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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「脚・あし」



 びりっとした痛みに鈴森梛は顔をしかめる。
 この『痛み』は梛の家の呪いによるもの。人に災いを呼ぶ怪異をこのような傷みで知覚するのだ。
「近くにいるのか……?」
 周囲を見回し、梛は歩き出した。
(『奴』かもしれない……)
 そう小さく思う梛はどことなく期待のような……でも、いざそいつだったらと思う微妙な気持ちに心が揺れた。
 ちりん、と鈴の音が聞こえて梛は思わず持っている術具へと視線を遣る。
(?)
 いや……自分の術具はああいう音ではない。それに、発動してもいないのに鳴るわけが……。
 ではどこから?
 暗い夜道を振り返るが、そこには誰も居ない。前もだ。
 あるのは街灯の頼りない光だけ。
「……?」



 少女は歩いていた。
 荒い息を吐き、胸元を強く握って。握られた制服が皺になるのも気にせず。
 少女は急いでいた。
 足早に、周囲をちらちらと見ながら。
 最近この辺りで広がっている噂を思い出すと、どうしても怖くてたまらない。
 だいたいどうして狙われるのが――。
(まじめな生徒ばっかりなの……!?)
 お洒落に興味がないわけではない。だが、そんなものより本を読むのが好きなだけだ。
 学校で目立たずに過ごすほうがいいと思っておとなしくしているのに。
 狙われるなら……そう、どうせ狙われるなら。
(不良とかが狙われればいいのよ! そうよ!)
 どぉん……。
 背後で低い音が響く。少女は「ひっ」と小さな悲鳴を洩らした。
 太鼓の音だ。
 どぉん……。
 徐々に近づいて来る音に少女は首を緩く左右に振る。
「いや……」
 どうして。
 どうして自分なの。
 用事で帰るのが遅くなっただけなのに。なにも悪いことなんてしてないのに!
 どぉん……どぉん……どぉん……。
 でんでん太鼓の音に似ている。だがそれよりも低い。
 振り向いた少女はごくりと唾を飲み込む。遠くで「ぼうっ」と青白く光った。
 それは宙に浮かび、揺れている。
 鬼火だろうか? 本によく書かれているのと似ている。実際には見たことがないから、確かめるすべはない。
「卑屈卑屈卑屈〜」
 歌に似た声が聞こえる。太鼓の音と共に鬼火が近づいてきた。
「おまえさんの心は絶品〜。他人を羨み、妬み〜」
「あ、……あぅ……」
「『自分』を押し込めて押し込めて〜。もうすぐパン! と破裂するぅ〜」
 愉しそうに歌う声。
 鬼火はゆらっと動いて形をとる。
 いびつなこどもだ。
 大きさは小学生くらいだが、細身で腕も足も細長く、胴体が短い。
 気味が悪かった。
「破裂しておくれよ〜。風船みたいにさぁ〜!」
 ぐいっと顔を近づけるそれに、少女は目を見開く。悲鳴をあげるべく口が開かれていく。
「おっと待った。女の子に力技で迫るのは感心しないな」
 突然割り込んできた人物が少女の口をふわっと手で覆い、腰に手を回して自分のところへ引き寄せたのだ。いや、正体不明のソレから引き離したと言ったほうが正しいかもしれない。
 少女は驚いて少年を見遣る。
 薄い色素の髪の毛と、見たことのない制服だったが……。
「もう大丈夫だよ」
 優しく微笑んで言われて少女はぐしゃりと顔を歪めて涙を流した。安心したためだ。
 子供は目を細める。
「だぁれだおまえ」
「おまえを退治に来た殺し屋だよ」

