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東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜朝・昼の部〜
〜 首を突っ込むそれなりの理由 〜
「悪事千里を走る」というが、情報伝達の手段が発達した昨今では、千里を走るのは何も悪事に限らない。
多少なりと面白そうな話であれば千里や二千里は簡単に走り抜け、世界中を駆けめぐるような世の中である。
故に、私立東郷大学で行われる学園祭の話を全く無関係な人間が知っていたとしても、特に驚くにはあたらない。
なにしろ、「あの」東郷大学である。
当然、そこで行われる学園祭も尋常なものではなく、毎年「イリュージョンと称して『消され』、出てきたらいつの間にか二時間が経過していた」だの、「怪生物やロボットが暴走して大騒ぎになった」だの、「大名行列に三回も遭遇した」だのといった奇怪な報告が後を絶たない。
そして今年も、不思議と混乱に満ちた学園祭の日が、ついにやってきた――。
「東郷大学で学園祭、か」
その話を聞いて、守崎啓斗(もりさき・けいと)は言いようのない不安に襲われた。
繰り返しになるが、なにしろ「あの」東郷大学である。
啓斗のこれまでの経験から考えて、何事もなくすむとはとても思えない。
一応一般の人も自由に出入りできるようになっていることを考えれば、それほど大規模なトラブルが起きることはない……はずなのだが、それすら確実であるとは言い切れない。
特にヤバいのは、やはりあの「前衛芸術部」と、その部長である笠原和之だ。
今回も彼が作品を展示するのであれば――その可能性は極めて高いのだが――空間がねじ曲がったり怪生物が召喚されたりといったお決まりの大騒動になることは想像に難くない。
と、そこまで考えて、啓斗はふとあることを思いついた。
啓斗と、弟の守崎北斗(もりさき・ほくと)は、ともに忍者であり、彼らの住む家は忍者屋敷としての性格――例えば、侵入者を撃退するための仕掛けなど――も備えている。
その仕掛けの一部に、和之の作品を応用することはできないだろうか?
これまでに啓斗が遭遇したような作品を仕掛けておければ、それ自体が十分な精神攻撃になりうるし、そこから出現する「何か」による効果も期待できる。
それに、啓斗たちもそろそろ「卒業後の進路」というものについて考え始めてみてもいい時期だ。
特に、ずっと高校を休学している啓斗にとっては、普通の大学への進学はかなり難しい。
それならば、文字通りの「一芸入試」とやらのある東郷大学を見学しておくというのも悪くないだろう。
「行ってみるか」
そう呟いて、啓斗は東郷大学へと向かうのだった。
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〜 いつか、そして、今でも 〜
「で、どうしてお前までついてきたんだ?」
啓斗のその問いに、北斗はきっぱり一言こう答えた。
「兄貴一人じゃいろいろ不安だからな」
このセリフを二人を知るものが聞いたら、多分首をかしげるだろう。
あるいは、逆に啓斗が「北斗一人では心配だ」といった方が、しっくりくるかもしれない。
どちらかといえば、北斗よりも啓斗の方がしっかりしているように見られることが多いからだ。
ところが、啓斗にはああ見えて意外と抜けているところもある。
例えば、以前北斗が出かけている間に、訪問販売員にいりもしないゴムひもを買わされていたことがあった。
その時はゴムひもだったからまだいいものの、今度は東郷大学である。
放っておいたら、一体何を買ってくるかわかったものではない。
そう考えて、北斗は啓斗についてくることにした――というのは、あくまで表向きの理由である。
本当の理由は、一言で言うと、「啓斗が和之の作品を購入するのを阻止すること」であった。
北斗は二つの理由から、和之の作品を守崎家の仕掛けに組み込むことに反対していたのである。
一つは、和之の作品の効果は誰にも制御できず、予測もできないということ。
ヘタをすれば、「家を守るための仕掛け」に、その家の住人である北斗たちまで翻弄されかねない。
そしてもう一つは、実際に取りつける場合、その工事を北斗がやらされる可能性が高いということである。
当然の事ながら取り付け工事にはそれなりの時間がかかり、その間中ずっと和之の作品とにらめっこというのは、精神衛生上大変よろしくない。
――なんとしても、兄貴が妙な物を買わないように見張ってねぇとな。
そんな北斗の気持ちも知らず、啓斗は小さくため息をついた。
「心配性だな」
そうこうしているうちに、二人はメインステージのある広場へと辿り着いた。
なかなか本格的な作りのステージで、後ろには大画面のスクリーンまで用意されている。
それを見て、啓斗がこんな事を言い出した。
「そういえば、以前おかしな映画に出たことがあったな」
北斗たちは以前東郷大学の映画部と協力して、とある映画を制作したことがある。
啓斗は役者として、そして北斗はスタッフとしての参加……のはずだったが、結局なんだかんだで北斗も出演するハメになってしまったのだった。
「ああ、あの幽霊監督の時のだろ? あの時はひどい目にあったよな」
「全くだ。化け物には襲われるし、映画はお蔵入りしてギャラは入らないし」
ちなみに、その時の化け物騒ぎの原因も、問題の和之が描いた「背景」が原因である。
――なんとしても、あいつの作品を買うのだけは阻止しないと。
その決意を新たにしつつ、北斗は平静を装ってこう続けた。
「ひょっとしたら、こういうところで公開されてたり……しないだろうな」
「しないだろう。いくらなんでも」
まあ、撮影を行ったのはだいぶ前の話であるから、公開できるようなものならとっくに公開されていてもおかしくない。
にも関わらず、今まで公開されていない以上、これは半永久的にお蔵入りしたものと考えた方がいいだろう。
「まあ、一応幽霊連中は皆成仏してくれたし、あれはあれでよかったんじゃねぇか?
