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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


 『五行のエプロン』


●オープニング

「『五行のエプロン』? ……何だこりゃ」
 草間武彦は、煙草を口に咥えたままで、手に持ったチラシを、訝しげに見つめる。
「見りゃ分かるだろ? 料理大会だよ」
 草間興信所にやって来ていた碧摩蓮が、同じく煙管を吹かしながら答えた。狭い室内は、二人が生み出す煙で、薄く靄がかっている。
「いや、それは分かるんだが……やるのは運動会じゃなかったのか?」
 蓮が持ち込んできた妙なイベント、『五行霊獣競覇大占儀運動会』。その概要は聞いていたが、『運動会』という名がついているのにも拘わらず、料理大会をするというのは、何となく変な気がする。
「あんたの頭は、この興信所みたいに古びてるねぇ……同じやるなら、色々な企画があったほうが面白いじゃないさ」
「まあ、そりゃそうだが」
 蓮に呆れたように言われ、武彦は、納得が行かないながらも頷く。
「あと、この企画に当たって、ちょっと助っ人も呼んでるからね。そんで、あんたは審査員長だから」
「審査員長? また面倒そうな……」
「何言ってんだよ。出来上がった料理食って、美味いか不味いか決めるだけじゃないか。良くすれば、美味い料理をタダでたらふく食えるんだよ? それに、さっきも言ったように、助っ人も来るから、あんただけに負担がいく訳じゃないし」
「うーん……」
「もう、ここまで準備が進んでるんだからグダグダ言うんじゃないよ。男らしくスパッと引き受けな」
 蓮に睨まれ、武彦は溜め息と一緒に煙を吐き出しながら答えた。
「……分かったよ。やりゃいいんだろ」


●大会準備中

 空は突き抜けるように高く、青く、雲はほとんどない。
 見事な秋晴れだった。
 太陽は燦々と輝いているが、温度も湿度もそれほど高くないので、過ごしやすい一日になりそうだ。屋外でイベントをやるには、まさにうってつけの環境といえよう。
 武彦は、大きな陸上競技場を突っ切り、いかにも、といった感じの白いテントへと向かう。
「あら、草間さん、お早う」
「ああ、お早う。おまえも来てたのか」
 テント内に設置された長方形のテーブルに、何かの書類を広げていた碇麗香が、こちらに気づき、挨拶をしてきたので、武彦も挨拶を返した。周囲を見回すと、響カスミがマイクを弄っている姿もあったし、ヤギの着ぐるみが、頼りなげにウロウロしている姿もあった。恐らく皆、蓮に呼ばれて集まったのだろう。しかし、肝心の蓮の姿は見えない。
「蓮のヤツは?」
「さぁ。彼女も忙しいんじゃないかしら。大会実行委員長だし、この競技だけに関わってる訳じゃないから」
「ったく。人を呼びつけておいて」
『……テステス。碇さん、そっちのマイクも試してもらえます? あ、草間さん、お早うございます』
 小さく毒づいた武彦の声を遮るように、カスミの声がスピーカーから響いた。武彦は、そちらを向くと、軽く片手を挙げる。
『分かったわ。これでいい? ……ちょっと、さんし……じゃなかった、てらやぎくん! もっとちゃんとやりなさい!』
 麗香の視線の先では、着ぐるみが、派手に転んでいる姿があった。それが慌ててこちらを向くと、コクコクと何度も頷く。
「さっきから気になってたんだが、ありゃ何だ?」
『この大会のマスコットキャラクターの、てらやぎくんよ』
「……中身、三下だろ」
『中身なんていないわ。てらやぎくんだってば』
「あの間抜けな動きは、どう見ても三下だ」
『てらやぎくんだって言ってるでしょ!』
『あの……碇さん、もうマイクのチェックはいいです』
 武彦の言葉に、何故かムキになって答えていた麗香は、カスミの声で我に返ると、ひとつ咳払いをしてから、また手元の書類に目を落とし始める。
「あなた、とりあえず座ったら? ここのテントは、記録係の私と、実況の響さん用だから、実際の席は、今、響さんがいるあっちになるけど」
「ああ、分かった」
 そう言うと、武彦は麗香の隣にあるパイプ椅子に腰を下ろす。二つのテントは、くの字型に配置されていて、こちらは二席、マイクも一本しかない。対して、カスミがいる側は、長いテーブルにマイクが四本置かれていた。それぞれの前には、『審査員長』、『審査員』と書かれた紙が下がっている。
「なぁ、灰皿ないか?」
 武彦が胸ポケットから煙草を取り出しながら言うと、麗香は「そう言うと思った」と苦笑しながら、アルミ製の灰皿を、後ろに積んであるダンボールの中から取り出して、こちらへと寄越す。
「サンキュ」
「でも、大会始まったら禁煙よ」
「げ。何でだよ」
「当たり前でしょ。料理の審査をするのに」
 そう冷たく言い放った麗香に、武彦は軽く肩を竦めると、煙草に火をつけた。
「あと、これに目を通しておいて。競技のルールとか書かれてるから」
「ああ」
 麗香に書類を渡され、それを読みながら、武彦は辺りに目を遣った。
「ところで、蓮から助っ人が来るって聞いたんだが、まだ来ていないみたいだな」
「ええ。もう少ししたら来ると思うわ。助っ人は全部で八名。そこにも書いてあるけど、そのうちの五名は大会参加者とペアを組んで、料理を作る。残りの三名は、審査員に回るってわけ。ペアになる相手は、くじ引きで決まる」
「それで、あんなモン、わざわざ作ったのか……」
 武彦が呆れたように煙を吐き出しながら、着ぐるみが働いている方を見る。そこには、大きな衝立のようなものがあり、穴が等間隔に八つ、扉のような形に開けられ、布が垂れ下がっていた。色とりどりの布には、1から8の番号が描かれている。恐らく、あの後ろに助っ人が隠れ、くじを引いた参加者がそれぞれの幕の前に並び、そして初めてご対面、という演出なのだろう。
(とりあえず、今のうちに煙草、目一杯吸っとこう……)
 武彦はそう思いながら、大きく伸びをした。


