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CallingU 「脚・あし」
なんでこんなことに。
浅葱漣は顔をしかめた。
*
(東京、か)
魔都と言われるだけはある。ここは人ではない存在が多すぎる。
依頼を受けてやって来ていた漣は、小さく溜息をついた。
漣の追っている相手は通り魔だ。ただの通り魔ではない。人間ではないのだ。
(魑魅魍魎が多すぎる……)
うんざりするほどだ。
だが仕事をおろそかにはしない。小さなミスでどんなことが起こるかわからないのだ。
「もうやめないか」
曲がり角の向こうに身を潜めている者に向けて、漣は言う。
「人を襲っていては因果応報なんだろうが……俺は追いかけっこはしたくない」
「…………」
す、と出てきたのはフードを深く被っている青年だった。ひょろりと高く、顔がフードに隠れて表情がうかがえない。
青年の口からとめどなく流れている涎を見て、漣は嘆息した。
もはや心すらないか。
(あるのは――――食欲か)
本能とでも呼ぶべきか。
「もはや話しても無駄か。相分かった。では滅べ」
取り出した符を青年に向けて投げつける。結界を青年の周辺に張ることで、符の爆発を防ぐつもりなのだ。
「きゃああああ! な、なにしてんの!」
背後からの声に漣がぎょっとして振り向いた。今から出勤らしい派手な化粧の女がそこに居る。
青年が女に向けて一気に距離を詰めようとした。
「ちぃ――――っ!」
漣がすぐさま方向転換して女の腰に手を回して引っ張り、青年の攻撃を回避する。
青年は獣のような動きで地面に着地し、漣のほうを見遣った。爛々と光る瞳が夕闇に映える。
「なっ、なんなのコレぇ!」
「黙って!」
漣は女を背後に庇い、周囲に目配せをする。
わざとひと気のない場所に追いつめたこともあって、もう誰かが来ることはないはずだ。
唸り声をあげて襲いかかってくる青年に目を見開き、漣は咄嗟に結界を張って弾き返した。
「いやあっ! ちょっとやめてよぉ!」
「うわっ、やめ……」
シャツを引っ張られて漣はバランスを崩す。
なんでこんなことに。
シャッ! と青年が腕を振るう。漣は後退して避けた。
背後で騒ぐ女を守りながら戦うのでは……。
ちりーん。
妙な鈴の音が響いた。
え? と動揺する漣だったが、背後の女と通り魔には聞こえた様子はない。気のせいか?
こつん、と足音が聞こえた。ブーツの音だ。
振り返る青年。漣もそちらを見た。
「なにあれ……ハカマぁ?」
漣の背後の女が素っ頓狂な声をあげる。それも当然だ。漣とて驚いた。
現れた少女は袴姿に紐のブーツという格好だったのだ。まるで少し前の時代の女学生だ。
(あの雰囲気……まさか退魔の者か!?)
こつんこつんと近づいて来る少女はこちらの様子を見て、きょとんとした。
「修羅場、なのかしらもしかして」
うーんと可愛らしく首を傾げる様子がとても似合っている。可愛い女の子だな、と漣はぼんやり思ってしまった。
はっ。
(なにが可愛いだ! 馬鹿か俺はっ)
我に返って漣は背後の女を肩越しに見遣り、それから少女を見つめる。
少女がどれほどの実力かはわからないが漣には二人も守ることはできない。必然的に背後の一般人のほうを優先することになるのだ。
「取り込み中ならあたし、帰ったほうがいいのかな……」
苦笑して頬を掻く少女を青年は警戒するように見ていた。
(あちらに気が逸れているか……! 二人で相手をするなら)
漣は決意して少女に叫んだ。
「手を貸してくれ!」
「へ?」
「あんた、退魔の者だろう!?」
じりじりと後退していく漣。
彼女は漣と、漣が庇っている女を一瞥してから、小さく微笑む。
「いいわ。手伝ってあげる」
「助かる!」
「うーん。お礼を言われるほどじゃないと思うんだけどな」
苦笑する少女は目を細めた。
「最初からこいつが目的なんだもの、あたし」
ぞっとするような笑みを浮かべた少女は足もとから何かを浮き上がらせる。それは彼女の影だ。
影はまるで粘った水のような動きで形を作り、武器と成る。薙刀だ。
「さあ、あたしが相手よ」
薙刀を構えた少女はにこっと微笑む。
漣はその場を彼女に任せて、庇っていた女の手を引っ張って逃げた。とにかく今はこの女を逃がすのが先だ。
「なんなのあんたら……キモい……」
青ざめる女は逃げていく。漣は安堵して、来た道を戻った。
どうせ今の話は、誰にしても信じてもらえないだろう。だからこそ口封じは必要ない。
急いで戻ってきた漣は驚いた。
いまだに対峙したままだったのだ。
「お帰りなさい」
漣に笑顔を向けた少女を、通り魔の青年は睨みつけたままだ。どう出るか考えているところなのだろう。
「! 馬鹿ッ! こっちに注意を向けるな!」
青年が一気に距離を詰めて少女に自慢の爪を振り上げる。
彼女の可愛い顔が台無しになるのは明白であった。漣が結界を張る構えをとる。
だが。
彼女はにや、と薄く笑ってみせた。
「無用心ね」
そう言い放ち、薙刀を振り上げる。目にも映らない速度であげたそれは、青年の首を刎ねるのに十分であった。
唖然とする漣。
少女は勢いの止まらない青年の身体に目を見開く。漣は慌てて彼女に結界を張って、青年の身体を弾いた。
「ありがとう」
微笑んだ彼女はなにもないはずの空中から巻物を取り出すと、開いた。すると倒れていた青年の身体が地面に落ちた頭ごと消えてしまう。
「はい終了っと」
巻物を閉じた少女はぽいっと投げる。出現したのと同じように巻物が空中へ消えてしまった。
漣は怪訝そうにしながら少女に近づく。
「助かった……え、と」
「あたし? 遠逆日無子よ。こっちこそ獲物を譲ってもらってありがとう」
満面の笑顔の少女は漣の手を掴み、上下に振る。漣は戸惑うことしかできない。
(なんなんだ、この子……)
手を離した彼女は軽く手を挙げて「じゃあ」と言うとあっさりと去ろうとする。
(ええ……っ?)
