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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■ジャックの注文■



 カボチャのジャック。
 イタズラ大好き男の子。
 お化けになってもイタズラが好き。

 だから今年はお菓子よりもイタズラ。
 イタズラが駄目ならせめて遊んで欲しいんだってさ!


** *** *


「ジャック・オー・ランタンですか」
 おっとりと、外見にそぐわぬ穏やかな風情で呟くのは加藤忍。
 知り合いであるところの草間に偶には直接会おうかと訪ねて来た彼は、興信所の入っている雑居ビルを歩く間に奇妙な生物と遭遇した。カボチャの頭に白い布のてるてる坊主のような、というかシンプルなお化け姿の頭をカボチャに置き換えたそれには覚えがあって。
 更に走り抜けたそれを追って行った少年共々、まず興信所で知己かと訪ねる辺り彼は草間興信所という物を理解している。
 その認識に渋い顔をしながらも草間武彦が説明するに曰く。

 ――それはある日の草間興信所。
 常連的な来客が一人寛いでいる姿に「手伝う気は無いのか」と渋い顔で手元の書類を示す草間。あるワケ無ぇだろ、と答える相手に笑ってお茶を用意している零。
 そんな所に訪ねて来たのが興信所の近くにあるマンションの住人達だったのだけれども。
 大人の男、赤毛の子供、金髪の少年、と三人現れたその後に続いて奇妙な生物……生物?カボチャ頭の見慣れたお化けスタイル西洋風。
 それがふよふよと室内を漂う中で草間武彦とアルバート・ゲインなる男の非常に力の抜ける言い争いは開始されたのである。不毛極まりない言い争いの内容は置いておくとして、結局アルバート達が何を頼みに来たのかと言えばカボチャ頭の所謂ジャック・オー・ランタンと遊んでやって欲しいとそれだけ。たったそれだけの事にどれだけ関係無い怒鳴り合いをするのかは知らないが、最終的には寛いでいた人間の遠慮の無い笑い声に冷静さを取り戻す結果になった。
 そうして、実は茶々さんがお招きしたとか言うそのカボチャ幽霊ジャック・オー・ランタンが落ち着き無く漂いうろつき回る中での依頼事と相成った次第。

 なるほど、と噛むようにしっかりと発音しながら忍が思い出すのは先刻のカボチャを追って走った若者一人。となれば彼がその興信所に居た人間なのだろう。
「では私もお手伝いするとしましょうか」
「ああ、そうだな」
 下らない言い争いをする羽目になったのはお前がいやお前が、と件の若者こと梧北斗が見ていれば再度笑い転げるか、あるいは呆れ果てるかという男二人の睨み合いが軽く再発生しかける中であったので忍の発言は簡単に応じられた。
 それがいけない訳ではなかったが、少なくとも草間にしろアルバートにしろジャックが逃げ回る範囲が決まっていると忍に説明し損ねたのは事実だった。
「しまった……」
「いや、あいつならすぐ見付けるとは思うが」
 二人がはたと呟く頃には無論、忍はジャック・オー・ランタン追跡に向かっていたのである。


** *** *


 悪魔さえも騙した為に死んだ後に天国にも地獄にも行けなかった男。
 それがジャック・オー・ランタンの由来であるとされるがもう一つ、イタズラ好きの少年が死んでからも、という説もある。こちらのジャックが今回のジャック・オー・ランタンらしいと忍が知ってまず思ったのは「付き合いましょう」とただそれだけえだった。

 トリック・オア・トリート
 幼い時に聴いた、あの世に逝けない魂
 トリック・オア・トリート
 良いことも、悪いこともせずに逝った魂
 トリック・オア・トリート
 この世とあの世を永遠とさまよう魂

