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幻影浄土〜ピンクのビニール紐で結ばれた貴女に〜
●藁人形な彼女
藁人形に五寸釘。それは誰でも知っているような、メジャーな呪いのアイテムだ。日本人なら魂が知っていると言っても良いくらいのメジャーさだ。
ただ、呪い人形の多くは、宿命的に使い捨てである。
それはそうだろう。同じ人物を何度も呪うのでなければ、再利用されることはほとんどありえない。その一体が時を経ることは少ないのだ。
注がれる想いはこの上なく強いが、それは人形そのものへではなく、その向こうに透かし見る恨み深き人間へ対してへだ。藁人形はただの写し身であり、呪詛の入口でしかない。
これだけを見たならば、藁人形が己の想いを抱く余地などは、本来どこにも……
「なので、これはずいぶんとレア物なんです」
仮にも由緒正しい呪い人形に、食玩のコレクターアイテムみたいな呼び方をするのもどうなんでしょうねえと、慎一郎は思った。いやまあ、現代に生きる錬金術師・宇奈月慎一郎、そんな細かいことにはこだわりはしないが。
今回は、その藁人形自身が『憮然としている』のがわかったからだ。
もちろん、藁人形に顔はない。憮然というのは、その雰囲気の問題だった。
――藁人形の憮然とした雰囲気ってなんだとか、ツッコむのも御容赦いただきたいが。そこはフィーリングだ。
そしてレア物だという表現自体は、本人(?)の不本意を除けば、的確であろうことも納得はできた。
憮然とする藁人形。
レアだろう、この上なく。
良いじゃないですか、オンリーワンになんてなりたくたってなかなかなれないのですから……と心の中で答えつつ、慎一郎は目の前にいる王禅寺万夜の話の続きを聞いた。
「誰にお願いするか、すごく迷ったんだけど……」
皆まで言うなと、慎一郎は王禅寺の住職の孫の肩を叩いた。
それは迷っただろうとも。こんなイロモノの依頼となれば。
「きっと、宇奈月さんならと思って……!」
皆まで言うなと、慎一郎は再度万夜の肩を叩いた。
そんなにはっきり、イロモノと認定したと言うのも、ちょっと失礼ってものだろう。
「でも、いったいどうしてこんな……珍しい人形を?」
わずかに言葉を選びつつ、慎一郎は訊ねてみた。
「本当に元から呪いに使われた藁人形なんですか?」
「元からかどうかはわからないですが、僕が見つけたときには、たしかに藁人形でした」
「たしかに、というと……」
「……たしかに、ある由緒正しい神社の境内の木に、五寸釘で打ち付けられていたので」
この藁人形は他人の手を経て王禅寺に流れついたのではなく、万夜が自ら見つけて持ち帰ってきたものらしい。
まあ、呪う場所といったら一般的に神社の境内だったりするわけで、普通に宮司や巫女に見つかったら、お清めされて炊き上げられてしまうのがオチだろう。
この藁人形は、今ここにいることもまた、相当な強運と言えるのかもしれなかった。
「しかも平家滅亡を祈願して作られた池の中の島の木で……」
「それはまた、この上なくたしかに呪ってますねー……」
「そうなんですよ」
うんうんと、万夜もうなずいている。
「割と、新しそうですよね」
慎一郎は改めて、万夜の手の中にある藁人形をよく見た。
藁は本物の藁のようだが、頭、首、手足を結わいている紐はピンクのビニール紐だ。多分どこかのコンビニか、100円ショップ辺りで購入したのだろうという安っぽさが、ほのかに漂っている。ピンク色なのは、呪われた者を象徴しているところもあるのかもしれなかった。呪われたのは女の子なのだろう、と予測できる。
「新しいと思います。ご本人もそう言ってますし」
「ほほー」
「本当なら、呪い人形に個としての意識は宿らないと思うんですが……この子の場合は、人形を作って呪った人にも、この子に象られて呪われた人にも、それなりの力があったみたいで」
それは事故のようなものだったようだ。
力ある者が、力ある者を象って作った。そして力ある者が呪い、力ある者は呪いを押し返すために象りを切り離したのだろう。
その結果、強い力を持った恨みと憎しみは行き場を失って、藁人形に凝った。
強い想いが、藁人形に意思を与えた――偏った想いゆえに、偏った個性ではあるようだったが。
一瞬の破裂のような想いの果てゆえに、歳月を経たものに比べれば、その存在は弱くても。
