|
東郷大学奇譚・嵐を呼ぶ学園祭 〜朝・昼の部〜
〜 絵描きはどこに? 〜
「悪事千里を走る」というが、情報伝達の手段が発達した昨今では、千里を走るのは何も悪事に限らない。
多少なりと面白そうな話であれば千里や二千里は簡単に走り抜け、世界中を駆けめぐるような世の中である。
故に、私立東郷大学で行われる学園祭の話を全く無関係な人間が知っていたとしても、特に驚くにはあたらない。
なにしろ、「あの」東郷大学である。
当然、そこで行われる学園祭も尋常なものではなく、毎年「イリュージョンと称して『消され』、出てきたらいつの間にか二時間が経過していた」だの、「怪生物やロボットが暴走して大騒ぎになった」だの、「大名行列に三回も遭遇した」だのといった奇怪な報告が後を絶たない。
そして今年も、不思議と混乱に満ちた学園祭の日が、ついにやってきた――。
「ずいぶん多くの人が来てるんですね」
久良木アゲハ(くらき・あげは)にとって、初めて来た東郷大学の学園祭は、何もかもが彼女の予想を超えていた。
考えていたよりずいぶんと広いキャンパスに数多くの出店、そして大勢の来訪者。
アゲハがそのにぎわいに驚いていると、誰かが彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。
「アゲハさん」
声の主は、二十歳くらいの青年。
どこかで会ったことがあるような気もするが、これといった特徴もない相手のせいか、どこで会った誰だったのかまではさっぱり思い出せない。
「ええと……どこかでお会いしましたか?」
「お正月にお会いしたじゃないですか。
笠原利明です。覚えてませんか?」
言われてみれば、お正月に守崎家に行った時に、確かに顔を合わせている。
「ああ、思い出しました。お久しぶりです」
アゲハはあらためて挨拶をして、それから、彼にこう尋ねてみた。
「この大学に凄い絵を描く人がいるって聞いたんですけど、利明さん知りませんか?」
その問いに、利明は苦笑しながらこう答える。
「思い当たる人は数人いますが、どう凄いのかがわからないと、その中の誰かまではわかりませんね。
ただ凄いというだけなら、兄さんなんかもある意味凄い絵を描きますし」
確かに、「凄い」だけでは今ひとつピンと来ないのも無理はない。
そこで、アゲハはとりあえずその人物について聞いていることを一つ例に出してみた。
「ええと、絵の中から物が出てきたりとか」
それを聞いて、利明が困ったような笑みを浮かべる。
「それなら間違いなくうちの兄さんです。アゲハさんもあの時会ってるじゃないですか」
そういえば、あの時にも「絵の中から物を出す手品」がどうのと言って、利明や守崎啓斗(もりさき・けいと)、守崎北斗(もりさき・ほくと)の兄弟に止められていた人物がいたような気がする。
おそらく、あれが利明の兄なのだろう。
「兄さんは前衛芸術部の部室にいますけど、なんだか展示する予定の作品の手直しをするとか言ってましたから、少し他を回ってから行った方がいいと思いますよ」
「わかりました。どうもありがとうございます」
アゲハは利明にお礼を言うと、とりあえず多くの人々が行く方に向かって歩き出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 世界に一つ、化ける花 〜
アゲハが最初に向かったのは、研究棟だった。
まだ朝も早い時間ということで、あまり派手な実験は行われていない。
それでも、中にはそれなりに面白いものもいくつかあった。
そして、いくつめかの実験が終わった後。
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
一人の白衣を着た少女が、アゲハに声をかけてきた。
「よろしければ、次に行う『ミミックフラワーの思念感知能力及び擬態能力の実証実験』に協力していただけないでしょうか?」
いきなりそんなことを言われても、何がなにやらさっぱりわからない。
「細かい理論は説明すると長くなるので省きますが、手伝って頂く内容はほんの少し植木鉢を持って思念を送ってもらうことだけです。危険がないことはお約束します」
よくはわからないが、まあ、危険はないというのだから、危険ではないのだろう。
「いいですけど、どうして私なんですか?」
アゲハがそれだけ聞くと、少女は茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「一つはあなたが協力してくれそうな人に思えたから。
もう一つはズバリ容姿です。やっぱり見栄えのいい人をそろえた方が注目度も上がりますから」
それから五分ほど後。
アゲハと、同じように集められた他の四人の協力者に、植木鉢が手渡された。
中には、大小様々の真っ白な花びらがデタラメにくっついたような、あまり見栄えのしない花が咲いている。
(この花が、どうなるんだろう?)
