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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて

 
 木立ちがさわさわと揺れる音がする。葉を揺らす風はしっとりと冷えた夜のもので、弓月はふと伏せていた瞼を持ち上げた。
 眼前に広がっていたのは見た事もない風景だった。
 夜目に慣れてくれば見通す事も可能な程度の薄らぼうやりとした闇の中、在るのは旧い都を思わせるような大路。大路の脇には茅葺やら瓦やらの家屋が点在し、それらを蓋う天は月の一つでさえも浮かんでいない。
 ――夢?
 思い、頬をつねってみる。
「イタタタタ、痛い!」
 涙目になり、必要以上につねってしまった自分を少しだけ恨んだ。
 弓月は頬をさすりながら改めて周りの景観を確かめて、――そうしてその目を大きく見張り、さすっていた手を外して満面の笑みを浮かべる。
「夢じゃないっていうことは、私、今、不思議な所に来てるのね!」
 言葉に出す事で、改めて気持ちが高揚していく。弓月はひとしきりきょろきょろと周りを確かめた後、手近にある家屋から覗き見てみる事にした。
 
 棟は何れもが古い時代の和を思わせるような佇まいをしている。木造で、窓にはガラスではなく戸板が立て掛けられている。庭らしい場所にはひょろりと伸びた薄や松、梅等といった枝振りが風に揺らぎさわさわと音を立てていた。
 弓月は辺りをきょろきょろと眺め確かめてから、戸板の隙間から中を覗き込むように視線を移動させてみた。ついで、体もじりじりと動き、窓の傍へと寄っていく。
 ――中もまた真暗で、窺う限りでは人の居る気配等といったものがまるで感じられない。
 弓月は肩を竦めて息を吐く。
「……オバケとかでもいるかと思ったけど、お留守みたい」
 一人ごちてその場に背を向ける。同時に、その視線は既に次の棟へと向けられていた。