「トリック・オア・トリート」
 歌うように彼が呟く。
 感覚は周囲へと向けられながらもただイタズラ小僧のお化けを思う。
 一晩遊んで欲しいというなら幾らでも。歌い踊り共に悪戯を。
 思いながら街を歩く。
 何処にジャックが居るかが解らない以上は気配を探って回るのみ。
 そうしてもしかしたら、と思ったのはそこが昼には賑やかな、夜には曰くありげな、何も知らない子供であればあるいは面白そうだと思うのではないかと考える学び舎――それも尋常でなく巨大な学園であったからだった。


 校舎の外から見守る追いかけっこ。
 少年らしい硬さを感じさせる若者は確かに先程雑居ビルで見た人物、となれば彼が梧北斗だろう。その北斗少年が楽しそうにしながらも幾らか本気になっているとも思わせる様子で廊下を走る。
「……おやまあ」
 彼が向かう先でひらひらと北斗をからかうように揺れる白い布は当然ながらジャック・オー・ランタン。楽しそうな事だと口元を綻ばせる。
 イタズラ小僧は追いかけっこで充分楽しそうな様子ではないか。
 忍の視線に気付いているのだろう、時折周囲を探る素振りで視線を巡らせては「ま、いいか」とばかりにジャックに意識を戻す北斗の姿を見遣りながら忍は考える。
 これは自分が参加するまでもないのではないか、と。
「今混ざっても迷惑なだけかもしれませんね」
 少し出遅れましたか、と今度は苦笑するように肩を軽く揺らしながら視線はジャックと北斗の元気な鬼ごっこに。
 折角だし、特に仕事も無い今は少し二人を眺めてみようか。
 そう思って見詰める先でジャックが一階の窓から飛び出す姿。元気な事だと思えば何のつもりか傍の木に頭から突っ込んでもがいている。
「どうしましょうか」
 くつ、と愉快そうに今度は声が洩れる。
 いやいや見守る立場であればなんと微笑ましい事か。
 目を丸くしていた北斗がいかにも「仕方無ぇな」という風情で窓を越えて――校舎が巨大であるとは言え迂回せずに乗り越える姿は行儀悪いとも言えたが彼らしく感じられてこれにも忍は笑みを誘われた――気付かないふりでジャックのもがく木の下に。
「どこ行ったんだかなー」
 わざとらしい大声で北斗が言い、腕がジャックの体というか布の端を掴んで引っ張り出してやる。脱出しようと必死であったジャックは救助には気付かずにこれ幸いと外へ疾走。
「そんなトコにいたのか!待て!――ちょっとわざとらしいか」
 芝居がかった、と言う程ではありませんよ。
 言ってやろうかと思いながら北斗がジャックを追って走り去る背中を穏やかな目で見送りながら忍は堪え切れず肩を揺らした。

 いやいやなんて微笑ましい!


