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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆったりと、ゆっくりと。 〜人生ってやつは〜


 カーテンから漏れる朝日っていうのは場合によっては極悪だよな。柔らかく光を放つそれは、まだまだ寝たりない自分を非難しているようにも思える。「そりゃあお前は夜中ずっと引っ込んでいたんだから良いだろうさ」だなんて、ひどく主観的なことを考えた。こんな理由で憎まれる朝日が可哀想……とまあ、こんなことまで考えてしまう、俺の頭ってちゃんと起きていない。
 ため息をついて片腕を頭部に回した。見事なくらいにぺっちゃんこ。寝ていたせいで髪の毛は頭皮にはりついていた。変な寝癖もついていそう。少ししか寝ていないのに寝癖はきっちりつくだなんて、理不尽だ。
 ため息を一つ。今の俺の状況を一言で表すなら、これだ……
 『眠い』
 結局、昨夜は夜が明けるまで本の付喪神達と話をしていた。それはそれは、とても有意義な時間だったし楽しかった。で、その時の睡眠時間のしわ寄せが今にきているというわけ。今日が休業日であったことに感謝する。人生ってこういうところで上手くできてるよなあ、なんてね。
 煌々と光る朝日にはため息をお見舞いして寝床から立ち上がった。誰が朝は起きるものだと決めたんだろう。まあ、光熱費のことを考えれば朝起きている方が合理的なんだけどさ。
 ぺたぺたと裸足でフローリングの床を歩く。「スリッパを履け」という人物はいないから気が楽だ、そんなことを思いながら台所に辿り着くと朝食の支度がしてあった。
 意外に嬉しい出来事だ。人生って捨てたもんじゃない。
 「おお!何て素晴らしい!」
 大袈裟に喜んでいそいそと食卓に座る。と、喜びすぎた俺に釘をさすかのごとく、朝食の皿に挟まれていたメモがパラリと波を作った。嫌な予感に誘われるようにメモを見てみれば「ねぼすけ」の四文字。舌打ちは奴には聞こえない。本人は今頃学校に逃亡中だからだ。まあ、いたからといって本人の前ではその後が怖くて舌打ちなんてできないけど。
 結局ぶつぶつと文句を言いつつも皿に盛られてあったおにぎりを頬張った。憎まれ口をわざわざメモに書きつつも俺の朝食を作ってくれてたんだ。そう思うととても美味しかった。たとえ梅干が飛び出ていても梅干の種しか入っていなくても海苔がお米とサヨウナラしていても美味しかった。主食が美味しいとペットボトルのお茶だって、有名茶園のものに思えるから不思議。人生において、「食」ってやっぱ大事だよな、そんなこと思いながら最後の一口を思いっきり口の中に放り込んだ。


 カーテンを広げると、朝日だったものはもう頭の真上にきていた。目に痛いくらいの光を浴びて、書庫へと向かう。
 つい前まで埃で溢れていた書庫は、今や楽しみの代名詞。整然と並べられた本と、綺麗に掃除された部屋。しかもその本達ときたら付喪神達だっていう素晴らしいおまけつき。
 明け方、別れる時に付喪神達は「またな」という言葉を残していたし、きっと又会うこともできるんだろう。試しに書庫の中に向かって呼びかけてみたけれど、返事はなかった。明るいうちは話さないのかもしれない。
 昨日の付喪神達との会話を思い出す。そういえば「あまり読んでくれていない」という意見が多かったっけ。論文の為に買った本もたくさんあるしなあ、その場合は必要な箇所だけ読んで後は本棚行き。何せ論文を書いている最中のことだから、余裕を持って本を読んでいる場合じゃなかったんだ。本達はものすごい形相の俺しか知らないのかもしれないな、なんて考えて一人苦笑した。
これを期にきちんと読書してみるのも良いかも。本棚から何冊か比較的新しい本を取り出す。因みに自宅に置いてある本は学生時代の参考書代わりや、古本屋で購入したジャンルの偏ったもの。相談所内にあるのは専門書ばかり、といった分け方になっている。
今手に取った本と話す日がくるのかもしれない、そう思うと本を手に取る時も自然と気を使うようになった。何の物にでもこうやって気を使うっていうのは良いことだな、寝ぼけた頭で思う。


 手に取ってきた本を机に広げて読書の体勢に入る。窓から入る木漏れ日はものすごく明るくて、照明をつける必要はなさそうだ。漏れ入る光に本の表紙をかざして見て、俺が気付いたのは……
 「あ、あれ?」
 変に間延びした声が自分の口から出て行った。
 机に広げられている本のタイトルは……「ワルから学ぶ心理術」「ヤクザの他人操縦術」。
 これは間延びした声もでるってもんだ。何を思ってこんな本を購入していたんだか……どんなに考えても答えがでない。
 人生って、時に解けない謎にぶち当たるんだな……。
 なんて、木漏れ日の下で思っている俺ってきっと、幸せ者。



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再度、ありがとうございます!
後日談ということでしたので前回同様、良い意味で少し引きずりながら書かせていただきました。のびのびと書くことができたのでとても楽しかったです。
ありがとうございました。