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■猫捕一幕■
「猫が逃げた？」
おたおたと普段通りの慌てぶりで駆けて来た三下忠雄から話を聞いた草間武彦の第一声。
面倒なネタをと思いながら聞けば、別の競技に使うべく呼び集めておいた猫が脱走したと言う。その数なんと三十きっかり。よくもそれだけ集めたものだと感心したいが、とりあえずは対処すべきだろう。考えて草間は離れた場所で煙管を吹かしていた碧摩蓮を指し示した。
「実行委員長に話して指示仰げ。な？」
だって草間は審判であってそのあたりの指示をする仕事まで引き受けてやしないのだから。
秋晴れの空の下、狭苦しく雑然とした事務所の中での一服を求めて嘆息した。
三下がおろおろしながら蓮の許へ走っていくのを見送ると、何やら「色分け」だの「場内には」だの言っていてなんとなし眉を顰める。妙な予感があったからだが、さてそれは見事に当たり蓮がいまだおたおたおろおろと挙動不審な三下を引き連れて草間の許へ来て一言。
「競技追加だよ」
ぴんぽんぱーん。
お馴染みの音がして響カスミの声が競技場内に。
『猫捕り競争を追加します。参加希望者は審判・草間さんまで集合して下さい』
「……猫捕り？」
「ああ。使う予定だった競技の関係で色分けした首輪をしてるのさ。でかいリボンまでそこにつけてるらしいから見分けは簡単だろう」
「そりゃまた……猫も迷惑だな」
「まあそう言わず、記録の方もプログラム追加したからあんたも判定頼んだよ」
婀娜っぽく笑んで去る背中を白々と眺めて草間はこっそり肩を竦めた。
また何でもかんでも競技にするものだ、と。
その傍ら、残された三下はやはり途方に暮れている。
** *** *
しょぼくれた三下を横に置いて草間が状況説明をして開始の合図を出すやいなや、参加者達はそれぞれに動き出した。
鰹節、だとか。エサ、だとか。猫じゃらし、だとか。
遠ざかるそれぞれの呟きを聞く草間と三下の感想は同じである。
「考える事は皆同じか」
「ですねぇ〜」
一人だけ、不憫な、とかなんとか言っていたのが引っ掛かるがあえて意識しない二人だったり。
＜売店周辺＞
「まぁ、自分のチーム関係なしに、二匹以上は保護できれば良いかなー。それ以上の数だったから嬉しいけど」
でも参加者は私だけじゃないし、と言いながら崎咲里美のやる気はバッチリだ。
軽快な足取りでまず向かったのは売店で、到着するなり店の女性に元気良く一声。
「すいませーん！タコヤキ鰹節大盛で下さいな」
「鰹節……？ああ、猫捕競争ね」
放送はちゃんと場内に満遍なく響いたらしい。
怪訝そうにしたのは一瞬で、手際よく皿に入れていくと最後にタコヤキ本体を埋め尽くし皿に山となって溢れ返る程の鰹節をふりかけてくれた。お好み焼きでもここまで山盛りにはするまい。
「ありがとう。じゃあ後はこれを冷まして、と」
でも美味しそうだなぁ、とうっかり自分の胃袋に納めそうな気持ちでそれを受け取った里美だがくるりと振り返ったところで危うく踏みかけた柔らかな影、影、影。それぞれがしなやかなシルエットに巨大なリボンをつけてじっと里美を見上げている。
「うわぁ……いち、にぃ、さん、しぃ、ご……」
駆けて来た時には隠れていたのだろうか。
色とりどりのリボンを揺らしつつ見上げる猫達が五匹。
その五対の瞳に何やら動けず、しばし沈黙。鼻をひくつかせる一匹にようやく手元のタコヤキをちょっと動かして笑いかけた。
人も獣も問わない見事な和み系のほほん笑顔である。
「タコヤキ、じゃなくてタコヤキでもいいけど鰹節……食べる？」
笑顔が決め手か、鰹節が決め手か。
ともかく売店前でぐるりと足元を猫達に囲まれつつ里美は五色五匹を手懐けた。
ふわふわと熱で踊る鰹節を早速摘んで分け与えつつにっこりと。
「高望みはしない方が願いは叶うってものよ♪」
＜スタンドへの屋外通路＞
「あ」
「あら」
ケージに猫を入れて、時折鰹節をぱらぱらと開けたケージの上側から落としつつ屋外通路に出た里美はシュライン・エマと遭遇した。
お互いに声を上げて、お互いに提げたケージを見て。
ふと相手の視線が里美の片手を占拠するタコヤキに止まっているのに気付くと少しだけ掲げてみせる。
「餌にしようと思って」
タコヤキ本体ではなく、主に鰹節を。タコヤキは実は一つ二つ、既に里美の餌になったり……要は摘み食いな訳だ。
そこまでは気付いているのか解らないが、なるほど、とシュラインが頷いた。
「崎咲さんもこの辺りに居ると思う？」
「うーん、外に出るのもあるかな、と思って」
二人歩き出すと同じ方向で、ついつい会話を交わしながらになるがそれぞれに視線は周囲に小動物の影が無いか、大きなリボンが無いか、休まず巡る。
とはいえ仲良く歩いている辺りからすれば競争である事を半ば失念しそうなのではなかろうか。
「シュラインさんは猫じゃらしですか」
