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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


橙色の風景


 藤井・蘭(ふじい らん)は買い物に来たスーパーで何かを見つけ、持ち主である藤井・葛(ふじい かずら)の手を引っ張った。葛は玉葱を選別していた目を蘭に移し「何だ?」と尋ねる。
「持ち主さん、あれあれ!」
 蘭が嬉しそうに言いながら指をさした先にあったのは、橙色で染まったイベント用ブースだった。カボチャが黒いとんがり帽子を被り、口を大きく開けて笑っている。
「ハロウィンか」
「トリック・オア・トリートなの!」
 去年の事を思い出したのか、蘭はそう言ってにっこりと笑った。葛はその様子に思わず吹き出し、蘭の頭をそっと撫でる。
「まだ早いぞ」
「でも、カボチャがいるの」
「もうすぐって事だよ」
「ハロウィン、もうすぐなの?」
 目をキラキラと輝かせながら、蘭が尋ねてきた。葛は頷き、ハロウィンのコーナーへと赴く。
「また、ハロウィンの季節が来たんだな」
 葛は呟き、そっと微笑む。
 一昨年は、一人でカボチャのジャック・オー・ランタンを作った。去年は蘭と一緒に、芸術的なジャック・オー・ランタンを作った。
 また、同じように季節が巡ってきたのだ。
(早いな)
 一年という時間の早さに、葛は改めて驚く。ついこの間、蘭がやって来たような気がする。そしてまた同時に、とても長い間蘭と一緒にいて、それが普通になってしまっている。
 全てが、時間の流れがそうさせているのである。
「蘭は、ハロウィン好きなんだな」
「好きなのー!」
 蘭はそう言い、上目遣いで葛を見つめる。葛が「ん?」と尋ねると、蘭はそっと口を開く。
「今年も、するの?」
「しようか?」
 葛の言葉に、蘭はぱあっと顔を明るくさせて「するの!」と答えた。葛はそんな様子に少し笑い、去年を思い返す。
「去年は、ジャック・オー・ランタンを作ったんだよな」
「お芋さんも食べたのー」
 蘭の言葉に、葛は記憶を手繰り寄せる。
 そういえば、スイートポテトを作ったような気がする。その時に卵が無かったから、買い物に出てカボチャを見つけたのだ。
「よく覚えていたな、蘭」
 葛が半ば感心しながら言うと、蘭は少しだけ誇らしそうに「えへへ」と笑う。
「でね。カボチャは四ついてね、一つを僕が作ったの」
 蘭の言葉に、葛は「ああ」と頷く。芸術的だが、愛敬の溢れているジャック・オー・ランタンを蘭は制作したのだ。家に帰れば、その時の写真が残っているだろう。
「じゃあ、今年も作ろうか」
「お芋さん?」
 即座に聞いて来た蘭に、葛は「そうじゃなくて」と苦笑する。
「カボチャさん?」
 言い直した蘭に、葛は頷く。どうも先に食べ物が出てくる。育ち盛りという事は、いい事だとは思うのだが。
(ま、いいか)
 ちゃんとカボチャが次に出てきたのだから、と葛は思い返す。そしてそのコーナーに置いてあった小さなオレンジ色のカボチャを五つ、買い物篭に入れる。
「持ち主さん、これも!」
 蘭が嬉しそうに言ったのは、大きな黒いとんがり帽子だった。ぎゅっと大事そうに持っているところを見ると、離す気はさらさら無いらしい。
「仕方ないな」
 葛は「今回だけだぞ」と念を押し、黒いとんがり帽子を買い物篭に入れてやった。蘭は早速それをかぶりたそうにじっと見ていた。葛は苦笑し、蘭の頭をぽんと軽く叩く。
「まだ、ハロウィンじゃないだろう?」
「うー……はい、なの」
