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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 背後にはぴったりとついてくる足音。
 嘉神しえるはふっ、と小さく笑った。
(やぁねぇ……ストーカー?)
 なんてね。
 どう考えてもこの足音は人間じゃないし、息遣いが荒い。
 すっかり物騒なことに慣れてしまった己が呪わしいけれども。
(困ったわね。マンションまで連れて帰りたくないし……)
 だが、どこか楽天的である。自分が強運なのは知っているので、どうにかなるはずだ。
 結局はなるようにしかならない。
(振り返って注意してみようかしら……)
 ぼんやりとそう思っていた時だ、ちりん、と鈴の音が響いた。
 しえるは疑問符を浮かべてきょろきょろ辺りを見回す。自分は鈴など持っていない。近くに誰かがいるのかと思っての行動であった。
 しかしどうも妙な鈴の音だったのだ。
(なに……? 耳の奥に残るような感じだったけど……)
 不審そうに眉をひそめるしえるは、ハッとした。
 そうだ。コレはアレだ。
(兄貴が言ってた例の……)
 振り向いたしえるは、少年の後ろ姿を見た。
 濃紫の学生服を着た少年は静かに佇んでいる。
 見覚えのない子だ。
(高校生? なんか変わった学生服だけど)
 軍服のように見えなくもない。
 街灯の微かな光の下にいるしえると少年。だがその視線の先には、明らかに異質なモノが居た。
 闇の中ではっきりとは見えないが――。
(あれ……牛鬼ってやつ?)
 巨大な体躯がぼんやりと薄明かりで見える程度だ。
 大きい……。
 驚いているしえるに、少年から声がかけられた。
「おねえさん、危ないから早く逃げたほうがいいよ」
 穏やかな声は余裕が十分感じられる。しえるはさっさと身をひるがえし、電柱の陰に隠れた。
 こっそりと覗くと少年は荒い息を吐き出す牛鬼を見据えており、面倒そうに嘆息する。
「美人を狙うとは聞いていたんだけど、本当だったとは驚いたな」
 それを聞いていたしえるは思わず「ふふっ」と自慢げに己の髪をふぁさ、と払う。
(あらあ。人ならぬモノにも私の輝きを見抜けるのね)
 そんなしえるの行動など見えているはずもなく、少年は肩をすくめた。
「鬼が美しい女を狙うのは美味いからだ、と聞いているけれど本当なのかな……。血と肉が美味いというのは本当?」
 尋ねる少年に向けて、牛鬼は一歩踏み出す。
「舌が肥えるともう美人以外は興味がないか」
 明るく笑って言う少年は無防備に喋りつづけていた。牛鬼はさらに一歩踏み出す。
 街灯の明かりが、牛鬼に少しだけ届く。大きさが少年の二倍以上あった。
「この間喰った女は美味かっただろう? 骨まで残さず喰うとは行儀のいいことだ」
 さらに一歩近寄る。
 牛鬼は腕を振り上げた。見かけ以上に速く、重い一撃を放つのはしえるから見ても一目瞭然で。
 だが少年は笑ったのだ。
「はは。男には興味がないか。そりゃ――」
 良かった。
 呟きと同時に少年の腕が真横に振られており、だがそれはしえるの目には映っていないもので。
 ずる……と妙な音がした。
 次いでどさっと何かが上から落ちてくる。かなりの大きさの玉だ。
 いや、玉ではない。あれは。
(首……)
 思わずごくりと唾を飲み込むしえる。
 少年は右手に持つ刀を放して地面に落とす。すると武器はあっという間に溶けて地面に染み込み、少年の影になった。
 彼が空中から巻物を取り出して広げると牛鬼の止まったままの肉体が頭ごとその場から消えてしまう。
 しん、と周囲が静けさに包まれた。
 ぱちぱちぱち。
 場違いな拍手が辺りに響く。
「すごい。お見事」
 電柱の陰から出てきたしえるは少年に近づいて行く。彼は巻物を空中に投げた。巻物は溶けるように宙へと消える。
 そして彼は振り向いた。
「拍手されたの、初めてだ」
 にっこり笑って言う少年。
「あらそうなの? だって見事な腕前じゃない。一瞬だったでしょ?」
「あはは。肝がすわってるおねえさんだな」
「よく言われるわ」
 胸を張るしえるに、少年はくすくすと笑った。
 よく見れば彼は可愛らしい顔立ちをしており、色違いの瞳をしている。どこか妖しげな雰囲気を出しているのはあの瞳のせいだと思った。
「美人で度胸もある、か。これは参った」
 降参のポーズをする少年。
「なんで逃げなかったの? 危ないじゃない」
「あら。私、人を見る目はあるもの。きっと助けてくれると思ってたわ」
 にっこり微笑むしえるに、彼は「まいったな」と苦笑する。
「そんなに信用しないでよ。たまたまだって、ボクが助けたのは」
「たまたまでも、助けてくれた事実は変わらないわ」
「今回はね。でも基本的に人助けはしないことにしてるんだ。あんまりボクを信用しないほうがいいよ?」
「あなたみたいな可愛い男の子を疑えってほうがおかしいわよ」
 自信満々のしえるに、彼は困ったように眉をさげた。
「参ったな……。なに言っても言い返されそうだ」
「口達者とよく言われるわね」
「あはは。自分で言わないでよ」
 しえるは手を差し出す。少年はそれを見てきょとんとした。
「助けてくれてありがとう。私は嘉神しえる」
「可愛い名前だね。ボクは遠逆欠月。欠けた月、と書くんだ」
 年上の女性の名前に対して「可愛い」と言った欠月をしえるは凝視する。
「お上手ね、欠月クン」
「本当のことだから、上手いも下手もないと思うけどな」
