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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


新たなる再会
 ――パチン。
 鋏を今朝届けられたばかりの花に入れる小気味良い音が、純和風の室内に響き渡る。
 障子を開いた外は、日本国内にまだこんな場所が残っているかと思われるような庭園が秋の装いを見せ、池にかかる影までも赤々と見えるような楓が風になびいている。
 その中で、床の間に飾る花を生けながら、白神久遠が外の景色に目を細めた。
 今日は部屋の中にも秋を呼び込もう。
 そんな事を考えつつ、丁寧に選んだ花にひとつひとつ鋏を入れていく。
 静寂が、この部屋の中ばかりでなく、屋敷じゅうを支配していた――そう思えたのもつかの間、遠くからざわざわとした人の声と廊下を歩くどすどすという荒々しい物音が小さく聞こえて来た。
「…………」
 そっ、と花を広げられた紙の上に置きなおしながら、音の行方を探る。耳に伝わる音の様子では、歓迎されない客人らしいが、果たしてそれは久遠にとってなのか、屋敷にとってなのか――それを見極めるように。
「これ以上は通せません! 勝手に上がりこんで、無礼極まりない……!」
 ようやく声が届いたと思えば、久遠の身の回りを世話する女性たちの叫び声。緊急時こそ落ち着いて話すように言っているのに、と久遠がちょっと拗ねてみせるも、その声に被せるように、聞き覚えのある、しかし聞くことはもう無いだろうと思っていた男の声が聞こえた気がして目を見張った。
 そのまま片付けもせずに立ち上がり、さらりと廊下へ通じる障子を開く。
「あ――お館様」
「何の騒ぎですか」
 凛とした久遠の声に、ざわめきが一瞬で収まった。そこにいるのは、おろおろと怯えた様子を見せる数人の女性、怒りと言うよりは嫌悪感をあらわにしている屋敷に詰めている男性たち。その中に、そこにいる筈の無い男を見つけて一瞬声を失う。
「よお。久しぶりだな」
 ヒトの姿を取りながら人ではない存在――鬼。けれど、人の姿を取って久しく、不穏な噂すら耳にすることが無かった男。
 男女に警戒されながら囲まれてここまで来たものの、にっちもさっちも行かなくなって困ったような顔をする、そんな人間くささまで見せる白紋が、そこに立っていた。

*****

「久しぶりですね。お元気でしたか?」
 生け花の続きは他の女性に任せて部屋を片付けさせた久遠が上座に座り、表面上は穏やかに言葉を掛ける。
 無理に人払いをさせたため、他の者の声は無い――が、屋敷全体が緊張感でざわざわと囁いているような気がして落ち着かない。いや、それは自分のこころもそうだろう。
 目の前の男は、不安感を掻き立てて来る何かを持っている。
 それは、鬼の気なのか、それとも他のものなのか。……聞くのが、少し怖かった。
「不思議なもんで、まだ生きてる。生かされてると言った方がいいか」
 人の暮らしによほど慣れたのか、きちんとその場に座っている白紋が、今までの年月を振り返るようにしみじみとした声で応える。
「……貴方の口からそのような殊勝な言葉を聞ける日が来るとは思ってもいませんでしたよ。あの子が私の前からいなくなって以来ですものね」
「ああ」
 世間話のような切り口で続けている会話は、どこか綱渡りのような危うさを持っている。それは、白紋が何故今になって突然久遠の目の前に姿を現したか、それが分からないからなのだろう。
 彼はこの屋敷の者に――いや、白神一族の者に、そして水上家に連なる者全てに忌み嫌われている存在なのだから。それも全て、彼の身の程知らずな行為のため、と言う『事実』のお陰で。
「それで?近くに寄ったから挨拶に来たわけではないのでしょう?」
 暫く他愛もない世間話を無理やり続けていた久遠が、少し声を落として白紋へと問うた。
「……それだけならいいんだが。ちょっとした情報が手に入ってな」
「情報?」
 久遠がその言葉の意外さに軽く首を傾げる。白紋は口を開いた勢いで言おうとしているように、ひたと久遠の目を見詰めながらこう続けた。
「あいつの死んだ原因についてだ」
 そこまで言ってしまうと、後は堰を切ったように言葉が溢れ出していく。
 どうやら、彼は自分の妻の『事故死』がどうしても納得出来なかったらしい。そこに何者かの意思が介在している可能性を感じ取り、それを突き止めようと一族の前から姿を消していたと言うのが真相のようだった。
「……そんな」
 久遠が小さく呟いたのは、彼女の死の原因が他にあったという事のショックだけではなかった。
 確かに久遠に連なる者たちは白紋に対し良い感情など持っていない。けれど、それでも味方のつもりでいた自分にさえ何も言わず姿を消していた彼に、彼女以外の人間を拒絶する心があったと言う事実に気付かされたためだった。
「でも。どうして、今になって私へ告げに来たのですか?」
「つい最近になって、新たな情報を掴んだからというのもあるが……おまえには大きな借りがあるからだ。とてもじゃないが返しきれない借りがな。だから、――それだけだ」
 最後の言葉はつけたし臭かったが、姿を消して18年余り経つ間に、何か彼の心を変える出来事があったらしい。
 それが何か聞きただしたかったが、きっと彼は教えてくれないのだろうと思っていた久遠の耳に、信じられない言葉が飛び込んで来た。
 だから、一瞬彼が何を言ったのか分からなかった。
「どういう、こと、ですか」
 声が震えるのは、本当に久しぶりに彼女の死を思い出したからだろう。白紋が、聞いていなかったのか?と呟いて、同じ言葉を繰り返した。最初は辛そうに、二度目は淡々と。「あいつを殺したのは、鬼……俺と同種の血を持つ一族の者の可能性が高い」
 ――と。

