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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


天下裏五剣 斬之壱“骨喰”

 古来より、世に天下五剣と謳われし伍振りの刀あり

 大江山に棲まう鬼の首魁、酒呑童子の首を刎ねるに用いられたと云う霊剣
 童子切『安綱』

 初代執権、北条時政に依り憑き苦しめた鬼を自ら切り捨てたと伝う霊刀
 鬼丸『国綱』

 小鍛冶の異名を取る名人、三条宗近の作による刃縁に三日月の紋を持つ不殺の剣
 三日月『宗近』

 加賀前田家に伝わりし、物の怪を寄せ付けず病魔を打ち祓ったと云われる宝刀
 大典太『光世』

 法華経の開祖、日蓮上人の護り刀にして柄に数珠を巻いた破邪顕正の太刀
 数珠丸『恒次』

 そして現代、怪奇渦巻く魔都東京。
 其処に集いし、奇しくも同じ伍振りの刀。
 人心惑わし狂気に誘い、生血を啜る妖刀鬼剣。

 其の名も、天下裏五剣

◆消えた刀◆

「あれ、オカシイねぇ……確かここらに置いといたハズなんだけど……」
 雑然と物が並べられた店内。
 普段は何が何処にあるかほぼ完璧に把握しているのだが、稀にこう言うことがある。
 特に、自我を有していたりする品物は、蓮が少し目を放した隙に店の外へ出たりするので厄介だ。
「でも、ちゃんと封印してあったから、勝手に動くはず無いんだけど……っと、あったあった」
 崩れた本の山の中から、蓮はようやく目当ての物を掘り当てた。が……
「……おや?」
 それは護符や注連縄で厳重に封印された剣。その鞘の部分。鞘に収まっていた筈の刀剣本体は何処を探しても見当たらない。
『……繰り返し、お伝え致します……』
「……ん?」
 その時だった。店の片隅に置かれていた年代物のラジオから、慌しい声が聴こえてくる。どうやらニュースの速報のようだ。
『昨夜未明から都内各所で発生している謎の連続通り魔事件を、警視庁は同一犯によるものであるとの見解を発表……』
 なんとも物騒なそのニュースに、蓮は思わず耳を傾ける。
『目撃者の証言に拠ると、犯人は日本刀のような凶器で次々に通行人を斬りつけ――』
 と、そこまで聞いて蓮は、ラジオのスイッチを切り店の窓からを夕方の空を仰ぎ見る。
「これはチョイと、ヤバイ事になってきたねェ……」
 暗く重苦しい空気に満ちた東京の空。
 それは、見る者に嵐の前の静けさを思わせるような、そんな空だった。

◆雨中血闘◆

――ザァァァァァ……
 まるで瓶をひっくり返したかのような土砂降りの雨の中で相対する2人の男。
 黒髪に赤い瞳をした青年の足元に転がる、刃の根元、俗に弱腰と言われる部分からふたつに断ち折られた刀。
『……チッ』
 視線は前を見据えピクリとも動かさず心の中で舌打ちする。握った拳から滴る血が痛々しい。
 彼自身が手ずから打ち上げた刀だ。決して粗刀という訳ではない……にも関わらず、こうも見事に断ち折られては、己の未熟さを疑いたくもなるというものだ。
 対して、彼の眼前に佇む影はそんなことには露ほどの感慨すら抱いてはいないようだ。
 右手で無造作に下げ持つ刀は、つい今しがた彼の刀を断ち折ったもの。遠目からでは判らぬが、おそらく曲がるどころか刃毀れひとつありはすまい。
 打ち合ったときの手ごたえと、何より長年培った刀匠としての勘が彼にそう継げていた。
『……ったく、なんて刀だ。まさかこれほどまでとは……』
 さすがは天下裏五剣と称されるだけのことはある。
 己の作品を殺されたことへの怒りは無論あった。だが、それ以上に天下に名だたる業物と直に触れ合う機会に恵まれたことに彼は感謝していた。
 それは刀匠の性。
 とは言え、このまま悠長に構えているわけにもいかない。相手に引く気配はないし、何よりその手に持った刀を奪い返すことが今回の目的だ。
 男の手が、ゆらり、と持ち上がり左手が柄頭へと添えられる。構えは二階堂平法の一の構えに似た、刀身を寝かせて構える特異な型。
 こちらは既に刀を折られ無手同然で攻撃を受ける術はなく、短刀や小柄も無いではないが、彼の刀を断ち折るほどの攻撃をそんなもので受けきれるとは到底思えない。
 と、なれば成すべき事はひとつ。手の内に仕込んだ小柄を握りこみ、掌の傷口をすこしだけ深く裂く。
 痛みとともに流れ出る血に意を通し、傷口から全身に気を巡らせ……準備を終える。
『他の連中が来るまで持てば恩の字……。まったく、分の悪い勝負だ』
 雨と血に濡れた拳を握り締めそんなことを考えながら、彼は事の始まりに思い出していた。

