コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 ふう、と小さく息を吐いた天城凰華は周囲を見回す。
 静まり返った廃工場にはほかに気配などない。物が散乱し、錆びたニオイがする。足場も悪い。
 だがこれで仕事は完了だ。
 しかし油断は禁物。油断があった為に起きなくてもいいことが起きる、そんなこともあるだろう。
「まだ残っているかもしれないな」
 呟いて、使い魔に様子を見に行かせることにした。
「……さて、反対方向へ行ってみるか」



 ちりん。
 そんな小さな鈴の音が辺りに響く。
 もちろんその音は普通の人の耳には聞こえないものだ。
 空間を割って姿を現した少女は、袴をなびかせて着地した。
 すっくと姿勢を正した彼女は怪訝そうに顔をしかめる。
「……? 妙な気配がする。人間がほかにもいるのかな……。にしては、ちょっと異質というか」
 呟いた彼女はゆっくりと歩き出した。
 近くに廃工場がある。周りは林だ。
 彼女は眉をあげた。
「ふぅん。なんか、いかにもって場所」



 逃げたモノがいる。
 使い魔の報告を受けてからの凰華の行動は早かった。
 そちらへ向けて走り出す。
 廃工場を出て凰華は周囲を素早く見回した。
「あちらか……!」
 セリフを吐き捨て、角を曲がった刹那慌てて足を止める。
「!」
「あ、びっくりした」
 まったく驚いていない声で呟いたのは、凰華が足を止めなければぶつかっていた相手だ。
 袴姿の少女はこの状況では明らかに異質で、妙である。怪しんでくださいと言わんばかりではないか。
「誰だ……?」
 気配は人間のものだが、それでも油断はできない。
 凰華の前で彼女はちょっと思案して、にっこり笑った。
「通りすがりの女学生」
「?」
「ということにしておいて欲しいかな」
 明るく言う彼女は凰華の横を通り過ぎようとする。
「どこへ行く?」
「どこって……まあ適当に」
「…………」
 観察した限り、敵ではないようだ。凰華に攻撃する素振りもない。
 ただこんな寂れた廃工場に居ることから、只者ではないと判断した。
「周辺は危ないぞ。妖魔がいる」
「……度胸がある」
 ぽつりと少女は呟いた。凰華は不思議そうにする。
 彼女はどこか冷めた視線を凰華に一瞬だけ向けた。すぐさま穏やかで柔らかいものになるが。
「ヨウマ? それってなにかの料理名?」
「…………」
 凰華はしばし考える。
 通じると思った事が、通じなかった。
 少女は肩をすくめる。
「なんてね。妖魔か。ということは、同業者さん?」
「同業者……? ということは、あなたも退魔の仕事で?」
「今回はボランティアね。依頼はきてないし」
 ボランティアでこんな場所までくるとは、なかなか見所がある。
 そう思う凰華に、彼女は苦笑した。
「妖魔とかそういうこと、軽々しく言わないほうがいいと思うの。一般の人はオバケとかって嫌いだし」
「……。ああ、そうだな」
「なんか変な人ね。人間にみえないし」
 きょとんとして首を傾げる少女は凰華をぶしつけに見つめた。
 無言の凰華から視線を外し、彼女は再び歩き出す。
「ま、いっか。じゃあね、おねえさん」
「どこへ……?」
「あたし帰る。おねえさんの獲物じゃ仕方ないし、疲れることをするの嫌いなの」
 微笑んで言う少女に悪意はみえない。言っていることが本当だろうが嘘だろうが、凰華には興味のないことだったが。
 だが、つい尋ねてしまった。
 こんな場所まで来て、土産もなしに帰る少女の気持ちがわからなかったから。
「退治に来たのに、なにもせずに帰るのか? 僕に遠慮しているのか?」
「遠慮?」
 吹き出して笑う少女は肩越しに凰華を見遣った。
「なにを遠慮するの? 獲物を奪うからって? 面白いことを!」
「違うのか?」
「おねえさんは強いんでしょ? ならあたしが居ても居なくても結果は同じよ。どうしてあたしが居なくちゃいけないの?」
「…………」
「べつにおねえさんの邪魔になるから帰るってわけじゃないの。
 結果が同じなら、あたしが居ようと居まいとたいした差がないってことだけよ」
 確かに、凰華の能力なら簡単に倒せるだろうことは予測がついた。
 倒せると思っているからこそ依頼もされたのだろう。
「誰が倒しても変わらない。いいじゃない、それで」
 彼女は前を向いてすたすたと歩き出した。凰華はなんだか納得がいかない。
 ぞ、と背筋に悪寒が走り、凰華は少女に警告を発しようと口を開き――。
 一瞬で少女は袖をなびかせて跳躍し、廃工場の屋上まで飛び上がった。
「長話が過ぎたみたい。敵ね」
 微笑んで言う少女の言葉は真実で、凰華はゆっくりと視線を移動させる。
 黒い影が、そこに在った。
 豹のようなカタチをしているが目玉や口がない。カタチだけ真似ているのだ。
「こいつか……」
 逃げたのはコレだろう。
 構える凰華ははるか頭上に居るであろう少女の気配を確認する。
 利害が一致しているが、彼女はこちらを手助けする気がないようだ。
(変な娘だ……)
 そう思って考えを切り替える。
 目の前の敵を倒すことに専念しなければ。
 豹のようなモノはゆらりと身体を揺るがせた。するとどうだ。
 まるで分身したかのようにどんどん増えていくではないか。視線をさっと走らせてから、凰華は深呼吸をした。

