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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


激突! チキチキ三輪車マラソンレース

◆五色の三輪車◆

「……おい、なんだコイツは?」
「見て分からんのか? 三輪車だ」
 呆れた様な顔で問う草間武彦に、碧摩蓮は事も無げにそう答えた。
 二人の視線の先にあるもの。確かにそれは蓮の言うとおり何の変哲も無い三輪車。
 それぞれが青・赤・黄・白・黒、五色のペイントが施され、車体後部に「五行霊獣競覇大占儀運動会」と書かれたのぼりが立てられていることを除けば……であるが。
「そんなモンは見りゃ分かる。俺が訊きたいのは、この悪趣味な児童用遊具をなんに使うかってコトだ!」
「ふむ、それは良い質問だ。まぁ、おおよそ察しはつくと思うが……コイツに乗ってレースをしてもらう」
 言って一服。
 あずき色のジャージに身を包み煙管を吹かすその姿は、普通に考えたら酷くアンバランスなはずなのに、何故か違和感がない。
「いや、しかし……いくらなんでも三輪車は無いだろう?」
「まぁ、聞け」
 至極真っ当な意見を口にする武彦をそう言って制す蓮。
「三輪車と言うものは、遡れば五行陰陽思想の発祥地でもある古代中国にまで行き着く実に古い歴史を有する乗り物でね……」
 ここでまた一服。
「更に言えば、この三輪というのはそれぞれ天・地・人を表していて、元々はそのすべてを統べる皇帝にしか乗ることが許されない神聖な乗り物なのさ」
 今回のイベントにこれ以上相応しい乗り物は他に無いだろう。そこまで言って蓮は再び煙管を口元に運ぶ。
「そ、そうなのか? まぁ、そう言うことなら……」
 話のスケールの大きさに思わず納得してしまう武彦。その様子を見てニヤリと笑う蓮。
 無論、大嘘である。
「納得したようだね、それじゃあ競技の説明を始めようか」

◆選手入場 〜ここから始まる大レース〜◆

「さて、それでは次の競技に移りたいと思います。まずは審判の草間・武彦さんより競技の説明をお願いします」
「あ〜、審判代表の草間だ。この競技は……」
 場内にアナウンスのカスミの声が響き、次いでマイクを受け取った武彦が競技の説明に入る。
 五行霊獣競覇大占儀運動会。日程も中盤に差し掛かり、選手・観客ともにそのボルテージは徐々にヒートアップしていた。
「……以上がこの競技のルールだ。題して『チキチキ三輪車マラソンレース』まぁ、死人が出ない程度に頑張ってくれ」
「ありがとうございました。……それでは、いよいよ選手入場です!」
 武彦のやる気なさげな競技説明が終わり、カスミが選手入場を高らかに宣言する。
『わァァァァッ!!!』
 それを合図に、応援、期待、そして失笑。様々なものが入り混じった歓声が場内に響く。
「エントリー1。黄龍組代表、五代・真さん」
 名を呼ばれ黄龍組の陣地からスタート地点へ駆けて来る五代の表情はなんとも複雑だ。
「五代さ〜ん、頑張ってくださーい!」
「め゛えぇぇぇぇぇ……」
 その背中を押す黄龍組の応援を担当する桂と三し……てらやぎの声。
『とほほ、ほんとにアレに乗るのか? カンベンしてくれよ……』
 トラックに並べられた黄色い三輪車。そして、それに跨る自分の姿を想像すると……そう思わずにはいられなかった。
「エントリー2。青龍組代表、雪ノ下・正風さん」
「とうッ!」
 呼ばれるや否や青龍組陣地から勢いよく飛び出してくる青の鉢巻に緑のジャージに身を包んだ青年。
「正風さん、頑張って下さいね〜」
「うむ、まかせておけ! 青き流星の名に賭けて、この勝負……必ず勝つッ!!」
 陣地から送られる零の声援に応えるその姿はまさに気合十分。
「エントリー3。白虎組代表、シオン・レ・ハイさん」
 次に名を呼ばれたのは白虎組代表シオン・レ・ハイ。
「シオンさ〜ん、がんばって〜」
「う〜、この競技、ボクも出たかったなぁ」
 見送るは白虎組の応援担当、恵美と柚葉。この競技への出場を熱望していた柚葉は羨ましげな視線をシオンに送っている。
「いやぁ、ははは。応援ありがとう御座います。頑張りますよ〜」
 そして、何故か背中にリュックを背負いスタートトラックへ向かって歩くその表情は、五代とは対照的な満面の笑顔。三輪車に乗れるのが嬉しくてたまらない、といった風だ。
「エントリー4。朱雀組代表、荘子・真人さん」
 そんなシオンのあとに名を呼ばれたのは、朱雀組代表の荘子・真人。
「フレーフレー、ま・さ・と!」
「真人さん〜、ファイトですわ〜」
 朱雀組陣地のSHIZUKUとヒミコから送られる黄色い声援とは裏腹に、真人は納得できないといった面持ちだ。
「なんで僕が三輪車なんか……ブツブツ……」
 何事か呟きながらスタートトラックへと向かう真人。だが、その頭の中では冷静に勝利への理論(ロジック)が組み立てられている。
「エントリー5。玄武組代表、えーと……Fさん」
 そして、最後に名を呼ばれ玄武組の陣地から出てきたのは、なんとライダースーツを身に纏った5歳そこそこの幼児。
「あれ、あの子……だれ? 智子知ってる?」
「なぜ私が知っていると思う。いや、私の科学力を以ってすれば分からないことなぞ無いのがな」
 混乱する玄武組の応援担当2人を余所に、Fと呼ばれた少年は右の二の腕に鉢巻をグッと結び、Vサインを掲げてみせる。
「……フン」
 かくして全5組、5人の代表が出揃った。
 それぞれの思いを胸にスタートトラックへ向かう5人の選手。
「ふふ、面白くなってきたねェ」
 そして、その様子を特別観覧席から眺める壁摩・蓮。
 果たして、このレースが決したときこの5人に如何なる運命が待ち構えているのか……それは、誰にも分からない。

