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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ほたる


「だからね、そのキャンプ場には不思議な蛍が出るって話なのよ」
「シーズンはとっくに過ぎてるってのに、夜な夜な川辺に蛍が舞うってんだ。これを調べずして、何を調べる草間興信所!」
「……待てよ、お前ら。その背後の荷物はなんだ」
 わざとらしく――いや、わざとらしくしないと逆にいたたまれないようで――盛大な溜息をつき、草間・武彦は騒がしい二人の招かれざる客の背後を指差した。
「え? これ? これは勿論、捜査のための道具よね」
「そうそう♪ 深い事はきにしない」
 冬の香りが密かに忍び寄る頃、運動会の騒がしさと匹敵する勢いで興信所に訪れた二人連れ、それは天城・鉄太と火月の両名。
 どうやらこの二人、夏の暑い盛りに、武彦の被害――間接的ではあるが――に遭ったらしい。
「……どこが深い事かよ、根本的なことだろ。調査がメインか、キャンプがメインか」
 多少の申し訳なさも手伝って、彼らをキャンプに招待することを密かに約束した武彦だったが、こうもあからさまに強請られると、どうにもげんなりする気分が先に来るらしい。
「えー、そんなの勿論調査に決まってるじゃない。キャンプじゃないわよ」
「川辺にふわふわ人魂みたいな光が飛ぶんだぞ、見たい――もとい、原因を明らかにしたいに決まってるじゃないか♪」
 鉄太が背負った大きなリュックの中で、飯盒らしき物体がぶつかりあう金属音が響く。
「おやつは500円までだからなっ!」
「そんな! それっぽっちじゃ今どき小学生だって納得しないわよ!」
「先生、バナナはおやつに入るんですか?」

 ――事態は混迷を極めていた(どこが)。

「人魂みたいってことは、蛍の光より大きいって事よね?」
「そうだろうな――と、顔は真剣なわりにその行動はなんだ?」
「あら? 何のことかしら?」
 武彦の視線の先、シュライン・エマの手でしっかりと握られていたのは――ダッチオーブン。アウトドアのお供に最適な魔法の調理器具。
「川辺だって言うんだったら、水面に何かが反射してるとかリン光とか……とにかく、霊以外が原因ってことも充分に考えられるわけよね」
「だから、言動と裏腹な行動はなんなんだって」
 顔は至極真面目に火月たちの持ってきた難題(?)に考えを裂いてる風でありながら、今シュラインが手にしているのは防水加工のされた懐中電灯。青い瞳はさらに次なる得物、防寒用の毛布を捜し求めていた。
「あぁ、でも。たまには純粋に自然の中でコーヒーってのもいいわね」
「……つかだな。どっちかっていうとそっちがメインになってると思うぞ、お前のその行動は」
 ぽいぽいぽいっと次から次へと現れ出でて――興信所の中にいつの間にそんな物が置かれていたのは分からないものまで――巨大なリュックサックの中に詰め込まれていく。
「あら。どうせ調査に行くんだったら楽しいに越したことはないじゃない」
 ふふふ、と鼻歌交じりに微笑むシュラインに、武彦はがっくりと肩を落として短い溜息をついた。
 間違いない。あの重そうな荷物は自分が持たされることになるのだ――そう確信して。


