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<東京怪談・PCゲームノベル>


月残るねざめの空の


 さわさわと流れる風はしっとりとした湿りを帯びた夜のものだ。見上げれば其処には月も星も無い漆黒ばかりの天が広がっている。
 真言は、まだ記憶に新しいその場所で、ゆっくりと深い息を吐いた。
 眼前に広がっているのはしっとりとした薄闇で、今自分が立って居るのは旧い都を彷彿とさせる大路の上。更に夜目に慣れてきた眼に映るのは、路の脇に在る古く鄙びた家屋やら木立ちの姿やら。それらを一望した後に、真言は頭を掻いてかぶりを振った。
「またここに来たのか、俺は……」
 呟き、再び小さな息を一つ。
 真言のその呟き通り、真言は嘗て一度この場所に踏み入った事がある。拍子抜けしてしまう程に気の善い妖怪達が跋扈する薄闇の世界――それがこの場所に対し感じ持った印象だ。
 ……いや、しかし。
 思い、視線を細める。
 ――またこの場所に来てしまったというのならば、それは恐らく、俺のこの心がそう望んでいるのかもしれない。
「……まあ、それはそれで。この場所はこの場所なりに面白いものだしな」
 独りごちて頷くと、真言は留めていた足をゆっくりと動かした。
 この場所を訪れたのは今回で二度目になるのだが、まるで通い慣れた場であるかの如く、足はつらつらと前へ進む。未知なる場への躊躇や惑いは一つも無い。それは多分大路の造りが単調であるという事もあるのだろうが、何処か……そう、懐古を思わせる佇まいがそうさせているのかもしれない。
 路の向こう、ゆらゆらと揺れる幾つかの灯りが見えた。恐らくは件の妖怪達がまた何処ぞへと向かう途中なのだろう。
 灯は真言の方へ寄って来る事なく、大路の中央――四つ辻の傍らにある鄙びた家屋の中へと消えていった。
 再び灯り一つ無くなった大路の上を、夜の馨りを含んだ風が緩やかに流れていく。
 その風の中に響く幽かな鈴の音に気がつくと、真言は音がした方に目を遣ってふと足を留めた。其処には薄闇ばかりが漂い広がっていたが、真言はその闇の中を真っ直ぐに見据えて口を開けた。
「また会ったな」
 声を掛けると薄闇はゆらりと揺れて人の型を象った。
 現れたのは花魁姿の女だった。
「お久し振りでありんすねぇ、真言様」
「変わり無さそうだな、立藤」
「ホホ。久方振りの挨拶としては、いささか艶のないものでありんすねえ」
 立藤はそう云ってころころと笑うと、扇で口元を覆い隠して真言を見上げた。
 一筋の仄かな暗がりを思わせる漆黒色の双眸。真言はその眼差しを受け止めて頭を掻くと小さく頷いて歩みを進める。
 真言はその眼差しを真っ直ぐに受け止めて、それからゆったりと周りの景色を確かめた。
「正直、また此方へ来る事になるとは思わなかったが……まあ、嫌いな場所ではないしな」
 そう述べてから改めて立藤を一瞥し、ふと浮かんだ疑念を口にする。
「……今回俺が此方に来た事には理由があるのかもしれないな。……立藤、あんたもしかしてまた簪を落としたなんて云うんじゃないだろうな」
 訊ねると、立藤は扇の向こうで首を傾げて微笑み、小さくかぶりを振ってみせた。
「簪は、ここにありんすが」
 そう返して片腕を伸ばし、髪にさした簪に指を触れる。簪についている小さな鈴が音をたてた。
「そうか。なら俺は、」
「簪はここにありんすが、人探しをしているところでありんした」
 告げかけた真言の言葉をさえぎって、立藤がしゃなりと足を進める。
 真言は立藤の言葉に眉根を寄せると、確かめるような口調で静かに問いた。
「……人探しだって?」
「妖怪でありんすから、人と申すんは難でありんすかねえ」
「妖怪?」
 訊ねると、立藤は扇を退けて微笑み、小さく頷いた。
「姑獲鳥が先刻この前を通っていきんしたが、背負っていんした子ぉの草鞋を片方落とされていきんしてねえ」
 そう答えると、立藤は懐から小さな草鞋を取り出した。
「これを届けようと思うのでありんすが、はて、姑獲鳥は何処ぞへ行ったものか」
 微笑みまじりにそう述べて首を傾げる立藤に、真言は暫し思案した後に小さな溜め息を洩らした。
「ああ、成る程。今回俺が此方に来たのは、それが原因なのかもしれないな」
「……駄目でありんすか?」
 溜め息がてらそうごちる真言の顔を眺め、立藤はふと目を細ませる。真言は立藤のその視線を受けて微かにかぶりを振ると、
「いや、こうしてまた会ったのも縁だろう。……俺で手伝える事なら、何でも云ってくれ。力になるよ」
 真言のその言葉を聞くと、立藤は華やいだ笑みを浮かべて小さく頷き、「助かりんす」と礼を述べた。
「ところでその姑獲鳥だが、行き先には心当たりはないのか? 俺よりはあんたの方が此方には詳しいんだろうから、解る事があれば教えてほしい」
 訊ねると、立藤はしばし睫毛を伏せて思案した。
「此方で行く処と云えば茶屋ぐらいなもんでありんすが、姑獲鳥は、茶屋を過ぎて向こうの方へ向かって行きんした」
「茶屋? そんなものが此方にあるのか?」
「唯一つきりではありんすが」
 頷き、小さな笑みを洩らす。
「じゃあ、先ずはその茶屋に向かってみよう。……あんたはどうする? 一緒に行くか?」
 訊ねると、立藤は暫し思案してからかぶりを振った。
「茶屋には店主がありんしょう。わっち共は互いに浅い干渉しか持ってはならぬしきたりなんでありんすよ」
 立藤の微笑みが、僅かに憂いを滲ませる。真言はその微かな変化に気がつきはしたが、さほど深くは訊ねようとはせずに、只頷いた。
「そうか。なら、今回も俺が一人で行ってくるとしよう」
 前髪を掻きあげつつそう呟くと、真言は片手をついと差し伸べて揺らした。
「その草鞋、俺が預かっておく。姑獲鳥の顔は解らないが、子を抱いている妖怪なんだろうから、多分大丈夫だろう」
 立藤は草鞋を真言へと手渡して、つと軽く首を傾げた。そして、
「……矢張りわっちもご一緒いたしんす」
 そう告げて足を踏み出す。鈴の音が薄闇を揺らした。
「大丈夫なのか?」
 訊ねると、立藤は常通りの笑みで頷いた。
「こうしてわっちと会ってくださる、その礼でありんす」
「――――そうか」
 頷いて再び足を進める。立藤を気遣いつつ、何時もよりもゆったりとした歩調で。