◆スタートライン 〜賽は投げられた〜◆

「よーし、全員位置についたな……ぷっ」
 いよいよスタートの時がきた。
 各々の三輪車へと跨り出発の合図を待つその姿は、なんと言うか……とてつもなくシュールな光景だ。
『恥ずかしい……が、これも競技のひとつ。やるからには一位を目指すぜ』
 脇に控える草間のみならず、会場のいたるところから漏れ聴こえる失笑と好奇に満ちた視線。羞恥に顔を赤く染めながらも五代の表情は真剣そのもの。
『ふふっ、三輪車か……懐かしい、そして楽しいぞ!』
『先回りしてトリモチを……いや、ルート表示に細工すれば……』
『…………ケッ』
 他の出場者達も思うところはそれぞれだったが、皆一様に「やるからには勝つ!」そんな気迫に満ちた表情をしていた。
『嗚呼、私……あちらの赤い三輪車が良かったですねぇ……チョッとガッカリです』
 ただひとり、真人の乗る赤い三輪車を眺めてうなだれるシオンを除いて。

「それでは位置について……ヨーイ……」
 パンッッ!!
「おりゃぁぁぁぁッ!!」
「熱ッ血ェェェェッ!!」
 遂に打ち鳴らされたスタートの合図。
「ああっと、これはレース開始早々からスゴイ展開になりました。五代選手と正風選手、猛烈な勢いでスタートダッシュ!」
 レース実況を兼ねるカスミの声と観客たちのどよめきがが会場に響く。
 スタートと同時にものすごい勢いで三輪車を漕ぎ出したのは、肉体派の五大と正風。
「さすが、脳ミソまで筋肉で出来てるような連中は違うわね……」
 今回の運動会で記録係を担当する碇・麗香がカスミの横で解説を入れる。カスミが実況を兼任しているように、麗香もまた解説役を仰せつかっていた。
 と、言ってる間にも2人は三輪車の常識を完全に逸脱したスピードで、キコキコと珍妙な音を立てながらトラックを疾走する。
 もちろん他の選手たちも負けてはいない。
「……余裕だね」
「ふふん、体力だけじゃレースには勝てないっての」
 Fがその三輪車に最も適した体格を利して安定した走りを見せる一方、足の長さに苦しめられながらも必死に食い下がる真人。
「ふふ、私はこう見えても三輪車を漕ぐのは得意なんですよ」
 そして、そのガッシリとした体格からは想像も出来ないような器用さでスイスイと三輪車を漕ぐシオン。
 五大と正風のトップ争い、そして後列は3人横一線。
「開始前はF選手の独壇場かと思われていましたが、これはどうなるか判りませんね」
「まぁ、連中……どいつもこいつも普通じゃないしな」
 こうして、あらゆる意味で各方面からの期待を裏切って、『チキチキ三輪車マラソンレース』の幕は切って落とされた。

