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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 男は顔をあげた。
 彼岸花の園にうずくまっていた少年は、そこに現れた娘に怪訝そうな表情を向ける。
「キミは……だれ?」
 少女の黄色いリボンが揺れた。
「あたし? あたしの名は遠逆日無子」
「とおさか……ひなこ?」
「可愛い名前でしょ? 気に入ってるの」
 にこっと微笑む日無子に、少年は虚ろな瞳だけを向けている。
「かわいい……きみ、かわいいね、ほんとうに」
「あら。ナンパされるとは思わなかったな」
 まんざらでもないという表情をする日無子。
「きみ……うつくしいね」
 ゆらりと立ち上がった少年は、低く笑う。
「あそこにいるあの子も、とてもかわいい」



「お元気でしょうか……」
 あの人は。
 上海へと旅立ってしまった彼のことを思う橘穂乃香は小さく微笑んだ。
 彼ならばきっと大丈夫だろう。
 散歩をしていた穂乃香は、顔をほころばせる。
「わあ……綺麗に咲いてますね」
 彼岸花が、とても綺麗だ。珍しい白の彼岸花も綺麗に咲いていた。
 秘密の散歩がやめられないのは、こうして美しい、小さな自然を目にできることだろう。
 新しい出会いや発見が得られる。それは屋敷の中では手に入れられないものだ。
「そうです。あそこに行ってみましょう!」
 元気に足の向きを変えた穂乃香は、お気に入りの場所の一つに向けて歩き出したのだった。

 町外れの神社は彼岸花の群生地。
 そこにやって来た穂乃香は、とっさに隠れる。
 彼岸花の園にうずくまっている少年と、その彼を見ている袴姿の少女がいたのだ。
(あ、あれは……?)
 なにかの撮影というわけではなさそうだ。少女は笑顔で少年を見ている。
「あたし? あたしの名は遠逆日無子」
 彼女はそう言った。
(とおさか……?)
 聞いていた穂乃香は我が耳を疑う。トオサカという名を、穂乃香は知っている。
 上海に仕事で旅立った彼の苗字もまた、遠逆だ。
 これは偶然の一致だろうか?
 少年はぼんやりと言う。
「とおさか……ひなこ?」
「可愛い名前でしょ? 気に入ってるの」
 にこっと微笑む日無子に、少年は虚ろな瞳だけを向けている。
「かわいい……きみ、かわいいね、ほんとうに」
「あら。ナンパされるとは思わなかったな」
 まんざらでもないという表情をする日無子。
「きみ……うつくしいね」
 ゆらりと立ち上がった少年は、低く笑う。
「あそこにいるあの子も、とてもかわいい」
 ぎくりとする穂乃香。
 隠れているのがバレている!?
 日無子はくすっと小さく笑った。
「一途じゃない男はモテないわよ?」
「かわいい女の子はだいすきだから……」
「…………」
 きょとんとした日無子は顔をしかめて首を傾げた。しぐさが可愛い。
「これは……えっと、あれなのかな。ロリコン? でもあたしと外見年齢は同じくらいだから、そうじゃないのかな。うーん……」
 うーんうーんと悩む日無子に少年は近づいた。
 腕を伸ばせば届く距離だ。
「でも、それが男として正しいんだろうし……変態ってやつなのかなぁ」
 かなりどうでもいいことで悩んでいるように見える。穂乃香はかなりハラハラしてしまった。
 あれは本当に遠逆の人なのだろうか?
 少年は日無子に手を伸ばした。だが日無子はムッと顔をしかめる。
「ちょっと。女の子に簡単に触ろうだなんて、失礼よ」
 一瞬で少年の首に薙刀の刃が突きつけられていた。
 その武器には光沢もなにもない。普通の武器ではないのだ。
 すべてが黒で作られた薙刀。あの武器には見覚えがある。遠逆特有の術。
(! やっぱりあれは……あの方は……っ!)
 少年はびくりとして動きを止め、それから日無子を見つめる。悲しそうに。
「どうして拒絶するの……?」
「はあ?」
「彼女も……彼女もぼくを……! ぼくを受け入れなかった……!」
 視線が穂乃香のほうを向く。ぎょっとして後退する穂乃香。
「かわいいねぇ……!」
「ひ……!」
 悲鳴をあげる穂乃香はその場に尻もちをつく。足を滑らせた結果、そうなってしまっただけなのだが。
 日無子は穂乃香のほうを見た。刹那、少年が日無子の武器をすり抜けて穂乃香目指して走る。
「あははははははははは! 彼女も言ってた! ぼくが嫌いだって! ぼくが嫌いだってさ!」
 哄笑をあげる少年。
 穂乃香は自身の手で頭をかばい、目を閉じる。
 どう足掻いても、自分の足では逃げられはしない。
「ちょっと、女の子を驚かすなんてサイテーじゃない」
 冷たい一言。
 いつまで経っても自分に攻撃が与えられないので穂乃香は疑問符を浮かべた。
 ゆっくりと瞼をあげると、袴が視界に入る。頭をあげて見ると、日無子が目の前に立っていた。
 少年の首が吹っ飛び、落ちる。
 一閃した薙刀で少年の首を刎ねたその技は、賞賛に値するものだ。
「……気持ち悪いやつね。あなたみたいな悪霊はいらないわ」
 そう言って日無子は持っていた武器を落とす。それはどろりと溶け、地面に染み込んで影に戻った。
 振り向いた日無子を見上げる穂乃香は、己の心臓が強く速く鳴っているのに気づいている。
(とおさかの、たいまし……)
 女の子もいたんだ、と頭のどこかで思う。
 痺れるような感覚。これは退魔士独自のものだろうか。
 す、と手を差し出されて穂乃香はきょとんとした。
「大丈夫?」
「え?」
「あれ? もしかして腰抜けた?」
 瞬きをしながら尋ねてくる日無子はにっこりと微笑する。
 穂乃香の手を掴み、強引に引っ張りあげる日無子。
「どこもケガはない?」
「え……は、はい」
「そっか。それは良かった」
 笑顔満開。
 そんな日無子に穂乃香は唖然とするしかない。
 穂乃香の知っている遠逆の退魔士は、こんなタイプではない。夜の闇に沈んでいる孤独な人だったからだ。
(ぜんぜん……ちがいます……)
「あ、あの……ごめんなさい!」
 バッと頭をさげると日無子は驚いたように目を丸くする。
「お仕事のお邪魔、してしまいました……!」
「ああ、なんだそんなこと」
 冷たく突き放されるのかと思っていたが、日無子は穏やかに微笑した。
「邪魔されてあたしが死んじゃうなら、あたしがそれだけの退魔士だっただけだから。あなたに責任はないわ」
「…………」
 なんだか、おかしなことを言っているように聞こえる。
 穂乃香は日無子を見つめた。
(いま、なんて……?)
 死ぬならそれまでだ、なんて言わなかったか?
「し、死んでいいなんてこと、ないです……!」
「あはは。そうだね。死にたいなんて思ってないって、あたしは」
 明るい日無子に、穂乃香は不安そうな顔をする。
「弱い退魔士は弱いから死ぬだけ。あたしは、自分が弱いなんて思ってないもの」
 自信満々のセリフ。
 想像していた遠逆の退魔士と、かなりかけ離れていた。
(ずいぶんと……社交的なひとです……)
 けれども。
(冷たい……目……)
 笑っていても、どこか冷めている瞳のような気がするのだ。
「でもあなたみたいな小さな子にも視えるとは思わなかったな。うーん、東京って奥が深い」
「わ、わたくし……あの……橘、穂乃香と申します」
「橘さんか。あたしは遠逆日無子」
 笑顔の日無子に、どこか安堵した。彼女は、怖いひとではない、と思う。
「ひな……ちゃん……?」
「ひな?」
 驚いたような日無子が大爆笑した。
「あはは! そんな呼び方したの、あいつ以来だ!」
「???」
「うん。好きに呼んでいいから。うくく……!」
 笑いを堪えるのに必死な日無子に、穂乃香は心の中で反芻する。
(ひなちゃん……)
 なんとか笑い終えた日無子は穂乃香を見遣った。
「そういえば、一人?」
「はい……お散歩中だったので」
「それは悪いことしちゃったな……。でも最近この神社は物騒だって知らなかった?」
「ここに来たのは久々なので……」
 肩を落とす穂乃香。
「そっか。知らなかったならしょうがないね」
 優しく言う日無子に、怒られるのではびくびくしていた穂乃香は驚く。
(やっぱり……全然違います……)
 同じ人間など存在しないのだから違っていても当然なのだが……。
「じゃあ今度から気をつけてね」
「はい!」
「あはは。元気がよくてよろしい!」