◆骨喰厳十郎影正◆

「みんな、よく来てくれたね」
 夕闇迫るアンティークショップ・レンの店内。
 そう言うと、蓮は彼女の依頼に応え集まってくれた5人の青年たちに向かって小さく頭を下げる。
 普段の碧摩・蓮という女性を少しでも知る人物が彼女のこの行動を目にしたならば、目を丸くして驚いたことだろう。
「礼を言うのはまだ早い。俺たちはまだ何もしちゃいない」
 集まった5人のうちの1人。安宅・莞爾(あたか・かんじ)がそう言って蓮を制する。
「……この事件を解決できたならその時は、礼でも何でもしてもらうさ」
 平素から彼女を知る人物の1人、上霧・心(かみぎり・しん)もそれに頷く。
「まずは情報を寄越せ、蓮。消えた刀がどんなものなのか、そいつを知らなければ話にならん」
「そうですね。それに、いま都内で起きている連続通り魔事件。この犯人が消えた刀を持っていると蓮さんが言う、その理由も含めて」
 心に続いて口を開いたのは、集まった面々の中では最年少の高校生、櫻・紫桜(さくら・しおう)。
 アンティークショップ・レンの店内で保管していたはずの刀が消えた。都内で起きている連続通り魔がその刀を持っているかもしれない。
 そんな風に大雑把な情報を伝えられただけで、彼らにはまだ詳細な情報が知らされていない。心や紫桜の言うことも最もである。
「……そうですね。……知らないことが命取りになるかもしれません。どんな小さな事でも知っておいた方がいいでしょうね」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず。確か孔子の言葉でしたね」
 伏見・夜刀(ふしみ・やと)に加藤・忍(かとう・しのぶ)。
 皆それほど蓮と親しい関係にあると言う訳ではないにも関わらず、今回の事件を解決するために手を貸そうと名乗り出てくれた者たち。
 居並ぶ5人の若者達の顔を右から左へゆっくりと眺めて、蓮はゆっくりと語り始める。
「消えた刀の名は……骨喰厳十郎影正(ほねばみ・げんじゅうろう・かげまさ)。俗に天下裏五剣なんて大層な名前で呼ばれる妖刀のうちの一振りさ」
「骨喰……だと!?」
 さすがに代々続く刀匠の家系に生まれた心にはその名に心当たりがあるらしい。驚きのあまりに我知らず席を立つ。
 骨喰。それは平安の昔から切れ味の鋭い剛刀にしばしば冠せられた異名であり、名工の手によって打たれた刀や薙刀にその名を冠するものは数多い。しかし、現存するものとなると話は全く違ってくる。
「話を続けるよ……コイツは、手にした者を狂わせ血の狂気へと誘うと云われる物騒な刀でね。持ち主のなかには、一族郎党残らず斬り殺して最期に自分の首を刎ねた……なんてヤツもいるくらいさ」
 巡り巡って蓮のもとへ持ち込まれるまでに、果たしてこの刀がどれだけの血を吸ったのか……想像もつかない。
 そう言って、蓮は皆が座る机の上に何かを置く。
「……これは?」
 それは、おびただしいまでの呪符や注連縄で封印が施された一本の鞘。鞘と柄とを繋いでいた赤い緒が無残にも引き千切られている。
「作刀者は茎(なかご)に彫られた銘から相州影正と見て間違いない。室町の頃の刀工で、相州伝の鬼才と言われながらも表の史書や文献には一切名前の残っていない謎の人物さ」
 その後も蓮の詳細な説明は続く。刃長は二尺四寸八分(約75センチメートル)、地肌は梨子地、刃紋は丁子刃。拵えは天正拵。知りえる限りの詳細なデータを5人に伝える。そして……
「事実かどうかは確かじゃないが、影正は……鬼に襲われ幼子を含む家族全員を喰い殺されて、それより後『人はもとより鬼すらも斬り伏せることが出来る刀』を目指すようになったらしい。それこそ何かに取り憑かれた様にね……」
 そして、鬼殺しの刀を求めた男が生涯の最期に命を賭して打ち上げた妖刀、骨喰厳十郎影正。
 刀に宿るは執念か、はたまた鬼への怨念か……。

◆血刃繚乱◆

「――ッッ!」
 踏み込みと同時に横一文字に繰り出された薙ぎ払いを、同じく一歩踏み込み刃で受け、瞬間、手首を返して釣り上げるように力を加え、受けた刀を押し切らんとする横一文字のベクトルを上方へとずらして軌道を変える。
 敵の刃は心が企図した通りの軌道を描き吹き過ぎる。本来ならばここで体勢を崩した敵に向かって反撃の一刀を見舞うのだが、
『くそ、なんて力だ……』
 受けた刀ごしに伝わる衝撃の大きさに反撃の挙動が一瞬遅れる。その隙に相手は体勢を取り直し、次なる一撃への踏み込みを開始する。
 ここで無理に反撃を仕掛けたとしても、結果は良くて相打ち。下手をすれば踏み込みの差でこちらが斬り負ける。
 相手の斬撃を受け、流し、弾いて、更に次の一撃に備える。この繰り返し……
 先ほどは剣の方が衝撃の連鎖に耐え切れず折れてしまったが、今度の得物はその点に関してだけは問題ない。
 心が手にしているのは無論先ほど断ち折られた刀ではない。血のように赤い……いや、血そのものの朱で染まった様な赤い刀。
 それは事実、心の血で形作られたもの。決して折れぬ心の意思を正しく体現する『血刀』。
『だが、このままでは……』
 しかし、決して折れぬ刀を手にしているとは言え心が後手に回っていることに違いはなく、このままの状態で打ち合いを続けては心の敗北は必定。この血刀とて無限に維持し続けられるわけではない。
 事態を打ち破る一手を打つ必要があった。
『仕方ない!』
 手にした血刀に気を込める。文字どおり血の沸き立つような感覚が心の全身を駆け巡る。
 振り下ろされる袈裟懸けの一撃。両の手に力を込め腰を落とし正面からそれを『受け止める』。
「……!?」
 今まで受け流しの防御を続けていた心が防御の型を取り完全な受けの体勢を取る。その突然の豹変振りに男の剣筋が僅かに鈍り、そして男の手にした妖刀と心の血刀がぶつかった……次の瞬間。
『刃陣血殺ッ!』
 心の意思を受け血刀が鋒から霧散する。
 血刀から湧き出た朱い霧が、男の手にした刀に絡みつきその動きを封じるのみならず、2人の周囲を包み込むように広がってゆく。
「結界かッ!?」
 土砂降りの雨すらも遮るほどに強固な血の結界に男がはじめて声を漏らす。だが時すでに遅し。血霧は徐々にその姿を無数の血刀へと変え、その鋒を男へ向ける。
 心の奥の手。血刀の結界による全方位攻撃『亜流・刃陣血殺』
 如何なる剣の理を修めようとも、その術理に在り得ぬ全方位からの攻撃を男が受けきれる道理はない。
「討て」
 心は勝利の確信をもって宙に座する血刀たちへ最後の命ずる。我が敵を討て……と。