◆第1チェックポイント 〜三し……てらやぎの受難〜◆

「さて、そろそろ選手の皆さんが第1チェックポイントを通過するようです。現場の三し……てらやぎさんを呼んでみましょう。てらやぎさ〜ん」
 選手たちが競技場のトラックを出てからしばらくして、選手たちが第1チェックポイントに近づいているとの情報に、現場で待機しているてらやぎを呼び出すカスミ。だが……
「……あら? てらやぎさん?」
 打ち合わせでは、ここでチェックポイントに設置したカメラからの映像を、競技場のオーロラビジョンに映す手筈になっていたのだが、待てど暮らせど肝心の映像が入ってこない。
「おい、さんし……てらやぎくん! どうした、返事くらいしないかッ!」
 業を煮やした麗香の声でようやくオーロラビジョンに映像が入る。果たして、そこに映されたものは……
「……あら?」
 無残に倒壊した第1チェックポイントと幾筋もの車礫痕をその身に刻み地面に倒れ伏すてらやぎの姿だった。

 第1チェックポイントでいったい何が起こったのか。それを知るため、しばし時間を巻き戻して見てみよう。
「おらぁー、どけどけどけぇー! 俺の前を走るんじゃねぇー!」
「なんの! この青い流星をそう簡単に抜けると思うなッ!」
 トラックを飛び出しても相変わらず、抜きつ抜かれつの苛烈なデッドヒートを繰り返す五代と正風。
「なんで、あの2人は、あんなスピードで走ってて、疲れないんだ?」
「……知らね。脳ミソが筋肉なんだろ、きっと」
 前方を走る2人を見つめる真人とF。疲労の色が強く出ている真人とは対照的に、Fはまだまだ余裕の表情。さすが三輪車適齢期。
 そして、そうこうするうちに前方に見えてくる仮設テントに黄色い陣幕を引いた第1チェックポイント。チェック責任者は黄龍組から選出された三し……もとい、てらやぎ。
「は〜い、皆さんご苦労様です〜。こちらで一旦止まって名前の確認を……」
 愛らしく手を振るてらやぎのきぐるみ。
 選手はそれぞれのチェックポイントで各ポイント責任者に確認を取り通過したことの証明とせねばならない。ならないのだが……
「ぬおおおおおお!」
「守護龍よ、俺に力を貸してくれぇぇぇぇッ!」
 しかし、ギリギリのデッドヒートを繰り広げる先頭2人に止まる気配は……ない。
「あの……ちょっと……」
 刻一刻と迫り来る爆走三輪車(×2)を前にしても、てらやぎは逃げなかった。自らに課せられた使命を果たそうと、カードをかざして立ちふさがり、か細い声を絞り出す。
 3メートル、2メートル、1メートル……。
 限りなく鈍化した時間の中で、てらやぎは見た。
「俺の前に出るんじゃねぇぇぇぇッ!!!」
 目を血走らせ、突っ込んでくる五代の姿を。
『編集長……先立つ不幸をお許しください……』
 五代の乗る三輪車に跳ね飛ばされ宙を舞い地に落ちるまでの数瞬の間に、てらやぎは俗に言う人生の走馬灯と言うヤツを見た気がした。
―― ドシャァッ!
 盛大な音を立てて地面に落着するてらやぎ。
「阿呆が」
「三し……てらやぎ、オマエも大変だな」
 言いながらも、その上を通過するFと真人がてらやぎの背中に車礫痕を刻んでいった。

「……あの、役立たず」
 てらやぎの姿に思わず頭を抱えて呟く麗香。
『おや、こんなところにテレビカメラが! やっほー、映ってますかー? シオン・レ・ハイ、42歳、独身でーす』
 1人、遅れてやってきたシオンの顔をアップで映し出すオーロラビジョン。それはなんとも形容しがたい、秋の虚しさを感じさせる光景だった。

