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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


■ゴースト・オークション■

「うわ最悪」
 そう言うしかなかった。
 眉をひそめつつも、しかし瀬名・雫のマウスを持つ手は動き続ける。
 大きな双眸は、気持ち悪さをあらわにした言葉とは裏腹に、モニターに釘付けになっていた。

 『† 亡くなったペット・大事な人等をもとにゲームにしたもの、本にしたもの、1円から †』

 そんな見出しがついたページを、頻りに読んでいる。
 そこは、ごく普通の、一般人も参加するような大手のネットオークション。
 そんな見出しのものを出品している「誰か」がいる、と雫に教えてきたのは、何人かのネット仲間からのメールだった。
 彼らは実際に、興味心からオークションを落札し、「もの」を購入したらしい。
 アップされているのはサンプルの見本とされていて、ゲームのタイトルが写ったパッケージや、本の表紙が写されているだけだ。
「よくこんなもの、オークションに通ったなあ……」
 言いながら雫は、あ、そうか、と思い出す。
 オークションに「こんなきもちわるい出品は取り下げて欲しい」ともうたくさんの苦情がいっているらしいのだが、何故か「取り下げられず、削除もできない」ようで、会社側も困っているらしい。
「なんかの力が働いてるのか、な」
 雫に送られてきた幾つかのメールの内容を、彼女は思い出していた。

『あのね、今日メールしたのはゴースト・オークションって言われてる出品物のこと。わたし好奇心で買っちゃったんだけど、ゲーム。それって、つい最近死んだわたしの愛犬をもとにしたものだったの。差出人に連絡したわ、メールもした。でもどっちも戻ってきたり、連絡がつかなくなってるの。これってどう思う? ストーカーにでも狙われてるのかな、でもおかしいよね? なんだかコワいよ、雫』

 確かに、おかしいと思う。
 狙った人間だけに嫌がらせないし恨みつらみを晴らしたいのなら、オークションなんて「かかりにくい罠」、そして回りくどいやり方はしないはず。
 それこそストーカーにでもなって、目的を果たせばいいのだ。
「複数の『被害者』からおんなじ内容のメールってことはぁ……連絡先はでたらめで、メアドはその都度変えてるのかな。大体、なんで『死んだ生き物』限定なんだろ?」
 ゲームの内容はほのぼのものから、ホラーものまで。
 最後までクリアした人間もいるが、その人間からはぱったりと連絡がこない。そういえばその人からの最後のメールはいやに疲れた印象を受けた、と雫は考えこむ。
「なぁんか、ひとりじゃ危険な感じ」
 そして携帯を取り出し、「こういうもののプロ」と恐らく誰もが公認している草間興信所の主へ電話をかけた。
「なんか用か」
「わっビックリした!」
 すぐ近くで着信音が鳴ったかと思ったら、お探しの草間武彦が、疲れたような顔で雫を覗き込んできた。
「これなあ」
 雫から話を聞いた後、とんとん、と武彦は雫の見ていたモニターを指で弾く。
「俺も実は似たような依頼を受けて、ネットに詳しいお前に話を聞きに来たんだ。IDが気になってな」
「出品者のID? 32_02_15_75_12_15_25_34……いやに長いよね。これがなに?」
「ん。考えすぎかもしれんが、携帯のホラ、ここを押してメールしたりするだろ? その順番と合わせたら、ちょうど文字が出来るんだよ」
 と、雫が持ったままの携帯、電話をかけるときに押す番号の並んだボタンを指でなぞる、武彦。
 考えていた雫が、「え」とその文字を「解いた」時、いつの間にか使っていた隣の武彦のパソコンがピコン、とメール着信の音を立てた。
「お、来たな」
「え? まさか草間さん、オークション落札したの!?」
「こういうのは実践してみるのが一番だろ?」
 どうせ危険は慣れてるし、今は他に協力者がいないしな、とヤケなのかなんなのか分からない口調で彼はメールを開く。
 途端。

 <ヨウコソ シ ノ セカイヘ───>

 武彦の肩を掴んでいた雫にも、その不気味な、男とも女ともつかないしゃがれた声は聞こえた。
「…………こりゃ」
 クセモンだ。
 武彦は、つぶやく。
 メールには、恐らく落札した時点で何がしかの能力か何かで分かられてしまうのだろう、武彦の住所が書かれてあり、今すぐに届ける、という内容の文章が丁寧に書かれていた。
「零が受け取ったらマズいな」
 色々と、マズい。
 武彦は立ち上がり、雫の「ちょっと草間さん、危ないよ!」との制止の声もそのままに、店を出た。
「まったくもう……」
 雫はそこで何気なく自分のモニターに視線を戻し、そのまま見開く。
「なんで!? 落札したのにこの出品ページ、そのままなの!?」
 普通、「この出品物は落札されました」となり、一度その出品者は次に同じものを出す場合でも何秒かはその手続きに手間をとられるはず。
 出品物の数量は1だし、必ずそうなるはずなのだ。
 急いで、武彦にきたメールを見る。
「一応、プリントアウトしとこ」
 そして。

