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<東京怪談・PCゲームノベル>


ファイル-4 疑心。


 殴られたような感覚に体が過剰反応する。
「………………っ」
 明かりのない部屋で、斎月は焼けるような腕の痛みに必死に耐えていた。
 左腕に這うように描かれているのは、黒き蛇の刺青。
 これが何を示すものなのかは、特捜部の人間は知らない。
 おそらく、槻哉でさえも――。
「……、………ゆき…」
 頬に汗を滲ませながら、天を見上げ漏らした独り言は失ったものの名。
 斎月の全てであった存在。
 掻き消すことの出来ない、その影。

 逃げられない。
 斎月はどこにも逃げることが出来ない。
 だから――進むしかないのだ。『自分を終わらせるため』の道を。

「そろそろ……潮時なんだな、本当に…」

 その呟きは、酷く悲しい響きだった。



 その日、偶然にも特捜部を訪れていた暁は、斎月が失踪したと言う事実を耳にし槻哉へと飛びついてきた。
 慌てる素振りも見せずに、冷静に言葉を投げかける。
「重要データって無いとココ機能しないのかな? じゃあさ、書き換えとかって出来る様になってるんでしょ? 対応出来るものに上書きとかして貰う。んで、早畝とナガレっちはココで待機。ほら、普段外で動くヒトって目立っちゃうでしょ。だから俺が行くよ」
「…………ああ、うん……」
 テキパキと指示を与えてくれる暁に、早畝もナガレも口を出せずにいる。
 槻哉も半ば面食らっている様であった。
「ほらほらっボスがぼけっとしてたらダメじゃん? サクサクと指示出さなきゃ」
 暁は槻哉へと遠慮もなしにそう言い放つ。口調は軽いが、決してふざけているわけではない。その場の雰囲気を読み、あまり時間が無いということを理解したのだろう。
「んーっと、斎月さんって特捜のほかにも出入りしてたトコとかある? あのヒト一匹狼みたいなトコあるし、なーんか妖しかったから」
「……僕が、警察組織にいた頃から追っている裏の組織と言うものがある。大きな組織でね、未だに中心人物を割り出すことも出来ずにいるんだよ」
 暁の言葉に何とか落ち着きを取り戻した槻哉が、一度は立ち上がった席へと座りなおして暁を見ながらそう語り始める。
「それってどんな組織なワケ? まぁ警察と敵対してきたっぽいから、かなりヤバそうだけど」
「――何でもする奴らだよ。盗みから殺しまで」
 暁の言葉にそう答えたのは早畝だった。いつもの明るさはそこにはない。
「あらら、早畝もなんか拘っちゃってるっぽい? ……まぁ、そのために此処に居るのか」
 背中に掛けられた声に、暁は即座に振り向いて軽い口調でそういった。からかっている訳ではない。この場の雰囲気を暗くしない為に暁は気を遣ってくれているのだ。
「……俺も巻き込まれてるし、槻哉もそう。だから俺たち、あいつ等をずっと追い続けてる」
「ふーん。……んで、それに斎月さんが関係してるって繋がりになるの?」
 斎月との繋がりを最初から聴いていたのだ、そう続けられても仕方がない。槻哉もそれを認めて組織のことを明かしたのだ。だが自分たちがそれを口にする前に、暁は言い当ててしまう。他人から事実を聞かされてしまうとまた、受け止め方も変わってくる。
「――否定したい現実だけどね」
 深い溜息を吐きつつ、槻哉が暁にそう答えた。
 暁はその姿を見て、一度言葉を止める。口元に手を当て、ついと視線を逸らした。
「……それってさ、俗に言う『裏切り行為』とか、『スパイだった』とか……そう言う事だよね」
 そう言い放たれた言葉に、誰も答えようとはしない。つまりは『当たり』と言う事を認めたことになる。
「了解。んじゃ、やっぱり俺が動くよ。槻哉さんは俺に指示を与えて」
「桐生くん……」
「あー、ダイジョブダイジョブ。死にそうになったら勝手に逃げるし。それにこれは頼まれたんじゃない。俺がやりたいって思ったから、買って出るんだ」
 槻哉は内心複雑だった。
 本来であれば、斎月に近い存在である暁は拘らせるべきではない。それに彼は一般人だ。
「……僕から出す指示は『斎月を探すこと』と『特捜部に敵対するものの処分』だ。それでも君は……行くかい?」
「もちろん」
 暁は頭の回転が速く理解の有る少年だ。だから嘘も通用しない。
 それでも、彼が選び強く願うのであれば、此処は任せるしかない。
 ――決断は、早いほうがいい。
「わかったよ。君に手伝ってもらう。そのかわり、僕も出るからね」
「すっごい条件だね。まー見当はついてたけど、目立たない行動をお願いシマス」
 槻哉と向かい合う形で、暁はそう言い放つ。彼は彼なりの覚悟も度胸も有る。だから引かない。自分の信じた道を進むのみ。
 そして二人は早畝とナガレを留守番に残して、司令室を後にした。