◎まずは準備だ、働け働け←人間限定

「全員そろってるかー? 点呼とるぞー」
 水のせせらぎが鼓膜を微かに揺さぶり、赤や黄色に染まった木々の葉が目を楽しませる。肌を刺す空気は僅かに冷たい――「肌を刺す」という表現にはいま少しばかり温もりを含んでいるが。
「って、言ってる端からそっち行ってんじゃねぇっ! ちった人の言うこと聞きやがれ」
 のっけからキレかけている武彦の肩を、点呼ナンバー1(多分)シュライン・エマが軽く叩いて慰める。
「草間さんもそうカリカリされないで。ほら、こういう場所って男の方は大好きですもの」
 ふんわり笑顔で点呼ナンバー3(あまり深い意味はない)の七瀬・雪が、移動に使用したファミリータイプのワゴン車から、大きなリュックサックを引っ張り出そうと格闘中。しかし、その挑戦は途中で断念されることになる――何せ、重すぎたから。
「鉄太さーん、ほらほらどんぐり! あ、こっちにはキノコ! マツタケどっかに生えてないかな?」
 秋の日差しに金の髪を躍らせるのは点呼ナンバー2(だから意味はない)の桐生・暁。その傍らにはお供のあっしー――もとい、鉄太がいつの間に準備したのか半透明のビニール袋を手に駆けずり回っていた。
「キャンプって季節でもないから、人はいないと思ってたんだけど……けっこう賑わってるのね」
「例のホタル騒ぎを聞きつけた人が来てるみたいよ――って、私たちも人の事は言えないけどね」
「それはそうね――って、武彦さん。あんまり乱暴に扱わないでね」
 先ほどまで雪が四苦八苦していたリュックを担ぎ上げるハメになった武彦に、シュラインが鋭い指示を飛ばす。それもそのはず、リュックの中身は彼女の指示により詰めこまれたキャンプ必須アイテムなのだから。
 その様子を眺めていた――手伝う気は一切ないらしい――火月が、頬を弛ませ目を細めて手を伸ばす――勿論、武彦にではなく雪に。
「ほらほら、七瀬さんもこっちいらっしゃいな。荷物運びは男性の仕事と相場が決まってるのよ」
「そうですか? えーっと……それじゃ、これも一緒にお願いしても宜しいでしょうか?」
「あーもーどーでもいーぞ、この際だ!」
 武彦、自棄である。
 チラっと視線を馳せると、暁と鉄太が木の実拾いに没頭するフリしながら、此方の様子を気にかけているのが分かった――つまり、体よく逃げたらしい。
 人間なにごとも「間合い」とそれを「読む」能力が必要だ。
「草間さん、僕手伝いますよ」
 しかし、神は尊い犠牲をむざむざ見捨てることはなかった――なんだか、段々表現が大袈裟になって来ているような気がするが。そこはそれ、草間さんの心境だと思ってもらえれば、ほら納得。
 武彦に差し伸べられた救いの手の主は、点呼ナンバー4(だから本当に意味はない)の榊・遠夜。
 だが。
 世の中はそんなに甘くはないかもしれない。
 というか、甘くなかった(断定)。
「………なんだ、そりゃ?」
 担いだリュックの重さが一気に倍増したような気がした。
「え? バナナは主食だって聞いたから」
 真顔。
 嘘偽りなく、心の底から、しかも本気で――決して誰かを担ごうとかしているわけではなく――彼がそう言っていることを悟り、武彦の腰ががくりと砕ける。
「え? 草間さん、大丈夫ですか?」
「ちょっと武彦さん!?」
「いや……なんでもない。あぁ、そうだ。なんでもないんだ」
 このメンバーで真っ当なキャンプになることを希望した俺が間違いだったんだ。そう口の中だけで小さく呟きながら、よろよろと武彦は立ち上がった――ちなみに、腰が砕けたり、よろよろしているのは彼の年齢のせいではない。きっと。
「あら、美味しそうなバナナですわね」
「やっぱり、これくらいあった方がいいかなって」
 訥々と感情の起伏が読み取れない口調で、遠夜が両手に抱えるようにして持っていたソレ――つまりはバナナ。しかもかなり大きい。さらに言うなら一房、なんて可愛い数量じゃなくって、おおよそその5倍――を雪の目にもよく見えるように腕を少しずらす。
 ちなみに。遠夜だって最初は「飯盒、上手く使えるかな?」という心配をしていたのだ。それがどこで「バナナは主食」に摩り替わったかは、彼にいつも付き従っている式神の響さえ全くの謎である。
 ついでに言うなら、いつのまにこれだけの量を買い込んできたかも疑問だが、そこはそれ、つっこんではいけない。世の中には「ご都合主義」というありがたい言葉があるのだから。
 かくして、キャンプ場へは無事到着。
 しんみりほのぼの始るはずが、途中でテンション変わってきたのは、きっとバナナの皮が目の前に転がっていたせい。


