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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ママを探して

■Opening
「お疲れ様です、お茶入りました」
 紅茶の入ったカップを受け取り、木曽原・シュウは持っていた花をバケツに戻した。
 カップがとても暖かい。
「今日から、お茶も温かい飲み物にしました」
 隣で、エアも休憩に入ったようだ。先日まで、休憩時間の飲み物は冷たいジュースと決まっていたのだが、流石に、もうそれでは寒く感じる。秋なのだろう。
 エアの一言に、シュウは頷き紅茶を口に運んだ。

『うえぇぇん、うえぇぇん、お母さぁ〜ん、ずず〜』
 その時だ。シュウの耳に、悲鳴のような泣き声が届いた。エアに気付かれぬ様、そっと辺りを見まわす。
『お母さんが居ないよぅぅぅ、うえぇぇん、ずず〜』
 どうやら、一輪咲きの花の束から聞こえてくる様子。
 母が居なくなった……?
 急には信じられない事だった。そもそも、花に母など居るものか。更に目を凝らし、束を見る。そう言えば……、一輪、不自然に曲がりくねった茎を持つ花がある。泣いているのはこの花か。
『うえぇぇん、ずず〜、うえぇぇん、ずず〜』
 しかし、これは、うるさくてかなわない。もしかしたら、と、木曽原は考える。すなわち、花屋にある何かを母と間違えているのかもしれないと。
 それは一体、何だろう……?

■01
 新着メールを開封する。花屋からの注文確認メールだ。送り先――興信所、良し。送り主――ササキビ・クミノ、良し。花篭――季節の花を使ったアレンジメント、良し。項目を一つ一つ確認する。間違いが無ければ、これで注文確定。何て便利な事だろう、最近はネットで花を贈る事ができるのだ。
 ササキビ・クミノは、花屋のサイトから注文ページを開き、画面のイメージを見てみた。それは、色とりどりの花が美しく籠に盛られているもの。生け花とは少し違う様だ。説明には、吸水性スポンジに、花を挿していく……とある。お使い物としては値段も手頃で気張った感じもしない。クミノは花屋の注文システムを重宝していた。実際に花屋に出向かなくても良いと言う所が、また良い。
「……PS.――?」
 確認のメールを閉じようとしたところで、ふと手が止まる。
 『ご注文ありがとうございます☆店主からの一言』と言う項目に、何とも……不可思議な文章を見たからだ。

■02
―――――――――――――――――――――――――――
『ご注文ありがとうございます☆店主からの一言』

 いつもFlower shop Kをご利用頂き、ありがとうございます。
ご注文頂いた花篭は、本日中にお届予定です(店主より)。

PS.一輪の花が、母を捜して泣いています。
―――――――――――――――――――――――――――

 母を捜して?
 泣いている?
 それは……変な事だ。余程、切羽詰っているのか、そこには、聞こえてきたと言う花の言い分も一緒に記されていた。
 本当は直接花の言い分を聞くのが良いのだが、クミノが花屋へ行くことは……できないだろう。だいたい、時間がかかるようならば、花が枯れ果ててしまうし。
 クミノは立ち上がり、何度か椅子の前を往復する。頭に浮かんでくるのは、謎の節と花の名前。
――コスモスコスモス秋桜〜
 ピンクを基調に広がる淡い花。葉っぱは細やかで……何だか違う気がする。
――陽には向かない向日葵〜
 テキトーに唄ってたら今度はヒマワリが首を振っていて……。
 口元がほころぶ。
 何かに合わせて、幸せそうにご機嫌に、首を振るヒマワリ。ちょっと笑ってしまった。何だ? その状況。
 クミノは、再びパソコンへと向かった。

■03
―――――――――――――――――――――――――――
送信者:ササキビ・クミノ
宛先:Flower shop K
件名:Re: ご注文確認

本文:
> PS.一輪の花が、母を捜して泣いています。
 花の母は、扇風機。
 もう、しまっちゃったのでしょう?
 大丈夫もうすぐお母さんは帰ってくるよ、と伝えて
―――――――――――――――――――――――――――

