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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 黒崎狼はぼんやりと店番をしていた。
 外はもう夕方。
 今日も一日が暇であった。
(つまんねぇの……)
 退魔士の少女ははるか遠い上海の空の下。
 はーあ、と溜息を吐いて頬杖をつく。
 上海に行くまでの間、彼女はよくここに来ていた。暇さえあれば狼の顔をのぞきに来るので、狼も内心嬉しかったのである。
(あいつがいないだけで……こんな、暇になるとか……どうなの俺)
 はー、とまたも大きな溜息。
「…………もうそろそろ閉めるか」

 店を閉めてから、狼はまた溜息をついた。
「上海!?」
「はい。お土産、期待しててくださいね〜」
 手をひらひら振って旅立ってしまった彼女のことを思い出して、なんだか気力がまた消えたような気がする。
 ちりん、と鈴の音が響いた。空耳かと思うほど小さな音だった。
「鈴?」
 まさか。
(あいつの時とは違う鈴の音だ。掠れてる感じで、安物っぽいというか……)
 キーホルダーなどについている、小さな鈴の音のような。
 独特の響きがするその音は、似ていると言えなくもない。
 でももしも。
 もしも彼女が帰ってきているのなら……!
 狼は決意して、音のした方向へむけて駆け出した。



 ちりん。
 音と共に空中から姿を現した少年は軽やかに着地する。
 濃紫の学生服はどこか軍人のようで……なにより彼の色違いの瞳が不気味だった。
「なにを」
 彼は囁く。
「しているの? 奥さん」
 うずくまって泣いていた女性は、ゆっくりと顔を覆っていた手を降ろして少年を見上げた。
 涙で赤い瞳になっている。
「壊れた……の」
「ああ、本当だ」
 少年は同意してうなずく。
 女の膝の上には首の骨が折れた幼女の姿。
「壊れてしまったね、奥さん」
「また……壊れてしまった……」
 涙を一筋流す女。
「また……また……また壊れた…………」
「また探すの?」
 同情的に尋ねる少年。女は頷く。
「だって……おかしいもの」
「おかしくないよ。生きている人間は、強い衝撃を与えると壊れてしまうからね」
「どうして……?」
「それはね、生きている人間はとても脆いからだよ」
 涙を流す女は膝の上の幼女を抱きしめた。