●メンバー集合

 会場は、多くの観衆に囲まれていた。
 スタッフのテントから離れた場所に、今回の大会に参加する選手の控えのテントが設営されている。そこには、シュライン・エマ、物部真言、由良皐月、天慶真姫、四方神結の五名が、大会が始まるのを待っていた。
「皆、やっぱ料理の腕に自信とかあるのか?」
 真言が訊ねると、まず最初に皐月が口を開いた。
「まぁ、ある程度自信がなきゃ、こんな大会には出ないんじゃない? 私は、流石にプロとまでは行かないけど、そこそこイケると思うよ」
「私は、普段良く料理をするって感じかな」
 次にシュラインが答えると、真姫が穏やかに言葉を紡ぐ。
「私は……お菓子なら自信があります」
「皆さん、何か凄そう……私は、普通の主婦程度、って感じでしょうか……物部さんは?」
「え?」
 そう結に問われ、真言は一瞬言葉に詰まる。
(俺、もしかして物凄く場違いか……? それに、男は俺ひとりだし……)
「あ……ああ、俺もそんな感じかな」
「へぇ」
 何が一体『そんな感じ』なのかは分からなかったが、とりあえず一同は納得してくれたらしい。
 そして――
『お待たせ致しました! これより、《五行のエプロン》開幕です! 選手が入場致します! 皆さん、盛大な拍手でお迎え下さい!』
 カスミのアナウンスが流れる。それとともに、大きな拍手と歓声が湧き起こった。
 五人は誰からともなく頷くと、会場の中央へと、歩みを進めた。


●ペア決め

『それでは、選手の皆さん、てらやぎくんの持っている箱から、ペアを決めるくじを引き、そこに書いてあった番号の扉の前までお進み下さい。この大会の命運を決めるかもしれない、大事なペア決め! 果たして、結果はどうなるのでしょうか!?』
 カスミの指示に従い、選手一同は、てらやぎの持っている箱に、手を突っ込む。中には、数字の描かれたゴムボールが入っていた。
(1番か)
 真言は黄色の布に、『1』と描かれている前まで進む。真姫はピンク色の布の3番、結は紫色の布の4番、皐月は黒い布の5番、シュラインは青い布の8番の前へと、それぞれ立った。てらやぎは、急いで衝立の後ろに走っていく。恐らく、幕を開ける操作か何かをするのだろう。
『ではまず、1番から行きましょう! 1番、オープン!』
(頼む、料理が上手い奴であってくれ……)
 真言は祈るような気持ちで、するすると上に上がっていく布を見つめる。そこに現れたのは――
「げんなの」
『物部選手とペアを組むのは、弦選手に決定です!』
 会場が、どよめく。
「げんなの」
 真言の目の前にいるのは、どう見ても動物。
「狐……?」
 一見狐のようにも見えるが、そうでないようにも見える。子犬程度の体躯に、円らな黒い瞳と、垂れ下がった耳。ふさふさの大きな尻尾をゆらゆらと揺らしている。
 ――いや、狐なのかどうかは問題ではない。ペアを組むのが動物だということが問題なのだ。
「あ、ええと……俺、動物と組むのか? 冗談だよな?」
 真言が恐る恐るカスミの方を向くと、彼女は、手に持った紙を見ながら答える。
『ええ……資料によりますと、弦選手は、《多分、妖怪》だそうです。よって、動物ではありません』
「いや……でも……」
「どうぶつじゃないの。げんなの」
 そこで、ホイッスルが鳴る。審査員席の、武彦が鳴らしたのだ。
『弦は、正式に今回の助っ人として登録されている。異議は認めない。ルールには従ってもらう』
「マジかよ……」
「げんといっしょ、いやなの?」
 衝撃を隠せない真言に、弦が瞳を潤ませながら訴えてくる。それを見ていたら、これ以上拒むのも気が引けた。
「……い、嫌じゃない」
「そうなの? よかったの! おなまえなんていうの?」
「物部真言」
「まことなの。よろしくなの」
「ああ、宜しく頼む」
 溜め息をつきながら手を出した真言に、弦は片足を載せた。
「可愛らしいですね」
 それを見ていた真姫が、隣にいた結に微笑みかける。
「ええ……でも……」
「いや、可愛いけどさ、私すっごい不安なんだけど……どんなのと組むことになるんだろう……」
 そこへ、皐月が口を挟んできた。この三人は、隣り合わせに並んでいるので、話がしやすい。シュラインの方を窺うと、彼女はこちらに向かって穏やかに微笑んだ。
『さて、続きまして3番行きましょう! 3番、オープン!』
 カスミの声とともに、布が上がっていく。
 真姫の前に現れたのは、金髪で、すらりとした長身の、整った顔立ちをした少年。歳は真姫と同じくらいだろうか。どことなく軽薄そうな雰囲気を受ける。彼は、真姫を見ると、ひゅうと口笛を吹いた。
『天慶選手とペアを組むのは、逆月梁選手です!』
 今度は、普通に拍手が起こる。
「おお、超美人! ラッキー! 俺、逆月梁。気軽にリョウって呼んでよ。ヨロシクな、真姫ちゃん♪」
「リョウさんですね。宜しくお願い致します。名前、覚えていて下さったのですね」
「さっき一回、フルネームで呼ばれたじゃん。女の子の名前は、一回聞けばオッケー♪」
「そうなのですか」
『はい、続いて4番です! 4番、オープン!』
 結の前の布が上がる。
「あ! 瑪瑙さん! 参加してたんですか!?」
「あぁ、結くん〜。お久しぶりだねぇ。元気にしてたぁ? うん、俺も呼ばれたんだよぉ」
 和服を着、茶色く染めた長髪を後ろで束ねた男が、にこにこと笑みを浮かべながら、結と親しげに会話をしている。どうやら、顔見知りらしい。
『四方神選手とペアを組むのは、瑪瑙亨選手です!』
 再び拍手の音。
「これもご縁ですね。宜しくお願いします」
「こちらこそぉ、宜しくねぇ」
『はい、そして5番です! 5番、オープン!』
 皐月の前の布が、上がっていく。
「ふぉっふぉっふぉ。おやまあ、可愛らしい娘さんじゃのぉ」
 皐月の前に現れたのは、和服を身に纏い、頭の禿げ上がった老人だった。ただ、背筋はしゃんとしており、肌の血色も良い。
『由良選手とペアを組むのは、日下部庄二郎選手です!』
「ふーん……私、由良皐月。お爺ちゃん、宜しくね」
「わしは、日下部庄二郎じゃ。こちらこそ宜しくの」
 拍手の音をバックに、二人は握手を交わす。
「……あのさ」
「ん? 何じゃ?」
「もう、手、離して欲しいんだけど」
 庄二郎の手は、未だにがっしりと、皐月の手を握り締めている。
「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃの」
「……うん、だから離して」
「もう少し」
「離せっつーの!」
「ほい。そう怒らんでもええじゃろ。ちょっとしたスキンシップじゃよ」
 いい加減うんざりした皐月の上げた声に、庄二郎はパッと手を離し、両の手のひらを顔の横で開いて、首を傾げる。
「……それ、可愛いと思ってやってんの?」
『いよいよ最後です! 8番、オープン!』
 シュラインの目の前の布が上がる。
 そこに立っていたのは、少し長めの銀髪で、涼しげな目元が印象的な少年。顔も身体も、引き締まった感じを受ける。
『エマ選手とペアを組むのは、逆月愁選手です!』
 これで、競技がようやく始まるからか、今までよりも大きな拍手が湧き起こる。
「あ、初めまして。俺、逆月愁って言います」
「シュライン・エマよ。宜しくね」
「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
「随分と礼儀正しいのね」
 真っ直ぐに立ち、深々と礼をした愁を見て、シュラインがくすくすと笑う。愁は照れくさそうに頭を掻きながら、「おかしいですか? 目上の人には、敬意を払わないといけないと思うんですけど……」と、ぼそりと言った。
「ごめんね。おかしくない。ただ、最近の若い子でここまで礼儀正しいのって珍しいと思ったから」
「そうですか……」
「さっきの逆月さんはご家族?」
「はい。双子の兄です」
「そうなの。あまり似てないわね」
「ええ、よく言われます」
『さぁ! これで、全てのペアが決まりました! 各選手は、てらやぎくんの案内で、所定の位置について下さい! それから、誰とも組まなかった助っ人の方々は、速やかに審査員席に移動して下さい!』
 カスミのアナウンスにより、衝立の後ろから、てらやぎが慌てて出てくる。残った助っ人の三名は、審査員席の方に移動したようだ。
 それぞれ、てらやぎに誘導され、用意された仮設キッチンの前に立つ。
『あと、この大会は《五行霊獣競覇大占儀運動会》の一環ですから、個人戦であると同時に、チーム戦でもあります。用意してある鉢巻を、必ず着用して下さい。また、エプロンも同じ色でご用意しています。内訳は……青龍組が、物部・弦ペアと、四方神・瑪瑙ペア。白虎組が、由良・日下部ペアと、エマ・愁ペア。玄武組が、天慶・梁ペアとなっております。それでは、準備を始めて下さい! 制限時間は四十五分。審査員長の合図で、スタートします!』