◆東京八卦◆

「その刀が如何なるものなのか、それは判りました。ですが、件の通り魔がその刀を持っていると、何故そう言えるのです?」
「……確かに。いざ捕らえてみてから人違いでした……では済みませんものねぇ……」
 忍と夜刀がそれぞれ口を開く。
 蓮は都内で起きている連続通り魔事件の犯人が妖刀に取り憑かれた人間ではないかと言うのだが、その根拠はあまりに乏しい。
「分かってるよ。ソレを今から説明しようとしていたところさ……この地図を見な」
 そう言って蓮が取り出したのは、ごく見慣れた東京の地図。
「最初の事件がおきたのが……ここ」
 目黒の辺りを指差して印を打つ。この蓮の言う事件とは、もちろん連続通り魔事件のことだ。
「次が……ここ。その次はここだ……」
 そう言って次々に地図上に点を打ってゆく蓮を冷めた表情で見つめる忍。だが、その表情とは裏腹に心の中では義憤が渦を巻くほどに猛っている。
『人の世には盗ってはならない物がいくつかある。人の命もまた然り。それを……』
 蓮の手によって地図上に穿たれてゆく点。それは取りも直さず此度の事件で命を奪われた犠牲者の数に他ならない。
 目黒にはじまり、中野、板橋、赤羽、足立、葛飾、江戸川、新木場……
「そして、一番新しい事件がここ。つい先ほどニュースにもなった有楽町……」
 最後の点を打ち終えて、ふぅ、と息を吐く。
「これが、どうかしたんですか?」
 通り魔事件の軌跡を記した地図を眺めながら、未だに納得がいかないように蓮に問いかける紫桜。他の四人も同様の表情だ。
「犯人が環七から都心に向かっているってのは何も今に知れたことじゃない。おかげで都内どこに行っても検問だらけの渋滞だらけ。動き辛くてしょうがない」
 地図に示された環七通りを指でなぞりながら呟く莞爾。
「……まさか!?」
 しかし、その様子を見て夜刀は何かに気がついたらしい。目を見開き口元に手をあて驚愕の表情を浮かべている。
「気付いたようだね。そう、この通り魔は普通じゃないのさ。……犯行現場をこうやって……順に線で結んでやると……」
「あっ!」
 穿った点を線で結び、そこに現れたモノを見て紫桜が声を上げる。
「これは……八卦」
 それは都心を中心に据えた巨大な八卦図。羅盤とも称される古代中国に単を発する生粋の魔法陣。
「通り魔の犠牲者は有体に言えば生贄……三重の八卦図を描く支柱に捧げられた人柱ってトコだね」
「犠牲者の数は32人。そのすべてが人柱だって言うんですか……ッ」
 紫桜が湧き起こる怒りに我知らず机を打ちつける。しかし、それを指摘するものは誰一人としていない。程度の差こそあれ皆同じ気持ちなのだ。
「そして、この八卦の中心にあるのが……」
 蓮の指差す場所を見て、5人は今度こそ絶句する。
 東京の中心。東京都千代田区千代田1番。伝説には神の血を引くとされ、日本で最も古い歴史を持つ血族が住まう行宮。
「皇居……」

