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<東京怪談・PCゲームノベル>


具現化協奏ファントムギアトルーパー――testee3

 ――季節は夏から秋へと移り変わった。
 夏の暑さを乗り越えれば、僅か数ヶ月の心地良い月日が訪れる。
 気温は汗ばむ程の暑さでもなく、陽光が照らす空は穏やかそのものだ。
 そんな一時こそ、人は色んな事を考え、この快適な季節を満喫しようとする。
 食欲の秋、読書の秋、芸術の秋‥‥。
 そして、学園では様々な行事が執り行われる季節。
 体育祭、文化祭、林間学校‥‥。
 紅葉が彩る山林への坂道を、数台のバスが登って行く――――。

■testee3:林間学校の中で
 灰色に近い銀髪ショートヘアの少年は、暗紅色の瞳を一心に注ぎ、ジャガイモの皮むきに専念している。綺麗な顔立ちをしているが、華奢な体型からか、あまり健康的な雰囲気を感じさせない。
「どうしたの? 尾神くん、楽しそうじゃないわよ。押し付けられたの?」
 大きな暗紅色の瞳が、腰を屈めて訊ねて来た中性的な女教師を映し出す。二人は教師と生徒以外の接点があった。共に妖機怪と戦うパイロット同士。尾神七重は弱々しく笑みを浮かべる。
「違いますよ。僕は力仕事に向いていませんから、夕飯の準備を選んだだけです」
「ふーん、偉いじゃない」
 シュライン・エマの言葉に、驚いたような表情を浮かべ、瞳を見開いて外国語講師へと顔を向けた。
「偉い? 僕が、ですか?」
「えぇ、だって自分のやるべき事を自覚しているのよ。この中には、自分に何が出来るか、どうすれば良いのか分からない生徒の方が多いと思うわ」
「そう、ですか」
「頑張りなさい。皮むき過ぎちゃ駄目よ。怪我にしないでね」
 呆然とする中、シュラインはエールを送ると背中を向けて歩き出す。
 この時は、先生なりの内気な生徒への気を遣った対応だと、感じていた。
 しかし――――。