アゲハが不思議に思っていると、先ほどの少女が現れ、観衆に向かって説明を始めた。
「これが、我々魔法生物研究会が開発したミミックフラワーです。
この通り、この状態での見た目はあまりよくありませんが、この花には人間の思念を感知し、自分の姿を変えるという特技があるのです」
ということは、この花が何か別の物になるのだろうか?
「それでは、協力者の方々は、今から何かこれとは違った花を思い浮かべてみて下さい。
その思念を感知して、お手元のミミックフラワーがその花の姿を真似ようとするはずです」
どうやら、真似られるのは他の花限定らしい。
アゲハは何の花に挑戦してもらうか少しの間考えてから、朝顔の花を真似てみてもらうことに決めた。
植木鉢を膝の上に持ったまま、朝顔の花を思い浮かべる。
すると、今まではデタラメについていた花びらが、ゆっくり、ゆっくりと移動し始めた。
何枚もの小さな花びらが重なり合って、大きな花びらであるかのように擬態する。
それらの花びらが徐々に赤みを帯び、朝顔の形を形作る。
葉や茎にはほとんど変化はなかったが、花の部分だけはいつの間にか朝顔の仲間のようになっていた。
他の協力者たちの方を見ると、皆見事に擬態したミミックフラワーに驚きの表情を浮かべている。
ある人はひまわり、ある人はバラ、ある人はチューリップ、そしてまたある人はたんぽぽと、ずいぶん多彩なリクエストを出していたが、ミミックフラワーはその全てに見事に答えていたのである。
その様子を見ていた観衆から、一斉に拍手が巻き起こった。
もっとも、たんぽぽだけは、さすがに花が大きすぎてどう見ても不自然だったが……。
実験が大盛況のうちに終わり、アゲハたちは「お礼」としてケーキといろいろな花の種を受け取った。
「皆さんのご協力に感謝します」
白衣の少女は一度深々と頭を下げると、最後にこうつけ加えた。
「よろしければ、来年も是非見に来て下さいね。
その時は、多分完成系のミミックフラワーをお目にかけられると思います」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 過ぎたると及ばざるの二者択一 〜
次にアゲハが辿り着いたのは、「万博エリア」と呼ばれる場所だった。
その名の通り、世界各国の文化を研究している研究会が中心となって出店しているこのエリアは、世界各地の服や食べ物、おみやげ物などが並ぶ、学園祭の目玉スポットの一つである。
アゲハの探しているようなものも大体揃ってはいたのだが、むしろあまりにも種類が多すぎるせいで、目移りしてしまってなかなかどれを買ったらいいか決められない。
「もう少し、向こうのお店も見てみようかな」
そう考えてアゲハが次の店に向かおうとした時、前を行く啓斗の姿が目に入った。
「啓斗兄さん!」
後ろから呼びかけてみると、啓斗はこちらを振り向き、アゲハの姿を見つけて小さく手を挙げる。
そんな啓斗に駆け寄り、辺りを見回して、アゲハはふとあることに気がついた。
「今日は北斗兄さんは一緒じゃないんですか?」
アゲハがそう聞いてみると、啓斗も不思議そうに辺りを見回す。
「ん? さっきまで一緒だったんだが、どこかではぐれたみたいだな」
「よかったら、探すの手伝いましょうか?」
アゲハは少し心配になったが、啓斗は静かに首を横に振った。
「いや、別に一緒に行動しなければならない決まりもないし、わざわざ探す必要もないだろう」
どうも、「二人で来た」ことは事実だが、「二人で見て回る」つもりはあまりなかったらしい。
そこで、アゲハはこう言ってみた。
「それじゃ、私と一緒に見て回りませんか?