 名残惜しそうに買い物篭の中にあるとんがり帽子を見つめたまま、蘭は答えた。葛は再び笑い、再び野菜売り場に戻る。
「ついでに、パンプキン・パイでも作ろうかなぁ」
 緑色のカボチャを見つめ、葛はじっと考え込む。葛が緑色のカボチャを持っているのを見て、蘭はにこっと笑う。
「緑色のジャックさんも、作るの?」
 蘭の言葉に一瞬心が揺れ動いたが、あくまでも緑色のカボチャは食用だ。いつまでも飾っておく訳にもいかない。そう判断し、葛はゆっくりと首を振る。
「いや……これは、お菓子用」
「お菓子なの?」
「うん」
 葛の答えに、蘭は「ジャックさんじゃないのー」と少しだけ残念そうに呟く。それを見て、葛は蘭と目線を合わせるようにその場にしゃがみ込む。
「蘭は、お菓子とジャックさん、どっちがいいんだ?」
 葛の問いに、蘭は心から迷ったように考え込んだ後、にこっと笑って「お菓子」と答える。
「ジャックさんは、また今度なの!」
「いや、だからこのカボチャは食用で……」
 葛の説明に、蘭はきょとんとして小首をかしげている。
(今度ゆっくり、カボチャについて教えないといけないな)
 葛は苦笑しながら、緑色のカボチャを買い物篭に入れ、レジへと向かうのだった。


 家に帰ると、すぐに葛はカボチャを並べた。緑色の大きなカボチャが一つ、オレンジ色の小さなカボチャが五つ。
「親子なのー」
 蘭は並べられたカボチャを見てにっこりと笑って言った。葛は「遺伝子が」と口に出しかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。
 あえて蘭の想像力を阻む事は、無いだろう。
 オレンジ色のカボチャを楽しそうに並べる蘭を横目に、葛はお菓子のハンドブックを取り出し、パンプキン・パイを探しながらぱらぱらとページを捲った。すると、ある項目で手が止まってしまった。
「……蘭、緑色のジャックさん、作りたいか?」
 葛の問いに、蘭はにっこりと笑って「はいなの!」と答えた。葛はそれを見、パタンとハンドブックを閉じながら「よし」と答える。
「じゃあ、パンプキン・パイは中止だ。代わりに、パンプキン・クッキーにしよう」
「クッキー!」
 葛の言葉に、蘭は嬉しそうに笑う。大きな緑色のジャック・オー・ランタンを作れ、さらにクッキーまで出来るのだ。
 葛はクッキー作りに取り掛かった、蘭は小さなオレンジ色のカボチャを使ったジャック・オー・ランタン作りに取り掛かった。
「まず、マジックで顔を書くのー」
 蘭はそう言い、躊躇する事なくマジックでカボチャに顔を書く。きゅっきゅっという音をさせながら書かれる顔は、去年と同じくらい芸術的で愛敬があった。だが、心なしか去年よりも上手な気もする。
(一年だもんな)
 葛は二つ目の顔に取り掛かる蘭を見ながら、目を細めた。真剣な眼差しでカボチャと向き合っている蘭を。
(一年経って、同じようにカボチャに顔を書いて。ジャック・オー・ランタンを作って)
 同じように過ごす日だ。だが去年と違い、今葛が作っているのはスイートポテトではなく、パンプキン・クッキーだ。蘭が作ろうとしている小さなジャック・オー・ランタンは四つではなく、しかも蘭が作ったのは一つであったが、今年は五つも作る。全て蘭に任せて。
 同じように見える日、だが違っている日。
 一年という歳月が確かに蘭と葛に経っていると証明しているかのようで、何故だかくすぐったい気持ちになる。
(暖かいな)
 一人でいた頃では考えられない、緩やかな空気が流れていた。一人でも構わなかったあの頃とは違い、今では一人でいることが考えられない。
 常に蘭がいるという、不思議な温もりが確かにあるのだ。
