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Delete 後編
「神聖都学園を消せば未来が変わる。『彼ら』はそう信じてる」
未来人の各務ありすがいった。
未来の世界では能力者が非能力者よりも多いのだという。それを快く思わない非能力者の一部が、歴史的に多くの能力者が集っていた神聖都学園を消し、未来を変えようとしているというのだ。
「彼らっていうんだから組織なんでしょ。首謀者は誰?」と麻衣。
「松葉瀬依里」
「そいつを倒せば事件解決?」
「そんなに上手くいくとは限らないよ。ひとりってわけじゃないし、これも回収しなきゃだし」
ありすは緑色の石を取りだした。麻衣はさきほど、その石から出現した巨人に襲われていた。
「なんなの、それ」
「『彼ら』の便利ツールってとこかな。詳しくは、あとで説明するよ。とりあえず『彼ら』を見つけだして倒すこと、学園に散らばってるこれを回収することが目的に──」
「──それだけじゃ、ないよ」
部屋の奥で寝かされていたはずの明日美が、いつの間にか身体を起こしていた。
「唯衣ちゃんも助けないと」
「誰、それ」
「やっぱり憶えてないんだ。麻衣の妹なのに……」
「忘れてしまったのは不可抗力だよ。麻衣のせいじゃない。本当ならきみだって、その唯衣って子を忘れてても不思議じゃないんだ」
「……どういうこと?」
「非能力者の、しかも少数派の『彼ら』が巨大なこの学園をねらうには、誰にも気づかれないようにするってことだよ。みんなの記憶が消されるのは、そのせいさ。もっとも、能力者の記憶はなかなか消せなかったみたいだけどね。
同時に『俺たちはここにいるんだぜ』って恐怖も与えたい。一部のひとの記憶を残してるのは、そんなところがあるんだと思う。
さ、長い説明はこのへんにして、そろそろ行動を開始しようか」
「あっ──」
明日美の顔をみて優名は小さく声をあげた。
さっきまで完全に記憶から消去されていたはずなのに、顔をみた途端、明日美のことを思いだしたのだ。思いだしたら、どうして忘れてしまっていたのだろうと逆に不思議に思ってしまう。それが誰かに仕組まれたことだと分かっていたとしても。
「……ごめん」
謝ると明日美に小首をかしげられてしまった。どうして謝ってるんだろう、と言いたそうな表情をしている。それをみて麻衣が嬉しそうに笑った。
「思いだした? ゆ〜な先輩」
「うん」
「……どういうこと?」
「ゆ〜な先輩は明日美のこと忘れてたのに一緒に捜してくれたんだよ」
麻衣の説明のあと、優名はもう一度「ごめーん」と手を合わせて謝った。
「こんど特選肉まんをご馳走するから勘弁して」
「肉まんかぁ。そろそろ中華まんが恋しい季節になったよね」と麻衣。
「肉まんも捨てがたいけど、あたしはジャンボパフェとかがいいなぁ。学園の敷地内でお店をみつけたんですよー。今度みんなで食べにいきません?」
「いいよ」
優名は微笑してからうなずき、どうして明日美のことを忘れていたんだろう、と改めて思った。大切な思い出を知らないうちに消されてしまうのは、許せないな、とも。
同時に、優名は他に大切なことを忘れてしまっている気がするのだが、それが何であったかどうしても思いだせないでいた──。
「未来の世界で非能力者の方々が不快な思いをしてらっしゃるのは確かに気の毒なことですわ」
デルフェスは言った。
彼女は怒っていた。それも本気で。ありすから聞かされた説明はあまりに理不尽に溢れていて、普段は温厚なデルフェスが声を荒げて文句のひとつでも言ってしまいそうになるほどだった。もちろん、はしたないので声を荒げたりはしなかったが。
「麻衣様も明日美様もわたくしの大切な──わたくしが勝手にそう思っているだけですが、大切なお友達です。未来の方々が大変なのは察しますが、だからと言って罪のない方々を消してもいいという道理ではありませんわ」
「うん。だから、あたしみたいなのが来てるんだけどね」とありす。
それに、とデルフェスは言葉を継いだ。
