コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 守永透子は振り向く。
 空耳だったのだろうか?
(? 確かに鈴の音がしたような……)
 だが気のせいかもしれない。あんな小さな音に気づくほうがおかしいのかもしれないのだ。
 疑問に思いながら歩き出す透子の横を、す、と誰かが通り過ぎる。ちりん、と音がした。
 思わず透子は、また、振り向く。
 深い紫の学生服は、まるで軍服のようにも見えた。変わった制服である。
 穏やかな笑みを浮かべた少年は透子の視線に気づくことなくそのまま歩き去った。
(綺麗な男の子だったけど……)
 烏が、電線にとまって鳴いている――――。



 透子は誰かに手を引かれて歩いていた。
 なんで自分は裸足なんだろう。地面がとても冷たいのに。
 どうしてこんな暗い中を歩いているんだろう。目的地などないのに。
 透子を引く手は闇の中にあって、透子からは見えない。
 目を凝らしても。
 見えない。
「……?」
 怪訝そうに眉をひそめる透子。
 だいたいなぜ自分はこの相手に引かれている? 知っているような気がしないのに。
 男は笑っていた。
 なぜ笑っているような気がしたんだろう。相手は闇の中なのに。
 街灯の明かりが男を避ける。だから、男は、ずっと闇の中。
 ひたひたと歩く透子は階段をあがる。確かこの先には小さな神社があったはずだ。
 鳥居をくぐり、入って行く透子。
 いとしいひと。
 と、透子に男は囁いた。
 なんだろう。透子はぼんやりとする意識で男を見た。
 だがどこかでわかっている。このまま行けば、帰れなくなることは。
 抵抗することすらできずに透子は手を引かれる。
 鳥居を、完全に後にした時だ。
「可愛い娘さんを連れて、逢引かな?」
 明るい、だが優しい声が背後でした。男が驚いて振り向く。
 鳥居に背をあずけていた少年が、姿勢を正して歩いてくる。
「ボクも野暮じゃないんでね、逢引なら見逃してあげるけど…………そうじゃないでしょ」
 にっこりと微笑んだ彼の顔つきが変わる。愉しそうに目を細めた。
「東京ってほんとに怖いとこだな。妖魔がうろうろしてるのに、誰も気づかないなんて」
「お、おばえ……だ、だれだ……?」
「あれ? まともに喋れないの?」
 驚く少年は、濁った声で喋る男を嘲笑った。
「あはは。なるほどね。醜いから、綺麗なものが欲しいってわけか。心理はよくわかるよ」
「だ、だれだ……」
「ごめんごめん。ちゃんと自己紹介するって」
 彼の足もとにあった、月の光によってできた彼の影が……ざわつく。
 波を立て、浮き上がり、彼の手に形を作っておさまったのだ。
 その武器はどこもかしこも黒一色。影で作られた刀だ。
「退魔士だよ。遠逆欠月っていうんだ。よろしく」
 笑顔で言う彼を、男は怯えたように見た。
「だ、だいばじ……?」
「そう。キミを退治する者かな?」
「だ、だいじ……!」
 びくっと反応して、男は透子の手を強く握った。痛みが走ったはずだが、透子の意識ははっきりしない。
 欠月は少しムッとしたような表情になる。
「女性の手をそんなに強く握るのは、あまり感心しないな」
「お、おばえ……がえれ!」
「かえれ? なんで?」
「ご、ごの女、ゴロす……!」
「………………」
 黙ってしまった欠月は、やがて肩をすくめて両手を広げた。
「ああそう。どうぞご勝手に」
「え……?」
「ボクは正義の味方じゃないんでね。巻き込まれた人間は、自分の不注意なんだから知ったことじゃないよ」
「お、おばえ……だいまじ……」
「そうだよ。妖魔を退治する人だ。人間を助ける人じゃないよ」
 薄く笑う欠月の声が、神社に響く。
 透子はぼんやりした瞳で欠月を見ていた。どういう状況なんだろうか? 自分を見捨てるようなことを彼は言っている気がする。
(私……なにを……? ええっと……そうだ…………この男から逃げなきゃ……)
 だから息を吐く。痺れればきっと、この手を離してくれるはずだ。
 逃げなければ。
 呼吸に込めた力に、男が怪訝そうにして手を震わせた。
(あ……夢じゃないのね、やはり。私の力……ちゃんと効いてるみたい…………)
 突然の痺れと、目の前の少年の理解できない言動に動揺する男に欠月は近づく。
「ああそうだ」
 すいっと人差し指を空に向けた。
 男は疑問符を浮かべて欠月の指を見て、それから空を見上げる。
「いい月夜だね」
 ごとん――――。
 なにが起こった?
 男は不思議そうに欠月を見る。いや、見ようとした。
 欠月は薄く笑っている。その腕には透子がいた。
 男は己の手を見ようとする。だが見えない。見えているのは、逆さま?
 ――地面しか見えない。



