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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


インスマウス
●夏ノ終ワリ
――あの街、変じゃない?――
「いつもどおり、頼みます……仲介だけでも結構です」
――なんだか、夜中に変な音が聞こえるんだけど――
「私からもお願いします。今回の依頼は確実に私の友人が仕組んだ物です」
――街の人もさ、なんっていうか変だし――
「二人の気持ちは分かるが……」
――海に近いから当然だけど……なんか、臭いよね。街の人――
「IO2としても、今回の事件には部隊を派遣する事も視野に入れていますが……」
――臭い、と言うか、顔がさ――
「友…クリスの手口を考えると、無駄でしょう。バスターズでは、やられるだけです」
――それに、さ。聞いた話なんだけど――
「バスターズが敵わない相手に民間人が勝てると?」
――うん、聞いた聞いた――
「私は、打倒しうると考えています」
――聞いた? うん、それ。誘拐……――
「それと、ですが……」
――なんでも……生贄、だって――
「私の学友を名乗った女。神崎・京が関与している様です。私は、彼女と話をしたい。おそらく、彼女は怪異『インスマウス』の起こっている街にいると思います。出来れば……連れてきてください」
 開業をすると同時に草間興信所へと飛び込んできた二人の女性――蒼井明良と暮居凪威は、真剣な目で草間・武彦を見据えた。

●怪異ノ前ニ――トアル神ノ御元ニテ
 常の様に自らの仕える神についていた海原・みそのは、ある海辺の街から妙な『流れ』が漂ってくる事を感じていた。
――これは……――
 自らが仕える『御方』とは違うが、同じようにそれまで眠っていたような何かが身じろぎをしたような気配。
――『御方』がこの『流れ』に反応する可能性がある――
 漂ってきた流れを一瞥して判断した海原は、自分の元へ漂ってきた『流れ』を辿り、他にはどこに向いているかを確かめる。
 向いている先は――草間興信所。
――行くべきでしょう――
 『流れ』の様子から、動いているのは何者かを考えながら、海原は漆黒の巫女装束を身につけると、歩を向けた。

●怪異ノ前ニ――草間興信所
 目の前の二人から草間・武彦へと注がれる視線を前に、梧・北斗は背筋に怖気が走るのを感じた。
「生贄……まさかこのご時世にそんな事を考えるヤツがいるなんてな」
「実際に、生贄が行われているかは未確認の情報です……いくらクリスでも、その様なことはしていないと信じたいのですが……」
 梧の言葉に、暮居・凪威と名乗った女性は悩むように呟いた。
「生贄を捧げる事で神を召還することを行う。IO2が過去に当たった怪異に実例が確認されています。その時に在った施設が問題の街にあるのなら――住民をそそのかし、今回の怪異の発端となる者が現れてもおかしくはありません」
 IO2職員と名乗る蒼井・明良の言葉に、興信所が沈黙に包まれた。
 『インスマウス』は世間へ流布している度合いの高い怪異である事を考えれば、どこからでも現れる可能性は高い。問題の怪異が存在しているのなら、数多の貌・数多の名を持って暗躍をする怪異が存在しうるのだから。
 ジリリリ、と沈黙を破るように、興信所の電話から着信音が響いた。
「はい、こちら草間興信所――」
 億劫そうに腰を上げて電話に出た草間が、息を飲んだ。
「――何の用だ」
 何事かと悟が見ると、草間は煙草を噛みしめる様にして苦々しい表情を浮べている。彼の視線の先には、暮居の姿があった。
「まさか、クリス……?」
 音を立てながら腰を上げる彼女を前に、電話は続いていく。
「情報だと? 何を企んでいる。今回の怪異はあんたが企んだものではないのか?」
