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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ほたる


「だからね、そのキャンプ場には不思議な蛍が出るって話なのよ」
「シーズンはとっくに過ぎてるってのに、夜な夜な川辺に蛍が舞うってんだ。これを調べずして、何を調べる草間興信所!」
「……待てよ、お前ら。その背後の荷物はなんだ」
 わざとらしく――いや、わざとらしくしないと逆にいたたまれないようで――盛大な溜息をつき、草間・武彦は騒がしい二人の招かれざる客の背後を指差した。
「え? これ? これは勿論、捜査のための道具よね」
「そうそう♪ 深い事はきにしない」
 冬の香りが密かに忍び寄る頃、運動会の騒がしさと匹敵する勢いで興信所に訪れた二人連れ、それは天城・鉄太と火月の両名。
 どうやらこの二人、夏の暑い盛りに、武彦の被害――間接的ではあるが――に遭ったらしい。
「……どこが深い事かよ、根本的なことだろ。調査がメインか、キャンプがメインか」
 多少の申し訳なさも手伝って、彼らをキャンプに招待することを密かに約束した武彦だったが、こうもあからさまに強請られると、どうにもげんなりする気分が先に来るらしい。
「えー、そんなの勿論調査に決まってるじゃない。キャンプじゃないわよ」
「川辺にふわふわ人魂みたいな光が飛ぶんだぞ、見たい――もとい、原因を明らかにしたいに決まってるじゃないか♪」
 鉄太が背負った大きなリュックの中で、飯盒らしき物体がぶつかりあう金属音が響く。
「おやつは500円までだからなっ!」
「そんな! それっぽっちじゃ今どき小学生だって納得しないわよ!」
「先生、バナナはおやつに入るんですか?」

 ――事態は混迷を極めていた(どこが)。

 草間興信所の玄関近くに取り付けられた自動販売機の前、真剣な面持ちで500円玉と睨めっこをする少年が一人。
「おやつは500円まで……うーん」
 チラリとコンビニがある方に視線を馳せた後、思い直したように榊・遠夜(さかき・とおや)はゆっくりと首を左右に振った。
 足元では一匹の黒猫が、主人の迷う風情を不思議そうに眺めている。
「お菓子は嫌いじゃないけど――っていうか、好きだけど。だけどコーヒーとどっちを取るかって言われたら、やっぱりコーヒーしかないよね」
 意を決し、投入口に500円玉を放り混む。
 500÷120=4、あまりは20。
 ガランガランと盛大な音をたて取り出し口に現れたのは、見慣れた缶コーヒー。今の時期だからアイス2本とホットを2本という組み合わせにして――しまった、どうせなら現地で購入すればよかった、ということに思い至る。
「……ま、いっか。冷やしたり温めたりすればいいことだし」
 リミット残金は20円。駄菓子売り場に行けば、チョコレートくらいは買えそうな金額だが、そこまで買い物に行く時間がないことは、草間興信所内の喧騒が教えてくれていた。
「キャンプか……飯盒、上手く使えるかな……」
 小さな不安に自然と眉間に皺が寄る。
 お泊り道具は、何かのためにと持って来ていたはずだから問題あるまい。
 拾い上げた缶コーヒーの冷たさと熱さがない交ぜになって、徐々に思考が不思議な方向へ縺れて行く。
「バナナはおやつに入らないって言ってたから……やっぱり主食だよね」
 波乱の予感に、響がか細い声を上げた。