 草間武彦の姿が消えた、と零から連絡を雫が受けたのは、その翌日のことだった───。



■哀しみの怨霊■

 一色・千鳥(いっしき・ちどり)は、昨夜寝ていなかった。
 というのも、あるお客に「自分のイメージの新作を作ってほしい」と何日も真剣に頼み込まれたのが大元の原因ではあったのだが───本来あまり、そういう贔屓は極力避けようという彼の方針ではあるが、人助けも傍らでしている彼である。
 その熱意に負け、新作を考えているうちについついそのお客のことも忘れるほど熱中し、徹夜になったわけなのだが、味見は草間武彦に、といつかのように持って来た彼は、ふと、ノックしようとしたその手を止めた。
「……、……も、……いさんが……にいさんが……はい……」
 どうやら武彦の妹、零が誰かと電話をしている。それも、かなり取り乱した様子だ。
 電話が終わるまでと思い背を向けかけた彼だったが、「では、兄さんが消えてしまったことは、誰か皆さんに協力を頼んで───」という言葉が聞こえた瞬間、全身の神経をそばだたせるように立ち竦んだ。
 カチャリ。
 受話器を置き、なんとか少し落ち着いた様子の零は、トントン、というノックの音に、
「あ、はい」
 と鍵を開けた。
「零さん、草間さんが消えたとは、どういうことですか? 草間さんにはお世話になっておりますので、それが本当なのでしたら───見過ごすわけには参りません」
 もはや料理のことなど頭にはかけらもなくなってしまった、厳しいまでに真顔の千鳥が、立っていた。



「零ちゃんやっと落ち着いてくれたよ……でも、これからどうしよう……」
 やりきれないため息をつきつつ、雫は携帯を切る。
 そんなところへ、微妙に暇だった休日を少しでも有効に過ごそうと友人、雫の元へ行こうと思い立った梧・北斗(あおぎり・ほくと)がゴーストネットOFFに顔を出した。
「お、いたいた、しず───」
「北斗ぉ!」
 く、と続くはずだった北斗の明るい呼び声は、その相手に胸に飛び込まれたため、「ぐっ」という呻き声に変化した。
「ねえねえ北斗お願いっ! 友達だよね? 助けてくれるよね? 大変なことになってるんだよぉ」
「『助けてくれるよね?』の前に事情を話さないか普通!?」
 一通りごほごほと咳き込んだ北斗、そう言い返したがいつになくおろおろした感じの雫に、改めて向き直る。
「───? どうしたんだよ?」
「実はさ……」
 雫が事情を話すのに、それほど時間はかからなかった。
 とりあえず落ち着け、と北斗が持ってきたゴーストネットOFF備え付けのセルフサービスの珈琲を受け取り、ミルクをたっぷりいれたそれが三分の一ほどになった頃。
 北斗の珈琲は半分ほどしか減っていなかった。
「まさか武彦が消えちまうとはな……」
 普段前向きで明るい彼が、これだけ深刻な顔をするのも珍しいかもしれない。
 そんなことを思いながら、雫は珈琲の残りを飲み干す。
「だから、大変だって言ったじゃん……」
「うーん」
 そりゃまあ、「大変」なことには違いない、な。
 空回りする頭で、北斗は妙に納得していた。



 自分で「依頼料を直接受け取る時は俺が行く」と武彦が言っていたのに、それを「忘れる」なんて、初めてかもしれない。
 朝、興信所に入ろうとしても何故か鍵が開かず、チャイムを鳴らしても誰も出ないのでおかしいと思っていたシュライン・エマはポストに目が行ったのだ。そこには、ハガキが入っていて。
 武彦宛だったのだが、ハガキだったがゆえに文章が見えてしまった。
 何かがあって鍵を変えたのだろうか。シュラインに、話す間もなく?
 大方あとで事情を話されるだろうが、こんなことも初めてで。
 だがシュラインはとりあえず、武彦は留守のようだし、携帯も電源の入っていない場所にいるか充電が切れたかで繋がらないしで、興信所の本電話に留守電を入れてから先日依頼を受けた者のところへ行き、わざわざ「依頼料をまだ受け取られておられないようなのですが」とハガキで知らせてきてくれた少年のところへ行ってきたのだ。
 武彦本人でないことには、なんら疑問を感じていなかったような少年に、「無用心」であることを一通り注意したあと、興信所に戻ってきたのだが。
 チャイムを鳴らすと、今度はがちゃがちゃと鍵が開き、待っていた、というふうに零が顔を覗かせた。
「シュラインさん!」
「ど、どうしたの、零ちゃん」
 自分の顔を見るなりぽろぽろと泣き出した彼女に驚いたシュラインは、「とりあえず中へ」と促し、そこに、自分が依頼料を取りに行っている間に一足早くお邪魔していた千鳥が、ソファから立ち上がって軽く会釈する姿を、見たのだった。



 雫から「協力者がそっちに行くから!」と連絡を受けた三人はお茶を淹れて待っていたが、それほど時間もかからずに彼───北斗は現れた。
 情報は等しく伝わっているらしく、三人はそれぞれの携帯、そのボタンの部分を改めて見つめる。
「しをおもいおこせ───」
 代表するように、北斗がつぶやく。
 シュラインが、探してきた余りの適度なサイズの白い紙にペンを走らせる。

