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<五行霊獣競覇大占儀運動会・運動会ノベル>


オーパーツ借り物競走

「次の競技、『オーパーツ借り物競走』にご参加の方は、本部テントまでお越しくださーい」
 響カスミのアナウンスが競技場に流れる。
 どやどやと、集まってくる参加者たちを見回して、蓮は薄笑いを浮かべた。
「さて――、このメンツなら、面白くなりそうだねェ。さ、みな、このクジを引きな」
 そういって彼女は、穴の開いた箱を差し出すのだった。
「ルールを説明するよ。といっても簡単なことだ。これは借り物競走。今、引いてもらったクジに書かれている品物を借りてきてもらう。ただし、クジには同じ品物が書かれていることもあるから、その場合、同じクジを引いたもの同士の争奪戦ということになるかねェ……。品物はどれも貴重なものだから、取扱いには充分注意することだね。なお、あくまでも競走なので、たとえ品物を借り出せたとしても、ゴールするのが遅れれば得点にはならないよ」
 順番にクジを引いた参加者たちは、しかし、途中からはもう蓮の話など耳に入っていなかった。そこに書かれていた品物の珍奇さ、途方もなさに、唖然となっていたからだ――。

 かくして、スタートの銃声が響き渡る。

■2番のクジ

【ヴォイニッチ手稿】
暗号とされる謎の文字が書かれた、未解読の奇書。14〜16世紀頃に作成されたといわれ、1912年にローマで発見された。230頁ほどの古文書で、植物のスケッチと思われる極彩色の挿絵が多数、描かれている。1582年、ボヘミア王ルドルフ2世が、「ロジャー・ベーコンの著書として」購入したものであることがわかっているが、内容については、何が書かれているのか、そもそも意味のあるものなのかどうかさえわかっていないため、一切が不明であり、謎に包まれている。

この書物の完全な複製品を、神聖都学園大学の河南創士郎教授が所有しているとの由。同学で民俗学の教鞭をとる河南教授については、最年少の教授として「天才」の誉れ高い一方、奇人変人ぶりで有名でもある。

  *

「カナンって誰? ……まあいいわ、その人から例の本を借りてくればいいのね。簡単よ」
 ウラ・フレンツヒェンは、黒いレースの日傘を、ステッキのようにつきながら言った。日傘の柄の部分に、「白虎組」の証である白い鉢巻が蝶々結びにゆわえられている。
「ねえ、きみ。白組かい」
 そんな彼女に話しかけてきたのは瀬崎耀司だ。
「僕もだ。よかったら一緒に行こう」
 和服の男の、爪先から頭の上まで、じろりと見回したウラは、ふん、と鼻を鳴らして、「まあ、いいけど」と言った。
 それから、そう言っておきながら、すたすたと耀司に構うふうでもなく先を行きはじめ、競技場の外に出ると、
「ヘイ、タクシー!」
 と、ステッキがわりの日傘を振り上げるのだった。

「まさかあの『ヴォイニッチ手稿』のレプリカなんてものが、この日本にあるなんてね」
 車中。耀司は、瞳に暗い光を宿した。
「ウラくんと言ったね。あの書物の成立に、ジョン・ディーや薔薇十字団が関係しているかもしれないという説についてはどう思う」
「さぁね。でも今まで誰一人、読めた人間はないのよ。相当な情熱を持って書かれたはずなのに、誰にも中身が伝わらないなんて、フフ、獣の叫びに等しいわね」
 ウラが嘲笑めいた笑いを唇に上せたとき、窓の外を、ふたりのタクシーを猛スピードで追い抜いていく車があった。
 左ハンドルのオープンカーだ。その運転席に、レーサーめいたゴーグルの少年が、マフラーのように黄色いはちまちを首に巻いているのが、ちらりと見えた。
「あの鉢巻……黄龍組か。たしか、マリオンくんといったかな……彼も2番のクジを引いていたはずだよ」
「なんですって。じゃあ競走相手じゃないの。追い抜かれたわ!」
「凄いスピードだ」
 高速道路でもないのに、マリオンの車は風を切る速度で、次々と他の車両を追い越し、その合間を縫って進んでゆく。
「ちょっと! 前の車を追いなさい!」
「お客さん〜、無茶言わんでくださいよ。あんなのとても……」
「いいから急ぎなさいよ! ほら!」
「あいたたた、ちょっ、お、お客さん!」
 傘でぽかぽか殴られる運転手。
「ウラくん、まあ、落ち着いて」
「って、おまえも白組でしょ。負けてもいいの!」
「ううん、僕はどっちかっていうと、勝敗よりも……」
「とにかく急ぐのよ!」
「お、お客さん、勘弁――」
「わ。前!前!」