◆雨之夜桜◆

 目の前で起きた出来事を心は信じることが出来なかった。
「バカな……」
 あまりに予想を超え過ぎた事実に対して、脳がそれを真実として認識しない。夢か幻と言われた方がまだ説得力がある。
「賢しい……。見事な業だ」
 重く低い声で心の技に対して賞賛を送る男。だが、その身体には血の一滴すらついてはいない。
 心が渾身の血と力を込めて放った『刃陣血殺』の全方位囲攻撃。あろうことかこの男は、百に届くかと言う血刀の群れをひとつ残らず斬り捨てたのだ。
『血が……足りない』
 必倒を企図して放った奥の手をものの見事に受けきられ心は大地に膝をつく。血を放出したことによる一時的な貧血。しばらくの間は血刀一振り作り出すことも叶わない。
「殺すには惜しいが致し方なし」
 膝を着き荒い息を吐きながら頭を垂れる心に向かって、男は大上段に刀を振りかぶる。敵は心の回復を待ってくれるほど甘くはない。
『せめて一撃で、苦痛を感じる間もなく殺してやるのがせめてもの情けと言うことか……』
 血を使いすぎた為だろう。眼は眩み、耳に届くのは土砂降りの雨の音のみ。そうやって心静かに最期の時を待つ。
『……おかしい』
 しかし、心が幾ら待ってもその時は訪れない。
「……さん!」
 雨音に混じって聴こえる誰かが誰かを呼ぶ声。それは次第に鮮明さを増してゆき……
「上霧さんッ!!」
 その声が自分を呼ぶものだと理解したとき、心はようやく我に返った。
「……上霧さん、よかった……無事だったんですね」
「夜刀……それ……に、紫桜?」
 気を抜けば、すぐまた暗転しそうな意識を振り絞り、心は周囲の状況を確認する。
 そこに居たのは、心配そうな顔で心を見つめる夜刀と件の男と相対する紫桜。その手に握られた刀は刀身半ばから紫桜の左の掌へと埋没しており、まるで紫桜という名の鞘から今まさに抜き放たれんとしているかのようだ。
「上霧さん、無理はしないで下さい。大丈夫、しばらく時間を稼ぐくらいなら俺にも出来ます」
 掌から抜き放たれた剣を構えなおし、男と相対したままで紫桜は心にそう声を掛ける。
 彼の得手は主に柔道や合気道などの無手の武術であったが、剣がまったく使えないと言う訳ではない。自ら好んで使おうとは思わないが、その身の内に秘めたる剣もまた妖刀鬼剣の類である。
「ち……が……」
 男と相対する紫桜に何事かを伝えんと心は声を搾りだす……が、
「……ち、血ですか? 大丈夫、確かに大量に血は消耗しているようですが、命に別状はありません。それに僕も多少ですが治癒の魔術を使えますから安心して休んでください」
 血と体力を消耗し尽くしたそれは意味を成さぬ呻き声にしかならず、心の本意を伝えることは叶わない。
『……ちがう。その男と正面からやりあってはいけない。その男の能力は……』
 そこで心の意識は闇に落ちた。意思がどうあろうと心の身体は主に休息を強制するほどに消耗していたのだ。
「上霧さんッ!?」
「……大丈夫、気を失っただけです」
 背後で頽れる心の気配に紫桜が声を上げるが、心の傍らの夜刀がそれを制して立ち上がる。
「……とは言っても、このまま放っておいて良いと言う状態でもありません。大量に血を失って身体が冷え切っています」
 早急に輸血なり何なり適切な処置を施さなければ命に関わる危険もあり得る。
 夜刀は小声でそう告げると、剣を構えて微動だにしない紫桜の斜め後方へと移動する。紫桜をサポートするためだ。
「わかった……」
 紫桜は静かに頷いて眼前の敵を見据える。
 争いごとなどはしないにこした事はない、紫桜は常々そう考えていた。だが人の命を背負った今はその時ではない。戦うべき時だ。
 唾を飲み構えを直すとカチリ、と手にした剣が鳴く。手にした剣がいつになく重い。
 それは、もしかすると命の重みと言うものの一端かも知れない……そんなことを、思う。
「……いきます」
 背後に立つ夜刀の口が聞き慣れない言葉を紡ぎ出す。
「ハァッ!」
 それを合図にするかのように紫桜は大きく一歩踏み出した。先にあるのは自分と同じく刀を構えた痩身の男。
 本業でないとは言え、自分よりは深く剣の道を修めたであろう心を相手にして全く無傷といって良いその男を相手に、後手に回って勝ち目はない。
 夜刀と連携を以って先を制して刀を奪う。場合によっては数日病院のベッドで天井のシミの数を数えてもらうくらいはしてもらうが、それでも殺しはしない。

「方術士か……」
 呪文を唱える夜刀の姿に男が小さく声を漏らす。
 敵は若い。精悍な顔つきをしているが、恐らくは2人ともまだ二十歳に満たぬ年だろう。それを思うと剣を握る手から力が抜ける。
 だが、術士と剣士による連携攻撃に対して手を抜いて掛かればこちらも只では済まない。
「……ッッ!」
 呪言を紡ぎ終えた術士の青年の手がこちらを向く。
「セイッ!」
 同時に斬り込んで来る学生服の青年。
 先ほど、赤目の青年が見せた剣の業と術の冴えも見事だったが、それにも勝るとも劣らぬ見事な連携。
 狙いは、刀を構える人体の中で最も前に出る部分。即ち篭手。
『……よい目をしている』
 斬り込んで来る青年に瞳に迷いはない。篭手打ちで剣を奪いこちらを無力化するつもりだろう。彼らの目的がこの刀の奪還だとするならばそれは悪くない手だ。
 躱すか、受けるか。
 僅かに身体を後ろに逸らすだけで篭手打ちは躱せるだろう。だが、躱した先に待っているのは恐らく術士の青年が放つ方術の矛先。
『受けるか?』
 しかし、受けたとしても結果は同じ。攻撃を受けきる為に足が止まったところを方術が襲い、剣士の少年の更なる追い討ちが繰り出されるだろう。
 躱すも受けるも結果は同じ。後手に回って勝ち目はない。
『ならば……ッ!』
 取る手はひとつ。攻め手のみ。
「オオオオオッ」
 手を決し、雄叫びを上げ、そして男は……今まさに振り下ろされんとする紫桜の剣に向かって、大きく一歩を踏み込んだ。

