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■ラッキー・パンプキン■
仕事で疲弊するのが日常な月刊アトラス編集部。
今日も今日とて碇麗香編集長様の指示の下、手下いやいや部下達がひぃこら言いながら手当てのつかない残業をこなしている所に明るく愛想良くやってきたピンクな少女と金の少年。
『差し入れでっす！』
そう言って出されたのは美味しそうなほかほかの南瓜の煮物。ひんやりとしたカボチャゼリー。
夜食買出部隊決めるぞー、と虚ろな声が上がりだした頃だったので一同大喜びで群がった。
魔女の仮装をしている少女に誰も面識が無いと言うのに警戒心を後ろに放り捨てて。
時間帯が時間帯。多くの者が煮物を食べてその味に歓喜して――それが驚愕の叫びに変わるまでさほどの時間はかからなかった。ゼリーを食べる少数派が動きを止めて呆然と見る前で煮物を食べた多数派は見る間にぽんぽんと煙を上げて奇妙な仮装姿に早変わり。
「なんだこれ！」
「おおお俺の手が毛むくじゃらに！」
「ぎゃー！ミイラー！」
阿鼻叫喚。と言えるだろうか。
同様に煮物を食べて吸血鬼姿になった三下忠雄が泣き崩れる間も被害者は増え続け、金色の少年がちょこちょこと編集長様のデスクまで食べ物を持って行く。誰も止めなかったのはそれどころではなかったからで、別に彼女が変身して慌てる様子を見たかった訳ではない……筈だ。
受話器を下ろしたところで碇麗香編集長、少年の出した二種類から選んだのはカボチャゼリー。
やはり天は不公平だと誰かが思ったとしても、彼女には事前連絡がご丁寧にもどちらがアタリかも含めて届いたところであったのだから、怜悧冷静冷徹諸々表現出来そうな彼女が仕事の邪魔になる状況を自ら選ぶ訳も無い。
そしてゼリーを食べながら原稿チェックを再開した編集長様は言い放つのだ。
「どんな格好でも良いから仕事はするように」
** *** *
泣きながら訴える三下の前、なんとも言えない面持ちでいるのは櫻紫桜。
なんとなれば彼は既にその差し入れを食べたのである。しかも煮物。
ひょいと箸を取って食べてみて、飲み込んだ直後に三下が「あああああ！」と起き上がって絶叫の後に説明してくれたのだけれども。
「……で、ですねぇそこの男の子と一緒に居たピンクの女の子はどこかいっちゃうし、その子は解らないみたいだし、僕もうどうしたらいいのかさっぱりで本当にどうしたらいいんですかぁああ！？」
「……はあ」
三下が指差した先には見覚えのある少年が一人。
あちらも紫桜に覚えがあるのか、きゅ、きゅ、と頭を傾けては考えている様子だ。
椎名というその少年と一緒に居たピンクの女の子、となれば正体は間違いなく彼女だろう。某マンションの魔女志望娘。
とっくに編集部員の大多数と同じく煙を上げて変身済な紫桜はぐるりと室内を見回すと静かに三下に向き直った。
神妙に、非常に真面目に折り目正しく両手を合わせて一言。
「お気の毒様です」
「えぇええええ！それだけですか！？それだけなんですか〜っ！？」
「俺は経験済みなので」
わたわたと慌てる三下に頭を下げるとマントを翻して金髪の子供に彼は向かった。
マント。その色は闇の色。下はいかにもな礼装でこれは絹だろうか、光沢のある白黒のコントラストも美しいそれは吸血鬼。
ちなみに非常に貧相なイメージを醸し出す三下忠雄も同じ姿の吸血鬼であるのだけれど。
この空気の差はなんだろう。
見ていた幾人かはそう思ったと言う。
さて、犯人が解れば、その犯人と面識のある紫桜には慌てる必要も無いわけで。
碇麗香編集長様に一応挨拶なりを済ませた紫桜は椎名少年と一緒に白王社内を一通り歩き回った。
見事に魔女志望娘・塚本朝霧は社内に混乱を撒き散らしたらしく殆どの部署でハロウィンモンスターが右往左往。お陰で誰にも見咎められず社内を探索も出来た。
別に、白王社探検が目的ではなくて朝霧探しであったのだけれど。
「もう外に出た後みたいだな」
なにげなく呟いた声に傍らの椎名がこっくり頷く。
その金色の髪に埋もれる旋毛を見下ろして、それから賑やかな廊下の向こうの部署を見、しばらく紫桜は思案する様子で視線を漂わせた後に隣の子供を覗き込みながら笑いかけた。