◆第3〜第4チェックポイント 〜真人の策略・悪魔の囁き〜◆

「それでは皆さん、がんばってくださいね」
 白虎組の因幡・恵美が責任者を勤める第2チェックポイントを今度は皆無事に通過し、レースは中盤に差し掛かろうとしていた。
 先頭は相変わらず五代と正風。さすが幾多の修羅場を潜り抜けて来た能力者だけあって、体力的に及ぶべくも無い他の三人がこの2人に追いつけないのも当然と言えば当然だった。
『マズイな、このまま連中のペースで勝負してても勝てる見込みは……ゼロ』
 スピードは緩めずに真人は思案を巡らせる。
 先にも言ったように、今回のレースはコース上に設けられた5つのチェックポイントを順に回り、その後でゴールしなくてはそれを認められない。そう言う仕組みになっている。
 しかし、それは裏を返せば『チェックポイントを回りさえすればコースは無視しても構わない』と言うこと。そしてルールにコースアウトに関する記述は……ない。
 意図的に伏せられていたのか、それとも単なる記入ミスか。どちらにせよ真人には関係ない。利用できるものはたとえ親でも利用する……と、そこまで非情な訳ではないが、このルールの盲点を利用しない手は無い。
「へへ、みてろよ脳ミソ筋肉ども……」
 レースが始まる少し前に見た競技場とコース周辺の地図。
 真人は一分の狂いも無く脳内にその地図を再現し、最短・最効率のルートを検索……。
『検索完了!』
 そして思考に結論をつけるなり、真人はひとりコースを逸れ脇道へと入ってゆく。
「……なにやってんだ?」
 並走していたFが訝しがるような視線で脇道へと消えて行く真人を見送った。

 視線の先に爆走する五代と正風を捉えつつ、Fは思案していた。
 つい先ほどまで己と並走していた真人は急にコースを外れ、一見するとレースを降りたようにも見えたがそれは違う。彼は勝つために敢てコースから外れたのだ。確証は無い、だがそう思って間違いない。
『……さて、どうすっかな』
 まともに張り合って勝ちの目があるか、と問われれば答えはNO。
 絶対とまでは言わないにしろ、前を走る2人とFとの体力差は圧倒的で、現状のままでは非常に困難であると言わざるを得ない。
 そんな事を考えるうちにレースは中盤に差し掛かり、コースも人通りの少ない道から人目の多い住宅街へと入ってゆく。
 その時だった。前を走る2人の足が、三輪車を漕ぐ脚がほんの一瞬だがピタリと止まり……そしてまた動き出す。
『なんだ?』
 その一瞬をFは見逃さなかった。
 秋の日差しが心地良い閑静な住宅街を通る舗装された道路。いったい何が2人の足を止めたのか、原因を探すように注意深く辺りを観察する。
「ママー、あのオジちゃんたち三輪車に乗ってるよー、変なのー」
「シッ、見ちゃいけません!」
 そこに居たのは、年の頃にして3歳くらいの少年とその母親と思しき母子連れ。
 大人が三輪車に乗っている。その奇妙な光景に対する子供らしい純粋な感想を口にして五代と正風を指差す少年と、その光景を我が子に見せまいと子供を抱えて足早に去ってゆく母親の姿。
 すれ違い様に一瞥を投げてよこしたその瞳は明らかに不審者を見るそれだった。
『これだ』
 これまで無表情に無表情を重ねたような寡黙な面持ちだったFの貌が、贄を見つけた悪魔のようにニヤリと歪む。だが、それも一瞬。
 すぐにいつもの無表情に戻り、そしてスピードを上げた。