 この一合で勝負は決まる。
 繰り出される夜刀と紫桜の見事な連携を見た者は誰しもそう思ったことだろう。当の夜刀と紫桜もその結果に些かの疑いもなかった。だが――
「オオオオオッ」
 男の行動はあらゆる意味で彼らの期待を裏切るものだった。
 躱すでもなく、受けるでもなく、あろうことか紫桜の振り下ろす白刃に向かって大きく踏み込みその身を晒す。
『なッ!?』
 それは生半な心胆で取れる行動ではない。
 確かに紫桜の持つ刀は、彼の手の内にある限り木刀に等しい威力しか持たない。だが男がそれを知る筈は無いし、何より木刀であっても当たり所が悪ければ人は死ぬ。
 しかし。男の行動は死を恐れないだとか捨て身だとかそう言ったものでは決してない。それは死などとは最も縁遠い絶対的な勝利の確信が在ってはじめて打てる一手。
 篭手を狙った袈裟懸けの斬撃に向かって大きく踏み込み、それによって得られる運動力と膂力とを掛け合わせて鍔元でそれを受け止め押し返し、横薙ぎに一閃。
 そして、その体捌きは同時に夜刀の方術からの防御にもなる。踏み込むことで紫桜の身体が夜刀と男との間に入り、そのまま術を放てばそれは紫桜を直撃する。
「そんなッ!?」
 結果、放たれるはず機を逸した術力は夜刀の掌で霧散して消える。
 二つの防御を一挙動のうちにして成す。その常人を逸した技を以って、男は夜刀と紫桜の連携を見事に破って退けた。
「なんてヤツだ……」
 男の横薙ぎを踏み足を蹴り戻して飛び退いて避けた紫桜。そこは奇しくも切り込む前と同じ位置。
「……どうすれば……」
 夜刀も紫桜も戸惑いを隠せないようで、不安そうな声を漏らす。
 彼我の技量差は先刻承知。だからこそ先手を取り夜刀との連携を以って当たったのだ。だが、それすらいもと容易く破られた。
 2人の胸中に浮かぶ『敗北』の二字。だが、男はそれすらも裏切った。
「あっ……」
 唐突に、男はなにを思ったか剣を納めて身を翻し、2人に背を向け走り出す。果たして追うべきか、追わざるべきか……
「……いったん蓮さんの店に戻りましょう。上霧さんの容態も気になります」
 決断を口にしたのは夜刀だった。これだけの力量差、足手まといにはなるまいが、力になることも出来ないだろう。
「そうですね。あとは……あの2人にお任せしましょう」
 左の掌に剣を納めながら紫桜もそれに同意し、心を背負おうとする夜刀に駆け寄り方を貸す。
「……あとは頼みます、安宅さん、加藤さん」
 男の走り去った方向を見て夜刀が呟く。紫桜もそれに倣うようにして其方を向く。
 自分達では止めることは出来なかった。だが、あの2人ならば……
 そんな期待を抱きつつ、男の目的地で待ち伏せる2人の仲間の無事を祈らずにはいられなかった。

◆求むるものは◆

「……ま、まさか、この犯人は『あの方』の命を!?」
「いや、それは有り得ん。彼を殺して喜ぶものは誰も居ない。それに神の血を引くとは言っても遥か昔のことであって、今は只人と変わらない」
 東京の地図に描かれた三重の八卦の中心を見ながら驚愕する夜刀を、蓮はそう言って煙管を一服。
「ならば、ヤツの目的はなんだ? 東京にこのような大規模の結界を張って、いったい何を企んでる」
 地図を見つめて思案する莞爾。
 大体の目的地は分かった。だが、そこで犯人が何を目指しているのか分からなければ対処の仕様がない。
「それに、通り魔の目的が仮に行宮だとしても、それが骨喰を持った者の仕業だとは断言できないのではないですか?」
 先ほどから忍が述べている疑問。通り魔と骨喰をもつ者との繋がりはまだ明らかになってはいない。
「……あんたたち、皇室御物ってのを知ってるかい?」
 そんな忍の疑問を制して、蓮は唐突にそんなことを言い始める。
「皇家が所有する私有品で、一族の肖像や縁の深い美術品や刀剣が主だったハズだが……まさか!?」
 蓮のその問いに、すかさず忍が答えを返し……そこでハッと思い当たる。
「そう、その『まさか』……だよ。一般には知られちゃいないが、御文庫に納められた数々の御物のなかにあるのさ……結界の内に封じられた天下裏五剣の一振りがね」
 行宮の奥深く。一般の立ち入りが硬く禁じられた場所にある御文庫と呼ばれる建物。
 蓮とて敵の目的を知っていた訳ではない。
 消えた骨喰の行方を追うなかで、ふとしたキッカケから八卦の人柱とされた人々が殺された現場を回り、情報を集め、その中で犯人が骨喰を持つ者であるということを掴んだのだった。
 はじめのうちは、自分ひとりの力で何とかしようと思っていた。だが、敵の目的の大きさを知るにつけ独力での解決は無理であることを悟り……
「それで、あんたたちに集まってもらったって訳さ」
 消えた骨喰、天下裏五剣、通り魔、東京を包む八卦陣、そして行宮。
 こうしてバラバラだった事件のピースは、ここでようやくひとつの形となって5人の前に姿を現した。