「かわってください! 私はクリスに用が――」
 駆け寄って草間から受話器を受け取ろうとする暮居。その手が、勢い余って電話のスピーカーフォンへの切り替えボタンに触れた。
「神崎・京は混沌を増やそうとしている、敵だ。放っておけば噂が加速し……神が産まれる所にまで行き着きかねない……以上だ。それでは、ナギの事を頼んだよ」
 プツ、と言う音と共に、通話音が興信所に響く。
「……言うだけ言って切ってきたな……」
「今の話が本当だとすると…一体その神崎・京ってヤツは何がしたくてそんなこと企んでいるんだ?」
 草間を見やりながら言うかたわら、梧は直感的に思う。
――考えても、そんな狂ったヤツの事なんか判るわけがない――
 何か目的があっても、根本が狂った人間は殆どの場合において常人には理解しがたい様な行動をとる。それこそ、理解をしようとすれば自分が狂ってしまうような行動を。
「蒼井さん、後の説明は任せました。私は……クリスを探しにいきます!」
「え? ちょっと――」
 それまで某然としていた暮居が、止める蒼井を振り切って外へと走り出していく。
「……昔はもう少し落ち着いていたんですけどね……ええと…街の噂をお話します。先ほどの電話にもありますし、かなり重要な要素のようですから」
 蒼井は苦笑をしながら座り直すと、二人を前にそう前置きして話し始めた。

●怪異ノ前ニ――呆レ或イハ怒リ
 ある街での怪異。生贄を用いて神を復古させようと言う試み――
「実に、掛値無しの馬鹿だな」
 草間・武彦から連絡を受けた安宅・莞爾は、怪異の内容を聞くと思わずそうもらした。
 生贄や苗床を確保する為に自ら手の込んだ根を張り、その上に神を呼ぼうというのは狂信者の暴挙以外の何者でもない。大人しく小さく纏まっているだけならいい物を、今回の様に大規模な問題・騒動にまで発展させるなど厄介が過ぎると言うものである。
『その馬鹿はどうやら色々いるようだがな。操る馬鹿、利用する馬鹿、操られ利用される馬鹿ってところか』
「これほどの事態になっているのなら、相手がどんな馬鹿でも放っておく訳にも行かないだろう。目的は怪異をつぶす事――でいいんだな?」
 苛立ちを混じらせながら言う安宅に、草間からの受話器越しの冷静な声が届く。
『あぁ、それ以外の事は他の者に任せる。あんたは相手を潰していってくれ』
「分かった。やるだけの事はやろう」
『頼むぞ』
 電話が切れる。
 安宅は、自らの武器、叢――日本刀に酷似した刃を持つ薙刀と言えばいいのだろうか――を手に持つと、怪異の起こっていると言う街へと出立した。

●怪異ノ前ニ――自室ニテ
「そう、クリスから電話が……」
 その日、興信所に出ていなかったシュライン・エマは、草間・武彦からの電話で、事件の話を聞くとそう言ってため息をついた。
 これまで起こった事件では、彼は暮居の為に怪異を起こしていると自ら語っていた。そのことを踏まえると、彼が今回の事件でわざわざ電話をして話してきた情報はかなり信憑性のあるものと見て間違いは無いだろう。
――すると、神崎氏の情報がもう少し欲しいところ――
「武彦さん。神崎氏の大学での専攻や、私生活での興味に出自。ここ最近で様子が変わったりはしていないかの調査をお願いできる?」
『クリスが言ってきた事を信じるのか?』
 草間が少し驚いたような声を上げる。
「信憑性も多少はあるようだし、依頼人さんも関与していると言っていたのでしょう? だったら、調べてみて損は無いと思うわ」
『分かった。こちらで調べておこう……結果が間に合うかは微妙なところだが…』
 歯切れ悪く、草間は言葉を繋げた。
『気をつけてくれ、今回は神とも言っている。危険になったら逃げてくれよ?』
「分かったわ、武彦さん。それじゃ、よろしくね?」