●意識した想い
「ジャガイモの皮むきをしていますの?」
 聞き慣れた声が飛び込み、思わず少年の手作業が止まる。ゆっくりとあどけなさの残る端整な風貌をあげると、珍しそうにジャガイモの皮むき器具を眺める銀髪の少女が映った。
「し、鎮芽、さん」
「はい?」
 小首を傾げて笑顔を浮かべる少女。前屈みのまま西洋人形のような顔をあげ、手で抑えた長い銀髪がサラリと揺れる。
「お邪魔だったかしら?」
「いえ、‥‥そんな事は、ありません」
 動揺を隠せず、七重は一心不乱にジャガイモの皮をむき捲った。かなりの量をこなしたからか、その手付きは鮮やかだ。
「上手ですのね☆ だから一人で任せてもらっていますの?」
「‥‥いえ、皆とテント作りより、こうやって一人でやる方が向いているだけです」
 ここで、「はい、誰も率先してやらないから」と言えれば恰好もつくが、彼はそれほど器用ではない。恰好悪いな‥‥と、気付き、少年は表情を曇らせた。
「まぁ☆ それではやはり進んでやっておりますのね♪ 偉いですわ」
 何時ものように両手を合わせ、鎮芽は感嘆の声をあげて微笑んだ。少年は再び同じ言葉を耳にし、唖然とした表情を浮かべる。
「‥‥偉い、ですか?」
「えぇ、そうですわ☆ だって、尾神さんが準備しなければ、夕飯が遅れていたではありませんの」
 確かに、他のメンバーはテント設営に総掛かりである。彼の機転が無ければ、男子だけで夕飯が完成に辿り着いたか微妙だ。何となく嬉しくなり、七重がはにかむ。
「そう、ですか。‥‥あの、‥‥食べますか。もし好きだったら‥‥その、僕の班の、カレーを」
「カレーを? ですの?」
 きょとんとする少女に、少年の幸せな時間は音を立てて崩れた。相手はお嬢様でクラスメイトでもない。まして、生徒達で作ったカレーが美味しい確率は30%もないだろう。
「はい、戴きますわ☆」
「‥‥え?」
「え? ご冗談でしたの?」
「い、いえッ、えっと、その‥‥」
「でも、皆さんとご一緒は出来ませんわ。私の分を残しておいて下さいます?」
「は、はい。もちろん残しておきます」
 クスリと笑い、少女は視線を流しながら、ゆっくりと七重の前を横切ってゆく。
「楽しみにしておりますわ☆ では、失礼しますね」
 少年が呆然とする中、髪の香りを残して鎮芽は歩いて行った。
「よし! がんばるぞ!」
 ささやかにガッツポーズを見せて、自分を奮起させた時だ。
「え? これは‥‥」
 突如、倦怠感と激しい空腹感が強襲した。普段から体力のない七重はガクリと膝を着き、苦悶の表情を浮かべる。
「‥‥ひだる神、ですね」
 ――ひだる神。
 憑き物の一種とされ、山道を行く旅人等に不意な倦怠感と激しい空腹感を与える妖怪である。
 この妖怪に憑かれている間は、空腹感が満たされず、命の危険すら伴う――――。
 少年はポケットを弄り、小さな袋を取り出した。結び目を解き、掌に注いだのは米粒だ。
「‥‥確か、言い伝えに、こんな対策があった筈、です」
 七重は掌に『米』と書き、三度舐める。すると、多少活力が戻ったように感じた。
「‥‥威力が弱まったみたいですね。! 鎮芽さんは無事でしょうか?」
 少年は消耗した体力に喝を入れ、少女を探して駆け回った。しかし、鎮芽はどこにも見当たらない。もしかすると以前のようにテレポートで危機を逃れたのだろうか。多少、落ち着き周囲を見渡すと、スラリとした若い女講師を捉えた。
「エマ先生!」
 聞き覚えのある少年の声に、シュラインが振り向く。瞳に映ったのは、荒い息を吐いて駆けて来る七重だ。シュラインは一気に地を蹴り、彼の元へ走った。運動が苦手で体力もない少年が腰を屈め、苦しそうに暗紅色の瞳を向ける。
「ハァハァ‥‥妖機怪、です。何とか威力は抑えましたが、何処にいるのか分からなくて」
 七重の能力は、探したい者や物を思い浮かべると、近くに対象が存在するかどうかが何となく分かるというものだ。しかし、ひだる神の形を思い浮かべられなければ確認は困難である。
「待って! 多分、妖機怪は動いていないわ。兎に角、ファントムギアを呼びましょう。具現されれば能力も拡大すると思うの」
「は、はい!」
 二人は懐中時計を取り出し、スイッチを入れた。
 ――霊波動確認 パイロット照合:シュライン・エマ、尾神七重
 霊駆巨兵ファントムギアトルーパーリフトアップ―――― 
 大地が割れ、中から体育座りをした鋼鉄のシルエットがニ体セリあがる。若い女講師と少年は、それぞれ霊駆巨兵へ駆け出し、コックピットへ飛び込んだ。
 シュラインが再び意識を集中させる。何かを吸い込むような音の奔流が耳に流れた。
「尾神くん、あそこよ!」
「はい!」
 シュライン機が指差した方向へと、七重機が腕を向けた。刹那、上腕部が青白く発光し、重力波を叩き込む。重力制御という不意の攻撃を食らい、妖機怪は一瞬、巨大な口を浮かび上がらせると、赤い粒子と化して失散した。
≪凄いね、キミの力≫
 安堵の息を吐いた時だ。不意に七重の脳に直接少年の声が飛び込んで来た。
「あなたは‥‥」
≪そうだよ、僕はサトリ≫
 視界を流すと、少年の姿が捉えられ、同時に、七重が口にしようとした言葉を先に告げた。
 ――サトリ。
 山中に住み、人間の考えている事を言い当て、惑わす妖怪である。うろたえる人間の様を見て、喜ぶ悪戯好きの妖怪であるが、最後には発狂させた後、食らうとも謂われている――――。
「‥‥やってみます!」
 少年の駆る巨兵が一気に駆け出し、跳躍すると山林へと鉄拳を薙ぎ振るった。折れた木々が飛び、サトリへと直撃する。だが、彼は微笑んだままゆっくりと消えた。
≪そんな攻撃じゃ僕は倒せないよ。だってキミは思った筈だよ。予想外の角度から攻撃すれば相手は驚くって。今、キミは僕を探しているね?≫
「どんな姿なんですか? 人間型じゃないのですか?」
『尾神くん、向かって来たわよ! 10時の方向!』
 鈍い衝撃が機体を強襲する。重厚な打撃音が響き、巨兵が左右に揺れ動く。重力波を放っても、妖機怪が洗礼を受けた気配はない。
「人間型じゃない‥‥なら、人間に近いもの‥‥例えば」
≪キミは今、好意を抱いている娘がいるね?≫
 ビクッと暗紅色の瞳が見開く。
≪銀色の長い髪の女の子かぁ。でも、キミは自信がない。僕が代わりに訊いてあげようか?≫
「だ、駄目です!」
 ――サトリって方が来て、こんな事を伝えてくれましたの‥‥。
「‥‥違う! それは違います! 僕の思いは僕自身の口から言わねば意味がない。あなたの言葉は僕の心そのものではない!!」
<待ちなさい! サトリくん!!>
 刹那、響き渡ったのはシュライン機から発せられた大きな声の本流だ。ヴォイスコントロールを具現させ、妖機怪へと語り掛けた。
<あんたは山の妖怪なの!? 妖機怪とは関係ないの!?>
≪なに? 僕を保護したいって?≫
 シュラインの心を読み、サトリは笑い声を響かせる。
≪おめでたいなぁ。確かに僕は山の妖怪だよ。‥‥人間を食らうけどね!≫
<そう。‥‥サトリくん、私の心を読んでくれてありがとう>
≪なにッ!?≫
 刹那、急激な重力波がサトリに叩き込まれた。頭の回転が早い七重に賭けたのだ。サトリの特徴を掴んでいた彼は、この僅かな隙に対象を思い浮かべ、標的を捉えていたのである。
 断末魔を轟かせ、妖機怪は巨大な猿のシルエットを一瞬浮かび上がらせると、赤い粒子と化して失散した。