◎まずは準備だ、働け働け←人間限定

「全員そろってるかー? 点呼とるぞー」
 水のせせらぎが鼓膜を微かに揺さぶり、赤や黄色に染まった木々の葉が目を楽しませる。肌を刺す空気は僅かに冷たい――「肌を刺す」という表現にはいま少しばかり温もりを含んでいるが。
「って、言ってる端からそっち行ってんじゃねぇっ! ちった人の言うこと聞きやがれ」
 のっけからキレかけている武彦の肩を、点呼ナンバー1(多分)シュライン・エマが軽く叩いて慰める。
「草間さんもそうカリカリされないで。ほら、こういう場所って男の方は大好きですもの」
 ふんわり笑顔で点呼ナンバー3(あまり深い意味はない)の七瀬・雪が、移動に使用したファミリータイプのワゴン車から、大きなリュックサックを引っ張り出そうと格闘中。しかし、その挑戦は途中で断念されることになる――何せ、重すぎたから。
「鉄太さーん、ほらほらどんぐり! あ、こっちにはキノコ! マツタケどっかに生えてないかな?」
 秋の日差しに金の髪を躍らせるのは点呼ナンバー2(だから意味はない)の桐生・暁。その傍らにはお供のあっしー――もとい、鉄太がいつの間に準備したのか半透明のビニール袋を手に駆けずり回っていた。
「キャンプって季節でもないから、人はいないと思ってたんだけど……けっこう賑わってるのね」
「例のホタル騒ぎを聞きつけた人が来てるみたいよ――って、私たちも人の事は言えないけどね」
「それはそうね――って、武彦さん。あんまり乱暴に扱わないでね」
 先ほどまで雪が四苦八苦していたリュックを担ぎ上げるハメになった武彦に、シュラインが鋭い指示を飛ばす。それもそのはず、リュックの中身は彼女の指示により詰めこまれたキャンプ必須アイテムなのだから。
 その様子を眺めていた――手伝う気は一切ないらしい――火月が、頬を弛ませ目を細めて手を伸ばす――勿論、武彦にではなく雪に。
「ほらほら、七瀬さんもこっちいらっしゃいな。荷物運びは男性の仕事と相場が決まってるのよ」
「そうですか? えーっと……それじゃ、これも一緒にお願いしても宜しいでしょうか?」
「あーもーどーでもいーぞ、この際だ!」
 武彦、自棄である。
 チラっと視線を馳せると、暁と鉄太が木の実拾いに没頭するフリしながら、此方の様子を気にかけているのが分かった――つまり、体よく逃げたらしい。
 人間なにごとも「間合い」とそれを「読む」能力が必要だ。
「草間さん、僕手伝いますよ」
 しかし、神は尊い犠牲をむざむざ見捨てることはなかった――なんだか、段々表現が大袈裟になって来ているような気がするが。そこはそれ、草間さんの心境だと思ってもらえれば、ほら納得。
 武彦に差し伸べられた救いの手の主は、点呼ナンバー4(だから本当に意味はない)の榊・遠夜。
 だが。
 世の中はそんなに甘くはないかもしれない。
 というか、甘くなかった(断定)。
「………なんだ、そりゃ?」
 担いだリュックの重さが一気に倍増したような気がした。
「え? バナナは主食だって聞いたから」
 真顔。
 嘘偽りなく、心の底から、しかも本気で――決して誰かを担ごうとかしているわけではなく――彼がそう言っていることを悟り、武彦の腰ががくりと砕ける。
「え? 草間さん、大丈夫ですか?」
「ちょっと武彦さん!?」
「いや……なんでもない。あぁ、そうだ。なんでもないんだ」
 このメンバーで真っ当なキャンプになることを希望した俺が間違いだったんだ。そう口の中だけで小さく呟きながら、よろよろと武彦は立ち上がった――ちなみに、腰が砕けたり、よろよろしているのは彼の年齢のせいではない。きっと。
「あら、美味しそうなバナナですわね」
「やっぱり、これくらいあった方がいいかなって」
 訥々と感情の起伏が読み取れない口調で、遠夜が両手に抱えるようにして持っていたソレ――つまりはバナナ。しかもかなり大きい。さらに言うなら一房、なんて可愛い数量じゃなくって、おおよそその5倍――を雪の目にもよく見えるように腕を少しずらす。
 ちなみに。遠夜だって最初は「飯盒、上手く使えるかな?」という心配をしていたのだ。それがどこで「バナナは主食」に摩り替わったかは、彼にいつも付き従っている式神の響さえ全くの謎である。
 ついでに言うなら、いつのまにこれだけの量を買い込んできたかも疑問だが、そこはそれ、つっこんではいけない。世の中には「ご都合主義」というありがたい言葉があるのだから。
 かくして、キャンプ場へは無事到着。
 しんみりほのぼの始るはずが、途中でテンション変わってきたのは、きっとバナナの皮が目の前に転がっていたせい。