「未来はひとつではありませんわ。可能性の分だけ未来はあって、その松葉瀬依里という方がいらっしゃる未来は可能性のひとつにすぎませんわ。そのことは──」
とデルフェスは視線を麻衣にむけた。同意するように優名がうなずき、
「それこそ麻衣は平行世界を旅したわけだものね」
平行世界を旅したというのは『タイムループ』の事件のことである。
「あたし、麻衣が明日美を忘れなかったのって、あのときの時間跳躍が関係してるんだと思ったんだけど、違っちゃったな」
誤魔化すように笑う優名。
「それは置いといて──鹿沼さんのいうこともそうだけど、自分たちのために過去を変えたら、たぶんパラドックスが起きちゃうよね? そのへんはどう考えてるんだろう?」
「親殺しのパラドックス」という言葉がある。未来から訪れた子供が、自分が生まれる前の親を殺す──。親がいなくなるのは当然だが、殺した子供はどうなるのだろうか。親がいなければ子は生まれることはなく、そうなれば親殺しそのものが成り立たなくなる。
仮に松葉瀬依里たちの目論みどおり、神聖都学園からすべての能力者を排除することができたとしたら。そこから地続きでつながる未来に、はたして「今」の彼らは存在するのだろうか。
「ねぇ、そのパンドラボックスってなに?」
麻衣の言葉に優名とデルフェスは顔を見合わせた。隣で明日美も溜息をこぼしていた。麻衣にはいくつもの平行世界を飛び越えてきたという実感はないのだろうか。しかも、(わざとかもしれないが)名前も間違えているし。
「ところで──」
と、ありすが口を挟んだ。
「さっきも言ったんだけど、そろそろ行動開始といかない?」
「唯衣様とは、どんな方なのですか?」
歩きながらデルフェスが尋ねた。
今いるのは麻衣と明日美、デルフェスと優名の四人だった。ありすは一人で別行動をとっている。
四人の目的は石の回収と唯衣の捜索だった。ありすが便利ツールといったあの石には、いくつかの機能があるとのこと。ひとを捕縛するのは、そのひとつ。また、遺伝子操作で産みだした怪物などを一時的に保管しておき、戦闘に備えて携帯しているものも多くいるという。また、使い方によってはトラップにもなるらしい。おそらく唯衣も石の中に閉じこめられているはずだった。
「唯衣ちゃんは今ここの中等部の二年で、麻衣が麻衣だからすごくしっかりしてるよ」
「……なんか引っかかる言い方だなぁ」
「そっかな? 気のせいじゃない?」
と明日美は曖昧に笑った。
「唯衣様を助けることができましたら、わたくしにも紹介してくださいませ。是非お友達になりたいですわ」
「うん。みんなでさっき言ったお店とか行けたらいいよね」
──四人は今、高等部の校舎の五階にむかっている。
ひとの往来があり、それでいて静かな場所にあの石が設置されいるのでは、とデルフェスが言ったのだ。そこで移動教室の廊下などを調べてみよう、ということになった。
高等部の校舎は六階建てで、五階には科学室、工作室、美術室、調理室、音楽室、視聴覚室などの特別教室がある。最上階である六階には生徒会室や図書室、放送室など生徒たちが自主的に管理する施設。
放課後ということもあって、五階の廊下に生徒たちの姿はまばらにしかなかった。授業中の移動がないときには、部活動で利用する生徒がいるくらいである。
まずは向かったのは一番奥にある美術室。
中にいる美術部の生徒に、さきほど拾った石をみせて簡単に事情を説明する。
「うーん、こんな石は見たことないなぁ。もし見つけた場合はどうすればいい?」
「危険だから、出来るだけ普通のひとは近づかないほうがいいと思う……」
と言いつつ、あたしも「普通のひと」なんだけどなあ、内心で優名はぼやいていた。
と、そのときだった。
「きゃあ!」
廊下から悲鳴がした。
慌てて飛びでると、音楽室の前に怪物の姿。頭部は獅子、胴体は山羊、尾には蛇。
「……あれってキマイラ?」ぽつりと優名がつぶやく。
「はじめて見た……」
「わたしも」
口々に言う明日美と麻衣。この手の騒動に慣れているはずの学園内が、にわかに騒然としはじめた。さきほどまで聴こえていたブラスバンドの練習の音が、今はしない。
デルフェスが一歩前へでた。