「ええ。凄く元気なコが一匹居たのよ」
「へえー。私は振り返ったら囲まれててびっくりしました！」
「想像すると凄いわね」
「ですよねー」
会話を楽しみながら結局屋外通路を一周する形になってしまった。
けれど里美の５．０の視力をもってしても猫は一匹も見つからず。
「これはやっぱり、居なかったかというよりは先に見つけられたかしらね」
「あ、天慶さんですね」
「ええ」
成程。後に回るとこうなるわけだ。
シュラインの言葉に得心し、笑顔のまま進路を分けた。
＜競技場出入口近く＞
競技場と外とを区切る柵近くまで回って歩くも猫なぞ一匹たりとも見当たらず。
いや一度だけ見かけたのだけれどそれは柵の向こうの野良猫で。
貫禄のあるその猫に鰹節をちょっとあげて里美の捜索は終わりだ。
「うーん。やっぱりこれは天慶さんに保護されちゃったかな？」
ぱく、とタコヤキを一つ口の中に放り込みつつ呟くが、実は更に前にシュラインが保護したという事は知る由も無く。
里美が屋外通路でシュラインと別れた後、出入口近くに居るかもと目星を付けて来た時に見かけた律の後姿を思い出す。金髪の隣で揺れる青いリボンとその下の猫尻尾……肩に青いリボンの猫を乗せてちょっと可愛かった。瞬間自分もやりたいと思いもしたけれど、見下ろしたケージの猫は成猫ばかりでちょっと……重そう、という理由でもって断念した次第である。
思い出してほんわりしながら鰹節を猫達に差し出す里美。
次の捜索場所を思案して、何気なく見上げた競技場の外周は高くて観客席もさぞや広い範囲を。
そうだ、と瞬いて小声で呟く。あれだけ広ければ一匹二匹は居るだろう。天気も良いから日向ぼっこなりで尚の事。よし。
「スタンド一周してみようかな」
そろそろ熱々ではなくなってきたタコヤキをもう一つ。
美味しい美味しいと頬張りながら再び里美は競技場へと足を向けた。
＜スタンド一周東西南北＞
むぐむぐと合間合間に頬張るタコヤキは残り少ない。
しかし美味しい物は美味しいのであるからして、里美は有り難く頂いている。
「居ないね」
鰹節をケージ内の猫達にぱらぱらと落としながらもう一度周囲を見るも、やはり猫の影も形もリボンの端っこさえも無い。里美の医師保証付な５．０の視力をもってしてもだ。
「あら？」
しかし代わりに見つけた人影一つ。
ちょうど里美の右手方向のスタンドに見えるは黒髪の男。あちらは北側で、そして居るのは加藤忍、と言っただろうか。おっとり話す割には動作が機敏な人物だった。
猫を捕まえてるのね、と判断したのは丁度彼が何かを掴む仕草をしたからだけれども、哀しいかな、里美の位置からは優れた視力があっても忍の行動は把握出来なかった。彼が本当に猫を捕まえているかどうかなぞ解る筈もなく、今度は左手方向の南スタンドから視線を感じた。タコヤキ片手にくるりと振り返れば金髪の若人一人。天慶律である。なんとなく手を振るのに腕を上げて返されて少し嬉しくなりながら一度スタンドを出た。
ふと見遣った北側のスタンドからはもう黒髪の男の姿は無く。
素早いわねと思いつつ自分も気持ち小走りに屋内へ。
「うーん、南北は人が居たし、西？」
ケージの中から相槌のように猫が小さく声を上げる。
それに鰹節で返しながら通路を通って出たのはちょうど先程の正面。西側のスタンド。
「うーん……居ないなぁ」
「やっぱ先にやられたかな」
再び屋外に出た所で見渡して洩らした声に重なる呟き。
タコヤキを頬張りながらそちらを見れば律も西側に来ていたらしい。
にっこりと笑顔を浮かべるのと同時、あちらは軽く頭を下げる。
「居た？」
「一応南の方には居たけどさ」
猫、と訊ねれば律は軽く肩を揺らして頭を振った。
青いリボンの猫が肩に乗っているのだけれど、これが巧くバランスを取っていてやっぱり少しやってみたい。
ともかく西側にも居ない、と互いに確認してそれぞれが再び周囲を見る。
「もう少し居そうだよねぇ。でも私のこの視力をもってしてもスタンドに見当たらないのよ」
「視力いくつ？」
「５．０」
「マジか！」
医者に証明書まで出して貰った程にマジである。
話す間に律が金髪の下に表情を隠して考え込む様子を見せたので、里美は里美で時間を確認して頷いた。まだまだ時間はある。大丈夫。
「もう少し探してみるかな私は」
「俺も、一回りくらいはしとくか」
「そうね。頑張りましょー♪」
「お、おー」
タコヤキをまた頬張りながら言うのに律が応えるので、どこまでものほほんとした和み笑顔で掛け声一つ。
ケージの中から唱和するように猫の声。
にゃあ。
** *** *
律が連れてきたリボン無しの猫に、審判役の草間武彦は深い溜息を一つ落とした。
「スタンドだな？」
「ああ。そっちとも行き会ったけど、居なかったってさ」
「はい。私が行った時には猫は一匹も居なかったんですよね」
「居ると思ったんだけどなぁ」
「私も！でも居なかったのよね」
