コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


ファイル-4 疑心。


 殴られたような感覚に体が過剰反応する。
「………………っ」
 明かりのない部屋で、斎月は焼けるような腕の痛みに必死に耐えていた。
 左腕に這うように描かれているのは、黒き蛇の刺青。
 これが何を示すものなのかは、特捜部の人間は知らない。
 おそらく、槻哉でさえも――。
「……、………ゆき…」
 頬に汗を滲ませながら、天を見上げ漏らした独り言は失ったものの名。
 斎月の全てであった存在。
 掻き消すことの出来ない、その影。

 逃げられない。
 斎月はどこにも逃げることが出来ない。
 だから――進むしかないのだ。『自分を終わらせるため』の道を。

「そろそろ……潮時なんだな、本当に…」

 その呟きは、酷く悲しい響きだった。



「……斎月が、いなくなった……?」
 そう言うのは息を切らしながら司令室へと飛び込んできた早畝だった。どうやら学校を早退してきたらしい。
 彼の視線の先には穏やかな雰囲気は何処にも伺えない槻哉がいる。
 ナガレの姿が無いところを見ると、斎月を探しに出ているのだろう。
「……斎月だけじゃないんだ、早畝。特捜部の重要データまで…綺麗に無くなっている」
「それって……どういうこと? まさか斎月が……?」
「………………」
 早畝の言葉に槻哉は眉根を寄せたままで答えようとはしなかった。
 斎月と槻哉は昔からの長い付き合いだ。幼馴染と言っていいほどの。普段それほど仲が良さ気には見えなかった二人ではあるが、それはお互いが信頼している証なのだと、早畝は信じて疑わずに居た。
「俺、探して……」
「――待ってくれ、早畝」
 いつものソファの上に、早畝は鞄を放り投げてそのまま司令室を後にしようとしたが槻哉がそれを止める。簡単が言葉だが、言い返せないような重みがあった。だから早畝は自分の足を止めた。
「槻哉が……行くんだね」
「ああ……」
 早畝は自分を落ち着かせ、槻哉の心情を読み取った。そして自分が残る姿勢を見せて、努めて明るく彼を送り出すために笑った。
「……待ってるから」
「――有難う、早畝」
 早畝の言葉に槻哉もうっすらと笑った。そしてデスクの引き出しから取り出したものは、一つの銃。冷たいそれを強く握り締めて槻哉は司令室の扉を開けた。
 ――そんな、時だ。
「…………あ」
 突然開かれた扉に驚き小さな声を上げた存在が居る。
「君は……」
 槻哉は目の前に現れた存在に、少しだけ張り詰めた自分の空気を緩ませた。
 そこには斎月が何度か行動をともにしたことのある人物――曙紅の姿があったのだ。
「斎月、居ない……消えた……?」
 槻哉を見上げて口から漏れた言葉はそんな音。
 曙紅は扉を叩く前に、槻哉と早畝の会話を聞いていたのかもしれない。
「ええと……クロ君、と呼んでもいいのかな。その……斎月はね…」
「斎月……言いたいこと、有る。だから、探す。一緒に行ってもいい?」
 槻哉が説明に困ったようにしていると、曙紅は片言で自分の意思を伝えてくる。真剣な目つき。
 彼にはおそらく、嘘は通用しない。
 そう、槻哉は感じ取り溜息を吐く。
「正直言うと、特捜部以外の人間を巻き込みたくは無い。――だが、君は斎月を何度か助けてくれたね。……だから、連れて行くよ」
 槻哉の言葉は心なしか冷たかった。おそらく平静を装っている余裕がいつもより削られているためなのだろう。
 そんな槻哉の言葉にひるむこともなく、曙紅は承諾してくれた彼に一瞬だけ表情を緩ませた。そして先へ進む槻哉の後に遅れることなくついて行く。
 そんな二人の背を見送るのは、居残りを決めた早畝一人だけだった。


