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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


徒な二人三脚

「一時間後に始まる二人三脚には、同じ組の方との出場は禁止いたします」
無数に設置されているスピーカーからこのようなアナウンスが流れ出し、会場は騒然とした。一体どういうことなのか、出場者たちは説明を求めている。
「二人三脚に出場を希望される選手は別の組の誰かをパートナーに選んで、相手の承諾を得てください。なお、この競技において順位に応じて加算される得点は、二人三脚の主導権を持っている側のみに振り分けられることとなっております」
たとえば青龍組の誰かと朱雀組の誰かがペアを組んで一位を取っても、点が入るのは青龍もしくは朱雀一方だけというわけだ。これは、鉢巻を巻いているほうに権利があることと決められた。
「敵の味方をしろなんて、見つけられるわけないだろ」
「でもそこを引きずり込むところが、知恵の使いどころってわけだ」
「もしくは、敵の有力選手を無理矢理捕まえてわざと一位になるのを妨害するって手もあるな」
自陣の得点を重ねるか、もしくは敵の戦力を削るか。二人三脚の仲間集めの狙い目はあらゆる角度から計算することができた。また、勝負とはまったく関係なしに組の離れてしまった者同士が、仲良くパートナーになる場合もあった。
「パートナーの決まった方は、本部まで報告に来てください」
響カスミのアナウンスを聞いた出場者たちが、ぽつりぽつりと本部に集まりだした。

「二人三脚・・・陸上種目だからやっぱり、足は速いほうがいいんだよな。でもいくら速くたって歩幅が違ってたら走りづらいだろうし、うーん・・・やっぱり、あいつしかいないな」
放送が始まった瞬間、その場に立ち止まってカスミの声に耳を傾けていた守崎啓斗。一人でなにごとかぶつぶつ呟いていたかと思うと急に頷き、歩き始めた。行く先は玄武組の控え室、自分の所属ではない。二人三脚へは違う組の誰かを誘わなければならないのだから、自分の黄龍組へ行くのは間違っている。
 運動会の会場は広く、各所でいろんな競技が行われており、また外ではたくさんの出店が軒を連ねている。参加者の数も見物人も相当なもので、この中ではぐれてしまうと携帯電話でもない限り再会は不可能に近い。増して、約束もしていない相手を探すというのはある意味無謀に近かった。
 それなのにどうしてだろう、探している相手は多分ここにいる、と迷わず歩いていけるのは。これがいわゆる双子の神秘というやつだろうか、それとも弟が神秘を超越した単純人間なのだろうか。
「北斗」
「・・・・・・あ」
控え室の扉を開けると確かに弟、守崎北斗はそこにいた。窓際の隅のほうに座って、なにかこそこそやっている。
「なにやってるんだ、お前」
北斗がこういう動きのときは、大抵悪いことを企てている。後ろから襟首を掴み、椅子から引きずり下ろすとその体一杯に隠そうとしていたものが露わになる。
「・・・・・・」
今日の昼食、二人分だと預けておいた三段重ねのお重が半分空になっていた。北斗はまだなんの競技にも出場していないというのに、食べることだけ先に済ませてしまったのである。
 いつもならここで、物もいわずとりあえず一発拳骨を落としているところだった。しかし啓斗は握りしめた拳を堪え、その手をゆっくり上げて壁にかかっている小さなスピーカーを指さした。
「さっきの放送、聞いていたか?」
「え?あ、なんか、二人三脚がどうとかって・・・」
尻尾を丸めた犬のように頭をかばいつつ、北斗はおそるおそる啓斗の顔色を窺ったのだが、未だ静かに怒りつづけているのを確認すると再び身を竦め長身の体を精一杯に縮ませる。
「聞いてた、ちゃんと聞いてたよ、俺。だから殴んないでよ兄貴!」
本当に聞いていたと、必死で弁明する。俵おにぎりを頬張りながらではあったが、耳はしっかり働いていたのだ。
「そうか」
スピーカーへ向けられていた啓斗の手が下ろされたので、北斗はほっとして全身の緊張を解く。この単純さが実に彼の長所であり、しかし短所でもあった。
「つまみ食いはするなと言っていただろう」
結局啓斗にぽかりと、油断しているところへ一発やられてしまう。

