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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 月光の下で

 漆黒の闇が支配する夜――阿須羅(アスラ)は、海浬(かいり)が住居としている部屋にいた。
 窓にはカーテンがかけられておらず、月を覆い隠す程の分厚い雲が、夜の闇を濃く映し出していた。
 シンプルな部屋の真ん中に置かれた濃い色のフロアーベッドには、海浬が静かに寝息をたてている。
 ふと見ると、広いベットの片側半分のみを使って海浬が眠っているのだ。
 まるで誰かが来ることを予測していたかのように……。
 阿須羅は瞳を細めた。
 そして、おもむろにベットに膝をついた。
 その拍子にスプリングが軋むが、阿須羅はお構いなしに海浬の横に潜り込んだ。
 ふかふかの羽布団はからは、太陽の香りがした。
 暖かく、柔らかく、心地よく、気が付けば眠りに誘われていた。

 +---01---+

 空も地も区別が付かぬ程の闇の世界。
 希望など何一つない。
 あるのは恐怖と無秩序。
 大地は朱に染まり、大気を錆びた鉄のような匂いで汚染された地獄。
 幾多と伸ばされる爛れた腕を、彼女は必死で払い退ける。
 普段ならなんなく使える魔力が、なぜか使えない。
 焼けただれた腕は、彼女の足を掴み、徐々にはい上がってくる。
 視線を地面に落とした。底なし沼のような闇が広がっている。
 足を掴む手に力がこもる。
 それは、その身体を闇へと引きずり込もうとしているのだ。
 何度も蹴りつける。そして、踏みつける。
 しかし、絶え間なく押し寄せる波のように、闇から現れる腕がなくなることはない。
 無数の腕、腕、腕――

 +------+

 いつの間にか、闇をおおう雲が晴れ、皓々と輝く満月が中天に君臨していた。
 窓から一筋の光が差し込んだ。
 それに誘われるように、阿須羅は目を覚ました。
 額にはうっすらと汗をかき、眉間に深い皺が刻まれている。
「夢……か」
 軽く溜息をつくと、額に手をあてた。
 頭の奥が鈍い痛みを放っている。
 悪夢を見た後はいつもそうだ。不快な感触が脳裏に広がる。
 とはいえ、悪夢に囚われることはない。彼女はそれほど弱くはないのだから。
 眠気の覚めきった緑の瞳を、隣で寝息をたてている海浬に向けた。
 視界の端に月の光が掠めた。
 そのまま顎を上げ、視線を窓へと向ける。
 白銀色の月が優しい光を投げかけている。
「そういえば……あそこの月も綺麗だったな」
 遠い過去を思い出すかのように瞳を細めた。

 +---02---+

 空を見上げる。
 渦巻く闇に、青白い雷が縦横無尽に走る。
 息を吸えば肺を蝕むのではないかと思われる程の、腐敗した大気。
 植物は何一つ育たない大地に、骨の残骸が転がっていた。
 地獄――一言で言ってしまえばそうなのだが――この世界に阿須羅は暮らしている。
 この世界の頂点に君臨してしまってから、退屈な日々が多くなっていた。
 見慣れた闇を見つめる緑の双眸が、つまらなげな光を宿した。
「飽いた」
 誰にともなく告げると、足下に転がっていた髑髏を蹴った。
 それは、ゴロゴロとごつごつした大地を飛び跳ねるように転がり、地面の切れ間から時折吹き出す業火に焼かれ灰となった。
 そんな光景に感情を表すでもなく、ただ見つめていた阿須羅は、くいっと宙を睨み付けた。
「地上に出てみるか」
 そう呟くと、重力を無視するかのように空へと身を浮かせた。