●大会開始

「鉢巻とエプロンよし。弦、自分でつけられるか?」
 青い鉢巻とエプロンを身に着けると、真言は弦に言う。
「げん、じぶんじゃできないの。まこと、よろしくなの」
「仕方ないな……よし、これで大丈夫だ。それにしても、鉢巻はともかく、エプロンも弦に合うサイズを用意してたんだな。五色全部揃えるとは、手の込んだことだ」
「えぷろんね、げん、あとでぜんぶもらうの」
「そうか。それは良かったな」
「よかったの!」
「材料は……十分過ぎるほどあるな」
 事前に作る料理の内容は、スタッフに伝えておき、その分の食材は全て揃っているのだが、何故かそれ以外の食材や調味料も沢山ある。色々な事態に対応するためだろうか。
 そして。
 ホイッスルが鳴る。
『……始め!』
 武彦の合図で、皆、一斉に動き出す。観客も湧き始めた。
『さて、いよいよスタートしました、《五行のエプロン》! 制限時間四十五分の中で、果たしてどのような料理が仕上がるのでしょうか!? ……と、ここで、改めまして、審査員の方々のご紹介を致します。まず、審査員長は、草間興信所所長、草間武彦さん!』
『宜しく』
 武彦が、軽く頭を下げる。
『そしてお隣は、お着物がお似合いですね。何と、この若さで茶道師範だそうです。日下部李麻さん!』
『ありがとうございます。このようなお役目を頂けて光栄です。宜しくお願い致します』
 長い黒髪の、おしとやかそうな美女が、静かに頭を下げる。
『そのお隣は、こちらもお綺麗な方ですね。フリーライターの、堂本葉月さん!』
『ありがとう。宜しく』
 赤毛の長髪の女性が、ぶっきらぼうに頭を下げた。
『そして最後は……今日の審査員長は、幸せ者です。審査員に女性ばかりが残りました』
 そこで、周囲に笑いが起こる。
『私の教え子と同じくらいですね。高校生の、御稜津久乃さん!』
『よろしくお願いしま〜す!』
 おかっぱ頭の少女が、元気に手を振った。
 そのような紹介がなされている間、真言は悩んでいた。
 作るものは決まっている。そんなに時間がかかるものではないし、特に難しい料理でもない。
 ただ、弦をどう使うか。
 どう考えても、弦には何も出来そうにない。
 当の本人は、瞳をキラキラと輝かせながら、こちらを見ている。
(……そうだ)
「弦、おまえは見張る役だ」
「みはるの?」
「そうだ。俺がちゃんと料理が作れるか、見張りをするんだ」
「わかったの! げん、ちゃんとみはるの!」
「よし、いい子だ」
(さて……まずは飯を炊かないと)
 真言が炊飯器の釜を取り出し、米を入れて研ぎ始めた途端。
 ホイッスルが鳴った。
『物部・弦ペア。ルール違反だ。《料理は必ず協力して作らねばならない》。焦げつかないように鍋を見る、などなら許容範囲だが、ただ見させておくのは駄目だ』
「うう……どうしろって言うんだ……」
 武彦の言葉に、肩を落とすしかない真言。隣では、弦が「るーるいはんだっていってるの。だめなの?」と首を傾げている。
「……仕方がない。弦、とりあえず、手……いや、足か。とにかく洗うぞ」
「はいなの」
 真言は、弦の前足を持って、ハンドソープをつけ、綺麗に洗ってやる。
「いいか? このレバーを押して、釜の中に水を入れる。そして、足でかき混ぜる。その後、斜めに傾けて、水を流す。米はこぼしたら駄目だぞ。そして、また足で混ぜて、また水を入れて、混ぜる。また水を流す……この繰り返しだ。ある程度、水が透明になったら大丈夫だ。出来るか?」
「だいじょうぶなの! げん、しゅうが、いつもおこめといでるの、みてるの。しゃかしゃかやるの」
「そうだ。よし、頼んだぞ」
「まかせてなの!」
『予想通りといいますか、いきなり波乱含みの展開になりましたが、物部・弦ペア、何とか落ち着いた模様です。他のペアはどうでしょうか? 四方神・瑪瑙ペアは、和気藹々と進んでいるようですね。エマ・愁ペアは、二人とも、素晴らしい手際の良さです! これはかなり期待できそうです! ……ええ、由良・日下部ペアが何やら揉めているようですね。天慶・梁ペアは……』
『……申し訳ありません。ちょっと宜しいでしょうか?』
 突然、李麻が間に割って入った。
『はい。李麻さん、どうぞ』
 カスミから了承を得ると、李麻はすう、と目を細めて、口を開いた。
『お祖父はん、梁はん――たいがいにしいや!』
 その、腹に響くようなドスのきいた声に、会場中が静まり返った。庄二郎と梁は、まるで糸の切れた操り人形のように、かくかくと小刻みに頷いている。
「何だ……?」
 真言が思わず呟くと、弦がそれに反応した。
「しょうじろうと、りょうが、わるいことをしたの。りおは、わるいことをすると、おこるの」
「悪いこと?」
「えっと、おんなのひとがあいてだと、『なんぱ』とか『せくはら』とかするの。まこと、『なんぱ』とか『せくはら』ってなに?」
「……いや、弦は知らなくていい」
「そうなの? いつもみんな、おしえてくれないの。げん、ちょっとさみしいの」
「まぁ……そのうち分かるようになる」
「ほんと? じゃあ、げん、それまでまってるの。たのしみなの!」
 目を輝かせてこちらを見ている弦を見て、真言の胸は少し痛んだが、純真な弦に説明するのも気が引ける。
『……失礼致しました』
『い、いえ……ええと、あー、その……あ、由良・日下部ペア、天慶・梁ペアともに動き始めました! さて、ここからが勝負です!』
 弦に米研ぎを任せている間、真言は豚汁の準備に入っていた。
(根菜類は、弦に洗わせられるな……先に豚肉を切ろう)
 そう思い、豚肉を適当な大きさに切り終わった頃、弦が声をかけてきた。
「まこと、おわったの!」
「おお、そうか……って、水も入れたのか?」
 釜には、先ほど言いつけていないのにも拘わらず、水が入っていた。しかも、分量もきっちりと合っている。
「さっき、まことは、よんはいおこめをいれたの。だから、この、よんってかいてあるところまでが、おみずなの」
「凄いじゃないか。偉いぞ、弦」
 思わず頭を撫でてやると、弦は「えへへ、なの」と言って喜ぶ。
「よし、じゃあこれを炊いて……弦。ごぼうと、人参、大根、里芋を洗っておいてくれ」
「わかったの。ごぼうと、にんじんと、だいこんと、さといもをあらうの」
 その後、切った野菜の皮や、屑などをごみ箱に捨ててもらったり、炒めるときの油を別の容器に移し替えて、それを鍋の中に入れてもらったりして、何とか弦を『手伝わせる』ことをクリアしていった。
 ところが、味付け段階に入った時。
「まこと! まってなの!」
「どうした?」
 突然かかった弦の声に、真言がそちらを見遣ると、弦は鼻をひくつかせていた。
「おみそしるに、おすをいれるの? それがほんとなら、ごめんなさいなの。でも、しゅうは、いつもおみそしるに、おすはいれたりしないの」
「酢? ……これ、味醂なんだが」
「みりん? それ、みりんのにおいじゃないの。おすのにおいなの」
「何だって?」
 全ての材料は、市販されているようなままのものではなく、別の容器に移し替えられ、『味醂』、『料理酒』とラベルが貼られている。
 真言は試しに、今豚汁に入れようとしていた『味醂』、と書いてあるボトルの匂いを嗅いでみる。確かに、酢の匂いだった。『料理酒』の方も、アルコールの匂いがしない。
 結局、『酢』と書いてあるボトルが味醂で、『白ぶどうジュース』と書いてあるものが、料理酒だった。
「危ない……弦の鼻が良くなかったら間違えるところだったな」
「でも、にんげんでも、いれるときとか、あじみしたらきづくの」
「そうだな。多分、凡ミスでの時間のロスを狙ったものなんだろう……こんなところに下らないトラップ仕掛けやがって」
 そんなことがありながらも、それから料理は滞りなく進む。
 そして。
『五秒前! ……四、三、二、一……終了です!』
 カスミの掛け声とともに、武彦がホイッスルを鳴らす。
 短いようで――感覚としてはさらに短い時間が、終わりを告げた。