「でー、結局こーなるわけなんだよねー」
 かっつんかっつん、適当に硬くて適当に柔らかい土に杭を打ち込む音が響く。
 これをしっかりしておかないと、夜中にテントがどさっと崩れることだってあるから、そりゃもう気合いっぱいやらなきゃいかんだろう。
「そうだよなー。あのまま逃げられるなんてこと、ないよなー」
 がっつんがっつん――自棄2号。
「ほらほら、鉄太くん。今度は杭が深く食い込みすぎよ」
「はーーーい」
「鉄太さん、がんばれー」
「おー」
 駐車場から徒歩5分――勿論、荷物運びは武彦の作業。往復3回――テントを張るのに適したポイントを見つけた一行は、今度は今宵の寝床作りを開始していた。
 今度の犠牲者は鉄太。
 共に逃亡したはずの暁も捕獲され、現在進行形で鉄太の応援に奮起している――勿論、応援だけに。
「鉄太さん、それが終わったらこっちの方もお願いしますわね」
 武彦が息を上げながら運んできたリュックサックの中からは、まるで魔法のように次から次へと色々なものが出現。
 その中でもかなりな場所を占めていたダッチオーブンを眺めつつ、ふわりふわりと笑むのは雪。どうやら次の作業は竈造りで確定のようだ。
「なー……最近のキャンプ場ってこーゆー施設が一通り揃ってるもんじゃないのか?」
 呟いたのは武彦。そんな彼の現在は、たくさんの荷物の中から目下必要な道具を探し出すこと。なんとなく、普段ちらかしたい放題にしている興信所を、シュラインが片付ける気分を学習中と言った風情。
「ふっふっふ、甘いわね。それじゃ日頃怠けているお父さんたちの活躍を子供達に見せられないじゃない。だから私は敢えてこのキャンプ場にしたのよっ!」
 高笑うは当然の事だが火月。
 誰がお父さんで、誰が子供なのかは、これもまた深く考えてはいけないところ。
 ともかく、こうして準備は進んでいく。
「……バナナを飯盒で炊いたらどうなるかな? あ……それともバナナご飯?」
 主の小さな問いかけに、響は首を傾げた。


◎少年、水に戯れ(一人少年じゃないのがいるけれど)