◆妖刀を振るう理由◆

「妖刀を振るう方……貴方には待つ人、帰る家はないのですか?」
 抜き身の刀を下げた男を前にして、忍はそう問いかける。
「……そのような者が在れば、どれほど救われることだろうな」
 男と忍との間に殺気は無い。忍の傍らに立ち、2人の様子を窺う莞爾もまた同様。
 御文庫に張られた結界を解く。そのためだけに32人もの人間を犠牲にして東京の街に八卦陣を巡らせた非道の通り魔。
 しかし、御文庫で待ち伏せていた莞爾と忍の前に現れたのは、とてもそんな事をするようには見えない、落ち窪んだ瞳に悲しみを湛えた長身痩躯の男。
「ひとつ、お聞きしたい」
「……何かな」
 五月蝿いくらいの土砂降りの中で、忍はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なぜ、このような事をするのです。貴方の目的は何なのですか?」
 例え相容れぬ敵であったとしても、刃を交えねばならぬ間柄だったとしても、忍はソレを訊かずにはいれなかった。男の瞳はあまりに哀しく、そして自分と同じく義に生きる男の匂いがしたから。
「……鬼」
 男が小さく呟く。哀しみに満ちた男の瞳が僅かに揺れる。その奥に見えるのは執念、或いは怨念と言う名の暗い熾火。
「鬼を、斬る為に、力が要る……。たとえ他人に没義道との誹りを受けようと、この身を冥府魔道に堕そうとも、俺には斬らねばならん者がある」
 決して妖刀に引き摺られての事ではない。すべては自身の意思でやった事。男は静かにそう告げて、もうこれ以上語ることは無いとばかりに、ゆっくりと剣を構えてその鋒を忍へと向ける。
「そこまで言うのならば是非も無い……。私は私の仕事をさせてもらいます」
 忍もそれに応えるかのように手にした木刀をゆっくりと構える。それは小野派一刀流に用いられる、鎬が丸く反りの無い二尺三寸五分の木刀。
「最期に、名前をお聞きしても宜しいですか?」
 徐々に張り詰めてゆく空気の中で、これが真に最期の問いと意を決して忍が問う。
「……相模、影正」
 問いに応えて男は名乗る。しかし、それは何たる奇縁。
 家族の敵の鬼を討たんと執念を燃やした刀鍛冶、その最後にして最高の作品は数百年の刻を経て、奇しくも同じ名を持ち、同じく鬼を斬らんと欲する男の手に握られていた。

◆剣閃乱舞◆

「ハアッ!」
 先に仕掛けたのは莞爾だった。
「ぬぅっ!?」
 手にした得物は愛用の長巻『叢』。その長尺の間合いを利して繰り出される攻撃は、例え達人と称される者であっても容易に応じられるものではない。
「セヤッ!」
 更に男を追い詰める風の如き忍の攻撃。莞爾の繰り出す攻撃の軌道を的確に読み、男がそれを避ける軌道上に重ねるようにして斬撃を放つ。
 莞爾にも忍にも一切の油断は無い。この男がここに辿り着いたという事は、先に控えていた心、夜刀、紫桜の3人を打ち破ったという事。それほどの手練を相手にして油断など出来ようはずも無い。
 間合いの内と外から止まる事無く繰り出される連続攻撃に、さしもの男も手が出せずにいる。しかし、それは裏を返せば、その攻撃すらも避け続けているという事。一見するだけで男の技量の凄まじさが窺い知れた。
『クソッ、何故当たらないッ!』
 攻撃する手は休ませず、莞爾は心の内で歯噛みする。
 常から冷静である事を身上とする莞爾だったが、この時ばかりは俄かに熱くならずにはいられなかった。
『……ならば、これならどうだ!』
 意を決し踏み込むと同時に袈裟懸けに一閃。
「フンッ!」
 しかし、男はその一撃を小さく飛び退いて躱す。決着を焦るあまりの甘い踏み込みから放たれた一撃など受けるにも値しない。そう言わんばかりの男の挙措。
『……掛かったな』
 しかし、それこそが莞爾の狙い。わざと甘い攻撃を見せて敵を思い通りの軌道へと誘い出す。一撃目は云わば釣りの一手。
「テヤァァァッ!」
 一撃目の踏み込みと斬撃の際に身を屈め丸めた背筋を、一転して逆に伸ばしその力を右肩へと集約、手首を返して逆袈裟の切り上げを繰り出す二連撃。
「……ッッ!」
 完全に虚を衝かれた一撃にも関わらず、男はそれすらも大きく飛び退いて躱す。それは鬼を斬らんとする執念が彼に与えた脅威の反応。……だが、莞爾にはそれすらも計算のうち。
『水月凛ッ!』
 切り上げに込めた霊力がその姿を現す。斬撃に一瞬遅れて放たれる回転鋸のような2つの刃。飛び退いた男へ真っ直ぐ進む軌道と斜めに飛んで弧を描く軌道。
 避け切った。そう思った更にそのあとを追ってくる2つの刃。大きく飛び退いて二撃目の切り上げを躱したが故に、男は未だ接地もままならず避けることも受ける事も出来はしない。
「……取った」
 莞爾が呟く。
 完璧、誰もがそう思える一撃。たとえ神でもこの一撃は防げまい。
 しかし、莞爾は知らない。今まさに宙を突き進む回転鋸の刃をその身に刻まんとするこの男が、これまでにも絶対不可能と思われた攻撃を躱して、或いは防ぎきって、今この場にいるという事を。
 ――時を追うにつれ更にその勢いを増す土砂降りの中で、莞爾は信じられないものを見る。
「オオオオオッ!」
 雄叫びを上げ男が闇雲に剣を振る。少なくとも莞爾にはそう見えた。未だ接地適わず腕の膂力のみにて振り下ろされる刀。迫り来る霊気の刃を前にそれは只の悪足掻きでしかない……と。
「なっ!?」
 しかし、結果は違った。
 莞爾の予測を遥かに超えて、男の刀が振り下ろされた次の瞬間、つい今まで其処に確かに在った筈の二枚の刃が、雨に融けるように霧散して消えたのだ。
 信じられない光景を目の当たりにして、一瞬ではあるが身体が硬直する莞爾。その間に男は遂に接地を果たす。
「もらったッ!!!」
 しかし接地の瞬。その機を逃さずして繰り出されたのは忍の一撃だった。
 莞爾による一連の攻撃が敵に躱される事を忍は知っていた訳では無い。むしろ忍もこれでケリがついたと思えた。それほどまでに莞爾の攻撃は完璧だった。
 ただ、彼の鋭敏極まる第六感が告げたのだ。『攻撃の手を休めるな』と。
 そして今度こそ勝負を決するべく忍によって放たれたのは、彼の流儀、小野派一刀流の初手にして奥義『切り落とし』。
 相手の打ち込みに対しその剣の上から打ち払うと同時に相手をも切る。殺さずして相手を制する活人剣の妙技。
「甘いわッ!」
 男の声と木刀が弾き飛ばされる乾いた音が辺りに響く。徳川260余年の栄達を支え続けた一刀流の奥義すらも、男の執念は凌駕して見せたのだ。
 莞爾の攻撃を躱した際に中空で振り下ろした刀。そこに重ねて打たれた忍の一撃。本来ならばただ木偶の如く受ける他に術は無い。だが、男は接地の反動と手首の返しを利用して振り下ろした剣をそのまま振り上げた。
「ぐぅッ!」
 木刀を飛ばされた衝撃を手首に直に受け、忍は堪らず手首を押さえて身を屈める。
 男の返しは、見るものが見れば小野派一刀流とともに将軍家指南役としてあった柳生心陰流、その内の月影と呼ばれる技の太刀筋であると判じ得たかもしれない。