●試食

『さて、これから試食に入りたいと思います! 試食の順番は、くじ引きで引いた数の小さい順に行います。まずは、物部・弦ペアから……あ、てらやぎくん、料理落とさないで下さいね。物部選手は、料理の紹介、意気込みなどをお願いします!』
 てらやぎが、覚束ない足取りで、審査員席に料理を運んでから、マイクを真言に渡す。
 真言はひと呼吸おいてから、静かに口を開いた。
『一品目は、目玉焼き丼。醤油はお好みでかけてくれ。二品目は、豚汁だ。俺は料理に自信があるわけではないが、まあまあいけると思う』
 それから、屈み込むと、弦にもマイクを向ける。
『げんもがんばったの! まことと、げんでがんばったの!』
『……はい、ありがとうございました。それでは、審査員の方々、お召し上がり下さい!』
『うん。中々旨い。素朴な味わいだ』
 武彦が、まず口を開いた。
『ちょっと、審査員長、そんなにガツガツ食べちゃダメでしょ。これからも審査続けるんだから』
『しまった……つい』
 葉月に窘められ、武彦は慌てて箸を置く。それを見て笑ってから、葉月は真言を見た。
『そうだね……豚汁は中々コクがあっていいと思う。ただ、もうちょっと薄味でも良かったかな。調味料を入れすぎたのかも。まあ、好みにもよるけどね……目玉焼き丼は、ある意味で斬新』
 彼女は職業柄、こういう仕事も舞い込んでくるのかもしれない。その後の指摘も細かく、中々鋭かった。
『私も、美味しいと思います』
 李麻もそう言って微笑む。
『堂本さん! 堂本さん!』
『何? 津久乃ちゃん』
『目玉がこっち見てます! あはは!』
 津久乃の声に、一同がそちらを向くと、目玉焼きの黄身の部分が、巨大な目玉となってキョロキョロ辺りを見回していた。
『じゃあ、豚汁飲みなさいよ』
『小さなブタさんが泳いでるので食べられません。カワイイ!』
 豚汁のほうも、ピンク色の小さな豚が、ウェットスーツを着て、中を泳ぎまわっている。
『おいおい……何でそんなことになるんだよ』
 武彦が問うと、葉月が苦笑しながら答える。
『うーん。ええと……この子、特殊な体質? っていうか、とにかくそんな感じなの』
『勘弁してくれよ……俺はオカルトは嫌いなんだ』
『申し訳ないけど、少し我慢して』
『……ええ、大変申し訳ありません。諸事情により、響さんに代わり、これからは私、碇麗香がアナウンスを務めさせて頂きます。では、次の天慶・梁ペア、どうぞ』
 周囲の視線が、一斉に麗香とカスミのいるテントに集まった。カスミは、地面に横たわっている。怪奇現象が異常に苦手な彼女は、津久乃の料理を見て、気絶したのだ。だが、落ち着き払った麗香の態度に、何事もなかったかのように試食は進む。
 真姫は、マイクを受け取ると、審査員に一礼してから、穏やかに言葉を発する。
『今回は、苺のミルフィーユと、ハーブティーゼリーをお作り致しました。紅茶とご一緒にお召し上がり下さい。審査の順番が何番目か分かりませんでしたので、出来るだけ、冷めても大丈夫な料理を選びました。ミルフィーユの生地は、本当ならば手作りにしたかったのですが、時間の関係上、今回は市販の物を使用致しました。料理は心だと思っております。気に入って頂けたら幸いです』
『俺と真姫ちゃんの愛の結晶……』
 強引にマイクを奪い、得意気に語ろうとした梁だったが、李麻に一瞥され、急に大人しくなる。
『ありがとうございました。では、審査員の方々、お召し上がり下さい』
『うわ! すっごい美味しい! そこら辺のパティシエじゃ、敵わないくらいの出来! 生地が手作りじゃないのが惜しかったな……ゼリーも、ハーブの香りが仄かに漂ってきて、凄くいい。甘さも絶妙。もしお店とか開いたら、あたし絶対通うよ』
 葉月が感嘆の声を上げると、李麻も頷いた。
『私は職業柄、和菓子を良く食しますし、そちらの方が好きなのですけれども、このような美味しいものを頂くと、洋菓子にも魅力を感じますね』
『うん、凄い旨い。プロ並みだ』
 武彦も、満足そうに頷く。
『わぁ! お花が咲いた! キレイ!』
『津久乃ちゃん、あんたはちょっと黙ってて』
『ええ!? 何でですか!? 楽しいのに!』
『うん。それは良かったね』
 葉月と津久乃が、そんなことをやり合っている間にも、スケジュールは進む。
『はい。では、次の四方神・瑪瑙ペア、どうぞ』
 続いて、結が進み出る。
『今回は、キムチチゲと、もやしとにらのナムルを作りました。暑くても寒くても、それなりに食べられるもの、ということで、鍋にしたんです。お料理の大会に鍋、というのはどうかとも思いましたが、野菜も沢山食べられて、栄養のバランスもいいと思ったので……ナムルは箸休めとして、あまり辛くしないように気をつけました。勝敗はともかく、草間さんは普段から野菜が足りないと思います。だから、この機会に沢山食べて欲しいと思ったんです……あ、瑪瑙さんは何かお話ししますか?』