「『ヴォイニッチ手稿』……ああ、あれか」
 河南は、大学の研究室に在室であった。
「レンくんのやってる運動会でねェ。知ってはいるけど、ボク、ああいうのは苦手だからさ。それにしたって、人の持ち物、勝手に借り物競走の題材にするなんて」
「だから『借り物』競走なのです。お借りするだけなのですよ」
 屈託なく、マリオン・バーガンディは微笑んだ。
「古い物の取扱には慣れていますし、汚したり壊したりはしないのです」
 絵画の修復をなりわいとするマリオンである。それも道理であろう。それでなくとも、河南はマリオンに悪い印象は持っていないようだ。
「構わないよ。マリオンくんには、先日のフィールドワークでも世話になったしね。ただ、問題は……」
 ぐるり、と、部屋を見回す。
「どこにあったかわからないことだな」

■奇書の在り処

「あら! カナン教授って誰かと思ったら!」
 ばん、とドアを開けるなり、ウラが叫んだ。
「いつか、ミイラを鑑賞したときのロマンチスト教授のことだったのね。そのほうがわかりやすいからロマン教授って呼ぶわ」
「キミは確か……ウラくんだ、そうだね」
「まあ、殊勝にもあたしの名前を憶えていたとはいい心掛けだわ。いい心掛けついでに、『ヴォイニッチ手稿』のレプリカをあたしに貸すのよ。そのためにわざわざ出向いてきたのだから」
「あー、ウラくんも運動会に参加しているの。それなら、今、マリオンくんが探してくれているところ」
 と、河南が指した方向では、未整理の資料の山。そのあいまから、マリオンがひょい、と顔を覗かせた。
「あなたが河南くんですか。お名前はかねがね。お会いできて光栄ですね。僕は瀬崎――」
「本はこのピエールが探すわ。それまであたしたちはお茶でもしましょ」
 ウラに続いて、研究室に入ってきた耀司の言葉は、ばっさりとウラにぶった切られる。
「……ウラくん。ピエールって僕のこと……?」
「他に誰がいるの。ちなみに由来は特にないわ。思いつき。おまえの名前、発音しづらいんですもの。さあ、はやく探しなさいよ。早く手稿が見たいって言ってたじゃない」
「いや、それはそうだが……」
 彼としては、河南と話したいようで、名残り惜しそうではあったが、とりあえず、当面の目的である本探しに、資料が山積みになった区画へと追いやられてしまう。ウラは、デスクの上に腰を下ろすと、うっとりとした瞳で、河南に話し掛けるのだった。
「本物の手稿は失われたページもあるそうだけど、まさかそれも揃っているの?」
「さすがにそういうわけじゃない。もっとも、欠損部分だって読めない文字で書かれているんじゃ、あってもなくても大きな違いはないけれど」
「あら、そう? いつか解読される日が来るかもしれないじゃないの。手稿と執筆者はその日をずっと待ち焦がれているのよ。ロマン教授は何が書いてあると思う? あの植物の挿絵は何なのかしら?」
 ウラの口から矢継ぎ早に飛び出す話題に加わりたくて仕方ないらしく、耀司はちらちらとふたりのほうに視線を送ってばかりいる。
「教授。ここの本はあらかた見たのですが、どうもなさそうなのです」
 ふいに、彼に先んじて本を探していたマリオンが言った。
「そうかい? おかしいなァ……。あ、もしかして」
 河南が、ぽん、と手を打つ。
「あー、そうだ。もしかして、書庫にしまっておいたかも!」
「書庫? この大学の?」
「いや違う。ボクの持っている本が多くなってきたので、当面、使わない本を、ロッカールームに預けてあるんだよね。……ああ、あった、この住所」
「見てみるのです!」
 マリオンが、住所のメモを受取るや否や、研究室のドアへと急いだ。あわてて、ウラと耀司、そして河南も後を追う。