 死を思い起こせ

「武彦が消えたのは武彦自身をゲームや本の素材にしようと連れて行かれたからか……? 周りに死んだヤツとかいなそうだし、アイツ。それに……もしかしたらIDの意味は死んでしまった人の事を忘れないでって意味かもしんねー。ほら、時が経つと故人の記憶とかは薄れていっちまうだろ? だからかな……」
 北斗はぶつぶつと、半ば自分の中で整理をするように考えを声に出している。
 シュラインも、口元に人差し指を折り曲げ第二関節を軽く当て、考え込む。
「武彦さんと雫ちゃんが聞いたっていう声といい亡者の国への道を繋げた印象があるのよね。ゲームならクリアと同時に到着、とか? もし死神であれば対象は寿命者だけだろうし、……死者の覚えていて欲しい会いたい想いが歪んで形に……?」
 千鳥は一度瞳を閉じ、情報を反芻してみる。
「草間さん達が聞いた言葉といい、この出品者は死に拘っておられるのでしょう。何となく……ですけれど、死したもの達を忘れるなと、そう言っているような気も致します。だからこそ忘れるな、覚えておけと言う意味で、オークションを出しているのかもしれませんね」
 それでもあくまでどれも推測の域をこえない意見だ。
 出品者については会社側から調べても恐らく大した情報は出てこないだろう、と言う千鳥に賛成ではあったが、念のため、とシュラインはオークションの会社側に、一応出品登録日時の確認、そしてその日に死に関連した出来事があったかどうかの調査を手配した。
 北斗は、「借りていっかな?」と、武彦のデスクの上のパソコンを指差して零に了承を取ってから、立ったまま電源を入れる。
 起動の仕方も、どこにも不審な点は見られない。
 それをちらりと見ながらシュラインは、昨晩の武彦の様子をもう少し詳しく、そして届け物の内容、霊や動き等の確認を零にしていた。
「兄さんが、最近疲れていたのは確かです。届け物は……兄さんがテレビを部屋に運んでたから、多分そこにあるんじゃないかと思います。ちょっと大事な調べ物があるから絶対に入ってくるなって言われたから、わたし、入らなかったんですけど───届け物も、配達された感じじゃなくて、兄さんが持ってたことにわたしが気づいたっていうのが正しいです。配達の証明書も何もありませんでしたから。霊は───もしかしたら、関係、あるのかも……です」
 何故か視線を泳がせる零に、質問をしたシュラインだけでなく、千鳥や北斗も不審に思った。
「昨日は私、武彦さんに朝に一度会ったっきりだったけれど。確かにその時も武彦さん、疲労していたように感じたわ」
 思い返しながら、シュライン。そしてさらり、と零の長い黒髪を優しく撫でる。表情も優しいものに変化していた。
「ねえ……零ちゃん。最近何か、心配事とかあった……?」
 零は少しの間黙っていたが、やがてぽつぽつと話し始めた。
 ごく最近、武彦が受けた依頼人の家族と零とが友人になったこと。
 だが武彦は、あまり係わり合いになるなと零に注意していたこと。
 それでも零は、気になるがゆえ友人として付き合い続け、その友人が───亡くなってしまったこと。
「以来、その子は───ただの霊、じゃなくて……怨霊になってしまったようなんです……兄さんは色々な人に頼んで、わたしを引きずり込もうとするその子からわたしを護っていてくれたんですが、……わたしにも、怨霊を翼や他のものに変化させるちからはありますけれど……友達です、そんなこと、」
 ───できなくて。
 再び涙を流し始めた零の頭を何度もゆっくりと撫でているシュラインの背後で、FAXを受け取っていた千鳥が、確認するように口を開いた。
「そのご友人が亡くなられたのは、もしや今月の3日ですか?」
「! どうして、それを───」
 零は驚いたが、シュラインと北斗は気づいて顔を上げる。千鳥はFAXを持ったままの手を僅かに挙げてみせる。
「先ほどシュラインさんが、オークションの会社側に質問なさっていたことのご返答です。件の出品者の『出品サイト』が会社の知らないうちに出た日付は、10月3日。そしてその日に、ある事件が起こっていて一人の少年が亡くなっているようです。事件、とはまた違う言い方かもしれませんが───」
「10月3日の記事は、と───これかな?」
 カタカタカタ、と北斗の指が、空気とは真逆の軽快なリズムをつけながらキーボードの上を滑る。
 カタッ。
「出た出た。えぇと……10月3日、午前4時44分。遺書を遺して、東京都某区の少年一人が首切り自殺。ああー、これそういや俺もニュースで見た覚えある。首切り自殺なんて結構珍しいから、印象に残ってたんだよね」
 読み上げつつ、北斗。
「オークションの出品サイトが『出現』したのは、会社の記録では10月3日、午前4時44分。全く同じですね」
 千鳥が再度、FAXを見て確認する。
「武彦さんは、どうして零ちゃんに、その子とあまり係わり合いになるなと言っていたの?」
 最近の依頼は誰から、どのようなものだったか、と資料を探しながら、シュラインは零に優しく尋ねる。
「それは───、…………その子、人間が嫌いだったから、です」
 なるほど。
 三人には納得できた。
 武彦は妹に甘い分、妹に出来る「友人」にも余さずチェックを入れる。
 少しでも零に嫌な思いをさせそうな相手であったり、不幸な目にあわせそうな要素の見られる相手であれば、反対もするのだ。
「その子、いつも言っていました。特にいじめにあったわけでもなくて、ただ、本当に小さな頃から、大事な人ばかりを亡くしてきていて───哀しい、って言っていました。哀しいから、もう人が死ぬのを見たくないから、『生きている人間は嫌い』って、いつも言ってました。名前は、……村江翼(むらえ・つばさ)くんていいます」
「その子に、怨霊が元々とりついていたっていうことはなかったの?」
 ようやく資料を見つけ、尋ねる声が後半、棒読みのようになっていくシュライン。
 気づき、千鳥が歩み寄った。
「それは、ありませんでした。あれば、気づきます。とても、哀しい子だったんです。だから怨霊なんかになってしまって───」