「どうだった?」
「ん、OKOK。準備の方はばっちりー♪」
 なぜ、自分は今こんなところにいるんだろうか?
 そんなことをぼんやりと頭の隅っこに思い浮かべながら遠夜は、こんな季節だというのに川の中で戯れる二人――暁と鉄太だ――の姿を眺めていた。
 暁の方は何やら携帯でどこかに連絡をとっていたようだが、その先がどこかなんてことは勿論知らない。ただそのことを鉄太もワケ知り風な感じなのには興味を惹かれたが。
 テントや竈などの準備が無事に終了したのは小一時間ほど前の出来事。
 それじゃ、とメインイベントである夕飯の準備にかかろうとして――気がついたら、目の前で水に戯れる二人に連れられてこの場所に来たはず。
 名目は……確か、魚釣り?
「やー、やっぱキャンプつったら魚釣りだよな。そうだよね♪」
 どこからともなく釣竿を取り出した鉄太に、軽く肩を叩かれ、暁に「せっかくだから」と腕を引っ張られた。
 ついでに背後から「一緒に薪でも拾ってきて〜」と女性陣に声をかけられ、特にすることもなかったので立ち上がった――のが確かここに来た理由。
「……絶対、冷たいと思う」
 ぼそりと呟いた言葉は、近くで上がった歓声に掻き消された。
 どうやら、暁らと同じく水辺で戯れる家族連れが、魚を釣り上げたらしい。
「この川、サケは上ってくるのかな?」
 あの家族は今日の夕飯は決まりだな、なんてことを考えながら、秋に川を溯上してくるというサケのことを思い出す――特に脈絡があったわけではないが。
 脈絡がないといえば、今頃バナナがどうなっているかも気になるところ。
 火を通したバナナもけっこう美味しいことは知っているが、飯盒で炊き上げるとなると話はまた変わってくるだろう――なんてことを考えていたかまでは分からないが(というかむしろ、そこまで考えていないと思う)。
 見つめる川面は、問題の「ほたる」が出るとされる場所。未だ日が高く、天から陽光が惜しげなく降り注がれているので、それらしきものを感じることもないけれど。
 とりあえず周囲に視線を馳せるが、今は至って普通の状態であることを「事実」として知らされるばかり。
 が、そんな風にぼんやり――決して、自分的にはぼんやりしていたわけではないが――していたのが悪かった。
「え?」
 自覚した瞬間、地面が回る。
 油断大敵。
 はしゃいだ少年――一名は「少年」と形容するには著しく年を取りすぎている気がするが、当人曰く「永遠の少年」らしいので放置――が間近にいる状況では、何が起こるか分からんものだ。
 つまり、一瞬先は闇――もとい、水の中。
「っちゃー、悪い! まさか頭っからいくとは思わなくって」
 謝罪の言葉のわりに、楽しんでる風に聞こえるのはきっと気のせいではない。
「鉄太さん、ひでー! 自分がやられたからって、巻き込むなよー」
「いいだろ、旅は道連れ、世は情け。せっかくキャンプに来たんだからこれっくらいやんないとな」
 止まりかけた呼吸が復活するのと同時に、冷たい水の中から顔を出す。
 大きく見開かれた視界に写ったのは、今の遠夜と同じく頭から水を被った状態の鉄太の姿。その後方には、鉄太を非難する言葉のわりに笑いが零れるのを止められない暁。
 状況から察するに、暁に水浸しにされた腹いせ(?)に鉄太が遠夜を巻き込んだらしい。
「おい、大丈夫?」
 暁に腕を引かれて水の中から立ち上がる。
 ちょっとしたショック状態から復帰してみれば、傍らにいたはずの響は難を逃れたらしく岩の上で小さな欠伸中。
「こういうの、濡鼠って言うんだっけ」
 ぼそりと零れた感想――いや、少々自棄になっただけかもしれないが(本日の自棄3号)。
「え?」
 遠夜の声が聞き取れなかったらしい暁が、膝を曲げて顔を近づけてくる。
「……先手必勝。微妙に先手じゃないけどっ」
「う、わっ――ちょっと!」
「おっしゃ〜! やるぅ!」
 上がった歓声は今度は鉄太のもの。
 体を支えるべく膝におかれていた暁の手を、遠夜が素早く引いたのだ――思わぬ攻撃によりバランスを崩した暁の末路は言うまでもない。
「やったな!」
 近くで魚釣りを楽しんでいた親子が、水中ではしゃぐ3人の姿に笑い声を上げるが、そんなのが耳に入る状態ではない。
 そこから先は、まるで真夏の海よろしく水の掛け合いに始まり、素手での魚獲り勝負になり、最後には少し深い所までの競泳になり。
 途中で投げ出された3人の靴が川岸に転がり、その番を黒猫が暇そうに努めることになった。