「月夢様、それに麻衣様も明日美様も下がっててくださいませ」
「え、う、うん」
にこりと一度微笑んでから、デルフェスはキマイラのほうへとゆっくり歩を進めた。
キマイラが咆哮する。
耳をつんざく鳴き声。空気が激しく振動する。生徒たちから悲鳴があがる。
四肢で地面を蹴りあげ突進してくる。
それを意に介さぬようにデルフェスは前進する。美を損なわぬよう、あくまでおしとやかに。
「デルフェスさん!」
明日美が声をあげた。
キマイラが飛びかかる──その瞬間。
鈍い音がした。なにかが砕けるような音。
「……今の、見た?」
「うん……」
おずおずと尋ねる麻衣に明日美はうなずく。
デルフェスの足許にはキマイラが転がっていた。頭部が奇妙な方向に折れまがっている。
「……あれはたぶん、めちゃくちゃ痛いと思う」
「……うん」
なにが起きたのかというと──。
飛びかかってきたキマイラに対して、デルフェスが掌で獅子の頬をはたいただけである。だが、外見は美しい少女の姿をしているデルフェスだが、実際は真銀製のゴーレム、その威力は計り知れないものがある。後にデルフェスはあの平手打ちを「ミスリルビンタですわ」と呼んでいた。
倒れたキマイラが再び起きあがらないよう、デルフェスの換石の術で石にすると──。
キマイラのすぐ脇からひとりの少女の姿が現れた。服装から判断して、神聖都学園の生徒なのだろう。気を失っているのか、倒れたまま起きる気配がない。
「明日美様、この方は?」
「ううん、唯衣ちゃんじゃない。けど、このまま放ってはおけないよね。とりあえず保健室に連れていったほうがいいのかな」
彼女を抱き起こそうとしたそのとき、ことり、なにかが落ちた音がした。拾いあげたそれは、例のあの石だった。
まずは、ひとつ目。
三つ目、四つ目の石を回収するころには、日が暮れて夜になっていた。
石の数だけ怪物とも遭遇し、時には危険から身を守るために明日美たちを換石の術で石にするという一幕もあった。
唯衣をみつけたのは、五つ目の石を回収したとき──三つの首を持つ巨大な犬を倒したときだった。
「唯衣ちゃん、唯衣ちゃん」
明日美が駆け寄って声をかける。
「──唯衣?」
「唯衣様のこと、思いだしたのですね?」
こくり、と麻衣は黙ってうなずいた。
一度思いだせば、なぜ忘れてしまっていたのかが不思議になってくる。それが作為的なことだとしても──と、優名が数時間前に思ったことを麻衣も思った。
「ひとまず、めでたしめでたし、なのかな?」と優名。
「そうですわね。姉妹ふたりがお互いを忘れているのは悲しいことですもの」
「そう、ですね」
途中で言葉が切れたのは、優名の中で引っかかるものがあるからだった。その正体は、優名自身も分からない。時折なにかが彼女の中で引っかかり、そのたびに正体を探ってみるのだが、靄がかっていて実体が掴めないでいる。
──と、そのときだった。
機械的なメロディが鳴りだした。携帯電話の着信音である。
「あ、わたしのだ」
携帯電話を取りだした麻衣が通話に応じると、相手は別行動をとっている各務ありすからだった。
『そっちの状況はどんな感じ?』
「石は五個回収して、唯衣も助けたけど」
『上出来。こっちは松葉瀬依里の居場所をつかんだけど、どうする?』
その言葉をデルフェスたちに伝えると──。
「行きますわ」
「あたしも。その松葉さん? 松葉瀬さん? と話はしてみたいし」
「……あたしはパス」と明日美。「唯衣ちゃんをこのままにしておけないし、行っても足手まといになっちゃうから」
「そっか。わたしは行くね。最後までちゃんと見届けたいし──ということっす。聞こえた?」
後半は電話越しのありすに向かっての言葉だった。
『了解。三名様のご予約承りました』
ありすと合流したのは、高等部の校舎の玄関口。
話によると松葉瀬依里は高等部の地下に潜んでいるとのことだった。
「あそこかー。盲点だったなぁ」
高等部の地下には資料室がある。場所が場所のせいか、不気味な印象があり、ほとんどひとが寄りつかない。身を隠すには適した場所だった。
──階段を下りる。
職員室で無断借用した鍵で、資料室の扉をあけた瞬間──。