 いやいや。ここまで書いた所で、クミノはキーボードのDeleteキーを何度か押下する。結局、用件のみのメールに決めた。

―――――――――――――――――――――――――――
送信者:ササキビ・クミノ
宛先:Flower shop K
件名:Re: ご注文確認

本文:
> PS.一輪の花が、母を捜して泣いています。
 花の母は、扇風機。
 もう、しまっちゃったのでしょう?
―――――――――――――――――――――――――――

 花には大丈夫と伝えてあげたいけれど……。セラミックヒーターやハロゲンヒーターの出てくる頃まで、その花が居るとは限らない。そもそも、花屋で使って良いものかどうかも分からないし。
 考えながら、もう一度、扇風機に合わせて首を振るヒマワリを想像する。
 夏も終わり、今は秋。季節が変って、花屋に無くなった物……扇風機?
 不自然に曲がりくねった茎とは、扇風機を見て自分も回ったからだろうか?
 花の泣き声が、扇風機とは違う気がしないでもないけれど……。思いつきと勢い。クミノは送信ボタンを押下、メールが送られる様子を見ていた。
 思いつきなので、もし違っていたらきちんと花の話を聞いてあげてと、心の中で花屋の店主へお願いした。当然だけれど、何の力も乗せない、ただの冗談。
――コスモスコスモス秋桜〜
――陽には向かない向日葵〜
 頭の中で、もう一度あの節をリフレイン。花は無事母と会えるのだろうか? そうだと良いのに。クミノはコンピューターの電源を静かに落した。

■04
 ササキビ・クミノからメールを受け取った木曽原・シュウは、すぐさま扇風機を倉庫から引っ張り出した。とにかく、うるさくてかなわない。この肌寒いのにと、鈴木・エアが奇妙な目で見ているが、まず扇風機が一番だった。
『うえぇぇん、うえぇぇん、お母さぁ〜ん、ずず〜』
 花の束のとなりに扇風機を置いてみるが、花は泣き止まなかった。おかしい。もしや、スイッチが入っていないからか。木曽原は、思い至ってすぐに電源を入れる。
 やがて、モーター音と共に、涼やかな風が生まれてきた。
『うえぇぇん、うえぇぇん、ずず〜』
 ……。
 泣き止まない。
 どうしたものか……。これでは、気が散って作業もままならないのだ。
「そんなに暑いですか? 店内」
 木曽原の奇行を遠くから見守っていたエアだったが、タイミングを見計らっていたようだ。手には、休憩のお茶セット。ホットの紅茶と……木曽原に差し出されたものは、冷たいジュースだった。足元では、なお扇風機が冷たい風を吐き出している。
 扇風機を出してくるほど暑いのかと、気を使ってくれたのだろう。木曽原は、何も言わず、ジュースを受け取った。そして、ストローで冷えた冷たい液体を吸い上げる。
 ずずっと、ストローを通して体内に吸収される甘くて冷たい飲み物。木曽原の頭がキーンと鳴った。肌寒い秋に、冷たい飲み物は、厳しい。
『あっ、あっ、お母さぁ〜ん』
 けれども。
 足元の花に、若干の変化。
 驚きのあまり、木曽原は座り込んでしまった。
 温かい飲み物を飲むようになって、使わなくなった……。
 飲み口の方が曲がっているのを、茎が真似たのだろう……。
 そして、『ずず〜』と言う不自然な音……。
 花が母と間違えたもの――それは、つまり――。
<end>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 1166/ササキビ・クミノ/女性/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。 】
【 NPC/木曽原・シュウ 】
【 NPC/鈴木・エア 】

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■         ライター通信          ■
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ササキビ・クミノ様
 こんにちは、依頼へのご参加ありがとうございました。ライターのかぎです。
 クールな口調のクミノ様の頭の中で浮かび上がる唄が、何とも素敵で。まずそれに惹かれました。母の件につきましては、結果的に何とかなったと言う事で……。クミノ様には、お礼にドライフラワーを送ります。ドライフラワーですので、クミノ様にも楽しんでいただけるかと。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。