 なんて こと

 零の返答にではなく。
 「見つけた」資料───そこに書かれた依頼人の名前に。
 彼女は、片手で顔を覆っていた。
 依頼人───村江貞(むらえ・ただし)。十七歳。双子の弟、翼在り。
 彼は、
 シュラインが今朝方、依頼料を取りに行った依頼人、だった。



■memento mori■

 北斗が軽い悲鳴を上げたのは、その時だった。
 シュラインが顔を覆ったのとほぼ同時に、軽い痛みを腰に感じたのだ。
「あいてて……なんだ!?」
 そういえばポケットの中に───。
 思い出した北斗が取り出したのは、折り畳まれた一枚の紙。
「大丈夫ですか!?」
「どうしたんですか!?」
「梧さん!?」
 咄嗟に駆け寄る千鳥に零、そして我に返って立ち上がるシュライン。
「あ、なんでもない。多分、これが反応したんだ。零が名前を『呼んだ』と思ったんかな?」
 言って、片手を持ち上げ、紙の存在を全員に報せる北斗。
「雫が、武彦に来たメールをプリントアウトしてたっていうからさ、借りてきたんだ。でもさ、プリントアウトされたものでさえ、すっごく感じるんだよね。あんましよくない霊のニオイ」
 それが、まるで存在を誇示するかのように、北斗に対して「ちょっかいを出した」。
「梧さん、それ。見せて頂けますか?」
 千鳥の言葉に、うなずいて渡す北斗。
 彼が触れても、もう痛みは襲ってこない。発作的なものだったのだろうか?
 そんなことを思いながら、千鳥は紙を開いてみる。
 落札した時に武彦あてに届いたメールの内容が、つぶさにプリントされていた。
「……特に、変わった節はないわね。
 『お客様の住所は落札と同時に確認しております。今すぐにお手元にお届け致しますので』───この部分だけね、通常のオークションと明らかに違うところは」
 シュラインの言うとおり、その部分だけが違う。
 住所は怨霊の力で分かるにしても、今すぐに、とはいつのことだろう。
「今すぐって、その瞬間にその落札者の手にいつの間にか入ってるか、家に置いてあるか、そんなとこなのかな」
 多分、北斗の推測は当たっている。
 そんな気がして、零に、武彦の部屋に入ってもいいか一応許可を取ると、仲間の二人を促し、零には色々な意味で「零ちゃんは入らないで、そこで待っていてね」と言い置き、足を踏み入れた。

 ぞくっとするような、霊気が立ち込めている。

 普段そのようなものを感じない千鳥やシュラインでさえ、その霊気に鳥肌が立った。
 確かに、そこには無造作に折り畳まれた布団と、ゲームのケース、未だ電源がつけっぱなしのテレビがある。
 煙草の吸殻が、灰皿には少しだけ。
「ゲームのパッケージの男の子。これが恐らく、翼さんなのでしょうね」
 そう言った千鳥の顔色が、少し悪い。気づいた二人が、口を開くより前に、彼はそのわけを話した。
「───すみません。この方、実にそっくりなんです───私のお店のお客様に」

 そっくり なんです───

 そう。
 パッケージの少年は、千鳥に「自分をイメージして新作を作ってくれ」と何度も頼み込んでいた、
 あの、お客にそっくりだったのだ。
「時期からして、千鳥に頼んだってヤツは、その、シュラインが依頼料取りに行ったっていう双子のほうだろうなあ」
 二人から話を聞いた北斗が、判断する。
 ガタン、と部屋の外から音がして、三人はそちらのほうを見た。
 零が、北斗の起動したパソコンの画面を見て、真っ青な顔をして座り込んでいる。
「出品サイトが───消えました」
 消えました───『充分な人数に達しましたので、オークションは終了させて頂きました』とメッセージをのこして───
「なんだよそれ!? 確かにさっき、俺オークションサイト立ち上げたけど、」
 そちらに行こうとする北斗を足止めするかのように、
 ブン、
 音がして、電源のつけっぱなしで真っ暗な画面だったテレビに、文字が浮き上がった。
 ただ一言、