「で、結局こうなるんだよなぁ」
「元はといえば、最初に水ん中に入った鉄太さんが悪いんだぞ!」
 太陽が西の山の端に顔を隠してしまった頃。
 料理のために準備された竈の前で円陣を組む少年たち――しつこいようだが、一人は(以下略)――の姿。
 すっかり体を冷やしてしまった3人は、竈の火の番を兼ねて「ほたる」調査の居残りを命じられていた。というか、帰ってくる頃には歯がガチガチと音をたてるほど奮えていたので、それどころではなかったのだが。
「えー、だけど最初に水遊びしようぜーとか言い出したのは暁じゃないかー」
「じゃなんで鉄太さんが用意してた着替えが、俺や榊にぴったりなんだよ! どう考えても怪しいだろ!」
「それは鉄太さんミラクルですー」
 パチパチと炎が爆ぜる音を聞きながら、遠夜はほんのりとした微笑を頬に刻んだ。それは口論に夢中になっている暁や鉄太に見られることはなかったけれど。
 飯盒やダッチオーブンの使い方は結局分からなかったけれど、魚を獲ることが出来た。その魚は現在彼の目の前で串に刺されて丸焼き中。
 うやむやのままキャンプに来てしまったが、これはこれで楽しいかもしれない。
「あ……そうだ」
 ふと思い出し、荷物の中を遠夜は漁った。
 出てきたのは4本の缶コーヒー。
「火であっためれば、熱々にして飲めると思うけど」
「お、ナイス! どっかに小鍋あったろ」
 おやつは500円までと言われて、迷った結果、お菓子を捨てて選んだコーヒー。そんな葛藤があったとは、暁も鉄太も知る由などないわけだが。
 思わぬ飲み物の登場に破顔した二人。鉄太はいそいそとコーヒーを温めるようの鍋を探し、暁は竈に鍋をかけるためのスペースをさっそく確保中。
「適当にあったまったら、俺らも蛍とやらを拝みに行こうな♪」
 火にオレンジ色に顔を染めながら笑う暁に、遠夜も短い頷きを返す。
「……バナナは、どうやって料理すればいいのかな」
 そんな疑問を胸に――ちょっと口にしてしまったが――抱いたまま(勿論、遠夜が)。
 その瞬間、どこからかどよめくような歓声があがったのが、火を囲む彼らの元まで届いた。
 だから暁は、遠夜の謎の呟きを幻聴か何かだと勝手に断定して、さらりと流す事に決めたとか、決めなかった、とか(どっちだ)。


◎そしてその夜は更けていく。

「で、結局そういうオチだったと」
「確証はないけどね。でも多分間違いないと思うわ」
「くっはー、傍迷惑で面白い人! そんな人が火月さんの旦那だなんて、世の中間違ってるような、どんぴしゃのようなっ!」
「……ちょっとお待ちなさい、そこの青少年」
 キャンプか、それとも調査か。
 どっちが主体なのか分からない事件(?)らしく、事の次第は案外どころかかなりあっさり解決――というか、理由が判明した。
 謎の光の正体は、どっかの困った誰かさんが寝ている間に零れ落ちた夢の欠片。
 そう結論付けたシュラインは、ホタル騒ぎに呼び寄せられて川原にやってきた暁や遠夜に事の次第を説明した。
 ちなみに、彼らの夕飯その他もろもろは、ただいま遠夜の式神の響がしっかりと番をしている――任された本人(?)の心境は定かではないけれど。
「わー、ごめんなさいっ、俺は決して悪気はあったわけじゃないのっ」
「悪気がないなら、余計に性質が悪いわっ」
 川面では今なおゆらゆらと薄紫色の光が揺らめいている。勿論、雪が奏でるヴァイオリンも夜の森林に心地よく響き渡っていた。
 原因が原因でなければ、まさに究極の癒しの一時。不穏な発言ゆえに、火月に水の中に沈められかかっている暁は除くとして。
「ねぇ、せっかくだから写真でも撮らない?」
 美しい光景に見入っていた武彦――どうやらどこかの誰かさんの存在に関しては目を瞑る事にしたらしい――の腕を引いてシュラインが提案する。
 カメラにおさまる光景なのかは分からないが、無事に写ってくれれば良い語り草になるだろう。写らなかったとしても、このメンバーでキャンプにやってきたという記念になる。
「あー、賛成! 鉄太さん、そーゆーわけで、これよろしくー」
「それじゃ……七瀬さんにも声かけないと」
 どうやらシュラインと同じ事を考えていたらしい暁が、ポケットの中から取り出した使い捨てカメラをほいっと鉄太にむかって放り投げ、それが描く弧を潜りながら遠夜が雪の元へ向った。
 もちろん、カメラの行く先を見失いかけた鉄太が水に塗れたのはいうまでもない――それでもカメラだけは死守したのは誉めるに値することだろう。
「……アイツがいて、俺は非常に救われたのかも」
 鉄太がいなければ、おそらくずぶ濡れにされていたのは自分だったのだろうな、なんてことを考えながら武彦がぼそりと呟く。
「たまにはお休みが必要ってことでしょ。スケープゴートは必要だったみたいだけど」
「犠牲が必要って……なんかの儀式かよ、俺の休みは」
 否定しないシュライン――そう、人間には役どころというものがあるのだ、良くも悪くも。
 ちなみに本日の役どころ→ボケ担当=遠夜は、というと。
 雪が転ばぬように手を貸しながら、火から下ろしてきた飯盒の中にバナナを入れ忘れたことを思い出していた――かもしれない。