 ドアの向こうは――、すでにその場所だった。マリオンがその能力で研究室のドアをここに繋げてしまったようだ。
 うす暗く、狭い部屋に、うず高く積まれた本、本、本……。
「あ! これだ。これじゃないか!」
 それを見つけたのは耀司だった。
 古々しい、羊皮紙をまとめた束……、本物は、とてもデリケートな状態で保管されており、取扱は厳重を要するというが、これはレプリカなので、傷みそうに見えるのは、見た目だけのことなのだろうか。それはわからないが、耀司はできるだけそっと、そのページをめくってみた。
 びっしりと、紙面を埋め尽くす文字の羅列。
 一見、ヨーロッパのいずれかの言語のように見えるが、これは欧米人が見たところで、首を傾げる、アルファベットのようでいてそうではない謎の文字なのである。
 いまだかって、誰ひとりとして読むことのできなかった文字が、延々と、だが、単なるたわむれの書き付けとは到底思われぬ、奇妙な規則性を保ちながら、紙の上に記されているのだった。
「素晴らしい!」
 感極まったように、耀司が叫んだ。
「ベイニッケ・ライブラリーまで赴かねば、目にすることはかなわないと思っていた! 見たまえよ、ウラくん、この挿絵!」
 不可解な、見たこともない植物を精密に描いた絵の数々が、ページには挿入されている。そして、なにやらあやしい、実験とも、宗教的な儀式ともとれる図。
「あたしね、これは未来の植物じゃないかと思うのよ」
「未来の! それはユニークな説だねェ。ボクも思いつかなかったよ」
「よく見せてほしいのです」
「河南くんは、この手稿の解読には着手しているの?」
「いいや。実をいうと、解読すること自体にはあまり関心がない」
「あら、どうして? まだ世界中の誰もが理解したことのない書物なのよ。皆が長いあいだ、血眼になっているっていうのに」
「でも解読されてしまったら……案外、つまらないことが書いてあるかもしれないだろう?」
「つまらないことのために、こんな手の混んだ暗号をつくるかな」
「むろん、真実はわからないけれどね。でも解読されていないからこそ、手稿には無限の可能性がある。ボクはそれが永遠なるものに近しいと考えているんだ」
「あいかわらず、わけのわからないロマンを語らせたら素敵ね。ロマン教授! そんな謎の書物が、天意を占う競技に使われるのが、また素敵だと思わない? それもこのあたしの手で! ねえ、この手稿をあたしに貸してくれたら、新たな物語が、この謎めいたオーパーツをめぐる歴史の中に――って、あら?」
「……マリオンくんはどうした?」
「…………」
 一同は見回すが、部屋にいるのは、3人きりだった。
 マリオンの姿はすでにない。むろん、ヴォイニッチ手稿もだ。
「やられた!!」
 ウラの絶叫が、狭苦しいロッカールーム内に響いた。
「おまえがしっかり持ってないからでしょ、ピエール! どうしてくれるの! キィィ!!」
「し、知らないな、そんなこと言われても……あいたっ」
「……で、ボクたちはどうやってこの部屋から出ればいいわけ?」
 マリオンの能力によって、河南の研究室のドアが、一時的にロッカールームのドアと繋がっていたのだ。彼がそこから出て行ってしまったあと……そこは一個の密室でしかなかった。

「あとは、さくっとゴールを目指すだけなのです」
 助手席の手稿を満足げに見遣り、微笑むマリオン。
「……何か忘れてきたような気もするけど、とりあえず、よしとするのです」
 そして、思いきりアクセルを踏み込めば、マリオンの愛車は音を立てて、ゴールへの勝利の疾駆をはじめるのだった。