 memento mori

 と。



 その瞬間に。
 「部屋は、切り離された」。
 ざくりと、四方を空間からごっそり掘り起こされたように。
 まだ昼前だったはずなのに、ほぼ真っ暗になる。
「梧さん、オークションサイトを立ち上げたって言ったけど、落札はしたの?」
 尋ねるシュラインに、北斗はかぶりを振る。
「そんな危険なことしねーよ。もちろん皆の了解を得たら、次の行動に出ようとは思ってたけどさ」
「ではこれは、『私達で相手の予定人数』に達した、ということでしょうね」
 千鳥は、パッケージを床に置き、ゲーム機の中身を調べようと手をかける。
「追跡しようとする人間は、こうして無理に引きずり込むのね」
 武彦も、そうだったのだろうか。
 いや、
 だとしたら、テレビにはゲーム画面が写っているはずだろう。
 恐らく武彦は、クリアしたのだ。
 そして、恐らくは───死の国に、或いは死に関する空間に行ってしまった。
 清めの塩等を用意しようと思っていた矢先のことだったので、シュラインは爪を噛んだ。
「先を越されたわ」
「どうかしましたか?」
「何か考えてたの?」
 つぶやいたシュラインに、千鳥と北斗が敏感に反応してくる。
「ああ───あのね、清めの塩に浸した糸を部屋に繋いで、逆の端を持って、このゲームをクリアしてみようと思ったの。武彦さんは消えただけで死んだわけじゃないし、私はそんな武彦さんのもとへいきたい、傍にいきたいと思うから死に魅入られることは避けられると思ったから」
「そうだよな、死んだわけじゃないんだよな」
 力強く同意する、北斗。シュラインのその言葉に、安心したのだ。
 もしかすると、という思いが拭いきれていなかった彼には、何よりの救いの言葉だった。
「他の方はやはり、死者に惹かれて───と考えるのが妥当な線なのでしょうね」
 千鳥は、武彦や雫が依頼された、という、オークションで姿を消したり連絡が取れなくなったりした人間達のことを思う。
 そして首をめぐらせ、シュラインを見る。
「シュラインさん、そのお塩。どれくらいの量が必要ですか?」
「え? うぅん、そうね……両手にいっぱいくらい欲しいかな、たくさんいそうだし。最後にお塩まいてきたいし、500gくらいかしら」
「最後?」
 北斗が訝しむ。あ、違うのよ、とシュラインが苦笑した。
「もしその国、又は空間にいけたら───そこから元の空間に抜け出す時に、お塩をまいてきたいってこと」
「そっか。そういう意味ならよかった。そうだよな」
 思わず、「さいご」という言葉に過敏になっていた自分に「この、馬鹿」と心の中で自嘲する。
 そうだよ。諦めるはずがないじゃないか、自分があこがれた人が。武彦の仲間達が。
 そんな二人の前に、千鳥がなにやら麻の袋と、頑丈な蛸糸を差し出してきた。
「能力、使えるか分かりませんでしたが、大丈夫なようですよ。清めのお塩を私が知っているお寺さんから能力で拝借して来ました。こちらは糸ですが、頑丈なように蛸糸にしました。細いのが宜しいのでしたら、また能力で引き寄せますけれど」
「いえ、これで充分よ。ありがとう、一色さん」
「すっげぇ。てか、『ここ』でも能力使えんのか」
 シュラインがホッとしたように心の底から礼を言い、能力が使えると分かって内心「やった」と思っている北斗である。
 北斗には、霊を祓う能力があった。いざとなれば、それが使える。
 蛸糸に、さらさらと塩を丹念にまいて清め、部屋のむき出しになっている柱に巻きつけ、何度かぐいぐい引っ張り具合を確かめてから、三人はテレビ画面の前に座った。
 皆それぞれに、蛸糸を指に巻きつけ、しっかりと握っている。
「めめんと もりって読むのかな? これ。何語だろ?」
「どこかで聞いたことがあるような気がするのですが」
 有名な単語だったような、気がする。ふと、言語を扱う職業を手に持っているシュラインの頭の中で、ピンと音がした。
「そうだ───これ、ラテン語よ。メメント・モリ。『汝は死を覚悟せよ』っていう意味だったと思う」
「死を覚悟せよ───なんとなく、『死を思い起こせ』という言葉と結びついているような気がしないでもないのですが」
 千鳥が、そう言ったとき。
「うわっ!」
 北斗が悲鳴をあげ、急に「落ちてきた」ものを一度は手にとってしまい、うっかり放り出した。
 それは、

 からからから………

「「!」」
 部屋のすみに転がった「それ」を認識して、シュラインと千鳥は同時に息を呑む。
 それは、
 されこうべ、だった。
「これは、」
 誰の。
 そう紡ごうとしたシュラインの喉が、はりついたように声を出さない。
「ほんものだった」
 言った北斗の言葉は、少し歯の根があっていなかったかもしれない。
「挑戦、ですか」
 口にして、千鳥は違うと思った。
 恐らく、このされこうべの意味は。
 意味は───