 梛が現場に到着したのはその出来事の数分後だった。
 腰を抜かしている少女をまず見つけ、声をかける。
「大丈夫か? いったい何が……?」
「お、男の子が……! あっちで……」
「? わかった。そっちへは私が様子を見に行く。あなたは早くここから帰りなさい」
 少女の腕を掴んで引き上げると、彼女はよろめく足でふらふらと歩き出した。
 梛はそれを数秒見送り、少女が指差した方向へ急いで向かう。
 道を曲がった先では戦闘がおこなわれていた。
 突然飛んで来たツブテを避けようと腕をあげた梛は、学生服の少年が持っている刀でそれを払ったのが見える。
「ここは危ないよ、おねえさん」
 笑顔で言う少年はまだ高校生のようだ。
「あなたはここで何を……?」
「取り込み中なんだよね。話はあとで聞くよ」
 彼は刀を器用に操って飛んで来るツブテを跳ね返していた。
 ツブテを放っている方向に目を遣り、梛は落胆を覚える。
(『ヤツ』とは違う。またハズレか……)
 だが放っておくことはできない。
「取り込み中か!?」
「へ? まあね」
 緊迫しない声音に疑いを持ちつつ、梛はさらに声をかけた。
「私の名は鈴森梛。こうして会ったのも何かの縁だろう。協力して封じないか?」
 梛の言葉に防戦一方だった少年は困ったように首を傾げる。
「いやぁ〜……仕事じゃないからそれはべつにいいんだけど」
「……私が怪しいか?」
 当然だろう。
 唐突に現れて、協力しようなどと言えば誰だって怪しむ。自分もそうだろう。
(裏がない善意など、怪しいしな)
「すべてが善意ではないよ……。私にも、目的があるから」
「そういうことは気にしてないんだけど」
 どうでもいいという口調で言う少年は、チッと舌打ちした。
「しつこいな……! いい加減……鬱陶しいんだけどね!」
 刀で防ぐ速度をあげる少年は全て打ち返す向きを変える。ツブテを打ち出している敵へと返す少年。
 ツブテを避けた妖魔は後方へ跳躍した。
「えーっと、名乗ってなかったよね。ボクは遠逆欠月。善意とかそういうの、気にしてないから好きにやっていいよ?」
 さらっと言う少年に、梛は反応に困ってしまう。
 警戒心がないのだろうか、彼は。
「好きに……と言われても。こういう時は協力すべきではないのか!?」
「時と場合によるでしょう、それは」
 きょとんとする少年は刀を変形させた。漆黒の武器は一瞬で薙刀になる。
 薙刀で、跳んで来た妖魔の攻撃を受け止める欠月。
「そのままだ、遠逆」
 梛は素早く持っている術具に念を込めて発動させる。
 鈴を振った。その音色は澄み、辺りに広がる。
 欠月に攻撃をおこなっていた妖魔が動きを停止した。
「じゃぁ……まぁ……だ!」
 無理に梛の力を押し返そうとする妖魔。欠月は妖魔と力比べをしながら後方へ倒れるように体を傾け、その際に足を振り上げて相手の後頭部を蹴りつける。
 強力な蹴りの一撃に妖魔の瞳が揺れる。
 完全に梛の力の影響下に入ってしまった妖魔を、欠月は一撃で首を刎ね飛ばした。またも変形させた武器の刃で。
 しかし首がなくなっても妖魔はそのままで消滅しない。
「噂……ウワサの力ね」
 欠月は呟いて梛を振り返る。
「後は任せてもいいのかな」
「え? あ、ああ」
 頷く梛は不思議そうに欠月を見た。
「封印しておく。浄化もできるが」
「ああ……このタイプは無理だから放っておいたほうがいいよ。封印のほうが適切かな」
「?」
「人の噂を媒介にしてるみたいだからね。噂がなくなれば、力も消えて、存在も消えるでしょう」
 欠月は持っていた刀を離す。刀は落ちると同時にどろりと溶けて地面に染み込み、彼の影となった。
 梛はやっとそこである噂のことを思い出す。
 鈴の音の共に現れる、不思議な少年とはもしかして。
(遠逆のことか?)
 当てはまっている。
「もしかして……鈴の音をさせて現れる男というのはあなたか?」
「はあ?」
「そういう噂があるんだ」
「…………」
 欠月は「うーん」と視線を空に向けてから微笑んだ。
「そうかもね」
 ……微笑まれても。
(変な男だな……)

「遠逆は、どういう職業の人なんだ?」
 梛はいいと言ったのに、欠月は駅まで送ってくれるそうだ。親切なのかどうなのか、判断しにくい男だ。
 並んで歩くのはいいが……どうも欠月は会話をしないようだった。なので、話し掛けてみたのだが。
「ボク? ボクは退魔士だよ?」
「退魔士……。ということは、妖魔退治をしているということか」
「そういうことになるね」
「…………」
 一瞬、脳裏に『ヤツ』のことが浮かぶ。
 梛が世話になっている退魔師のネットワークは欠月の家のものとは違うようだ。
(……知っているだろうか)
 だが、妙な詮索をされるのは困る。
 だいたい遠逆の家がどれほどの規模なのか梛にはうかがい知ることができない。
「そうだ。さっき、女の子を助けたんだろう?」
「たまたまね」
「でも助けたんだろう?」
「そういうことにしておいてよ、じゃあ」
 微笑んで言う欠月。
 かなり怪しかった。
(……人助けを認めるのが嫌のか、もしかして)
「…………人助けは、恥ずかしいことじゃないが」
「え? そういうんじゃないよ。本当にたまたま通りかかっただけなんだよね。で、あんまり怖がってたからさ」
「…………」
 無言で欠月を見つめる。
 話題がなくなってしまった。
 またも静かに歩く二人。
(わ、話題が……)
 どうしようとちょっと考えていて、欠月の身なりに目がいく。
「変わった制服だな。高校生か?」
「似合う?」
「似合ってるが……」
「そう? なら嬉しいな」
 にっこり微笑む欠月はすぐに否定した。
「高校生じゃないよ」
「……中学生か」
「年は17だけど、高校には通ってないんだ」
 さらっと言われて梛はまた無言になってしまう。
 とりあえず自分より年下というのは判明した。
「鈴森さんはかっこいいね。そういう格好好きなの?」
「え?」
「男物の衣服」
「…………」
 性別がわかっていることに梛は驚く。自分の体型と口調のせいか、男物の衣服を着るとまったく性別が判別できないというのに。
 欠月は梛が反応しないことに疑問符を浮かべていたが、しばらくして「ああ」と小さく呟いた。
「今の忘れて。ちょっと気になっただけだし。聞いてもしょうがないことなのにね」
「……あ、いや。こういう格好は動き易いからな」
「スカートも似合いそうなのに」
「…………」
 もしかして、この男は素で女たらしなんだろうか?
 梛は小さくふふふと苦笑いをした。
(いや、そんな下心はうかがえない。きっと本心なんだろう)
「……褒めてくれているのなら、礼を言う」
 そう言うと彼はにっこりとまた笑う。笑うのがそんなに楽しいんだろうか。
 梛は小さく溜息をついた。
 駅までもうそれほどない。
 この出会いが吉と出るか凶とでるか…………それはまだ、今はわからない。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5222/鈴森・梛(すずもり・なぎ)/女/21/封印師】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鈴森様。ライターのともやいずみです。
 欠月と鈴森さまの出会い、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!