■勝ち組のラストスパートと、負け組のお茶会

 迸る雷撃!
 ウラの放った雷の力が、扉を吹き飛ばした。
「フフン、こんなものね」
 埃を払うように、ぱん、ぱん、と手をはたいた。
「お見事。これでやっと自由の身に……って、あれ?」
 やっとロッカールームの狭い部屋を出たと思えば、耀司は目をしばたいた。
「ここは……?」
 河南も不思議そうに周囲を見回す。
 大学の研究室から、離れた場所にあるはずのロッカールームの書庫へ、そこから出てみれば、すべて同じドアを通ったはずなのに、今度は、うす暗いホテルのロビーにあらわれたのだ。振り向けば、そこには先程の部屋はない。
「あら、素敵! あたしの執念に応えてくれたみたいね。ここへ繋がるなんて!」
 踊るように、くるくると周りながら。
「このむしゃくしゃする気持ちを癒すには、濃いダージリンと、生クリーム満載のケーキしかないと思ってところなのよ! 運命はあたしを見放してはいなかったわ!」
「『ホテル・ラビリンス』か……、ま、いいか。運動会は棄権になってしまうけど、どうです、河南くん、ここでお茶でも」
 河南は苦笑じみた笑顔で頷く。
「あれ、みなさん、どうしたんですか」
 フロントのほうから、シオン・レ・ハイと、シュライン・エマが姿を見せた。3番のクジを引いて、このホテルに『ピリ・レイスの地図』を探しに来たものたちだ。
「その様子だと、そちらの首尾も僕らと同じようだね。せっかくだから一緒にお茶をどう」
「お相伴に預かるわ」
 と、シュライン。よく見れば、顔を合わせた面々は、皆、白虎組のようだった。
「いいですね! 私、このあいだ、ここで『わんこプリン』の新記録を出したんですよ!」
 シオンも、元気よく応えた。

「あれ……?」
 カーブを鋭角で攻めつつ、マリオンが目を丸くした。
 前方の、ビルのあいだから煙が立ち上っている。
 続いて、響いてくる爆音。
「なんでしょう。なにか起こっているみたいですね」
 マリオンの車の上に、影が差す。はるか高空を、騒がしい音を立てて、ヘリコプターの編隊が飛んでいった。そしてヘリからは、次々にミサイルが発射されている。
「ちょっと様子を見てみるのです」
 持ち前の好奇心に瞳をきらめかせて、マリオンはアクセルを踏んだ。ふわり、と、身体が軽くなるような感覚があり、マリオンの車は宙を駆けていた。前方の空間に穴を開けて、そこを通り抜けたのだ。はるか下に、はげしい爆発の起こっている部分がある。
 なにやら、透明な物質でできたドクロを抱えた人物と、それを遠巻きにしている人垣が見えた。
「あれは1番のクジの『水晶ドクロ』なのです。あれよりも先にゴールしないと!」
 再び、虚空に開いた穴に、車は吸い込まれる。
「ぎゃいん!?」
 道路に着地するときに、鈍い衝撃を感じた。
「アレ?」
 何かを轢いたような気もするが(そういえば、悲鳴も聞こえたようだ)、まあ、このさいだからいいか、と思い直して、マリオンは後ろを振り返ることなく、アクセルを踏み込む。心の中(だけ)で、もしも誰か轢いていたらごめんなさいなのです、と呟きつつ、さらに加速して、オープンカーは道路をひた走った。
 その後、何度も空間を飛び越え、まっしぐらにゴールを目指す。
 最後の跳躍のあと、またもや、なにかをはねとばしたような衝撃があったが(そういえば、悲鳴も聞こえたようだ)、それは構わず、競技場のトラック内まで乗り上げる。
 運動場にいた人々が逃げ散る中、マリオンの車が、ゴールのテープを切るのだった。