服とかお土産とかいろいろ買いたいんですけど、なかなか一人じゃ決められなくて」
その提案に、啓斗もすぐにのってくる。
「それもいいか」
が。
服を選ぼうとすると、なぜか妙なものばかり見つけてくる。
「私、なにか服を買おうと思ってるんですが、一緒に選んでくれませんか?」
「そうだな……これなんかどうだ?」
「うーん……さすがにそれはちょっと」
食べ物を選ぼうとしても、あまり興味を示さない。
「あ、あれ結構美味しそうですよ」
「いや、俺は弁当を持ってきてるから」
「そうですか……」
お土産を選ぼうにも、悪意なく余計なことばかり言う。
「この置物とか、お土産にいいと思いませんか?」
「悪くないとは思うが、これじゃどこのお土産かわからないな」
「言われてみれば……」
一事が万事その調子で、啓斗はあまり助けにはならなかった。
結局、ほとんど一人で悩んだのと変わらず、買い物にかなりの時間がかかってしまったことは言うまでもない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 恐怖! 愛玩用怪生物? 〜
食事を済ませた北斗は、周囲の出店などを冷やかしながら部室棟の方へと向かっていた。
この近辺はキャンパスの中心部からだいぶ離れているせいか、それほど人通りは多くない。
だが、周囲の出店の方は、中心部にあるようなものよりもはるかにぶっ飛んだものが多く、なかなか見ていて飽きなかった。
「『小型霊力発電機内蔵の悪霊探知機』か。よくもまあこんなもの考えつくよな」
北斗がそんなものをいろいろ見ていると、誰かが北斗の肩を叩いた。
「あ、北斗兄さん。こんな所にいたんですね」
振り向いてみると、アゲハが微笑みを浮かべている。
「アゲハちゃんも来てたのか……って、なんで俺がいること知ってんだ?」
北斗のその疑問に、アゲハから予期せぬ返事が返ってくる。
「ついさっきまで、啓斗兄さんと一緒だったんです。
一休みして、それから部室棟の方に行く、って言ってました」
彼女の言葉が本当なら、啓斗よりも北斗の方が先にいることになる。
「それなら、こうしていればいずれ兄貴と合流できそうだな」
北斗がそう言うと、今度はアゲハがこう質問してきた。
「北斗兄さんも前衛芸術部に行くんですか?」
「ああ。知り合いもいるし、兄貴が妙な物買わないように見てなきゃならねぇしさ」
それを聞いて、アゲハはさらにこう続ける。
「それなら、私も一緒に行っていいですか?」
一体、前衛芸術部に何の用だろう?
北斗は少し悩んだが、特に断る理由も思いつかない。
「別に、構わねぇけど」
やむなくそう答えて、二人はのんびりと周囲の出店を見ながら少しずつ部室棟に向かって足を進めた。
そうして、数分ほど歩いた頃。
近くの出店の中に、ひときわ異彩を放っているものがあった。
テント状になっているため外から中は見えず、そのテントの外側には「ペットショップ」という文字が大書されている。
「面白そうですね。ちょっと見ていきませんか?」
アゲハは興味津々の様子だが、「東郷大学」と「ペットショップ」という言葉の組み合わせから北斗が想像できるものは、どれもろくなものではない。
「なんか、猛烈に嫌な予感がすんだけど」
そう言いながらも、半ばアゲハに押し切られる感じで、北斗は渋々そのテントの中へと足を踏み入れた。
期待は裏切り、予想は裏切らない。
この大学に関わっていればいやでも心に刻まざるを得ないその言葉を、北斗はもう一度確認することになった。
案の定、「ペットショップ」で売られていたものは、世間一般ではペットというより怪生物と呼ばれるようなナマモノばかりだったのである。
「やっぱり……なんでナマモノごく普通に売ってんだよ」
頭を抱える北斗だったが、ここに来るのが初めてのアゲハにはそんなことはわからないらしい。
「変わった生き物がいっぱいいますね」
彼女が興味深そうに怪生物を観察していると、店員の男が営業スマイルを浮かべて歩み寄ってきた。
「いらっしゃいませ。どういったものをお探しでしょうか?」
「特に、あてはないんですけど」
正直に答えるアゲハに、店員は近くのケージに入っていた「ウナギに大量の足をつけたような生き物」を勧めはじめる。
「こちらのムカデウナギなどいかがでしょう?
