……キョウは、ただ単に破壊をしたかった訳じゃないんだな」
 ぽつり、と北斗は呟く。
「そのようなのです。てっきり、アポトーシスする事が目的なんだとばかり思ってイタのですが」
 マリオンはそう言い、溜息をつく。
「なぁ、あの美しい存在って言うのは……」
「黄昏の事なのでしょうね」
 神田から送り込まれた、現夢世を破壊するウィルス『黄昏』は、キョウによって拘束された。だが、その美しさにキョウは送り返す事もせず、むしろ解放したいという衝動に駆られたのだ。
 そのために、皆に世界の破壊を願わせようと手を打ってきたのだ。
「あいつ、自分に与えられている能力が望みを叶えるっていうものだったから、ああいう風にしか動けなかったのか」
「結構、手ひどかったのですが」
「それも作戦のうちだったんじゃねーかな」
「そうですね。そして、事実として皆この現夢世というゲームについて不信感を抱き始めているのです」
 マリオンはそう言い、歩き始めた。北斗もそれに続く。
 心の中でオリジナルキョウの正体は、セキュリティシステムなのではないかと思いながら。


 エリアを抜けると、再び皆と合流する事が出来た。それぞれのエリアで手に入れたらしい、黄・赤・青の色をした玉を持って。
「これで、三つ全ての玉が手に入りましたね」
 セレスティがいうと、成功が「だな」と言って溜息をついた。
「俺さ、全く逆の考えだったから……」
「皆、見たのね?」
 シュラインが尋ねると、皆こっくりと頷く。
「何だか、予想外だった。ただ、破壊をしたいだけなのかと思っていたから」
 北斗が言うと、故は「仕方ないですよ」と溜息混じりに言う。
「あんな事を予想しろという方が、無理な話なのですから」
「でも、後はキョウからマスターキーを手に入れるだけなのです」
 マリオンがそう言うと、シュラインが「それなのよねぇ」と言った。
「マスターキーを手に入れたいと願えば、きっとキョウはくれると思うわ。でも、そのマスターキーでどうするかと言えば……」
「恐らくは、美しき存在……黄昏の解放でしょうね。それは同時に、この現夢世の破壊を齎すでしょう」
 セレスティはそう言い、シュラインに同意した。皆、困ったように頭を抱えている。世界の破壊を望むキョウ、黄昏の解放を望むキョウ。マスターキーとは恐らく、黄昏を拘束しているという状態を解き放つ効果をもっているだろう。
 それは、ログアウトできないプレイヤー達の強制解放という手段でもあるのだから。
「この世界を壊す事は、実際俺も考えてたんだ。それで再構築すればいいんだと、そう思ってたから」
 成功はそう言い、言葉を詰まらせる。それだけで話が全て終わると言う事は、分かっていた。だが、同時に「これでいいのだろうか」という思いにも囚われるのだ。
「キョウは、俺たちがこういう風に悩む事も計算に入れてた気がする。それで迷わないように、プレイヤー達をログアウトできなくさせたように」
 北斗が言うと、同じように皆が頷いた。
 そんな中、故だけは「行きましょう」と皆に言う。毅然とした、言い方で。
「これがキョウの望みなのでしょう。途中経過はいささか腹立たしくもありますが……あえて乗ってやるのもいいんじゃないですか?」
 故の言葉に、皆が顔を上げた。ここでこうして悩んでいるだけでは、何の解決も見出せないのだ。
「これで、終わりなのですね」
 ぽつり、とマリオンが呟いた。そして、皆は目の前にある白いエリア「ラク」へと向かうのだった。


