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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■ジャックの注文■



 カボチャのジャック。
 イタズラ大好き男の子。
 お化けになってもイタズラが好き。

 だから今年はお菓子よりもイタズラ。
 イタズラが駄目ならせめて遊んで欲しいんだってさ!



** *** *


「子供好きなのはいいが程度ってもんがあるって言ってるんだ!」
「妹好きな男が何抜かすこのシスコン!」
「シスコンで何が悪い!」
「子供好きで何が悪い!」

「どっちも悪くないから、声を抑えて貰えるかしら」

 怒鳴り合う二人の間にごく自然にコーヒーカップを置く。
 ことりと硬質の音がやたらと響いて、シュライン・エマの声、出されたコーヒー、その絶妙な間の取り方に男達は居心地悪く沈黙し、どちらともなく咳払いで誤魔化した。
「あーいや、シュライン、すまない」
「シュラインさん、申し訳ない」
「いいのだけれど、流石に他のテナントもあるし大家さんの心証が悪くなっても困るでしょう?だからあまり騒がないで頂戴ね」
「……すまん」
「……すいません」
 頭が上がらない。
 叱られたまさしく悪戯小僧の風情で立つ大人の男二人。
「ほら、コーヒー冷めない内にどうぞ。武彦さんも」
 肩を揺らし笑いを堪えてシュラインはもう一度コーヒーを勧めると、自身はいまだふよふよと広くもない室内を漂うジャック・オー・ランタンに歩み寄った。
 ジャックも気付いて移動を止める。
 大人しくソファに座る年少のマンション住人二名と零の傍でジャックのカボチャ頭を覗き込む。丸々と見事なカボチャ。
「ええと、それでジャックくんと、かくれんぼと言うか追いかけっこをして一緒に遊べば良いのよね」
「そうだけど……俺言いましたっけ?」
「二人が大声で言い争いしてる間に茶々さんと椎名くんから聞いたの」
「……本当にすいません」
「……本気ですまんシュライン」
 ちろりと見遣れば仲良く頭を下げ直す姿があって、奥歯を噛んで笑いの衝動を堪えるシュラインである。向かい合うジャックがくるりと回るのも笑うように感じられ。
「ジャックくん」
 くるくるとそのまま回り出しかけたお化けカボチャなジャックが止まる。
 シュラインの肩辺りにあるジャックのカボチャ頭を屈んで覗き込む彼女にジャックも頭を突き出して覗き込む姿勢。わあかわいい、と零が言うのが聞こえて内心でうんうんと頷くシュライン・エマ。
(なんだかふよふよしてて可愛らしいわぁ)
 そんな気持ちで見詰めているのである。
 となれば彼女が零の言葉に頷くのも当然な訳で。
 しかしそんな事はおくびにも出さずにただにっこりと笑いかけて挨拶。
「宜しくね」
 返事のつもりだろうか、ジャックがくるりと回って頭を傾けた。


** *** *


 予定より遅れた出発になった理由がシュラインの隣を歩いている。
 車道近くを歩く自分の姿を何気ない様子に見せようとして実は上手くいっていない、そんな彼はシュライン作のお菓子を提げている草間武彦。シュラインは当然彼の不器用な気遣いを察してはいるけれど素知らぬ風で隣を進む。
 何故草間がシュラインと一緒に歩いているのか。
 ジャックとの追いかけっこをする予定のシュラインと一緒、即ち彼も追いかけっこに参加。彼の人為からすれば珍しい。
「武彦さんはシスコン、ね。アルバートさんもよく見てるわね」
「別に、いいだろう」
「悪くなんてないわよ。零ちゃんを大事にする気持ち解るもの」
 ただ、と少し含みを持たせて間を空けて視線だけ隣に走らせる。
 それだけで愛すべき興信所所長は落ち着き無く視線を彷徨わせた挙句に自滅してくれるのである。今のように。
「……別に、お、お前を大事にしないわけじゃなくてだなあ」
 そうじゃなくて、あー、その。
 その言葉を探す様子が、終いには唸り声を上げて頭を掻き毟るくらいはしそうな程だったので苦笑して草間を落ち着かせる。アルバートがここに居れば「恋人にも妹にも弱い男」とばっちり言ってもう一戦不毛な怒鳴り合いが展開された事だろう。