「でー、結局こーなるわけなんだよねー」
 かっつんかっつん、適当に硬くて適当に柔らかい土に杭を打ち込む音が響く。
 これをしっかりしておかないと、夜中にテントがどさっと崩れることだってあるから、そりゃもう気合いっぱいやらなきゃいかんだろう。
「そうだよなー。あのまま逃げられるなんてこと、ないよなー」
 がっつんがっつん――自棄2号。
「ほらほら、鉄太くん。今度は杭が深く食い込みすぎよ」
「はーーーい」
「鉄太さん、がんばれー」
「おー」
 駐車場から徒歩5分――勿論、荷物運びは武彦の作業。往復3回――テントを張るのに適したポイントを見つけた一行は、今度は今宵の寝床作りを開始していた。
 今度の犠牲者は鉄太。
 共に逃亡したはずの暁も捕獲され、現在進行形で鉄太の応援に奮起している――勿論、応援だけに。
「鉄太さん、それが終わったらこっちの方もお願いしますわね」
 武彦が息を上げながら運んできたリュックサックの中からは、まるで魔法のように次から次へと色々なものが出現。
 その中でもかなりな場所を占めていたダッチオーブンを眺めつつ、ふわりふわりと笑むのは雪。どうやら次の作業は竈造りで確定のようだ。
「なー……最近のキャンプ場ってこーゆー施設が一通り揃ってるもんじゃないのか?」
 呟いたのは武彦。そんな彼の現在は、たくさんの荷物の中から目下必要な道具を探し出すこと。なんとなく、普段ちらかしたい放題にしている興信所を、シュラインが片付ける気分を学習中と言った風情。
「ふっふっふ、甘いわね。それじゃ日頃怠けているお父さんたちの活躍を子供達に見せられないじゃない。だから私は敢えてこのキャンプ場にしたのよっ!」
 高笑うは当然の事だが火月。
 誰がお父さんで、誰が子供なのかは、これもまた深く考えてはいけないところ。
 ともかく、こうして準備は進んでいく。
「……バナナを飯盒で炊いたらどうなるかな? あ……それともバナナご飯?」
 主の小さな問いかけに、響は首を傾げた。


●ちょっと真面目に調査しましょ

「ってことは、噂は最近になってから、なのね」
 何度もこのキャンプ場に足を運んでいるという一家への聞き込みを終えたシュラインは、横に立つ武彦を見上げた。
「何か悪さをしてる風ではなし、現れる時間は不定期で時には昼間に出ることもある」
 話を聞きながら書き取ったメモを音読し、武彦もシュラインを見返して肩をすくめる。
「今すぐどうこうしなきゃいけないとか、そーゆー危険の雰囲気はないな」
「そうね。あとは実際に見てみないと何とも判断できないってトコかしら。無事に遭遇できたら、の話だけど」
 秋の陽が暮れるのは早い。
 夕方5時を過ぎれば辺り一帯は、森の中ということもあって真っ暗。
 しばし料理番を日中遊び倒した面々に任せたシュライン、雪、武彦――そして火月は、問題の「ほたる」が出るという川辺に向って山肌を下っていた。
 周りには同じ目的らしい人々が、それぞれに小さな灯りを持って進んでいく。
「なんか、この光自体がある種のほたるみたいよね」
 キャンプ場の光は既に遠い。目を細めるとぽつぽつと流れるように動く人工の明りが、木々の合間を縫うように見え隠れ。
「確かにな。少し距離をおけばもっと幻想的な雰囲気になるんだろうな」
 シュラインの例えに、武彦も軽く頷く。日頃であれば少々照れが伴うだろう言葉も、今日はすんなりと口をつく。
 いつになくリラックス――常にリラックスしているのでは、というツッコミはしてはいけない――している様子の武彦に、シュラインの頬に刻まれた笑みが深くなる。
 巨大な人口密集地、東京。
 人が集う分だけ闇が増え、その闇の分だけ不思議も増える。それは草間興信所にとっては仕事が増えるということ――このご時世、ありがたいことだとも言えなくはないが。けれどそれは確実に主である武彦が、積み重なっていく疲労を癒す暇がないということで。
「お二人とも、早く早く!」
 唐突な呼びかけに、思考が中断された。
 二人より随分先を歩いていた雪が、こちら側に向って大きく手を振っている。
 そっと絡めようとしていた互いの指先を気不味気に引き寄せた武彦とシュラインは、一瞬の硬直の後、破顔した。
「出た、かな?」
「出た、わね。流石は怪奇探偵殿だわ」
「何とでも言っとけ。こーゆーのは目撃しないと始まらないんだ」
 雪の声に反応したのは彼らだけではなかったようだ。ざわめきと共に足を速めた人々の流れに乗って、武彦とシュラインも走り出す。
 胸にあるのは「調査」の二文字ではなく、純粋な「興味」の二文字。怪奇探偵にも、こんな休日があってもいいのかもしれない。