 大路のあちら側こちら側と移動して、ぽつりぽつりと点在している家屋の一つ一つを確かめる。しかしそのどれもが留守宅であるようで、弓月は沸き立った心をしゅんとさせて溜め息を零した。
「せっかく、鬼ババとかいてもおかしくなさそうなお家がたくさんあるのに。……もったいない」
 呟き、心底残念だとでも云いたげにうなだれた。
 せっかく、変なところに迷いこんだみたいなのに、オバケの一つとも出会えないなんて。
 つまらないな。……そう続けようとした矢先、弓月はふと視線を持ち上げて大路の向こうを確かめた。
 ぼうやりとした薄闇の向こうから、小さな灯りらしいものがこちらへと向かって来ているのが見えたのだ。
 灯りはふらりふらりと揺れながら、徐々に大きくなっていく。同時に、夜風に乗って何やら鼻歌のような唄声まで聞こえてくる。
 弓月はその顔をぱあと明るくさせて、気がつけば何時の間にやら走り出していた。無論、目指すのはその灯りの持ち主だ。
 間も無くその灯りの持ち主はその姿を現して、満面に笑みを浮かべている弓月の隣を通りすぎていった。
 時代劇か何かを思わせる行灯を片手に弓月の横を過ぎたのは、全身に蓑を羽織り、何やら瓶のようなものを片手に抱え持った老人だった。老人は擦れ違う際にちらと弓月を一瞥し、にいと笑って頭をさげた。つられて弓月もまた頭をさげると、老人は満足そうに歩き出し、再びふんふんと鼻歌を交えて去って行った。
 薄闇に消えていくその後姿を見遣りつつ、弓月はふと首を傾げて思案した。
「……今のおじいちゃんって……なんか物凄く特徴的だったような……」
 呟き、小さな唸り声をあげる。そしてすぐに手をうって、老人の後を追うようにして走り出した。
「あ、あのっ、もしかしたら妖怪さんですか?」
 追いつき、直球で問いかける。老人は自分を追いかけてきた弓月をしばし驚いたような面持ちで見上げ、それからにいと人懐こい笑みを浮かべて口を開けた。
「そうだったらどうするね」
「うわあ、やっぱり! 凄い! 握手してもらえますか?」
 返された言葉に狂喜して、弓月は両手を差し出した。
 老人はしばし驚いたようにその手を見遣り、それからしげしげと弓月の顔を確かめる。
「おまえさん、人間の娘っこだろう。わしみたいなのは怖くはないのかね」
「怖いなんて、とんでもないです! うわ、嬉しい! 私、妖怪さんって一度でいいから会ってみたかったんですよねっ。うわー、ホントめちゃめちゃ嬉しい!」
 怒涛のごとく言葉を返す。老人はやはり驚いたような顔で弓月を見据え、それからゆっくりと破顔した。
「そうか、そうか。娘さん、いい子だねえ。どれ、わしが面白いところに連れてってやろう」
「面白いところ? え、それってどんなところですか? あ、もしかしたら鬼ババが包丁砥いでたりとか、ゾンビがうようよいたりするようなお墓とかですか?」
「いやいや、この辻にはそんな恐ろしいモンはおらんよ」
 老人はそう云って笑い、二人が今立っている場所から少しばかり離れた位置にある一軒の家屋を指差した。
「あのお家がどうしかしたんですか? ……あ、もしかしてもう壊れちゃうからそれを見に行こうとかですか?」
 返しつつ、老人が指差した家屋に目を向ける。
 それは先程まで確かめてきたどの棟よりも古く鄙びていて、ともすれば今にも壊れ崩れてしまいそうな見目をしたものだった。
 老人は持ち上げた腕をゆっくりとおろしつつ、弓月の言葉に笑ってかぶりを振った。
「いやいや、あれはああ見えてなかなか賑わっている店なんだよ。わしもこれから向かうところでな」
「お店?! お店なんですか? コンビニみたいなところでしょうか」
「こんびにはちょっと分からんが、あれはまあ、茶屋……うん、茶屋だな。わしらは酒場みたいに使ってるけども、まあなんでも出してくる店だしなあ」
「茶屋……ええと、喫茶店みたいな感じなのかな。あ、でもお酒も出てくるなら、どっちかっていうと居酒屋なんでしょうか。うわあ、なんだか物凄く楽しそうですね!」
 老人が返してくる言葉に対し、弓月は間髪いれずに目を輝かせる。老人はしばし小さく笑った後に、ちょいちょいと手招きしながら歩みを進めた。
「なんだったら一緒に行ってみるかね。珍しいお客さんだ。歓迎するよ」
 老人が人懐こいような笑みを浮かべたので、弓月は嬉しくなって大きく頷いてみせた。
「ぜひご一緒させてください!」

 老人は、矢ッ張り鼻歌を交えつつ薄闇の大路を行く。そのすぐ後ろに、こちらも満面に笑みを浮かべ、上機嫌そのものといった風体の弓月の足音が響く。
 行灯の灯がゆらゆらと光の途を築き、そうして二つの影は間も無くおんぼろの家屋の前にいた。
 が、が、がたん
 立てつけの悪そうな戸板に手をかけ、老人はふんふんと笑いながらそれを横に引き開ける。途端、中から溢れ出てきたのは、茫洋とした仄かな光と、朗らかに笑いさざめく客人達の噺声だった。
「――――う、わぁ」
 そう口をついて出た言葉きり、弓月は暫し言葉を飲んだ。
 店の中には、存外に多くの影が揺れていた。その影の主達はといえば、これも老人同様、人ならざる姿をした者ばかり。
 ひょろりと伸びた体躯を緑色で覆われた男――それは河童だろうか。河童は弓月に人懐こい笑みを向けて手を振っている。
 幼稚園生程の大きさの――ああ、あれは子鬼だろうか。一つの机を囲むようにして座り、何やら顔を寄せ合っては小さく笑いあっている。
 満面に笑みを浮かべて店の中を一望している弓月の袖を老人がくいくいと引っ張った。
「娘さん、ほら、こっちへ来てごらん」
「は、はい!」
 大きく頷いて、老人の後をついていく。
 店の中は決して広いものではなく、むしろ手狭といった処ではあるが、それでも二部屋分程には足りるだろうか。板張りで、開いている隙間からは時折風がひょうと流れこんでくる。
 木製の箱のようなものを机代わりに、矢張り木製の椅子が数脚づつ並ぶ。殆ど満員といった状況であるようだ。
 老人は妖怪達の間をすうすうとすり抜けていくと、店の奥へと進んでいく。
 弓月もまた妖怪達の間をすり抜けていこうとするが、妖怪達はかわるがわる弓月を呼び止める。弓月もまたいちいち足を止めては目を輝かせ、
 河童と言葉を交わせばその頭の皿に触れてみたいと口にしてみたり、猫又と会えばその髭を軽く撫でてみたり。
 ようやく老人の横に腰を落ち着かせた頃には、弓月の為にと用意された茶は少しばかり冷めていた。
 