 曙紅を自分の車の助手席に乗せた槻哉は、彼に詳細を伝えた。
 斎月から届いた一通のメール。それには一言、『さよなら』しか綴られてなかった。
 不審に思った槻哉が特捜部内を調べると、重要データが保管されていた部屋が荒らされておりそして斎月の登録データは抹消されていた。
「……裏切り、何処にでも良くある話……だけど、斎月は……」
 ぽつり、と独り言のように。
 流れる景色に目をやったままの曙紅は酷く冷静に言葉を漏らす。それでも、彼は斎月を『信じたい』と言う気持ちがあるのか最後の言葉を濁らせる。
 回数で言えば、斎月と顔をあわせ彼に協力したのは二回だけ。お互いを深く知らずに迂闊に相手を信じると痛い目を見るということくらいは曙紅にもよく解ること。骨身に沁み込んでいるといったほうが早いか。だが、『斎月』と言う人物は何か、不思議な存在感があった。
 決定的な事があったわけではない。それでも『信じたい』という気持ちのほうが強いままなのは何故なのだろうか。
「君が思い抱く感情はよく解るよ。僕だって同じだ。……信用していたんだよ、彼を。とてもね」
「………………」
 そう静かに語る槻哉の姿を、曙紅は黙ったままで見つめた。そして、穏やかそうに見える特捜部の司令塔は、芯の強い人物なのだろうとぼんやりと心の中で理解する。
 曙紅の心中は、複雑だった。
 もし斎月が本当に裏切りを働いたとしていて、槻哉と正反対の立場で対峙すると言うことになれば自分はどうしたらいいのだろうか。
「斎月行く場所、心当たりは? 僕、裏社会関係は……少し分かるけど……」
 沈黙が訪れることを避けてか、曙紅がそんな事を言い出す。
 槻哉はそれにちらりと視線を動かしただけで、小さく首を振った。
「心当たりはね、あり過ぎて困っているんだ。そしてそれはおそらく、間違いではない。……君も立場上複雑だろうから、もし危ないと思ったら僕に構わず自分のいい方へと動くといい」
「――――」
 曙紅は自分の素性を彼らに伝えたことは一度も無い。だが、槻哉と言う人物は何処まで情報網が広いのか。この口ぶりでは曙紅がどういった人物であるかと言うことは有る程度把握しているのだろう。口に出さないのは彼自身を気遣っている為か。
 それと同時に感じ取った、槻哉からの殺気――。
 もう一度曙紅は槻哉を見る。すると彼は真っ直ぐ前を見据えたままで、瞳が凍りついたように冷たかった。彼は既に、『覚悟』を決めている。それが何とは、到底問えるはずも無く。
「……僕にとって邪魔になる奴、遭ったら消す気で掛かる。それだけ」
 曙紅は小さく、そう伝えた。槻哉からの返事は無い。
 そしてその後はろくに会話も無いまま、槻哉の運転する車は徐々に人気の無い道へと進んでいった。