 疑問は、あった。
 あまりにも突然の死、その事自体疑惑だらけだった。
 けれど、確かめる術はどこにも無くて、ただ心の内でそっと噛み締める事しか出来なかった。その彼女の前に、白紋が現れて突然そんな事を告げたのだ。
 心が、ざわざわと――ざわめいていく。
 そして気付けば、白紋は尚も何かを言っていた。許せないとか、復讐を誓うとか――。
「お待ちなさい」
「何だ?止めるつもりなら無駄だぞ」
 話を終えた白紋が立ち上がり、居心地の悪いこの場から立ち去ろうとするのを久遠が止めた。それにくるりと振り返りながら、警戒している様子の白紋が言い放つ。
「いいえ?私は止め立ては致しませんよ。白紋さんも大人でしょうから、無謀な事はなさらないと信用してますもの。そうではなくて、このまますぐに行かれるつもりなのですか?まさか、ここまで来て操ちゃんに会わないで行くなどと言う事はありませんわね?」
「……いや。俺はあいつを捨てたようなものだからな。会う資格も無いし会うつもりも無い」
「そうですか」
 半ば予想通りの言葉に、にこりと笑う久遠。
 ――白紋が、嫌な予感に気付き、部屋を飛び出そうとした時には既に遅かった。
「ふふ。そのままでお待ちくださいね」
「そのままっておまえ、何をッ!?」
 全身を目に見えない力で捕縛され、座ったままの姿勢さえ保てずにころんと畳の上に転がる白紋が、唯一自由になる目と口で精一杯の抗議をするものの、意に介さない久遠はにこりと楽しげに彼に笑いかけると、障子をさらりと開いて廊下へ出て行った。
「水上操を至急、私の元へ呼び寄せなさい。大切なお話があります」
「……承知しました」
 人払いされたぎりぎりの範囲で様子を窺っていた者たちにそう告げると、久遠は先程まで憂えていた表情を今度は悪戯っぽい笑みに変えて、楽しそうに微笑んだのだった。
 どこかの部屋で、久遠の発した言葉が聞こえたのか、抗議の声が聞こえているような気がしたが、それを涼しい顔で聞き流しながら。

*****

 至急と言った久遠の言葉が効いたのか、操がやって来たのはそれからすぐの事だった。どうやら学校が終わって帰ってきたばかりらしく、清楚なデザインの学生服に目を細めつつ、久遠がにこりと笑って操を招き入れる。
「緊急の用件とお聞きして参りました。何の御用でしょうか?」
 対して操は緊張の面持ちだった。それは無理もないだろう。今まではそうした急な呼び出しはあまりなく、しかもあったとしても久遠自らの妙にテンションの高い呼び出し電話によるものだったのだから。
「今日は久遠じゃなくて長として呼んだのですよ。操ちゃんにどうしても引き合わせたいひとがいるのです」
「引き合わせたい…人?」
 その言葉で仕事ではないらしいと分かったが、それでも久遠の意図が分からずに固い表情のまま、久遠の後に付いて移動する操。
「開けますよ」
 中に誰かがいる気配――それも、操にとってはとても嫌な予感のする気配に身体を固くする操に構わず、久遠が中へ声をかけて障子を開く。
「……」
 そこに不自然な格好で転がっていた男と目が合った。