「悪さをする子じゃ、ないみたいですわね」
 人々の目が川面に宿った薄紫色の光に集中するのをいいことに、こっそりと元の姿に戻って魔法を使った雪が、甘く溶けるような笑顔を見せた。
 彼女の柔らかな茶色だった髪は金色に染まり、そしてその背には純白の翼が遠慮がちに広がっている。
 普通でない人々を見慣れている武彦たちにとっても、その姿は感嘆の溜息をつかされるのには充分なものだった。
「特に意図的な魔法とか、第三者の介入を感じるわけでもないですし。悪意なんてもってもっての他、どちらかというと……そう、楽しそうな波動を感じますわ」
 音もなく翼が消え、髪の色も元の――彼女にとっての「元」がどちらかは定かではないが――色に戻った雪は、火月に向って手を差し出した。
 受け渡されるのは、雪が予め準備してきていたヴァイオリン。魔法を使う間だけ、火月に預けておいたのだ。
「これだけ楽しそうなんですもの、きっとこうすればもっと喜んでくださいますわ」
 すっと慣れた仕草で構え、弓を軽く引く。
 途端、不可思議な光景にざわついていた気配が、凛と引き締まる。
 刹那の緊張感、そのあと訪れたのは、なんとも言えない愉快な雰囲気。曲自体は雪のオリジナルなのか、この場に居合わせた誰も知らないものであった――けれど、思わずステップを踏みたくなるような軽やかな気配は、誰の胸にも違和感なく浸透していく。
 もしも迷える魂だったのならば、遥か高みの世界へ見送る手伝いをしようと考えていた雪だったが、その必要性がないのは既に分かっていた。
 だから、この曲を選んだのだ――純粋に楽しい気持ちを満喫したくて。
 誰のものかは分からない――少し覚えがあるような気がしないでもないのだが。ここにあるのは、誰かの夢の欠片。居心地のよいこの場所に、なんとなく集まっているような、そんなところだろうか。
 雪の奏でる音楽にあわせ、水の上に揺れる光がふわふわと踊るように左右する。
 時に大きく、時に小さく。
 明らかに「リズム」を理解したその動きに、人々の瞳は否応無しに釘付けになった。
 目にしているのは、偶然が生み出した奇跡にも似た光景なのだから。
「……確かに、綺麗よね」
「あぁ……確かに」
 しかし、ある種の興奮状態にある人々からは一線を隔した人物がちらほら、と。
 雪の奏でるヴァイオリンのメロディの心地よさに身を浸しながら、それでも頭のてっぺんまでどっぷりと浸かれない理由――それは問題の「ほたる」の「光」。
 波のない緩やかな川面の上すれすれを、無数に瞬き踊るその色は先述の通り淡い紫。深く考えなくとも、武彦やシュラインにとっては旧知の誰かを彷彿せずにはいられないソレ。
「そういえば火月さん、旦那さんはそれからどんな調子かしら?」
 名前を呼ぶのは何故だか憚られて――いや、意図的に避けなければならない気分になったからなのだが――シュラインは並んで立つ火月に問いかけながら、表情をさり気なく盗み見る。
「元気なものよ、相変わらず寝たまんまだけど」
 寝たままなのに「元気」とはこれ如何に?
 けれどその言葉だけで、「彼」の現状は推察可能。おまけに少し弾んだ火月の語尾と、悪戯っ子のような笑顔が何よりの証拠。
「……武彦さん」
「………それ以上は言わなくていいぞ。うん、この夢のような光景は夢のままであってくれた方が断然ありがたい」
 既に何かを悟った武彦が、どこか遠い眼差しでシュラインの言葉を遮る。
「火月さんは分かってて私たちをこの場所に連れてきたのかしら?」
「さぁなぁ……まぁ、偶然ってことはないだろうよ。アイツに限って」
 この場所に季節外れの「ほたる」が出現したのはつい最近のこと。
 その「つい最近」にあったことといえば、何処かの誰かが還ってきたこと――いや、これ以上の詮索は無用だろうか。
「ほらほら、そこのお二人さん。何をこそこそ話してるのかしら? せっかく綺麗なんだから堪能しなきゃ」
 水辺に近寄った火月が、武彦とシュラインの二人に手招きをする。
 雪のヴァイオリンが一際美しい旋律を奏で上げた時、不可思議なほたるの光の中に誰かの飄々とした笑顔が被った気がした。