 電話を切り、エマはメモを取っておいた今回の情報へと目を落とした。
「噂……次はダゴンってわけね。核は似姿を刻んだ岩か偶像かしら……?」
 呟くような声が、自室に響いた。

●怪異ノ前ニ――思索
 榊舟・亜真知は、事件の概要を聞くと、すぐさまIO2へこれまで出ている行方不明者の情報提供を依頼した。その結果、手に入れた情報からは、とある共通点を掴む事が出来た。
――行方不明となった人は、全てオカルト関係に興味のある女性――
 それも、ただ少し興味があるだけ、と言う趣味の段階のものではなく、オカルト団体に所属すると言った段階の、かなりコアな人達である。
 このような人達を集めるのは、通常かなり難しい事である。しかし、今回の怪異では団体が問題の街に招かれ、そこで行方不明になっていた。
――明らかに、人為的な行動――
 生贄が真実であるかの証拠は無いが、これほど大規模な行方不明事件が起こっているにも関わらず、警察が被害者の身体がどこからも発見できない事を考えると、明らかに人為的なもの。生贄を必要とする儀式が行われている可能性が高い。
 榊舟は、IO2から受け取った情報を前に、今回の怪異についてそう結論付けた。
 怪異『インスマウス』と言えば、海の邪神ダゴンを召還し得るもの。生贄の儀式もそれに伴っておこなわれている物と予想できる。
――もし、これが噂を糧にして形作られた怪異なら、これが有効なはず――
 自らの電脳を支配下に置く力を起動させ、ネット上に噂を否定する情報を無作為かつ広域に伝播させる。
 噂が未だ広がっていない場所に流れた場合、噂がさらに広まってしまう可能性もあるが、否定する事を目的として流すのだから問題は無いだろう。
 榊舟は、ネットへの情報流布を終えると、一抹の不安を抱きながら問題の街へと向かう準備を開始する。
――情報が本当なら、神崎さんの正体は――
 『這いよる混沌』とある神話に潜む恐るべき怪異の情報が彼女の頭を過ぎった。

●怪異ノ街――隣ノ街
――匂いがおかしい――
 怪異が起こっていると言う街に行く前に、問題の街の隣の、同じような海辺の町に顔を出したシュライン・エマは、降り立った瞬間、顔をしかめた。
 磯の匂いがどこかから漂ってくる。それ自体はどこにでも見られる自然であり、何の問題も無い――匂いそのものが、妙な物でなければ。
 周囲を見ると、同じように妙な匂いを感じたのか、顔をゆがませながら首をかしげる旅行客らしき人影が見える。
――漂ってくるのは、問題の街の方角――
 この街の住人からの匂いでない事にエマは安堵を抱く。
 磯の匂いにまぎれて鼻についているのは、幾度か嗅いだことのあるものを更に歪めた匂い。空気を歪ませる様な、何も知らない一般の者ですらおかしいと顔をしかめ、耐性の無い者であれば意識し続ける事で昏倒しかねない程の代物。
「妙な事……? あー……妙に魚が取れる様になったとかは聞くかな」
 匂いのことを一度忘れ、近くにいた地元の住人に最近妙なことがなかったかと聞くと、そう言葉が返された。
「他には? 夜中に何か音が聞こえたりとかした事は?」
「ん? いや、聞こえるけどよ。波の音とか、近くの町で毎晩鳴らしてる太鼓の音とか。でもそれは最近の事じゃないぜ。相当昔から…ってな話は聴くかな」
「そう。それじゃあ――」
 愛想良く答える若い男に、エマはバックから一枚の写真を取り出し、そこに写る一人の女性を指差しながら尋ねる。
「――この人が最近来なかった? ちょっと探しているんだけど」
「あぁ、確かにきたよ。あんた、この彼女の知り合いかい? 隣町の変な噂を聞いてやって来たとか言ってたかな。儀式があるとか、魚顔の人とか。初めて聞くよう噂だったようだけど……どうも本当みたいだな。怖い事もあるもんだ」
「――彼女はどこに行ったって?」