 ――鬼。

 鬼が、ここにいる。

「お館様、これは一体」
「久遠ちゃんって呼んでと言っているでしょう?……まあいいわ。彼が今日から貴方の相棒です」
 操が顔を強張らせながら詳しい事を聞こうとした矢先、久遠がにこりと笑ってそう言った。
「え……っ」
「!?」
 その言葉には、操だけでなく男までもが大きく目を見開いていた。
「お……お断りします。私には必要ありません。まして――」
「鬼だからですか?」
「っ!」
 転がったままの男は放置したまま、ゆったりと上座に座る久遠。そのすぐ近くに出されていた座布団には座らず、少し離れた位置に正座した操が顔色を青ざめさせながら軽く頷く。
「これは長としての命令です。それでも受けられませんか」
「……それは」
「私も頭ごなしに命令したくはないのですよ。けれど、あなたにはしっかりとした相棒が必要なのです」
「わ、私には前鬼も後鬼もいます」
「……操さん」
「っっ!?」
 ほんの少し、久遠の目がひやりとした冷たさを増す。
 さん付けで呼ばれたのはどのくらいぶりだろうか、と考えながら操が顔を上げて、
「ならば、お願いです。相棒に付けたいと思うのであれば、足手まといはいりません。私と同等か、さもなくば私よりも実力が上の者である事を証明して下さい」
 僅かに声が震えているのは、長に逆らっている事の重圧に耐えているからか。それでも我を通そうとする操に、今度はふんわりした笑みを浮かべた久遠が、
「良いでしょう。……では、二人とも庭へ」
 白紋の戒めをさっと手で払っただけで解くと、部屋の障子をさあっと開け放った。

*****

 はらはらと、風に舞う紅い楓が、対峙する二人の間をするりと通り抜けていく。
 それを見守るのは二つの目。――気配や視線で戦いを邪魔してはならないと厳命し、庭と庭に面した場所への立ち入りを禁じての事だった。
「どうした?突っ立っているだけでは俺は倒せないぞ」
「――ッ!」
 ぼう、と立っているように見えるのは白紋の方。操は最初から手首に在る前鬼と後鬼を刀へと変え、二刀流の構えで全身から気を噴き出させていたと言うのに。
「はあああ……っっ!」
 いきり立った操が、それでも普段慣れ親しんだ動きを踏襲しようとするように、無意識に呼吸を整えてざ、っと片足を踏み込み、全く動く様子の無い相手へと刀を振りかぶった。
 かぃん!
 途端。今まで何も得物を持っていないように見えた男の手には棍があり、操の攻撃を受けていた。
「この…っ」
 刃と棍と合わせ、ぎりぎりと力比べをするように押し合う二人。
 ――ず、と押された足が動いたのは、男の方だった。その隙を逃さず、操が出来る限りの速度で連激を叩きつける。
 それは、容赦ない攻撃に見えた。小柄な身体のどこにそれだけの力があるのかと思われるような動きで、的確に男を攻め続ける彼女の方が優位に立っているように見える。
「……」
 縁側に座布団を出してその上にちょこんと座りながら、久遠は静かにその様子を見詰めていた。
 かんかんかんかん、と軽い音がしているのは、男の棍が操の攻撃を受けているからだろう。それだけ押されていても尚、男が降参しないのは意地を張っているだけかと操が男を睨みつける。
 幾合得物を合わせたのか。一足飛び退り、ふぅっと呼吸を整えている操を眺めていた男が軽く首を傾げる様子を見せると、
「それで終わりか」
 手の中の棍を指先で引っ掛けてぶらぶらと揺らしながら呟く。
 その声に幾分か驚きが含まれているのに気付いて、眉を寄せる操。が、そんな事に不審を考える余裕はとうにない。
 ――あと、数合。
 余力を残しつつ刃を合わせたつもりでいたが、気付けばいつの間にか操は体力をかなり消耗していた。ダメージを与えていた筈なのに、と相手を見て、そして愕然とする。
「どうした」
 その言葉は質問ですらない。
 何故なら、円を描きながら棍を手に収め、軽く足に力を入れながら構えを見せた男は、全身から初めて闘気を漲らせていたからで。
 ――全て受け流されていた。全く一度もダメージを与える事が出来なかった。
 そして男は、操がもうほとんど相手の出来る状況ではないと知っている筈だった。
 だから、男の台詞は質問ではない。
「来ないのなら、こちらから行くぞ」
 次の言葉に行くためのステップでしかなかった。

