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<東京怪談・PCゲームノベル>


【風の瞬き−影を慕いて−】


序.


 夜の公園は、外灯が灯っているといえど暗いことに変わりはない。
 人の気配がほとんどない公園は昼間と違い、ある種不気味な印象を与える。

 ――そんな、公園で。
 最近、何者かに人や動物が襲われるという事件が続いていた。
 初め、被害はそう大きくなかった。
 突然背中を叩かれるとか、水をかけられる、小石を投げつけられる…などであった。
 だがそれは段々とエスカレートしていき、ついに重傷を負った人まで出てしまった。
 警察は『連続通り魔』として捜査をしているが、犯人を見つけ出すに至っていない。
 事件が続く内に段々と、夜にその公園に近づく者は減っていった。



◆◆◆



 「遅くなってしまったな……」
 ある日の夜。櫻・紫桜(さくら・しおう)は、彼の通り魔で有名になった公園に来ていた。
 学校の帰り道、本屋に寄っていたら思ったよりも時間が遅くなってしまい、近道をして帰ろうと思って公園の側を通ったのだ。
 公園の前までの道では、何人かの人とすれ違ったりしたが、こちらに来た途端人っ子一人見当たらない。以前なら仕事や学校帰りの人が何人かいたのだが…事件のせいで公園から足を遠ざける人がほとんどのようだ。
 何度か足を運んだことのあるその場所は、以前は感じなかった、夜の暗さだけではない暗さを感じさせた。
 「……通り魔、か」
 紫桜はそう呟くと、早く帰るつもりであったのに、足は誘われるように公園内へと向かって行った。

 静かなものだった。この静けさの中に、もしかしたら、人々を襲った者が潜んでいるかもしれない。
 (最初の方の被害を考えたら、小さい子供のいたずらかと思いますけど…被害者の特徴がバラバラだったりしたらサルとかかな?…見えなかった、分からなかったというのが気になるが……)
 頼りなげな外灯の下、紫桜はそんなことを考えながら公園内をぐるりと見回した。
 通り魔の正体がどうであれ、早く捕まることに越したことはない…。
 そう思い、一つ小さく息をつく。すると、不意に隣から声をかけられた。
 「あんた、こんな時間にココで何してるの?危ないよ?」
 驚いて振り向いた先には、10歳前後の少年がからかうような微笑を浮かべて立っていた。
 「……君、は……?」
 先ほどまでは何の気配もなかったというのに、いつの間に少年はいたのだろう。紫桜が微かに警戒を滲ませて声を発すると、少年は「うん?」と首を傾げた。
 「俺?俺は、ちょっとココに用があってさ」
 そう話す少年から害意や殺気などは感じなかった。紫桜は、ひとまず警戒を解くことにする。
 「ここに用が…?…君みたいな子が、夜に通り魔で評判の公園にいるのは危ないんじゃないかな」
 自分も人のことは言えないが。
 内心そう思いながらも言った紫桜の言葉に、少年はきょとんとした顔をする。そして、納得したような顔をした後にくすくす笑い出した。
 「んー、まぁそうだよな。そう思われても仕方ないよなぁ」
 でもこの姿が一番動きやすいんだよな、と紫桜にとってはわけのわからないことを呟く。
 紫桜はそんな少年を不思議そうに見つめながら、ぽつりと言った。
 「もしかして、例の通り魔のことを調べに?」
 「うんそう。…まぁ調べにというか、確認しに、というか。あんたも?」
 あっさりと肯定した少年に、紫桜は少々拍子抜けして彼を見遣る。
 「いや、俺は近道をしようと思って、偶然通りかかっただけなんだが」
 「ふうん、そうなのか」
 少年は微笑んだまま、小首を小さく傾げた。
 「――ま、用がないんなら、早く帰ったがいいよ」
 「危ないから?」
 先ほどの少年の言葉を思い起こしながら紫桜は言った。
 「そ。危ないから…あんたを狙って、アレが来るかもしれないから」
 「アレ……?」
 「アレはな――隠れるのが、上手いんだ。そして、ヒトに惹かれるんだな」
 だから、アレとは何なのだ―そう紫桜が問おうとすると、少年が言葉を続けた。
 「カゲトリ…名前そのまんま、影の中で生きる妖(あやかし)だよ」
 「あやか…し?それが…通り魔の正体だと?」
 「多分な。俺は事件が始まってからココに来るのは初めてだから、確証はないんだけど」
 落ち着いた様子で公園内を見渡す少年を紫桜はまじまじと見詰めた。
 (この子は…何者なんだ…?)