「朝霧さん探しに街を歩きましょうか」
「さがし、に」
「もうここには居ないみたいだから、俺と一緒に探しましょう」
皺の無い白いシャツと膝下丈の黒いズボン。
もしかしたら仮装なのかもしれない椎名を見ながら繰り返すのに子供はきゅ、と首を傾げてから頷く。
「じゃあ、のんびりと行きますね」
「のんびり行くね」
朝霧には悪いが、いや悪くないのか。
ともあれ紫桜の第一目的は朝霧発見して解毒剤を、では無かったりする。
折角のハロウィン。それなりに皆が知っているイベントはこの街ではあれこれと楽しむ者も多いらしくなかなかに賑やかだ。だから、この椎名少年にもそれを楽しんで貰おうかな、という考えが第一に置かれている次第。
紫桜が知る、少し風変わりな子供であるので。
子供らしい柔らかな手を、紫桜の鍛えられていてもまだ成長期の柔軟さを持つ手が掴んで少しだけ引いた。
「椎名君は変身しないんですか」
「ぼく、吸血鬼」
「マントは脱いじゃったのか……」
「ぼく、食べても変身しないよ。服だけアルバート」
つまりこの子の世話をしているアルバートがお子様吸血鬼に見える服装をチョイスした、と。
変身しないのは椎名がそういう子供だという事だとして、歩きながらふと。
「わざわざ服を買っておいたのかアルバートさん」
「クロゼットから出したよ」
「……」
それはそれでどうして礼装的な子供服を持っていたのかと非常に気に掛かるのだが。
白王社を出ながら微妙な話を聞いてしまったと頭を振って気分を変えた紫桜だった。
** *** *
「Trick or Treat」
流暢な発音でしかし淡々と金髪の子供が言うのに、雑貨を売るその店の人間は笑って奥から飴を持ってきた。
二つ、三つ、四つ、五つ……椎名の両手から溢れそうな程どっさりと渡すこの大人はアルバートと同じ子供好きなのか。それとも純粋に子供の強みというヤツだろうか。
「ありがと」
「いいえぇ」
きゅ、と首を傾けて見上げる椎名が礼を言うのに笑み崩れる様子からはどちらとも。
大量の飴玉をこれも何処かの店で貰ったジャック・オー・ランタンなデザインのケースに入れて、紫桜はまた椎名の手を握ると店員に一礼して扉を開けて通りに出た。
全部が全部、朝霧の仕業だとは思わないが随分と仮装が多い。
おかげでこの地域一体がハロウィンだ！と盛り上がっている様子。付き合いの良い街である。
小さなジャックランタンがあちこちで仄かな光を浮かべて幻想的な色が辺りを飛び交う。本物が居てもおかしくないな、とふと思える程。
「朝霧、いないね」
「まぁ、朝霧さんが危ない、とかで探すわけじゃないしなぁ」
「あぶない？」
「危なくないですよ。だからゆっくり探しましょう」
十歳ちょっとの子供には高い場所にある小さなランタンをきょときょとと見上げつつ歩く椎名。
その手を引く紫桜との関係はどう思われるのだろう。微笑ましいとばかりに見送る人がやたらと多いのだけれど。
大き目のけれど成長期な吸血鬼と小さな吸血鬼。
対照的な髪色を薄闇に翻らせながら通りを行く。
あまり感情の動く子供では無いのだと紫桜は知っていて、それでも楽しめたらいいとあっちのディスプレイ、こっちの店頭、お菓子屋さんを覗きましょうかと言えばこっくり頷く。白い肌がほんのりピンクになって子供らしく笑えばいいと紫桜はそれを思って楽しそうな場所を回る。少しずつ、その向かう先が草間興信所へと流れて行くのは日頃からの習性だろうか。
廃ビルへの見慣れた道の半ばで足を止めると、紫桜を斜め下から椎名が見る。
何度目かのきゅ、と首を傾げる仕草に穏やかに笑い返してその金髪を軽く梳いた。
「草間興信所にこのまま寄ろうかな、と考えたところですけど」
そのままそう言うのにまた逆方向にきゅ、と首を傾げる椎名。誰からこんな癖が移ったのだ。妖精か。妖精なのか。
くさま、と復唱するのに「ええ」と頷く。
その見下ろして、見上げて、お互いを見る体勢で首を傾げた椎名が更にきゅうと首を捻るのにふと――そう、ふと引っ掛かった。
「今日……既に訪問済だったり」