「ご馳走様でした」
「はい、お粗末さまでした」
 シュラインお手製の焼バナナ添えクリームブリュレをご満悦気味に2個完食した遠夜は、きちんと両手を合わせて「ごちそうさま」のご挨拶。
 写真を撮り終えてからの夕餉は華やかなものだった。
 ダッチオーブンを持ち込んだだけあって、ローストビーフに、昼間獲った魚の燻製、チキンカレーに旬の野菜を煮込んだスープ、さらには雪が準備してきていた彼女のお手製のお菓子、etc.………。
 それらを実に美味そうに食しながら、武彦が「重いはずだ」と呟いたのは言うまでもなく、シュラインがそれを当然のごとく黙殺したのも至極当然の成り行き。男とは酷使される生き物なのだ、こういう場合。勿論、そのおかげでこの夕食があると思えば不平不満はあるまい――きっと。
「あっち、混ざらないの?」
「そうですね……なんとなく、見てる方が楽しいかな、と」
 シュラインが視線を馳せた先、そこには大きく開けた広場。このキャンプ場利用者全員に解放されている空間で、現在はキャンプファイヤー真っ最中である。
 親子連れに、どこかの大学のサークル風情の面々、それ以外にも大勢の人々が集い歓声をあげている――その輪の中心にいるのは暁と鉄太。
 火の点いた松明で披露されたトワリングに、大きな喝采が沸き起こる――のも一瞬、調子にのった勢いで鉄太の髪が焦げたらしく、今度は別の意味での笑いの渦が空まで巻き上がっている。
「確かに、今いったら道連れ確定ね」
「―――」
 シュラインの感想に、遠夜も無言の頷きを返した。
 混ざれば楽しそうではあるが、今日はもう随分とはしゃいだ後だ。これ以上、濡れたり燃えたりすることは、ちょっとばかり勘弁願いたい。
 しかし、夢中になってる方にしてみれば、熱気は現在進行形で最高潮。
「わっはは、鉄太さんったらアホー」
「アホじゃないっ! つか、なんでこんなダンス!」
 互いの右腕を組んで、スキップスキップ。たまにくるっと回って膝を折ってのご挨拶。
「可愛らしいだろう。俺が振り付けしたの。イマドキはこういうカワイーのが女の子に受けるのデス」
「……カワイイのが許される年頃ですか、俺……」
 既にコントと化しつつある二人の様子に、彼らを囲む人々の腹筋は鍛えられる一方――つまり笑いが止まらない状況。
「いーのいーの、鉄太さんは可愛くなくても、俺が可愛ければv」
 赤々と燃える炎が暁の金の髪をオレンジ色に染め上げる。自分の髪の色も同じようになっているんだろうな、と年下の少年を見下ろしながら鉄太は観念の溜息をつく。
 こうなりゃ自棄だ――いや、今日何度目の「自棄」かは数えちゃいないけど。
 さらに言うなら、巻き込めるものは巻き込んでしまうに限る。
「七瀬さんも、ほらおいで」
「わーい、それじゃ火月さんもー!」
「え?」
 1m四方のキャンプファイヤーの周囲を踊りながら回りつつ、先ほどから二人の伴奏をしてくれていた雪にむかって鉄太が手を伸ばす。
「えっと、でも、あの、私、踊りわかりませんし」
「こーゆーのはその場のノリと勢いよ。いらっしゃい」
 暁に誘い出された火月が、雪の手からヴァイオリンを取り上げ、ぱっと空に放り投げた――かと思うと、それは上空で姿を消す。
 新たな出演者の見せた手品に、一瞬青ざめた人々もぽかんと口をあけたまま言葉を失った。
「大丈夫、あとでちゃんと返すから」
 大事な楽器がどこに行ったのか、という不安を打ち消したのは火月の不思議な微笑。そして感じた何らかの魔法の気配。
「それじゃ……仕方ないですわね」
 「仕方ない」という言葉とは裏腹に、誰もが見惚れるような天使の微笑を浮かべ、雪も踊りの輪に加わる。
 素早く隣を勝ち得た暁は、にんまりとご満悦顔。やっぱりダンスはかわいい女の子と踊るのが一番だ。
 と、そんな暁に鉄太が火月の手をとりながら小さく目配せ。
「あ!」
 慌てて時計に目をやると、それは決められた約束の時間。
「みんな、上空にちゅうもーーーーっく!」
 足を止め、暁が声を張り上げ天を指差す。
 その声は、離れたところにいる武彦やシュライン、そして遠夜の元へも届いた。
「今宵、ここにいる全ての人に、俺からのプレゼントでーす!」
 誰もが思わず、振り仰いだ――その時。
 星の煌く夜空に、白とピンク色をした大きなハート型の花火が2つ咲いた。