 仄暗い倉庫のような大きな建物。
 其処に佇むのは特捜部から姿を消した、斎月だ。
「………………」
 彼以外に人気は無い。だが、何か異質な空気が張り詰めたままだ。
 じわじわと痛むのは腕の刺青。
 右手に握られているのは特捜から支給されていた銃。
 斎月は俯いたままで、くっ、と哂った。
「――解ってる、解ってるから……急かすなよ。もう……これで終わりなんだから」
 その言葉に返事は無い。まるで、姿無き何かに語りかけるかのようなそんな言葉だった。
 コツ、と静かに響き渡ったのは足音。
 それに視線を移せば其処には――嫌になるほど知りすぎた昔馴染みの影。
 そして。
「……クロ……」
 斎月は別段驚いた様子も見せなかった。もしかしたら予測していたのかもしれない。よく見ると、安心しきったような、そんな表情をしている。
「斎月……」
 曙紅は思わず彼の名を呼ぶ。
 隣に立っている槻哉は何も言わずに斎月を見つめるだけだった。
「来たのは、お前らだけか……」
 斎月はまた、小さく笑った。ゆらり、と動く彼には気の抜けたような雰囲気があるが、決して戦意が無いわけではない。逆にそれが怖い、と思わせるほどだ。
「――斎月、君は其処で何をしている?」
 静まり返った建物の中で、槻哉がそう問いかける。
「見れば解るだろ。俺は此処で――お前を殺す」
 槻哉の問いに応える斎月の表情は、今まで見せたことの無いものだった。瞳が獣のように光り、残忍な輝きを放っている。にやり、と笑った彼は槻哉に向かい、躊躇いも無く手にしていた銃を突きつけた。
「………………」
 曙紅は何も言えずに、その場に佇んだままだった。自分には踏み入れられない問題だと悟っているのだろうか。
「――クロ。お前は……どうして此処に来た?」
「!」
 急に自分へと視線を向けられ、曙紅の内心が酷く跳ねる。
 視線が合ったその瞬間に感じられたものは、『いつもの彼』。
「自分で、ありがとう、伝えたかった。だから、槻哉についてきた」
 斎月の瞳を見つめたままで、曙紅は静かに彼の問いに答えた。
 以前曙紅は、とある男に斎月への伝言を頼んだことがあった。彼はそれをきちんと届けてくれたのだが、その後どうしても自分の言葉で斎月に伝えなくてはならないと感じた。だから、特捜部に足を向けたのだ。
 今思い返せば虫の報せ――だったのかもしれない。
「……律儀な奴だな」
 斎月がそういいながら笑った。以前の彼のままで。
 だから曙紅は、まだ彼を信じていた。
「斎月、何を終わらせる気? 特捜部から消えたのは、槻哉たちに迷惑、かけたくないから?」
「――――」
 曙紅は自分の感じ取ったままを、口にした。
 それに驚いたのは槻哉と斎月本人だった。
「詳しいこと、知りたいとは思わない。斎月、僕に何も訊かなかった。だから、訊かない」
「クロ……お前って奴は……」
 斎月は自嘲気味に笑った。
 そして槻哉に向かって突きつけていた銃を、ゆっくりと降ろす。
「……槻哉。お前最初ッから俺を疑ってたんだろ? 何で泳がせてた?」
「君を、信じてるからだよ。今でも」
 槻哉は冷静だった。
 斎月に問いかけられても、少しも動じることは無かった。
 それが逆に、斎月を苛立たせる。
「――お前らって、本当に馬鹿だよな。そんなんだから……少しずつ、大事なものが無くなっていくんだよ。……わかんねーのか?」
「解っているよ。だけど、君を罰することは出来ない。君は今でも、特捜部にとって必要な人材……」
「――っ、甘いこと言ってんじゃねぇよ!! お前を見てると吐きそうになる…! いっつも善人みたいな面しやがって……! 俺はお前の全てを奪った組織の一員で、早畝の家族を殺した張本人なんだぞ!!」
 斎月の口から告げられた真実。その言葉に、槻哉は僅かに身体を奮わせた。それを確認できたのは隣にいた曙紅のみだった。
 あまりの事に、曙紅は言葉を失ったままでいる。だが、彼には一つ解ったことがあった。
「……斎月。僕がそんな昔のことをいつまでも根に持つ人間だと思っていたのかい?」
「…………!?」
 叩きつけられた言葉に槻哉は静かに答えた。その顔が酷く冷酷に見えて、斎月も言葉を失う。
「斎月……自分の手、見てるの怖くなった? 犯した罪を、誰も咎めてくれなくて、赦してくれるあの場所が、怖かった?」
 止めのような言葉を、曙紅に刺された。
 どうして、自分に拘った人間がこうも悉く――『馬鹿』なのか。
 平然と、血で染まった手を隠したままで騙し続けてきたと言うのに。
 斎月はその場で、がくりと膝を突く。
「……クロ、お前の言うとおりだ」
 俯いた斎月はまた、笑っていた。
 その瞬間に、曙紅が気づいたモノがある。
「………………」
 自然に隠し持っている鋼糸へと指が動く。それは彼にとって当たり前の行動だった。
「槻哉、動かないで。動いたらあんたも死ぬよ」
「……え?」
 曙紅は口早に槻哉にそう告げると、その場から姿を消した。瞬間移動にも見えるそれは、彼の身体に叩き込まれた殺人術の賜物だった。
「……クロ……!?」
 突然の曙紅の行動に、斎月も驚くがその場から動けなかった。鋼糸が斎月の身体を固定するかのように張り巡らされていたからだ。
「――邪魔するもの、排除する」
 小さくそう口にした曙紅は、一度高く空を飛んだ後、着地と同時に手にしていた鋼糸をくい、と強く引く。
 一拍を置いて後。
 ばらばら、と音を立てて崩れたものがあった。
 人間『だった』、モノだ。