しますか？と言う語尾に合わせてこっくり。
やはり魔女志望娘はまず興信所を攻略したらしい。
やっぱりなという気持ちと、あちゃあと天を仰ぎたい気持ちと、どちらの天秤が重いかは自分でも言えないけれど。
「エレナ、たち、と草間、変身したよ」
「ああ……やっぱり変身したんですか」
これにもこっくり。
紫桜の記憶からしても興信所所長な草間氏はしばしばその手の被害を受けている。むしろゼリーを選択して免れた、なんて事になれば天から槍が降りかねない。いや別にそこまで本気で思いはしないが。
予想通りに頷かれて紫桜は生温い気持ちで秋も深まりひやりと肌を擽る風に吹かれていた。
その隣で同じように風に吹かれる椎名。
子供が小さく鼻を鳴らすので、はたと気付いて草間興信所へお邪魔しようと結局決めて歩き出す。
ついでにどんな格好に変身しているか、見てみようと思ったのは秘密ではある。
** *** *
「魔女は一緒じゃないのか！」
扉を開けるなりの言葉だけれど、紫桜が目を瞬かせたのは別にそのせいではない。
そのくぐもった声は間違いなく草間武彦その人であるのだけれど、それが何と言うのだろうか。
まさに。
「巨大ジャック・オー・ランタンですか」
「好きでこうなったんじゃない！」
「そりゃ解ります」
キーキーとふわふわ漂って怒りを示すお化けカボチャの本体が誰かと思えばこみ上げる笑い。
なんとか押し隠しながら室内を見渡せば零は魔女……だろうか。特殊な出自の彼女だけれど椎名と違ってばっちり効いたらしい。こんばんは、なんて挨拶の後すぐに給湯室でお茶を追加で用意している姿がちらりと見える。
「ははははは！はー……俺そろそろ腹痛ぇ」
「アンタは笑い過ぎよバカ」
そして朝霧や椎名と同じマンションの住人な双子はこれまた。
「……妖精ですか？」
「多分ね」
「俺も吸血鬼がよかったなぁ。かっこいいじゃねぇか」
「……そうですか」
仲良く御伽噺のトンガリ帽子な妖精ルックであるのだけれど、それをこの双子が着るとよろしくない。
それぞれの体型に合わせてはいても基本デザインが――特に下半身は半ズボンだ。ジェラルドに至っては何か見るのも恐ろしかった。
何気なく視線を向けないようにと足掻きつつ零が渡してくるカップを受け取る紫桜。隣で椎名もミルクを貰う。
気持ちを静めるようにそのぬくもりを流し込んで一息つけば、ようやく視界に映る奇怪な一団にも慣れるというもの。
蛍光灯の下で再度、自分と椎名の服装を見て、周囲の仮装を見て。
「季節に合わせて凝った事しますね朝霧さんって」
「凝りすぎだ！何処をどうやれば人がお化けカボチャになるんだ！」
うっかり煮物を食べて変身した後にも思ったけれど、この労力を惜しまない辺りは凄い。
紫桜のその慣れたコメントに、ただ一人草間カボチャだけが室内を飛び交い騒ぎながら突っ込んでいた。
怒れる草間を少しだけ面白そうに見る椎名の姿にこそ微笑んだ紫桜。
魔女はまだまだ戻らない。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【５４５３／櫻紫桜／男性／１５／高校生】
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■ ライター通信 ■
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・こんにちは。微妙な説明分で反省しつつのご挨拶なライター珠洲です。椎名の面倒見て下さりありがとうございました。
どうにもまったり進む形になっておりますが、いかがでしょうか。ちょっとどきどきと。
・ランダム変身して頂く形で反応の冷静さが何か……慣れたんだろうなぁ、と思うと有り難いやら申し訳無いやら。暴れる草間氏変身カボチャで楽しんで下さいませ。……朝霧は当分戻りません。嬉々として無限にばら撒き中です……！
えー、あと双子の（特に弟）の絵面については想像して乾いた笑いを落としてやって下さい。絵的に非常にアレな気が致します。
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