「隣町。止めたんだけどな。行方不明とかって話はまだ聞いちゃいないから、まだどっかに泊まってるんだろうけど……見つかったら俺にも教えてくれないかな? なんか心配でさ」
「分かったわ、ありがと」
「よろしく頼むぞー」
 挨拶をして離れながら、エマは次に聞き込む地点の目星をつけた。

●怪異ノ街――行方知レズノ人
――使わないで済むのなら、それで良いのだけれど――
 万が一の備えのために。榊舟・亜真知は、結界を張るための基点を問題の街に設置していた。
 もし、問題の神が顕現したら自らの身にかけた『力』の抑制をある程度までは外し、街を閉じた結界の作成及び、その中に浄化の陣を敷く必要も考えなくてはならない。自分の力を解放することに加え、いらない歪みまで引き寄せる可能性のある行為だが……相手が相手である。妙な手の抜き方をしてしまうと、そこまでしてもまだ足りないかもしれない。
――とにかく、神の復活を阻止しないと――
 ため息をつきながら榊舟は立ち上がる。
 これまで榊舟が見てきた限りにおいても、この街には既にかなりの怪異が蔓延っている事が感じられた。
 街全体に漂う匂いは、ただ磯臭いだけでなくどこか甘ったるく、そこにいる者をより匂いの酷い所へ連れて行こうとし、現地の人間は殆どが顔立ち・立ち振る舞い・身体からの匂い…その全てに魚を思わせる何かがついてまわっている。
 手遅れなのだろうか、と言う思いが榊舟の頭をよぎる。
 結界を張る基点を打ち終えたら、すぐにでも結界を起動し、街の怪異を全て浄化した方が良いのかも知れない――
「そんなところで、何をやってるんだ?」
 突然。後から声がかかった。
「――こんにちは。ちょっと調べものです」
 榊舟が振り向いたそこには、険しい顔を浮べた男が立っていた。
「調べ物だぁ? こんな何も無いところを、か?」
 つかみ掛かる様に迫ってくる男を『見る』。
――どこにも変わったところの無い、普通の人間――
「いえ、物というより者。尋ね人ですわ」
「尋ね人……?」
 榊舟の微笑みに、男は戸惑った様な顔を浮べる。
「って、ああ。もしかして。あの観光の人達を探しに来たのか? なら、止めておいた方がいい。ろくな事にならん」
「行方不明の方達がどこに行ったのかご存知なのですか?」
「だから、ろくな事にならんから気にするな、探すな。祟られるぞ」
「祟り……ですか?」
 榊舟のその言葉に、男は顔をしかめながらこたえる。
「忠告を聞かないやつはみんなひっかかる。馬鹿の安売りをするわけでもあるまいし、もうちょっと人の話ぐらい聞いて欲しいもんだ。あの観光客の連中なんざ特にそうだ。海の連中の怒りを買うぞ、とか言ったのによ……」
 海の連中。その言葉に、今回の怪異について榊舟が持っている知識に思い当たる点があった。つまり、怪異『インスマウス』においてダゴンに仕えるとされる深き者ども。『インスマウス』が起こっている以上、現れる事が確実ともいえる存在。ダゴンに捧げる贄を求める僕。
 逸話に曰く。海の邪神に仕えるは深き海にいる者ども。深き者は贄を求め、自らが神へと捧ぐ。深き者は魚の貌を持ち、魚の躯より手足を伸ばす――
 現時点で榊舟が感じているこの空気、匂いからしてもそれが存在するだろう事は予測できていたが、男の話はこれを裏付ける形となる。
 それならば。この怪異を止めるにはまず深き者どもの居場所を知っておく必要がある。
「そうですか……では、どこならば安全なのでしょうか?」
 どこが危険か、どこを歩いてはならないのかと聞いてもまっとうな言葉は返されない。そう踏んだ榊舟はそう言って軽くカマをかけた。
「ん? あぁ……神社と海辺には近づかないでくれ。あと、街の連中にもあんまり声をかけるな。なにかあっても、責任とれねぇからな」
「神社、ですか」