 狼は目を見開く。
 紫の空の下、道路にうずくまった女のそばには学生服の少年がいる。
(ち、ちがった……か)
 ホっとしたような……。
(でもガックリしたような気分だ……)
 だが様子がおかしい。
 少年は女になにか囁いている。女は泣いている。
(…………なんつーか、関わるとろくなことになりそうにないな……)
 回れ右をしようと思ったのだが、少年の足もとの影がざわついたのに気づいた。
 え? と思う。
 少年の右手に集まる影が武器の形になった。刀だ。
(う、嘘だろ……! あの技は……)
 日本から上海に旅立っていった、彼女の得意としていた……!
 そんな馬鹿な。
(もしかして……あの男も、遠逆の退魔士……?)
 少年は、持っていた刀を横に振った。あまりに軽く振ったので、なにをしたのかわからないほど。
 すると。
 女の首が吹っ飛んで、地面に落ちた。
 ぎょっとする狼は動けない。
 倒れた女を見下ろし、少年は巻物を空中から取り出して開く。
(まっ、巻物!?)
 思い出されるのは、上海へと行った少女を縛っていた鎖……。呪いという名の、鎖。
 首のない女は消え失せ、残されたのは一枚の、人の形を真似た紙。
(あれは……式神ってやつか?)
 紙を拾い上げた少年は狼のほうを振り向いた。
 闇夜の中にある、色違いの瞳。紫の右目が狼を捉える。
 ごくりと狼は喉を鳴らした。
(あいつとの出会いはあんまりいいほうじゃなかった……また、邪魔だとか……)
 言われる?
 そう思って身構える狼を見た彼は――。
「やあ、こんばんわ」
 にっこりと愛想良く微笑んだのであった。
 驚いて拍子抜けする狼は、「ど、ども」と頭をさげる。
(な、なんだぁ? うちの弟に似てるような気がするけど……年上、だよなあ?)
「ここ、最近は物騒なんだから気をつけないと危ないよ?」
「え? あ……そういや、最近ここで」
 視線を遣ると、道の隅に花束などが置いてあるのが見えた。
 ここでは交通事故が多発しているのだ。ことの発端は、トラックに轢かれた母と子だったはず。
 雨で視界が悪かったせいもあった。夜だったこともあった。
 急ブレーキの痕跡が残る地面の上に、彼は立っている。
 それからちょくちょくここで事故が起こる。軽傷の者もいれば、もう二度と目覚めることのない者も。
 その目覚めない多くの者のほとんどが、幼い少女であった。
「まあ……もう大丈夫だとは思うけどね」
 微笑む少年を、狼は怪訝そうに見遣る。どうも普通の人間ではないようだ。雰囲気が……。
(似てる……月の、雰囲気と似てる)
 退魔士である彼女の持つ、闇のニオイをこの男も孕んでいるのだ。
「だ、大丈夫って……なんかしたのかよ?」
「え? うん、まあね。退治したんだ。
 あ……でも一般の人は知らないんだっけ。オバケはわかる?」
「ばっ、バカにするなよ! わかるわ、それくらいっ!」
 憤慨する狼に、彼は楽しそうに笑う。
「ごめんごめん。良かった。ふつうの人にオバケの話をすると馬鹿にされたり、怖がられてね」
「おまえ……遠逆の退魔士だろ?」
 尋ねると、彼は少し驚いたように目を見開くが穏やかに微笑んだ。
「よく知ってるね。無名だと思ってたんだけどな、うちって」
「……知り合いがいるんだよ、遠逆の中に」
 言うべきか迷い、狼は様子見のためにあえて彼女の名前を口にはしなかった。
 だが。
(やっぱり遠逆の退魔士かよ……!)
 殺される運命を背負っていた遠逆の少女のことを思いながら、狼は内心で舌打ちしそうだった。
(あの時みたいな気持ちはゴメンだぜ)
 厄介ごとが舞い込んできたとしか思えない。
 まさかまた遠逆の退魔士に出会うことになろうとは。
「俺は黒崎狼。おまえは?」
「ボク? ボクは遠逆欠月。欠けた月って、なかなかシャレてる名前でしょ?」
 明るく言う欠月に、狼は調子が狂いそうになる。
(へ、変だな……遠逆の退魔士ってのは、あいつみたいにもっと暗い感じかと思ってたんだが)
 ものすごく、明るいんですが。
 黙ってしまった狼に、欠月はきょとんとした。
「あれ……? 似合ってないかな、名前」
「えっ!? あ、いや! 似合ってるぞ!」
「そう? なら嬉しいな」
 にっこり。
 笑顔に狼は困惑してしまう。
(な、なんだろ。顔が可愛いせいかもしれないが、相手にしてると恥ずかしいんだが……)
 とりあえず咳をして狼は尋ねる。
「仕事か?」
「うん。うちは何でも屋なところがあるしね。こういう類いのお仕事は得意中の得意だし」
「へえ……遠逆ってなにしてるんだ?」
「なにって……。派遣会社みたいな感じかな」
 派遣会社?
 想像する狼は吹き出しそうになる。
「てことは、おまえも派遣されたのか?」
「そういうことになるね。遠逆の退魔士は本家にいることがほとんどないし」
 初耳だった。
 狼は上海に居る彼女が時々寂しそうな表情を浮かべ、狼が店番をしていると楽しそうに話しかけてくるのを思い出す。
 彼女は態度に出る性格だったから良かったものの、欠月はそうではないようだ。
「た、大変なんだなぁ、遠逆の退魔士って」
「あっはっは。まあ旅が多いからね。いろんなところを見れて楽しいよ」
「へえー。そう考えると悪くはないのかもな」
「死ななければ悪くないんじゃない?」
 明るく言うけれど、おかしな言葉だ。狼は「え?」と疑問符を浮かべる。
「死ななければ……?」
「敵が強ければ、死ぬだろう?」
「は?」
「弱い退魔士には、死しかない」
「そ、それは……」
 そういう危険と隣り合わせにいるのは、狼とて十分にわかっているのだ。
「そ、そういう言い方はないだろ……」
「あれ? ボク、なんか変なこと言った?」
 首を傾げる欠月。
 狼は思い切って尋ねてみることにした。
「…………さっきの巻物は?」
「あれ? あれはね、封印の巻物。ちょっとここで四十四体の憑物を封じてるんだ」
 ぎくっとして狼は動きを完全に停止してしまう。
 それは、忘れようとしても、忘れられない。
 嫌な汗が出た。
「お、まえ……それ、なんのために?」
 四十四体の憑物を封じ、挙句それが己を殺すためであったと知らされたのは、まだ遠くない過去だ。
 彼女の、残酷な過去。
 欠月は怪訝そうにする。
「なんのため? さあね。ボクは命じられたからしているだけだけど」
「まさか……四十四代目と、なにか関わりが……!?」
 遠い上海にいる彼女をもう一度危険にしようというのだろうか? 冗談じゃないっ!
 欠月の穏やかな表情が変わった。冷たい視線になる。
「……もしかして、キミの知り合いって四十四代目なの?」
「え……あ、いや……」
「だとしても、ボクには関係ないけど。これはボクの仕事の一つにすぎない。四十四代目は関係ないよ」
「本当か……?」
「しつこいね」
 声に嫌悪が少しだけ混ざった。見かけによらず、欠月は短気なのかもしれない。
 彼は狼に背を向けて歩き出す。手に持っていた刀を落とすと、それは影に戻った。
「お、おい! 待てよ!」
 狼の声に足をピタリと止めて欠月が振り向く。
「おまえ、なにか呪われてるとか!? 脅されてるのか?」
 黙って狼を見つめてから、欠月は口を開いた。
「黒崎さん、夜道は危ないから気をつけなよ。ボクは優しくないからね、キミが危なくても助けるとは限らない」
 うっすらと笑って欠月は歩き出す。
 狼は顔をしかめた。
(あ、あいつよりタチ悪い気がする……!)
 だがこれは始まりの合図なのかもしれない。
 そう――――。
(あいつのためにも……俺はまだ、遠逆に関わるべきなのかもしれないな……)
 遠ざかっていく欠月の後ろ姿を見ながら、狼はそう思っていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 新しいシリーズ、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!