『ママー、あのオジちゃんたち三輪車に乗ってるよー、変なのー』
『シッ、見ちゃいけません!』
 五代の頭の中をリフレインする母子の言葉。そして、すれ違い様に感じた氷のように冷たい視線。
『俺は……こんなところでいったい何をやっているんだ……』
 自らに問いかけるが返事は……ない。
 確実にウケると思って言ったギャグでドン引きされた時のような、或いは、酒に酔ってバカやってたときに水をぶっ掛けられて正気に返ったときのような、そんな言い様のない寂寥感。
 単純に素が入った、とも言う
『原色塗装の派手な三輪車にデカイのぼり。必死の形相でソレを漕ぐ男……』
 いまの自分の姿を思い返して溜息を吐く。この格好、目立たない訳がないではないか。
 勝負事だと自分に言い聞かせ、恥じる心を奮い立たせて何とかここまでやってきた。
「変……俺が変だと? しかも言うにこと欠いてオジちゃん!?」
 ふと隣を見れば、今の今まで熾烈なトップ争いを繰り広げていた正風も同じような状態だ。もはや2人にレースを走りきる気力は無いかのようにも見える。だが……
「イイ歳こいて人前で三輪車なんて恥ずかしくないの?」
―― グサッ!
 悪魔はそんな2人を見逃してはくれなかった。
「たかが運動会の一種目で、これからの人生棒に振る気?」
―― グサッ、グサッ!!
 無意識にも足を動かし辛うじて前に進まんとする2人の背後。ここぞ勝機、とばかりに追いついてきたFによる精神攻撃が、
「こんなザマを不特定多数の人間に見られたら……もうアレだね」
―― グサッ、グサッ、グサッ!!!
 闇に沈んだ2人の心を更なる深みへと追い落とし……
「人生負け組、一生後ろ指。社会的臨終ごくろーさん」
―― グサァッ!!!!
 トドメを……刺した。

「心地よい風が吹く秋空の草原を、大好きな三輪車に乗って疾走する私……嗚呼、これが幸せと言うものでしょうか……」
 シオン・レ・ハイは笑っていた。笑いながら器用に長い脚を折りたたんで三輪車を漕いでいた。無論、草原ではなくコースを……だが。
 他の4人から大分離されていたが、シオンにそれを気にした様子はない。
「吹きぬける秋風〜、それはまるで私の財布の中身ように〜、少しだけ寂し……いやいやいや、寂しくなんかない〜♪」
 恐らくは自作の、奇妙な歌を口ずさみながら走るシオンの姿は、はっきり言って怪しい。
「そこ行く少〜年。私を助けると思って、このヨーヨーを買わなかい」
 すれ違う少年にカバンから取り出したヨーヨーを遊ばせて見せる……が、
「あ、ヨーヨーだー」
「み、みみみ、見ちゃいけませんッ!!!」
 『ヨーヨー1ヶ100円』と書かれたのぼり旗を立てた真っ白な三輪車に乗った外国人。
 あまりにも怪しいすぎる……と言うか色んな意味で危ないシオンの出で立ちに、母親は子供を抱えて脱兎の如く走り去る。
 そんな調子でレースを続けていたシオンが、第3チェックポイントまであとすこし、そんな場所までやってきたときだった。
「おや? あの方たちは確か、黄龍組と青龍組の……」
 そこに居たのは五代と正風。
 真っ白に燃え尽きた。そんな形容詞が相応しい空ろな瞳で、宙を見つめて何やらブツブツと呟く2人の姿であった。
「いけませんね2人とも。こんなところでボーっとしてたら車に轢かれてしまいますよ?」
 と、シオンが声を掛けてみるが……返事はない。
「はて、いったいどうなさったんでしょう……?」
 しばし、熟考。
「ああ、もしかして!」
 そして、納得。
「もしかして、お2人ともリタイヤですか? ダメですよ、最後まで頑張らなくちゃ」
 二人が敵であるにも関わらず、シオンは励ましの言葉をかける。
 如何に敵味方とは言えこんな状態の人を放っては置けない。それがシオンの性分だった。
「男なら一度受けた勝負は何があっても最後まで諦めない! と、誰かが言ってましたよ。さぁ、一緒にゴール目指して頑張りましょう!」