「随分と長居してくれたものだな。情でも移ったか?」
「……馬鹿言ってんじゃねぇよ。お前らこそ俺ほっといて潰しに掛かればよかっただろ。――あんな、ちっぽけな組織」
「脅威な存在なんだ、あれでも。『ラルフォード』と言う男はな」
 ラルフォード。
 早畝のことではなく、槻哉を指している名。目の前の男が唯一、脅威をと感じている存在。
 泳がせていたわけでも、甘く見ているわけでもなく――槻哉を警戒している。
「お前は良くやってくれた。褒美は何がいい」
「――――」
「どうした、斎月?」
「……俺の『エリア』に来客だ。褒美は次に会うことがあれば、な」
 口の端だけで笑いながら、目の前の男に軽く手を振る。そして背を向けてその場を後にする――斎月は、俯き表情を隠したままで歩みを進めた。
「相変わらず、食わせ者だな。失うには惜しい存在だよ、ラルフォード」
 残された男は、くくっと笑いながら小さくそう呟き斎月が置いていった『特捜部の重要データ』が入っていると言うCD−ROMを銃で打ち壊した。
「梓ノ宮から目を離すな、少しでも不審な動きをした場合は――殺せ」
 低い男の言葉に、数人の人影が動く。その命令は、絶対だ。誰も、止められない。
 もう――止められないのだ。狂ってしまった歯車を。

 斎月が足を運んだ先には、数人の仲間である男たちが倒れていた。
「……?」
 殺されてはいない。だが、何かがおかしい。
 膝を折り、一人の男を上向かせてみると――そこには。
「…………なんだ、これ」
 男の首筋に残された二つの傷跡。まるで、映画に見る吸血鬼のような。
 それを思い浮かべた瞬間に、斎月はその男を投げ出し立ち上がる。
「まさか……来てるのか? こんな所に……」
 思い当たる人物が一人だけいる。本人に確認を取ったわけではないが、彼が持ち合わせる空気と人を魅了させる容姿から考えても間違いない。
 自分の決心を何度も、ぐらつかせた存在の一人でも在る。
「――暁」
 そんな小さな呟きは、薄汚れたコンクリートの地面に吸い込まれていった。