◆骨喰之太刀◆

「クッ……これまでか……」
 弾き飛ばされた木刀を前にして忍が呟く。
 木刀は折れてこそいなかったが、刀身には大きなヒビが入っており、修復はもはや不可能。手首の骨にも木刀同様にヒビの一つや二つは入っているだろう。
「ここまでだ。ここから去ると言うならば命までは取らん」
 地に膝を着いた忍に視線を向けて、男は静かな声でそう告げる……だが、
「悪いが、そう言う訳にもいかない。コチラも仕事なんでね……」
 そう言って、『叢』を構えた莞爾が男と忍の間に割って入る。
 絶対の自信を持って繰り出した攻撃を躱されはしたが、それでもまだ莞爾にはまだ残された技が……勝機があった。
「……そうか」
 退く気なし。莞爾のその覚悟を悟って男は大きく息を吐き、手にした刀を脇に構える。
『……来い』
 一方の莞爾はと言えば、先程までの閃光の如き攻めとは打って変わって、『叢』を身体の前面で斜めに構える防御の型。狙うは後の先。即ちカウンター。
 その類稀なる神経と眼力、そして身体能力を余す事無く用いて初めて可能となる、魔術を相手にしてなお後の先を取る事が可能な莞爾の奥の手のひとつ。技名は『獄門砕』。
 2人の間は距離にして5メートル。雨脚が強さを増すその隔たりを前に緊張感が高まる。それを見守る忍。
『避けろッ!!』
 その時、忍の第六感が音量最大で警告を発した。
「駄目です莞爾さん。その男にカウンターは通じない! 避けてくださいッ!!」
「……なに?」
 忍は己の第六感に従ってあらん限りの声で叫ぶ。だが、一瞬遅い。
「……フンッ!!」
 男が気を吐くと同時に剣を振る。
 踏み込みはただの一歩も無い。一見すると只の血振にすら思える一閃。もちろん、その一撃が莞爾や忍に届くはずがない……無い筈であった。
「…………ッッッ!!!」
 莞爾が肩を押さえて蹲り、ガシャンという音とともに『叢』が地面に転がる。
「莞爾さんッ!」
 蹲る莞爾に忍が駆け寄る。何が起こったのか全く判らなかったが、それに頓着している場合ではない。駆け寄って、莞爾が痛みを訴える右の肩の様子を窺う。
 果たして、そこには何も無かった。外傷も無ければ内傷を患った様子も無い。打ち身も切り傷も攻撃を受けた痕が欠片も無い。
『いったい……いったい何をしたんだ、あの男は!?』

 男が手にした刀。骨喰厳十郎影正。
 その名に冠された『骨喰』の意味を、彼らはもっとよく知るべきだった。
 平安の昔から切れ味鋭い剛刀に冠されてきた異名。それは決して間違いではない。だが、その名には更に隠された真意がある。
 もしかすると、刀匠を生業とする心だけはそのことを知っていたかもしれない。だが、それを皆に伝える事はしなかった。伝えられなかった。
 骨喰の真意。それは余りに馬鹿げていて、あまりに常識を外れたいる。いったい世の誰が信じるというのか。
『斬り真似をされただけで骨身を震わせ、それに意を込めれば、相手に触れずして骨を断ち喰らう』などと言う事を……。
 無論『骨喰』の名を冠したすべての刀が、そのような常軌を逸した力を備えている訳ではない。
 しかし人外の者への執念の果てに1人の鬼才が生み出した剣は、真実、その意を備えるこの世でただ一振りの刀として、いま1人の男の手の中にあった。