◆第5チェックポイント 〜ラスト・スパート〜◆

 相手の心をグリグリと抉り容赦なく攻め立てる得意の囁きで、前を走る2人を再起不能に追いやりトップを奪取し、第4、そして最終の第5チェックポイントへと差し掛かったときだった。
「……ようやく見つけた」
「くそっ、おいつかれた!?」
 Fは今まさに第5チェックポイントを通過しようとする真人をその視界に捉えた。
 各チェックポイントを通過しつつも、最も短く、最も運動効率がよく、何より最も人目に触れぬコースをリアルタイムで検索しながら走る。それは最新式カーナビをも凌ぐモノだったが、それでも後続の追随を許さぬまでのリードを奪うことは出来なかったようだ。
 真人に遅れること十数秒。Fもチェックポイントを通過する。
「ここまで来て負けてらんないっての!」
 追い上げてくるFの気配を背中に感じながら、真人も必死に三輪車のペダルを漕ぐ。
 しかし、その体格を利した安定したスピードを誇るFに次第に差を詰められてゆく……。
『……勝ったな』
 Fが勝利を確信しニヤリと笑った……その時だった。

―― ドドドドドドドド……

 2人の後方から轟音と土煙を上げ近づいてくる何か。
「なんだ? ありゃ」
 2人は思わず足を止め近づいてくるそれに視線を向ける。それが何なのかを確かめるために……
「ぬぅおりゃぁぁぁぁ!!」
「負けん、俺は負けんぞぉぉぉぉ!!」
「……まさか!?」
 聞き覚えのある雄叫びにFが驚愕の表情を浮かべる。あの2人は自分が確かに再起不能に追い込んだはずだ。なのになぜ?
「ありがとう、見知らぬ黒い人! 『男なら一度受けた勝負は何があっても最後まで諦めない!』その言葉で俺は目が覚めた! 青い流星の名に賭けて、この勝負必ず勝ぁぁぁぁつ!!」
「ふっふっふっ……ここまで恥ィ晒したんだ。途中リタイヤなんて無様はもちろん、負けて終わるわけにはいかねェんだよぉぉぉッ!!」
 正風の眼が燃えていた。五代の眼は据わっていた。
 程なくして、真人とFに正風と五代が追いつく。
「みんなー、ゴールまであと少し、頑張ってねー」
 爆走。そんな表現が相応しい勢いで第5チェックポイントを通過する一団を見送るSHIZUKUの声。
「いやぁ、皆さん速いですねぇ……」
 そんな事を言いながら、シオンが第5チェックポイントを通過したのは、随分と後になってからだった。

◆最終コーナー 〜栄冠は誰の手に〜◆

「さぁ、まもなく、まもなく選手達が競技場へ戻ってくるとの情報が入って参りました。果たして栄光を手にするのはどの選手、どのチームなのでしょうか」
 第5チェックポイントのSHIZUKUから連絡を受けたカスミの声が競技場に響き渡る。
 スタート時、勝つのは五代と正風のどちらかだろうと思われていたが、第5チェックポイントを過ぎた時点で5人中4人がトップ争いを繰り広げるという、誰も予想しなかった展開に、会場の熱気は最高潮に達していた。
「来ました、選手達が戻ってきました! 赤、青、貴、そして黒。四色の三輪車が一塊となって、ものすごい勢いで走っています!」
「……あなた、性格変わってない?」
 実況席で叫ぶカスミに麗香が冷ややかな視線を浴びせている……が、大歓声に包まれた会場でソレを聞きとがめる者は誰も居ない。
 この先生さんはもしかすると競馬とかが好きなのかもしれない。麗香はそんな事を思うのだった。