 其処は冷たい空気が張り巡らされていた。
 表の世界では決して感じ取ることの出来ないような、そんな空気だ。
「あー、もう……。なんでドラマと同じような二流のことしか出来ないのかな。話し聴きたいって言っただけジャン」
 地面に沈み込んだ男を目の前に、暁はそう言った。
 戦闘態勢になっていると言うことは、男と今まで争っていたと言うことか。
「出来るだけ体力使いたくないんだよねー……最近疲れやすいしサ。ってもう、聞えてないか」
 槻哉の手引きで、組織と関係が深いだろうと言う場まで足を運んでいた暁は、単独で斎月を探し周っていた。暁自身が、そうしたほうがいいと判断したからだ。
 案外あっさりと辿り着けてしまった場は、妙に殺気立った人間がゴロゴロとしているスラムのような空間だった。少し声をかけただけでも問答無用で殴りかかってきたり、襲われそうになったりする。
「ったく、コレだから美人は辛いよねぇ」
 暁は臆することもなく、先へと続く暗い道を突き進んでいく。
 確信が、あった。この先に、斎月が居る――と。
「……ヤな確信。ハズれてほしいってのが本音、カモね……」
 少しだけ俯きながら、暁は小さく独り言を漏らした。彼と付き合いが長いわけではないが、それでも今まで様々な斎月の一面を見てきた。見せてくれたから、暁も興味を持った。……これを、どういう関係と表したらいいのかは解らない。『友達』と言ってしまえば軽くも聞えるし。だからといって『知り合い』では遠すぎる。
「ヤだヤだ。しんみりするのはニガテだよ」
 暁はそこで、一旦足を止めて長い溜息を吐いた。
 足を踏み入れたのは自分の意思。だけど現実と直面するのが少しだけ怖かった。
 頭の中のイメージが、彼の倒れた場面ばかりだから。
 そんな、時だ。
「――動くな」
 重い、金属音が暁の進むべき道の先から聞えてきた。
 彼はそれに、落胆したものの驚きはしなかった。
「素直にハイって言うと思ってるの? ――斎月さん」
 じゃり、と足元が鳴る。小石でもあるのだろう。
 暁はだんだんと早まっていく自分の鼓動を沈めるために、一度深呼吸をした。
「暁、これは遊びじゃない。……だから、早く此処から立ち去ってくれ」
 懇願するかのような、言葉の響き。
 それが耳に届いた暁は、少しだけ表情を歪めるもすぐにそれを直して口を開く。
「斎月さん、俺はあんたには従わないよ。自分の思うように行動するだけ」
 ふ、と笑ったような声が暁の視線の先にいる斎月に届けられた。
 銃を突きつけていた斎月は、小さく舌打ちをする。
 ――相手は敵だ。始末しろ。
 そう思い込もうと思っても、斎月には出来なかった。
 だが、此処は個人の事情で事を済ませられる場ではない。分が悪すぎる。
「…………っ」
 斎月が地面を蹴り、駆け出す。
 数歩走った先に、暁は居た。いつもと同じ表情で。その彼に再び向けたのは、冷たい色の銃だった。
 目と鼻の先に突きつけられた、それ。
 それでも暁は、恐れることもなく斎月を見つめていた。
「……暁、これが最後だ。頼むから、ここから消えてくれ」
「『逃げてくれ』とは、言わないんだね。……監視でもされてる? 斎月さん、いつもの冷静さが全然ないよ」
 暁は斎月にそう言いながら小さく笑った。吸血の血がそうさせるのか、人間である斎月の息遣いや心情まで手に取るように解ってしまう。
 彼は、酷く迷っている。
「斎月さん、ココがどんなに危険な場所かは解ってる。俺にとっても、斎月さんにとっても、ね。死ぬのが怖い?」
「……お前を失うのが、怖いだけだ。俺はどっちに進もうとも消される運命だ。俺が、そう願ったんだ」
 冷静すぎるほどの暁に対して、焦りを隠せずに居るのは斎月のほうだった。いつ、自分の背後が命を下すかも解らない、そんな状況で冷静で居られるはずもない。
 もう二度と、あんな思いだけは――。
「一つだけ、いい?」
「…………手短にな」
「斎月さん、優しすぎ。そんなんじゃ闇の人間にはなりきれないよ。特捜を裏切ったフリしたのだって、あの人達を――」
「――暁ッ!!」
 暁の言葉は、あまりにも危険で。
 斎月は怒鳴りつけるとともに、構えていた銃の引き金をひいた。
 重い銃声が、張り巡らされていたコンクリートを這い、どこまで響き渡る。
「………………」
 呼吸が乱れた。
 斎月は目を見開いたままで、汗を流している。
「……ってー……鼓膜イカレちゃうかと思ったよ。危ないなぁー斎月さんってば」
 暁は変わらず、軽い口調でその場に立っていた。
 斎月は暁の直ぐ真隣へと銃口を変えて、それを撃ったのだ。彼の言葉をかき消すために。
「怖くないといえば嘘になる。だってこんなスリルいっぱいなコト、そうそう味わえるものじゃないしさ。――でも、俺は自分の身を護り切る自信あるんだ」
「……暁」
「斎月さん、俺をタダの高校生だと思い込んでるの?」
 暁はそう言いながら、にやりと笑った。
 そして次の瞬間、彼は斎月の胸元へと走りこんでくる。
 スローでも掛かったかのような、光景だった。
 止めようとする斎月。それを交わす暁。
 そして、数人の黒き影が彼らの頭上を取り囲む。

「人外的なチカラってさ、こーゆう時に使うものなんだよ。頭の固いおぢさんたち♪」

 くすくす、と。
 まるで少女のような、そんな声音の笑い声が暗闇に響いた。
 直後に鳴った金属とコンクリートがぶつかり合った音の中には、斎月と暁の姿は何処にも無かった。



