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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『想いは、篭の中』



「その洋館の怪奇現象を調査すればいいんだな?」
「そうだ。交通費ぐらいは興信所の方で負担しよう。ただし、山までのな」
 草間興信所の所長、草間・武彦が、シェラ・アルスター(しぇら・あるすたー)の問いかけに途中で言葉を切らせながら答えた。
 武彦が言葉を切らせた時には必ず、電話口の向こうから息をつくような音が聞こえるところからして、煙草を吸いながら電話をしているのだろう。
「山?調査するその洋館って言うのは、山の中にあるのか?」
 シェラは、たまたまそばに置いてあった地理の教科書に載っている、挿絵の山の写真を見つめながら問い掛けた。
「そうだ。山、というか山間部だな。観光地の山とは違う場所だから、そこを訪れる人間はそのあたりを開発しようとしている業者連中だけだ。まあ、ジャングルの中に行くわけじゃないのだから、自力でたどり着けるだろう」
「怪奇現象が起きている洋館か」
 シェラは先ほどから、こちらにちらちらと顔を向けている嵐・晃一郎(あらし・こういちろう)と目が合うと、意識的にその視線を外したのであった。
「怪奇現象が頻発する洋館の調査だ。かつては女性が住んでいたが、その女性がいなくなってからは空家になっていた。家も古くなり、誰もいない家をそのままにしておいてもしょうがないと、家を潰してあたり一帯を開発しようと、業者が入ってきたわけだ」
「そして、怪奇現象が起こり、開発が進まなくなったと」
「そうだ」
 そう答えて、息を静かに吐き出す音が電話の向こうから聞こえた。
「業者としても困っているようだ。あたりで幽霊のようなものを見ただとか、勝手にものが動いたとかで、勝手な噂があたりで広まって、そんなところに手をつけた会社の、イメージダウンにもなりかねないと言ってたからな」
「わかった。すぐにそこへ向かう」
「そうか。それでは、よろしく頼むぞ」
 武彦がそう答えると、シェラは顔から携帯電話を離した。
「また草間興信所からだな?」
 手にした携帯電話を、おもむろにテーブルに置くシェラは、すぐに言葉をかけてきた晃一郎へと頷いて見せた。
「山奥の洋館での怪奇現象か。いかにもって感じだよな。ホラー映画で良く使われそうな場所だな」
「そんなのん気な事言ってる場合じゃないぞ、嵐。怪奇現象が自然発生するわけないのだから、その洋館に何かがあるはずだ。何があるかわからないんだぞ」
 シェラが眉を潜めて言うと、晃一郎はいつもの、余裕を感じさせる笑いを見せた。
「だから俺達で調査するんだろう。面白そうじゃないか、まるで映画の主人公だ」
 のんびりと答える晃一郎に、シェラは思わず苦笑を浮かべる。
「本当に緊張感が無いな。ま、それがお前らしいと言えばお前らしいが」
 敵、だとずっと思っていた。少なくとも、かつてシェラ達がいた世界では。
 とある事故に巻き込まれ、シェラと晃一郎がこの世界に来て大分経った。最初、晃一郎と共同生活をする事になった時、シェラは彼を全身から嫌ったのを、今でも憶えている。
 もともと男嫌い、それに加えて晃一郎はかつての世界での敵で、顔を合わせるたびに命をかけて激しい戦いを繰り返したものであった。
 それが、今では自分の生活の一部になっている。簡素な倉庫の家とは言えども、同じ屋根の下に住み、食事を共にし、面倒を見てくれた草間興信所からの依頼を共にこなすなど、一体誰が想像できただろうか。
「ねえ、嵐」
 シェラが晃一郎の顔を見つめ、ぼそりと呟いた。
「私達の関係って何だろうな」
 シェラの呟きを聞き、晃一郎がわずかに首を捻る。
「そうだな、同棲してるカップルかな」
「なっ…!」
「なんてな。ま、別世界の住人とは言えども、少しずつこの世界に馴染んで来た。とりあえずは、良くも悪くもパートナー同士ってところか」
 笑いながら、そしてどこかからかうように答える晃一郎に、シェラは声を張り上げて怒り口調で叫んだ。
「くだらん事を聞いた私がバカだった!さ、とっとと調査に行くぞ!」
 まだへらへらとしている晃一郎を置き、シェラは顔が熱くなって汗が滲むのを感じながら、さっさと部屋へ戻り、外へ行く準備をし始めた。