 彼女の言葉に、亨は笑顔で首を横に振る。
『ありがとうございました。では、審査員の方々、お召し上がり下さい』
『うん……旨いな。辛さもちょうどいい』
 武彦が、頷きながら箸を動かしている。
『私は、韓国料理はあまり頂く機会がなかったのですが、美味しいですね』
 李麻も穏やかに微笑んだ。
『やっぱり、色んなダシが出てるから、美味しいね。ナムルの辛さも控え目で、箸休めの効果が出てる』
 葉月はそう言いながら、津久乃のマイクのスイッチをオフにした。他のメンバーも、もう彼女は放っておくことにしたらしい。
『宜しいですか? では、次の由良・日下部ペア、どうぞ』
 続いて、皐月にマイクが渡される。
『ええと、本当は一汁三菜、といきたかったんだけど、今回は色々と制約があったから、中華粥と、青菜と鶏肉のピリ辛炒め、そして中華風のスープを作ってみたよ。ほっこりあったかいものが美味しい季節だし。とにかく、気合入れて作ったから、気に入ってもらえると嬉しいな。あと、調味料をすり替えておくなんて汚いと思う。危うく時間に間に合わなくなるところだったんだから……ねぇ、お爺ちゃん?』
 そう言って、庄二郎の方を向くと、彼は、万歳しながら頷く、という良く分からない行動をとっていた。
『すり替える? 何のことだ?』
『え? 審査員長も知らなかったの?』
 不思議そうな顔をしている武彦に、皐月は目を瞬かせた。
『きっと、蓮のヤツが仕込んだんだな……』
『……宜しいでしょうか? 審査員の方々、試食に入って下さい』
 麗香のアナウンスにより、話は遮られ、試食へと進む。
『うん。どれも旨い』
『審査員長……もっとマシなコメント出来ないわけ?』
 武彦の言葉に、葉月が呆れたように言う。
『旨いモンは旨いんだから仕方がないだろう。審査の時は、きちんと差をつけるから大丈夫だ』
『ならいいけど。そうだね……全体的に、凄くバランスが取れていると思う。炒め物の辛さを、お粥で和らげられる。これを普通のご飯にしなかったのも、アイディアだね。スープも、シンプルだけど美味しい。食材が上手く使いまわされてる』
『お粥が程よい状態ですね。固すぎず、緩すぎず……炒め物も、香ばしくて美味しいです。堂本さんの仰るように、調和が取れていると思います』
 葉月に続き、李麻が発言する。津久乃は、また何やらはしゃいでいるが、無視された。
『では、これで最後になりますね。エマ・愁ペア、どうぞ』
 シュラインが前に歩み出る。
『今回はオカラと豆腐のハンバーグ、白身魚のロール白菜を作ったわ。ハンバーグには刻んだパイナップルを隠し味に、そしてソースはゴマペースト。ロール白菜は、細かくして味を調えた白身魚を巻き込んで昆布出汁で和風に仕上げてみたの。良かったら、ワサビを添えて食べてみてね。真姫ちゃんも言っていたけれど、私は、料理は食べてもらう人に幸せになってもらおうって思う心が大事だと思う。結果も気になるけれど、少しでも幸せを感じてもらえれば嬉しいわ……愁くんは何か言いたいことある?』
 彼女の言葉に、愁は「いえ」と、小さく首を振った。
『ありがとうございました。では、審査員の方々、お召し上がり下さい』
『うん……凄く旨い。シュラインの料理は良く食うから、腕が良いことは知ってるが、いつもよりもっと旨い気がする』
『弟の料理の腕は、玄人はだしですから。きっと、エマさんとの相乗効果で、もっと美味しくなったのだと思います』
 武彦の言葉に、李麻が少し得意気に反応する。
『凄いね……完全にプロの味だね。ヘルシーだし、工夫も凝らされてる。ハンバーグを噛んだ時に広がるパイナップルの甘みも、味を引き立てているし、ゴマペーストも香ばしい。ロール白菜も、あっさりしているのに、コクがある』
『ロール白菜が高速回転してます! 楽しい〜!』
『ちょっと津久乃ちゃん、勝手にマイクのスイッチ入れないでよ!』
『だって〜! 私も何か発言したいんですもん!』
『じゃあいいよ。何か言いなよ』
『え? えっと……えっと……えっと……次いってみましょう〜!』
『もう終わりだっつーの』
 まさか発言して良いと言われるとは思わなかったのか、津久乃は結局ロクなことが言えず、葉月に冷たく突っ込まれた。
『……審査員の方々、宜しいでしょうか? これで、試食は終了です。審査の準備に入って下さい』
 麗香の冷静なアナウンスにより、審査員一同は、審査の準備に入り始めた。