「動くな、そして俺の邪魔をするな。もしこれ以上、俺を追うと言うのであれば容赦はしない。その総身の骨と言う骨を……喰らい尽くしてくれる」
 肉に触れずして骨を断つ。物に触れずしてその芯を断つ。それが心の『刃陣血殺』を切り伏せた力であり、莞爾の『水月凛』を破った力。
 莞爾も、そして忍も、動く事ができなかった。もしピクリとでも動けば、次こそ男の刃は彼ら2人の命を絶つ。男の瞳に揺れる暗い光が、それが真実であることを告げていた。

◆エピローグ◆

「そうかい、奪い返せなかったのかい……」
 店に戻ってきた5人の若者を前に、蓮はそう言って紫煙を燻らせる。
「……すいません。僕に力が無いばっかりに」
 沈痛な面持ちで詫びの言葉を口にする夜刀。
 結局、あのあと男は莞爾と忍の前からも姿を消した。恐らくは御文庫にあった裏五剣の一振りを携えて……。
「夜刀だけの責任ではない。……ヤツを、妖刀に取り憑かれた只の通り魔と思い込み油断した、俺達すべての責任だ」
「そうですよ。夜刀さんだけが責任を感じることは無いです。俺だって役に立ったとは言えませんから」
 そう言って心と紫桜の2人が夜刀を励ます。
 彼が、己の未熟さ故に今回の事件を解決できなかった、そう思い込んでいると気付いていたから。
「そう気に病むことは無い。もうこれ以上、この東京でヤツが騒ぎを起こす事は無いだろう。ある筋から得た情報に拠ると、人柱にされた32人は全員、何かしら裏の仕事に関わっていた脛に傷のある連中ばかり。……だからと言って殺しが許される訳じゃ無いがな」
 そんな2人の言葉に肩を押さえながら莞爾が続く。
 骨喰に『喰われた』傷の具合は、蓮に診てもらったがそれほど大したものでは無いらしい。一時的に痛みを訴え骨や筋が痛むだろうが安静にしていればすぐに治る、と言うことだった。あの男が手加減をしたのか否か。それは判らなかったが……。
「……あの人は、これから何をしようというんでしょう……」
 最も深くあの男と言葉を交わした忍が、ポツリとその胸のうちを口にする。
「それは、当の本人に訊いてみなきゃ判らないさ。ただ……」
 天下裏五剣の異名を持つ妖刀二振りを携えて、かの男がどこへ向かうのか。それは誰にもわからない。
「もしかすると、『骨喰』自身があの男を持ち主に選んだのかも……しれないね」
 雨上がりの空を見上げながら蓮も、そして5人の若者達も、そう思わずにはいられなかった。


■□■ 登場人物(PC) ■□■

整理番号:3893
 PC名 :安宅・莞爾(あたか・かんじ)
 性別 :男性
 年齢 :18歳
 職業 :フォーマーカンパニーマン

整理番号:4925
 PC名 :上霧・心(かみぎり・しん)
 性別 :男性
 年齢 :24歳
 職業 :刀匠

整理番号:5453
 PC名 :櫻・紫桜(さくら・しおう)
 性別 :男性
 年齢 :15歳
 職業 :高校生

整理番号:5653
 PC名 :伏見・夜刀(ふしみ・やと)
 性別 :19歳
 年齢 :男性
 職業 :魔術師見習い、兼、助手

整理番号:5745
 PC名 :加藤・忍(かとう・しのぶ)
 性別 :男性
 年齢 :25歳
 職業 :泥棒


■□■ ライターあとがき ■□■

 注:この物語はフィクションであり実在する人物、物品、団体、施設等とは一切関係ありません。

 と、言うワケではじめまして、こんばんわ。或いはおはよう御座います、こんにちわ。
 この度は『天下裏五剣 斬之壱“骨喰”』への御参加、誠に有難う御座います。担当ライターのウメと申します。

 アンティークショップ・レンから消えた一振りの刀。骨喰厳十郎影正を巡る事件、お楽しみ頂けましたでしょうか?
 今回のシナリオは連作の第一作目と言う事もあり、個別エピローグのない統一ノベルとなりました。
 最終的には剣を取り返す事も、敵(?)の目的を阻む事も出来ませんでしたが、伏線……と言うことで何卒ご容赦ください。
 こう言うダーク&シリアス&バトルなシナリオは、ワタシの大好物でもありまして書いてるワタシ自身ビックリするくらい楽しく書くことが出来ました。
 それと同じくらい、それ以上に皆様に楽しんで頂けたら、物書きとしては無常の喜びです。
 オープニングやこのあとがきにも書きましたが、このシナリオは『天下裏五剣シリーズ』と言うことで連作として続く予定です。
 発表が何時になるかは分かりませんが、なるたけ早く出したいとは思っております。
 もし、その時にまた皆様にお会いできましたら嬉しいです。

 それでは、また何時の日かお会いできることを願って、有難う御座いました。