 +------+

 濃紺色の闇夜に白銀色の丸い月が皓々と輝きを放っていた。
 阿須羅が姿を現したそこは、長い歳月を費やし自然と出来上がった勇大な森が存在していた。
 しかし、今宵は昨日からの雪が降り積もり、草木や地面を白銀に変えていた。
 地面に足を降ろすと、シャリという音と共に、足首まで雪の中に埋もれた。
 腰を屈め、一握り雪を掴んで空へ投げはなった。
 キラキラと輝きながら雪の結晶が舞い落ちる。
 ふと、瞳の端に銀色の月が映った。
 淡く切なく、それでいて突き放すような光。
 円を描いた月からは、闇夜に薄暗い光をもたらせていた。
 視線を彼方へと向ける。
 延々と続く白い大地は、月の光を受け銀に輝いていた。
 闇に長く居すぎた為か、阿須羅の瞳にはその光さえも鬱陶しい。
「いっそ大地を朱に染めてみるのも一興」
 阿須羅の唇からそんな呟きが漏れた時だった。
 闇夜を裂くように、金色の光が走った。
 ついで、金色の輝きを放った少年が現れ、ゆるりと大地に降り立った。
「ちっ」
 阿須羅は軽く舌打ちした。
 その存在がなんなのか、彼女は知っていた。
 太陽神――太陽の化身である少年――なんとも目障りな存在が現れたものだ、と眉間に皺が寄る。
 闇に身を置く彼女としては、陽の世界にある太陽神など邪魔なだけだった。
 邪魔なら排除してしまえばいい。そう、答えは簡単なのだ。
 風が止んでいた世界に、突風が起こる。
 大地の雪がぶわりと巻き上がった。
 阿須羅は風に紛れるようにして、太陽神である少年に近付いた。
 宙に舞い上がった雪が、ゆっくりと大地へと吸い寄せられていく。
 風は止み、静かな世界が戻った。
「……」
 少年の眼前には地獄の女帝である阿須羅がいた。
 わざと殺気だった気を周囲に放ちながら、阿須羅は少年を見据えた。
 彼の、身を包む金色の気は、阿須羅を苛立たせるのに十分だった。
 一瞬で息の根を止める自信はあった。
 しかし、いたぶりなぶり殺すのも一興――じわじわと恐怖を味あわせるつもりであった。
 禍々しい殺気におののいたのは、木々に止まっていた鳥たちだった。
 バサバサバサと羽音をさせながら、一斉に彼方へと飛び去った。
 そのせいで、月の光が遮断されるくらい。
 次いで、木の根元や枝で休息していた小動物、そして草食、肉食動物達が逃げ出すようにその場を後にした。
 一瞬にして静寂が訪れた。
 突如、2人の頭上に雲が集まりだした。
 それは、月を隠し辺りを闇へと変える。
 瞬時に世界が地獄に飲み込まれたのではないだろうか――そう錯覚さえ起こしそうな空間。
 そんな中で、少年は真っ直ぐ阿須羅を見つめていた。
「……?」
 阿須羅の眉間に皺が寄る。
 力の差は歴然としていた。
 少年とはいえ、その身分を考えれば相手の力量を計ることぐらい出来るであろう。それとも、それすら解らぬ阿呆なのであろうか。
 どちらなのか計りかねた阿須羅は、少年の双眸を覗き込んだ。
 微妙に色を違えた瞳は、揺れることなく輝いていた。
 余裕すら感じられるその瞳に、阿須羅は苦笑を浮かべた。
「その珍しい色の瞳に免じてやろう」
 
 それが、海浬との初めての出会いであった。

 +---03---+

 自分より弱く、目障りな存在であるはずの目下の少年を、なぜ気に入ったのか、今となっては定かではない。
 魔が差した――のかもしれない。
 阿須羅は身体を起こし、隣で眠る海浬の顔を覗き込んだ。
 眠っているその顔は、純真無垢で可愛らしい。
 ふと、阿須羅の瞳が優しく笑む。
 ガタダタと、強い風が窓を打ち付けた
 我に返った阿須羅は、自然と笑っている自分に驚いた。
 思わず上がった口角を手で触る。でこぼことした感触が掌から伝わってくる。
「……」
 無言のまま、ヘッドボードに背を預けた。
「こいつのせいだ。こいつと出会ったせいで……」
 地獄の女帝である阿須羅と、太陽神である海浬。本来なら相容れぬ存在。そう、親しく接する関係に発展することなどなかった――はずである。
 心の奥にほんのり温かな感情が芽生えたり、ふと柔らかくなれたりするのは――海浬と出会ってからなのだ。
 まるで刃物のような、触れれば切れてしまいそうな空気を始終醸しだし、酷薄であったあの頃からすれば、今の阿須羅は丸くなった。
 そう、それら全ての原因が目の前でスヤスヤ寝息をたてている男のせいなのだ。
「やっかいな存在だ」
 そう呟くと天を仰いだ。
 太陽であるが故、人々を惹きつけてやまない。温かな輝きは、凍てついた心さえ溶かしてしまう。
「今ここで殺ってしまおうか」
 冗談とも本気ともつかないつぶやきをもらす。
 自分には穏やかな感情など必要ない。そんなものをもってしまったら、強くいられない――そう感じてしまう。ならば、原因である海浬を殺れば――以前の自分に戻れるのではないか。
 片手を海浬の顔の横に付き、顔を覗き込んだ。
 固く瞑られていた瞳が、突然パチリと開いた。
 そして、唇の端に苦笑を乗せ、瞳を柔らかく細めると、少し身体を起こして阿須羅に顔を近づけた。 
 さらりと阿須羅の唇を奪っていく。
 阿須羅の目の前で、海浬は悠然と微笑んだ。
 こいつは――阿須羅は軽く奥歯を噛みしめた。
 やはりあの時殺っておけばよかった――軽く後悔の念を覚えつつも、諦めに似た溜息をついた。
 目の前の青年に翻弄されている自分がいる。
 以前では考えられない姿である。
 しかし――今の自分も悪くはないと思えてしまうのだ。
 阿須羅は身を起こし、ヘッドボードに背を預けた。
 チラリと隣の海浬を見る。
 青い瞳はいつもの冷静な輝きを放っている。
 先ほどの口づけの余韻など何処にも残っていない。
「……可愛げのない」
 思わずそんな言葉が口をついて出た。
 いつのまにこんなに生意気になったものだろうか。
 嘆息をする阿須羅の横で、海浬が満足げな輝きを瞳に乗せたことを、彼女は気付いていなかった。

 毎夜見る悪夢は自分への警告なのだろうか。
 恨み、憎しみ、受けた呪いそれら全てを取り巻く負の感情を忘れるなという――。
 阿須羅はズズズと身を布団の中へ沈ませる。
 そして、猫のように丸くなると、瞳を閉じた。
 窓の向こうでは、丸い月が、淡く切なげな光を投げかけていた。

end.