突風が吹いた。
書架が薙ぎ倒され、本が崩れ落ちていく。
「意外に遅かったじゃないか。未来の国のありすちゃん──」
資料室の奥にいる若い女性──松葉瀬依里が立っていた。彼女の隣には鎧に身を包んだ少女型の天使がいる。
「もう、やめませんか。こういうの」
と言ったのは優名だった。
ありすが止めるよりも早く優名はひとりで中へ進んでいく。
「あなたが今していることは、たぶん未来の世界であなたがされていることと同じだと思います。違いますか?」
「違わないさ。だからどうしたのさ!」
「だったら、どうして! 能力があるとかないとか、『ひと』としては些末なことでしょう? おんなじ『ひと』同士、傷つけ合うのは悲しいことだもの」
「知ったふうな口を!」
目配せをすると同時に鎧の天使が突進してくる。「先輩っ!」と後ろで麻衣の声。
優名の小さな身体は吹き飛ばされ、そこに振り下ろされる剣。悲鳴があがる。
「……あまり無理はしないほうがよろしいですわ、優名様」
優しく微笑みかけたデルフェスのすぐ足許には石像になった天使の姿。今日、何度目かの換石の術だった。
「なあ、あたしからも言うけど、もうやめないかな」
ありすが言った。
「彼女も言ったけど、能力の有無なんて、たいした問題じゃない。非能力者の差別を排除しようと動きがあるなかで、反体制組織なんてテロまがいの行動するのは正直理解できないんだ」
「うるさい。お前らに私たちの労苦が分かってたまる──」
分かってたまるか──と、最後までは言えなかった。
依里の前にデルフェスが立ちはだかっていた。彼女の顔の前に手をかざしている。
「わたくしは優名様ほど寛大ではありませんわ。大切な方を傷つけられて本気で怒ってますのよ。このまま大人しく引き下がってくだされば、優名様に免じて許すことも出来ますが──。それとも、あなたも石に換えられたいのですか?」
「──分かったよ」
そこで依里は観念した。
※ ※ ※
翌日。
ミルクホールの前に明日美、麻衣、唯衣の三人とデルフェスと優名が集まっていた。デルフェス以外の四人は今日も授業があるのだが、そこは特別に自主休講としている。つまり、サボりということなのだが──。
「カスミ様に少し悪いですわね」
ばつが悪そうにデルフェスがいう。お茶を飲む約束をしていたのに、今回の件で反故にしてしまったのだ。カスミも誘えればよかったのだが、さすがに授業中の教師を誘うわけにもいかなかった。
「じゃ、唯衣ちゃんの無事を祝して」
「ジャンボパフェでも食べにゆきますか」
「お姉ちゃんのおごりで?」
「……うっ」
姉妹のやりとりに、優名が声をたてて笑った。
「麻衣もあたしと同罪だもん、ここは奢っておかないと」
「むー」
わざとらしく麻衣は頬をふくらませた。
──平和な一日のはじまりである。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2803 / 月夢優名 / 女性 / 17歳 / 神聖都学園高等部2年生】
【2181 / 鹿沼デルフェス / 女性 / 463歳 / アンティークショップ・レンの店員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、優名さん。ライターのひじりあやです。
いつもいつもお届けするのが遅くなってしまってごめんなさい。なんとか無事に後半ができあがりました。
今回はお話が、というよりも優名さんとNPCの明日美と麻衣のやりとりを楽しく書かせていただきました。特に特選肉まんのくだりとか。優名さんのこういう面が知ることができてよかったです。普段の優名さんの一面というのは、もっと書いてみたいなと思いました。と言っても、またしばらくOMCの活動はお休みしてしまうのですけれど・・・(苦笑)
また、機会があればよろしくお願いしますね。ときどきシチュエーションノベルの窓は開けるかもしれませんので、そのときにでも。
またお会いできることを楽しみにしています。
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