「あぁ、あっちの山の上にあるからな、近づかないように。……ま、こんな街だ。いい思い出を持って帰ってくれ」
 自らを追い払うような素振りを見せながら言う男に、榊舟は微笑みを見せてその場から離れた。
――本命は山の神社の方でしょうか――
 視線の先の山には、気のせいか暗雲がかかっているように見えた。

●神社――黒衣
「あぁ、ソレは想定外だったな。いきなり此処に来るところを見ると――事件全体を俯瞰する事が出来る類の力か?」
 草間興信所に来ていた『流れ』を逆に辿っていた海原・みそのに、唐突にそんな言葉がかけられた。
 声の方を向いた海原が見るのは、『流れ』の行くつき先に立つ黒衣。
「まぁ、別にいいだろう。幸いにしてキミはナギを連れて来ていない。それは幸いと言うところか。ところで、キミの力だが。ソレはキミ自身が事件に干渉した時には――どうなるのだろうね? 俯瞰できる事件は関与する前の物か後の物か。関与した後に見える物は、果たして関与する前と違うのだろうか? 俯瞰する事は操作する事とほぼ同義だ。事件全体を操作した時――キミよりも上の視点から俯瞰している者がいるかいないかを知る事は出来ないだろう……と。いわゆるタイムパラドックスの概念と似たものになるわけだが――」
 延々と流れる言葉。全身を黒色のローブに包んだ男。その目深に被られたフードの下から注がれる視線は、紛れもなく好奇のソレである。
「……貴方は――」
「名前も名乗っていないな。そうだな、クリスと呼ぶのが最も一般的だ……あぁ、一部の者からは狂気に浸っているとされるわけだが、どうだろうね? あいにく自分自身では本当はどうなのか理解できないわけだ」
 クリスと名乗る男は、肩を竦めながら言葉を続ける。
「さて。話が完全にずれたな……とりあえずキミは、出番があるとしてもまだ先だ。事件をどの方向から『見て』いるのかは知らないが――この場所からなら、この事件がどのような終焉を迎え始めても間に合う。黙って俯瞰と行こうじゃないか」
「私のお仕事は、依頼人をご指定の方の所にまで届ける事です」
 俯瞰などしていられない、と言いながら踵を返す水原に、後ろから声がかかる。
「なら、何故依頼人と共にいない? 俯瞰者、気をつけるがいい。自らの能力を使うだけでは『仕事』を達することは出来ない。細い穴から見ることの出来る光景には、何かをしなければ手をかけられないという事を覚えておけ」
 眼下の街で数本の流れが衝突をする様子が、境内の端に立つ水原の視界に映った。

●怪異ノ街――深キ者ドモ
 梧・北斗が目の前の街の人に尋ねた瞬間。無数の敵意が辺りから湧き出した。
 視線を送ってこない方角はなく、人影は全て自分達の死角を割り出そうと集団で動く。これはまるで、
――まるで、街の人間全てが敵になったみたいだな、これは――
「どうやら、当たり、のようだな」
 横に立つ安宅・莞爾が、叢にかけられた枷へと手をかけながら言う。
「そうだな……で、あんた。この街に来た人達をどこに連れていったのか、言う気はあるか?」
「………知らんね。出て行ってくれないか? 正直、あんたらみたいな人がいると迷惑なんだ」
「追い出して、どうするんだ? 捕まえた人達を生贄にでもするのか?」
「…馬鹿馬鹿しい。なんだ? あんたら俺達にいちゃもんをつけにきたのか?」
「いや、そんな気は無い。だがな、あんた。なんでそんなに魚臭いんだ? まるで、あんた自身が魚みたい――」
 奇声が上がる。
 会話をする間から徐々に濃くなっていた腐った水の匂いが濃くなり、目の前の村人の容貌が人間離れする。
 両目は間が離れて大きく、あごはえらが張り出し、顔の中心は前にせり出しながら細長くなり――
 飛び退りながら梧は背に隠すようにして持っていた弓――退魔専用弓の『氷月』を取り出し、後ろにあった店舗の屋根から飛び掛ってきていた一体をすばやく撃ち抜く。
