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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■想いのタマゴ 孵化する夜■

ある日の午後、独りで居るのが嫌いな棗・火之歌は相変わらず烏丸医院へ遊びに来ていた。
ここに来れば何時でも誰かが居る。特に年輩の患者に火之歌は人気があり、まるで孫のよう可愛がってもらっていた。
そしてなにより、ここにはトモダチが集まってくる――。

待合室でそんな患者達の相手をしていると、ドアが開いた。そこに立っていたのは……。
「火之歌、ただいま。ずっと待たせてゴメンな。」
「蓮ちゃん!!」
数週間前から出張へ行ったきりだった相澤・蓮は、火之歌の顔を見ると嬉しそうに微笑んだ。
「お帰りなのだ★オシゴトごくろうさまだったのだぞ〜!」
にぱっと笑うその笑顔で、蓮の仕事疲れなど一瞬のうちに吹き飛んでしまう。
ああ、やっとこの笑顔が見れたと、蓮は一人ひそやかに幸せを噛みしめた。

暫く話をして、そのうち患者達が皆いなくなると、蓮は何か決心したように火之歌を呼んだ。
「あのよ、10月2日って…暇?もしよかったらウチ遊びに来ないか??」
「ん?特に用事は無かったと思うのだが……突然どうしたのだ?」
「え!いや!ナイショ☆あ、でも別になんか変なことしよーとか、絶ッッ対ないからッ!」
ここまで明らかに焦り、挙動不審になっている者を見て不審がらない人間はまず居ないだろう。
しかし大のオトナの男がこんなに涙目になって懇願しているのだから、疑うのはあまりにも可哀想というものである。
火之歌がいいよ、と答えると蓮はホッと胸をなで下ろした。

今はまだ、決して悟られるわけにはいかない。
何故ならこの日は蓮にとって、決戦の日なのだから――。



10月2日、夕方。
空は赤い不思議なグラデーションを作り出している。
蓮の部屋に入るのは初めてとあって、若干の緊張と好奇心を胸に、火之歌はインターホンを押した。
すぐに中からダッシュする音、何かにぶつかったような音、そして転倒する音が次々と聞こえた後、ようやくドアは開かれた。
廊下を見れば予想通りの事が繰り広げられていたらしく、エプロン姿の蓮の服は少し乱れていた。
「来てくれてありがとな、火之歌。」
「お招きありがとうなのだ★」


部屋は黒やグレーを基調とされていて、意外にもこざっぱりした感じでよく片づけられている。
勿論ソレは今日のために片づけたに過ぎず、押し入れや引き出しの中にはぎゅうぎゅうに押し込まれていたりするのだが、今の火之歌にそこまで詮索する余裕はなかった。
何故ならテーブルの上には沢山の料理が並べられていたから…。

ハンバーグ、スパゲティー、ブルスケッタその他諸々。全て火之歌の好物ばかり。
「な、なんのパーティーなのだ?!」
「実はよ、俺、今日が誕生日なんだよな。」
その言葉を聞いた瞬間、火之歌は目を見開いたままフリーズ。
「な、な、なんでそんなダイジなことを今まで秘密にしていたのだっ?!今!今から火之歌ひとっ走りしてプレゼントをーーっ!!!」
「わー、ストップストップ火之歌!!」
とっさに掴んだ腕だったが、蓮は思わず手のチカラを弱めてしまった。思っていた以上に細くて、壊してしまいそうだったから……。

「俺の特別な日だからよ…特別な人……火之歌と、一緒に居たかったんだ。ごめんな、呼び出したりしちまってよ。まぁ、タダ飯食いに来たと思ってくれ、な。」
少し照れながら微笑む蓮に、火之歌はしょうがないのだと言いつつ、微笑み返した。
「でも……やっぱり、嬉しい。火之歌が来てくれて。俺の目の前にいてくれて。」
「お誕生日、おめでとうなのだ蓮ちゃん。」
「ありがと、な。」


蓮は出張先でのこと等を話し、火之歌はそれに相づちを打つ。
二人だけで食卓を囲むのは、初めてだからだろうか、何故かいつもと雰囲気が違うことに火之歌は少し戸惑っていた。
どこかで弟のように思っていた部分もあったのだが、今日は違う。
グラスに注がれたドイツワイン越しに覗くと、そこには確かに29歳の蓮の姿が映っていて、それがなんだか無償に気恥ずかしかった。
勿論そんな風に彼女が思っていることなど、蓮はこれっぽっちも気付かないのだが――。

食事が終わると、蓮はケーキを運んできた。蓮の会社の知り合いお勧めらしい。生クリームのデコレーションがとても綺麗。
火之歌は律儀なのかいじめなのか、ロウソクをきっちり29本立てようとしたが、さすがに穴だらけになってしまうからと言う必死の説得で、何とか9本だけにおさえられた。
蓮は少し何かを考えた後、ふぅっと火を吹き消す。