 屋上で眺めていた少女――遠逆日無子は小さく嘆息した。
「骨折り損のくたびれ儲け」
 ここまで来たのに。
 まあ帰って寝よう。
 空を見上げる。星が見えた。
「へぇー。本家の空とは比べ物にならないけど、まあまあね」
 呑気なものだ。下では凰華が戦っているというのに。
 憑物は野犬のように凰華に襲い掛かり、凰華はそれを華麗に避けている。
 ほらみろ、と日無子は思う。
「あたし、強い人って苦手なのよね」
 自分が不必要な者に、日無子は興味がないのだ。いや、日無子は基本的に他人に興味を持たない。
 凰華が攻撃を避けるので手一杯なのを眺めて日無子は思案する。
 放っておいても凰華は勝つだろう。本気を出せば一瞬じゃないだろうか、とぼんやり思う。
「陰陽かな。違う感じ。密教じゃないなぁ。真言使ってないし。神道系ってわけでもなさそう」
 ぶつぶつと呟いて凰華を観察する日無子は目を細めた。
「西洋魔術……かな。近いのは。ということは、大気とか、エレメントに干渉するってことかなぁ」
 うーんと首を傾げる。
「魔術って多くて苦手なのよね。黒やら白やら精霊やら。それ言ったら東洋のもけっこうグチャグチャしてるし。あーもう、考えたらワケわかんなくなってきた!」
 髪を掻き乱す日無子は嘆息した。結局のところ、凰華がどんな魔術を使っていようがあまり興味はないのだ。
 どちらにせよ、日無子の出番はないだろうから。
(あたしと能力のジャンルが違いすぎる……)
 どんな反発要素を生むかわからない。下手な手出しはしないほうがいいだろう。
 避けては相手を攻撃する凰華を眺め、呟く。
「まあでも」
 ちょっとだけ手助けしてあげても、いいか。
 気まぐれだ。
 日無子は己の影を集めて弓にする。
 同じく影でできた矢を掴み、弦を引いた。
「数が足りない。もっと」
 矢の数が増える。
「もっと。相手は二匹じゃない」
 矢の数がさらに増えた。
 弦を引く日無子は目を細める。
 五本の矢を一気に放つ。普通の矢ならばこれでは敵に当たらない。
 だが意志を持つのか矢は凰華に襲い掛かっている敵に直撃した。
「命中!」
 日無子は小さく笑う。



 五匹の黒い豹に襲われる凰華は避けながら考えていた。
 連携がされているため、なかなかこちらから手出しができない。
 勝負をつけるには全部を一度に片付けるしかない。
(どうする……)
 薙ぎ払うのが得策だろう。
 やるか、と思った瞬間、豹になにかが鋭く突き刺さった。
 まるで落雷のように唐突な攻撃。なにが刺さったのか凰華は凝視する。
 しかしなにも刺さっていない。
(?)
 だがこれはチャンスだ。
 凰華は持っていた剣を振るった。一撃ですべてを斬る!
 憑物たちはぼひゅんと音をさせて煙のようになって消え失せた。
「終わったか」
 呟く凰華は屋上を見上げる。少女と視線が合った。
「さっきのは、あなたか?」
「さあね」
 少女はあっさりと言う。だが他に誰もいないことから、少女のしわざなのは一目瞭然であった。
 凰華は視線を一度伏せ、それから少女を見上げる。
「僕は天城凰華。あなたは?」
「あたし? あたしは遠逆日無子」
 日無子と名乗った少女はタッと跳躍して凰華の前に着地した。
 武器を持ってはいない。凰華が先ほど見た時と同じだ。
 それなのにどこから攻撃をしたのだろうか? 魔術の類いかと凰華は不思議そうに日無子を見つめる。
「なに? あたし、顔になにかついてる?」
「いや……。遠逆さんは何か目的があったのかと思って」
「もくてき? さっきのヤツだけど、まあいいの。東京ってまだまだああいうのが多いし」
 ほかにもいる、と日無子は暗に言う。
 黙ってしまう凰華は笑顔の日無子を見つめる。
 日無子は尋ねなければ答えない性格らしい。これではあまり会話は成立しない。
(退魔の者か……だが、なぜ)
 一緒に戦えばもっと早く決着はついたかもしれない。
(他人の手を借りるのを嫌うタイプなのか……?)
 そう観察していると、彼女は「じゃあ」と片手を挙げて歩き出す。
「ああ。では」
「まあ頑張って」
 軽い口調で言う日無子。
 暗い林に向けて歩き出す奇妙な少女の後ろ姿を見つめていた凰華は、静かに佇んでいた。
 やはり手ぶらだ。
(ではどうやって攻撃を?)
 呪文詠唱なども聞こえなかった。
「さて。僕も行くか。まだ仕事がこの後にある」
 互いに夜の闇に消えていく。
 凰華は歩き出した。日無子とは逆方向に、だ。
 背後で「りーん」と鈴の音が響いた。凰華は振り向く。
 日無子の姿はとっくに見えなくなっているが、あの音は彼女に関わりがあると直感した。
「遠逆日無子か。不思議な子だったが……」
 凰華は前を向いて歩き出す。迷いのない、足取りで。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【4634/天城・凰華(あまぎ・おうか)/女/20/科学者・退魔・魔術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、天城様。ライターのともやいずみです。
 出会いだけで終わりましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝で。