 紫桜がそう疑問に思ったその時、それまで穏やかだった空気が不穏に震えた。
 それは微かな気配だったが、背後に何かを感じ取った紫桜は素早く振り向いた。だが、目にした「彼」に対して一瞬困惑する。
 突然現れたその人は、この公園で何度か見かけたことがある男性だった。手には棍棒のような物を持っている。
 彼が通り魔?いや、さっきこの子が妖だと言っていなかったか……。
思わず考え込んでしまった紫桜に、横から鋭い声で「下がれ!」と少年が叫んだ。
 (?!)
 その声に紫桜が素早く身を後ろに引くと、先ほどまで紫桜が立っていた場所に「彼」が勢いよく棒を振り下ろした。地面を叩く鈍い音が耳に届く。
 内心やや混乱しながらも、反射的に臨戦態勢を取った紫桜から、「彼」は地面を滑るようにして遠ざかった。
 「お早いお出ましだったな。あんたに引かれたかな」
 いつの間にか紫桜のすぐ隣に来ている少年が視線をぴたりと「彼」に向けたまま話す。
 「さっき犯人は妖だと言ってなかったか?…彼は、よくこの公園で見かけたことがある人だが」
 少年は紫桜をちらりと見遣り、すぐまた「彼」の方を向いて言う。
 「よく見てみろよ。あんたなら、わかるんじゃないか」
 「よく……」
 そう言われ、もう一度「彼」を見る。先ほどは困惑していたからか、はっきりとわからなかったが、紫桜が目にしている「彼」は人ではなかった。霊や力場の類を見ることができる紫桜の目には、「彼」の周囲を取り巻くどす黒い気が映っていた。
 「あいつはな、人や物、木なんかの影を喰っていって自分の身体を形成していくんだ。名前まんまだな。そうして、喰った影の持ち主を象ることができる。特に襲う対象が知っている者の影を喰ってるなら、油断させるためにそいつの姿になるんだ」
 「影を、喰う……」
 淡々と話す風見の話を聞きながら、紫桜はそれまで不思議に思っていた通り魔の事件に合点がいった。
 「なるほど…だから、被害者によって犯人像が違ったのか」
 「そーゆーこと」
 一変して張り詰めた空気になった中で、公園の木々たちが不安そうにさざめく。
 影取はこちらの出方を窺うように、腰をやや屈めた体制のまま動かない。紫桜は、間合いを計りながら一歩、足を踏み出す。そして影取に話しかけた。
 「何故人を襲ったりしたのですか」
 「……」
 紫桜の言葉に反応するように、影取がぴくりと動いた。だが、何も言わずにこちらを見つめているだけである。微かに眉を寄せた紫桜がもう一度同じ問いを発しようとすると、隣の少年が口を開いた。
 「こいつはヒトの言葉は話せないよ。理解できてるかも危うい」
 「――そうなのか?」
 「いわゆる“知能”っていうのが低いんだ。ほぼ本能で生きてる」
 侮蔑するでもなく、淡々と話す少年に紫桜は問いかける。
 「……では理由もなく、ただ人を襲っていたのか?」
 「いたずらみたいなものなんだろう…でも、影を喰う内に力が付いてきて」
 「いたずらで済む程度じゃなくなった…か」
 「うぅ……!」
 掛かってこない二人に痺れを切らしたのか、呻くようなくぐもった声を発した影取は真っ直ぐに紫桜目掛けて突進してきた。
 勢い良く振り回される棍棒を、紫桜はしなやかな動きでかわす。
 一撃、二撃、三撃、と続く攻撃を次々とかわしていく紫桜に、影取は苛立っている様子だった。
 だが、紫桜の方もかわしながらでは、中々攻撃を仕掛けるタイミングを摑めずにいた。
 「これじゃぁ埒があかないな……」
 静かに呟かれた紫桜の声に応えるように、紫桜と影取から少し離れた所から、鞭のようなものが彼らの間に伸びて地面を弾いた。
 「「!」」
 反射的に動きを止めた二人は、鞭が伸びてきた方に目を向けた。
 そこには少年が真っ直ぐに影取に視線を止めて立っていた。緩やかな風が少年の足元から起こり、彼の右手の平に集まっているように見える。
 「……君は」
 紫桜が驚いたように少年に声をかけると、少し笑って言葉を返した。
 「見物してようかなーと思ったけど、加勢したがいいかな」
 少年はそう言うと、ふわりとその場から消えて――影取の斜め上の空中にその身を浮かばせた。
 少年の右手に集まった風は、細い紐―鞭のような形になり、ぱしん と軽い音を響かせて影取を捕らえた。
 「うぅ……?!」
 不愉快そうに呻きをあげる影取だが、もがいてもその身を締め付けるだけのようだった。
 突然のことにどうするか一瞬迷った紫桜だったが、少年の目配せを見て小さく頷くと片足を後ろに引き、構えを取る。
 そうして、ばたばたともがく影取に、紫桜は正面から『気』を込めた拳を叩き込んだ。
 ぱん、と。
 数倍もの威力と、霊的な力を込めた正拳を受け、薄い硝子が割れるように影取は砕けた。
 そして、散り散りになった破片は風に攫われて、あっけなく消えていった。