「時に北斗、お前は断食修行というものを経験したことがあるか?」
「へ?」
じんじんとする脳天をかばいつつ涙目の北斗、痛みに拗ねているせいで唇からは間抜けな声しか出てこない。
「修行の期間は一週間だ、あれは辛いぞ。朝から晩まで口に入れられるのは水しかないのに日常生活は普段どおりに行わなければならない。運悪く遠泳の修行なんてあった日には、そのまま三途の川まで辿りついてしまいそうな気がしたものだ。おまけに仲間はこれ見よがしに目の前で飯を食うし・・・」
「あ、兄貴?」
突然、脈絡のない話を流暢に語り出した兄に、北斗はいつツッコミを入れていいものかどうか、判断をつけかねる。と同時に、心のどこかが盛大に警戒信号を鳴らせと指示を出していた。
 こういう風に、啓斗が雄弁な口調で語るときは必ずなにかがあるのだ。椅子から引き摺り下ろされたときもこれだけはと離さなかった唐揚げへ噛みつくのも忘れて、弟は兄の言葉に緊張していた。
「・・・とまあ、これほどに辛いわけだ。わが一族の人間なら誰もが一度は通る道だ。しかし子供時代、修行をサボってばかりいたお前がこの苦しみを味わっているわけがない、と俺は思っているんだがどうだ?」
この問いに関しては、頷く以外になにもできなかった。確かに啓斗の言うとおり、北斗はこの断食修行からうまい具合に逃げおおせていた。
「そうだろうな。しかしお前、もしも次の俺の言葉に逆らったなら、この修行を明日からやってもらう」
「は?」
なにを突然、と言いかけて北斗は唐揚げで口を塞いだ。恐ろしいほどに兄の顔が真剣、というよりも強制的であったからだ。今逆らったら拳骨どころでは済まない気がした。
「俺とお前で二人三脚へ出るぞ」
もしも負けてみろどうなるものか思い知らせてやるぞと啓斗は、残りの言葉を口に出す代わりににっこりと微笑んだ。それはさっきの威圧的な表情と重なって、北斗をますます震え上がらせる。
 長年の真面目な修行の成果で啓斗は自分の表情を自由に操ることができるのだが、なぜか優しい顔をしているときほどその仮面を剥がした本当の顔は恐ろしいのだった。どのように、どれくらい恐ろしいのかを生まれたときから味わっている北斗は、兄の作られた笑顔を見るたびに寿命が短くなる気がしていた。
 たかが二人三脚でなぜ命を削らなければならないのかと己に問い掛けつつも、兄に問うことはできなかったので、一秒でも速く頷くことが最善だと北斗。
「わ、わかったよ兄貴、出るよ。でもさ、とりあえずこれ食ってから・・・」
お重の中に唐揚げがまだ二つ残っていた。けれど啓斗は北斗が承諾したと見るや否や
「そんな暇はない。行くぞ」
椅子から引きずり下ろしたときに掴んだままだった襟首をそのまま引きずって、競技場へと向かうのだった。
 玄武組の控え室には、三段重ねのお重だけが残されていた。肉嫌いの兄が弟のためにと詰めた唐揚げと、その兄のためにわざわざ野菜は我慢して残してある二段目のお重が、蓋を閉めてくれと言いたげであった。

 二人三脚の選手待機場所は騒々しかった。本来ならペアを組めない友達同士や、もしくは互いの足を引っ張ろうとするライバル連中が集まっているせいだった。あちこちでおしゃべりに花が咲き、或いは小競り合いが起きたりとせわしない。
 そんな中にあって周囲に気を取られず今からの競技へ向けて精神集中に入り込んでいる啓斗を、北斗は改めて尊敬する。自分ならこの賑々しい雰囲気に飲み込まれ気分が高揚してしまうに決まっていた。事実、既に半分ふわふわしている。
「兄貴、すごいな。人がいっぱいだ」
「開会式より増えているみたいだな」
見学席には参加者の家族だけでなく、草間興信所の常連やボランティアで来ている神聖都学園の生徒たちも見える。愛嬌をふりまくつもりで北斗が手を振ってみせると、知り合いのいる辺りからどっと笑いが起きた。
「やめろよ、恥かしい」
足をつながれている啓斗はいい見世物である。ここで鉄拳制裁はますます笑いを誘うだけなので、顔を赤くして我慢する。北斗はますます陽気に、口が軽くなる。
「なあなあ、二人三脚に出場するのはいいんだけどさあ。走っていて同じ顔が二つって変じゃねえ?みんな見分けとかってつくのかなあ」
着ているものが違うから大丈夫か、と一人で笑っていた。呆れつつ、啓斗はこう答える。
「間違えるといっても、せいぜい分身の術かと思うくらいだろう」
直後、北斗の笑い声がぴたりと止まった。
「ん?どうかしたか?」
「いや、な、なんでもない」
顔を覗き込んでくる啓斗の顔から、自然を装いつつ北斗は目をそらす。兄の天然はよくあることだったが、今のはさすがにどこから切り込めばいいかわからなかった。
「兄貴、今日のことも茸に手紙書くのか?」
会話が続かなくなることを恐れ、それとなく話題を切り替えてしまう。
「ああ、書くけど」
楽天家の弟を悩ませてしまったことにはまったく気づかず、啓斗は話が変わったことにも構わず答えていた。
「次の競技は、二人三脚です。選手は入場してください・・・」
頭の上を響いたアナウンスに救われたのは、多分北斗のほうだった。