「情報は引き出せず、か」
「狂信者の類だ。拷問をしてもまず言わなかっただろうよ」
 違いない。梧が飛び掛ってきた相手が動かない事を確認しながら振り向いた場所には、叢を抜き放った安宅が血だまりに立っていた。
「相手がどこにいるかだけは分かる。集まっている場所を辿りながら探していけばすぐに――」
「いえ、そこまでする必要はありませんよ」
 二人の影から声が上がる。
「運の良い事に、梧さんが今話していた相手は被害者達を捕らえた場所を知っていたようですから。いたずらに消耗するよりは、直接向かっていく方が良いでしょう」
「あんた、どこに隠れていたんだ?」
 眉をひそめて声をかける安宅に、影から姿を現した女性――蒼井はたいした事では無いと前おきをしながら言葉を返す。
「気配を抑えながら皆さんの死角を歩いていただけです。ただの読心の応用ですよ、この手の技術だけは修練を重ねたのです」
「………で、向かう先と言うのは?」
「あぁ、そうでした。向かう先はあの山の方角ですよ。先に向かっていてください、私は後から来る人の道案内をする事とします」
 そう言うと、蒼井は姿を再び隠していった。
 二人の足元では、倒した『ヒト』が泡となりつつあった――

●山ノ社
 山に登り、鳥居を前とする。
 境内の奥の本殿をはじめとした棟が並ぶその光景は、本来は狛犬が置かれているであろう場所を見逃してさえしまえば、普通の神社と同じである。
 海の怪異を型とする像。そこからは街で『見えて』いた気配と同種のソレが渦巻いている。
 置かれている像が動く事はないことを確認しながら、榊舟・亜真知は鳥居をくぐり――境内に流れる強い腐臭に息を詰まらせた。
――間違いなく、此処は拠点――
 身体に神力を巡らせ、一般人が一刻と持たずに汚染される空気からの防壁とする。
 神社の境内は形を作る事で結界を成す。内の神気を漏らさず、外の俗世の空気を止めるとされるこれが、この場では逆の働きを見せている為に今のような状況となっているのだろう。いつの頃からとも分からない頃から集まり、積もった空気は、榊舟の力をもってしても一時で祓うことを許さないほど――
 唐突に、榊舟の周囲を囲うように気配が沸く。
 姿を見せたのは、数人の巫女装束を身に纏った者を従えた『神主』。その顔は
――怪異の記録に曰く。かの街の住人は蛙に似た容貌を持つ。それを人はインスマウス面と言う――
「貴女も、我らが神の地を侵す者ですか?」
「神の地、ですか――」
 漏らした言葉からの反応は無い。
「いえ、神域を侵す者など現れるわけがありませんね。申し訳ありません。……あぁ、なるほど。貴女も、神の糧となるために来られた方なのですね?」
 やっと得心がいった、とでも言うような表情を見せた『神主』が満面に笑みを浮べる。
「ならば歓迎いたします、どうぞこちらへ――」
 手が差し伸べられる。
 おそらく、捕まっている者達は連れて行かれるだろう場所で監禁をされている。ならば、わざと連れて行かれて捕まっている一般人達を救出した方が、
「……?!」
 差し伸べられた手が榊舟に触れると、弾かれた様に引かれた。
 榊舟の全身をめぐる神気に触れて火傷でもしたのか、出していた手を庇いながら『神主』が叫びをあげる。
「この者は、侵犯者だ!」
 気配が増え、視界に見える人間が全て『元人間だった何か』へと変貌を見せる。
 瞬く間に変貌を終えた『巫女』の数体が一気に詰め寄る。
 伸ばされたように迫る『巫女』達の手を、榊舟は蓄えた神気を解き放つ事をやめて冷静にさばき、自分の武装を取り出す機会を探るが――
――機会が無い――