◎そしてその夜は更けていく。

「で、結局そういうオチだったと」
「確証はないけどね。でも多分間違いないと思うわ」
「くっはー、傍迷惑で面白い人! そんな人が火月さんの旦那だなんて、世の中間違ってるような、どんぴしゃのようなっ!」
「……ちょっとお待ちなさい、そこの青少年」
 キャンプか、それとも調査か。
 どっちが主体なのか分からない事件(?)らしく、事の次第は案外どころかかなりあっさり解決――というか、理由が判明した。
 謎の光の正体は、どっかの困った誰かさんが寝ている間に零れ落ちた夢の欠片。
 そう結論付けたシュラインは、ホタル騒ぎに呼び寄せられて川原にやってきた暁や遠夜に事の次第を説明した。
 ちなみに、彼らの夕飯その他もろもろは、ただいま遠夜の式神の響がしっかりと番をしている――任された本人(?)の心境は定かではないけれど。
「わー、ごめんなさいっ、俺は決して悪気はあったわけじゃないのっ」
「悪気がないなら、余計に性質が悪いわっ」
 川面では今なおゆらゆらと薄紫色の光が揺らめいている。勿論、雪が奏でるヴァイオリンも夜の森林に心地よく響き渡っていた。
 原因が原因でなければ、まさに究極の癒しの一時。不穏な発言ゆえに、火月に水の中に沈められかかっている暁は除くとして。
「ねぇ、せっかくだから写真でも撮らない?」
 美しい光景に見入っていた武彦――どうやらどこかの誰かさんの存在に関しては目を瞑る事にしたらしい――の腕を引いてシュラインが提案する。
 カメラにおさまる光景なのかは分からないが、無事に写ってくれれば良い語り草になるだろう。写らなかったとしても、このメンバーでキャンプにやってきたという記念になる。
「あー、賛成! 鉄太さん、そーゆーわけで、これよろしくー」
「それじゃ……七瀬さんにも声かけないと」
 どうやらシュラインと同じ事を考えていたらしい暁が、ポケットの中から取り出した使い捨てカメラをほいっと鉄太にむかって放り投げ、それが描く弧を潜りながら遠夜が雪の元へ向った。
 もちろん、カメラの行く先を見失いかけた鉄太が水に塗れたのはいうまでもない――それでもカメラだけは死守したのは誉めるに値することだろう。
「……アイツがいて、俺は非常に救われたのかも」
 鉄太がいなければ、おそらくずぶ濡れにされていたのは自分だったのだろうな、なんてことを考えながら武彦がぼそりと呟く。
「たまにはお休みが必要ってことでしょ。スケープゴートは必要だったみたいだけど」
「犠牲が必要って……なんかの儀式かよ、俺の休みは」
 否定しないシュライン――そう、人間には役どころというものがあるのだ、良くも悪くも。
 ちなみに本日の役どころ→ボケ担当=遠夜は、というと。
 雪が転ばぬように手を貸しながら、火から下ろしてきた飯盒の中にバナナを入れ忘れたことを思い出していた――かもしれない。