 「……ありがとう、助かった」
 その様子を見終えた紫桜が少年に声をかけると、彼はこちらを振り向いてにこりと笑った。
 「こちらこそ」
 「君は……何者なんだ?」
 「俺?俺は、妖怪。さっきのヤツと、同類といっちゃー同類か」
 さらりと言う少年に、紫桜は少し気抜けして彼を見つめた。
 (風を使う妖怪、か……)
 「なぁ、名前聞いてもいいか?俺は、風見(かざみ)」
 「……櫻、紫桜」
 「ふうん…綺麗な名前」
 素直な調子でそう言った風見の言葉に、紫桜は微かに照れを感じながら「どうも」と返した。
 風見はそんな彼の様子を見て微かに笑ったあと、夜空を仰ぎ見て言う。
 「あー、さっきより結構暗くなってきたな……」
 「…しまった、早く帰らないと」
 当初、近道をするためにここを通ったのだと思い出した紫桜はぽつりと呟いた。
 「お、帰るか。気をつけてな」
 風見は紫桜を見上げて言う。自分よりも年下の外見である風見だが、紫桜は年長者から言われている心持になった。
 (妖怪だというから……年は俺よりも上なのかもしれないな)
 「ああ。風見…君、も気をつけて。…じゃぁ」
 会釈をする紫桜に、風見はひらひらと手を振って「じゃーなー」と言った。
 今度は真っ直ぐ帰ろう。
 そう思いながら、自宅への道を歩いていく紫桜の背中を見送りながら、風見は口元に笑みを浮かべて呟いた。
 「縁があったらまた……会うかも、な」
 すると、一陣の風と共に風見はその場から姿を消した。

 誰もいなくなった公園には、穏やかな静けさだけが残った。




了.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5453 / 櫻・紫桜 / 男性 / 15歳 / 高校生 】

NPC:風見

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ご参加ありがとうございました。ライターの佳崎翠と申します。
今回は大変大変お待たせしてしまい、本当に申し訳ございませんでした…!!
少しでも楽しんで頂けるとよいのですが…(汗)

妖怪の風見と関っていく話の第一弾でしたが、楽しんで頂けたでしょうか?
もし宜しければご意見ご感想などお聞かせください。今後の参考に致します。
それではこれにて失礼致します。