……結局、三沢治紀だけは成仏してなかったけど」
あの映画の話を草間興信所に持ち込んだ張本人である三沢治紀だけは、「自分がやりたいのは役者ではなくお笑いだから」という理由で、一人だけ現世に止まっていた。
「三沢治紀か。そういえば最近見かけないが、もう成仏……は、してないだろうな」
「だろうな」
そんな彼のことを、少し懐かしく思い出しつつ頷いた、ちょうどその時。
「続いては、さすらいの幽霊芸人、三沢治紀さんです!」
メインステージの方から、そんな声が聞こえてきた。
呆気にとられる二人の視界に、ステージ中央に進み出てきた若い男……の、幽霊の姿が飛び込んでくる。
どう見ても、「あの」三沢治紀に間違いなかった。
「いきなりですが、笑うことはとても健康にいいんですよ。
だから、笑いたくなったら我慢しないでドッカンドッカン笑っちゃって下さいね。
私なんかいつも笑ってばかりいるから、ほら、こんなに元気です!」
その言葉に、ステージ前の観客から失笑が漏れる。
「相変わらず、ボケのレベルは今ひとつだな」
北斗はそう言いながら啓斗の方を見て……これまた相変わらず「どこが笑いどころだったのかさっぱりわからない」という顔をしているのに気づいて、がっくりと肩を落とすのだった。
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〜 腹の皮が張ると財布が軽くなる 〜
「参ったな」
そう呟いて、北斗は軽く頭を掻いた。
この学園祭の目玉スポットの一つである「万博エリア」。
そこで売られている珍しい料理をいろいろ食べているうちに、いつの間にか啓斗とはぐれてしまったのである。
この辺りはただでさえ人が多いため、一旦見失うと探し出すのは至難の業である。
北斗はしばらくの間「ルンピア」を食べながら考えていたが、最後の一本を食べ終わるのとほぼ同時に、一つの結論に達した。
「ま、どうせ最後は前衛芸術部に行くんだろうから、そこで合流すりゃいいか」
途中で妙な物を買わされるのはさすがに止められないが、この際そんな建前の方の理由はどうでもいい。
かくして、当面の問題を解決(?)した北斗は、再び食べ歩きに戻った。
「サルテーニャねぇ……なかなかうまそうだな。
お、あっちのチョレジャーナってのもいいねえ」
腹はふくれたが、あっという間に財布が軽くなったことは言うまでもない。
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〜 恐怖! 愛玩用怪生物? 〜
食事を済ませた北斗は、周囲の出店などを冷やかしながら部室棟の方へと向かっていた。
この近辺はキャンパスの中心部からだいぶ離れているせいか、それほど人通りは多くない。
だが、周囲の出店の方は、中心部にあるようなものよりもはるかにぶっ飛んだものが多く、なかなか見ていて飽きなかった。
「『小型霊力発電機内蔵の悪霊探知機』か。よくもまあこんなもの考えつくよな」
北斗がそんなものをいろいろ見ていると、誰かが北斗の肩を叩いた。
「あ、北斗兄さん。こんな所にいたんですね」
振り向いてみると、久良木アゲハ(くらき・あげは)が微笑みを浮かべている。
「アゲハちゃんも来てたのか……って、なんで俺がいること知ってんだ?」
北斗のその疑問に、アゲハから予期せぬ返事が返ってくる。
「ついさっきまで、啓斗兄さんと一緒だったんです。
一休みして、それから部室棟の方に行く、って言ってました」
彼女の言葉が本当なら、啓斗よりも北斗の方が先にいることになる。
「それなら、こうしていればいずれ兄貴と合流できそうだな」
北斗がそう言うと、今度はアゲハがこう質問してきた。
「北斗兄さんも前衛芸術部に行くんですか?」
「ああ。知り合いもいるし、兄貴が妙な物買わないように見てなきゃならねぇしさ」
それを聞いて、アゲハはさらにこう続ける。
「それなら、私も一緒に行っていいですか?」
一体、前衛芸術部に何の用だろう?