「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした」
 シュラインお手製の焼バナナ添えクリームブリュレをご満悦気味に2個完食した遠夜は、きちんと両手を合わせて「ごちそうさま」のご挨拶。
 写真を撮り終えてからの夕餉は華やかなものだった。
 ダッチオーブンを持ち込んだだけあって、ローストビーフに、昼間獲った魚の燻製、チキンカレーに旬の野菜を煮込んだスープ、さらには雪が準備してきていた彼女のお手製のお菓子、etc.………。
 それらを実に美味そうに食しながら、武彦が「重いはずだ」と呟いたのは言うまでもなく、シュラインがそれを当然のごとく黙殺したのも至極当然の成り行き。男とは酷使される生き物なのだ、こういう場合。勿論、そのおかげでこの夕食があると思えば不平不満はあるまい――きっと。
「あっち、混ざらないの?」
「そうですね……なんとなく、見てる方が楽しいかな、と」
 シュラインが視線を馳せた先、そこには大きく開けた広場。このキャンプ場利用者全員に解放されている空間で、現在はキャンプファイヤー真っ最中である。
 親子連れに、どこかの大学のサークル風情の面々、それ以外にも大勢の人々が集い歓声をあげている――その輪の中心にいるのは暁と鉄太。
 火の点いた松明で披露されたトワリングに、大きな喝采が沸き起こる――のも一瞬、調子にのった勢いで鉄太の髪が焦げたらしく、今度は別の意味での笑いの渦が空まで巻き上がっている。
「確かに、今いったら道連れ確定ね」
「―――」
 シュラインの感想に、遠夜も無言の頷きを返した。
 混ざれば楽しそうではあるが、今日はもう随分とはしゃいだ後だ。これ以上、濡れたり燃えたりすることは、ちょっとばかり勘弁願いたい。
 しかし、夢中になってる方にしてみれば、熱気は現在進行形で最高潮。
「わっはは、鉄太さんったらアホー」
「アホじゃないっ! つか、なんでこんなダンス!」
 互いの右腕を組んで、スキップスキップ。たまにくるっと回って膝を折ってのご挨拶。
「可愛らしいだろう。俺が振り付けしたの。イマドキはこういうカワイーのが女の子に受けるのデス」
「……カワイイのが許される年頃ですか、俺……」
 既にコントと化しつつある二人の様子に、彼らを囲む人々の腹筋は鍛えられる一方――つまり笑いが止まらない状況。
「いーのいーの、鉄太さんは可愛くなくても、俺が可愛ければv」
 赤々と燃える炎が暁の金の髪をオレンジ色に染め上げる。自分の髪の色も同じようになっているんだろうな、と年下の少年を見下ろしながら鉄太は観念の溜息をつく。
 こうなりゃ自棄だ――いや、今日何度目の「自棄」かは数えちゃいないけど。
 さらに言うなら、巻き込めるものは巻き込んでしまうに限る。
「七瀬さんも、ほらおいで」
「わーい、それじゃ火月さんもー!」
「え?」
 1m四方のキャンプファイヤーの周囲を踊りながら回りつつ、先ほどから二人の伴奏をしてくれていた雪にむかって鉄太が手を伸ばす。
「えっと、でも、あの、私、踊りわかりませんし」
「こーゆーのはその場のノリと勢いよ。いらっしゃい」
 暁に誘い出された火月が、雪の手からヴァイオリンを取り上げ、ぱっと空に放り投げた――かと思うと、それは上空で姿を消す。
 新たな出演者の見せた手品に、一瞬青ざめた人々もぽかんと口をあけたまま言葉を失った。
「大丈夫、あとでちゃんと返すから」
 大事な楽器がどこに行ったのか、という不安を打ち消したのは火月の不思議な微笑。そして感じた何らかの魔法の気配。
「それじゃ……仕方ないですわね」
 「仕方ない」という言葉とは裏腹に、誰もが見惚れるような天使の微笑を浮かべ、雪も踊りの輪に加わる。
 素早く隣を勝ち得た暁は、にんまりとご満悦顔。やっぱりダンスはかわいい女の子と踊るのが一番だ。
 と、そんな暁に鉄太が火月の手をとりながら小さく目配せ。
「あ!」
 慌てて時計に目をやると、それは決められた約束の時間。
「みんな、上空にちゅうもーーーーっく!」
 足を止め、暁が声を張り上げ天を指差す。
 その声は、離れたところにいる武彦やシュライン、そして遠夜の元へも届いた。
「今宵、ここにいる全ての人に、俺からのプレゼントでーす!」
 誰もが思わず、振り仰いだ――その時。
 星の煌く夜空に、白とピンク色をした大きなハート型の花火が2つ咲いた。