「本当に、映画で出てくる洋館みたいだな」
 シェラは目の前の洋館の隅々まで視線を漂わせながら言う。
「こんな不気味な洋館だから、それだけでもおかしな噂が立ちそうだ」
 晃一郎も真剣な表情で洋館を見つめている。
 シェラと晃一郎は、この洋館のある山までは電車を使い、そこから先は唯一異世界から持ってきた武器であり、乗り物にもなる格闘型機動兵器をバイクに変形させて、それに乗ってここまでやってきた。
 駅もかなりの田舎の駅で、駅前に数軒の店程度しかなかったが、バイクを進めるとさらに人家は減っていき、洋館のある山に辿りつく頃には、本当にこんな場所に人がいたのかと思うほど、うっそうとした森のような山々と、湿った空気に包まれていた。
「シェラ、ここに住んでいた女性はどんな人だったんだ?」
「武彦も、あまり詳しい事は知らないらしい。病弱な女性が住んでいたらしいが、もう死んでしまったようだ」
 シェラの言葉に、晃一郎が軽く頷く。
「成る程な。という事は…いや、調べてみないとわからないな。それにしても大きな洋館だ。空家になっているのが勿体無いぐらいだ、俺達なんて倉庫の家なのに」
 と言って、晃一郎が洋館へと視線を戻した。
「確かに、ここまで朽ちていなきゃ、結構立派な家に違いないな」
 周囲を森で囲まれた、2階建てのその洋館の壁の色は茶色くなっており、ところどころに亀裂が入っている。
 かつては白い上品な洋館であった事が、今にも崩れ落ちそうな赤い屋根と、もはや枯れ草しかない庭、ライオンの装飾がついているものの、数ヶ所が剥げ落ちてしまっている扉のある玄関から伺う事が出来た。
「さてと、ここで眺めててもしょうがない。中に入って調査をしないとな」
 今度は、シェラが晃一郎へと無言のままに頷いた。
「これ程大きな家だから、部屋も沢山あるだろう。二手に分かれて調べよう」
「わかった。それなら、私は2階を調べる。嵐は1階をまわってくれ」
 すぐに2人は玄関へと向かった。扉は重そうであったが、意外に簡単に開ける事が出来た。
 玄関もかなりの広さがあり、少なくとも倉庫のシェラの部屋よりもずっと広い。少し奥まったところに2階へ上がる階段があるので、シェラはまっすぐにその階段へと進んでいった。
「階段が抜け落ちそうだ」
 踏んだ感触がどこか不安定で、上がるたびにきしむ階段を見つめ、すぐ下にいる晃一郎に言う。
「お前の体重なら大丈夫だろ、いい体してるけどさ」
 そう言って晃一郎が薄く笑うので、シェラは、
「こんなところまで来てバカな事言うな!」
 と叫び、足早に階段を上がっていった。



「こんな大きな館、潰すのも勿体無いけどな」
 シェラは館の2階を慎重に歩き回っていた。1階には晃一郎がいるはずだが、音はまったく聞こえず、孤独すら感じていた。
 廊下に並んでいる部屋を順番に開けていき、中を調べ回っているが、今のところこれと言った怪しい物は見つからず、また業者達が見たという怪奇現象らしきものも起こらず、依頼を受けている以上、多少焦りを感じながらも、どこかほっとしている自分があった。
「ここは、寝室かな?」
 廊下に並ぶ最後の部屋の中には、ベットがひとつあり、空っぽの本棚と、窓際には机があった。ベットの布は染みだらけで、枕は中の綿がはみ出してしまっている。
 窓際のカーテンは薄い桃色のレースのもので、茶色く変色しているものの、可愛らしい動物や美しい花のポスターが壁に残っているところからして、この部屋の主は女性だったのかもしれない、とシェラは思った。
 部屋を見回し、ここにも何もない事を感じ取り、廊下に出ようと振り返った時、シェラは入り口付近にある壊れかかった本棚の中に、ひとつだけ伏せられた写真立てがある事に気付いた。
「この屋敷の住人か?」
 何らかの手がかりが得られるかと思い、シェラはその写真立てに手を伸ばし、触れた。
 とたんに、自分の意識が遠くなっていき、部屋の中が真っ暗になっていき、シェラは自分の体がゆっくりと床へ崩れていく事に気付いた。
 意識を失いかける中で、シェラは写真立ての中に、誰だかわからないが、二人の人物が写っているのを見たのであった。