じゃあ、ってそんなあっさり。
「物騒だから送るけど……遠逆さん」
日無子は足を止めて振り向き、くすりと笑った。
「いいよ、『さん』なんてつけなくても、おにいさん」
「……お兄さんて、俺はまだ17なんだが……」
どう見ても日無子と年は変わらない。
日無子は足の向きを変えてつかつかと漣に近づき、じろじろと見てきた。なんという無遠慮さだろう。
「あたしと同い年なの?」
「いや、俺はあんたの年齢は知らないが」
「あたし17歳なの。たぶん」
「たぶん?」
「うん。一年前、事故に遭ってね。だから、たぶん、かな」
事故。
漣は視線を伏せる。
(それは……聞いてよかったんだろうか……)
というか……どうして彼女はこんなに明るいんだろう。妙だ。
わざと明るく振る舞っているようには感じられない。
「そっか。同い年なんだ。へえ」
「そんなに見ないでくれないか……」
「あ、ごめん。珍しいなと思って、つい」
「珍しいってなにが?」
自分はどこか変なのだろうかと心配してしまう漣であった。
無難な服装をしているとはいえ、目の前に女学生がいれば自分のほうがおかしいのではないかと思ってしまうのはしょうがない。
日無子は明るく微笑む。
「同い年の男の子が」
「?」
「うちの家は人の出入りが激しいから、まともに見ることがないの」
「???」
変なことばかり言う子だ。
いや。
(理解してもらおうという言動じゃないな。どちらかというと…………独り言に近いというか)
微妙に会話が成立していないと見抜き、漣は嘆息する。
「送る。危ないし」
「いいっていいって。そんじょそこらの男じゃ、あたしに勝てないもの」
ぶんぶんと手を振る日無子は嘘など言っていないようだ。
「それにまだやることあるし……。うん、だからいいって」
「やること?」
「お仕事。この後はどこ行くんだっけ。そうそう……この近くの家だったかな。なんか寝付けないらしいから一応ね」
「……あんた、ちゃんと会話をする気がないだろう?」
「ないよ」
あっさりと言われて漣は多少驚く。
日無子は薄く笑った。
「だからおにいさんの名前も訊いてないじゃない」
「…………」
愕然とする漣の前で日無子は表情を元に戻した。あどけないものに戻る。
「あれ? どうしたの?」
「…………べつに」
危険だ、と漣は思う。この少女はどこかおかしい。
(おかしいとは思うが……)
上から下まで眺める。どこもかしこも普通の人間だ。ただ瞳が明らかに色違いなのが印象強く残る。
「……やっぱり送る。お礼、ということで」
「物好きね。まあいいけど」
歩き出す日無子は振り向いて漣を見た。
「こっちよ」
そう、小さく指差して。
*
「遠逆は、退魔の人なんだな」
「うん。東京じゃ珍しいって思ってたんだけど、いきなりおにいさんみたいな人に会うし、東京って怖いところなのね」
明るく言う日無子の横で漣は呆れた。
「あの、さ……おにいさんてやめてくれないか。同い年なんだし。俺には」
ちょっとためらう。
「浅葱……漣という名があるんだ」
退魔の関係者なら、知っているかもしれないことは覚悟していたが……少女の表情に変化はない。
(……知らないのか? もしかして)
結構有名だと思ったんだが……。
横を歩く日無子は漣を見上げる。
「浅葱さんか! 似合ってるね、名前」
「……どうも」
夕暮れの中を歩く二人は、幸いなことに誰にも会わなかった。
(そういえば……遠逆が目立つということを失念していたな)
こんな格好の娘がいれば誰もが振り向く。
「あ、あそこだ」
日無子が嬉しそうに見ている先には小さな家がある。日無子に気づいて、玄関の前でそわそわしていたらしい女性が頭を深くさげてきた。
女に軽く手を振って、日無子は漣に微笑んだ。
「ありがとう。もうここでいいから」
「ああ……じゃあ」
漣に手を振って日無子は女性に向けて歩き出す。
と、彼女は足を止めた。
「ああそうだ、浅葱さん」
「? どうした?」
「あたしの邪魔だけは、しないでね?」
肩越しにこちらを見た日無子の笑みに、漣は絶句するしかない。
愉悦の笑み、だ。
日無子を見送っていた漣は予感に震えた。彼女と関わると、よくないことが起こりそうな、そんな予感だ。
「遠逆……日無子」
空を見上げる。まだ夜にはなっていないので、紫だ。
夜が、来る――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】
NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
会話が噛みあってないですが……いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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