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<東京怪談・PCゲームノベル>


■オープン・ザ・ドア2■



 比較的不思議現象の少ない管理人室。
 しかしその日は起きた不思議現象。
 うっかり入った坂上鷹臣。呑気に歩き回っているらしいけれど実は彼は何の特殊技能も無いただのおじさん。
 危険な部屋だって時々有るのに放っておくわけにもいかない筈。
 開かない扉を蹴破って助けに走ってあげて欲しいと管理人は言うんですけどね?


** *** *


 何故その管理人である朱春が助けに向かわないのだろう、とか。
 その場に居合わせたのならすぐ入れば合流出来たんじゃないのかしら、とか。
 他の住人は捜索しないのかしら、とか。

 色々と考えつつもシュライン・エマは穏やかに持参した紙袋を朱春に預けると、代わりにフライパンを一つ借り受けた。
 受け取った紙袋を覗き込みつつ、くん、と鼻を動かす朱春。
「お菓子ですか」
「ええ。皆さんでお茶でもどうかと思って持って来たんだけれど」
「じゃあ坂上のおじさんの後でお茶ですね」
「そうね。先に坂上さんを助けて来ないとね」
 こんこんと指の関節で軽くフライパンの底を叩く。いい音を返すのに満足するも、今回のこれは調理器具ではない。
 フライパン――それは叩いて良し、鳴らして良し、殴って良し、様々な状況に対応可能な万能寸前武器もどき。
 念の為に持っていくのであれば確かに有効な代物であった。
「じゃあちょっと行ってくるから」
「お願いします」
 気軽に言って扉を開ける。
 坂上が入った部屋とさして変わりは無いだろう。窓は二つ。目立って変な物は無し。
 こつ、と靴のまま(許可は取ってある)フローリングを踏んで背後の扉を閉めた。
(ジェラルドさんあたり、捜索得意そうなんだけどな)
 そんな事をちらと考えながら。
 彼も草間にちょっかいをかけなければ普通に付き合えるのに、無駄に構ってくれるからシュラインとしても排除に取り掛からねばならず思案のしどころな人物であった。


 さて。
 ごく普通のその部屋の壁に、もう一つの扉。
 念の為にと入ってきた扉を引いてみたが動かず、ひたすら進めという事らしい。
「……どうなっているかしらね」
 思い返すのはいつだったかの屋内屋外な部屋である。ちょっと面倒なああいった部屋は遠慮したいけれど。
 フライパンを握り直して空いた手でノブを掴み回して、そうして引いた先に見えたのは。
「――っ!」
 瞬間息を呑む。見開いた目が自然と揺れた。
 見えたのは毛玉。
 ふかふかと冬毛に変わりつつあるもこもこ柔らかい温かなそれは小動物。
 床の半分以上を占拠する勢いで大量に居る、それは猫。
 茶虎雉三毛ブチ靴下黒白灰色長毛短毛大小痩肥と入り混じるそれは猫。
 咽喉を鳴らし耳を震わせ尻尾を立てて前足をきゅうと丸めるそれは猫。
 光の加減で瞳孔を細め太らせ微睡むように目を閉じるそれは猫。
 抱いて良し撫でて良し遊んで良しなそれは犬と並び立つコンパニオンアニマル、猫。
 見渡す限りの猫、猫、猫。猫の海。
 その光景にシュラインは握り直したばかりのフライパンを落とすところだった。
 緩んだ指先から滑り落ちる寸前で慌てて掴んだが、危うく猫にぶつけかけて。
「危なかったわ……!」
 これほどの冷や汗はおそらく草間に関して以外では滅多に無いだろうという程。
 しばしフライパンを掴み止めた体勢のままで息を整える。深呼吸を繰り返して冷静さを確保するのだ。
 けれど冷静になるはしから猫がするすると寄ってきてはニャアと鳴く。足元に擦り寄る。見上げて耳を跳ねさせる。咽喉の奥でぐるぐると鳴る音が妙に大きく聞こえて、ああ――なんだかもう気付けば足が猫達の中へと向かっていて。
「このままじゃいけない」
 再び遠退きかけた冷静さ。もしかしたら普段の理性だのなんだのといった諸々もどこかへ遁走しかけていたかもしれない。
 またしても落としかけたフライパンがシュラインを引き止めた。
 頭の中が渦を作る程に激しく振って、猫達の丸く柔らかく温かな誘惑を退ける。しかし退けるはしからニャアニャアナウナウとおそらくは「ご飯くれろ、オヤツくれろ」とその手のおねだりだろうけれど猫達が群がってくる。振り切ろうにも振り切れず、しかし毛玉に埋もれるには坂上捜索が理性を引き止め、葛藤するシュラインが最早混乱の中で泣きそうな程に眉を寄せて瞳を潤ませて。