 薄く笑う欠月はしえるの手を握り、握手した。
 彼の手はひんやりとしている。
「でも欠けた月なんて、洒落た名前ね」
「でしょ? けっこう気に入ってるんだよ、この名前」
 欠月は手を離してからちょっと考えたように上空を見上げた。しえるは不思議そうにそれを見つめる。
「まあ時間はありそうだな……。嘉神さん、家まで送ってあげるよ」
「あら! やっぱり親切じゃない、欠月クン!」
「そういうわけじゃないんだけどね」
 なにか隠しているような欠月の口ぶりであったが、しえるは言葉に甘えることにした。
 可愛いナイトに護衛をさせる機会なんて、そうそうないだろう。

 一緒に歩きながら、しえるは話し掛ける。
「ねえ、欠月クンはもしかして退魔士ってやつ?」
「あれ? よくわかったね。普通の人は知らないと思ってたんだけど」
「やっぱりそうなんだ! お化け退治の専門家なのよね?」
「そうだね」
 にっこり微笑む欠月に、しえるは嬉しそうに笑った。
「私もよく怪奇事件に巻き込まれるのよ。欠月クンみたいな知り合いがいると、心強いわ」
「それってボクが助けるのが前提になってない?」
「だって助けてくれるでしょ?」
「うーん。それはどうかな」
「目の前で犠牲を出すのは避けるでしょ? それって未熟をさらすことになるし」
「なに言ってるんだよ、嘉神さん。ボクが未熟だったら、嘉神さんを助けてもしょうがないじゃない」
「なんで?」
「その場合は、ボクも嘉神さんも今ごろ死んでるよ」
 さらっと言う欠月はしえるをちらっと見た。色違いの紫の眼球がしえるを見ている。
 なんだか、恐ろしい闇を映しているようだ。
 思わず黙ってしまうしえるに、彼は微笑んだ。
「まあ危ないと思ったら逃げて欲しいな。邪魔になるし。
 近くに居てもボクは守らないよ」
「サービス悪いわね。男なんだから守りなさいよ」
「嘉神さんはそこらにいる男より逞しいじゃない」
「言ったわねぇ」
「はは」
 笑う欠月を見るしえる。
 やはりどこか彼に似ていた。というか。
(遠逆の退魔士ってあの子だけじゃないのねぇ)
 当たり前なことを思うしえるであった。
 なんか全然タイプが違う。顔の良さを除けばかなり常識的な人間に見えるし。
「変わった制服ね。似合ってるけど」
「ありがとう。褒めてもらえると嬉しいよ」
 あっさりと微笑んで言われるのでしえるはなんだか悔しい。
「……素直なのね」
「せっかく褒めてくれてるんだから、嫌味を返す必要はないじゃない?」
「それもそうか」
 納得するしえるはマンションが見えてきて「もうちょっとか」と思う。
 しえるが話し掛けないと欠月は口を開いてくれないようだ。黙ってしまった。
 穏やかな笑みを浮かべたまま歩く欠月をちらちら見ていると、彼はこちらを見てにっこり微笑む。
「……欠月クンて、女の子にモテるんじゃない?」
「え? どうしてそんなこと思うの?」
「優しいし顔も可愛いし、強いし……」
「それは褒めすぎだよ、嘉神さん。モテたことないしね。
 嘉神さんは美人だから男は選り取り見取りでしょう?」
「やあねえ。褒めてもなにも出ないわよ」
 ぱしぱしと欠月の肩を叩くが、彼は微笑んだままで怒りもしない。
(やっぱり少し変わってるわねぇ)
 遠逆の退魔士は変わり者が揃っているのだろうか?
「そういえば退魔のお仕事してるのよね? 大変?」
「まあ命を懸けるという意味では大変な職業だよね」
「お助け電話サービスみたいに、そういうのがあるの? 遠逆電話相談所みたいに」
「あはは。面白いこと言うなあ」
 想像した欠月はかなり愉快だったらしい。
 彼はひとしきり笑った後で息を吐き出し、しえるを見つめる。
「どういう基準で仕事を受けてるのかは知らないけど、ボクが居るから今は東京の仕事は全部ボクに回ってきてるみたいだね」
「一人だと大変じゃない?」
「そうかもね」
 大変ではないのだろうか?
 しえるにはわからない。
「あ。あそこなの」
 マンションを指差すと欠月は「そう」と微笑んだ。
「あ、そうだ。さっきの牛鬼だけど、仕事で?」
「うん」
「そうなんだ。やっぱり犠牲者がいたのよね?」
「まあね」
 なんとも思っていないのか、欠月は表情が動かない。誰が死のうとあまり興味はないようだ。
 妖魔に対して彼は怒ってはいなかった。ただ仕事を冷淡にこなしていただけなのだ。
 人の情が薄いというわけではないようだが……。
(やっぱり変わった子ねえ)
 しみじみ思うしえるはマンションの入口に気づいて欠月を見遣った。
「もうここで大丈夫。今日はありがとう」
「じゃあ気をつけて」
「あなたもね」
「お気遣いどうも」
 にっこりと笑みを浮かべる欠月はその場で足を止める。それに気づかずしえるはスタスタとマンションへ向けて歩いていた。
 マンションの入口まで来て彼女は振り向く。欠月がついて来ていないことに気づいたからだ。
 振り向いたしえるは目を見開いた。そこには誰も居ない。
 ふうんと嘆息して、しえるはマンションへと入っていった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2617/嘉神・しえる (かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉神様。ライターのともやいずみです。
 嘉神さまの性格ゆえか欠月もかなり好意的ですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!