** *** *


「じゃあ結局参加せずか」
「ええ。梧さんと楽しそうに走り回っておられたので私が水を差す事も無いかと」
「説明しなかったし。すいませんでしたね加藤さん」
「いえいえ私もあんまり楽しそうでしたので気が急いてしまったようです」
 北斗が草間興信所に一度戻って、いやジャックを追った結果戻る事になり、所内を散々追い回して引っ掻き回した結果あれこれと書類が散乱する形となった。
 自分が混ざって追うまでもないと少年との追いかけっこを微笑ましく見守っていた忍は、ここで苦笑しながら書類の手伝いをする。脳裏を一瞬過ぎった場面はすぐに掻き消え、助けがいるのかいないのか、忍に瞬間考えさせるに留まった――北斗は無論問題なく屋上から落ちかけた自分を手摺を掴んで救ったのである。
 アルバートにどう言い包められたのか、かぼちゃプリンを買いに出ていた草間が引っくり返った事務所に仰天する姿にひとしきり皆で笑ってから書類を片付ける。
 その合間の会話だった。
「で?」
「と、言いますと」
 メモだのファイルだのボールペンだの無差別に床を占拠する事務用品。
 それらを拾い集めつつ草間が問うものを知りつつ忍はしらととぼけて見せる。
「カボチャと北斗だよ。どうだった」
「どう、ですか……楽しそうでしたとしか」
「面白い事は無かったのか?」
「微笑ましいとは思いましたね」
「お兄さんは梧さんが失敗していないかと心配しているんですよ」
「ああ、そうですか」
「馬鹿言え。誰がンな」
「じゃあからかって遊べるようなネタ探しか?」
「……いや、そんなはっきり」
 零に続いてアルバート。
 二人の対照的な言葉のどちらが正解かは追及しないけれど、こちらはこちらで微笑ましい。仲が良いのは結構な事だ。
「生き生きと、走り回っていて子供そのものでしたねぇ」
 目元を和ませてぽつりと落とした忍の言葉。
 それに大人達は少しだけ笑って「ならいい」という草間に頷いた。
「ああ、そうだ加藤」
 会話の合間に落ちる沈黙。
 その隙間に潜り込んで差し出されたものに忍は僅かに瞳を瞬かせる。
 草間が鷲掴みにして持って来たのは買出しさせられたかぼちゃプリン、ではなかろうか。
「お前の分もあるんだよ。ほれ」
 後ででも今でもいいから食っとけよ。
 半ば押し付けるようにして渡されたそれを見下ろして、そうですね、と忍が目線を動かしたのは微かに聞こえた若い声の所為だ。
「ここで頂いてもいいんですが、後程、ということで」
「帰るのか」
「追いかけっこは済んだようですよ」
「折角ですから最後まで隠れたままで通します」
 悪戯っぽく笑って忍は立ち上がると静かにソファに足まで乗せてちんまり座っていた子供二人にも丁寧にお辞儀。揃って頭を下げてくるのに優しく頷くと彼は窓へと手をかけた。
「ドアから出るんじゃないのか」
「そろそろ鉢合わせしそうですから――では」
 言うなり窓枠を蹴って夜闇の中へと飛び出して、慣れた動きで素早く地に下りる。たん、と着地音だけごく微かに響かせてしまったのは仕事ではないからだ。どうしても意識が緩むらしい、と反省しつつちょうど雑居ビルへと入るジャックの姿。
「楽しめて良かったですね」
 聞こえる筈もないのに語りかける。
 そう、聞こえる筈もないのだ。

 けれど。

 くるくると回転して布を揺らしたジャックがカボチャ頭を小さく弾ませて向けたのは間違い無く――忍に、だった。
 珍しくも瞳を丸くしてビルに入るその白い姿を見送る忍。
 見るだけの立場であったけれど、どうやらジャックはそれにも気付いていて、そうして喜んでくれたらしい。

「嬉しいですね」

 冷たい風が吹くようになった季節。
 けれど寒さに身体を硬くする事もなく忍は軽やかに地を蹴った。
 手に、小さなプリンを持って。


** *** *


 カボチャのジャック。
 イタズラ大好き男の子。
 お化けになってもイタズラが好き。

 一緒に遊んでくれた人が居る。
 実はこっそり見守っていた人が居る。

 お菓子よりもイタズラ。
 イタズラよりも遊んでくれる人。

 ジャックはとても楽しかったってさ!





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5698/梧北斗/男性/17/退魔師兼高校生 】
【5745/加藤忍/男性/25/泥棒】

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■         ライター通信          ■
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 ジャックとの追いかけっこは大変でしたでしょうか。
 こんにちは、ライター珠洲です。
 ジャックのルートと重なってからはPC様設定のルートを取らせて頂きました。さぞやバタバタと慌しく駆け回っておられたのではないかなぁと思う次第。お二人が直接対面する事は無いままバタバタですね。でもその分ジャックは満足出来たみたいですよ。有難う御座いました。

・加藤忍様
 こういった形での参加となりました。
 ご希望通りには進んでいないかと思いますが、逃げ回るジャックを見守る年長者スタンスとなっております。一度興信所に戻ったところで書類整理手伝いになっちゃっていますけれども。
 優しいプレイングでしたので活かせなかった事は残念ですけれど、こういった形も加藤様らしいんじゃないかなとライターのイメージでは思われます。少しでもらしい部分があればいいなと思いつつ。