(どこだ、ここは。白い…)
 まわりは真っ白であった。今、シェラはそのどこかもわからない真っ白な空間で、どうしてかはわからないが小さく蹲っていた。まるで、怯える子供のように。
 すぐに、自分のまわりの数人の気配に気がついた。だが、蹲ったままの姿勢で、顔を上げる事は出来ない。シェラからは、自分のまわりにいるのが子供のような者達である事に気付き、さらにその人物達に囲まれている事を感じとった。

 かーごめ、かごめ。かーごのなーかのとーりーは、いついつであうー…。

 そのまわりの人物達が、か細い声で歌いながら、シェラのまわりをまわっていた。
(何だ、これは。一体、何をしようとしているんだ?)
 心の中で呟いた時、シェラの頭の中に、シェラの知らない何かの記憶が割り込んできた。
(これは、誰だ?)
 シェラの脳裏に、あの屋敷が蘇った。ただし、先ほど目にしていた不気味な洋館とは違い、庭に花が咲き乱れ、屋敷はとても立派な姿をしていた。
 そこに、子供達が集まり、シェラは記憶の中でその子供達と戯れた。そして、子供達がかごめかごめを歌いだし、シェラはまわりの子供達がとても楽しそうに笑っているのを見つめていた。
(この屋敷?だが、どうしてこんなに)
 シェラがそう思っていると、今度は屋敷のまわりの景色が少し変化し、そこに一人の男性の姿が見えてきた。
 なかなか顔立ちの整ったその男性は、静かに笑いかけてくれていた。そして、その男性の笑顔を見て、シェラは自分の心が熱くなるのを感じていた。何故か、その男性を見ていると晃一郎の姿が思い浮かんでいた。
(どうして、私はこんなに落ち着きがなくなるんだ…誰だ?お前は誰だ?お前の心が、私の心に共鳴しているのか?私の心と、お前の心が完全に一体化しているのか?)
 姿の見えない誰かが、シェラに語りかけてくる。貴方は、私と同じ人間だ、と。その人物の物悲しい思いは、ますます強くなっていった。
 そうしている間に、男性は遠くへと去っていき、シェラはどうしようもない、せつなく悲しい感情に襲われた。
(そうか。お前も、想い人に自分の気持ちを伝える事が出来なかったんだな)
 次にシェラの脳裏に浮かんだのは、冷たい天井であった。悲しい思いに包まれながら、やがてその天井すらも見えなくなっていく。
(想いを伝えられないまま、お前はここで一生を終えたのだな。私も、お前と同じ運命を辿るのだろうか)
 シェラはじっと蹲ったまま、心だけが孤独の中を彷徨っていた。
 やがて、またあの歌が聞こえてくる。シェラの心は完全に、この屋敷で無念の思いを残しながらこの世を去った女性そのものになり、蹲ったまま歌に合わせて呟いていた。

 かーごめ、かごめ。かーごのなーかのとーりーは、いついつであうー…。

「誰を?」

 よーあけのばんにー…。

「来るはずはない」

 つーるとかーめがすーべった…。

「私は一人きり」

 うしろのしょうめんだあれ…?