 ――さて、草間武彦は親しい人間、というか妹と恋人に非常に弱い。
 それはこの遣り取りだけでも充分に推測は出来る事であるけれども。
『武彦さんもたまには気分転換がてら一緒にどう?』
 そう言ってシュラインがじぃと見詰めるだけで、断りかけた唇が無言のまま開閉して手が所在無く頭の後ろ辺りを彷徨い視線が逃げを打つように四方八方へ投げられて――そしてがくりと項垂れるのであるのだから。
 妹ににこやかに見送られ、そうして彼は彼女と一緒にカボチャのジャックを追って街に出た。手にはシュラインお手製のお菓子の包みが幾つも入った紙袋。
 回る場所が知人の居る所ばかりであるし、折角だから配りましょうか、と言って適当な数を取り分けて持って出た分である。
 しかしそれは最初の目的地であるクライン・マンション――訪問者であるアルバート筆頭三名の住居――ですぐに難しくなった。
 なんとなればエントランスに踏み込んだ時点で目の前にカボチャが居たのだから。
「シュライン……お前いい勘してるな」
「凄く早く見つかっちゃったわね」
 声が少し虚ろな気もする二人が見る前でカボチャはしばし管理人である朱春に追い回されて、それからシュライン達に気付いたのか気付かなかったのか追われるまま傍らを摺り抜けて出て行った。
 静かに見送る草間とシュライン。
「じゃない!追うぞ!」
「ああちょっと待って武彦さん」
「捕まえるなら」
「いいから」
 指先でそっと制して草間の提げる紙袋に手を伸ばす。
 取り出した菓子の包みを必要な数だけ持って朱春に渡すと二言三言、言葉を交わしてそれでようやく入口で待つ草間の許へ歩み寄った。
「言ったでしょ。配るって」
「カボチャ、逃げたぞ」
「武彦さんが方角は確かめてくれていると思って」
 にっこりと笑う。
 その様に瞳を瞬かせると草間はやれやれと呟いて親指でジャックの向かった先を示してみせた――「研究所だろうよ」と。
「じゃあ高峰さんの所に行きましょうか」
「仕方無いな」
 言いながらもきちんと付き合う草間の前を歩きながら、咽喉の奥で小さく笑ったのは秘密だ。
「しかしシュライン。追いかけっこなのにこんなノンビリしていて良いのか?」
「良いのよ。だって」
 私物のデジカメを掲げて一枚。
 咄嗟に反応しきれず、一拍置いてから声を上げかけた草間に再度デジカメを掲げて答えるのはつまり。
「実は写真に撮りたくって」
 だから追いかけっこは武彦さん、宜しくね?
 逆らえない言葉に草間は一度夜空を見上げてからがっくりと肩を落とすと深く深く息を吐いた。イエス、と言う意味だとシュラインには解る。観念して追いかけてやろうじゃないか、というイエスだった。


 高峰研究所ではあやうく整頓された膨大な資料に突っ込んで混沌な紙の海を生み出しかけたジャックと草間。菓子を手渡しながら高峰と二人で微笑みつつデジカメ使用。
 アトラスでは三下の「お化けぇえええっ!」という悲鳴をBGMに編集部内を走り回り、他の者達の気晴らしになると麗香に淡々とコメントされた。ここでも菓子を手渡しつつデジカメ撮影。
 レンで、神聖都学園で、あやかし荘で同じように駆け回りその都度何かを引っくり返しかけてはシュラインと知人友人の笑いを誘う。デジカメを大活用して再びアトラスに戻ると今度はジャック、何を思ったか窓から脱出を図る。
 ……ただまあ、そうそう大きく開いている窓でもない訳で。
「あーあー……」
「何の冗談なのかしらね」
「あら可愛いじゃない」
 草間、麗香、シュラインとそれぞれにコメントして、シュラインはやはりここでもデジカメ撮影。映すのは頭の途中で窓に引っ掛かって動けないまま布だけを躍らせるジャックの姿。
「さっきはあやかし荘で隠れようとして、失敗してね」
「鉢合わせでもしたの?」
「それがあの体型でしょう?本人隠れたつもりが頭が丸々はみ出ていてね」
「成程」
 想像したのか麗香が珍しく唇を弓形に吊る。
 ふわふわふよふよと漂い移動する場面は様々な距離・角度から撮影済みのシュラインである。後はただひたすらジャックが何か仕出かす度に撮影撮影撮影……いや、そこまで極端では無いがなんとなく、そう、言うなれば猫好き犬好きがありとあらゆる場面を記録しておこうとするかのような……可愛い物を残しておこうという思考回路だろうか。
「まったく。ほれ――って、ぶ!」
 渋々というポーズを取りながら結局は親切な草間がジャックの頭を抱えて引っ張ってやる。窓を固定する部分にちょうどジャックが詰まっていて開けなかったからなのだけれど、お陰で引っこ抜いてやった途端にそのカボチャ頭と草間が衝突した。
「この、イタズラ小僧が!」
 これ幸いと編集部を飛び出すジャックを草間が声を上げて追う。
 軽くなった紙袋を律儀に持って走るあたりに感心しつつシュラインも麗香に挨拶してついて行った。
「あなたの恋人も子供ね」
 編集長様のそんな言葉に苦笑しながら。