おめでとう、と火之歌の拍手。そしてふと、会話が途切れると、蓮は顔を上げて真っ直ぐ火之歌の目を見た。
「俺、ずっとずっと、火之歌のこと考えてたよ。どんな仕事の時も火之歌の笑顔と、火之歌の『蓮ちゃん』って呼ぶ声を思い出せば、なんでも頑張れた。」
「……あ、ありがとなのだ。」
「火之歌は俺にとってもう・・・大切な人以上の存在・・・なくてはならない存在になっちゃってるよ。」
「…え。」
蓮の目はいつになく真剣そのもの。
お酒もいつもなら火之歌のペースに付き合って先に酔いつぶれるのだが、今日は1杯程度しか口にしてはいない。
酔いに任せた発言ではないことは、火之歌にも解った。

「火之歌、気づいてるか気づいてないかわかんないけど、よ・・・大好き、だ。」


ドクン、火之歌の心臓が跳ねた。
周知の事実だった蓮の恋心だが、不思議なことに当の火之歌だけは全く気付いていなかったのだ。
初めて火之歌の顔がみるみる赤くなっていく様子を見て、蓮もそれを察した。
「火之歌のそのクルクルと表情の変わる青い瞳。ミルクティー色のサラサラで綺麗な髪。ニパッと笑う笑顔。たまに見せる、寂しげな表情。優しい心。力強いタックル。可愛らしい声。俺が包み込めてしまいそうな小柄で華奢な体。全て・・・全てが愛しい。」
「…ひっ!!」
思わず声が裏返ってしまい、火之歌はせき込みワインを飲み干すと、蓮の胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「火之歌はっ!火之歌は蓮ちゃんよりトッテモ年下なのだぞ?!果てはロリコン扱いだってされかねないのだぞっ?!」

立場を気遣う火之歌に、思わず蓮は笑ってしまった。
勿論そんなことは最初から解っていたのだ。けれど解っていて好きになった、というのは少し違う。
体裁とか、周りの目がどうだとか、そんなものは二の次三の次。
一目あった時からどこか懐かしさを感じて、愛しくて、抱きしめたくて仕方がなかった。
いつも思っていた、『俺は彼女に出会う運命だったんだ』と――。


青空みたいに綺麗で大きな瞳は、蓮をとらえて離さない。
火之歌の指先を少し握り、蓮は今まで温め続けていた想いを口にする。
そっと、祈るように――。

「火之歌・・・俺だけの火之歌に、なってくれないか?」

その意味は、いくら鈍感な火之歌にも解った。

「ヤ、別にいつものメンバーとかと遊ぶのは全然構わなくて、えっと、その、彼女になってほしい・・・というか・・・。」
少しの沈黙、そして――。
「……ごめん、なのだ。」

今度は蓮の心臓が跳ねた。
「そ……そっか、そうだよ、な…。」
うつむき、がっくりと肩を落としたその時、蓮の頭に衝撃が走った。久々の石頭火之歌による強烈な頭突きがクリーンヒットしたのだ。
「っだあっっ?!な、なにごとっ?!」
目の前には火之歌のいつもと変わらぬ笑顔があった。蓮にはまだ、何がどうなっているのか理解は出来ていない。
「1年間、火之歌をほったらかしにした罰なのだ。ちょっとした……ジョーダン、なのだ。」
混乱したままの蓮の胸に、火之歌は何も言わずそっと頬を寄せた。
静かな夜、今聞こえるのはただ、蓮の心臓の音だけ――。

突然の展開に慌てていた蓮も、ようやっと状況を把握した。
想いを告げ、そしてその相手が今胸の中にいるという事実。


「火之歌、愛してる。」
「蓮ちゃん……。」

そっと触れた、お互いの唇の温度は一生忘れないだろう。
蓮はやっと手に入れた火之歌の華奢な身体を、壊さぬようぎゅっと抱きしめた。


「今は出張やらでバタバタしてる俺だけどよ。落ち着いたら、一緒に・・・暮らしたい。」
「…しょうがないから、待っててあげるのだ。」

腕の中で、くすくすと火之歌が笑う。
『ああ今俺は、誰よりも火之歌の近くにいる』
蓮はこれ以上ない幸せを噛みしめた。


それから火之歌が腕の中で眠ってしまうまで、否、眠ってしまっても、蓮は一晩中火之歌を離すことはなかった。
一分一秒でも長く、一番側にいたかったから――。





金のない俺だけどよ、いつかプレゼントしたいものがあるんだ。

  
     うん?それは一体なんなのだ?


……相澤、っていう、苗字。





fin