たしかに、今はまだ『存在』している。
「でも……弱いので、やっぱり、もうじきこの子は消えるでしょう。消える前の願いを……こんな子でも、叶えてあげたいなって思ったんだ」
「良いんじゃないですか、どんな理由でも生まれた……『存在』なんだから」
命というには、少し抵抗がある。
命を産み出すのは、錬金術師にとっては果てしない命題だからだ。人造人間、ホムンクルス然り。
こちらは逆に、生なきものに意思が宿っている。生命に拠らずして、意思が在る。命ではない存在なのだ。
「……で、僕は何をすればいいんでしょう?」
朗らかに、慎一郎は訊ねた。
慎一郎でなくてはと呼ばれた理由があるはずなのだ。
「はい」
万夜は意を決したようにうなずいた。
「この子に体を作ってあげてくれませんか」
――命を産み出すのは、錬金術師にとっては果てしのない命題なのである。
●彼女の願い
――あのね……一度で良いから、五寸釘を打ってみたいの。
藁人形の彼女の願いは、そういうことだった。
「たしかに、そのためには、その体では……難しいですね」
慎一郎は考え込む。
「まあ、とりあえずやってみましょうか」
モバイルノートを起動させて、記憶させてある魔方陣をいくつか呼び出して組み合わせる。
魔方陣が完成し、それが藁人形の彼女に作用すると……
「こ、これが私……」
ピンクの服は、ビニール紐の名残だ。
「……持てますかね?」
姿を変えた元藁人形の彼女に、慎一郎は五寸釘を渡してみた。
受け取った彼女は、そのままころんとひっくり返る。
「おっ……! 重……!」
「あー、やっぱ無理ですよねー」
「悠長なこと言ってないで、退けてよっ!」
「あー、はいはい」
慎一郎は五寸釘の下敷きになってもがいている手のひらサイズの美少女の上から、五寸釘を退かして助け出してやる。
「錬金術は等価交換なんですよー。質量が足らないので、やっぱりそのまま形を変えたのでは、ただの小人さんですね。マニア受けはしそうですが」
まさに食玩フィギュアの世界。
「マニアに受けてどうするのよ!」
彼女が些細なことにも不機嫌なのは、きっと恨みと憎しみというマイナスの気を受けて生まれた存在だからなのだろう。何に対しても、きっと不満を感じるのだ。
「私は五寸釘が打ちたいの!」
立ち上がった彼女は、意味もなく胸を張る。女王様系だ。次に錬る時には、そういう衣装にしてみようとか思いつつ。
「そーですよねー。それにそれじゃ、金槌どころか五寸釘すら持てませんよね。まずは質量を増やさないと」
何か意思のない、質量の塊を混ぜて錬ってみる。そのための何かがないかと、万夜に素材を求めてみると。
「え……っ! ちょっと待っててください」
慌てて蔵まで走っていって、万夜が引きずってきたのは。
「こ、こんなんでどう? こないだお祓いしたんで、今は何も憑いてないはずなんだけど」
たぬきの置物だった。
いわゆるアレだ。
だがそれは……
「絶対、いや」
彼女の一言で却下された。
「こんなのと混ざるなんて、耐えられない!」
アレがあるのよ、アレよ、女の子に対して信じられない、と……断固拒否を主張する。
ここまで拒否されたのでは、上手く錬れるとも思えなかった。
「だそうなんで……他にないですかね?」
「ほ、他にですか〜」
泣きそうになりながら、万夜は再度走っていく。
そして次に持ってきたのは……
「……良いんですか、それ」
仏像だった。
「お、お祖父ちゃんには内緒にしてください」
良いのかなあと思いつつ、その仏像で彼女にお伺いを立ててみる。
「そうね……ちょっと古臭いけど、さっきのよりはマシね。我慢してあげても良いわ」
そうですか、と慎一郎はうなずいて。
「これだと、やや質量が足りない気はしますが……これ以上を求めると、万夜クンが大変そうですしねー」
慎一郎はもう一度、モバイルノートの魔方陣を呼び出していく。
そうして……
錬りあがった姿は。
「こ、これが私……」
ピンクの女王様コスプレをした幼女。そんな感じになった。
「……これもまた、マニアに受けそうですねー」
我ながらツボを突いた練成だと無意味に感心した後、慎一郎はまず五寸釘を渡してみる。
「はいこれ」
「これが五寸釘……こんなに小さいものだったのね」
「これは持てますね。じゃあ、次はこちら」
「きゃっ……重……!」