北斗は少し悩んだが、特に断る理由も思いつかない。
「別に、構わねぇけど」
やむなくそう答えて、二人はのんびりと周囲の出店を見ながら少しずつ部室棟に向かって足を進めた。
そうして、数分ほど歩いた頃。
近くの出店の中に、ひときわ異彩を放っているものがあった。
テント状になっているため外から中は見えず、そのテントの外側には「ペットショップ」という文字が大書されている。
「面白そうですね。ちょっと見ていきませんか?」
アゲハは興味津々の様子だが、「東郷大学」と「ペットショップ」という言葉の組み合わせから北斗が想像できるものは、どれもろくなものではない。
「なんか、猛烈に嫌な予感がすんだけど」
そう言いながらも、半ばアゲハに押し切られる感じで、北斗は渋々そのテントの中へと足を踏み入れた。
期待は裏切り、予想は裏切らない。
この大学に関わっていればいやでも心に刻まざるを得ないその言葉を、北斗はもう一度確認することになった。
案の定、「ペットショップ」で売られていたものは、世間一般ではペットというより怪生物と呼ばれるようなナマモノばかりだったのである。
「やっぱり……なんでナマモノごく普通に売ってんだよ」
頭を抱える北斗だったが、ここに来るのが初めてのアゲハにはそんなことはわからないらしい。
「変わった生き物がいっぱいいますね」
彼女が興味深そうに怪生物を観察していると、店員の男が営業スマイルを浮かべて歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ。どういったものをお探しでしょうか?」
「特に、あてはないんですけど」
正直に答えるアゲハに、店員は近くのケージに入っていた「ウナギに大量の足をつけたような生き物」を勧めはじめる。
「こちらのムカデウナギなどいかがでしょう?
万一の際には放電することもできるので、番犬代わりにもなりますよ」
「うーん……」
さすがにこれはあまりと言えばあまりだが、それでもアゲハは真剣に考え始めてしまった。
「悩むようなもんかぁ?」
北斗が何気なく口にしたその言葉で、店員の注意が北斗の方に向く。
彼は少しの間北斗の方を見ていたが、やがて奥の方から別のケージを持ってきた。
「そちらの方には……そうですね、こちらなどいかがでしょう」
もちろん北斗にははなから買う気はないが、こう言われては見ないわけにはいかない。
やむなく、北斗はそのケージに目をやって……固まった。
ケージの中には、なんと「あの」羽根つきカエルがいたのである。
「いかがですか?」
笑顔で尋ねる店員に、北斗はきっぱりこう答えた。
「悪いけど、俺はその手のモンにはえらい目にあわされまくってんだよ」
ところが、今度はアゲハがそのカエルに興味を持つ。
「実際に見ると結構かわいいですね。飼うのって大変なんですか?」
「ええっ!? これ飼うの!?」
予期せぬ展開に混乱する北斗。
そんな北斗の方を横目で見ながら、店員は少し困ったようにこう答えた。
「そうですね……この子は結構大きくなっちゃうんですよ。
育つと空飛ぶ大蝦蟇になるということで、そちらの方にお勧めしていたんですが」
これまた、北斗にとっては予期せぬ事態である。
わざわざ空飛ぶ大蝦蟇を勧めるということは、北斗が忍であることを知っているということに他ならない。
「……って! 何で俺の正体知ってんだよっ!!」
ますます混乱しながら北斗がそうツッコむと、店員は少し呆れたような笑みを浮かべた。
「私は義経流忍術研究会に所属していましてね。
ダメですよ、いかなる時でも同業者には気づくくらいでないと」
北斗は何か反論しようとしたが、それよりも先にアゲハが口を開く。
「そこまで大きくなっちゃうと、とても飼えませんね」
それに対する店員の返事は、これまでの出来事よりも、さらに想像を超えたものだった。
「大きくならない種類もいるんですけど、生憎売りきれてしまいまして」
「そんなに売れたのかよっ!!」
街中に羽根つきカエルがあふれかえる光景を思い浮かべて、北斗は大きなため息をついた。
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〜 そして甦る伝説 〜
東郷大学の片隅にある部室棟。
こんな場所にはさすがに出店もなく、訪れる人の姿もない。
北斗とアゲハは、その部室棟の中の一室――「前衛芸術部」と書かれた部屋の前にいた。
「本当に、やめた方がいいと思うんだけど」
最後に、もう一度念を押す北斗。