 確認できるだけでは二、三人。恐らくは斎月の監視兼抹殺を命じられた者たちなのだろう。組織というものは何処も似通っていて解り易い――そう心の中で曙紅は思いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「クロ、お前……」
「勘違い、しないで。放って置いたら、僕まで巻き込まれてた。だから、消しただけ」
 曙紅を振り向いた斎月は、彼の凛とした姿を見て我が身を恥じた。一瞬、だけであるが。
 彼はその場の空気を読み取っている。他にも組織の人間がいるかどうか、確認しているらしい。
「もう誰もいねぇよ。……ったく、連絡役も消しやがって」
 そんな斎月の言葉に、漸く曙紅が戦闘態勢を崩す。
 槻哉も小さく息を吐き出し、一歩を進める。
「――来るな、槻哉」
 槻哉の気配を感じた斎月は、彼を見ずにそう言い放つ。
 曙紅を見たままで、彼は言葉を続けた。
「俺は、お前らのところには戻れない。……いいか、此処から先は警告だ。
 『あいつ等』にはもう近づくな。お前らじゃ……いや、きっと誰も……敵わねぇから」
 静かな、落ち着いた口調だった。
 曙紅は黙ってその言葉を聴き、斎月を見つめている。槻哉も同様に。
「……なぁ、これが最後だ。お前の名前、教えてくれクロ」
「…………」
 緩い笑みに、曙紅は一瞬だけ戸惑いを見せる。
 斎月の決めた『覚悟』を、読み取ってしまったのだろうか。だが、これ以上は深入りは出来ない。必然的に彼を止めることは出来ないということだ。
「……曙紅」
 僅かな間の後、曙紅は小さな声で自分の名を斎月へと告げた。
 斎月はその名を繰り返すことはせずに、俯きがちに小さく笑う。
「斎月、君は……」
「解ってるんだろ。俺はお前を殺せなかった。だから……これでお別れだ。早畝には俺は死んだと伝えてくれ。どうせ数時間後には、死ぬ身だからな」
 ゆらり、と斎月は立ち上がった。
 槻哉には背を向けたままで、決して振り向こうとはしなかった。
「斎月……待ってくれ」
「……やだね。お前見ると、決心鈍るんだよ。お人好しが」
 一歩、斎月が歩みを進めた。
 曙紅は彼を止めようとはしない。
 口元だけで笑う斎月を、ただじっと見つめるだけしか出来なかった。
「…………曙紅、さんきゅな。お前は……死ぬなよ。出来るだけ早く、今いる立場から足洗え。自分の為だけに生きろ。好きな奴を、悲しませるなよ」
 ぽん、と曙紅の頭の上に置かれたのは斎月の大きな手のひらだった。
 すれ違いざまにそう言葉を残され、数回頭を撫でた彼は最後まで笑ったままでその場から消えた。
「――――」
 胸の奥から、湧き上がるかのような焦燥感。
 曙紅は慌てて彼が消えて方角へと振り向き、後を追うが斎月の姿はもう何処にも無い。捨てられるように残されていたのは一枚のCD-ROMだけだった。
「……斎月」
 曙紅が呼ぶ斎月の名。
 それを槻哉は遠くで聴いていた。その場から動けずに、自分の手で顔を覆う。
「…………っ……」
 何も――何もすることが出来なかった。彼のためにしてやることすら出来なかった。そんな自分の力の無さに、槻哉は酷く後悔していた。
「……槻哉」
 曙紅は静かに、拾い上げたCDを持ち槻哉に歩み寄る。
「無駄に、しないで」
 槻哉へと押し付けるかのようにCDを手渡した曙紅は、それだけを言うと彼から離れた。
 まるで、遺言のような言葉を受け取ってしまった曙紅は、そのまま槻哉を残して姿を消す。斎月という人間との出会いで何が変わったというわけでもない。これからの自分の道を選ぶのは自分次第だからだ。
 曙紅は、これからどう言った道を選ぶのだろう。それも、彼にしか解らない真実だ。


 それから、槻哉は斎月の行方を追い続けた彼を見つけることは出来ずに終わる。残されたCDには斎月が盗んだ特捜部のデータと、彼が把握してる部分だけの組織の内容をまとめた物が焼きこまれていた。
 その数日後、特捜部に差出人不明で届けられた小さな封筒には、斎月が後ろに束ねていた髪が一房だけ入れられていた。
 斎月は死んだ。
 やりきれない思いが残されたメンバーを襲う。その思いを胸に、槻哉たちは組織を一掃するために再び立ち上がるのだった。
 


-了-

 

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
            登場人物 
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【3093 : 李・曙紅 : 男性 : 17歳 : 中華系マフィア構成員】

【NPC : 槻哉】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
           ライター通信           
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ライターの朱園です。今回は『ファイル-4』へのご参加、ありがとうございました。

 李・曙紅さま
 ご参加有難うございました。納品が遅くなってしまい申し訳ありません(汗
 そして変なことに巻き込んでしまってすみませんでした。
 それでも、斎月を気にかけてくれて嬉しかったです。
 今後彼が出てくる事は無いとは思いますが、こっそりと残されたメンバーを見守ってくださると
 幸いに思います。

 ご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 朱園 ハルヒ。