●審査、そして閉幕

『……ええ、大変失礼致しました。私が気絶……いえ、所用で席を外している際のことは、碇さんより聞いておりますので、進行に支障はありません。改めまして、私、響カスミがアナウンスを担当させて頂きます。さぁ! いよいよ運命の審査の時間がやってまいりました! 果たして、優勝の栄冠はどのペアの手に渡るのでしょうか!? チームの得点も気になるところですね。尚、審査の方法は、審査員の方々、それぞれに、十点刻みの百点満点評価でつけて頂きます。最高で、合計四百点……になるのですが、御稜さんは、一品も食べていないようですので、除外致します。つまり、合計三百点が最高です』
『ええ〜!? 何でですか!? 私も点数つけたいです!』
 カスミのアナウンスに、津久乃は不満の声を上げる。
『……仕方がない。とりあえず、点数はつけさせよう。ただ、評価には響かないということで』
『了解致しました。審査員長がそう仰るなら、その方法で行きましょう。御稜さんも宜しいですか?』
『はーい! 点数つけられるならいいでーす!』
 武彦の鶴の一声で、とりあえず方針は決まった。
『では、準備は宜しいでしょうか? ……はい、じゃあ行きましょう。まずは、物部・弦ペアの点数から! それでは、一斉にフリップをあげて下さい! ……60点、50点、30点、《カワイかったから100点♪》……合計140点です! そうですね、一番厳しかった堂本さんにお聞きしてみましょう。何故でしょうか?』
『そうだね……申し訳ないけど、《可もなく不可もなく》って感じ』
『俺は、いつも食ってる飯みたいで結構良かったぞ。それに、《可もなく不可もなく》なら、もう二十点くらい多くてもいいんじゃないか?』
 武彦が口を挟むと、葉月は少し唸ってから答える。
『ええとね、味はそうなんだけど、特に目玉焼き丼の方ね。ご飯盛って、目玉焼き載せて、刻み海苔かけただけっていうのがね……豚汁も、家庭料理ならともかく、こういう大会向きじゃないと思う』
『なるほど』
「そうか……もう少し捻ってくれば良かったな……弦、百四十点だそうだ」
「ひゃくよんじゅう!? すごいかずなの。いっぱいなの。げんとまこと、かち?」
 真言が言うと、弦が目を輝かせる。
「まだ分からないが、ちょっと、勝ちは難しいかもしれないな……でも、頑張ったからいい」
「そっか……ざんねんなの。でも、がんばったの! りおが、『どりょくはだいじ』っていつもいうの」
「そうだな」
 そう言って、真言は弦の頭を撫でる。
『続いて、天慶・梁ペアの点数に行ってみましょう! それでは、一斉にフリップをあげて下さい! ……80点、90点、100点、《キレイだったから100点♪》……おおっとこれは高得点! 合計270点です! これも、一番厳しかった審査員長にお聞きしてみましょう』
『これはだな……確かに旨かった。味だけなら満点をやってもいい。しかし、今回は料理大会であって、菓子の大会じゃないんだ。料理とデザート、という組み合わせなら良いが、デザートだけというのは頂けない』
『私も、同じ理由で十点引かせて頂きました』
 武彦に続き、李麻も発言する。
『もう、二人とも頭カタイねぇ……《デザート》って考えるから無理が出るんじゃん。《スウィーツ》だったら、《料理》でもいいと思うけどな』
 葉月は、ひとり不満そうだ。
「ちぇ。李麻もあのオッサンもケチだなぁ」
「でも、仕方がないですね……少なくとも、美味しいとは思って頂けたようですし」
 梁は毒づくが、真姫は穏やかに微笑む。
「でもさ、二百七十点なら、優勝できるって!」
「そうだといいですね」
『続いて、四方神・瑪瑙ペアです! 一斉にフリップをどうぞ! ……30点、60点、60点、《カッコよかったから100点♪》……合計150点です! 審査員長、理由をお聞かせ下さい』
『本人も言っていたが、鍋は正直手抜きとしか思えん。誰でもある程度の味は出せるし、適当な材料をぶち込むだけだ。味は確かに良かったがな』
『ちょっと、あんたの耳は節穴? あの子の言ったこと覚えてる? 勝敗を捨ててでも、あんたの栄養のバランスを考えたんだよ? さっきから皆が言ってるけど、料理は心なの! 食べてもらう人のこと考えるのが重要なんだから。確かに、鍋はズルイから、あたしも点数引いたけど』
『私も同じ理由です。草間さんのことを心配して、料理を考えて来られたのですから、その心意気を買わせて頂きました』
『う……』
 葉月と李麻にそう言われ、武彦は言葉に詰まる。
「残念だったねぇ……」
「でも、自分でもちょっとズルイかなって思ってたんで、仕方がないです。草間さんにはあんまり伝わらなかったみたいですけど、でも、堂本さんと、日下部さんには分かってもらえたみたいですし、草間さんに野菜を食べてもらう、という目的は果たせましたし」
 亨が呟くと、結は笑顔で答えた。
「結くんは偉いねぇ」
「そんなことないですよ」
『それでは次、由良・日下部ペアです! フリップをあげて下さい! ……80点、80点、80点、《ワクワクしたから100点♪》……合計240点です! これは皆さん点数が揃いましたね。審査員長、コメントをどうぞ』
『これは、味も良かったし、全体のバランスが一番取れていた。ただ、味だけを見ると、このくらいが妥当だと感じた』
『そうだね。美味しかったんだけど、他と比べて、差をつけなきゃいけないしね』
 武彦の言葉に、葉月も頷く。
「あちゃー。悔しいなぁ。優勝はナシか」
「まぁ、こういうこともあろうて」
 皐月が悔しがっていると、庄二郎は諭すように言う。