 その頃、ホテル・ラビリンスでは。
 勝敗は放棄した白虎組の面々が、河南教授をまじえて、優雅にお茶を飲んでいた。
「いったい、誰が『地図』の裏に絵なんて描いたのかしら」
「きっと、新しい画用紙がなかったんですよ!」
「貧乏な画家だったのねェ。貧乏画家が赤貧の中、節約に節約を重ねて絵を描いていた紙が、歴史的なオーパーツの裏だったなんてのも、ちょっと素敵よねェ、イヒヒ、画家はもちろん、あの『地図』の意義は知らなかったのでしょうね」
「だろうね。でもね、ウラくん。昔は紙は貴重品だ。なにかの裏を別のものに使うのは普通のことだったんだ。平安時代の書き物には、随分、そういうものがある。ヨーロッパの有名な絵画も、X線で見れば油絵の下に別の下絵が見つかるものも多いんだ」
 シュラインの疑問にシオンが素朴な合いの手を入れ、そしてウラが混ぜっ返して、耀司が頷く。
「あの絵、誰の絵なの?」
 お茶を注ぎ足しに来たボーイにシュラインが問うが、
「どの絵でしょうか。画廊の絵はよく架け変えますので」
 と、要領を得ない。
「ね、ロマン教授。このホテルの図書室になら、ヴォイニッチ手稿の失われたページもあるかもしれないわよ」
「なるほど、それは、ありそうな話だ。河南くん、ぜひ、探してみるといい。本物は確か、どこかの寺院で見つかったのだったね。時間に取り残されたこのホテルなら、あるいは……」
「それに、レプリカをゴールに持っていくことができなくて、レース自体は失格したあたしたちが、本物の!それも失われた部分を!発見できたら愉快じゃなァい? クヒヒッ」
 もとより、この競技は、参加者数より少ない数の品物を奪い合う競走だ。品物がなければゴールしても失格になるので、奪い奪われしながらゴールを目指すのと、潔く諦めて無用な汗を流さないのと、果たしてどちらが賢いか、その判別は価値観の相違というものであろう。
 運動会の喧騒もどこへやら。
 ミステリアスなホテルの午後は、ゆっくりと過ぎていった。

