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<東京怪談ノベル(シングル)>


 名物学園 秋の運動会 V(サード)

 異常気象などと言う言葉はとっく昔に使い古された言葉となった。
 季節に合わない暑さ、寒さももう日常、秋の台風さえも珍しくも無い。
 元々体育の日というのは1年で一番晴れが多い、晴れの特異日であるということから10月10日に決まったと言われている。
 しかし、祝日法と地球の天気が変わった結果、もうそんな希望は通用しないのだ。
『今年も大型で勢力の強い台風〜〜』
 不吉な事を抜かすテレビをプチッと消して海原みあおはティッシュを丸めた。
 今日、友達とも約束したのだ。明日の運動会が晴れるようにてるてる坊主を作ろうね。と。
 例え、大金持ちの娘でも、大統領の息子でも天気だけは変えられない。
 だから、子供達は作る。てるてる坊主300個。
 それはおまじないと言う名の祈り。そして願い。
「よしっ! できた」
 完成したてるてる坊主を軒下につるし、祈りをかけて寝床に着く。
「明日、晴れますように〜」
 小さな天の使いたちは祈りに答えるように微かに揺れた。


「皆さんの日ごろの行いがいいからでしょう。見て下さい。この天気。正に運動会日和です」
 校庭に整列した子供達の間からも歓声が上がる。
「私、おうちで100個てるてるぼーず作りました」
「ミーも、いっぱい、いっぱああい作りましたぁ。テルテルボーズ効きますネエ」
「そりゃあ、日本が誇るまほーだもん♪」
 みあおはえへんと胸を張る。そんなこんなのうちに校長先生は手短に挨拶を終えた。
 長い挨拶などは子供の耳にも親の心にも残りはしないと知っている。
「怪我をしても泣かないで、皆で元気に運動会を楽しんでください」
 満場の拍手を浴びて彼は段を降りる。1分スピーチの後では残りの客も舌を縮めざるを得まい。
 最後にみんなでラジオ体操をしてから、いよいよ運動会は開幕した。

 これが運動会なのだろうか?
 名物小学校の運動会を取材しに来た雑誌記者は目を擦った。
 どっちを見ても、こっちを見ても白い体操着に半ズボン。もしくはブルマというような運動会にありがちな風景はない。
 あっちにいるのは背中に黒い羽根を生やした悪魔っ子、向こうにいるのはネコミミ娘。まるでアニメから抜け出してきたような風景だ。
 目を擦ったのは巨大ロボットを模したアーマーのようなものを纏った人物がいたこと。
 あんなのでは走りづらかろう。
「ハロウィンとかと間違えてんじゃないだろうな? ‥‥あ、あの子可愛い」
 目の前を競技の召集でも受けたのか狐の耳と尻尾をつけた少女が走る。男は慌ててシャッターをきる。
 目的は有名歌手の親子ツーショットや、高名政治家のお忍びほのぼの写真なのだが、絶好の被写体がいればそれを撮るのが記者魂というもの。
「さあて、本命は〜〜‥‥い!?」
 カメラの前が突然真っ黒に染まる。ファインダーから目を離すとそこには‥‥見上げるような巨漢が聳え立つ。
「ここは、家族以外立ち入り禁止です。どうぞ、お帰り下さい」
「な、なんだよ。報道のじゆうってもんがあああ〜〜〜」
 目にも止まらぬスピードでカメラからフィルムが抜かれ、外へと追い出される。その間約一分。
 見事なセキュリティは守られる者に、守られていることすら気付かせない。
 かくて、不法侵入の雑誌記者がその場に残したものは僅かな叫びだけ。
 それに気付いた者はきっとほとんどいないだろう。


 さて、その頃写真を撮られたことなど知る由も無いみあお達はグラウンドに目を輝かせ魅入っていた。
 今、行われているのは上級生の棒倒し。
 自分達とは身長も体格も違う。その迫力はまだ1年生達には大人のものと何も変わらないように思えた。。
「見た? 今、赤組の男の子が一番上に上ったよ」
「あ、崩れる!!」
 音を立てて赤組の棒が倒れた。
 わああと歓声が上がり殊勲賞の少年が大きく帽子を振った。
 膝小僧の赤く滲んだ膝に気付いたのか、一際大きな(でも、彼もきっと小学生の筈)が彼の耳元で囁き、おんぶに近い形で肩に担ぎ上げた。
 小柄な少年がヒーローとなる。
「凄い、すごおおい!!」
 大興奮だ。みあおは思わず握った拳を空に向けた。
「大きくなったらみあお達もああいうのやりたいね!」
「うん。危ないかもしれないけど、やってみたい!」
「ケガなんかへっちゃらだよ」
 ウイニングランを終えた赤組の退場を手が痛くなるほど拍手して見届けた後、みあお達も今度は入場門に並ぶ。
 次の競技は低学年の騎馬戦だ。
「みんな。絶対勝とうね!」
「うん、行くぞ。ファイト!」
「「「「「オーーーー!」」」」」
 騎馬の上は体重が軽いほうが有利なので少女が多い。
 華やかな衣装のフェアリーと 黒耳の猫が対峙して、あちらではパイレーツとイチゴ娘がにらみ合っている。
 みあおも騎馬の上。目指すは天使の少女の頭上の白い輪ならぬ、白い鉢巻。
「しっかり頼むぜ」
「まかせて! 手加減なんかは失礼だもんね」
「始まるぜ!」
「位置について〜 用意〜〜」
 パーン!!
 空砲が空に轟いた。子供達の歓声と共に。