「ずっといつまでも」
 シェラは後ろから誰かに強く抱きしめられたのに気づいた。
「お前は一人じゃない。俺と一緒だ。だから、寂しい思いをしなくてもいいんだ」
 耳元でその人物が囁く。
「あ、嵐…?」
 シェラは晃一郎のぬくもりを感じると同時に、急に意識がなくなり、次に気付いた時には、静かな寝室に立ち尽くしていた。
「頭が、まだぼんやりする」
 しかし、体は自由になり、ずっと抱いていたせつない気持ちはどこにもなかった。
「大丈夫か?ずっと取り憑かれていたんだ、無理するなよ」
「取り憑かれていたのか、私は?」
 すぐ横で、古い本のようなものをめくりながら言う晃一郎に、シェラが尋ねた。
「この日記を見るといい。この屋敷に住んでいた女性の最後の思いが、書かれている」
 シェラは日記を受け取り、そこに書かれている文字を丁寧に見つめた。そこには、想い人に自分の気持ちを伝える事が出来ないまま、病死した女性の心があった。
 それを見て、想いを抱き続けた男性に、自分の本心を言えなかったその女性の気持ちは、今の自分とそっくりなのだと、シェラは感じていた。
 この女性が、命を終えるとき、どんなに悲しく、また後悔したのかを、この日記は語っていたのであった。
「この日記が1階にあった。今回の怪奇現象は、この女性の無念の思いが起こしたものじゃないかと思ってな。しばらく1階にいたが、シェラがいつまでも戻ってこないので、2階に上がってみたら」
「一人で蹲っていた私を見つけたというわけだな」
 頷く晃一郎を見て、シェラが苦笑する。
「日記を読めばわかるが、この女性は子供の頃、かごめかごめで良く遊んでいたみたいだ。彼女がお前に取り憑いているのなら、彼女の無念の思いを晴らしてやらないといけないと思い、彼女の願いを叶える為、そっと抱きしめたんだ、彼女の想い人になりきってな」
「そうだったのか。とりあえずは、礼を言わないとな。お前が来なければ、私はずっとあのままだったのかもしれない」
 シェラは入り口の方へと視線を向け、そこにあった写真立てを手にした。今度は、もう何も起こらない。その写真立てには、一人の女性と、シェラがあの空間で見た男性の姿が写っていた。
「しかし、何でお前に取り憑いたんだろうな。彼女の想いが強いとはいっても、誰にでも取り憑くわけでもないだろうに」
 晃一郎の言葉に、シェラはわざとらしく視線を足元に移した。
「彼女は、この日記だと好きな人に想いを伝えられずに」
「たぶん、私が疲れて精神的に弱っていたんだろうな」
 シェラは、恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、誤魔化すようにして晃一郎の言葉を遮った。
「怪奇現象の原因もわかったし、あまり遅くなるとこのあたりも真っ暗になる。早くここを出よう」
「あ、ああ、そうだな」
 きょとんとしている晃一郎を促し、シェラは屋敷の階段を降り始めた。
 その心は恥かしさを感じているものの、どこか満足しているのであった。自分のプライドが抑えていた本当の気持ちが、少しずつ現れて来た。
 だが、それでも自分の想いを口にする事は出来ない。いや、出来ないと言う方が正しいかもしれない。
 このまま素直な気持ちを抑え続けていれば、この屋敷の女性と同じ運命になるのかもと思うと、急に不安を覚えてきた。シェラ自身、こんな気持ちになろうとは少し前までは想像もしていなかったのだ。
「嵐」
 洋館の外に出たシェラは、後ろから相変わらずのんびりとついてくる晃一郎の顔をじっと見つめて呟いた。
「ん、どうしたんだ?」
「助けてくれて、ありがとうな」
 そう言って、柔らかい笑顔を晃一郎へ見せた。
 今のシェラには、これが精一杯だった。それでも、心の中に満足しているシェラがいる事に、嘘はない。(終)



◇ライター通信◆

 いつもありがとうございます、ライターの朝霧です。
 今回は、前半はホラー映画のノリで、後半はシェラさんの心の変化を中心にして描いてみました。
 屋敷の女性と同調し、一体になっていく様子をわかりやすいように現すのがかなり難しく、こんな表現でちゃんと伝えたれているだろうかと、やや心配になっておりますが(汗)
 最後のシーンは、明るく、ハッピーエンドのようにしてみました。自分の気持ちには気付いているが、言葉を出すにはいまひとつのシェラさん。そんな雰囲気で終わらせてみました。そろそろ、お2人の関係も変わっていく時期でしょうか。
 それでは、どうもありがとうございました!