万一の際には放電することもできるので、番犬代わりにもなりますよ」
「うーん……」
さすがにこれはあまりと言えばあまりだが、それでもアゲハは真剣に考え始めてしまった。
「悩むようなもんかぁ?」
北斗が何気なく口にしたその言葉で、店員の注意が北斗の方に向く。
彼は少しの間北斗の方を見ていたが、やがて奥の方から別のケージを持ってきた。
「そちらの方には……そうですね、こちらなどいかがでしょう」
もちろん北斗にははなから買う気はないが、こう言われては見ないわけにはいかない。
やむなく、北斗はそのケージに目をやって……固まった。
ケージの中には、なんと「あの」羽根つきカエルがいたのである。
「いかがですか?」
笑顔で尋ねる店員に、北斗はきっぱりこう答えた。
「悪いけど、俺はその手のモンにはえらい目にあわされまくってんだよ」
ところが、今度はアゲハがそのカエルに興味を持つ。
「実際に見ると結構かわいいですね。飼うのって大変なんですか?」
「ええっ!? これ飼うの!?」
予期せぬ展開に混乱する北斗。
そんな北斗の方を横目で見ながら、店員は少し困ったようにこう答えた。
「そうですね……この子は結構大きくなっちゃうんですよ。
育つと空飛ぶ大蝦蟇になるということで、そちらの方にお勧めしていたんですが」
これまた、北斗にとっては予期せぬ事態である。
わざわざ空飛ぶ大蝦蟇を勧めるということは、北斗が忍であることを知っているということに他ならない。
「……って! 何で俺の正体知ってんだよっ!!」
ますます混乱しながら北斗がそうツッコむと、店員は少し呆れたような笑みを浮かべた。
「私は義経流忍術研究会に所属していましてね。
ダメですよ、いかなる時でも同業者には気づくくらいでないと」
北斗は何か反論しようとしたが、それよりも先にアゲハが口を開く。
「そこまで大きくなっちゃうと、とても飼えませんね」
それに対する店員の返事は、これまでの出来事よりも、さらに想像を超えたものだった。
「大きくならない種類もいるんですけど、生憎売りきれてしまいまして」
「そんなに売れたのかよっ!!」
街中に羽根つきカエルがあふれかえる光景を思い浮かべて、北斗は大きなため息をついた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜 そして甦る伝説 〜
東郷大学の片隅にある部室棟。
こんな場所にはさすがに出店もなく、訪れる人の姿もない。
北斗とアゲハは、その部室棟の中の一室――「前衛芸術部」と書かれた部屋の前にいた。
「本当に、やめた方がいいと思うんだけど」
最後に、もう一度念を押す北斗。
それでも、アゲハの気持ちが変わることはなかった。
「どうしてですか? 北斗兄さんもいるし平気ですよ」
これは、もはや説得してどうなるものでもない。
北斗は一度首を横に振ると、あらためて前衛芸術部の扉と対峙した。
いつものことだが、この扉を開けるには、非常に勇気がいる。
開けた瞬間、何が飛び出してくるかわかったものではないからだ。
はたして、今回は何が飛び出すか、あるいは何も飛び出してはこないのか。
念のためアゲハを待避させ、扉の前には絶対に立たないようにして、北斗はドアをノックしようとして――異変を感じて、慌てて手を引っ込めた。
それとほぼ同時に、目の前の扉が豪快に吹っ飛び、中から七色に塗り分けられた三つ首の牛が数頭駆けだしてくる。
鳴き声で三和音を奏でつつグラウンドの方へ向かって突っ走っていく牛を、北斗とアゲハはただただ呆然と見送った。
あれだけのものが飛び出してきたにも関わらず、やはりというかなんというか、部室の中はほとんど普段と変わっていなかった。
部屋の中央には和之の姿があり、その隣には彼が作ったと思われるオブジェらしきものが鎮座している。
「相変わらず、わけのわかんねーことになってるな」
北斗がそう声をかけると、和之はにこやかな笑顔を浮かべて振り向いた。
「北斗さんじゃないですか。そちらは……ええと、以前どこかでお会いしましたよね?」
「ええ。お正月に、北斗兄さんの家でお会いしたじゃないですか」
言われてみれば、正月の書き初め会の時に、この二人は顔を合わせている。
だとしたら、アゲハがここに来たがったのは、何か彼に用があったのだろうか?