「持ち主さん、顔書いたのー」
 葛は蘭の声にはっとし「どれどれ」と呟きながら近付く。五つを並べると、どういう順番で顔が書かれていったか分かるくらい、進化をしていた。思わず笑い出したくなるのを堪えながら、葛はそれを一つずつ包丁で切り取ってやる。
「あとは、スプーンでくり抜けばいいからな」
「はーいなの」
 蘭はスプーンを手に取り、にっこりと笑った。葛はそれを見、再びクッキーの制作に取り掛かる。すでに中身を抜かれた緑色のカボチャは、不敵に笑っている。不敵に笑って、オレンジ色の小さなカボチャ達が中身をくり抜かれる様を、今か今かと待っているかのように見つめている。
 蘭はそんな緑色のカボチャの目線に気付く事なく、真剣な眼差しでスプーンを動かす。ぐっぐっと力をこめ、中身をくり抜いていく。くり抜かれていくカボチャは、空洞にされていく自らを思って笑っているかのようだ。
 芸術的な、だが愛敬のある顔で。
「あ」
 蘭は小さく呟き、かしゃんと音をさせてスプーンを落とした。力を込めすぎて、滑ってしまったのだろう。
「大丈夫か?」
「はーい、なの」
 心配する葛に対し、蘭はにこっと笑って答える。そして再び真剣な眼差しでカボチャと向き合った。
(本当に、真剣だな)
 クッキー生地を伸ばしながら、葛は微笑む。伸ばされていく山吹色の生地に、蘭は気付かないようだ。自分の手元にあるカボチャの方が、忙しくて。
 葛はクッキー型を抜くかどうかを尋ねようとし、やめる。中断してクッキーの型を抜きたかったと後から言われるかもしれないが、それ以上に今直面しているカボチャの中をくり抜くという仕事の邪魔をしたくなかった。
 あまりにも、蘭が真剣に取り組んでいるものだから。
 カボチャの型でクッキーを抜き、天板に並べていく。すると、蘭が満面の笑みを浮かべながら「できたのー!」と叫んだ。
「持ち主さん、できたの!」
 蘭は誇らしそうにそう言い、カボチャを並べた。芸術的で愛敬のある、オレンジ色の小さなカボチャたち。その目の前にいるのは、緑の大きなカボチャ。
「頑張ったな、蘭」
「すごいのー?」
「凄いよ。それに、素晴らしい出来だ」
 葛が誉めると、蘭は嬉しそうに笑った。葛もそれにつられて微笑んだ。
 すると、オーブンがクッキーの出来上がりを告げた。気付けば、いい匂いが台所一杯に広がっている。
「持ち主さん、いい匂いなのー」
 蘭が嬉しそうに言うのを背中で聞きながら、葛はオーブンからクッキーを取り出す。キツネ色に焼き上がった、カボチャの形をしたクッキーたち。
「……凄いか?」
 天板の上のクッキーを蘭に見せながら尋ねると、蘭はにっこりと笑って「すごいのー」と答えた。そして二人で顔を見合わせ、くすくすと笑う。
 そうしていると、蘭が何かを思いついたように台所から出ていき、すぐにとてとてと走りながら戻ってきた。
 黒いとんがり帽子をかぶって。
「持ち主さん、トリック・オア・トリート!なのー」
 にっこりと笑いながら言う蘭に、葛は「まだだけど」と小さく呟く。そしてくすくすと笑いながら、焼きたてのクッキーを一枚取り、蘭に手渡してやる。
「熱いから、気をつけるんだぞ?」
「はーい、なの」
 蘭はにっこりと笑い、クッキーを受け取った。カボチャの形をしたクッキーを、緑の大きなカボチャとオレンジの小さなカボチャたちに嬉しそうに見せ、口に頬張る。
「おいしいのー」
「それは良かった」
 心から嬉しそうに笑いながら言う蘭に、葛はそっと微笑んだ。
 来年も同じ風景があるだろうな、という温かな気持ちを感じながら。

<柔らかな風景を噛み締めつつ・了>