 これまで出会った同じような怪異とは違う、誰かに指揮をされているかのような統率の取れた動き。自分が武器を始めから取り出していない事を見た、もし持っていたとしても取り出させない為の、休ませる時間をこちらに与えない為の連撃。救いは、相手が力を制限している状態でもなんとかかわすことの出来る程度の技量しか持っていないという事。
 気配が無い方向へ無い方向へと身を動かしながら攻撃をかわす。だが、その先は、
「そこまでですよ」
 境内の縁から広がる急斜面を背にした榊舟に、勝ち誇ったような『神主』の言葉がかけられる。
 人としての器を捨てたその姿が、榊舟の目には明らかに何者かの影響を受けているものであることがはっきりと『見え』る。
「貴女も、我らの神の糧となるので――」
 悠然と『神主』が語る。隙を逃さずに榊舟が空から自らの武装を引き出す――その前で、唐突に『巫女』達が倒れる。
 倒れた『巫女』達の身体に残るのは矢と一筋の刀傷。
「!?!!? これは――」
「この程度の力の人間が、影の世界に首を出すものではない」
「あんたらの企み、止めてやる!」
 倒れた『巫女』達の影から姿を見せるのは、鳥居の下から現れるのは、薙刀を模した魔刀を小脇に抱えた構えを見せる安宅・莞爾と、矢筒から引き出した矢を退魔の弓に番える梧・北斗。
 その姿に迷いを抱いたのか『神主』が動きを止め、すぐに自分を取り戻し従える『巫女』達への命を下すために口を開く。一呼吸するかしないか程の時間。それは、怪異に抗する武を備えた者達にとっては、充分過ぎるほどの隙。
 矢が飛び、魔刀が翻る。
 榊舟は、変貌した者達が倒れていく様子を前に、虚空から呼び出した弓に神気を番え、放つ。狙いは一つ。『神主』ではなく、『神主』に影響を及ぼしている異界の『力』の源――
 倒れる『巫女』達に無謀とも言える声をかけ、新たに現れた二人へと挑ませようとする『神主』の表情が愕然としたものに変わる。
「……!!! 見捨てるのか?! 貴女も神へ仕える神官ではなかったのか!?」
「誰に言っている。この程度の事も独力で出来ない人間が」
 『神主』へと、安宅の魔刀が突きつけられる。
「黙れ! 何も知らない人間が知ったような口を聞くな!」
「目の前を見ろ。分からんのか? あんたも所詮、ただの凡庸で詰まらん奴でしかないということが」
「俺達は止めようとした。あんたは企みを止められた。それだけの話だよ」
 弓を手に持つ梧の後ろには、既に立っている『巫女』の姿は無い。
 うめく様な声を上げた『神主』が、すばやく立ち上がりそれまで自らに力を送っていた方向――本殿へと走り、
「黒幕はそちらか」
 一言を言いながら魔刀を振るった安宅にあっけなく転ばせられる。
「……! くそっ! 女! なぜ助けな――」
「黙れ、人形が。使ってやったのに目的も満足に果たせない塵の分際で生意気な口を聞くのではない」
 声と共に、空気が凍りついた。
 這いながらもなお本殿へと進もうとしていた『神主』の動きが止まる。
「ふんぐるい…むぐるうなふ……は、こんな祝詞一つで信用する辺り、不十分に作られた人形なだけはある。もっとも、不十分になったのは――どうやら彼の『力』が誰かに邪魔されたからの様だけれど」
 どちらにしても、今の状況になるのが遅くなったかならなかったかの話。本殿からの声が近づき――その主が姿を見せる。
 現れたのは、女性。榊舟が以前見た時と同じ姿の女性――
「「神崎・京……!」」
 榊舟の声に、鳥居の下に新たに現れた人影の一人からの声が重なる。
「情報どおり……この間見せていた様子も演技、ってわけね」
「貴女にはIO2から確保命令が出ています。抵抗をせずに投降してください」
 姿を現した二人の女性、シュライン・エマと蒼井・明良の言葉に、嘲うような笑みが神崎の顔に表れる。
「ふぅん。ゲームに精を出しているだけかと思っていたのだけど。横から入った手には敏感なようね……」
 街全体に施した陣を思い出す。