*****

 これだけか。
 たった、これだけ、なのか。
 時期やよしと見て反撃に転じたものの、身体は動くに任せながら白紋は深い思いに沈んでいた。
 彼女の手にある得物は前鬼と後鬼。昔は白紋の力の源だったそれは、今は娘の手の中にある。――それほどのハンデを付けていても、彼女は力を失った白紋にすら遠く及ばない。
 人間としては、能力の受け皿が小さすぎる事を、白紋は操を先程見た時から見抜いていた。普通の生活を送るならそれでも良い。けれど、操は毎日の戦いの中に身を置く体だ。今まではたまたま各下の相手と戦えていたのだろうが――。
 彼女では、純粋な『鬼』と出会ってしまったら、ひとたまりもないだろう。
 何故だ?
 ――考えるまでもない。
 ようよう刀で白紋の棍を受けている操を見ながら、にやりと自嘲の笑みを浮かべる。
 彼女は完全な人の子ではないから。
 自分の血を引いてしまっているから、だ。
 鬼の血と人の血が混じった場合、それは過去にも幾度かあったらしいが、大抵は人と鬼の血が上手く融合せずに、鬼としても人としても半端な力しか持てない者として育ったという。
 それでいて、互いの存在から忌み嫌われ、憎まれ……幸せな人生を送れた者などいない。
 操もか?
 ――彼女もまた、同じ道を歩むのか?
 操の喉笛を突き破らんばかりの攻撃を加えながら、白紋はぎりりと歯を噛み締める。
「それまで。二人ともご苦労様」
 その思いを破ったのは、ぱんぱんと手を打ち鳴らして言った久遠の言葉だった。
 ぴたりと動きを止めた白紋の手にあった棍は、操の刀を跳ね飛ばし、胸元ぎりぎりの位置にある。それを見て、久遠がにこりと笑って操に向き直り、
「どうですか。これでもまだ逆らうと言うのですか?」
 肩で息をしている操へと静かに言葉をかける。
「……確かに、私では敵いませんでした。分かりました、承諾します」
 渋々とその言葉を告げ、まだ敵愾心のある視線を白紋へ向けると、
「そう言うことです。……仕方ありません。あなたを相棒と認めましょう」
「良かったわ。これで一安心ですね」
 打って変わってにこにこといつもの笑顔に戻った久遠が二人を部屋に上げ、
「改めて紹介しましょう。彼の名は白紋。操ちゃんも気付いていると思うけれど、鬼です。相棒と言っても使役するつもりでこき使ってあげなさいね」
「おい、それは……」
「はいはい、使役されるひとは黙っていて。きっと役に立ちますよ。炊事洗濯からお使いまで」
「おいっっ」
 本当の事でしょう?と笑いかけられて言葉に詰まる白紋。その手からうねうねと蠢く不可視の紐の存在を感じなければ、全力で反論するつもりでいたのだが……と言うより、どうして娘に会う会わないと言う話からここまで話が進んでしまったのか、白紋には理解不能だった。
 ――嵌められたと言う事だけは分かっていたが。
「……はい」
 対して、操は硬い表情でこくりと頷いただけ。
 それは無理もない事かもしれない。鬼の血を引く子と言うだけで今まで受けた数々の嫌がらせや悪意、捨てるに捨てられない自らの血が背負う業を、操はただ一人でその肩に受け止めて来たのだから。
 そしてもうひとつ気付いた事は、操は父の名を知らされていないと言う事。それだけではない。白紋がこの屋敷を訪れたのは18年前以来だったためか、屋敷の者でさえ彼を鬼とは気付いても、操との繋がりは気付かなかったらしい。
 もし気付いていたとしたら、久遠の一族の名の元に大々的な狩りが行われていただろうから。
 久遠までが名を秘していたのは、久遠の一族にこの名が知られるのを防ぐためだったかどうかは分からないが、まだ親子の対面などするつもりも無かった白紋にとっては都合の良い事になりそうだった。
 どのみち、久遠に嵌められたのは間違いない。
 ならば、毒くらわば皿まで、と覚悟を決める他無かったのだ。
「そう言う訳だ。……よろしく頼む」
 昔々、似たようなシチュエーションがあったな、と思いながら、その当時よりは随分と丸くなった白紋が操に向き直り。
「……分かりました」
 操は――無表情で、その言葉を受けていた。

 そして久遠は。
「白紋、彼女を守ってあげなさいね。泣かせたらお仕置きですよ?」
 久遠だけは、二人の間に漂う緊張感に気付いていながら、ほんわかとした笑みをいつまでも浮かべていた。


-了-