◎気になるものの行方は?

「何してるの?」
 キャンプ場から草間興信所へと帰る車中、最後尾のシートに座っていた遠夜を、その前の列に座っていた火月が覗き込む。
 彼の手の中には、残り一本になったバナナ。
「いえ、いつの間にこんなに食べたのかなって?」
 ゆっくりと首を巡らせて考える。
 ついでに隣にちょこんと座る響の顔を見つめてみたりもする。
 「主食だから」と大量に持ち込んだバナナは、確かにシュラインの手により様々な形に姿を変え、夕べと今朝でそれなりに美味しく頂いた自覚はある。
 あるにはあるのだが、どう考えてもこれだけの減りようは異常だ――というか、どれだけ記憶を探っても、こんなになくなるほどシュラインが使っていたようには思えない。
 ならば残りのバナナは何処へ姿を消したのか。
 それが先ほどから遠夜の頭の中を支配している。
 掌中の一本のバナナ、じっと眺めて考えると思考が深みにはまってくるのがよくわかる。隣のシートですっかり寝入っている暁が恨めしくなってくるほどに。
 よもや皆でほたるを見に行っている間に響が食べてしまったのでは!?
 何てことも一瞬脳裏を過ぎりもしたのだが、主人に忠実な彼(?)がそんなことをするはずがない、と即座に思い直した。
「……えーっと。一つ思うに、悩んでる時は悩んでる顔した方が分かりやすいと思うわよ?」
「……はい?」
 ついつい視野の中から除外していた――正確には謎を追うことに集中し、話しかけられていたことを忘れていただけ――火月が唐突に遠夜の頬をつつく。
 急な出来事に、思わず顔を上げた遠夜。視線の先には曰くありげな表情を浮かべてにんまりと笑む火月。
 生まれたのは閃き、後押しするように響も遠夜の膝の上を軽くひっかっく。
「……訳を知ってますね?」
「あらー、何のことかしら。私はそんなこと一言も言ってないわよ〜♪」
 言ってないけど、顔がそう言っている。
 はっきりとそう突っ込もうかと思ったが、寸でのところで踏みとどまった。
 というか、黙らされた。今度は鼻先をぷにぷにとつつかれたからだ。
「なんです?」
「なんでもないわよ」
 相変わらずの底が見えぬ表情で問いかければ、シートごしの火月がくすくすと笑い出す。あまり喜ばしい状態ではないが、それでも腹がたつほどではないのは彼女の持つ雰囲気からか。
 そんなことをぼんやり考えていたら、何の前触れもなく響が遠夜の膝の上によじ登ってきた。
 何やら疑惑あり気な視線で、遠夜の手元を眺め匂いをかぐ響。
 と、その段になって気付く。
「……何かしました?」
 再びの疑問形。
 手の中にバナナがない。
 さっきまで握っていたバナナがだ。
 それなのに響がアクションを起こすまで自分はまったく気付かなかった。普通であれば――どちらかというと普通であっても――有り得ない出来事に、遠夜の声のトーンが少し下がる。
「何も、私はね」
 それでも動じた風はなく、火月はくすくす笑い続けた。
 なんだか納得が行かない。行かないけれど、なくなったものはどうしようもない。
 何せ「バナナ」に拘る必要があったキャンプも、もう終わってしまったのだから――そう自分を無理やり納得させてため息をひとつ。
 こんなことなら、やっぱりバナナはおやつにしておけば良かった。
「……まったく、狐に化かされたような気分」
 彼の呟きに、膝の上の響も同意の声をあげるのだった。