「……ん? 何?」
 突然、後ろから肩を叩かれたので、皐月が振り向くと、庄二郎が、両の手のひらを顔の横で開いて、首を傾げている。
「だからそれ、可愛いくないってば」
『さて、いよいよ最後、エマ・愁ペアです! 現時点での最高得点は、天慶・梁ペアの二百七十点! 果たしてそれを超えることが出来るのでしょうか!? 運命の瞬間です! さぁ、フリップをあげて下さい! ……90点、100点、90点、《楽しかったから100点♪》……合計280点! 優勝が決まりました! 優勝は、僅か十点の差で、天慶・梁ペアを下し、エマ・愁ペア! おめでとうございます!』
 周囲から、盛大な拍手と歓声が湧き起こる。
「凄い。優勝したわよ、愁くん」
「はい。やりましたね」
 思わず手を取り合う、シュラインと愁の周りに、他のメンバーが集まってきて、口々に祝いの言葉を述べる。
「みんな、ありがとう」
「ありがとうございます」
『さて、優勝は決定した訳ですが、せっかくですから、コメントを頂きましょう。審査員長!』
『味だけで判断すれば、天慶・梁ペアと同等だと思う。ただ、さっきも言ったように、《料理》という点で見れば、こちらの方が上だ。俺がマイナス十点したのは、バランスだな。二品しかなかったところだ』
『うん。汁物とかあれば良かったね』
 武彦に、葉月も同意する。
『私は、ただ《料理》ということ、そして、味に注目して満点です』
 李麻が、穏やかに口を開く。
『あの……私、お腹空いたんですけど……』
『津久乃ちゃん、後でご飯食べに行こうね』
『わーい!』
『……さて、この《五行のエプロン》では、エマ・愁ペアが優勝な訳ですが、《五行霊獣競覇大占儀運動会》としての得点が、一位から三位までにそれぞれ与えられます。まず、一位のエマさんに三十点、二位の天慶さんに二十点、三位の由良さんに十点が、そして、組としては、白虎組に合計四十点、玄武組に二十点が加算されます。それから、優勝したエマさん、そして惜しくも最下位だった物部さん、審査員席の方に行って下さい』
「はい」
「俺も?」
 シュラインと真言は、自分の名を呼ばれ、テントへと近づいていく。その前には、亨が立っていた。
『今回、《瑪瑙庵》店主、瑪瑙さんから、大会参加者に、素敵なプレゼントを頂いています! まず、優勝したエマさんには、フローライトのクロスペンダントです!』
「はい、どうぞぉ」
 亨がシュラインに差し出してきたのは、十字型のペンダントだった。フローライトが光を反射してカラフルに輝く。
「ありがとう。素敵……私、フローライト好きなの。このチェーンと細工の部分はプラチナかしら?」
「そうですよぉ。店にもぉ、遊びに来て下さいねぇ」
「ええ、今度機会があったら伺わせてもらうわ」
『そして、物部さんには、敢闘賞として、アメジストドームが贈られます!』
「アメジストドーム?」
 真言は、特に石に詳しいわけではないので、少し首を傾げる。
「ちょっと待っててねぇ」
「ああ……了解」
 亨は、一旦テントの裏へと回ると、何かを抱えて戻ってくる。
「よいしょっと。これぇ」
「……は?」
 それは、高さ、幅ともに、一メートルはあろうかという、アメジストのドーム型クラスターだった。
「ちょっと重いよぉ? 二十六、七キロくらいあるかなぁ」
「……いや、俺いい。要らないから」
「まぁ、そう言わずに〜」
 そう亨に笑顔で言われ、つい受け取ってしまう真言。
「う、重……何か、高そうだな」
「ええとねぇ、普通に買うと四十万円くらいかなぁ」
「よ……四十万!?」
『四十万!?』
 真言とは別に、反応した者がもう一人。
『亨ちゃん、あんたバカじゃないの!? ただでさえ、店に年中閑古鳥がギャーギャー鳴いてんのに、四十万!? 店潰れるよ!?』
 スピーカーから大音量で聞こえてくる葉月の声に、一同が顔をしかめる。亨は相変わらずの笑顔で、切り返した。
「大丈夫だよぉ」
『大丈夫なワケないでしょ!?』
「あの……やっぱ俺、返すから」
 それを見ていた真言がそう言うが「いいから、いいからぁ」と亨に言われ、返せなくなってしまう。
「うわぁ、立派なアメジストドームですね。色も濃いし。アメジストは浄化力が強いですし、ドームは財運がアップするって言われてるんですよ」
「それに、良い『音』です」
「そうか?」
 真言は、結と真姫に言われ、少しだけ、もらって得をした気分になる。それに、四十万の品物など、今の自分の身分では、買えるものではない。しかし――
「っていうかさ、物部さんの家って広いの? 狭いアパートでひとり暮らしとかだったら、最悪だよね。ジャマだし」
「う……」
「あ、図星? これ、新手の嫌がらせじゃないの? 四方神さんさ、瑪瑙さんと知り合いなんでしょ? もしかしたら、凄い意地悪だったりして」
「そ……そんなことないですよ。とってもいい人です」
 結が笑顔でそういうが、怪しげな間があったために、却って皆の不信感を煽る結果となった。
「ええと……あ、エマさん、そのペンダント、凄い綺麗ですね」
「ありがとう」
「まあ、もう突っ込むのはやめとこう。私もフローライト見たい! 綺麗だね」
「ええ、とても綺麗ですね」
 女性陣が皆、シュラインの元に行ってしまったので、真言はひとり、アメジストドームを抱えたまま取り残された。
『はい、そろそろ閉幕です! 審査員長、最後に一言どうぞ!』
『とにかく皆、頑張った。どれも旨かった。お疲れさん! ……もう煙草吸っていいか? ……あ、すまん。マイク切るの忘れてた』
 会場に、笑いと拍手が巻き起こる。