 日無子は穂乃香を屋敷まで送り届けてくれるそうだ。
「ありがとうございます」
「気にしないで。あ、でも誤解しないでよ? あたし、暇な時じゃないとこういう親切なことしないんだから」
「しないんですか?」
「しない。だって面倒だもん」
 はっきり言い放った日無子。
「あたし、自分を過信しないから。助けられると思ったら助けるけど、無理なら放置ね」
「無理をしてでも助けてあげないんですか?」
「しない。あたし、痛いのイヤなの」
 軽い調子で言う日無子に穂乃香は唖然とするだけだ。
(遠逆の退魔士さんって、いろんな方がいるんですね……)
 そう思いつつ、穂乃香は尋ねた。
「痛いの嫌なんですか?」
「誰だって嫌でしょ、ふつうは。それにあたしは退魔士。妖魔を退治する人で、人間を助ける人じゃないもの」
「はあ……」
 なんだか不思議な少女だ。
(ひなちゃんは……はっきり言う人なんですね……)
 いや、遠逆の退魔士は……穂乃香が知っている限りでは皆はっきりとものを言う。
「あ。あそこです、わたくしの屋敷」
「うわっ、大きいね」
 へえー! と感心の声をあげる日無子。
「ああいうのはなんて言うんだっけ。宮殿?」
「えっ!?」
「あ、違うんだ。もっと勉強しないとダメか」
「???」
「じゃあここまででいいか。屋敷に入るまではここで見ててあげる」
 にっこり。
 日無子の言葉に頷いた穂乃香は、屋敷へと歩いて行き、格子の門に手を触れる。
 振り向くと日無子が視線に気づいて軽く手を振ってきた。
「ひなちゃん」
「はい?」
「あの、また会えますか?」
「会いたいならべつに構わないけど、ちょっと忙しいからどうなるかわからないわよ?」
「忙しいって、お仕事がですか?」
「うん」
「そうですか……。では、また」
「またね〜」
 穂乃香は門を開けて中に入る。同時に背後で鈴の音が鳴った。
 振り向くともうそこに日無子の姿はない。
「ひなちゃん……」
 呟く穂乃香は門を閉めて屋敷へと入っていった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 好意的な日無子との出会い、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!