 その夜、遠夜は一つの夢を見る。
 紫色の瞳をした20代半ば過ぎくらいの青年が、山のようなバナナに囲まれて幸せそうにしている姿を。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/ 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【0642/榊・遠夜 (さかき・とおや)/ 男 / 16 /高校生/陰陽師】

【2144/七瀬・雪 (ななせ・ゆき)/ 女 / 22 /音楽家】

【4782/桐生・暁 (きりゅう・あき)/ 男 / 17 /高校生アルバイター、トランスのギター担当】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。納品直前にパソコンが突如崩壊してしまったライターの観空ハツキです。
 ははははは……あまり冗談にならない事態に、一時的に頭が真っ白になりましたが、どーにかデータの救出に成功し現在ここに立っております(何処)。
 というわけでこの度は草間興信所依頼(依頼?)『ほたる』にご参加下さいましてありがとうございました。

 いきなり観空のパソコン並に壊れたご挨拶となってしまい申し訳ございません。そして毎度のことではありますが、滑り込みな納品で……お待たせしまくりですいません;
 今回はギャグとほのぼのの中間点ということで、テンションが微妙に上下しておりますが……そこも一つのご愛嬌ということで。
 ちなみに章タイトルが「◎」で始まる部分はギャグ、「●」で始まってる部分はほのぼの重視という区分けにしているつもりです。境界線は甚だ怪しいですが……
 調査主体の行動だった方はほのぼの中心に、キャンプ主体(?)だった方はギャグ主体になっております。はっはっは(←笑うところじゃないし)

 榊・遠夜さま
 毎度お世話になっております。またまたのご参加、ありがとうございました。
 と……感謝の念は尽きないのですが……えぇ、本当に尽きないのですが。今回、遠夜さんの行動があまりにも私のツボに入ってしまったがゆえに……あぁ、ボケ倒しまくり状態となってしまい、本当に申し訳ございませんでした(滝汗)
 た…たまには……5年に1回くらいは……こんな日があっても良いかしら〜…という感じで許容範囲内に入って下さいますことを現在切に祈っております(なぜ5年かは謎ですが;)

 誤字脱字等には注意はしておりますが、お目汚しの部分残っておりましたら申し訳ございません。
 ご意見、ご要望などございましたらクリエーターズルームやテラコンからお気軽にお送り頂けますと幸いです。
 それでは今回は本当にありがとうございました。
 ……皆さまも、突然のパソコン崩壊には十分ご注意くださいね(涙←注意のしようがないといえばそうなのですがー……)