 されこうべの、深くえぐられた眼窩が、
                 にぶく光った、きがした。


■大切な人へ■

 キエテ ク



 ピンポーン…………

 押した自分の指から紡がれたチャイムが、妙に間の抜けたように聞こえるのは、何故だろう。
 だがそんな小さな、取るに足らない疑問は、ガチャリと開いた扉の音で、シュラインの頭からすぐに打ち消された。
「あ。すみません、先ほど興信所でこのハガキを拝見しまして───草間興信所の、」
 いつも、こんなときにこまる。
 自分は武彦にとっては恋人であり婚約者ではあっても、ただの依頼人に対して事務的なことをする場合、なんと説明していいか迷うのだった。
 だが、それはいつも一瞬だけ。
「───補佐をつとめております、シュライン・エマです」
「ああ、取りに来てくださって、よかった」
 まだ若い、少年。
 若い───はずなのに。
 その顔が、蝋のように青白く見えたのは、開いた扉からの日の光が、彼のところまで届いていないせいだろうか。
「あの、貴方はどのような依頼をなさったのですか?」
 渡された封筒の厚みと重みに驚きつつ、思わずそう尋ねていた。
 少年は、笑った。だが、どこかうつろに見えて。
「双子の弟を、唯一救ってくれる女性を探していただいたんです。生憎と、亡くなっておられました」
「そう、……ですか」
 失礼しました、と、無礼なことを聞いてしまったことを詫びる。
 人探し、か。
 帰ったら報告書でも読んでみようか。それとも、武彦さんに直接聞いたほうがいいかしら。
(いいえ)
 心のどこかで、ぽかりと水面に泡が浮くように、彼女自身のこころが否定した。
(いいえ───聞けばいいのよ)
「そうね」
 シュラインは、自分の「こころ」に賛同し、挑戦的に微笑んだ。
「聞けばいいんだわ。
 村江翼くん、に直接ね」

 ───

 瞬時に、風景が、元いた武彦の部屋、切り離されたその部屋に戻ってくる。
「無駄なことはするものじゃあないわよ。筋はよかったと思うけれど」
 過去に引きずり込んで、そのまま魂を抜こう、だなんてね。
「でもそれじゃ、」
 フェアじゃないとおもうの。
 急いで、周囲を確認する。

「一色さん、梧さん」

 二人も、自分と同じようなことを「されて」いたのだろう。
 二人も自分達の名前をつぶやくように言い、小さく視線を合わせて頷いた。
 互いに、どのような過去を見せられたのかは分からない。
 だが、恐らくはどれも、魂を引き抜くため。
「私には見えませんが、翼さんはどの辺りにいるのですか?」
 霊が見えるという北斗に、千鳥が尋ねる。
「あそこ」
 す、と迷いなく北斗の指がぴたりと一点を指差す。
 転がったされこうべの、ちょうど真上の辺り。
「そのされこうべ───貴方のお兄さんは、『その人』を探していたのかしら」
 シュラインの言葉に、されこうべが唸った。

 否。

 されこうべの上に。
 姿を、現した。
 首を切り、自殺したその時のままの姿の、
 翼が。
 ───うなるように、ないていた。



 ねえ、
 とてもつめたい・よ
 どう・して?

 ───どうして、人は死んでしまうんだ。
 殺されたり、事故にあったり、病気になったり。
 生まれたきたなら、なんで「そんな必要」があるんだよ。
 神様? ふざけんじゃねえよ。
 死神? ほざいてんじゃねえよ。
 誰だって、俺の大事な人たちばかり、次々に殺していく権利はない。

<そう・ね>
<ああ・翼───翼、くん。わたしはね、決して、あなたをおいていったりしない。そう約束したら・あなたは、生きているひとをすきになってくれるかしら>

 ほんとうに?

 ツメタク ナラナイ?

<うん・ゆびきりげんまん・うそついたら───そうね・うそついたら、───ずっとずうっと、翼くんのそば、はなれてあげない>

 ……────

 ズット キキタカッタ コトバ
 ダレカラモ モラエナカッタ コトバ
 ソノヒ ハジメテ
 イキテイル ニンゲン ヲ
 スキニナレタ ト
 オモッ タ……───



「うわやっば」
 北斗が、身震いをして自分の肩をかき抱く。
「こいつ───なんで自殺したか、俺に伝わっちまった」
「何故ですか?」
 千鳥の視線は、現れた少年に向けられたままだ。
「哀しみ、だよ」
 哀しみ。
「これ以上、人が死ぬのを見たくないからってさ。だから、首切ったんだ」
「今、この───翼さんと思われる男の子と、誰か女の子のやり取りとか思念とかが頭の中に入ってきたのだけど……二人にもきた?」
 何か考え込みながら尋ねてきたシュラインに、「ええ」「きた」と短くこたえる、千鳥と北斗。
 つ、とシュラインの足が一歩、窺うように前へ出る。
 彼女に何があってもすぐに行動に出られるよう、千鳥と北斗は身構えた。
「梧さん、」
 千鳥は短く、北斗の耳にくちもとを寄せ、何か言ってから、北斗のうなずきを確認し、すぐにまた体勢を戻す。
「翼───さん。貴方のお兄さんに、偶然会う機会があったの、私。
 お兄さんの言っていた、貴方を唯一救ってくれる人って───なんていう名前の、ひとなの?」
<おなじだ>
 お前達、みんな。
 シュラインには返答せず、言葉を、思念をぶつけてくる。
<おなじだ。みんな、そんな考えは改めろという。人はいつか死ぬんだから、その人の分まで生きていかなくちゃいけないとか。お前がそんなんでどうする、もっと前向きに生きろとか。
 そして、しんでく>
 みんな、自分より先に死んでいってしまう。
 以前、心配した兄が翼を連れて、伝手を頼りに彼の前世を見てもらったことがあった。
 翼は前世には人斬りで、その魂が自然に「今の翼」に、いわば「自分自身に責任を取らせている」ため、翼の周囲の大事な人間だけが次々に死んでいくのだ、ということだった。
 死神───俺だったんじゃないか。
 そう絶望して死のうとした彼を救ったのが、親戚筋の、同い年の少女だった。
 彼女だけは、
 彼女だけは違った───「ほんとうのことを、いってくれた」。自分の、自分だけの、ことばで。
<すずね>
 少女の言葉をつぶやき、また翼の瞳から雫が落ちる。
 おちた雫が、床にひろがったかと思うと───「部屋」の床下に横たわるように、たくさんの人間が目を閉じていた。
「! 武彦!」
 思わず、北斗がその中に武彦の姿を見つけて叫ぶ。
「よかった、みんな生きてる。霊体じゃない」
 北斗のその言葉に、シュラインも千鳥も、どこかホッとした。
<殺すのは、今からだ>
 思い知らせてやる。
 俺の哀しみ。
 俺の、───かなしみ。