「勝てば官軍、負ければ賊軍! 喰らえッ、必殺パチンコ地獄!」
 最終トラック第1コーナー。
 そこで運良く一団から頭ひとつ分抜け出す事に成功した五代が、遂に奥の手の最終兵器に手をかけた。
「ぬおおおおッ!?」
 五代のポケットからコース上へと放たれたもの。それは、彼の能力でさながらパチンコ玉の如き形に形成されたポケットティッシュ。
 突然の出来事に後方を走る三人の足が乱れる。その隙に五代はその差を広げんと両の脚に力を込めるが……
―― ベチャリ。
 突然、五代の乗る三輪車のタイヤが地面にへばりつく。
「なッ、これは……トリモチ!?」
 何時の間に、いったい誰が撒いたものか。五代の走るコース上には数メートルに渡ってトリモチが撒かれていた。
「へっ、力で足りない分は頭で補えってね。僕の特製トリモチ弾の味はどーよ!」
 それは、五代がパチンコ玉を放つ一瞬の隙をついて真人がコース前方に投げ放ったもの。着弾と同時に数メートルに広がり敵の歩を妨害するトリモチ弾。
 機械の分解と組み立てを得手とする実に真人らしい攻撃方法。
 コース上に広がるトリモチを悠然と躱しながら真人が独走態勢に入る。
「レースに妨害はつき物……そしてこれは男と男の真剣勝負。策を用いる事を卑怯とは言わない……」
 パチンコ玉に足をすくわれトリモチの海に沈む正風。
 もはや彼に勝機はありない……観客も、青龍組の陣地から彼を応援するチームメイトにも、誰の眼にもそう見えた。
「だがッ、俺はライバルを攻撃したりはしないッ! 最後の最期まで正々堂々を貫き通し、そして勝ってみせるッ!」
 正風は、諦めてはいなかった。
 叫ぶと同時に正風の身体から発せられる金色のオーラ。それは彼の身体と三輪車とを包み込みバリアのようなものを展開し……
「うおりゃぁぁぁぁッ!!」
 彼の周囲を取り囲むパチンコ玉を、トリモチを、一瞬にして弾き飛ばして見せた。
「なんだよあの超能力ッ! あいつらホントに人間かよ!?」
 第2コーナーを回りつつ、後からものすごい勢いで追い上げてくる正風の姿に、真人は驚愕の声を上げずにはいられなかった。
「……撒くだけムダか……」
 真人と行動をともにしていたため辛うじて難を逃れたFも、いままさに撒こうとしていた撒菱……ならぬ画鋲のケースを渋々ポケットへとしまいこむ。
 ここまできたら、あとは体力とテクニックでどうにかするしかない。三輪車適齢期のその身体に更なる力が込められる。
「俺の前を走るんじゃねぇぇぇぇッ!!」
「黄龍……じゃなくて、青龍よ我に力をッ!」
 トリモチの海を脱し、能力全開で追い上げる五代と正風。
「くそッ、ゴールまであと少し……」
「……ッッ!!」
 ここまで来て負けるわけにはいかない、とばかりに最後の力を振り絞って走る真人とF。
 そして一団は最終第4コーナーを越え、最期の直線へと入っていった。

―― 果たして、栄冠は誰の手に……

◆結果発表◆

「いやぁ、とにかく皆で完走できてよかったですね〜。私はビリでしたけど、ハッハッハ」
 パチンコ玉とトリモチで酷い有様になりながら爽やかな笑みを浮かべながら語るシオン。
 先の4人に大分遅れて競技場に戻ってきたシオンだったが、彼は競技場にばら撒かれたパチンコ玉やトリモチに物の見事に引っ掛かっていた。
「……いったい、何時になったら結果発表されるんだ」
 しかし、そんなシオンとは違って先にゴールしていた4人の心中は穏かとは言い難い。
「確かに、如何に写真判定とは言え些か時間が掛かりすぎている気はするな」
 五代、正風、真人、そしてF。結局最後まで誰か1人がリードを奪う事は適わず、横一線のままゴールラインを割り、映像・写真による判定と言うことで現在判定会議が行われているところだった。
「ふ、ふん、何をいまさら……僕が一位に決まってるじゃないか」
「……くだらねぇ」
 しかし、そう言いながら真人もFも結果が気になってしょうがない様だ。先程からソワソワと落ち着きがない。

「おう、お前ら待たせたな」
 そして、遂に待ちに待った時が来た。レースの判定結果を記したと思しきペーパーを片手に5人の前に現れた審判、草間・武彦。
「で、どーなんだ、オイ。もちろん俺が1位だよな!」
 あれほどの醜態を晒してまでレースを走りぬいたのだ。1位を取らなければ気がすまない、とばかりに五代が武彦に詰め寄る。
「何を言う、正々堂々、力を尽くした俺の勝利に決まっている!」
「いっそ、みんな1位で良いんじゃないですか? あはははは」
 グッと拳を握り締め叫ぶ正風と、笑いながらそんな事を言うシオン。
「あ〜、もう、そんなコトはどうでも良いからさっさと順位を発表しちゃってよ」
 痺れを切らした真人も五代と同じように武彦に詰め寄る。
「わ〜かった、わ〜かったからそう急かすな。……じゃあ、発表するぞ」
「……ゴクリ」
 張り詰める空気に誰かが唾を飲み込む音。
「チキチキ三輪車マラソンレース……1位は……」
『1位は?』
 発表する武彦に全員の声が重なる。
「……1位は、白虎組、シオン・レ・ハイだッ!」
「……おや?」
 高らかにその名を読み上げる武彦に、予想だにしなかった自分の名前に首を傾げるシオン。
『なんだってェェェェェッ!!!!』
 そしてシオンと武彦以外の4人の叫びが競技場にこだました。