●そして朝日がまた昇る

 それは思った以上に清々しい朝だった。
 水辺に近いせいで辺り一帯には濃い霧が立ち込めている。それゆえに木々の合間から差し込む日の光が、幾筋もの線となって見る者の目を楽しませていた。
「こうやってゆっくりコーヒー飲むなんてどれくらいぶりかしら?」
「どれくらいぶりっていうか、そもそもこんな機会なんてあったか? これまで」
 しんと静まりかえった世界に、一組の男女の声だけが響き渡る――武彦とシュラインだ。慣れぬ寝床ゆえか、思わぬ早起きをしてしまったのは偶然にも二人一緒で。
 昨夜は予想外の花火演出にその後も大変な盛り上がりとなり、結果、今は人の気配はすれども動く気配は二人のみ。
「そうねぇ、出会った頃からあそこは毎日毎日騒々しかったものね」
「難儀な世の中だよなぁ、本当に」
 挽いた豆をフィルターでこして淹れたコーヒーは薫り高い。
 鼻先を心地よく擽る香りに武彦は目を細めながら、シュラインからマグカップを受け取った。
 一口含んで舌の上で転がすと、少しの苦味を含んだ味が、じんわりと体全体に染み込んでいくような感覚に捕われる。
 滅多にない――いや、ひょっとすると奇跡に近いかもしれない――優雅でのんびりとした一時。
 何がなんだか怒涛の勢いやら、変なものに遭遇したり――これはいつものこと――と相変わらず目まぐるしい時間を過ごした後だと、この貴重な時間への愛しさが増す。
「せめて月に一度くらいはこれくらいゆっくり出来たらいいわね」
「まぁな。でも、事件はこっちを待ってはくれないしな――ったく、人の数だけ事件があるとはよく言ったもんだ」
「あら? 誰が?」
「俺が」
 きりかぶを転がしただけの椅子に、二人並んで座って煌く陽光を見入る。
 暫しの無言。
 そこに抱かれるのは気まずさではなく、言葉にはできない居心地のよさ。二人だから感じられる、不可思議な空間。
「帰ったらまた忙しくなるわね」
「つーか、充分忙しかったろ、今回も。重かったし」
 冷たく悴みかけた指先を、マグカップを両手で握りこむことで静かに癒す。ふっと気付けば、武彦も同じようなことをやっていて、シュラインは心の中でだけ小さく笑う。
「何よ、あれくらい。ついでに言えば、今日も車まで運ぶのよ?」
「そーゆーことをサラっと言うなら自分で持て、自分で!」
「あらー……そんなこと言ってると所長さんの机の上は、永遠に書類が積もったまんまになるわよ? 知らないわよー? 重要なお仕事の書類とかが紛れ込んで行方不明になっても。それから……」
「あー、はいはい。運びますよ、俺が。喜んで運ばせて頂きますよ」
 またしても自棄を帯びる武彦の台詞、しかしそれはどことない優しさも含んでいて。当然、それを分かるシュラインだからただ静かに微笑を返すだけ。
「まー……なんだ。俺は蛍にはならんぞってことで」
「何よ、その決意表明は」
 くすり、くすくす。
 次の誰かが起き出すまで、彼ら二人のささやかな笑い声だけが、この世界の唯一の音であり続けた。
 昨夜の花火は、夜があけた今でも二人の胸の中に咲いている――それはきっと永遠に枯れない花。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/ 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【0642/榊・遠夜 (さかき・とおや)/ 男 / 16 /高校生/陰陽師】

【2144/七瀬・雪 (ななせ・ゆき)/ 女 / 22 /音楽家】

【4782/桐生・暁 (きりゅう・あき)/ 男 / 17 /高校生アルバイター、トランスのギター担当】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。納品直前にパソコンが突如崩壊してしまったライターの観空ハツキです。
 ははははは……あまり冗談にならない事態に、一時的に頭が真っ白になりましたが、どーにかデータの救出に成功し現在ここに立っております(何処)。
 というわけでこの度は草間興信所依頼(依頼?)『ほたる』にご参加下さいましてありがとうございました。

 いきなり観空のパソコン並に壊れたご挨拶となってしまい申し訳ございません。そして毎度のことではありますが、滑り込みな納品で……お待たせしまくりですいません;
 今回はギャグとほのぼのの中間点ということで、テンションが微妙に上下しておりますが……そこも一つのご愛嬌ということで。
 ちなみに章タイトルが「◎」で始まる部分はギャグ、「●」で始まってる部分はほのぼの重視という区分けにしているつもりです。境界線は甚だ怪しいですが……
 調査主体の行動だった方はほのぼの中心に、キャンプ主体(?)だった方はギャグ主体になっております。はっはっは(←笑うところじゃないし)

 シュライン・エマ様
 毎度毎度ありがとうございます(礼)
 せっかく調査して頂いたのですが、あんな原因ですいません(脱兎用意)。
 というわけで今回は暁くんからのネタ提供(花火)もあったので、思いっきり「ラブ(←恥ずかしい)」に走らせて頂いたりして…み……ま、した。
 ご不快なようでしたら申し訳ありません(謝)

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。
 ……皆さまも、突然のパソコン崩壊には十分ご注意くださいね(涙←注意のしようがないといえばそうなのですがー……)