●末


 終わりが来たと、全てが告げていた。長かったようにも短かったようにも感じる、過ぎ去りし時間。それらが告げる終わりを、噛み締めるように存在する。


 四のエリア「ラク」の入り口にあるのは、三つの丸いくぼみだった。そこに、手に入れてきた三つの玉を入れろというのだろう。
 マリオンと北斗が「キ」のエリアで手に入れた、黄の玉。
 成功と故が「ド」のエリアで手に入れた、赤の玉。
 シュラインとセレスティが「アイ」のエリア出手に入れた、青の玉。
 三つ全てを入れたとき、それぞれが光り輝いて一点に集中した。赤、黄、青という光の三原色が交わりあった時には、光は白となる。
 その色を確認したかのように、入り口が開かれた。6人が入っていくと、真正面にキョウが立っていた。虚ろではない笑みを浮かべ、皆を迎え入れる。「おめでとう」と言いながら。
「マスターキーは君らのものだよ。……望んでいるでしょう?」
「それがお前の望みなんだろう?この世界をリセットする事が、お前の……」
 成功が言うと、キョウは「嫌だな」と言って苦笑する。
「それは結果にしか過ぎないんだ。大事なのは、そこに至るまでだから」
「元の状態に戻すと言う事は、考えてないんですね?」
 セレスティが尋ねると、キョウは「そうだね」と言って頷く。
「知ってるんでしょう?黄昏は、全てを破壊するんだ。まずは拘束を解放する僕を一番に、破壊すると思うよ」
「どうして、今まで虚ろだったの?一定量、叶えた望みを溜めたら目覚めるといったような、タイマーだったの?」
 シュラインが尋ねると、キョウは首を横に振る。
「虚ろにならなければ、皆の願いを叶えてなんていられなかったんだ。虚ろであれば、逸る衝動を押さえ込んで願いを享受できたから」
「ゲーム内にいる人達は、鍵を手に入れたら強制ログアウトできるようになってるのですか?」
 マリオンの問いに、キョウは「もちろん」と答える。
「この世界自体がなくなるんだから、ログアウトするしかないんだ。大丈夫だよ」
「それで、破壊して……どうなるんだ?原田さんに渡してもいいのか?」
 北斗が尋ねると、キョウは「いいよ」と言って微笑む。
「また作ってもいいし、作らなくても良いんだ。だから、任せるよ」
「……俺は、是非嫌がらせをしたいんですが」
 故はそう言い、じっとキョウを見つめる。キョウも同じように故を見つめた後、ゆっくりと首を振る。
「遠慮するよ。僕は、僕としてきっといられなくなるだろうし……それに」
 キョウはそれだけ言い、そっと微笑んだ。虚ろではない、キョウの笑み。違和感があるものの、それはようやく願いを叶える立場から叶えられる立場へと変わった喜びの顔でもあった。
 キョウはそっと手から鍵を生み出し、皆に向かって放った。すると鍵から光が放たれ、皆を包み込んだ。光の中で、それらは6つに分かれてそれぞれの手の中へと入っていった。
「僕は、ようやく」
「キョウ!」
 皆の叫びに対し、キョウはただ微笑んで返した。そして次の瞬間、あたりが橙色に染まっていった。
「……黄昏!」
 キョウが叫ぶ。狂おしいほどに、愛しいと思っていた美しい存在が、彼を破壊していく。
 喜びを与え、怒りを感じさせ、哀しみを齎し、最後に楽にさせる黄昏。
 橙色は、ログアウトする皆の網膜へと浸透するかのような、破壊的な美を皆へと齎したのだった。


●結

 静まり返りし世界にて、求めし心は何処にぞ行かん。
 刹那的な美しさを、ただただ脳裏に感じ取るのみ。……黄昏、を。


 ログアウトした後、皆が手にしていたのはソースの書かれたメモだった。6枚をあわせて丁度一つとなるような、現夢世そのもののソースだったのである。
 皆はそれを、原田と神田に手渡した。それを見、説明を聞いた原田はソースを見て小さく苦笑を漏らした。
「セキュリティシステムが、このソースには抜けているね」と。
 変わりのシステムを組み込めば、再び現夢世の構築は可能だと言っていた。だが二度と、再構築はしないだろうとも言った。
 寂しそうに笑みながら、二度としない、と呟くのだった。

<再び惑いを受けし末に・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0604 / 露樹・故 / 男 / 819 / マジシャン 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】
【 3507 / 梅・成功 / 男 / 15 / 中学生 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17 / 退魔師兼高校生 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「黄昏は叫ぶ〜夢〜」に参加していただき、有難うございます。これにて完結いたしましたが、如何だったでしょうか。
 思えば、本当に長い間続けてしまったように思います。間もたくさん空けてしまいましたし。それでもこうして完結する事が出来たのは、皆様のお陰でございます。本当に有難うございました。
 梧・北斗さん、続けてご参加いただき有難うございます。キョウに対する見解が、半分くらい合っていたのでドキドキしていました。その後の鍵の判断も原田に渡すというものだったので、びっくりしました。
 今回も、少しずつですが個別の文章となっております。お時間があるときなど、他の方の行動も見てくださると嬉しいです。
 ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時迄。