「まぁ、お前達も納得いかないだろうから説明してやる」
 そう言って、武彦がゆっくりと事の次第を説明し始める。
 すべての発端は第1チェックポイントの責任者、三し……もとい、てらやぎの言に拠る。
『シオンさん以外の選手の通過は確認してません。はい』
 五代の顔からサーッと血の気の引く音がする。
『突然の事で記憶が曖昧になっちゃってるんですが、イキナリ何かに跳ね飛ばされて……僕が確認できたのは、シオンさんの後姿だけでした』
 確かに、第1チェックポイントを通過したときに『何か』を跳ね飛ばしたような、そんな気がするが……もしかして、あれがそうだったのだろうか……。
「会場の方でも、第1チェックポイントに設置したカメラにシオンが写っていたのは確認している。他の4つのチェックポイントでは全員の通過確認が取れたが……ルールはルールだ」
 恨むんなら記憶を飛ばした三し……てらやぎを恨むんだな。そう言って武彦はその場を去ってゆく。
「はは、ははは、はははははは……」
 渇いた笑みを浮かべながらガクリとその場に崩れ落ちる五代。
「結果は残念だったが、正々堂々とやったのだ。俺に悔いはない……いい勝負だったッ!」
 何故か号泣しながら呟く正風。
「1位は逃しちゃったけど、得点はゲットできたし……ま、いっか」
「……ケッ」
 2位、荘子・真人。3位、F。
「なんて言うんですか? 漁夫の利って言うんでしたっけ?」
 そして、1位、シオン・レ・ハイ。


■□■ 登場人物 ■□■

整理番号:1335
 PC名 :五代 真
 性別 :男性
 年齢 :20歳
 職業 :バックパッカー
  組 :黄龍
 順位 :4位

整理番号:0391
 PC名 :雪ノ下 正風
 性別 :男性
 年齢 :22歳
 職業 :オカルト作家
  組 :青龍
 順位 :5位

整理番号:3356
 PC名 :シオン・レ・ハイ
 性別 :男性
 年齢 :42歳
 職業 :びんぼーにん+高校生?+α
  組 :白虎
 順位 :1位

整理番号:5742
 PC名 :荘子 真人
 性別 :男性
 年齢 :14歳
 職業 :中学生兼客員教授
  組 :朱雀
 順位 :2位

整理番号:5799
 PC名 :F
 性別 :男性
 年齢 :5歳
 職業 :???
  組 :玄武
 順位 :3位

■□■ 獲得点数 ■□■

青組: 0点(雪ノ下・正風)
赤組:20点(荘子・真人)
黄組: 0点(五代・真)
白組:30点(シオン・レ・ハイ)
黒組:10点(F)


■□■ ライターあとがき ■□■

 と、言うワケではじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
 この度は『五行霊獣競覇大占儀運動会 激突!チキチキ三輪車マラソンレース』への御参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。
 こうして文字にして見ると、競技名エライ長いですね……。

 良い年して三輪車に乗せられるという屈辱的な競技でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか?
 これがポケバイ(ポケット・バイク)とかなら大人がやってもそれなりにサマになるんでしょうが……いかんせん、三輪車ではどう頑張ったってカッコなんかつきません(笑
 結果は……ご覧の通りですが、正直書いてる私にもどうなるか判らないハラハラドキドキの展開でした。
 この競技はこれで終わりですが、運動会自体はまだまだ続くようですね。果たして1位に輝くのはどのチームか。
 皆様のご活躍を期待しつつ、あとがきとさせて頂きます。

 それでは、またいつの日かお会いできることを願って、有難う御座いました。