それでも、アゲハの気持ちが変わることはなかった。
「どうしてですか? 北斗兄さんもいるし平気ですよ」
これは、もはや説得してどうなるものでもない。
北斗は一度首を横に振ると、あらためて前衛芸術部の扉と対峙した。
いつものことだが、この扉を開けるには、非常に勇気がいる。
開けた瞬間、何が飛び出してくるかわかったものではないからだ。
はたして、今回は何が飛び出すか、あるいは何も飛び出してはこないのか。
念のためアゲハを待避させ、扉の前には絶対に立たないようにして、北斗はドアをノックしようとして――異変を感じて、慌てて手を引っ込めた。
それとほぼ同時に、目の前の扉が豪快に吹っ飛び、中から七色に塗り分けられた三つ首の牛が数頭駆けだしてくる。
鳴き声で三和音を奏でつつグラウンドの方へ向かって突っ走っていく牛を、北斗とアゲハはただただ呆然と見送った。
あれだけのものが飛び出してきたにも関わらず、やはりというかなんというか、部室の中はほとんど普段と変わっていなかった。
部屋の中央には和之の姿があり、その隣には彼が作ったと思われるオブジェらしきものが鎮座している。
「相変わらず、わけのわかんねーことになってるな」
北斗がそう声をかけると、和之はにこやかな笑顔を浮かべて振り向いた。
「北斗さんじゃないですか。そちらは……ええと、以前どこかでお会いしましたよね?」
「ええ。お正月に、北斗兄さんの家でお会いしたじゃないですか」
言われてみれば、正月の書き初め会の時に、この二人は顔を合わせている。
だとしたら、アゲハがここに来たがったのは、何か彼に用があったのだろうか?
「そうでしたね。思い出しました。
……確か、久良木……アゲハさん、ですよね?」
「はい。お久しぶりです」
北斗がそんなことを考えている間にも、二人は挨拶を済ませ――それから、アゲハが突然こんな事を言い出した。
「和之さんの作品から、時々羽根の生えたカエルが出てくるって聞いたんですが」
「言われてみれば、時々出てきますね」
もはやその程度のことでは全く驚かないらしく、当たり前のように答える和之。
それはそれでかなり間違っているような気がしたが、北斗がそれ以上に驚いたのは、アゲハの次の言葉だった。
「よろしければ、あまり大きくならないのを一匹譲ってもらえませんか?」
人の趣味をどうこう言うわけではないが、なんだってあんな奇妙な物を欲しがるのだろう?
首をひねる北斗をよそに、和之はあっさりと彼女の頼みを快諾した。
「譲るもなにも、別に私のものというわけでもありませんから。
出てきたらいくらでも連れて帰ってもらって結構ですよ」
その言葉に、アゲハは嬉しそうな表情を浮かべたが、北斗としては、正直そんな状況にはなってほしくない。
そう思いつつ、北斗は本来の目的の方に移った。
「それはそうと、ここにうちの兄貴が来なかったか?」
「来ましたよ。今、桐生さんと一緒に講義棟の方に行っているはずです」
やはり、「ペットショップ」で時間をとっている間に啓斗に抜かれてしまっていたらしい。
「私もちょうどこの作品が完成した所なんです。
これから飾りに行くところですので、よろしければ一緒にどうです?」
和之のその一言で、三人は揃って講義棟へと向かうことになった。
講義棟に展示されている無数の作品。
その中でも、前衛芸術部の作品はすぐにわかるほど個性的だった。
特に、和之の作品は、相変わらず他とは一線を画した奇妙なオーラを放っている。
大きな額縁の中に、なにやらおどろおどろしい模様。
そして、その模様のちょうどど真ん中の辺りから、呆けたような表情を浮かべた、痩せた男の首が突きだしていた。
「……首? こりゃまた悪趣味な……」
北斗がついそう口走ると、和之は不思議そうにこう答えた。
「首? そんなもの飾った覚えありませんよ?」
しかし、北斗の目の前にある「作品」は、どう見ても首にしか見えない。
「いや、だって、ほら、これ……」
北斗が曖昧な返事をしていると、「新作」の設置を終えた和之がこちらを振り向き――彼が制作したはずの「首」を見て、素っ頓狂な声をあげた。
「せ、先生!?」
「なんだってええぇえっ!?」
以前聞いたところによると、和之の師匠は二年ほど前、アトリエで絵を描いている際に謎の失踪を遂げている。
おそらく絵に吸い込まれたのではないか、というのが和之の見立てだったが、もしそうだとすれば、今度は絵の中から飛び出してきたとしても不思議はない――ような気がしないこともない。
「ひょっとしたら、次元の扉が開きかけているのかも知れません!