●密接と密着は苦手なんです
 ――キャンプファイヤーが幕を閉じ、山が静寂に包まれる深夜。
 テントの中から人影が音を立てないよう静かに姿を見せた。月明かりに薄っすらと浮かび上がるのは、灰色に近い銀髪だ。周りに気付かれないよう瞳を流し、キャンプ地から離れない程度に辺りを歩く始めた。ふと、空を見上げると、満月が光を注ぎ、星々が煌びやかに輝いている。満天の星空に、七重は大きな瞳を見開く。
「こんな夜更けに何をなさっていますの?」
 背後に声が飛び込む。聞き慣れた声だ。しかし、深夜に少女が出歩くとは考え難い。
「もし? もしもし? 聞えていませんの?」
 まさか新手の妖怪か。何度も呼ぶ声に少年はゆっくりと振り向く。思った通り、そこに佇むのは厚手の衣服を羽織った銀髪の少女だ。何時ものと同じように微笑みを浮かべて七重を見つめていた。
「‥‥鎮芽さん? それとも、妖怪、ですか?」
「妖怪? 幽霊の次は妖怪ですの?」
 ――あぁ、どうやら本物みたいだ。
 安堵の息を洩らすと、鎮芽は少年の顔を覗き込む。
「何をなさっていたのです?」
「‥‥狭いテント内は苦手なんです。なんていうか、肌が触れるような感覚が‥‥」
 あぁ、また恰好の悪い事を言ってしまった。少年は正直過ぎる自分に呆れたような溜息を洩らした。すると鎮芽は瞳を悪戯っぽく細めて見せる。
「まぁ、それでは私が腕に抱きついたら怒られますの?」
 予想もしない言葉に、七重の鼓動が高鳴る。真夜中に女の子と二人だけ。改めて意識すると、言葉が巧く紡げなく、ただうろたえていた。少女がクスリと笑う。
「冗談ですわ☆ あ、そうですわ、カレー残しておいてくれました?」
「‥‥カレー、ですか? はい、先生に簡易パックを戴いて保存しています」
「でしたら、今、一緒に食べません? 持って来て下さいます?」
 カレーを真夜中に? もう冷めて美味しくないと伝えたが、構わないと言われれば断わる理由はない。七重は鎮芽を置いて、一路テントへと戻る事となる。
 真夜中にカレー。ムードがあるのか否か。彼女は美味しいと言ってくれるだろうか?


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/担当】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/外国語講師】
【2557/尾神七重/男性/14歳/中等部学生】

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■         ライター通信          ■
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 この度は引き続きの御参加ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 今回は参加メンバーが変わらない為、シーンのクローズアップスタイルでお送りしました。
 さて、いかがでしたでしょうか? 一寸台詞が演出できなかった部分がありますが、淡々とした会話よりも掛け合いの方が「らしさ」が出るかなと構成させて頂きました。後は想像の余地を残しつつ(笑)。
 不意打ちは、そのまま妖怪なら逃げ出したかもしれませんが、妖機怪なので、今回はサポートを受けて退治させて頂きました事を御了承下さい。妖怪の正体は正解です☆
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