 無骨な形の湯呑に、小さな皿に置かれた芋羊羹。老人の横で微笑みを浮かべている男に視線を止めて、弓月は大きく頭をさげた。
「あの、私、藤郷弓月っていいます。はじめましてッ!」
 ぺこりとさげた頭を持ち上げると、弓月は目の前の男に言葉を掛けた。
 その男は穏やかな笑みを浮かべた顔に、縁のない眼鏡をかけている。纏っているのはシックな色味の和服であり、腕組みをした姿勢で袖の中に腕を突っ込んでいる。
「弓月クンですか。この場所へは初めてのお出でですよねえ?」
「はい! よくわかんないんですけど、気がついたらこの世界にいました。――ええと、ここって妖怪さん達の国なんですか?」
 首を傾げてそう訊ねる。和装の男は小さく唸って思案した後に、弓月の目を見据えて目を細ませた。
「うん、まあ、そんなところですね。ここは現世……弓月クンが住んでいる世界と、彼岸、つまりあの世だね。この二つを繋ぐ通路のような場所なんですよ」
「じゃあ亡くなった方なんかも、この場所にいらっしゃるんですか?!」
 勧められた椅子に座って湯呑を手にすると、弓月は間髪いれずにそう問いた。
「いや、それはないんだよ。ほら、弓月クン、大路を歩いてきましたでしょう?」 
 弓月が頷くと、男はさらに言葉を続ける。
「あの大路の端に、彼岸へ続く橋があるんですよ。死者はその橋より此方へは渡ってこれないようになっています」
「へえー! なんだか凄いんですね!」
 男の答えに感心したように頷くと、弓月は改めて男の顔を確かめた。
「そういえばおじさま、お名前はなんていうんですか?」
「ハ、ハハ、おじさまですか、なんだか照れますねえ。俺は、まあ、詫助と呼ばれてますよ。まあ、お好きなように」
「はい! よろしくお願いします!」
 詫助の微笑みに、満面の笑みで応じる。
「でもここって全然怖くない場所なんですね。私、小さい頃にお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに『悪い事してたら妖怪に連れて行かれちゃうんだよ』なんて云われてて、妖怪さんって怖いひとなのかと思ってました」
 冷えかけた茶を一息に飲み干すと、詫助が新しい茶を注いでくれた。
「まあ、中には怖い妖怪もいるかもしれませんが、この場所に来る連中は皆ご覧の通りの連中ばかりですよ」
 そう答えて頬を緩める。
「そうですよね! おじいちゃんも河童さんも皆さんいい方ばかりです!」
「え、おじいちゃんって」
 詫助の隣で、先程のあの老人が茶を噴いた。
 弓月はにこにこと笑ってそれを眺め、後ろを振り返って店の中を一望した。
 店の中の妖怪達は皆一様に弓月に視線を向けて、そのどれもが人懐こい笑顔を浮かべている。
 弓月はそれらを一望した後に、満面の笑顔で口を開けた。
「あの、私、藤郷弓月っていいます。よろしくお願いします!」

 





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5649 / 藤郷・弓月 / 女性 / 17歳 / 高校生】


NPC:詫助


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■         ライター通信          ■
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はじめまして! この度はゲームノベルにご発注くださいまして、まことにありがとうございました!(礼)
弓月さまの性格設定などを参考に、全体的にほんわりとしたノベルとさせていただきました。
茶屋でのひとときが楽しい時間となればよいのですけれども。

今回のノベルのシナリオは、基本的には1話完結型をとってはおりますが、また今後続けていらしてもお迎えできるような構成を組んでもおります。よろしければ今後ともご贔屓に。

それでは、このたびはありがとうございました。
またお会いできますことを祈りつつ。