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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


悪夢を越えて

 これといってやるべきこともなく、桐姫はその辺に散らばっている雑誌に手を伸ばした。
 畳に寝転がって、ぱたぱたと足を軽く動かしながら、今手にしたばかりの雑誌を放り投げる。
「タイクツー」
 手にした雑誌は桐姫にはたいして興味のあるものではなく、すぐに飽きてしまった。
 封印されている時よりは百倍ましだけれど、ましだろうがなんだろうが暇なもんは暇なのだ。
 テレビでも見ようかとリモコンに手を伸ばそうとしたその時。聞こえてきた扉の音に、桐姫は頭からひょこんと覗いた狐の耳を動かした。
 ぱっとその場に立ちあがり、すぐさま玄関の方へと駆けていくと、出かけようとする勇愛の姿を発見した。
「どこ行くん?」
 ニパリと外見相応の――実年齢から考えればかなり子供っぽい――表情で悪戯っぽく笑う。
「うちも一緒に行くわ」
「遊びに行くんじゃないの」
「わかってるって。仕事やろ?」
「だから、桐は留守番していて」
「さー、妖怪退治に出発や!」
 勇愛の警告をさらりと無視して聞き流し、宣言ののちにくるっと勇愛へと笑いかけた。
「で、目的地は?」
 溜息とともに、呆れたような視線が向けられる。その勇愛に向けて、桐姫はダメ押しとばかりに付け足した。
「自分の身くらい自分で守れるわ」
 見た目こそ幼い子供でしかないけれど、その実体は数百年を生きた大妖怪だ。桐姫の主張に勇愛は何も言わずに歩き出したけれど、追い返そうとする様子もない。
 どうやら、了解が出たようだ。
「お仕事先は?」
 無邪気な笑顔とともに告げられる改めての問いに、勇愛はぽつりと声を返した。
「街外れにある洋館よ」
「ああ〜。うちも話には聞いたことあるわ」
 広大な敷地とボロイ大きな洋館。肝試しスポットとして有名だったらしいのだが、最近、そこに出かけたまま帰って来ない者が多いらしい。
 勇愛の話によれば、それは最近になって急に溢れ出した悪霊の仕業であるそうで、勇愛はその調査と退治を巻かされたのだそう。
「最近、こういう事件が多いわね……」
 説明の最後にふと。勇愛はそう呟いた。





 現場である洋館は、外からでも明らかにわかる、高い霊圧に満ちていた。
「……」
 桐姫を連れてきたことを後悔しているんだろう横顔を眺め、けれどもちろん、素直に引き返すつもりなどなく。
 むしろはしゃいだ様子で、桐姫はぱたぱたと小走りに洋館へと駆け出した。
「桐!」
「大丈夫やて」
 大きな両開きの扉を押すと、外から吹き込む風に室内のほこりが舞う。
「うーわー。汚れとるなあ」
「桐、下がって!」
 言うと同時、桐姫が動き出すよりも先に、勇愛がバッと前方へ駆け出した。
 その髪のからは銀狼の耳が立ち、服から銀の尻尾が覗いている。
 部屋のあちこちに悪霊が満ちていて、問答無用に襲ってくる。変身した勇愛は、鋭い爪で一瞬にして悪霊たちを殲滅させた。
 その後も傷らしき傷を負うこともなく。勇愛の背後を駆ける桐姫には一体の悪霊すら届かせることなく。
 勇愛は悪霊を倒しながら屋敷の奥へ奥へと進んで行く。
 しばらく駆けた先に辿り着いたのは、リビングなのだろうか……かなり広い部屋だった。その部屋の中ほどに、行方不明になっていた人たちが倒れている。
 すぐに駆け寄っていった勇愛は、無言のままに俯いて、周囲へと目を向けた。
 勇愛のあとからそっと近づいてみれば、倒れている人たちには外傷はなく、全員、衰弱死であるらしい。
 こんな街中で、こんなにたくさんの人が衰弱死するなど……明らかに、おかしい。
 辺りを調べはじめた勇愛が、ふいに、動きを止めた。
「勇愛……?」
 答えは、なかった。
 ただ勇愛は、力をなくしてその場に崩れ落ちる。
「勇愛っ!」
 傍に駆け寄り声をかけるも、勇愛はうなされるだけで起きる気配はまったくなかった。
 おそらく、ここに、何かがいるのだ――たくさんの人を衰弱死させ、今、勇愛の意識を奪ったモノが。
『お前もそいつと同じ悪夢の中で苦しみ死ぬがいい……』
 部屋の中に反響するようにして、声が聞こえた。
 と、同時。
 目の前に現れたモノが、桐姫に向かってガスのようなものを噴射した。
「夢魔の一族か……」
 漂うガスは、人を眠りに誘う物。
 けれど桐姫には、なんの効果も齎さなかった。
「悪夢は、もう見飽きたんよ」
 九つの尾と強大な妖力を持つ、桐姫には。
「あんたの目的はなんや?」
 晴れたガスの向こうにいたのは、幼い子供ではなかった。
 同じ髪の色、同じ瞳の色。同じ面影を強く残す女性は、確かに桐姫と同一人物だということがわかる。
 けれど幼い姿の桐姫とは明らかに違う、強い妖力――九尾持つ妖狐。
『貴様に語ることなど、無い!』
 叫ぶと同時、夢魔は巨大な鎌を振り下ろしてきたが、桐姫は、手にしたキセルであっさりとその鎌を受けとめる。
「しかたあらへんな」
 夢魔の、驚愕の声が零れた。
 だが桐姫は、そんな夢魔の声も表情もすべて無視して、扇を開く。
「消え」
 風が、吹く。
 死者も生者も無機物も。
 すべてを等しく滅する、強い風が。
 夢魔の身体が崩れて消えていくその様を確認してから。桐姫は、パチン、と扇を閉じた。
 微かに瞼を震えさせた勇愛の様子を見つけて、幼い子供の姿に戻る。
「ん……」
「勇愛、目が覚めたんやな?」
「桐……。悪霊は?」
「さあ? 急にいなくなってしまったんや」
 洋館にはもう、あの高い霊圧はない。
 親玉を倒したことで、雑魚も散り散りになってしまったのだろう。
 行方不明になった人々は助けられなかったが、勇愛の仕事はこれで、終わり。
「帰っておやつ〜♪」
 のんきに歌う桐姫は、何も言わない。
 夢魔のことも、自身の本来の姿のことも。
「今日のおやつはなんやろな♪」
 どこか納得いかなさそうな勇愛の手を引き、桐姫は明るい子供の笑みを浮かべ、洋館をあとにするのだった。