 強い気配を放つ相手であるが、それはあくまでも今の状態と比べての話。榊舟自身が『力』の抑制をある程度まで外した時の物には及ばない。抑制を外し、浄化陣を起動すれば――捕まえる事は出来るだろう。
 時間を稼いで欲しい、と視線を他の者達に送る、が
「さて。ここでの用は済んだ。外れである事も分かったし――出て行かせてもらうよ」
「待て! ここでの企みがあんたのものなら――」
「行かせるわけには行かない? そんな生きの良い台詞。今度あったときにも聞かせてもらいたいね」
 梧の言葉に足を止める神崎。そこに、強い踏み込みと共に切りかかった安宅の一刀がまともに入る。依頼人が会う、と言っていたことを念頭に置いた刃の背を使った一撃を受け、あっけなく神崎が倒れる。
「――あっけない……?」
 あれだけ気配を放っていたにも関わらず訪れた、あっけない幕切れに、その場の面々にいぶかしむような表情が浮かぶ。
 確認のために、魔刀の先端で神崎の身体に触れていた安宅がやはり、と言う言葉と共に苦渋の表情を浮べる。
「偽物だ……」

●語ラレタコト
『専攻は民俗学。図書館で様々な文書を読みふけるかたわら、フィールドワークもおこなっている……あぁ、『こちら』の世界で有名な某大学にも留学経験があるな。論文こそ執筆していないが、有能な学生だったらしい。もっとも、その経歴は5年より前を辿る事は出来なかった。全て架空の経歴が並べられていたよ。この偽証には一般的な暴力系組織が絡んでいたが、その組織は既に消滅している。構成員は全て行方不明――消されているだろう』
 海原・みそのがクリスと名乗った男から離れると、自分へ向かってくる『流れ』が眼に入った。源になっているのは、一人の女性――暮居・凪威。
 息を切らせながら走ってきた彼女は、海原の目の前で足を止める。
『最近の動向だが――フィールドワークとして調査に出かける回数がかなり増えている。大学に居る時間と比べると、外に出ているだろう時間の方が長い程だ。理由はなんでも『私的な研究の為』だそうだ。どこまで本当かは分からないがな』
 大丈夫ですか、と言う声で足を止め、海原が探し人の事を話すと、暮居は礼の言葉と共に、口を開く。
――それでは、ここに彼はもういませんね――
『IO2には、怪異のあった場所における目撃証言が多いことから、注意すべき人物とされていた。あくまで目撃しかなかった為にIO2内でもその扱いには意見が分かれていたようだが……前回の事件により確保指令が降りている』
 なぜかと問う海原に、暮居は疲れたような笑みで答えた。
――かくれんぼみたいなものです。鬼を見つけた人は逃げるものですから――


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1388 / 海原・みその / 女 / 13歳 / 深淵の巫女
 1593 / 榊舟・亜真知 / 女 / 999歳 / 超高位次元知的生命体・・・神さま!?
 3893 / 安宅・莞爾 / 男 / 18歳 / フォーマーカンパニーマン
 5698 / 梧・北斗 / 男 / 17歳 / 退魔師兼高校生

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■         ライター通信          ■
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 藍乃字です。
 毎回の様に遅刻をしてしまい、大変申し訳ありません。
 さて、次回ですが。11月30日前後を予定していますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、縁がありましたらまた次回お会いしましょう。