肩から下りない猫に指先で構いつつ言う律と、同じように声を上げる里美。
二人が話す前では、蓮のお達しによりリボン付きの確実に所属が解る猫のみで判定とされて三下がそれぞれのケージをチェックしているのを気の毒そうに見る草間。その視線を追ってシュラインは彼の不幸を予測した。いや三下の不幸は共通の認識とも言えるのだけれど。
「ええっと……シュラインさんが青と黒が一匹ずつの白と黄色二匹ずつ、てことは四ポイント……で、崎咲さんが各色一匹ずつの五匹、三ポイント……天慶さんが……青二匹の赤二匹の黄色と黒と白が一匹ずつ。えっとそれじゃあ天慶さんは四ポイントの〇，五ポイント」
「済んだか三下？」
「た、多分これで……あと一人、居ませんでしたか？」
ポイントを確かめていた三下が眼鏡の位置を直しながら問うのに草間が返したのはただ激励の笑顔だけ。
ぽん、と肩に置かれたのは律の手だった。
正面には和みの極みともいえる里美ののほほん笑顔。
傍らでシュラインが困ったように笑っている。
「……あ、あの皆さん……？」
この頃にはそれぞれが言葉を交わし、草間が遠目に見た忍の行動、里美や律がスタンドに行った時の状況などからなんとなく最後の一人であるところの加藤忍の行動が推測出来ていた訳で。ちなみに草間がシュラインに審判の職務について軽くお説教を食らう一幕も三下が猫チェックする間にあったりしたが、まあそれは今は関係無いだろう。
予感があったのか、日頃からの習性なのか本能なのか、訝しげにかつ不安げに一同を見る三下忠雄。
「三下くん」
「は、はいぃ……？」
「猫がね、リボンや首輪外されて居ないの」
「俺が捕まえた三匹は正解として抜いてもあと九匹だな」
「私たちがスタンドに行った時にはもう外されてたみたいだから」
「俺もまあ見たしなぁ」
草間が締めくくる。
彼が見たのは無論、スタンドでリボンを外す忍の後姿。
既に続く言葉の予想はついているだろうけれど、あるいは、という非常に低確率の奇跡に縋って三下は言葉を待つ。しかしそれは当然叶う筈もなく予想通りの宣告が審判・草間武彦から。
「残り九匹。本競技までに捕獲頼むな」
「うぇえええええええっ！？」
半泣きで、それでも素直に猫を探すべく駆け出す三下忠雄。
最終的にはリボンを外した張本人・加藤忍が見るに見かねて声をかけるまで彼は見つける事さえ出来なかった。
そんな三下の哀しい背中をしばし無言で見送る一同。
長い長い沈黙の後に草間が振り返り、何事も無かったように三下集計のポイントメモを見る。
「――さ、一応順位言うぞ」
ケージから、律の肩から猫が応えて鳴いた。
にゃあ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業 ／ 組 ／ 順位】
【００８６／シュライン・エマ／女性／２６／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員／白／２位】
【１３８０／天慶律／男性／１８／天慶家当主護衛役／青／１位】
【２８３６／崎咲里美／女性／１９／敏腕新聞記者／白／３位】
【５７４５／加藤忍／男性／２５／泥棒／黄／順位外】
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■ 獲得点数 ■
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青組：３０点／赤組：―／黄組：―／白組：３０点／黒組：―
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■ ライター通信 ■
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・はじめまして、こんにちは。ライター珠洲です。
猫捜索お疲れ様でした。力押しで追い回して捕まえるというプレイングが無くて猫好きライター一安心しつつ書かせて頂きました次第です。
・移動順路を確認しやすいように、だいたいの場所を区切って書いてあります。普段とは違う書き方ですけど如何でしょうか、とどきどきしつつ。オチは三下氏となってしまいましたが、おそらく皆様結局手伝って捜索して下さいそうな気がしないでもなく。口調や台詞にも問題が無いといいなと思いつつ。
・崎咲里美様
折角の視力５．０とのほほんスマイルが微妙に活かせず多少口惜しかったり。
タコヤキを食べちゃうかも〜というプレイングに思わず食べ尽くしてエサが無い！と慌てる展開を考えてしまいました。結局そこまでいきませんでしたけれど、猫に鰹節あげながら自分もタコヤキ食べる場面はなんだかとても可愛らしいですね。笑顔だけでなく行動でまでライターは和みました。
ご参加頂きありがとうございました。
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