今から扉をこじ開けるので、少し手伝って下さい!!」
突然そんなことを言われても、何をどう手伝ったらいいのかさっぱりわからない。
「手伝うって、一体どうやるんですか!?」
「私がもう少し扉を開けられるか試してみます!
お二人は、手が出てきたら引っ張って下さいっ!!」
そう言うが早いか、和之は背景の模様になにやらいろいろと書き足し始めた。
その度に、絵の近くの空間が歪み、奇妙な臭いや音、虫のような生き物などが漏れだしてくる。
それでも、和之はいっこうに怯まず描き続け――やがて、男の顔の横あたりから、彼のものと思われる手が突き出してきた。
「今です! 引っ張って!!」
その言葉に押されるように、北斗が右の手を、そしてアゲハが左の手を取って、懸命に引っ張る。
その甲斐あってか、だんだんと男の身体が絵の中から現れ……ワインのコルクのように、突然、一気に抜けた。
そして、それと同時に、栓が抜かれた「次元の扉」から、大量のナマモノが洪水のごとく流れ込んでくる。
「先生! 無事だったんですね!!」
「和之か! お前のおかげでこちら側に帰ってくることができた!」
絵から解放されてすっかり生気を取り戻した男と、再会を喜び合う和之。
それは非常に感動的な光景……であるはずなのだが、現在進行形でナマモノがわき出している状況では、とてもひたってなどいられそうにない。
「って! 感動の再会はいいけど、この状態どうすんだよっ!?」
北斗のツッコミに、男は一言こう言い切った。
「決まっている! 三十六計逃げるに如かずだ!」
「威張って言うなあぁっ!!」
とはいえ、すでに部屋の半分近くがナマモノで埋まった今となっては、どう考えても戦略的撤退以外の策はない。
「さあ! 明日へ向かって大脱出だっ!」
「はい先生っ!」
「お、置いていかないで下さい!!」
元凶のはずの男と和之がまず真っ先に避難を開始し、アゲハが慌ててそれに続く。
ことここに至っては、北斗にできることは一つしかない。
「ああ、もう知らねぇからなっ!!」
そう言い捨てて、北斗も三人の後に続いたのだった。
追いすがるナマモノの群れをどうにか振り切り、講義棟の外に飛び出して、入り口の扉を閉める。
彼らが扉をこじ開けて――もしくは、突き破ってこないことを確認して、北斗は安堵の息をついた。
「なんとか、脱出できたな……」
その言葉に、和之と男が何度も頷く。
「本当に、一時はどうなることかと思いましたよ」
「全くだ。この辺りは相変わらず危険がいっぱいだな」
このあまりにも無責任な発言に、北斗はたまらず全力でツッコミを入れた。
「それもこれも全部アンタらのせいだろうがっ!」
と。
「あのー」
先ほどまで黙っていたアゲハが、申し訳なさそうに口を開いた。
よく見ると、例の羽根つきカエルを一匹抱えている。
「なんでつかまえてんだよ……」
げんなりする北斗をよそに、アゲハは和之たちにこう尋ねた。
「この子、大きくなっちゃう方でしょうか?」
その答えようのなさそうな問いに、男がいきなり即答する。
「いや、これはこれ以上大きくならないはずだ」
「本当ですか? よかった」
嬉しそうに笑うアゲハに、満足そうに頷く男と和之。
そんな三人の姿に、北斗はもう一度大きなため息をついたのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
3806 / 久良木・アゲハ / 女性 / 16 / 高校生
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■ ライター通信 ■
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撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
・このノベルの構成について
今回のノベルは、基本的に五つのパートで構成されています。
今回は全てのパートについて複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(守崎北斗様)
今回はご参加ありがとうございました。
今回も例によって例のごとく、北斗さんにはツッコミ役として孤軍奮闘して頂きましたが、いかがでしたでしょうか?
以前のゲームノベルでほんの少しだけ触れていた「お師匠様」は……まあ、あんな感じということで。
ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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