「そうでしたね。思い出しました。
……確か、久良木……アゲハさん、ですよね?」
「はい。お久しぶりです」
北斗がそんなことを考えている間にも、二人は挨拶を済ませ――それから、アゲハが突然こんな事を言い出した。
「和之さんの作品から、時々羽根の生えたカエルが出てくるって聞いたんですが」
「言われてみれば、時々出てきますね」
もはやその程度のことでは全く驚かないらしく、当たり前のように答える和之。
それはそれでかなり間違っているような気がしたが、北斗がそれ以上に驚いたのは、アゲハの次の言葉だった。
「よろしければ、あまり大きくならないのを一匹譲ってもらえませんか?」
人の趣味をどうこう言うわけではないが、なんだってあんな奇妙な物を欲しがるのだろう?
首をひねる北斗をよそに、和之はあっさりと彼女の頼みを快諾した。
「譲るもなにも、別に私のものというわけでもありませんから。
出てきたらいくらでも連れて帰ってもらって結構ですよ」
その言葉に、アゲハは嬉しそうな表情を浮かべたが、北斗としては、正直そんな状況にはなってほしくない。
そう思いつつ、北斗は本来の目的の方に移った。
「それはそうと、ここにうちの兄貴が来なかったか?」
「来ましたよ。今、桐生さんと一緒に講義棟の方に行っているはずです」
やはり、「ペットショップ」で時間をとっている間に啓斗に抜かれてしまっていたらしい。
「私もちょうどこの作品が完成した所なんです。
これから飾りに行くところですので、よろしければ一緒にどうです?」
和之のその一言で、三人は揃って講義棟へと向かうことになった。
講義棟に展示されている無数の作品。
その中でも、前衛芸術部の作品はすぐにわかるほど個性的だった。
特に、和之の作品は、相変わらず他とは一線を画した奇妙なオーラを放っている。
大きな額縁の中に、なにやらおどろおどろしい模様。
そして、その模様のちょうどど真ん中の辺りから、呆けたような表情を浮かべた、痩せた男の首が突きだしていた。
「……首? こりゃまた悪趣味な……」
北斗がついそう口走ると、和之は不思議そうにこう答えた。
「首? そんなもの飾った覚えありませんよ?」
しかし、北斗の目の前にある「作品」は、どう見ても首にしか見えない。
「いや、だって、ほら、これ……」
北斗が曖昧な返事をしていると、「新作」の設置を終えた和之がこちらを振り向き――彼が制作したはずの「首」を見て、素っ頓狂な声をあげた。
「せ、先生!?」
「なんだってええぇえっ!?」
以前聞いたところによると、和之の師匠は二年ほど前、アトリエで絵を描いている際に謎の失踪を遂げている。
おそらく絵に吸い込まれたのではないか、というのが和之の見立てだったが、もしそうだとすれば、今度は絵の中から飛び出してきたとしても不思議はない――ような気がしないこともない。
「ひょっとしたら、次元の扉が開きかけているのかも知れません!