 騎馬戦を終えてお昼の休憩。
 待ちどおしいお弁当タイム。
 ビニールシートを広げてさあ、いよいよと言う時、ふと、鼻腔を擽る香りがする。香ばしく、食欲をそそり‥‥空腹のムシが鳴り出す。
「ちょっといってみましょーか?」
「うん」
 ちらりと振り向いてみるが、まだ母親たちは会話中。
 みあおは友達と手を繋いで匂いのほうへと近づいていった。
「うわ〜、ことしもすご〜〜〜い」
 運動会は学校の一大イベント。毎年いくつもの食べ物屋台が軒を連ねる。
 お弁当組にはあまり縁が無いが、仕事で忙しくて親が来られないなどの子供は友達同士こういう屋台で料理を買って食べるのだという。
「わお!‥‥ナシ・ゴレンと、サテー! 本場と同じ作り方してる」
「ナシにサテ? 何それ?」
 首を傾げるみあおにインドネシアの富豪の娘が嬉しそうに説明する。
「ナシ・ゴレンにサテー。炒めご飯と焼き鳥みたいなものですよ。焼きたてはおいしいです!」
「あ、あっちは知ってる。タコスだよね。向こうのは〜わあ、でっかい肉の塊がまわってる〜」
「回転ケバブだよ。少し持って行かないか?」
 陽気な青年が塊の肉から薄く手ごろな大きさに切って、とろりとしたタレをかけてくれた。
「どうしよっか?」
「お弁当あるけど」
「こっちも美味しそう!」
 焼きたての肉の香りの誘惑は、空腹の子供達には抗いがたい。
「これ、少し頂戴!」
「サテー、みつくろってください」
「あ、もっと厚く切って」
「毎度!」
 今年のブルーシートの上にはお弁当と共に屋台から買って来たばかりのほかほか湯気のあがる料理が並んだ。
「いっただきま〜す!」
 おにぎりを右手にもってほおばり、左手に焼き鳥を持ってかぶりつく。
 鼻の頭に茶色いタレがついても気にしない。
 みあおも子供達も元気よく空腹のムシ退治に向かい、親たちはそれを優しい笑顔で見守っていた。

「もう〜。マム過保護です〜」
 昼休みの教室の一室。う〜ん、と少女がこめかみを押さえた。
「衣装の丈直しの為にスタイリスト連れて来るなんて〜」
 ハハハと明るい友の笑い声が少女を慰める。
「いいじゃないって。ありがたいんだから」
「そうだよ。この衣装ってけっこうはしりづらいもんねえ」
「それはそーですけど〜」
 彼女の母親はミラノの一流ブランドのオーナーだ。服のこととなれば黙っていられなかったのだろう。
「で、どれ着る?」
 少女たちはとりあえず、問題は横において衣装選びに入った。
「この狐巫女、かわい〜です。耳がベリーキュート!」
 一人の女の子が嬉しそうにみあおの衣装を手に取る。
「ちがうちがう。そーいう時にはね、萌えるっていうんだよ?」
「what?」「モエ?」
「そう、萌え! 日本が誇る文化だねぇ?」
 みあおの自慢げな顔に、少女たちはまだ小首を傾げるが、そろそろ時間もなくなる。
 午後の演目が始まる。
「レディーたち。服の裾上げしますから早く持ってきてください!」
「「「「「はーい!」」」」」
 明るい声たちが返事をする。
 親たちのカメラの光と太陽の輝き、光をいっぱい受けて子供達は駆け出した。

 今年の運動会は赤組の勝利に終った。
 後片付けの終った校庭は嘘のように静かだ。
 嬉しさのあまり跳びはねていた小さな子狐は、応援に来てくれた暖かい手をしっかり握っている。
 家に戻ったら、きっと一眠りして、目が覚めたらまた元気に跳びはねて、楽しい思い出を今度は家族に、語ってくれるだろう。
「あのね。すっごく楽しかったよ」
 見守る優しい瞳が柔らかく微笑む。
 大きな秋の夕日が移ったような紅葉の落ち葉舞い散る中、みあおは静かに、ゆっくりと二人で大切な時を抱きしめて、歩いて行ったのだった。