「行くぞ、北斗」
「おう」
ピストルの合図と同時に、二人は駆け出した。普段走るのとほとんど変わらないスピードで飛び出せたのは、やはり双子だからと言わざるを得ない。啓斗と北斗はあっという間に集団から抜け出し、先頭を独走する態勢に入った。
「二人三脚で独走、というのも変な話だな」
啓斗はまたどうでもいいことが気にかかっている。
「ん?なんか言ったか?」
「いや、なんでもない」
結ばれているほうの足をぐっと前へ出す。反応の遅れた北斗の体が一瞬もたつき、よろけかけた。だがすぐに体勢を立て直し、転ばずについてくる。猫のような柔軟さが、北斗にはある。竹のように真っ直ぐにしか進めない啓斗は、たまにそれが羨ましくなる。
 北斗ほどの朗らかさがあれば、光を浴びて生きていけるのだ。時折啓斗は、その明るさに助けられて生きている自分を自覚する。
「・・・にき、兄貴?」
一人で思い悩み、暗い水の底へ沈みかけていると、北斗はいつもこうやって声をかけてくれる。
「あ・・・なんだ」
返事をして、初めて啓斗は自分が現を抜かしていたことに気づく。
「なんだ、じゃねえよ。ゴールしたってのにぼんやりしてさ。嬉しくないのか?一番だぜ、俺たち」
「え?」
一体いつゴールしたんだ、と思わず聞き返してしまった。問われた側の北斗はまたいつもの天然か、と呆れながらも証拠のゴールテープと一位の旗を啓斗へつきつける。
「またなんか悩んでたんだろ。走ってるときくらい、頭空っぽにしろよ」
「ん・・・ああ」
黄色い鉢巻を外しながら、啓斗はなんとなく重い頭を揺らす。と、北斗は兄の頭をくしゃくしゃっと撫でて、
「走ったら腹減っちまった!出店でなんか買って食おうぜ」
さっきお重を平らげていたはずなのに、一体どこから沸いてくる食欲なのだろうか。
「・・・お前というやつは」
北斗の頭の中は恐らく、断食修行から逃れられたという喜びだけで一杯なのだろう。この単純さで啓斗の悩みの半分は、救われていた。
 競技場の外へ駆け出していく弟を見送りつつ、そういえばこうして二人で走ったのはいつ以来かと啓斗は考えていた。
「待て、北斗」
こうして、逃げる弟を追いかけることはしょっちゅうなのだけれど。追いついて、襟首を捕まえると、北斗はまたいつもの叱られる犬のように首を竦める。
「・・・・・・一つだけだぞ」
仕方ないなという啓斗の困ったような笑顔、しかし本当の笑顔に、北斗の顔は食べ物の魅力にではなく花が咲く。
 弟のほうこそ、兄のこの笑顔さえ見られれば生きていけるのである。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

0554/ 守崎啓斗/男性/17歳/高校生(忍)/黄組/1位
0568/ 守崎北斗/男性/17歳/高校生(忍)/黒組/1位(得点なし)

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■          獲得点数           ■
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青組: / 赤組: / 黄組:30点 / 白組: / 黒組:

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回の運動会、違う組の人とも仲良く競技に参加できればなあと
思いこのような二人三脚に挑戦していただきました。
(足の引っ張り合いになった方もいらっしゃるかもしれませんが)
啓斗さまの設定を拝見していたら
「動く茸と文通している」
というところがすごく気になって、ノベルに登場させずには
いられませんでした。
きっと大会が終わった後、真面目に報告のお手紙書かれるでは
ないかな・・・と想像しています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。