** *** *


 ゴーストネットOFFに回った時に瀬名雫が居た事に、大人として何か言うべきかとシュラインが考えるより早く彼女の明るい声がジャックと草間を直撃し今迄以上に賑やかになった。
 ほうほうの態でジャックが雫から逃れ、草間がそれを追ってまた逃れ、お菓子を渡してから悠然とシュラインが後を追う。結局何も雫に言わないままだった、と大人らしく説教垂れるチャンスを逃した事に草間が気付いて残念がるのは日付も変わってからだったりするがこれは置いておこう。
 ともあれ草間興信所に始まり草間興信所に終わる追いかけっこはジャックを捕捉しながらも捕まえられずに終わった。
 ……無論、そこにシュラインのなにやら違う狙いが影響していた事は否定しない。ただ伏せておくだけである。
「お疲れ様」
「お疲れです」
「です」
 マンション住人がいつの間にやら購入してきたらしいカボチャのプリン。
 ぷるんと揺れるそれを有り難く受け取ってふとシュラインはアルバートを見た。
 視線に気付いて目線を返す彼に何気ない口調で。
「世間には男に冷たくされるのが好きな女性もいるから、そんな方が現れると良いわねアルバートさん」
 それが追いかけっこ開始前の草間との怒鳴り合いのフォローだと気付くのに一瞬の間があって、それからアルバートは恥ずかしそうに笑う。
「あー……それはどうも」
「ただ最後の最後で選ばれるかどうかはまた別のお話なのだけど」
「…………」
「……シュライン」
「なあに武彦さん」
「……いや……なんでも」
 わざとなのだろうか。わざとではないのだろうか。
 おいしいわね、とにっこりしながらジャックやマンションの子供達に手製の菓子を――無論追いかけっこの前に取り分けてあったのだ――渡しているシュラインの表情からは意識無意識は判断出来ない。出来ないけれど。
 怖い。さりげなく見事なタイミングの言葉が怖い。

「どうせ俺は独り者だよ」

 ごとりと応接テーブルに頭を乗せて、その痛そうな音にも頓着せず泣いているかの如くにくぐもった声でアルバートが呟く。もしかしたら本当に泣いているかもしれない。
 それを痛ましげに見遣る草間の前、優雅にスプーンを扱うシュラインの隣ではジャックがくるくると面白そうに踊っていた。


** *** *


 カボチャのジャック。
 イタズラ大好き男の子。
 お化けになってもイタズラが好き。

 だけどやっぱりお菓子も好き。
 ねえ、夜のお散歩は楽しかった?

 なんだか父さんと遊んでるみたい。
 なんだか母さんのオヤツみたい。

 夜道の散歩。追いかけっこ。最後にお菓子。

 ジャックはとても楽しかったってさ!





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 ジャック追跡……追跡?ありがとうございました。ライター珠洲です。
 あまりに早く遭遇されてびっくり仰天でした。
 ええと、とりあえずお詫びとしましてはジャックのプチトラブルを殆ど堪能出来ないままで申し訳御座いません。代わりに草間氏がジャック追い回してる場面を堪能してみて頂きたく。
 何が楽しかったってアルバートへの言葉が!という訳でオチはアルバートにぐさり、という形で。
 ジャックは懐いてとなりでくるくると一晩中踊っているかと思われます。カボチャ頭を撫でてやって下さいませ。ライターは翌日走り回って筋肉痛に草間氏がならない事を祈りつつお暇致します。