 瞬きをした透子は「え?」と思ってしまう。自分は誰かに背負われていた。
(だ、誰!?)
 身を離そうとすると、彼は小さく言う。
「落とすよ」
「ええっ!」
 困惑する透子に彼は笑ってみせた。
「冗談だよ。女の子をこんなところで落とさないって」
「こんなところ……?」
 周囲を見遣る。夜中の道だ。どうしてこんなところにいるんだろう? しかも、なぜ。
(私……パジャマ……?)
 頬を赤らめる。
 ぼんやりした記憶を辿り、透子は彼に尋ねた。
「あの……遠逆さん?」
「はい?」
 ひょうきんな声で応えてくる欠月に、透子は困ってしまう。
「さっきのは……なんですか?」
「さっきの? ああ、キミを連れて行った男?」
「はい」
「あれはね、鬼」
「おに? 鬼というと……あの、頭に角のあるあれですか?」
「ああいうのとは違うけどね。他に言いようがないから」
「…………」
 見たところ透子と年が離れていない。同じ高校生だろう。
 人差し指をあげた欠月に、男はつられるようにして空を見上げた。だが意識がはっきりしていなかった透子は欠月を見ていた。
 彼は一瞬で男に近づき、透子を奪った。奪うと同時に男の首を刎ねたのである。
 彼は元の場所に一瞬で戻った。まるで動いていないかのような、行動の速さだったのだ。
(不思議な人……。悪い人ではないようだけど……)
「意識があったとは思わなかったな。ボクの名前、聞いてたんだ」
「はい……全部」
「はは。そっか」
 軽く笑う欠月はまったく悪びれた様子がない。透子を殺してもいいと発言したことに対して、言い訳すらしないようだ。
「私……守永透子といいます。助けてくださって、ありがとうございました」
「べつにお礼はいらないよ。ついでに助けただけだしね」
「そっ、そうですか……」
「冗談だって。ちゃんと助ける気だったから」
 ……とんでもなく嘘くさかった。

「へえ。大きな家に住んでるんだね、守永さんは」
「そ、そうでしょうか……」
 透子は家があまり好きではない。屋敷に目も向けなかった。
 欠月は透子を降ろしてハァーと溜息をついて自身の肩に手を置く。そのしぐさに透子は申し訳なくなった。
「あの……ごめんなさい。重かったですよね……」
「うん」
 さらりと言われて透子は少しショックを受ける。人間なのだから重いに決まっているのだが、こうもはっきり言われると複雑だ。
「面白い人だね、守永さんて。重いわけないじゃないか、女の子の一人くらい」
「……じ、冗談だったの!?」
「うん」
 にっこりと笑顔で言う欠月に、透子は奇妙な表情を浮かべた。理解できない……そう思う。
(へ、変な人……)
「あの……訊いてもいいですか?」
「どーぞ?」
 くすくす笑いながら欠月は笑顔で返事をした。
「退魔士って、なんですか?」
「妖魔を退治する人」
「妖魔?」
「憑物とも言うね、うちは」
「憑物?」
「人に取り憑いて悪事を働いたりする悪霊とか、妖怪とか、魔物の類いかな」
「そ、そんな危険なものを退治するお仕事を、しているんですか?」
「うん」
「な、なんでそんなあっさり……」
 さっきから思っていたのだが、欠月はなんでもさらっと言うようだ。
「ああそうだ。なにか奇妙なこととかあったら、ボクに教えてくれると嬉しいな」
「? 奇妙な、ことですか?」
「うん。憑物封印をしてるんだよ、ボク」
 また、知らない単語が出た。透子はなんだか高揚してくる気持ちを抑えつける。
「憑物封印って?」
「ここ東京で四十四体の憑物を封じるのが、ボクのお仕事」
「そ……うなんですか?」
「そうなんですよ、守永さん」
 口調を真似られて、透子が少し顔をしかめた。それを見て彼は甘く微笑む。
(わ、わかっててやってるんだわ、この人……!)
 タチの悪い!
(す、少しばかり顔がいいからって……性格が悪すぎる!)
 実際、欠月は美少年だったが透子は認めたくない。
 けれどそれでも、透子が求めてしまう、『非日常』に住んでいるのだ。興味を持ってしまうのはしょうがない。
「一年前にも来たんだけど、あんまり憶えてなくてね。また奇妙なことがあれば」
 欠月は目を細めた。歪めた、という表現がぴったりである。
「きっとボクに会えるよ?」
「…………」
「冗談だって。そんな怖い顔しないでよ。まあ、極力変な感じがしたら逃げるんだね。ボクは責任とれないんだからさ」
「……見捨てるんですか?」
「さあ? それは状況にもよるかな」
「………………わかりました」
 ぽつりと呟いた透子の言葉に欠月は不思議そうに瞬きした。
「なにかあったら、きっと知らせます」
「ボクの言ってること聞いてた? 逃げてって言ったつもりだったんだけどな」
 呆れる欠月はくるりと背を向けて歩き出す。
「じゃあね。危ないと思ったら逃げるように」
「遠逆さんは、いつもあんな危険なことをしているんですか……?」
 問いかけに欠月の足が止まった。
「まあね、あれがお仕事だし」
「でも仕事だからって……」
「もう一つ理由があるんだ」
「え?」
 欠月は振り向く。
 今さら、気づいた。
(い、色が違う……)
 彼は紫と茶の瞳をしているのだ。あまりにも差のある、目の色彩。
「記憶がちょっと無くなっててね。事故、ってやつに近いんだけどさ。
 だから一年前と同じことをすればもしかしてっていう……甘い考えさ」
「と、遠逆さ……」
 欠月は再び背を向けた。刹那――。
 ちりん。
 一瞬で欠月の姿が忽然とそこから消えていた。
 まるで、今まで透子が見ていたものが幻だったような気さえしてくる。
 けれども幻などではない。
 透子は空の月を見上げる。
「遠逆……欠月さん、か――――」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/16/高校生】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 欠月との出会い、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!