今から扉をこじ開けるので、少し手伝って下さい!!」
突然そんなことを言われても、何をどう手伝ったらいいのかさっぱりわからない。
「手伝うって、一体どうやるんですか!?」
「私がもう少し扉を開けられるか試してみます!
お二人は、手が出てきたら引っ張って下さいっ!!」
そう言うが早いか、和之は背景の模様になにやらいろいろと書き足し始めた。
その度に、絵の近くの空間が歪み、奇妙な臭いや音、虫のような生き物などが漏れだしてくる。
それでも、和之はいっこうに怯まず描き続け――やがて、男の顔の横あたりから、彼のものと思われる手が突き出してきた。
「今です! 引っ張って!!」
その言葉に押されるように、北斗が右の手を、そしてアゲハが左の手を取って、懸命に引っ張る。
その甲斐あってか、だんだんと男の身体が絵の中から現れ……ワインのコルクのように、突然、一気に抜けた。
そして、それと同時に、栓が抜かれた「次元の扉」から、大量のナマモノが洪水のごとく流れ込んでくる。
「先生! 無事だったんですね!!」
「和之か! お前のおかげでこちら側に帰ってくることができた!」
絵から解放されてすっかり生気を取り戻した男と、再会を喜び合う和之。
それは非常に感動的な光景……であるはずなのだが、現在進行形でナマモノがわき出している状況では、とてもひたってなどいられそうにない。
「って! 感動の再会はいいけど、この状態どうすんだよっ!?」
北斗のツッコミに、男は一言こう言い切った。
「決まっている! 三十六計逃げるに如かずだ!」
「威張って言うなあぁっ!!」
とはいえ、すでに部屋の半分近くがナマモノで埋まった今となっては、どう考えても戦略的撤退以外の策はない。
「さあ! 明日へ向かって大脱出だっ!」
「はい先生っ!」
「お、置いていかないで下さい!!」
元凶のはずの男と和之がまず真っ先に避難を開始し、アゲハが慌ててそれに続く。
ことここに至っては、北斗にできることは一つしかない。
「ああ、もう知らねぇからなっ!!」
そう言い捨てて、北斗も三人の後に続いたのだった。
追いすがるナマモノの群れをどうにか振り切り、講義棟の外に飛び出して、入り口の扉を閉める。
彼らが扉をこじ開けて――もしくは、突き破ってこないことを確認して、北斗は安堵の息をついた。
「なんとか、脱出できたな……」
その言葉に、和之と男が何度も頷く。
「本当に、一時はどうなることかと思いましたよ」
「全くだ。この辺りは相変わらず危険がいっぱいだな」
このあまりにも無責任な発言に、北斗はたまらず全力でツッコミを入れた。
「それもこれも全部アンタらのせいだろうがっ!」
と。
「あのー」
先ほどまで黙っていたアゲハが、申し訳なさそうに口を開いた。
よく見ると、例の羽根つきカエルを一匹抱えている。
「なんでつかまえてんだよ……」
げんなりする北斗をよそに、アゲハは和之たちにこう尋ねた。
「この子、大きくなっちゃう方でしょうか?」
その答えようのなさそうな問いに、男がいきなり即答する。
「いや、これはこれ以上大きくならないはずだ」
「本当ですか? よかった」
嬉しそうに笑うアゲハに、満足そうに頷く男と和之。
そんな三人の姿に、北斗はもう一度大きなため息をついたのだった。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2239 / 不城・鋼 / 男性 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)
0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17 / 高校生(忍)
3806 / 久良木・アゲハ / 女性 / 16 / 高校生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
撓場秀武です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
・このノベルの構成について
今回のノベルは、基本的に五つのパートで構成されています。
今回は全てのパートについて複数の種類がありますので、もしよろしければ他の方のノベルにも目を通してみていただけると幸いです。
・個別通信(久良木アゲハ様)
今回はご参加ありがとうございました。
羽根つきカエルを欲しがるくらいだから、あんまりナマモノの類に違和感を覚えないタイプなのではあるまいか、ということでこんな感じにしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
|
|
|