 ごうっ

 その彼の言葉に誰が何を言うよりも早く。
 炎の海が、「部屋」の床下を包み込んだ。
「やめろ!!」
 咄嗟に、北斗は。
 両手を前に突き出し、気を飛ばしていた。
 霊を祓うときにいつも使う、気を。
 翼が目を押さえ、うめき声を上げる。炎は半分以下に減ったが、まだすっかり消えてはいない。
 四方から武彦達を風呂敷で包むように、ゆっくりと───残酷なほどに優しく、なめらかに───焼こうとしている。
<すずねも死んだ! そばにいるなんて、ウソだ! 死んでもそばにいるのなら、>
 いるのなら。
 何故、
 何故。
 ───そのそんざいを、しらせてくれなかった───?
「死んでもそばに、本当にいたのではないでしょうか」
 落ち着いた声の千鳥に、どこから手をつけようと混乱しかかっていた北斗の頭が、冷えていく。
 そうだ、すずねっていうあのされこうべの子を呼び出して───
 そんなことが、自分にできるか分からなかったけれど。
「あ」
 北斗はそこで、既にそれは必要ないのだ、と気がついた。
 何故なら、苦しみもがいている翼の隣に、ぴったりと。
 そっと、彼を抱きかかえている少女の姿が、いつの間にか───あった。
 恐らくは、この、翼の苦しみに耐え切れずに出てきたのだろう。
 北斗の言動を見ていた千鳥とシュラインにも、それは伝わったようだった。
 何よりも、濁のように淀んでいたここの空気に、一陣ではあったけれども、清涼な香りが漂ってきている。
 シュラインは、そして。
 つい先ほど送られてきた思念により、分かった少女の声を。
 その唇から、紡いだ。
「やくそくは、やぶらない」
 北斗の目には、見えた。
 シュラインがそう言ったことで、驚き、そして涙を浮かべて彼女にむかっておじぎをする、すずねの姿が。
「───翼さん。貴方のお兄さんは、貴方の死をほんとうに哀しんでいらっしゃいましたよ」
 千鳥は、わざとと思えるほどに千鳥の店で「この料理は美味しい」「このデザート新作ですよね?いのちの息吹を感じさせるみたいで、素敵ですね」と言っていた、いつの間にか常連になりかけていた、あの頼み込んでいた村江貞の笑顔を、思い浮かべた。
 そう、
 翼の死を哀しんでいたから。自分の周囲にまとってしまうほど、「死」を哀しんでいた。
 彼は恐らく、自分ではなく。
 弟の───翼へのはなむけの新作を、頼みたかったのだろう。
 双子だからと。
 写真だけでは、イメージも伝わらないだろう、と。
 恐らく、「死」をまとっていたのも分かっていたのだろう。
 だからこそ、自が頼んだのだ。
「祓っても、いっか?」
 北斗の問いは、シュラインにでもなく、千鳥にでもなく。
 翼にでもなく。
 すずねに、向けられたものだった。
 口調とは裏腹に真剣な瞳の北斗を見たすずねは、瞳にいっぱいの涙をためて、ちいさくうなずいた。
「つかまってて!」
 シュラインと千鳥に言っておき、自分もしっかりと、塩で清められた蛸糸を再度、手に巻きつける。
「翼、」
 北斗は、苦しみもがいている彼に。
「すずねは、お前のそばにちゃんといるんだからな!」
 ───苦しませちまって、ごめんな。
 心の声と共に、声を投げかけ。
 先ほどとは比にならないほど強い気を、放った。



 みんな・つめたく・なる

<だいじょうぶ>

 おもいで・おれ・ひとりだけ

<だいじょうぶよ>

 すず、ね───?