 瞬きの一瞬で、景色が変わっていた。
 此処が何処であるかも、解らない。
「…………」
 斎月は自分の手のひらへと視線を落とし、何度か握ってはひらいてを繰り返してみた。
 感触は在る。――生きている。
「はぁーー……っ 死ぬかと思ったぁ〜」
 聞えてくるのは、聞きなれた声だ。
 そちらへと視線を移せば、暁が地面にへたり込んでぐったりしている。
「……暁」
「あ、斎月さん。ダイジョブ? どこも怪我とかしてない?」
「一体……」
「さっき言ったジャン? 俺ふつーのニンゲンじゃないのよ。まぁ、生粋じゃないから限度あるんだけどさ。でも相手が人間だったら、かなり楽勝だけどね。ってわけで、今回も楽勝ってコト♪」
 そう軽く言い放つわりには、へたり込んだままで動けずにいる。体力を消耗しているのだろうか。
「お前……何したんだ?」
「んー…なんて説明したらいいのかな。俺もよく解ってないんだよね〜吸血鬼の能力っての。本能で動いてるから。
 ……ああ、そう。血を分けて貰う時に幻術みたいなモン使えるんだ。ソレの応用で、襲ってきたこわーいオヂサンたちに、幻惑見せた。その隙にぴゅん、と」
「……簡単に言うんだな」
「だからぁ、本能で動いてるって言ったじゃーん?」
 斎月は暁の隣に腰を降ろして、静かにそういった。すると彼はいつもの笑顔で言葉を返してくる。
「お前さ……馬鹿だろ」
「ああ? それ命の恩人に対して言うセリフ!? 信じられないなぁ〜もう」
 暁が斎月の言葉に憤慨した。
 それを見て、斎月は額に手を置いて笑った。
「…………」
 笑っていたが手のひらに隠れた頬から、一滴の涙が零れていた。
「……何やってんだよ、俺助けたってお前の利益にはなんねぇだろが……」
「言ったじゃん? 俺は俺のしたいことをするだけ。自己中だし。自分さえ良ければ、納得できればそれでイイって思っちゃうワケなんデスヨ」
 暁はへらりと笑った。
 それを見た斎月は深い溜息とともに、釣られるようにまた笑う。久しぶりに、心から笑えたような――そんな気がした。
「――斎月さん、もう特捜には戻らないんだよね」
「ああ、そうだな。戻れねぇよ」
「じゃあ、斎月さんは『死んだ』ってコトで。……それが、あの人たちを護る事に繋がるなら」
「――――」
 斎月は暁の言う言葉に、面食らったかのような顔をした。
 この少年は、何処まで読み取っているというのだろうか。
 そうして暁を見つめたままにしていると、彼は斎月に向かって手を伸ばしてきた。
 赤い瞳が、妖艶に揺らめく。
「斎月さん、夢を――あげるよ。一時の、幸せな夢。その夢から醒めた時は、あんたはもう『斎月』じゃない。誰も知らない一人のヒトとして、何処かで……」
 暁の言葉は、途中で耳に届かなくなった。
 首筋に彼の口唇が近づき、その直後に斎月は全身の力を抜かれた。
 暁に倒れこむようにして、彼はそのまま意識を手放す。
「……斎月さん、全部忘れてしまっても……何処かで俺に逢ったら……俺くらいは思い出してよね」
 暁が斎月を抱きかかえたまま、静かにそう言った。眠るように意識のない斎月には届けられない。
 彼は斎月の後ろの髪の毛をナイフで切り、それを槻哉への『証拠品』にするためのものにした。その際、斎月の懐から出てきたCD−ROMも回収する。それが特捜部のデータであると確信したのだろう。
「さよなら、『斎月さん』」
 一言、斎月に向かってそう言い残して暁は消えた。

 この日を境に『梓ノ宮斎月』と言う存在は、この世から抹消されることとなる。
 真実を知るのは暁と言う少年のみ。
 暁はその真実を心の奥に仕舞い込みながら、今日も何処かで笑っているのだ。
 いつかの再開を信じて――。



-了-


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【4782 : 桐生・暁 : 男性 : 17歳 : 高校生アルバイター、トランスのギター担当】

【NPC : 槻哉】

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           ライター通信           
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 ライターの朱園です。今回は『ファイル-4』へのご参加、ありがとうございました。

 桐生・暁さま
 再びご参加くださり、有難うございました。
 すみません、プレイングと暁くんの能力に甘えてしまう結果になってしまいました。
 勝手に脚色してしまった部分もありますので、もしかしたらお気に召さない内容になってしまっているかもしれません。その場合はいつでもご連絡くださいませ。
 
 そして納品が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした(><)

 よろしければご感想など、お聞かせくださると嬉しいです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 ※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 朱園 ハルヒ。