  *

 猛烈なスピードで、オープンカーが飛び込んで来たので、グラウンドにいた人々は右往左往する。
「戻ってきたみたいだねェ。意外と早いじゃないか」
 のんきに、煙を吐き出す、蓮。
 急ブレーキの音とともに、グラウンドの土を削りながら、ゴールテープをその鼻先で切ったのは、マリオン・バーガンディの運転する車だった。
「『ヴォイニッチ手稿のレプリカ』、お持ちしたのです」
 豪快な出現の仕方に似合わぬ少年の微笑が、運転席にはあった。
 マリオンは、神聖都学園大学の河南教授より借り出した、羊皮紙の束を、蓮に差し出す。暗号めいた不可思議な文字と、謎めいた挿絵からなる、意味不明の奇書『ヴォイニッチ手稿』の複製品であった。
「確かに。……アンタが一番乗りだよ」
 満足げな、蓮である。
 すこし遅れて、競技場のトラックに姿を見せたのは、時永貴由だった。彼女は、『ピリ・レイスの地図の失われた右半分』をもとめて、異界のホテル『ホテル・ラビリンス』へと赴いたはずだった。
「はい。借りてきました!」
 その手の中の、羊皮紙を広げてみれば。
 一見して、相当古い時代のものとわかる世界地図であった。描かれているのはインドとインド洋、中央アジアらしき部分。左半分が、ヨーロッパとアフリカ、そして、これがオーパーツとされる所以である、詳細な南北アメリカの海岸線と南極大陸が描かれているというから、これがその片割れなのであろう。
「二番手だね。でも、よく見つけたねェ。……これを買い取れないかどうか、アタシは、あのホテルと交渉してみるつもりなのさ」
 くすくす、と、蓮は笑った。
 そして最後に。
 自転車を押して綾和泉汐耶と、弓槻蒲公英が連れ立ってあらわれた。
 ゴールライン直前で、自転車を止めて、汐耶は、
「はい、これ持って、お先にどうぞ」
 と、蒲公英に本を手渡した。
「えっ。そんな……」
「私はいいから、蒲公英ちゃん、行って」
「…………はい」
 照れたような笑顔で頷いて、汐耶に促された蒲公英が、ゴールを踏み越える。開いた本から、ふわりと光が漏れて……、そこには、巨大な『水晶ドクロ』が出現していた。宮内庁地下300メートル、『調伏二係』より貸出された、世紀のオーパーツである。
「あまりじっと見ないでくださいね。精神が引き込まれて、ちょっと大変なことに」
 汐耶が蓮たちに言った。
 実際、ここまで来る過程で、ちょっとどころではない騒ぎが起こって、今でも都内は騒がしい。だが、蓮は意に介した風もなく、ただ頷くと、
「これは見事だねェ。結構だよ。お嬢ちゃんが三番手だ」
 そう言って、蒲公英の髪をなでるのだった。
 それから――
 よろり、と、惜しいところで入賞を逃した門叶曜が、ゴールした。最初はむっつりとふてくされていたが、ゴールに並んだオーパーツの数々(水晶ドクロについては悪影響を抑えるため、汐耶が周囲に結界を張ることになった)を鑑賞しているうちに、いくぶん気も晴れたようだ。このオーパーツ類を、彼が本業のマンガにどう活かすかは、また、後の話である。
 続いて、セレスティ・カーニンガムが、『二係』の八島をともなって、リムジンで到着。こちらも、マリオンとともに、興味深くオーパーツの鑑賞を行い、終始、笑顔であった。
 あとの参加者はついに姿を見せなかったので、棄権ないしリタイアと判定された。
 こうして、秋の東京を、時ならぬ喧騒に巻き込んだ、五行霊獣競覇大占儀運動会のひとつ、『オーパーツ借り物競走』は幕を閉じたのである。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 組 / 順位】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/白虎組/棄権】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書/玄武組/4位】
【1533/藍原・和馬/男/920/フリーター(何でも屋)/朱雀組/リタイア】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い/朱雀組/6位】
【1992/弓槻・蒲公英/女/7/小学生/朱雀組/3位】
【2694/時永・貴由/女/18/高校生/黄龍組/2位】
【3356/シオン・レ・ハイ/男/42/びんぼーにん+高校生?+α/白虎組/棄権】
【3427/ウラ・フレンツヒェン/女/14/魔術師見習にして助手/白虎組/棄権】
【4164/マリオン・バーガンディ/男/275/元キュレーター・研究者・研究所所長/黄龍組/1位】
【4487/瀬崎・耀司/男/38/考古学者/白虎組/棄権】
【4532/門叶・曜/男/27/半妖・漫画家・108艦隊裏部隊非常勤/朱雀組/5位】
【4836/桐藤・隼/男/31/刑事/白虎組/リタイア】

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■          獲得点数           ■
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青組:0点/赤組:10点/黄組:50点/白組:0点/黒組:0点

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。五行(略)運動会ノベル『オーパーツ借り物競走』をお届けします。
当初は、それぞれの目標場所に散っていただいて、それぞれを個別に書こうとしていたのですが、予定より、リンク色が強くなり、意外と錯綜したものになりました。
狙ったアイテムによって、そして、一部PCさまは相互乗り入れ的に、ノベルの構成が変わっていますので、他の方のぶんもお読みいただくと、今回の騒動(笑)の全貌がよくわかるかと思います。

>ヴォイニッチ手稿狙いのみなさま
ヴォイニッチ手稿、というのは、なかなかに魅力的なアイテムであります。一説には、ある装置を使った暗号作成法によって、ヴォイニッチ手稿に近いものをつくれるとも言われておりますが……、一方で、手稿の謎に、生涯を賭けて挑む勢いの人々も世界中にいらっしゃる様子。果たしてその真相は……。
手稿の謎へのロマンを語って下さったウラさまと瀬崎さま、ありがとうございました。ひょんなことから舞台はホテル・ラビリンスは移り、河南教授と語らいのひとときを楽しまれたことと思います。マリオンさまは本来の目的に邁進していただき、見事、1位を獲得なさいました。その影で、あおりを喰らっている方がいらっしゃるようですが(笑)、ともあれ、おめでとうございます!

それでは、このへんで、運動会の最終的なゆくえを気にかけつつ、筆を置きたいと思います。
今回は、ご参加ありがとうございました。