 蹴り飛ばさないように猫達を避けて早足で進んだつもりが、扉に辿り着く頃には動悸がやけに早かった。
 それはもう全力疾走直後程には。

「……恐ろしい部屋だったわ……」
 初っ端に小動物の愛らしさ攻撃というのは非常に効果があったらしい。
 精神的に、毛玉の誘惑を退ける為に費やした労力で非常な消耗がある。
 不眠不休で急な依頼の手伝いをした後だとか、興信所の片付けを丸一日かけて済ませた直後に騒動で引っくり返された時だとか、そんな時にも劣らぬ疲弊ぶりだと自分で判じつつ俯き加減だった顔を上げて次の部屋を見た。
 聴覚の優劣を語るまでもなく水音、囁き交わす声。それがふと険しく途切れたかと思えば。
『居ないわ!』
『私達の歌を聴かないなんて!』
『どこ!』
 奇妙に惹き寄せられる声。
 糸をかけられたように動く者も多いだろうその声の主を確かめるべく数歩前へ出て、シュラインは見た。
「坂上さん!」
 今にも遠くの扉を開こうとする男の後姿を。
 遠目にもくたびれた風情の年寄り臭い中年男。
 振り返りひらりと手を揺らす姿はまさに、目的の人物・坂上鷹臣。
「そこで待っていて下さい!耳を塞いで!」
 水音に混ざっていた声達にも存在は気付かれる。
『だめよ!聴きなさい』
『私達の誰が一番歌が素敵か聴きなさい』
『貴女も聴くのよほら!』
 そのままそれぞれが歌うべく唇を開く人ならぬ乙女達。
 だがシュラインの方が早く、また上手であった。
 床を踏みしめ腹の奥から響かせる音、音、音。
 太く細く高く低く、時に鋭く時に柔らかく、その枷の無い声が部屋中に満ち満ちて。
 気圧されたように静まった乙女達の声。幾人も、予想以上に多いその存在の只中をシュラインは悠然と、ソリストもかくやと言わんばかりの朗々たる歌声を響かせて歩む。思い出したように誰かが歌ってももうそれはただの歌でしかなかった。坂上もシュラインも耳を塞いではいなかったけれど、どちらも惹き付ける事は叶わない。
 誰に阻まれるでもなくシュラインは歌いながら坂上の傍に辿り着いた。
 にっこりと、それはもうのんびりした様子で坂上が笑って小さく拍手をするのに笑顔で返しつつ、扉を開けて先を促す。
 坂上が入り、シュラインが続き、閉じた扉が歌声を一欠片だけ水場に残して。