 こうして、『五行のエプロン』は、無事終了した。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■PC
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白組/1位】
【4441/物部・真言(ものべ・まこと)/男性/24歳/フリーアルバイター/青組/5位】
【5696/由良・皐月(ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝/白組/3位】
【1379/天慶・真姫(てんぎょう・まひめ)/女性/16歳/天慶家当主/黒組/2位】
【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17歳/学生兼退魔師/青組/4位】

※発注順

■NPC
・『瑪瑙庵』メンバー
【瑪瑙亨(めのう・とおる)/男性/28歳/占い師兼、占いグッズ専門店店主】
【堂本・葉月(どうもと・はづき)/女性/25歳/フリーライター】
【御稜・津久乃(おんりょう・つくの)/女性/17歳/高校生】

・『臨暁寺』メンバー
【逆月・梁(さかづき・りょう)/男性/17歳/高校生・なんでも屋】
【逆月・愁(さかづき・しゅう)/男性/17歳/高校生・なんでも屋】
【日下部・李麻(くさかべ・りお)/女性/19歳/茶道師範・除霊師】
【日下部・庄二郎(くさかべ・しょうじろう)/男性/71歳/隠居】
【弦(げん)/無性別/???歳/妖怪(?)】

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■          獲得点数           ■
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青組:0点/赤組:0点/黄組:0点/白組:40点/黒組:20点

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■         ライター通信          ■
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■物部・真言さま

初めまして。今回は発注ありがとうございます! 鴇家楽士です。お楽しみ頂けたでしょうか?

納期ギリギリの納品になってしまい、申しわけありません……大変お待たせ致しました。
今回は、僕の構想の練り方が甘かったために、鴇家史上、最長のノベルとなりました。何だかダラダラ長くてすみません(汗)。

さて、このノベルでは、NPCと組んで頂いた訳ですが(事前にNPCに番号を振っていました)、僕の中では、中々面白い組み合わせ(審査員も含め)になったかと思っています(ちなみに、コタマ絵師さまとのコラボ異界、『臨暁寺』のNPCは、今回初披露になります。コタマさんとのコラボを始める前に、僕が先走って使ってしまいました(汗))。
真言さんは、『臨暁寺』のマスコットキャラクター的存在、弦との組み合わせになったのですが、いかがでしたでしょうか?

また、悩んだのですが、激マズ料理は作らない方向で行きました。皆さん、それなりのお味になっています。李麻か津久乃、という最悪のカードが入っていたら、どうなったか分かりませんが(笑)。ちなみに、今回の最強カードは愁です。彼と組めば、必ず1位、という訳ではないのですが、どんなにPCさまの料理が下手でも、上位に食い込める可能性がありました。審査の順位も悩みましたが、発注文に書いて頂いた腕、PCさまの設定、組んだNPC、そして、本文の中でも審査員が言っている理由で決定させて頂きました。

それから、初めてのPCさまを描かせて頂く場合、いつも悩むのが、口調と雰囲気です。もし、PLさまの中のイメージを崩してしまっていたら、本当に申し訳ありません……

今回、僕の中では、真言さんはかなりオイシイ役どころでした(笑)。弦というカードを引いて下さったこと、そして、申し訳ないことに最下位になってしまいましたが、パワーストーンのご指定がアメジストだったことです。すぐに、あの結末が浮かびました(決して、アメジストを指定したから、最下位になったわけではありません)。ということで、アイテム欄に『アメジストドーム』が追加されています。どうぞ、お受け取り下さい。

あとは、少しでも楽しんで頂けていることを祈るばかりです。また弦とも遊んでやって下さい(笑)。

尚、『大会開始』という章は、個別になっています。今回ご参加頂いた他の方のものも併せてお読み頂けると、話の全貌(?)が明らかになるかもしれません。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。