 連れ立ってみたものの、言葉を交わすでもなしに薄闇を進む。程無く辿り着いた一軒の鄙びた棟を立藤が示したので、其処でようやくぽつりと言葉を交わしたくらいだった。
 その鄙びた棟こそが、この場所に在る唯一つきりの茶屋であった。たてつけの悪い戸板を引き開けると、中には人ならざる妖怪の面々があった。が、矢張り其処には姑獲鳥らしき顔は見当たらない。真言は酒で気を善くしている面々に礼を述べると、今度は幾らか慣れた手つきで戸板を閉めて店を後にした。
 茶屋――妖怪達の様子から、単純に茶を嗜む為の場所というよりは、どちらかといえば酒場に近い店なのだろうか。兎も角も茶屋から幾許か離れた柳の下で、立藤は真言を待っていた。
「矢張り居らなんだか」
 早々に茶屋を後にしてきた真言を見遣り、立藤はついと小首を傾げてみせた。
「この前を通って、どの大路を行ったんだ?」
 頷きつつそう訊ねると、立藤は艶やかな装束を纏った腕をすらりと持ち上げて大路の一つを指差した。
「そういえば、子ぉがぐずっていんして、姑獲鳥はそれを宥めておりんした」
 思い出したように告げた立藤のその言葉に、真言はふむと唸って大路を見据える。
 子供の泣き声は聞こえてはこないが、泣く子を宥めつつ大路を散歩していたのだとしたら、もしかしたらもうやがて此方へ折り返して来るかもしれない。
「大路の先は橋があるんだと云っていたな」
 真言の問いに立藤は言葉なく頷いた。それを確かめてから再び大路の向こうに目を向ける。
「だったら、もしかしたらもう此方へ戻って来ているかもしれないな。とりあえず進んでみよう」