 あとにはアイデンティティの崩壊すら引き起こしそうな程に衝撃を受けて、屋内に湧く湖に身体半分水没する乙女達が居たという。

「やあ、エマさん歌上手だねえ」
 扉を抜ければ改めて拍手。
 坂上のその呑気な様に苦笑しながらも礼を述べて、シュラインは周囲を見回してみる。
 これで管理人室の位置にあった部屋を覗いて三つ目だけれど、また奇妙な部屋だとまず思った。
 天井まで届く本棚が左右の壁一面にあり、そこに本が並んでいる……のだが全部が全部ばっさばっさと羽ばたくような音を立てて、いやまさに羽ばたいている。頁の中に見え隠れするのは牙の並んだ口。これは本当に本なのか。
「走り抜けるつもりですけど、坂上さんは大丈夫ですか?」
「うん。僕はまあ、なんとかついて行くからね」
 危機感が無い。
 のほほんと笑う坂上に危機らしき色は無い。
 けれどシュラインもまあ、幾らか面識が興信所経由であったので、こんな人だと苦笑するに留めるとフライパンを構えて遠く正面に見える扉を睨み据えた。
「何があっても、走って下さいね」
「そうだねえ。がんばるよ」
「ええ。頑張って下さい」
 合図と同時に走り出す。
 坂上はごくごく一般的な速度というのか、特に速くもなく遅くもなく、あえて言えばそののんびりした空気が不似合いながらするすると走り抜ける。すぐに庇える位置を並走するシュラインはその姿を当然見ていたのだけれど。
「危ない!」
「おっとっと」
 ガァン!と金物で縁取りされた大辞典ですと主張する本がフライパンに弾かれる。
 坂上の頭を齧ろうとするそれを遠慮なく叩き落す事数回。妙にしつこいその本をついでとばかりに腹を掴んで拾い上げてシュラインは更に走った。フライパンはやはり武器としても優秀で、いい加減使い慣れてきた感が無きにしもあらず。
 しかしまあ、全部が一斉に飛び掛って来なくて良かった。
 壁沿いにフライパン大活躍な場面は後で疲れてしまいそうであったし。
 大群を壁を背にして追い払う自分の姿を想像するシュライン・エマ。
 傍でノブを引いてみる坂上がやたらと嬉しげに声を上げた。
「ああ、開いてる開いてる。エマさん大丈夫?」
「ええ。坂上さんは?」
「僕はエマさんのお陰で無傷だよ。いやあさすが興信所の所員さんだねぇ」
 ぱちぱちぱちとまたもや拍手。
 礼を返して未だにじたばたと暴れる手元の本を見る。使えるかもしれないからと掴んだが、さて次の部屋で期待通りにいくかどうか。
 考えたのは僅かな時間で、ままよ、とひとつ頷くとシュラインは扉の向こうを窺い坂上を促した。
 開いた先から水の香りが鼻腔を満たして。
「それにしても、朱春さんはどうして来なかったのかしら」
「ああ。だって朱春ちゃんは」

 めんどくさがりだからねぇ。

「……そう、なんですか」
「エントランスや入口辺りは真面目に掃除するからまあ立派だよ」
「そう……ですね」
 この状況でそれか、と言いたくなる返答が、何気なく零れた疑問に与えられてシュラインはそれだけ言うともう何も言わない事に。
 それでも本当に危なかったら彼女も駆け込むなりするだろうし、住人が笑って話す事なら何も言うまい。
 扉を抜けた次の部屋。
 目の前に広がるのは完全に水没した空間だ。
 中央にある細い板切れのような橋の左右で時折水飛沫を上げて踊るのは多分蛸の足。あの太さから推測するに人間と同じ位の大きさではありそうだけれども。
 坂上の言葉と、目の前の踊る蛸の足と。
 そろそろ元の場所に戻れないのかしらとふと思いつつ生温い視線になる自分をシュラインは自覚している。
 だがいつまでもそんな微妙な疲労を覚えたままで佇む訳にもいかない。
 一呼吸挟んで意識を切り替えるとシュラインは一度坂上を見た。
「ここも、走り抜けるのが最善だと思いますけれど」
「そうだねえ」
「フォローはしますから、先刻と同じように一気に走って下さいね」
「うん。じゃあお先に」
 やはり危機感の無い様子で坂上がひょいひょいと走り出す。
 すぐ後にシュラインが続き掴んできた本を持ち替えつつ水中からの音を探る。
 水を裂いて動く音。けたたましく湧き上がる気泡。幸いにも蛸は一体だけらしく重なる音は足の部分だけ。
 笑みを閃かせて、充分に持ち上げられた蛸の足を確認して持ってきた分厚い大辞典と主張するその牙の有る本を投げれば後は大暴れな蛸と食いつく本の不毛な死闘。両方が声の出る生物ならばシャゲー!と雄叫びの一つも聞けるところだけれど残念ながら戦いは静かに進行していた。
 だが雄叫びが有ろうと無かろうとシュラインには関係無い。