「金槌は、まだダメですかね……まだ足らないかなあ」
ちらりと慎一郎は万夜を見ながら、言う。
青褪めた万夜は、きょろきょろと助けを求めるように辺りを見回した後、誰も助けてくれる人はいないと悟ったか。どうにか自分で、案を捻り出すことにしたようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね……え、ええと、金槌がダメなら、木槌ならどうかな? 木槌ならもうちょっと軽いし、釘ぐらいは打てるよね」
「打てるんじゃないですかね? 木槌、あるんでしょうか?」
「……探してきます!」
半べそをかきながら、万夜は三度走っていった。
●願いの行方
木槌を探し出して来た後に、万夜に四度目を走らせるのは気の毒で、藁人形用の藁探しには慎一郎もついていった。
結局、納豆藁で藁人形を作り、納豆が入っていたことは秘密にするという方向で用意は済み……
「じゃあ、これで整いましたかねえ……場所はこちらの境内で良いですよね」
「構わないわ。これで願いが叶うのね……!」
意気揚々と、彼女は境内の木に向かった。額にろうそくを立てて、今は衣装も変えてある。完璧ないでたちだ。
「あー……ちょっと待ってください、誰を呪うんですか?」
そもそも藁人形に何も入っていないので、呪いが届くこともないとは思うが、少し気になって慎一郎は聞いてみた。すると。
「……考えてなかったわ」
脱力頻りな返答に、苦笑を返す羽目になった。
しかも、
「じゃ、あなた、呪っていい?」
と、続けてくる。
「勘弁してください」
当然だが、そう答えると、彼女は考え込んだ。
「じゃあ、どうしましょう……そうね、私を使って呪った人を呪いましょう」
呪いは返るものよね、と自己解決したらしい。
「まあ、僕は良いですが……」
万夜をちら見すると、聞かなかったことにすると言うように耳を塞いでいる。
彼女も万夜の同意までは得る気もなさそうで、木に向き直った。
「行くわよ!」
ここにきて、丑の刻参りって人に見られちゃいけなかったような、と思ったが、それは黙っておくことにして。
かこーん、かこーん、と夜闇に響く木槌の音を聞く。
「これが……! 打つ方の快感なのね……!」
そうか、快感なのか、と思って見ていると。
「ああ……! これで……!」
そんな中で突然が切れたように、彼女は崩れた。
慎一郎が助け起こすと、もうその目に意思の光はない。
「願いが叶って、満足したんだね。唐突だけど……元々、生まれた経緯が経緯だから、そんなにエネルギーはなかったし」
「そうですか……満足して逝けたんなら、良しとしましょうか」
「ええ」
命が、ただの人形に戻った。それだけの話だ。
そう思いながら、腕に抱いた人形の髪を撫でる。
そんな珍しくしみじみとした慎一郎の背中に。
「ところで……」
万夜が、おずおずと訊ねた。
「仏像、元に戻りますか……?」
そのしばらく後に、王禅寺のご近所で囁かれる噂があった。
王禅寺の仏像の頭からは藁が一筋飛び出しているらしい、とかなんとか。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2322/宇奈月・慎一郎 (うなずき・しんいちろう)/男/26歳/今回は錬金術師】
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ライター通信
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いつもギリギリですみません、発注ありがとうございましたー。
なんか全然ホラーじゃなくてすみません。歯止めが効かないまま、どんどん微妙なコメディ方向へ流れてしまいました……
果てしなく余談ですが、話中に出てきた藁人形の出所の話は実話だったりします。ずいぶん昔ですが、鎌倉時代からある某神社に取材に行った時に、MSの友人たちと一緒に見つけたのでした。藁人形がピンクのビニール紐で結わかれていたのも、平家を呪った場所の木に打ち付けてあったのも本当です(笑)。
そんなわけで、お話がちっともホラーじゃなくなったので、ちょっとホントにあった怖い話風に〆てみましたー。
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