 四つ辻を過ぎて大路を渡り、立藤が示した路へと踏み入る。とはいえ景観的にはさほど変化はなく、視界的に新鮮な印象を覚えるものがあるわけでもない。ただ其処彼処に漂う夜の風が、魑魅の気配を色濃いものへと染めていく。
「そういえば、あんたは何時も大路に居るのか?」
 真言の言葉が薄闇を揺らす。立藤はかぶりを振って小さく笑んだ。
「郭へあがっている時もありんすぇ」
「郭――? ああ、そうか……そうだよな」
 思わず口篭もった真言の心を知ってか、立藤はころころと笑いながら続ける。
「ぬし様も来てみんなんし。――ただ、郭での枠というものは覚えておいてくれなんし」
「枠?」
 訊ねるが、立藤は閉じていた扇で口元を隠して艶然と微笑むばかり。
 真言はしばし立藤の顔を眺めていたが、答えのないのを知ると、再び黙して足を進めた。
 ――――と。
 流れる夜風に入り混じり、微かな歌声がさわめいているのが聞こえた。
「あれ、姑獲鳥が見つかりんした」
 歌声の主は一見人間の女に見えなくもない見目の妖怪だった。が、よく見ればその腕は確かに羽毛で覆われていて、眼は鳥のものだった。
 姑獲鳥は立藤を見とめると静かに笑いながら此方へと歩み寄り、子供の草鞋を受け取ってから丁寧に頭をさげた。
「この子が眠いと泣きやまず、寝つくまでと思い散歩しておりました。ああ、有難う御座います」
 そう述べて何度か頭をさげると、姑獲鳥は二人を残して再び薄闇の中へと消えていった。

 再び二人きりとなった中で、真言は小さな溜め息を洩らして頭を掻いた。
「なあ、ところであんたがさっき云っていた”枠”っていうのはなんなんだ?」
 問うと、立藤はふうと笑って扇を閉じる。ぱちりと閉じた扇のその音と共に、それまでは静寂そのものであった薄闇が大きく揺れて風を成した。
「登楼に関心がありんしたら、仲を通って来んなんし。わっちは張見世におりんすが、わっち以外に好いた太夫がありんしたらそっちを呼べばよし。わっちでも他の太夫でも、選ぶ時は心をこめて決めなんし」
 その言葉と共に、それまではただ真っ直ぐに伸びていたばかりの大路に、横へと通じる路が開けた。 
 突如現れた横道の両脇にはぽつぽつとぶらさがった提灯の灯が見える。
 人気はないようだが、何故かその路の奥から鼻をくすぐる芳香が流れてきているのが分かった。
 真言がその横道に目を奪われているのを確かめて、立藤はついとその路の方へと足を向ける。提灯の赤い灯りが、立藤の艶やかな顔をほんのりと照らし出している。
「立藤?」
 名前を呼ぶが、立藤は閉じた扇をゆらゆらと揺らして微笑むばかりで、足を留めようとはしなかった。
「たちふ――」
 再びその名を呼んだ時、再び空気が大きく震え、そうしてその横道はゆっくりと失せていった。

 ごうん

 門が閉じるような音がして、風が束の間大きく揺れる。
 束の間瞬きをして、再び目を開けた時には、横道はもう見当たらなかった。
 立藤の姿もなく、あるのは矢張り、安穏とした薄闇ばかり。
 僅か戸惑う真言の耳を、小さな鈴の音をのせた夜風が撫でていく。  





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】

NPC:立藤

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■         ライター通信          ■
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お世話さまです。続けてのおめもじ、光栄に思う所存です。
さて、今回のこのシナリオで、真言さまは立藤と二度目の面識を選んでくださいました。
よって真言さまには立藤シナリオにおける新しい展開の幕をご用意させていただきました。
つまり、郭=遊郭へ通じる横道が出現したということになります。
もしも次回再び足をお運びいただけるのでしたら、ご希望がありましたらそちらでの場面描写というものも可能となりますので、ご一考くださいませ。

なお、立藤が申しましたものは、郭遊びのルールのようなものを示したものです。
郭では一度目通りした太夫は以降変えてはならぬというルールのようなものがあります。
とはいえ、このシナリオはあくまでも私の異界のみにて適用されるものですから、このルールはさほど気にされる必要もないのですけれども。

それでは、また機会がありましたら、御声などいただければと思います。
このたびはありがとうございました。