<うん>

 、…………おれ、おれは───

<うん
 だいじょうぶよ
 みんな、わかってるから
 ねえ、>

 ずっと
 そばに、
 いたのよ

 とおりまなんかに
 ころされちゃって、
 ごめんね

 いっしょに
 ねむろう
 ……ね……? つばさくん───



 シュラインと千鳥と北斗が、翼の最期を見届けたとき。
 部屋は、
 「戻った」。



「よかったなあ、仮死状態くらいですんで」
 歩きながらの北斗のそれは、明らかに皮肉だった。嬉しさを含んだものでは、あったが。
 じろりとそれを恨めしそうに睨んでおいて、隣を歩いているシュラインと視線が合う。
「……コホン」
 どうも、仮死状態から目覚めた武彦がシュラインを見た瞬間、彼女に抱きついたのをしっかりとその場にいた千鳥と北斗に見られてからというもの、武彦はいつもの調子が出ない。
 そんな咳払いなんかして、視線そらしたら、よけい恥ずかしいのに。
 そんなシュラインの心の声など、まったく気づかずに武彦は、ようやく辿り着いた家のチャイムを押した。
 生憎ともう一人の同行者、千鳥の両手は塞がっていた。
「はい───」
 結局、怨霊になった弟がゴースト・オークションなるものを行っていたことは最初から最後まで知ることのなかった彼の兄、貞が扉を開けて出てきて───面々に、呆然と立ちすくんだ。
 そんな彼に、千鳥は持っていたものを、渡した。
「山海亭の主人、一色千鳥です。覚えておいでか分かりませんが、お客様から頼まれていた新作をお届けにあがりました。料理名は、『はばたきの庭』。一の膳、二の膳、三の膳と通して、はばたく鳥をあらわす品々を作ってみました。つきましては、この新作。山海亭で正式にお客様方にお出しすることを、御許可頂きたいのですが───よろしいでしょうか?」
 はっとしたような彼に、千鳥はわずかにうなずき、微笑んでみせる。
 あれからわずか三日のうちに千鳥はこれだけの品々を考え、作ってみせたのだ。
「もちろん、です」
 貞は、泣いた。
 当分の間、山海亭では、「はばたきの庭」が大好評になることだろう。
 その後、家にあがらせてもらい、全員が翼に線香をあげ終わると、「あれはもらいすぎだったから」と改めてシュラインと相談した武彦が、「あの時の」依頼料のほぼ全部を無理矢理返してしまい、深く頭を下げる貞に別れを告げ、帰路についた。
「武彦さん、あれから『メメント・モリ』について皆で調べあって、分かったことがあるのよ」
 どこかに食べに行こう、と足を向けた矢先のシュラインの言葉に、「うん?」と聞き返す武彦。
 焼肉がいいなあ、と言っていた北斗が、そうだった、と手を鳴らす。
「死の象徴としてのされこうべっていう意味もあるんだけどさ、人間の欠陥やあやまちを思い出させるものとして、えーと、いつの時代だっけ、忘れたけど、いつかの時代に絵画のモチーフに使われてたんだってさ」
「それを考えると、翼さんは、『皆』に言いたかったのかもしれません。死を覚悟せよ、という意味のメメント・モリ、そしてIDに使用していた、死を思い起こせ、を考えると───」
 千鳥の言葉に、武彦が続きを当てた。
「生きている、いのちを大切にしてくれ、ってことか───」
 自分の、いのちも。
 自分が大切にしている、かけがえのないいのちも。
 どうか、どうか。
 いつまでも、続くのでないのなら。
 尚更のこと、たいせつに、だいじに、たのしく、───。
「そんなところね。でも、もう大丈夫よね、翼くん。もう次に転生しても、きっと怨霊なんかにもならないと思うわ」
「そうですね、なんと言っても───大切な人と、一緒なのですから」
「できれば転生したあと、すずねと幸せになってほしいな。あんな目にはあわされたけどさ」
 夕焼けに染まる空を、4人は見上げる。
 何故かとても、感謝したい気分が、少しだけ。
 こみあげてきていた。


《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4471/一色・千鳥 (いっしき・ちどり)/男性/26歳/小料理屋主人
5698/梧・北斗 (あおぎり・ほくと)/男性/17歳/退魔師兼高校生
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、東圭のノベルにしては異質かもしれないOPで始まりました。内容は、やっぱりいつもどおりの感じだったのですが───しかしやはり長めになってしまいました;読みにくかったらすみませんです;
また、今回、「大切な人」の章の冒頭部分、少しだけ個別にしてあります。またお暇がありましたら、他のお二方の個別部分も是非是非、読んでみてくださいねv

■一色・千鳥様:いつもご参加、有り難うございますv 調査も考えてきてくださったのに、調べていただく間もなくあの空間になだれ込んでしまってすみません(爆)。しかも新作まで作らせてしまって───千鳥さんでしたら、もっと素敵なネーミングのお料理にすると思うのですが;今回は特に能力をフル活用させて頂いてしまいましたが、何か違和感などありましたら遠慮なく仰ってくださいね。今後の参考に致します。
■梧・北斗様:二度目のご参加、有り難うございますv 前回ご参加いただいたノベルとは打って変わった今回のノベルですが、こっちが東圭がいつも書いている感じのものだったりします。驚かれているかもしれませんが、肌に合わなかったらすみません;能力も初めて使わせていただきましたが、こういうところはもっとこんな感じ、ということなどありましたら、是非仰ってみてくださいね。今後の参考に致します。
■シュライン・エマ様:いつもご参加、有り難うございますv 零に何かがあったのでは、という着眼点、どなたかいないかなと思いつつOPで「武彦の疲労」を書いていたりしたのですが、着目してきてくださって嬉しかったです!おかげでスムーズにあの空間までことを運べました。久々に声帯模写を使わせて頂きましたが、実際ではあの場面、横たわった草間氏を視界に入れながら、少しは心乱していたのでは、と思っておりますが如何なものでしょうか。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。本当に、大切な人たちに次々と死なれていくのは哀しく苦しいもので───この内容のノベルを書ける日がくるとは思っていませんでしたので、個人的にはとても満足しています。書きたかったこと、皆様それぞれのお心に届いていれば本当に幸いです。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/10/17 Makito Touko