 自分達に構うどころでなくなった蛸を尻目に二人仲良く次の部屋へ。


** *** *


 抜けたそこは白い白い普通の部屋だった。
 最初の部屋とそう変わらない。
「最後でしょうか」
「みたいだねえ」
 新しい住人を待つような綺麗に整えられた部屋。
 土足も憚られたけれど、最初の部屋だって土足だったし坂上も土足。
 構わないのだろうと己に言い聞かせて周囲を見ながら向かう先はちょうど玄関に当たる位置にある扉。
「戻ってるといいねえ」
「そうですね」
 笑いながら扉を押す。
 きぃと軋む音さえ無くそれは静かに開いてその向こうに若い管理人の少女の姿。
 坂上のおじさん、とほっとした様子の声がその唇から落ちるのを聞いてシュラインも微笑む。
 彼女にも気付いて朱春は頭を下げると「ありがとうございました」と丁寧に。
「いいのよ。無事に合流出来たし、おやつを一緒にどうかしら」
 改めて、ね。
 返された紙袋を持ち上げてみせると小さな拍手は二つ。
 坂上と朱春が一緒に叩く姿を認めたシュラインであるが、そこで耳に低い声が注がれた。
「俺の分も有るよな?」
 振り返れば、何がどうなったのか。
 猫が数匹爪を立て齧り付いているジェラルドの姿。
「……あんたも迷い込んでたの?それとも坂上さんの捜索?」
「お前、俺が探すの上手いんじゃねぇかって考えただろ」
 考えた。
 どこでだったか忘れたが考えた。
 おそらく最初に考えた。
「朱春が勝手に受信して俺まで放り込まれたんだよ!」
「入れても入れてもすぐに戻って来たです」
「好きで戻ったんじゃねぇ!猫部屋にしか行かなくてこのザマだ!」
「それは……また気の毒ね」
 他に言い様も無く、いささか困惑しながらそう告げたシュラインの前で相手は深々と溜息をつくと頭を振った。
 その拍子に猫が一匹爪を立てたまま滑り落ちる。
「せめて俺にも菓子寄越せ」
「心配しなくても、たくさん有るわよ。お疲れ様」
 労うシュラインに、滑り落ちた猫にまだ足を齧られながらジェラルドが一言。
「お前こそ災難だったなぁ。お疲れさん」

 大した事じゃないわよ、と笑って返したシュライン・エマ。
 愛すべき所長にさえちょっかい出さなければいい付き合いが出来るだろうにと思いつつ相手を見、その猫に齧られる姿に奥歯を噛んで笑いを堪えた事は秘密としたい。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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 坂上捜索お疲れ様でした。ライター珠洲です。順序に沿ってちょこちょこ進めたので全体としてはのんびり風味ですね。
 朱春が捜索しない理由は坂上の言葉のまんまだったり。坂上もその辺期待してません!呑気ですから。
 というわけで結構すぐに合流して頂き嬉しいような残念なようなアワワ。歌勝負なんかは折角ですから実行して頂きました。ばっちりセイレン達の鼻っ柱は折られたんじゃないかなと思うライターです。鍛えた咽喉で歌うのはきっと綺麗だろうなと想像したり。他にもムキになってる場合の対処が見え隠れしているやも知れませんね。
 折角書いて下さったので、とオチに使ったジェラルドに齧り付いてる猫の抱っこを推奨しつつお暇致します。ありがとうございました!